novel

No.13 心の座〜揺れる心〜

 とかく、男女の仲とは難しい物だ。
 何故男と女が存在し、そして互いに惹かれ合うのか。
 男と女、その間には愛が芽生え恋が始まり、二つが交わり恋愛へと発展する。
 恋愛などとは無縁の関係。そう思っていた間柄でも、男と女であればそれを完全には否定できない。
「なぁ・・・」
 男には、一人気になる女性がいた。
「お前あの「氷のナターシャ」について、俺よか詳しいよな?」
 すぐ側にいる女性に、他の女性の話題を振るのは時としてタブーになる。
「なに?天下の軟派師様は女性であればあんなおばさんでも口説こうっていうの?」
 尋ねた男が恋多き男ならば、その男に恋する女性としては気が気ではない。ほんの僅かでも可能性があるのなら、からかいながらでも尋ねたくなる。
「そうじゃねえよ。ま、口説いてみるのも面白そうだな、と思わせるだけの魅力はあるけどさ」
 そこで何故完全に否定しないのか。不器用な程正直に語る男の口を、女は己の口で軽く塞いだ。
「・・・もう。これ以上女増やしたら、あんた絶対収集付かなくなるからね」
 焼き餅を焼いている。これ以上不安にさせないで欲しい。女は男の口程素直には語れなかった。
「なんだよ、焼き餅か?」
 肯定はしない。だがもちろん否定もしない。
 少し頬を膨らませた女性の顔が、可愛らしく愛おしい。
「いい?ノルの事は認めるわ、私にもMがいるし。あとシノもしょうがないとしても・・・これ以上は許さないからね」
 特に二人共が二人の仲を、公然と何かの型に当てはめた事はない。だから二人は、恋人でも夫婦でもない。そしてお互いに別々の恋人がいる。型に当てはめるにしても、二人、いや四人の関係は適当に表現し得る言葉が見つからない。
 そんな関係だからこそ、危ういバランスをこれ以上崩したくないのだ。
 やっと、こうして素直に側にいられる関係になれたのだから。
「そーいう事を訊きたいんじゃねえよ」
 男も、女の気持ちは痛い程よく判っている。自分だって、今の心地よい関係を崩したくはない。
 自分のちょっとした発言が、人の心をこうも揺るがす事もある。軽すぎる自分を少し反省し、今度は自分から女の口を己の口で軽く塞ぐことで謝罪した。そうしてから、男は話を戻した。
「突然パイオニア2ラボのチーフに抜擢された、通称「氷」のナターシャ・・・謎多い女性ってのはみりょ・・・あ、いや、なんだ、その・・・」
 言いかけた言葉を慌ててかき消そうとするその様子があまりにもおかしくて、女はつい吹き出してしまう。
「いいわよ、続けて。もういちいち絡まないから」
 そう、いちいちこの正直な口に腹を立てても仕方がない。この口も唇も、軽くても正直なところも全て含め、愛しているのだから。
「・・・謎が多いって事で色々と噂も立ってるけど、あのチーフ・・・結局の所、どんな女なんだ?」
 女性としても確かに興味がある。だがそれ以上に、雇い主としてあまりに謎が多すぎるのは、気にするなという方に無理がある。
「わざわざ俺を招き入れた理由。情報の漏洩を拒むどころか、人物を特定して流す理由。そこらも気になるんだが、犬猿の仲だって言われている総督にまで情報を提供する肝の据わりよう・・・ただ者じゃねえだろ?」
