novel

No.12 荒野に轟く獣の熱狂
〜The frenzy wilds〜(後編)

「先ほどのシノワは、パイオニア1が独自に開発したシノワシリーズのようです」
 難敵を乗り越え辿り着いた先には、大きめのテレポータが設置されていた。
 これまでの「嫌な予感」を考えれば、この先には何らかの「障害」があるだろう。そう仮定し、ZER0はまず先にテレポータ近くにあった端末「CAL」を用いパイオニア2ラボへと連絡を取った。
 これまでの整理と、これからの対策を立てるために。
「ZER0さんに入手して頂いたデータによりますと・・・実験コードレベルα、捕獲用マシンとなっていますね」
 捕獲用だと? 先ほどの苦戦を思い返し、ZER0をはじめ皆が眉間にしわを寄せる。
「ええと・・・「管理区防衛と試験場監視を目的として地表に配置した、ベリルおよびスピゲルタイプ。この2タイプのAI部分にD型因子感染を確認。セントラルドーム地下施設と同様のウィルス型汚染病例。D型因子はマシン経路からの侵入も可能なことが立証された」と、あります。先ほどZER0さん達が闘った相手は、シノワ・ベリルの方みたいです」
 防衛と監視を目的とするなら、先ほどの戦闘はあからさまに「過剰防衛」ではないか。どうやらパイオニア1では、死体回収を捕獲と言うようだ。
 それよりも、気になる事がある。さらりと流されたオペレータ・エリの言葉にZER0は聞き逃せない情報が二点あった。
 一つは、セントラルドームの地下施設・・・坑道にて、D型因子によってロボット達が狂わされていた事を、既に承知している点。もう一つは、ロボットのAIにD型因子が進入し感染する事を確認している点。つまり、彼らはD型因子を容認し実験を着実に進めていた、という事になる。
「なるほど・・・だからコードレベル「α」か・・・」
 もちろん、全くの新型シノワを開発製造していた点も気になるが、ZER0にとってはやはりD型因子・・・ダークファルスが絡む事項が気になる。その思いが、自然とZER0の口からこぼれ落ちた。
 これまでに回収したデータによると、今エリが語ったシノワと、新たに発見された原生生物がレベルα。アルタードビーストと化した突然変異体がレベルβ。最初はフォトン属性によって分けられていると思ったが、シノが「レベル」としている点で、何らかの進行度合いを示しているのではないかと推測していた。その推測が、おそらく正解だった事を、今回のデータで立証出来たようだ。
「やはり、D型因子の進行度合いをレベルで示していたようですね。細胞やAIに進入し狂わせる段階をα、完全に細胞を侵し変異させた段階がβ、というところでしょうか」
 ZER0が漏らした言葉を、シノが引き継ぎ結論を述べる。
 細かい情報から、着実にパイオニア1が行おうとしていた事を明確にしていく。それは非常に大切な事で、ラボはもちろん、あらゆる形でZER0から情報を得ている者達にとっても重要な事。判ってはいるが、こうして真実を明確にしていくのが恐ろしく感じるのも、彼らの正直な感想だろう。
「するってぇと、差詰め遺跡の亜生命体はレベル「γ」か?」
 バーニィがシノの結論から、一つの推測を述べる。おそらく、バーニィの推測は正しいだろうし、まだ区分成されていない亜生命体を定義に当てはめるならば「γ」しかない。
 しかし問題は、区分方法の立証ではない。
「じゃあ、もしかしてレベルγも既に・・・」
 研究が進んでいた。その言葉の恐ろしさに、アッシュはそれを吐き出さずに飲み込んだ。
 わざわざ島をまるごと研究所にしてまで行っているのだ。どこまで研究が進んでいるかは全く見えないが、少なくともレベルβが動く植物を生み出している段階で、最低限γに着手はされただろう事は安易に予想出来る。まさかレベルβで満足などしないだろうから。
「・・・とにかく、進むしかねえな。エリちゃん、このテレポータは何処に繋がっている?」
 憶測で恐怖心をかき立てても仕方がない。おののくなら、真実をしっかりと握りしめた時で良い。今は進む事しか、彼らに出来る術はないのだから。
「あ、はい。ええと・・・どうやら、島の外れ、断崖のあるポイントのようです」
 エリの報告が予測していた事と違い、ZER0は少しばかり肩すかしを食らった。てっきり、この先は目の前に見える塔への入り口か、地下にあると推測された海底部分への入り口だと思いこんでいたから。
「なんかこう・・・「嫌な予感」を増長させてくれるねぇ」
 また断崖という場所も、ZER0に「嫌な予感」を膨らませるに十分な舞台と言える。
「なぁに、吹っ飛ばせば良いだけだろ、兄弟。いつものようにな」
 愛用のバーニングビジットを見せつけるように担ぎ、バーニィは進んでテレポータへと足を入れた。
「ちげぇねぇ」
 次いでZER0も足を踏み入れ、アッシュもルピカも続いた。
(・・・雷雲が轟いている)
 最後にテレポータへと入ったシノは、空を訝しげに見上げた。既に「嫌な予感」は最大級にまで脹れていたが、その予感が更に危険な物へと変貌していく。シノはそれをAIに感じ取った。

