「ラボより各チームへ」
ヴァーチャルルームによって作られた試験場、通称「神殿」の中で待機していたハンター達に、オペレータからの声が届く。
そのオペレータの声は始めて聞く。普段聞いていたオペレータの声ではない。
当然だ。普段聞くオペレータの声、その声主は、緊張のあまり蒼白になった顔つきで、声を出す唇を振るわせZER0の横に立っているのだから。
「VRフィールド上には、様々な障害が設置されています。各自の力で乗り越え、進んで下さい」
それは百も承知。散々「それ」をくぐり抜けてきたのだから。ふとオペレータの言う「障害」を設置したラボのプログラマーがいかなる人物か、あれだけいやらしい障害を思いつくその人物がどのような者か、興味を持った。
以前、このVR神殿をデザインした人物は女性だとエリから聞いた。朽ち果てた神殿に神秘的な魅力を投影し表現したかったと、そのデザイナーは言っていたらしい。母星コーラルではもう、戦争の影響で跡形もなく失ってしまった古代遺産の美しさを表現したかったそうだ。
それだけを聞けば、なんとも素晴らしい話ではないか。しかしそう言っていられない。
何故ならば、ここはあくまで試練場。美術館ではない。
付け加えるなら、何故か神殿内に設置されているタイレル総督の銅像、あれもデザイナーの趣味だという話だから・・・様々な意味で、ZER0はどのような美的感覚を持った女性なのかと興味を持っていた。
エリの話には続きがあり、障害の設置自体はそのプログラマーや他多くのスタッフによって作り出された物らしいが、エネミーを含め配置に関してはラボチーフの意見が多く取り入れられているらしい。
なるほど、どおりで・・・ZER0は今思い返しても深く深くうなずける話だと苦笑した。
「目標は、仮想ドラゴンであるゴルドラゴンの殲滅。今回の試験では同じフィールド上に数チームが設定されています。先に目標を撃破したチームから合格とします」
母星コーラルにて語り継がれた伝説のドラゴン。二度と対戦はご免だと思っていたが、かの伝説に又挑戦する事になろうとは。
とはいえ、一度倒した相手。少なくとも攻撃パターンや弱点などはもう知り尽くしている。
問題はむしろ、伝説のドラゴンそのものではない。
「また、どんな手段を使い目標に辿り着くも自由。協力しようと、争おうと、我々は一切関与致しません」
そこに辿り着くまで。そして辿り着いた後。それが問題だ。
今回の試験は、二人一組のチーム戦。しかも以前とは異なり、複数のチームが参戦しており、それら他のチームとは基本的に敵同士となる。
何故ならば、他のチームが持つ、そして自分達も持っているチームIDを三つ以上集めなければ、ゴールとなるゴルドラゴンの巣まで辿り着けないから。IDを得る為には他のチームを倒し奪わなければならない・・・つまり他チームは敵になるという事だ。
こんな事を思いつくのがまずいやらしい。ラボチーフが浮かべる氷の微笑が脳裏にちらつく。
敵チームを倒す事自体は、よほどの強敵に出会わなければ難しくないはず。そうZER0は分析していた。
ネックは当然、エリを連れている事。一人だけなら自信はあるが、彼女の安全を確保しつつ敵を殲滅する・・・エネミー相手ならどうにでもなりそうだが、狡猾なハンターを相手にするにはかなり骨を折るだろう。しかも、これは避けて通れない。
エリをどう守り、指示し、誘導するか・・・これは、チームを作りリーダーとなったZER0にとって、リーダーの資質を問われる試験でもある。
「合格枠には定員があります。各自で状況を判断し、試験をクリアして下さい」
合格枠は事前に知らされていない。よって、いつ定員いっぱいになるか判らない為あまりのんびり構えていられない。こんな所にまで「いやらしさ」が滲み出ている。
手早くIDを回収し、素早くゴールへと向かう。知らされない定員枠が、それを要求している。
いやらしいが、しかし良くできた試験だ。
「以上です。では、試験を開始して下さい」
告げられたスタート。試験は始まった。
「・・・大丈夫かい?」
まだ緊張と震えの取れないエリを気遣い、声をかける。
「大丈夫です。ZER0さんなら他の人達に負けるわけないです!」
そこまで頼られる事に悪い気はしないが、むしろ期待をかけすぎるエリ自身に不安を覚えてしまう。
「よろしくお願いしますね」
しかし、この笑顔に答えなければ。軟派師の名にかけて、ZER0は彼女の願いを叶えるべく走り始めた。
この試験に合格する事。それが依頼内容。
しかし、エリの願いは試験合格の先にある。それが何かは判らないが、「最後まで」守ってやらなければ。そうZER0は誓った。
その誓いが、ゆくゆくは己や他多くの仲間達にまで様々に影響する事になるなど、「試練」が始まったばかりの今この時にZER0が感じ取る事など有りはしない。
試験は、予想通りエネミーの激しい猛攻から始まった。
ハンター達は各々スタート地点を分けられていた為、すぐにチーム同士がぶつかり合う事はなかったようだ。ただ問題は、割り振られたスタート地点。
(予想はしていたが・・・にゃろ、こんな所まで「いやらしい」な)
いやらしいのはベッドの上だけで充分だ。などと軟派師らしいくだらないジョークに苦笑しながら、スタート地点の振り分けに「細工」をしたであろうチーフの薄笑いを思い浮かべた。
ヴァーチャルルームの神殿は配置パターンがある。αとβとに多少難易度を変えたパターンがあり、さらにそれぞれ二つの配置パターンがある。つまり、神殿は四つのステージが用意されている。将来的にはもっと増やす予定ではあるようだが、現段階ではここまでのよう。