 そもそも、「氷」などと呼ばれるだけでも普通ではない。しかも単純に冷たい女だとか無表情だとか言う類でもない。冷静だが冷徹ではなく、時には冗談すら口にするのだから。
「そうね・・・ちょっと長くなるけど、知っといた方が良いかもね」
 そう言いながら僅かに眉をひそめた女性。彼女にとって、あまり良い話ではないようだ。
「私が今回、直接ラボの調査に参加できない理由は・・・私がタイレル提督と近しい存在だから、というのは知ってるわよね?」
 女・・・ESは、リコ・タイレルという英雄に拾われ、彼女の娘として育てられた。故に育ての親リコの、そのまた親となるコリン・タイレルは祖父という関係になる。むろんお互いに祖父と孫という関係だと意識したことはほとんど無い。たまにESがからかって「おじいちゃん」と呼ぶくらいなものだ。
 しかし近しい関係にあることに代わりはなく、タイレルはパイオニア2総督としてハンターズのESに、ラグオルの調査を真っ先に依頼したのにも、彼女の腕に頼っただけではない理由があった。
 それだけタイレルに近い存在であるESを、タイレルと仲の悪いナターシャが遠ざけたがるのも納得がいく。
「そもそも、彼女と総督は母星政府の役人時代からの知り合いでね・・・二人の間には、ヒースが絡んでくるのよ」
 意外な人物、ヒースクリフ・フロウウェンの名が告げられ、男・・・ZER0は眉をひそめた。
「総督はヒースと同期・・・と言っても、役人と軍人って立場は違うけどね。なんでも士官学校の学生時代からの仲だそうよ。付き合いの長さなら、三英雄の残り二人よりも長かったんだって」
 三英雄として、軍人の憧れとして高名な為か、彼の交友関係にタイレル総督が含まれていることを知る者はあまり多くない。しかし総督が持つ人望の厚さを考えると、二人に繋がりがあっても何ら不思議ではないだろう。
「そしてあの女狐は若い頃、ヒースの部下だったのよね。軍人としてではなくて、軍部の政治面をサポートする秘書官として、政府側から派遣されてたらしいわ」
 まずここで、タイレルとナターシャとの関係にフロウウェンという中間点を挟んだ線が結ばれた。
「・・・でもよ、それじゃ二人は「フロウウェンの知り合い」ではあって、お互いが全く結びついてないんじゃ?」
 友達の友達が友達同士とは限らない。今回のケースがまさにそれだ。
「まだ「土台」を話したにすぎないわよ・・・いい、ここからかなり複雑な話になるからね」
 言い方からして、二人の間はなにやらドロドロとした繋がりがあるのだろうと推測できる。既に二人の仲が悪いことを予備知識として蓄えている分余計にそんな推測が成されてしまう。
「ナターシャは最初こそただの伝令係でしかなかったけれど、少しずつ優秀な秘書官としての本領を発揮していったらしいわ。そして同じように、若くして様々な功績を挙げたヒースも、隊を任されるようになったの。その時最初に隊長となったヒースのサポートをしたのがナターシャで、以後ヒースの脇には常に彼女が付いていたわ」
 後に英雄と呼ばれる男との出会い。それが彼女にとってまさに転機だったのは、現在の彼女を見れば判るというもの。
「なるほどね・・・そうやって出世頭の側について、自分も出世か。さすがは「氷のナターシャ」か」
「・・・それが違うのよね」