 予感は的中した。それは良い。だからこその「予感」なのだから。
 ただ、「嫌だ」という事だけで、どのような「嫌な事」かまでは想像出来ない。
 出来て、またドラゴンのような大型生物の襲来。
「・・・なんだありゃ・・・」
 その「大型生物の襲来」も的中した。してしまった。
 突然、激しく降り始めた雨と、そして雷。きらめき響く雷の怒号に混じり、地響きのような獣の咆吼が、皆の耳を貫いた。
 雷をライトに、巨大なシルエットが姿を現した。断崖の一角に降り立ったその主は、巨大な身体に巨大な翼を持った獣だった。ドラゴン程に巨大なその獣は、ドラゴンと異なりしっかりとした太い四肢で悠然と立っている。頭部の脇、肩の辺りからは鋭く長く、前へと次ぎだした角のようなものが左右一本ずつ。そして四肢には蹄があり、この獣が走る事に四肢を用いている証を物語っている。突進し角のような物で相手を貫くよう出来ているのだろうか。
 しかし、それはおかしい。ならば何故、翼を持っている? 現に、今巨大な獣が立つその断崖の一角は、長く天へと伸びた岩の柱。どうにか獣を立たせるだけの広さはあっても、一歩たりとも足を踏み出せる場所ではない。
 ずっとその柱の上で育ったのか? そんなはずはない。
 巨大な翼を用いて飛べるのだ、この巨大な獣は。
 それを見せてやろう。そうとでも言いたかったのか、獣はまた轟く咆吼で大地を揺るがし、そして翼で大空を掴むかのように大きく羽ばたいた。
「来る!」
 見せつけるかのように、獣は柱より飛び立ちすぐに大地へ飛び込むかのように下降。そして大地に身体をこすりつけるかどうかすれすれの所を低空飛行。大きな獣は小さき来客を、身体でもって歓迎しようと言うのか?
「伏せろ!」
 逃げるよりは、ここは素直に伏せるべきだ。身体は地面にほど近くとも、広げた翼は身体よりは隙間がある。その隙間ならば立っていても優に通り過ごせそうだが、迫り来る恐怖が身を伏せさせた。
「なんて野郎だ・・・」
 通り過ぎるだけで、凄まじい風を巻き起こす獣。伏せて正解だった。もし立っていたら、確実に吹き飛ばされ断崖の外へと弾き出されていただろう。
 突風を起こすだけはあるのか、獣の勢いはそう失速する事はなく、岩柱の一本へと豪快へ突っ込んでいった。
 だが、獣はそれを物ともしない。
 突き出た角で岩柱を、まるで小枝を軽くへし折るかのように打ち崩し、そして失速する。獣はそのままこちらに向き直り、空で悠然とした姿をこちらへ見せつけている。
「アルタードの反応があります。どうやらデ・ロル・レ同様に作られた巨大生物のようです」
 シノの解析を聞き、納得する。なるほど、地を駆ける四肢と空を舞う翼を持ち合わせているのはその為か。あれだけの巨大生物を作り上げたパイオニア1ラボに対し恐怖を感じながらも、作られし獣の姿に納得してしまう。
「どうする兄弟。あれだけ上空を飛ばれちゃライフルだってとどきゃしねぇぞ」
 射程の長いライフルでも届かない。つまりこちらから攻撃する手段が全くない事を意味している。
 しかしそれは相手も同じ。今は出方を見定め待つしかない。
 などと、悠長に構えさせてくれそうにない。
 突然、獣の口から「何か」が吐き出された。成り行きを見守っていた一行は、突然の行為ではあったがそれに素早く対処し、直撃は免れた。吐き出された「何か」はそのまま地面へと激突する。
 まさか、それが獣の狙いだったなどと一同誰も考えられなかった。
 地面をえぐった「何か」は、竜巻へと姿を変えた。えぐり散った地面の岩肌を数多く巻き込みながら。
「ちょっ、こいつ向かってくるぞ!」