その内の一つ、現在ZER0達が試験を行っている神殿のα階層は、見覚えのあるマップ。以前試験を受けた時と同じ配置のようだ。これだけなら、道筋を覚えているZER0に有利ではあるが、道筋を覚えているだけに自分達が配置的に不利な状況に追い込まれた事を察していた。
ZER0達のスタート地点は、βへ続くワープポイントから一番遠い場所だ。この試験はいかに素早くゴールとなるゴルドラゴンの元にまで辿り着くかという要素も試されているだけに、遠い場所からのスタートは当然不利となる。
もちろん、偶然自分達のクジ運が悪く遠くに飛ばされただけ、とも考えられる。考えられるが、仕組まれたと考えた方が自然に思える。そう思える事自体、あまり嬉しい事ではないが。
「よし、次行くよエリちゃん」
手早く敵を殲滅し、開いた扉から通路へと出る。エリは懸命に、ZER0の後を追った。
エリは戦闘中も、ZER0の側を離れなかった。彼の側で、ハンドガンを震える手で握りしめつつじっとしていた。
ZER0はエリに、自分から極力離れないようにと指示をしていた。
エネミーとの戦闘を考えれば、エネミーが待ち受ける部屋に入らず、入り口で待っていて貰った方が安全だ。しかし、敵はエネミーだけではない。もし入り口近くに別のハンターが現れたら、さすがのZER0も対処が遅れる。それを懸念し、多少危険でも常に自分の側にいて貰った方が守りやすい。そう判断したからだ。
「・・・エリちゃん、ちょっとここでじっとしていて」
しかし次の部屋に入る前に、ZER0はこれまで通りの指示とは違う、待機の指示をエリに与えた。
部屋にはエネミーの気配はない。ハンターがいる様子もない。
少なくとも、目視では。
だが、何かある。彼の「勘」がそう告げている。
しばらく様子をうかがうと、微かだが、気配を感じる。勘が告げていたのは、この気配のようだ。
どうやらすぐに部屋へと飛び込んでくると思っていたZER0達がなかなか入ってこない事に、僅かばかり焦っているのか。その、ちょっとした焦りが気配となってZER0に感づかれた。
どうやら、別のハンターチームが待ち伏せているようだ。
ZER0は手振りでそのまま待機するように告げると、一人だけ部屋へと舞い込んだ。
むろん真っ先に、気配を感じた方へと駆け込みながら。
入り口のすぐ脇。通路からでは死角となる入り口脇の壁に待機していた別チームのハンターは、突然飛び込んで来たZER0に多少驚きながらも、すぐに銃口をZER0に向けた。
向けられた銃口は二つ。左右それぞれから飛び込んできたZER0に向けて狙いが定められた。
「遅いな」
しかし、向けた先にはもうZER0はいない。
ZER0は素早くかがみ込んでいた。そうする事で一瞬相手の視界から外れ、動揺を誘う。そして銃口を下に向けようとする前に、かがんだ姿勢から飛び跳ねるように相手へと迫る。当然銃弾が当たらぬよう僅かに正面の軸から外れるよう脇の方へと。
BANG!
迫られた方は焦り、一発の弾丸を発射してしまう。その弾丸はZER0を反れ、そのまま正面・・・もう一人待ち伏せしていた仲間の方へと向かう。
普段なら、ハンター同士被弾しないよう、銃のフォトンにセイフティーがかけられている。だが今は故意にハンターへと向けられた弾丸。当然セイフティーはかけられていない。不意に飛んできた弾丸を除けるのに精一杯だった反対方向のハンターは、ZER0に迫られた仲間を助ける事が出来ない。
刀の刃が、喉元に迫った。
「甘いね、お嬢さん。そこいらのハンターなら通用しそうだが・・・俺も随分と舐められてる?」
ほんの僅か。喉元ギリギリのところで刃を止め、ZER0は死角に隠れていた刺客に話しかけた。
「それとも、DOMINOやレオが話していた俺の評判って、そう良い物でもなかったのかな?どーよ、マーヴェル」
悔しそうに苦渋の表情を浮かべるレイマール。彼女は己の失策と予想以上に強すぎた相手に対し、答えられる言葉を持っていなかった。
ぐうの音も出ないとはまさにこの時。
だが、じっとこのままというわけにも行かない。
不意に、反対方向から何かが投げ込まれた。
もう一人の相手、レイキャストのギリアムが仕掛けてきた。
「ちっ」
ZER0は投げ込まれた物が何かを察し、すぐに場を離れた。
フリーズトラップ。アンドロイドが好んで使うテクニックの代用品。いや、その威力を考えれば代用品などとはとても呼べない。なにせこのフリーズトラップは、テクニックであるバータ等よりも高確率で相手を氷結させられるのだから。
投げ込まれた先には、ZER0だけでなくマーヴェルもいる。だが高確率で氷結できるフリーズトラップなら、二人を同時に凍らせる事が出来るだろう。
このトラップは、凍らせるだけで外傷を与える事は出来ない。逆に言えば、外傷を与えることなく足止めできると言える。この場合、マーヴェルに危害を加えることなく二人を凍り付けにし、マーヴェルではなくもう片方、つまりZER0のみを標的にゆっくりと処理が出来る。
しかしその目論見は失敗した。ZER0が感づきすぐに場を逃れたから。
しかし別の目論見は成功した。ZER0がすぐに場を逃れた為に、マーヴェルは難を逃れた。当然彼女もトラップの犠牲にならぬようその場を逃れる。
「お嬢様、今のうちにお逃げ下さい!」
一瞬、マーヴェルは迷った。「逃げる」という行為に恥を感じたから。しかし彼女は「戦略的撤退」が現状最も有効な判断と思い直し、既に開かれていた出口目掛け駆けていった。
「・・・なるほど、良い判断だ。やるねアンタ」
両腕の刀を下ろし、ZER0は相手を褒め称えた。