 自分の推測を否定され少し眉間にしわを寄せたものの、続けられたESの説明に納得する。
「彼女を見ていれば判るでしょ? 別にヒース無しでも独力で出世できるわよ、あの女狐なら」
 確かに、あの手腕はただの腰巾着とは訳が違う。
「むしろずっとヒースの側にいたことで、出世が遅れたとすら言われていたんだから」
 そもそも彼女は軍人ではなく、政府から派遣された役人。時期を見て政府の仕事に戻った方が出世が早かっただろうというのだ。
 そう考えれば、別の疑問が湧いてくる。
 何故ヒースの側を離れなかったのか?
 その疑問をZER0が口にするよりも前に、ESは話を進めてしまった。
「氷、なんて言われるようになったのも・・・彼女がヒースの側を離れ政府に戻ってからよ。少なくともヒースの側にいる時は、とても氷なんて呼ばれるような女性ではなかったらしいけど・・・そのあたりはさすがに、直接見ていた訳じゃないしね」
 苦笑いを浮かべ、「氷じゃないナターシャ」なんて想像できないわよねと冗談を挟む。
「ずっと側にいたナターシャが突然政府に戻った事に関しては、特に何らかの失態があったわけでもないのよね。彼女の方から政府に戻りたいという要望があり、それが受理されただけなんだけど・・・」
 顔をしかめ、ESは少し言葉を詰まらせた。
「・・・彼女が政府に戻る少し前に、ヒースの側に別の女性が現れるのよ」
 つまりその女性が原因だと、話の流れから推察される。
「その女性こそ・・・リコ・タイレルなの」
 これで全てが繋がった。
 フロウウェンとリコの仲は、あまりにも有名だ。三英雄ヒースクリフ・フロウウェンと、その彼を師事し後に同じく英雄と語られることとなる赤い輪のリコ。ハンターとして活躍する傍ら、フロウウェンを天才的な頭脳でサポートしていたリコが現れたことが、フロウウェンの側にいたナターシャに影響しないわけがない。
 よく考えれば、フロウウェンのサポートをしていた人物としてリコは有名だが、ナターシャは全く知られていないに等しい。現在の彼女を見れば、リコに匹敵、いやそれ以上のサポートをしていただろう事は安易に想像できるが、それにもかかわらず彼女の功績が伝わっていないのは・・・リコがあまりにも高名すぎたからだろう。
 三英雄と天才的ハンター。二人の仲は年齢差を超え様々な憶測が囁かれていたが・・・そんな憶測の何かが真実で、ナターシャが政府に戻るきっかけとなったのは間違いなさそうだ。
 ただ、その何かがなんなのか・・・そこを探るのは無粋というものだろう。
「なるほどね・・・しかしそれなら、リコを怨みさえしても、その父親までってのは行き過ぎじゃねぇの?」
 坊主にくけりゃ袈裟まで憎い。憎しみが深い程その対象となる者の周囲全てが憎くなるのは人の感情として致し方のない部分ではあるが、やはり直接は関係の無いはずの人物まで憎むのは筋違いだろう。
「憎んではいないでしょうね・・・ただ嫌いなだけよ」
 冷静に無関係だと判っていても、関係者、それも肉親となればまず好感は持てないだろう。それもまた人の感情として仕方のないことか。
「それにリコのことが無くても、政治に対する姿勢が二人は違いすぎるわ。馬が合わないのは当然だったでしょうね。ただリコのこともあってどこか二人とも露骨に表へ出てしまうのを止められなかったんでしょうね・・・二人の不仲が有名になってしまうくらいに」
 ナターシャは慎重に最良と思われる道筋を選ぶのに時間をかけるが、しかし一度これと決めれば、大儀の為に多少の犠牲はいとわない。対してタイレルは迅速な対応を心がけているが、大儀よりも情を優先する部分がある。どちらが良いとも悪いとも言い切れないが、少なくとも二人の政治観が異なるのは確か。むしろ激しく衝突しないだけ、二人はたいした政治家だと褒め称えるべきだろうか。
 こういった状況でも、ナターシャはタイレルへ個人的に情報を流した。それだけ、お互いは認め合っていると言うことなのだろう。
 個人的な感情と、政治手腕は別。確かにナターシャはそのようなことを言っていた。むろんそれだけではない、ナターシャの目論見もあるのだろうが・・・だとしても、割り切るべき所を割り切れる精神はたいしたものだ。改めて「氷」の異名に偽りがないことを思い知らされる。
「軟派師と呼ばれた俺が、「こんな場所」で「こんな状況」の上で言う事じゃねぇが・・・」
 軽く溜息を挟み、ZER0が総評を口にした。
「男と女ってのは、かくも難しく複雑な関係だな・・・」
 そして今自分が置かれた状況を振り返る。
「・・・俺はある女性に、「手作りの小龍包をごちそうしてあげる」って誘われただけなのにねぇ・・・どーして今「こーいう事」になってるのかねぇ・・・」
 ZER0のぼやきに、ESは満面の笑みを浮かべて答えた。
「ごちそうさま。とっても美味しかったわ」
 同じシーツにくるまれベッドの上に横たわる女性にこんな事を言われるのはまんざらでもないが・・・明日必ず会うであろう別の女性に何を言われるのやら・・・そんな事を考えると、ハートを飛び散らさんばかりに微笑む女性とは対照的に、男はまた溜息が漏れてしまう。