 巻き起こった竜巻が、バーニィを狙うかのように迫ってきた。逃れようと走るバーニィの後を、竜巻がしつこく追いかける。
「・・・中心部にフォトン反応有り。理屈までは判りませんが、完全に人工的な竜巻です」
 生命が口からフォトンを吐き出す。どう考えてもおかしな事だが、事実これまで見てきたラグオルの住人達はその奇行を成してきた。今更口から追尾する竜巻を巻き起こすフォトンを出されても、もはや驚いても疑いはしない。
 疑うもなにも、こうして目の前で起こされているのだから。
 そしてそれを、二度三度と繰り返されているのだから。
 今はひたすら、迫る竜巻から逃げるしかない。
「巻き込まれないよう散開しろ!」
 各々が竜巻に追われている。追ってくる竜巻から逃れるのも重要だが、迫る竜巻を他の者に巻き込ませないのも重要だ。幸い、自分達が居る断崖は平面が多く逃げるには最適だ。
 だが、この広さは後々仇となる。
 差詰め、今は広く逃れられるが故に各々が散開しすぎてしまうという問題があった。
 竜巻に気を取られている隙に、獣は悠々とハンター達の居る平面部の上空に着ていた。それを巨大な影の襲来でシノが真っ先に気付いた。
 見上げると、彼女の真上に巨大な影。轟く稲光も遮られている。
 このまま押しつぶす気か? 何をされるか判らないが、まずは影の外へと逃れなければ。シノは既に立ち消えた竜巻からの逃走に次いで走り続けた。
 どうにか影の外へ。光が見えた事で僅かに安堵する。
 その安堵は、程なくして苦痛へと変わる。
「キャアア!」
 光は稲光。しかし雷雲から漏れるそれではなく、獣を中心に四方八方へと飛び散る雷の物。
 誰がこのような事を予測するか? シノの頭脳を持ってさえ予測出来ず、彼女雷の直撃を受け倒れた。
「シノ!」
 遠くで倒れるシノが見える。叫びながらZER0は降り注ぐ雷を避け、シノの元へと駆け寄る。
 また、指令をしくじったか。逃げる事ばかりに気を取られた自分をZER0はなじった。確かに竜巻から逃れるだけなら適切な指示だったかもしれない。だが、本体は別にいた。それを失念した己のミス。懐にある二本の香水をまさぐりながら、ZER0は懸命に駆けた。
「しっかりしろ、シノ!」
 気付け薬ムーンアトマイザーと、回復薬スターアトマイザーを振りまく。空に飛び散る香水の香りが辺りに充満し、これを吸い込む事でシノは回復する・・・はずだった。
「・・・くそ」
 人間ならば、意識を失っても呼吸はする。撒布された香水を難なく吸い込むはずだ。だが、シノはアンドロイド。呼吸はしない。
 アンドロイドでも、緊急時に外部からアトマイザー系の回復剤を吸収する装置が取り付けられており、本来ならそれが機能するはずである。ボディは最新式のシノにも当然その機能は備わっていたが、一時停止してしまったシノの旧式AIでは、その機能を上手く作動させられなかったようだ。
 後ろで、地響きがする。振り向かなくても判る、獣が地に降り立ったのだ。
 何か仕掛けるだろう。その前に、どうにかしてシノを助け出さなければ。
 迷う暇はない。直感だがこれしかないとZER0は行動を起こした。
 手にしたムーンアトマイザーを口に含み、そのままシノの唇を己の唇でこじ開け、含んだムーンアトマイザーを頬と舌とで無理矢理押し込んだ。
 シノは料理をする。その為、味覚の判断をする機能として口の開閉が可能で舌を持ち、そして食道があり胃がある。そこから栄養素を吸収してエネルギーにするかまでZER0は知識を持ち合わせていないが、少なくともムーンアトマイザーを胎内へ強引に押し入れる事は出来るはず。
 咄嗟の判断が、功を奏した。
「・・・ZER0」
「立てるか、すぐにここを離れるぞ」