正直、あそこでフリーズトラップが投げつけられるなどとは思わなかった。仮にその可能性をZER0が予期していたとしても、あれだけ素早く判断を下し手際よく投げ込まれては、やはり逃げる以外に対処できなかっただろう。
かなりの手練れだ。ZER0はギリアムというレイキャストを高く評価した。
「四英雄にお褒め頂き、恐悦至極に存じます」
深々と頭を下げるレイキャストに、もう戦闘意欲は感じられない。
「しかし・・・腑に落ちないな」
気になる事が一つ。それをZER0が口にする。
「あの待ち伏せはお粗末だろ。とてもアンタが進言したとは思えないが・・・」
待ち伏せも常套手段であるし、相手がZER0でなければ通用していた可能性は大きい。しかし、少なくともマーヴェルは気配を殺す事が上手くできていなかった。それを考えるとあの作戦には落ち度があったと言わざるを得ない。
「・・・まあいい。アンタが「お嬢様」なんて呼んでいるのを考えりゃ判るか」
黙ったまま答えないギリアム。ZER0は口を閉ざしたままという事が答えだと察した。
必ずしも、強い者が上に立つとは限らない。マーヴェルがどこのお嬢様かは知らないが、ギリアムにとってマーヴェルが上に立つ者で、軍人である彼にとって彼女の命令は絶対。提案や指摘も出来る立場だろうが、それを受け入れるかどうかは上官の判断。そういう事だ。
「にしても、自分の首が刎ねられたらどうするつもりだったのやら。こんなに早くリタイアってのは格好付かないだろ」
もう大丈夫だとエリを手招きしながら、ZER0は苦言を漏らした。
「その事については、心配しておりませんでした。DOMINO隊長やレオ様より、あなた様の弱点を教えて頂いておりましたから」
弱点?それは聞き捨てならないとZER0は身を乗り出しその弱点とやらを伺った。
「あなた様は女性に弱い、それが最大の弱点だと。女性相手なら、まず「口説く」くらいの事はするはずだと申しておりました」
がくりとうなだれた顔を手で覆いながら、ZER0は苦笑した。
なるほど、だからマーヴェルの作戦を強引に止めなかったのか。むしろマーヴェルに戦場の厳しさを教えるには、これくらい強烈な「負け」を印象づけるのも大切だと、おそらくそこまで計算していたのだろう。
してやられた。このギリアムという参謀は思っていた以上に強い。今度はZER0が「負け」を実感する番だった。
そして自分の弱点は、おそらく生涯どうしようもないだろうなと改めて実感していた。
油断していたわけではない。そう自分に言い聞かせながら、マーヴェルは逃避の速度をゆるめていった。
隙を見せるなと散々言われていた事だが、実際に隙を見せてしまった時に自分では気付かないものだ。何時何処で気付かれたのか。それを考え悩みながら歩を進めていた。
こうして「今」も隙が出来ている。その事にも、やはり気付かない。
「・・・誰?」
不用意に踏み行ってしまった部屋。素早くハンドガンの銃口を気配のある方に向け言い放った。
「誰、とは心外だな」
向けた銃口の先には、一人の軍人が立っていた。
「キャップ・・・」
尋ねるまでもなく、誰であるか知っている顔であった。
キャップと呼ばれた軍人は、どうやらマーヴェルを待っていたようだ。もしそうでなければ、また冒してしまった失態により今度こそまともに攻撃を受け失格していただろう。
動揺していたとはいえ気を抜きすぎだ。マーヴェルは自分の愚かさに舌打ちした。
「最近の、君の父上の動きは目に余る」
そんなマーヴェルの心中をよそに、銃口を気にもとめず軍人は語り始めた。
「大方、君も彼の差し金で動いているのだろうが・・・同じ軍人としては戒めなくてはならんな」
じりじりと、間合いを詰めながらも口は止まらない。迫るプレッシャーに、マーヴェルはグリップを握る手に汗をかき始めた。
「私は別に父の命令で動いているわけではなくてよ」
それでも努めて冷静さを装いながら、高圧的に言い返す。
事実、彼女は「父親」の命令で動いているのではない。今回の試験参加も、あくまで彼女が所属するTEAM00の隊長、DOMINOの勧めがあっての事。
「名誉に縛られ、軍人の本分を忘れてしまったのは貴方達の方。そんな事を言われる筋合いはないわ」
戒めるとは何事か。じわじわと、侮辱の言葉に怒りが湧いてきた。
武装不足を理由にラグオル調査を全てハンターズギルドに押しつけながら、しかし一方で総督府やラボに対し自分達の地位と名誉を固持主張する。そんな堕ちた軍人に、何が戒めか。
逆に戒めなければ。握るグリップに力が入る。
だが、銃弾は発射されない。
相手の実力はよく知っている。そして己の実力も・・・認めたくはないが、まだまだ未熟なのも心得ている。
下手に動けない。真っ正面に向き合ったこの状況は、一発の誤射が即敗戦へと繋がる。
確実に仕留める、決定的な一発。それを放たれまいと互いに隙を見せる事無く身構える。
どうやって隙を作るか。その思考に意識を集中したくとも、思考に意識を持って行きすぎてはこちらが隙を見せる事になる。しかし何か手を打たなければ。永遠にこの降着が続くわけもないのだから。
焦り始めている。それを自覚しながらも、その焦りを止める事が出来ない。
どうする?どうすべきなのか?状況がさらなる焦りを、冷や汗と共にじわりと滲み出てくる。
状況を打開したのは、第三者だった。
不意に、第三者がけたたましい足音共に近づいてきた。
その足音の正体に察しが付いたマーヴェルと、まったく予想できなかったキャップ。ここに落差が生まれ、その差が「隙」となる。
BANG!BANG!BANG!