「こんにちは!ここは、ラボの受付です!なにかご用かしら?」
 翌日、やけに張り切った受付嬢がラボにやってきたZER0達を向かえた。
「・・・何やってんだよお前は」
 テンションが高すぎることに対し言っているのではない。
「受付嬢でーす」
 それは見れば判る。ZER0が聞きたいのは、何故受付嬢などやっているのか、という質問だ。
「朝帰りどころか、「愛人」宅から直接ラボに向かっちゃうような男を、泣きながら待っていた受付嬢でーす」
 なんとも具体的な嫌味を言う受付嬢だ。
「連絡入れただろちゃんとよぉ・・・」
 この程度の嫌味なら当然覚悟していたが、アッシュやバーニィのいる前でやられると、さすがに頭をかかえたくなる。
 ここまであからさまな嫌味を言ってはいるが、受付嬢は別に怒っているわけではない。連絡は確かに受け取ったし、「愛人」の事は承知している。ただ泣きはしないが面白くはないのも事実だ。この程度の嫌味を言うくらいの権利はあるだろう。
「・・・で、質問に答えてくれ。何でお前が受付嬢なんかやってんだよ、ノル」
 頭をかきながら、困った顔で尋ねるZER0。さすがにこれ以上虐める気にはなれないのか、受付嬢となっているノルは素直に答えた。
「チーフ直々の御指名なのよ。「今日からチーフ室の情報整理を頼む」って。受付は他に適任者がいないから兼業してるだけ」
 ノルは元ジャーナリストだが、今はラボの職員として働いている。その彼女が受付兼情報管理という職に転勤したとしても不思議ではないが・・・何故ノルなのだろうか?
 これはノル本人よりも、ZER0の方がその理由に思い当たる節がある。
 ノルはZER0に頼まれラボ内の情報を探る、いわばスパイの任務を任されていた。元々その目的でノルがラボの職員になったわけではないのだが、しかしノル本人がラグオルで起きている全ての真実を知りたいが為にラボの職員になったのは事実で、ZER0との話は後に都合良く行えるからと請け負ったに過ぎない。むしろ彼女はZER0との事にけりを付ける為にハンターズを離れラボに身を寄せたという理由もあったのだから。
 しかしそのスパイ活動も、チーフであるナターシャには筒抜けだった。それはナターシャ本人からZER0はそれとなく指摘されている。
 その事を考えると、どうやらナターシャはZER0の身内であるノルをも、自分の手が届く範囲に置き管理できるようにしたかったのだろう。しかもあえて情報管理という、スパイ活動にはもってこいの役職に就けたのも、彼女をただ縛り付けるだけではないというチーフなりのアピールでもあるのだろう。
 何故そこまでして、チーフはZER0に対して「親切」なのだろうか?
 俺に惚れたか? そんな軟派師的な発想はひとまず置き、ZER0は昨夜ESから聞いた話を思い返していた。
 ナターシャはフロウウェンと浅からぬ関係にあった。そして今、ラグオルのガル・ダ・バル島ではフロウウェンの消息とメッセージが重要なファクターとして上がっている。その上で、ナターシャはZER0を探査メンバーの中心に選んでいる。
 ZER0は直接、フロウウェンと繋がりはない。だが全く無いかというと微妙だ。
 三英雄のうち二人と、ZER0は関係がある。ZER0だけではない。残りのメンバーもゾークやドノフと関係の深い者達だ。そういう意味で言えば、フロウウェンとの関係に遠からず繋がりがあるといえる。
 ナターシャは「情」を持って、出来る限りフロウウェンに近い者達で彼のことを調べて欲しかったのだろうか?
 いや・・・それは理由としては弱い。あの「氷」のナターシャが、それだけでZER0を無理にでも抜擢したがるとは思えない。昔フロウウェンとの間に「何か」があったとしても。
 もし関係性だけでいうなら、一番近いのはESだ。彼女はフロウウェンの愛弟子であったリコの義娘。フロウウェンとの繋がりもあり、彼女の技はリコを通してフロウウェンのスタイルを受け継いでいると言って良い。
 しかしナターシャはESを選ばなかった。リコの関係者だから弾いた、という理由だと思われていたが、しかしリコの父であるタイレルに情報を流すなどということまで行うことを考えると、むしろその線は無いと思える。
 何故ZER0なのか? こまで情報が集まり状況が次々と変わっていく中で、それだけは全く見えてこない。
「・・・とりあえず、エントリーをすませるわね。ええっと・・・まずアッシュ君とバーニィさんのコンビでエントリー、で良いわね?」
 詳しい話は今しても仕方がないと、ノルは本来の仕事である受付を進めた。
「はい、お願いします・・・」
「それで頼むぜ、ノルちゃん」