 安堵している暇はない。後ろでは、事の原因である獣が吠えているのだから。
 言われるがままに立ち上がり、シノはZER0に手を引かれるよう走り出した。
「すみません、また・・・」
「俺のミスだ。それより立て直して反撃するぞ!」

 反省なら後でも出来る。今は後で反省するためにも、獣を一生地に伏せさせる事が重要。
 シノを救出し体勢を立て直せたのは幸いだった。それが出来たのも、どうやら獣にもある種トラブルが発生していたためのようだ。
 獣は四肢を折り曲げ地に伏していた。
「あれだけの身体です。長時間の飛行は多大な疲労として蓄積されるようです」
 愛用の機関銃を獣に向け、シノが普段通り冷静な分析結果を弾き出した。
 そもそも、翼を持つ生物にしては身体が大きすぎる。ドラゴンもそうだが、あれだけの巨体を大きいとはいえ翼一対だけで空の中支え続けるには無理がある。
「バーニィ、ルピカ、そのまま打ち続けてくれ。ただし、動きがあったら各自避難。絶対無理をするな!」
 ZER0がシノを救出している間も、それぞれが己のやり方で獣を仕留めんと動いていた。言われるまでもなく、彼らは彼らの判断で動いている。
 元々が、個々に活躍出来るハンターチームだ。ZER0が指示を出すまでもなく皆やってのけるだけの実力はある。ただ個々に活躍出来るだけにバラバラに成り易い。ZER0の役目は、それをまとめる指揮官。
(まとめるにしては、アバウトすぎる指示だよな)
 リーダーとしての低脳さに自ら呆れながら、しかしこれが今できる一番適切な指示と信じ、自らも行動を起こす。
 今なら、接近し刀の刃を獣の身体に刻む事も出来よう。だがうかつに近づくのは危険だ。ここはシノやバーニィのように遠方から仕掛けるしかない。
 気合いを込め、右手に握られたオロチアギトを振りかざすZER0。かまいたちという名の衝撃波を巻き起こす事前動作。
「はぁ!」
 振り下ろしたオロチアギトから解き放たれた衝撃波。地を削りながら迫る衝撃波は、見事獣の眉間に被弾。
(慣れてきたな。思った以上に疲れが少ない)
 そもそも衝撃波は、ZER0の技ではない。オロチアギトに込められた「力」の一端。それを解き放つ事は、オロチアギトの「呪い」を少なからず身に受ける代償を支払う事にも繋がる。それだけにそう何度も打ち出せなかった衝撃波だったが、予想以上に疲労を感じない。
 呪いに対して免疫が出来たのか、それともオロチアギトの呪いが薄まったのか。何にせよ、ZER0の衝撃波は以前に増して「使える」技になったのは確か。
 行ける。そう確信したZER0が第二波を解き放とうと構えたが、それを許してはくれなかった。
 刀が、ではない。目標となる獣が立ち上がったのだ。
 まるで何事もなかったかのように、悠然と立ち上がる獣。改めて、その大きさに驚かされる。
 見取れている場合ではない。何か仕掛けて来るのは間違いないと、皆巨大な獣に警戒を強めた。
 また飛び上がるか? それとも雷を飛ばすか?
 答えはもっと単純だった。
「こっち来た!」
 獣が地響き立て鳴らし、アッシュ目掛けて駆けだした。
 一歩地に足を踏み込むだけで、地面が揺れる。それほどの巨体が突進してくるのだ。もう逃げるしか手はない。
「あんた狙われてんだから、こっち来ないでよ!」
「うっせぇよ、お前が付いて来てんだろ!」

 アッシュの側にいるルピカと共に、懸命に突進するコースから外れようとするアッシュ。だが巨体の割に器用に弧を描き、獣は執拗にアッシュを付け狙う。
 このままでは追いつかれる。竜巻はまだ足で逃げおおせたが、この獣はそう簡単には行かない。
 どうする? とにかく逃げる事しか頭にないアッシュは足を動かす事しか出来ない。
「こっち!」
 小さな身体で、ルピカがアッシュの腕を引っ張る。
 バランスを崩したアッシュは、走る方向とは反対に倒れ込んだ。しかしそれが良かったのか、獣はアッシュ達が駆けて行こうとしたそこを通過し、駆け抜けていった。
「頭使いなさいよね! 盾が盾として壊れる前に踏みつぶされてどーすんのよ!」
 器用に曲がる事が出来たとしても、あの巨体だ。獣から見てより小さい自分達より小回りがきくとは思えない。ならばすかさずコースから外れ逃れれば良いだけの話。なにも馬鹿正直にレールの上を走る必要はないのだ。
「うっせぇ! 助けるならもっと丁寧にしろよな!」
「道具をどう使おうが、私の勝手でしょ!」