放たれた弾丸は見事、相手を地に伏すに充分なダメージを与えてくれた。
「口ほどにもないですわね」
言葉とは裏腹に、内心ホッと胸をなで下ろす。強気な発言で自分を鼓舞しなければ、緊張の糸が切れてしまいそうだった。
「利権争いに夢中で、腕がなまっていたなんて・・・そんな言い訳、聞かせるつもり?」
もうそんな言い訳すら口に出来ない相手に、侮辱の言葉を投げかける。
実際、腕がなまっていたとしか言いようがない。
少なくともマーヴェルが知るキャップなら、足音程度で隙を見せるなど・・・腕をなまらせた軍人の、このなんという無様な姿か。勝ちはしたが、現状の軍がここまで腐っているという事を見せつけられたようで、哀しくなってくる。
「手出しは無用と言ったはずよ・・・ギリアム」
足音の正体に詰め寄り、内心助かったと感謝しつつも「お嬢様」らしく振る舞った。
手出しは無用。この約束は先のZER0との一戦で命じた事だが、それをこの場に持って来る事でどうにかプライドを保とうとしている。
ZER0との一戦もギリアムに手助けされてどうにか失格を免れているが、その事は無かった事のように流しているのも、ある意味で彼女なりのプライドか。
「戦場に生きる者として恥ずかしくない戦いをしたいものだわ」
しかし、流しきれるものではない。ぽつりと呟いた彼女の言葉に、流しきれない悔しい思いが滲み出ていた。
恥ずかしくない戦い。もう一度、心の奥底に彼女は言い聞かせていた。
「ですが、お嬢様・・・心配させないでください。こちらの寿命が縮まります!」
顔には出さないが、ギリギリと奥歯を噛みしめているのだろう。それを判っているギリアムは、あえて従者らしい定番の言葉をスピーカー越しに放つ。
「あら? アンドロイドに寿命なんてあったかしら?」
ギリアムの気遣いを知ってか知らずか、マーヴェルは実に「お嬢様」らしい、やはり定番的な揚げ足取りに出た。
「・・・保証期間が縮まります・・・」
言葉に詰まりながらも言い直しすギリアム。その言葉を受けて、マーヴェルはクスクスと笑い出した。
「それにしても・・・」
ギリアムの方、彼の更に後ろを見つめながら、マーヴェルは呟いた。
「確かに危険な男だったわね・・・」
言いながら、マーヴェルの顔が更なる笑みに包まれた。
まずい、まずい、非常にまずい!
ギリアムは危険を感じた。お嬢様が、かの「危険な男」にさらなる強い関心を持ち始めた!
屈辱的な敗北を味あわせた相手でありながら、その相手に強く惹かれるだと!
あってはならぬ、あってはならぬ!
密かに、ギリアムはその「危険な男」に抱いた敵意を深めていった。
「あっ」
ギリアムを見逃し、先を急ぐZER0とエリ。部屋を繋ぐ橋を渡る途中で、エリが声を上げた。
「向こうに他のチームが見える」
エリが指さす方には、同じように橋を渡る二人のハンターが見える。
「どこの所属かしら・・・?もうあんなところろに・・・」
平行して並ぶ向こうの橋。エリが指摘するように、その橋を渡る事は自分達よりも先行している事を示している。
「負けてられないです・・・!行きましょう!」
張り切るエリに引っ張られるよう、先を急ぐZER0。
(張り切るのは良いけど、実際に闘うの俺だけなんだよねぇ)
などと軽く突っ込みたい気持ちを抑えながら、ZER0は歩調を早めた。
「チームF、IDをそろえ次のエリアに向かいます」
ラボの中核、チーフルーム。様々な現状報告が飛び交うこの部屋で、部屋主たるチーフはじっと状況を聞き入っている。
今現在、問題なく試験は進んでいる。
むしろ、問題なく進むよう計画された試験だ。トラブルは無くて当然と言うくらいでなければならない。
「チーフ、宜しいでしょうか?」
不安げな顔で、チーフに近づく者がいる。
「どうかしましたか?ダン補佐官」
気が小さいわけではないが、心配性ではある補佐官。彼に慣れているのか、チーフは何一つ表情を変えることなく補佐官の言葉を待った。
「たいしたことではないのですが・・・ヴァーチャル空間に、僅かながら「ほころび」が発見されまして・・・」
気を使ってか、遠回しな表現をする補佐官。それに対し具体的な説明を求めるチーフ。
「はい、実は・・・」
報告よりも早く、オペレータの一人から少し興奮気味にうわずった声で妙な報告が成された。
「検索項目に該当するデータがありません!」
何事かと、言葉を止めた補佐官とチーフが耳をそちらへと向けた。
「なっ!」
驚き、一瞬言葉を失うオペレータ。チーフは素早く、担当オペレータが見ていたであろう画面を自分の手前にあるモニターにも映し出す。
そこには、何か大きな爆発が起きたかのような、柱や床が焦げた神殿と、そこに倒れる二人のハンターが映し出されていた。
「VRフィールド上から、プログラム外のエネルギーフィールド検出!これは・・・!?」
あり得ない自体におののくオペレータ。
「落ち着いて、状況を説明しなさい」
ざわつくチーフルームの中で、唯一冷静さを保っていたチーフが静かに、しかしハッキリと室内に響く指示を出した。
「はっ、はい・・・エリアHにおいて、チームJが「謎のチーム」と戦闘を開始したところ、プログラム外から謎のエネルギーが流入。爆発を起こしました」
謎のチーム?謎のエネルギー?