 ZER0の後ろで控えていた二人が、各々ノルの問いかけに答えた。
 バーニィは元々誰とでも気軽に話をするタイプの男だが、それは口調こそ違えどアッシュも同じはず。だがどうにもアッシュはノルに対して少し固い。
 原因は簡単だ。アッシュの鬼先輩であるZER0の彼女なら、アッシュから見て「姉御」に近いイメージがある。これをノルはあまり心地よくは受け取っていないのだが。
「それとZER0は・・・本当に大丈夫?」
 エントリーを受け付けながらも、ノルは心配し声をかけた。
「なに、「依頼人」が言うんだから仕方ないだろ。大丈夫、俺はお前だって守りきって見せたろ?」
 ZER0を信用していないわけではないが、しかしZER0とパートナーとなる、彼の依頼人を考えると不安は拭いきれない。それでもノルはエントリー作業を進めていった。

 話は前日、ZER0がESの「誘い」に応じる少し前に遡る。
「例の「海底」調査はまだ先になりそうだが、ラボから新しい採用試験の話が来た」
 チームメンバーを集め、ZER0は今後の事をメンバーに話していた。
「俺達は既にラボの探査メンバー採用試験に合格している以上、今度の試験は関係ないんだが、調査再開までする事無いし、暇つぶしと訓練を兼ねて受けて貰うぞ」
 本来なら身体を休めた方が得策なのだが、チームとしてまだ結束力の弱いD−hzの結束力を強くする為に、とZER0は考え参加を促した。
「今回は二人一組のチーム対抗が主だ。バーチャルでエネミーも配置されているが、チーム同士のつぶし合いも試験内容に組み込まれている」
 つまりバトルロワイアル。生き残った者が勝ちという、単純だが色々と面倒なルールが盛り込まれている。
「で、チーム分けだが・・・本来ならアッシュとルピカを組ませたかったんだが・・・」
 ZER0が一番強固にしたかった絆は、一番その絆が薄いながら常に行動を共にさせているアッシュとルピカの絆。だがルピカはこの話を事前に察知し、頑とこれを拒否していた。彼女はこの場にすら来てはいない。
「アッシュはバーニィと組んで貰うぞ」
「あれ? てっきり先輩と組むかと思ったのに」

 ZER0はアッシュの面倒を見る為、訓練としてよく二人でラグオルに降りていた。それだけにアッシュはてっきり今回もZER0と組むものと思っていた。
「俺とじゃ意味がないだろ?」
 今回の目的は、チームメイト同士の絆を深めること。つまり元々それなりの絆のあるZER0よりは、まだ息がそろわないバーニィと組むもうが訓練として最適なのだ。
「つーわけだ。よろしく頼むぜ? 相棒」
 バーニィの腕は信用しているアッシュだが、しかし二人きりのチームとしてバーニィと組まされると、どこか不安になってしまう。
「バーニィ、アッシュが突っ込みそうになったら後ろから頭打ち抜いても良いからな」
「OKOK、それくらい心得てるさ」

 豪快に笑うバーニィだが、本当に不安なのはアッシュよりもバーニィだろう。ZER0ほどうまくアッシュの暴走を止められるのか・・・レンジャーとしてハンターを何処までサポートできるのか、その力量が問われる。
「で、残ったラブラブの二人でもう一チームか?」
「・・・ラブラブは余計だろ」

 バーニィがからかっているのはよく判っているが、微妙な関係だと自覚しているだけに「ツッコミ」にも少しキレがない。
 残った二人・・・ZER0とシノの関係は、当事者ですら意見が食い違う。
 当人二人が共通して認識しているのは、ZER0が四刀の所持者であり、シノがその四刀の後見人だと言うことだけ。ZER0から見てシノは、彼女が自立型として独り立ちするまで面倒を見る立場であり、ハンターズとして彼女は相棒だと考えている。対するシノは、ZER0を相棒ではなくゾークに次ぐ新しい主人だと決めつけている。むろんZER0はそれを容認していない。
 そんな二人だからこそ、第三者から見て二人の関係は非常に微妙な物になっている。「信頼し合ったパートナー同士」という所は意見が一致するだろうが、この「パートナー」という所の意味が、人によって食い違う。
 そんな微妙な関係と見られていることをZER0は自覚しているが、シノは自覚していても感心ないと、全く気にしたそぶりを見せない。こんな事も、二人の立場をより微妙にしているのだろう。
「残念ながら、わたくしはZER0とチームを組みません」
 その「残念」もどういう意味なのか。意識して言葉を発していないだろうが、人によってまたとらえ方が違うだろうなと、ZER0は心中で苦笑した。
「俺も出るには出るんだが・・・依頼を受けての参加になる」