その「謎」が何なのかが判らなければ話にならない報告。
しかし、そこを問いつめても「判りません」と答えが返ってくるのは明白。
「大至急原因を調べなさい」
既に行っているだろうが、改めてチーフより指示を出す。これには動揺を沈め原因究明に集中させる効果があり、それはきちんと功を奏している。
ふと、切り替えたモニターに目をやるチーフ。そこには、先ほど切り替え映し出された現場の映像がある。
その現場に足を踏み入れたハンターチームが一組、チーフの目にとまった。
(なるほど・・・動き出した、という事か)
そのチームこそ、ZER0とエリのチーム。あまりに悲惨な現場を目の当たりに動揺している二人。それとは対照的な氷の視線が、モニター越しに二人へ注がれていた。
「VRとはいえ、ちょっと酷いですね」
仮想世界故に、悲惨な状況でも二人の命に別状はないはず。にしても、ヴァーチャルから消えゆく二人のハンターの姿はあまりにも悲惨。もしまだ克明に彼らの姿を見る事が出来たなら、エリは「ちょっと」どころではない酷い状況を目の当たりににした事だろう。
「でも・・・このフィールドの数値・・・」
自分達が悲惨な現場に到着した時には、既に二人のハンターが倒れた後だった。
現場の状況から普通ではないと思ってはいたものの、まさかヴァーチャルルームそのものに異常が発生している・・・そんな考えに行き着く事はなかった。
しかしエリは、考えが行き着かないまでもおかしいのは事実なのだからと左腕に装備したハンター用の端末・・・を、ちょっと可愛らしく、ちょっと高性能にカスタマイズした端末を使い、現場のフィールドを検索してみた。
そこに示された検査結果は、普通では考えられない「数値」が示されていた。
「とりあえず、先を急ごう」
そもそも数値が何を示した数値なのか、全く見当も付かないが、オペレータであるエリが言葉を濁す程の異常な物である事は察しが付く。
しかしだからといって、足を止めるわけにはいかない。ラボから中止の報せがない限り、試験は続いているのだから。
「あ、あの人達はさっきの・・・」
通路の先にある部屋に、チラリと見える人影。橋の上から見かけた人物に間違いないようだ。
「追いついたのか。随分とのんびりしてるな」
それとも、先ほど見かけたあの消えていったハンターズと一戦交えたのか?だとしたら、慎重に行くべきだろう。
一度歩みを止め、ZER0達は先行していたハンターチームの様子をうかがった。
「なんだか、嫌な予感がするのですが・・・」
ハンターチームの一人、アンドロイドの女性が話している。見たところ、平均的なレイキャシールのタイプ・・・通称V型と呼ばれるアンドロイドのようだ。
「なんだね、臆病風に吹かれたかね?」
からかうよう笑いながら、もう一人のハンターが答えた。モヒカンで少しばかり背の低いヒューマー・・・どこかで見覚えのあるハンターだなとZER0は遠目から気にかけていた。
「まあ、実戦経験のない君にはわからんかもしれんがね・・・戦場では、進むべき時退くべき時の見極めが必要なのだよ」
偉そうに講釈をたれているが、それほど実戦経験を積んだようにはとても見えない。そういう風格は一切感じられない。
「あの、何か音が聞こえませんか?」
見つかったか?いや、レイキャシールは前、ZER0達が居る方とは反対側を向いたまま。こちらに気付いた様子はない。
「はっはっは。それは君の気のせい・・・」
笑い飛ばしながら、モヒカンのヒューマーが歩み出した、その時だった。
「うひょ〜!」
落雷。
まるでモヒカンを避雷針にでもしたかのように、ヒューマーの頭部に雷が直撃した。
「きゃぁぁぁ!!!」
同じく、レイキャシールにも落雷。二人は、そのまま倒れ込んでしまった。
「まずい!」
先ほどレイキャシールが気にかけていた音の正体か?何にしても、この場は危険である事に代わりなさそうだ。
「走り抜けるぞ、エリちゃん」
「はっ、はい!」
これはラボが設置した新手の罠なのか?
「気を付けて下さい!いつものVRフィールドとは感じが違います!」
走りながら、エリが警告を発する。
感じが違う?
「得体の知れないトラップが仕掛けられている!」
トラップ・・・なのか?
確かに、これは今までに見た事もないようなトラップだ。しかしこれをトラップと、ラボが制作し設置した罠だと言えるのか?
言えるかどうかではない、それしか考えられないのだ。ラボが設置したトラップ以外に、一体どんな可能性があるというのだ?
強烈な落雷。それを避けつつ、ZER0は先を急いだ。エリの言う「感じが違う」という違和感を自分も感じながら。
「ちっ、これも新手のトラップか?」
落雷に続き、今度は炎。狭い室内に、赤々と燃える炎がちらついている。
「進むしかねぇのか・・・エリちゃん、離れるなよ」
一気に走り抜け、雷と炎をかいくぐるしかない。
そんな中、彼らの行く手を阻む者が現れた。
「にゃろ、こんな所でお出ましか・・・」
プログラム通りなのだろう。室内に突然、エネミーが湧いて出た。
この炎の中、平然と咲き誇るリリー。本来ならあり得ない光景だが、ヴァーチャルならあり得るという訳か。
一輪一輪、刀でなぎ払いながら、脱出路を確保していくZER0。そんなZER0に、懸命について行くエリ。炎の熱に耐えながら、何時落ちるかも知れない雷をどうにか避け、ひたすらに先へ先へと進む。
「・・・ちっ、プロテクトかかってんのかよ、これ」
行く手を阻む物はまだある。
レーザーフェンスが貼られた入り口。近くには解除の為と思われる端末があるが、スイッチを切るには特殊な操作が必要なようだ。
「大丈夫!解除は私がします」
得意げに、エリがZER0に変わって端末に触れた。そしてすぐに何かを理解したのか、左手に取り付けてある可愛らしい端末からジャックコードを伸ばし、フェンスの端末に差し込む。
一瞬にして、レーザーフェンスが解かれた。何をどう操作したのかすらZER0には判らないが、彼女にしてみれば極初歩的なプロテクトなのだろう。
「こういったサポートはまかせてください」
えっへんと、誇らしげに微笑むエリ。
ずっとZER0に付いていくだけだったエリが、ようやっと役に立てた。それが彼女にとってとても嬉しく誇らしかった。
「サンキュー、エリちゃん」
くしゃくしゃと、エリの頭を少し乱暴に撫でるZER0。
「もう、子供じゃないんですからね」
抗議の声を上げながら、それでも嬉しそうな笑顔を絶やさなかった。
その頃、ZER0と共に試験に挑んでいたD−Hzのメンバー二人。
「あと一つか・・・なんかやばそうな雰囲気だし、先を急ごうぜ相棒」
奪ったばかりのチームIDを手で弄びながら、バーニィが相棒となったアッシュに声をかける。
「そうだな・・・とにかく次のステージに向かおうぜ」
年上に対しても言葉に遠慮がないアッシュだが、バーニィにはそれくらいがちょうど良い。下手に気を使われて我が乱れるよりは、無遠慮でも互いに指示が出せるくらいがちょうど良い。
まあ、アッシュの場合は指示を聞かない場合もあるのが困ったところではあるが。
「おっ!」
バーニィの視界に、一人のフォースが不意に飛び込んできた。
「ライバル出現のようじゃないか・・・」
見たところ、相手は一人。ペアで参加の試験だが、向こうの相棒は途中で脱落でもしたのだろうか?
「さぁて、どうする相棒?」
このまま先を急ぐか、それともたった一人のフォースからチームIDを奪うか。
いや、バーニィが尋ねているのはそういう事ではない。
「あんたの力を借りなくとも、俺だけで充分行けますよ」
相手は一人。二人で確実に行くのか、それとも馬鹿正直に一対一の勝負を挑むのか。バーニィの質問はそういう意図で聞かれていた。
「たっは!お前ならそう言うと思ったぜ」
なにせアッシュは「馬鹿」正直だから。
けして二人がかりで挑む事が卑怯なわけではない。しかし正々堂々と一対一で挑むべきで、それが正しいと信じているアッシュ。熱血漢と言えば聞こえが良いが、ハンターとしては「馬鹿」正直すぎる。
(ま、そんなとこが長所でもあるわけだが)
熱い男は嫌いじゃない。
「そんなら、俺は高みの見物と行くか」
そもそも、この試験は二人にとって修行の一環でしかない。既にラボの試験には合格しており、改めて合格する必要がないのだから。
なら、アッシュの好きにさせるのも修行か。バーニィは言葉通り、アッシュ一人に任せる気でいた。
だが、そんな悠長な事を行っていられなくなる。
「!?」
地面が、唐突に揺れた。
何か、何か得体の知れない怪しげな空気が当たりを包む。
それも、あの突然現れたフォースを中心に。
「おい、アッシュ待て!」
まずい。理屈ではなく本能が危険信号を脳に発し続けている。
「何で逃げるんだよ!?」
制止したバーニィが、向きを変え走り出している。
一刻も早く、この場から去るべきだ。ビリビリと感じる危険信号に従い、バーニィは退却を身体で示した。
しかしやる気でいたアッシュには、その危機感がない。むろん何かおかしな雰囲気だな、くらいには感じていたが。
「うるせぇ!ヤな予感がすんだよ!」
鈍いのか、それとも経験の浅さか。鈍感なアッシュに少しいらつき、バーニィは退却を促した。
さすがのアッシュも、場のおかしな空気とバーニィの怒号、そして異様な殺意を放つフォースに、何かあると感じていた。すぐさまバーニィに続くよう、アッシュも走り始めた。
と同時に、凄まじい爆音がアッシュの背後から放たれる。
何かが、背後から迫ってい。
しかし振り向いて確認するわけにはいかない。とにかく、前へ前へ走らなければ。
ガラガラと、何かが崩れていく音がする。それは確実に迫っている。もうそこまで!