 更に時を遡り、ガル・ダ・バル島で死闘を繰り広げたその夜。
「あら? いらっしゃいエリちゃん。どうしたの?ラボでトラブル?」
 ノルの部屋を、エリが尋ねてきた。扉を開けノルの目に映ったエリは、とても遊びに来たというような雰囲気ではない。少しうつむき加減に、そして遠慮がちに、エリは尋ねてきた。
「あの・・・ZER0さん、いますか?」
 神妙な顔つきで尋ねるところを見ると、何か深刻な話なのはすぐに判る。
「ええ、今ちょうど夕食を食べていた所よ・・・どうぞ入ってエリちゃん」
 室内にエリを迎え入れたノルは、そのままリビングでハンバーグを食べているZER0の元へ案内した。
「あれ、どうしたのエリちゃん」
 俺と夜を過ごしたくなった?などと軽口を叩ける雰囲気では無いことくらい、デリカシーのないZER0にでも判る。
「ごめんなさい、お食事中に・・・」
 申し訳ないと頭を下げるエリに対し、構わないからと席に着くことをZER0は勧めた。
「あの、唐突な話で申し訳ないんですが・・・」
 遠慮がちに、そしてゆっくりと、エリは訪問の目的を告げていく。
「ハンターズとしてのZER0さんにお願いしたいことがあるんです」
 つまりこれからの話は、ラボのオペレータとしてではなく、一個人がハンターズに依頼したい、という前置き。
「実は、私の・・・えー、知り合いの新人ハンターズさんのですね、護衛をお願いしたいんです」
 内容としては、ギルドでも良く見かけるされるごく普通の依頼だ。駆け出しのハンターズがすぐに命を落とさない為に、ベテランのハンターズを護衛にと依頼するのは良くあること。
 しかし、エリの言う護衛は、少し内容が異なるようだ。
「その人、今度ラボの適合試験を受けることになったんですけど・・・」
 今度の、というのはラボを去り際にチーフが言っていた、新たな適合試験のことだろう。ZER0はそこまでエリの言葉から読み取った。
「でも、その人絶対に適合試験に受からなくちゃならなくて」
 誰でも試験に挑む以上、合格したいのは山々だ。だがエリの言うニュアンスは、どうも少しばかり異なるようだ。
「周りに味方になってくれる人もいなくて・・・」
 誰かを師事していたならまだしも、最近は、特にパイオニア2では誰しもがハンターズになりたがる。新人ハンターズに味方と呼べる同業者がいないのも、特にここパイオニア2のギルドでは珍しくない話だ。
「お願いです。なにがあってもその人を裏切らないで、ついていってあげて欲しいんです。一人じゃ・・・やっぱり心細いと思うから」
 依頼内容は理解した。だが肝心なことが抜けている。
「エリちゃんの頼みなら、どーんと任せて貰っても良いけどね。でもその新人ハンターズって、誰なの?」
 依頼を受けるにも、まず誰の護衛をするのか。それを訊かずしてはさすがに親しいエリからの依頼だとして儲けられないだろう。
「・・・・・・」
 だがエリは何かを躊躇い、その疑問に答えなかった。しばらく、沈黙が続く。何か事情があるのだろう。
「えーっと・・・まあ、俺ならエリちゃん本人が試験を受けたいって言い出したって、ガッチリ護衛できる自信はあるぜ?」
 安心させる為に、大口を叩くZER0。その言葉が狙い通りエリを安心させたようだ。
「ホントですか?・・・よかったあ。もし断られたらどうしようかと思ってました・・・」
 胸をなで下ろし、饒舌になったエリ。安堵しながら語るエリだが、一つ抜けていることがある。
 まだZER0は受諾したわけではない。しかしエリはZER0が了解したものと受け止めている。
「あ、いや・・・それはいいんだけど、結局誰なの?」
「え?今ZER0さん判ってくれたんじゃ?」