「二人ともこっちよ!」
不意に、左手より声が聞こえた。
考える暇など無かった。二人は声に命じられるまま、左へ、入り口へと飛び退いた。
本当に僅かばかり後、二人の後ろから激しい爆音と、崩れ落ちる岩の音が響いていた。
「ふぅ・・・いやぁ、助かったよ」
バーニィは額の汗を拭いながら、声の主・・・真っ赤なアンドロイド、ヒューキャシールに礼を述べた。
「あら、いいのよ別に。こちらは頂く物を頂くだけだから」
明るく可愛らしく、ヒューキャシールは真っ赤なセイバー・・・赤のセイバーをバーニィの喉元に突きつけた。
「・・・なに、そーいう事?こりゃしてやられたね」
救世主と思っていたが、よくよく考えればこのフィールドにいるハンターは全てがライバル。
ちらりとアッシュの方を見ると、異形な形をしたライフルの銃口を突きつけられ、身動きできないでいた。その相手も、やはりヒューキャシールと同じく真っ赤なボディの女性アンドロイド。
「赤のセイバーに・・・確かブリンガーライフルかそれは。なるほど、「それなり」に手練れのハンターなわけね、おたく達は」
二人が持つ武器は、レアと呼ばれる貴重な物。それ相応の腕か運がなければ手に入らない代物。つまり武器だけを見ても二人の実力は相当のものだと気付く。
「悪いわね、バーニィ。でもあなた達は既に合格しているから、別に構わないでしょ?」
確かにそうだが・・・それより気になる事がある。
「・・・なあ、俺ってそんなに有名人か?」
目の前のアンドロイドに見覚えはない。だが、向こうはこちらを知っている。
ZER0のように節操なく軟派師などと呼ばれ有名になるならまだしも、バーニィは少し前までゾークと共に裏の世界を駆け抜けてきた男。そう名が知られてるとはとても思えない。
「ふふ、男がそんな細かい事気にしちゃダメよ」
細かくはないし、気にするなという方が無理だ。そう言い返したかったが、これ以上のおしゃべりは無しだとばかりにセイバーをさらに喉元に近づけられれば、言い返す事も出来ない。
「心配しないで。今はともかく、私達は「敵」じゃないわ」
信用できる言葉ではないが、信用の有無にかかわらず、もう逃げられる状況にはない。
「ほらよ」
バーニィは素直・・・とは言い難いが、手に入れたチームIDと自分達が持っていたチームIDを渡した。
「ありがとう。じゃ、またね」
消えゆくバーニィに、女達は手を振っていた。
またね?
最初から最後まで、アンドロイド達は謎ばかりをバーニィ達の心に残し、そして女達は試験場に残った。
「先ほどの身元不明のフォースが、再びエリアLに出現!VRフィールドシステムに干渉しています!!」
再びチーフルームに飛び交う、悲鳴のような報告。
「馬鹿な!そんな事あり得るわけが・・・」
ない。しかし、現実に行われている。それはダン補佐官も認めざるを得ない。
「落ち着きたまえ。オペレータ、現状報告の続きを」
一人落ち着き、場を指揮するチーフ。
全体がパニックに陥ろうとしている中、取り仕切るチーフが冷静だと、場の沈静化も早い。
「はっ、はい。エリアL付近のブロックに高エネルギーフィールドが発生!エリアL、位相エネルギー基準値を保てません!」
これは緊急事態だ。誰もが顔を強張らせ、状況の把握に躍起となっている。
だが、チーフだけはいまだに冷静だ。
まるで、この最大級のトラブルすら予見していたかのように、落ち着いている。
「エネルギーフィールドなおも拡大中です!このままでは、VRフィールドシステム自体がダウンする可能性があります!」
この報告には、さすがのチーフも慌てたか。立ち上がりすぐさま指示を出す。
「どうにかアクセスできる範囲で現状を維持。受け付けないブロックは、既にハンターズがいない場合強制ダウン。どうにかフィールドを保ちながら試験を続行しなさい」
いや、慌ててなどいない。
この期に及んでまだ試験を続行しようなどと、慌てて出せる指示ではない。
「しかしチーフ、このままではハンターの身に危険が・・・」
「試験としては少々危険なトラブルですが、これを乗り越える程のハンターでなければ、かのガル・ダ・バル島の探索には耐えられないでしょう」
普段なら、むしろ補佐官の方がハンターの実力にあれこれと難癖を付けている事が多い。しかしさすがにこのトラブルを「試験には最適」と判断する程、補佐官もハンターを憎らしく思っているわけではない。
そんなトラブルすら、試験の内容にしてしまう。氷のナターシャ、その冷たさの片鱗に補佐官は背筋を冷やしていた。
「オペレータ、試験中のハンターに警告。セキュリティー班、ハンター達の身を第一に、フィールドの維持に勤めなさい。やむを得ない場合は強制退去も許可します」
さすがに氷のナターシャでも、ハンター達の身は第一に考える。ヴァーチャル内での事故とはいえ、システムトラブルに巻き込まれたら生還できない可能性もあり得るのだから。
(さあ、どうするのかしらね・・・これから)
誰に問いかけているのか。心の内で尋ねた疑問に、当然答える者はない。
「待って!ラボからの通信です!」
先を急ぐZER0の足を、エリが制止した。
「ラボより緊急連絡!」
通信はフィールド全体に響き渡る。
「VRフィールド内において、高出力反応を検知。VRフィールドはラボのアクセスを拒否し制御不能に陥った地域もあります」
薄々・・・どころか、ハッキリとトラブルを感じていたが、ラボからそのトラブルが現実の物だと告げられた。それだけ、とても危険な状況にあるのだろう。それくらいは二人にも判る。
「現在VRフィールドは徐々に崩壊が始まっており、現在の管理体制ではVR試験中のハンターズに対し、安全を確保できないおそれがあります」
更に不安をあおるオペレータ。エリが見て判る程に不安に震えている。
「試験は続行されますが、身の危険を感じた場合には緊急避難しVRフィールドから離脱して下さい」
「おいおい、それでも続けるのかよ」
差詰め、どこぞのお偉いさんが「これも試験のうち」などとほざいたに決まっている。ZER0は冷たい指示を出したであろうそのお偉いさんに毒づいた。
「繰り返します!VRフィールド内において、高出力反応を検知・・・」
オペレータの緊急通信が、繰り返し現状の危険を警告している。
さて、どうしたものか。
試験は続いている。つまり、まだエリの依頼を実行中である事になる。しかしエリの身を考えると、これ以上の続行は危険すぎやしないか?