 食い違いがある。何が何処で食い違ったのか、ZER0は自分と彼女の会話を頭の中でリフレインさせていく。
「・・・もしかして、エリちゃん!」
 こくりと頷く彼女を見て、それが事実だと明確になった。
「そうか・・・いや、もちろん問題ないさ。前にだって、一度護衛してるだろ?」
 不安そうに見つめる彼女をフォローすべく、慌ててZER0は了解の意思を告げた。
「しかしなんだって急に・・・」
 試験を受けることに? そう続けて尋ねようとしたが、エリの表情からそれを尋ねてられては困るといった意思が伝わってきた。
「・・・OK。試験は明後日からだったよね?なら明後日直接ラボで落ち合おうか」
 無理に訊くこともない。目的が告げられないままの依頼もギルドでは珍しいことでもないし、ましてエリの頼みだ。自分にとって不利益なことはないはずだ。
 問題があるとすれば・・・ハンターズ同士が争うサバイバル方式の試験に置いて、どれだけエリを守りきれるか、だ。
 試験はラボの行うガル・ダ・バル島調査を任せられるだけの技量があるかどうかを問われるもの。それだけに腕に自信を持ったハンターズばかりが参加する。へたなエネミーなど比べ物にならない強敵が待ちかまえているという事だ。
 それもどうにかするしかないだろう。最初は主にアッシュを鍛える為にと考えていた採用試験への再参加だったが、どうやら自分自身も鍛えられることになりそうだ。
 むしろ、豪刀の名に近づく為にはちょうど良い試験であり試練かもしれない。
「さ、じゃあ食事の続きをしましょう。エリちゃんも食べて行ってよ、ノルちゃん特製ハンバーグ!」
 ぱん、と手を叩き、少し重くなった場を一変されるノル。
「はい!・・・って、ノルさん・・・これ、全部作ったんですか?」
 初めから視界には入っていたが、緊張のあまり意識からは外れていた。改めてノルが作ったというハンバーグを目の当たりにして、エリは驚いていた。
「あはははは・・・張り切り過ぎちゃってさ。さすがに二人じゃ食べきれないよねぇ、なーんて話していたところだったのよ」
 山のように、という形容詞が当てはまる程に、テーブルの上にはハンバーグがいくつも積み重なっていた。

 そして時は戻り、ZER0達はチーフから試験の内容を聞かされていた。
「ようこそハンターズの諸君。ここに集まっているということは・・・」
 少しばかり退屈な前置きから始まり、チーフは試験の内容を説明し始めた。
 目的は、ガル・ダ・バル島を探索できるだけの降下部隊を編成すること。
 試験は二人一組のチーム対抗で、VRフィールドを使って行われる。最終的にはVR最強のモンスター「ゴルドラゴン」の殲滅を終えた者を合格者とするが、そこに踏み入る為には各チーム一つずつに割り当てられた「ID」が三つ必要となる。つまり、ゴルドラゴンと闘う前に、他のハンターチームを倒しIDを三つそろえなければならないというサバイバルの要素も含まれている。
 何故ハンター同士を闘わせるのか?その事にチーフは触れなかったが、仮想エネミーでは計れないハンターの実力を知るには、ハンター同士を闘わせた方が効率が良い、という考えがあるのだろう。「氷」のナターシャらしい発想だ。
 一通りチーフの説明が終わると、ハンター達は各々バーチャルルームへと向かっていった。
 ZER0とエリも、バーチャルルームへと向かおうとしたその時、彼らに声をかける者がいた。
「失礼ですが、ZER0さんですか?」
 見ると、女性レンジャー特有の、軍服に近いハンタースーツに身を包んだ一人の女性が立っている。
「ああそうだが・・・君は? これが逆ナンならちょっとは嬉しいんだけどね」
 金髪にベレー帽。そして初々しくも引き締まった顔立ち。確かにこんな美人に声をかけられるなら男として嬉しいのは判る。
「はっ、私はマーヴェルと申します。そしてこちらはギリアム。ZER0さんの事は隊長よりお聞きしておりました」
 カツンとかかとを鳴らし敬礼する。ハンタースーツを着ているが、どうやら彼女は軍人のようだ。
 そういえば、なかなか敬礼の癖が抜けなかった奴がいたな・・・ZER0は一人の女性を思い浮かべていた。
 そしてギリアムと紹介されたレイキャスト。似ているわけではないが、レイキャストであることが、元軍人であった親友を思い出させた。
「隊長?・・・俺の事を話すような奇特な隊長殿は、二人しか思い浮かばないが・・・さて、どっちかな?」
 一人は、腐れ縁で何度か依頼を受けている軍人。そしてもう一人は、かつてハンターとして共に闘った女性。
「DOMINO隊長であります。ZER0さんの言うもう一人の隊長は、今「隊長」という立場にありませんので」
 思った通り、DOMINOの関係者だった。そして彼女が軍人でDOMINOを隊長と呼ぶということは・・・。
「なるほどね。で、TEAM00のメンバーがなんだってラボの採用試験に?」
 彼女はDOMINOの部下、TEAM00のメンバーと言うことだ。
「はっ、隊長から「ハンターズというものを肌で感じて来い」と言われまして・・・」
 かつて自分がレオから言われたことを、DOMINOは部下にも勧めたようだ。それだけ、DOMINOにとって短かったハンターズとしての活動が貴重な物だったのだろう。そう考えると、その貴重な期間を共に過ごせたことを誇りに思える。
「ふむ・・・ところでマーヴェルさん」
「呼び捨てて頂いて結構です」
「そう・・・じゃマーヴェル。こっちも呼び捨てるんだし、君ももうちょっとリラックスしてくれよ」