「見てください!VRフィールド内の仮想レジスト値が急激に上がってる!」
ZER0の不安をよそに、エリが独自に己の端末で調査した結果を、興奮気味にZER0に示してきた。
「つまり、空間に何かの力が加わっていて・・・今のVRフィールドはすごく不安定な状態になっているんです」
レジスト値など何の事か判らないであろうZER0にも判るように、エリが現状を丁寧に言い直した。
つまるところ、危険だという結論に代わりはない。
だが、エリにしてみればこうして測定する事で更に現状を理解し落ち着く事が出来るのだろう。先ほどまで震えていたエリだが、今はむしろ興奮している。
「・・・これも、ラボがセッティングした試験の一部なのかしら?」
そんなはずはない。もしこれも試験の一部だとしたら、相当凝った演出だ。
エリはZER0以上に、参加しているどのハンターズよりも、ヴァーチャルルームの構造について詳しく知っている。詳しいからこそ、現状に起こったトラブルが信じられない。あり得ないはずのトラブルよりも、ラボの演出だと考えた方がエリにとっては自然なのだ。
(それとも、彼の・・・)
とはいえ、このトラブルに関して、思い当たる節もある。
しかし・・・それは考えたくはない。
まさか彼が、このような事を・・・。
「急ぎましょう」
考えたくない事は、考えないのが一番。エリは先を急ぐ事で、思考の中断を試みた。
そしてそれは、エリに対して帰還するかどうかを尋ねようとしたZER0への答えにもなった。
(ま、最後まで守ってみせましょう)
そう、試験が始まる時に誓ったのだ。ならば最後までとことん付き合うのみ。
フィールドが不安定でも、フィールドの住人はさもトラブルなど無いかのように現れ、ZER0達の行く手を遮る。
「消えるなら、フィールドよりお前達が先だろうに」
不安定ながら、エネミーもトラップも、従来通り登場する。こうなると、トラブルは本当にラボが仕組んだ演出なのではと疑いたくなる。
仮にそうだとしても、なんらZER0達の立場が変わる事はない。
「よし、急ごう」
エネミーを倒し、扉が開く。二人はすぐに部屋を飛び出し、ゴールを目指した。
走り続ける二人の前に、またしてもレーザーフェンス。
「このくらいしか出来ないけど・・・」
素早くフェンスの端末に近づき、先ほどと同じように解除していく。
「私、頑張りますから!」
自分がいかに、ZER0の足を引っ張っているのか。それは重々承知している。
そしてZER0が自分の身を案じ、何度か期間の提案をしようとしている事も。
それを気付かぬように、振り切った。
我が儘だと判っている。それでも、どうしても、エリは先に進みたかった。
「ああ、判ってるって」
頑張る事を?それとも・・・。
ただ今は、頭の上に乗せられた、ZER0の優しく大きな手を信じるだけ。それしか、エリに出来る事はなかった。
「ふう。やっと、次のエリアへの転送装置まで来たみたいです」
ようやっと辿り着いた、このエリアのゴール。
しかし、本当のゴールはまだ先。ここは折り返し地点に過ぎない。
「このエリアはもう危険ですね・・・さあ、行きましょう」
一刻も早く、ここを離れるべきだ。すぐさま、ZER0はテレポータに足を踏み入れた。
「一度で良いの」
エリもそれに続こうとするが、ふと、足が止まる。
「彼に・・・会いたい・・・」
本当の願い。この先に待っている、本当の願い。
それをZER0に教えぬまま、ここまで来てしまった。
これで良いのか?伝えぬままで良いのか?自問自答しながら、戸惑うエリ。
大丈夫。彼ならば、大丈夫。
あの大きな手を信じて、エリはZER0に続きテレポータへと踏み行った。
そんなエリの様子を暖かい眼差しで見つめる男がいた。
先に行ったZER0ではない。
一人のフォース。物陰から、エリの背中をじっと見つめていた。
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