 まるで、ハンターズに来たばかりのDOMINOを見ているようだ。懐かしくも微笑ましい思い出だ。
「申し訳ありません、四英雄のお一人であるZER0さんを前に、緊張してしまいまして・・・」
「四英雄?」

 三英雄なら有名だ。しかし四英雄とは初耳だ。聞き慣れない言葉に、ZER0は聞き返した。
「あれ、知らなかったんですか?」
 マーヴェルに代わり、エリが解説を始めた。
「噂なんですが・・・ラグオルで「強大な敵」を倒した四人のハンターズがいるって。その人達を誰かが四英雄って呼び始めたらしいんですよ。そっか、やっぱりZER0さん達の事だったんですね」
 噂として流れている「強大な敵」とは、間違いなくダークファルスのことだろう。ただ情報の流出を規制している為か完全な形では流れていない様子。だからこそ、四英雄という言葉は生まれたものの、その名で当事者を呼ぶ者がいないのだ。
 しかしマーヴェルはその四英雄の一人、DOMINOの部下。真相もある程度知っているのだろう。
「なるほど・・・なら尚更緊張することもないさ。君だって自分の隊長相手にここまで緊張してないだろ?」
 同じ四英雄を隊長に持つなら、四英雄という言葉にそう固くなることもないはずだ。
「はっ、そうなのですが・・・その・・・」
 少し顔を赤らめたマーヴェル。どうやら、まだ何か理由があるようだ。
 もしかして、俺はまた女性のハートを捕らえてしまったか。軟派師がありもしない事にうぬぼれる。
「隊長から、その、「ZER0には絶対に隙を見せるな」と言われまして・・・厳格な方かと思っていたものですから」
「・・・あんにゃろ、んな事言ったのかよ・・・」

 隙を見せるな。DOMINOのアドバイスは正確に伝わらなかったようだが・・・的確なアドバイスだったのは間違いない。
「まーなんにしても、肩の力を抜いてくれ。そうだな、試験が終わったらゆっくり話でもしようや」
 自然と差し出される右手。少し戸惑ったが、マーヴェルはその右手を強く握った。
「はい。しかし戦場では敵同士。お手柔らかにお願いします」
 それはこっちの台詞だよと言葉を残し、ZER0はエリを伴いバーチャルルームへと足を向けた。
「・・・さすがね。DOMINOがあれだけ褒めるのも頷けるわ」
 ZER0の背中を見つめながら、口元をゆるめるマーヴェル。
「いかがでしたか?お嬢様」
 黙って後ろに控えていたアンドロイドが恭しく声をかける。
「軟派師なんて言われてるらしいけど・・・やはり四英雄という方が似合ってそうね。あんなに軽そうに見えて、全く隙がなかったわ」
 隙を見せるなと言われながら、逆に隙をうかがっていたマーヴェル。しかしこの短い間ではその隙を見つけることは出来なかった。
「父も随分と褒めていたものね・・・若き豪刀ZER0・・・か。ますます興味が湧くわね」
 ゆるめた口元が、にやりとつり上がる。
「お言葉ですがお嬢様」
 遠慮がちに、アンドロイドが口を出してくる。
「あの男は「危険」だと、DOMINO様もお父上も申しておりました。くれぐれも油断無きよう・・・」
 判っていると短く答え、二人の軍人はZER0の後を追った。
 何が危険なのか。まだマーヴェルはその真実を知らない。

「現状、我々の予定通り事は進んでいる」
 ハンターズがいなくなったラボにて、チーフが二人・・・一人の女性と一人のアンドロイドに話をしている。
「あとはシステムの中で再び生まれた「彼」があの娘にどう反応するか、それが問題」
 チーフの話を、ただ二人はじっと聞き入っている。
「引き続き監視を頼む」
 黙って頷き、二人はハンターズ達が向かったバーチャルルームへと続いた。
「さて、事態は何処へ向かうのか・・・」
 誰もいなくなったチーフルームで呟く、チーフ。
「ヒース・・・事態はあなたに向かっているのでしょうか・・・」
 誰もいなくなったチーフルームで呟く、女性。
 何処へ向かっているのかなど、誰も知ることは出来ない。
 しかし、事態は時という名の下、ゆっくりと、しかし確実にどこかへと向かっていた。

第13話あとがきへ
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