 息の合った連係プレイ・・・と言うべきなのだろうか。ともかく難を逃れたアッシュはお決まりの罵声をも連係プレイに組み込みながら、獣の「次」を待った。
 当の獣は、走り疲れたのかまた四肢を降り休憩をしているよう。もちろん、これはZER0達にとって好機。再び遠方より銃弾,テクニック,衝撃波と様々な攻撃を繰り出す。
 そして又、立ち上がる獣。呻る咆吼が、着実に苦しめている証拠となり辺りに轟く。
 その後に響いたのが、地鳴り。獣は大きく前足を持ち上げ、そして地面に叩きつけた。
 岩をも砕く蹄から放たれたのは、地を揺らす轟音だけではなかった。
 波のように、地の揺れと突風が獣を中心に広がっていく。
「まずい!」
 遠方に陣取っていたとはいえ、この衝撃波は危険だ。咄嗟に、アッシュはルピカの前に素早く立つ。
 随分と離れていたはずだが、風圧はアッシュの身体をハンマーのようにぶちのめした。しかも同時に地面が揺れ、思ったよう足に力が入らない。不安定な中で受けた風圧は、盾となったアッシュを押し倒す事などどうともなかった。
「・・・そうそう、盾はそうでないと」
「・・・借りを作りたくないだけだ」

 中を切ったのか、口からは僅かに血がしたたり落ちる。それを手の甲でぐいと拭いながら、アッシュは強がりと共に立ち上がった。
 そしてアッシュが前方を見ると、そこには再び空へと舞い上がった獣の姿が映し出されていた。
「またあの竜巻か・・・逃げるぞルピカ」
「いちいち指図するんじゃないわよ!」

 竜巻を放たれる前に、逃げる姿勢を整えるアッシュ。彼はルピカの軽口に隠されるように囁かれた回復テクニックの恩恵に気付く事はなかった。
「全員集合しろ、一丸となって竜巻を振り切るぞ!」
 同じ過ちは繰り返さない。それがリーダーに求められる資質の一つだろう。ZER0は先ほどの教訓を糧に、竜巻への対策を切り替えた。
 竜巻は個人個人を追いかける。だからこそ個人が離れ他を巻き込まないようにするべきと最初は考えた。しかし個人がまとまれば、竜巻もまとまり「一つの竜巻」として対処出来るではないか。そこに気付いたZER0は全員を集める号令を出したのだ。
 この指示は的確だった。予想通り、竜巻は一つにまとまりチームを追いかけてくる。竜巻通しがぶつかり合い相殺されるという効果もあり、予想以上の成果を上げている。
 さて、次は上空から飛び散る雷。あれをどうするか。
 答えは簡単。遠くに逃げれば良い。
 先ほどと違い、竜巻に対し冷静に対処が取れた。その事により獣本体への注意を怠る事はなかった。そうなれば、どのタイミングで落雷が行われるかなど一目瞭然。
 案の定落雷はあったが、完全にやり過ごす事に成功した。
「やはり・・・上空の雷雲を利用した落雷のようですね。どうやらこの一帯に雷雲が多いのは塔から放たれている電磁波やフォトンだけが原因ではないようです」
 ずっと気になっていた雷雲の正体。シノは落ち着いて獣を観察する事で、答えを導き出していた。
 それにしても・・・雷雲を呼ぶ獣とは。それも作られた獣とは。考えれば考える程、恐ろしい化け物ではないか。
 こんな化け物を作り出したパイオニア1ラボとは一体・・・。
「よし、着地するぞ。全員砲撃用意!」
 駆逐してしまえばいい。化け物を生み出すまでの過程に脅威を覚えようと、その化け物を排除してしまえば脅威もなくなる。ZER0達は全力で、獣狩りに力を注いだ。
 程なくして、立ち上がり咆吼する獣。また走り出すか、だとすれば固まっている今は陣形としてまずい。
 散開の令をZER0が発する前に、獣が飛び立った。新たな攻撃か?と身構えたが、それは徒労に終わった。
 この場から逃げ去ろうと、獣は断崖から飛び去ろうとしている。だがよほど深く傷ついていたのか、飛び去りきれず力尽き、獣はその巨体をきりもみさせながら断崖のすぐ外の海へと落下していった。獣程に大きな水しぶきが、断末魔の叫び代わりとなって。
「ふぅ・・・どうにかまた乗り切ったな」
 溜息と共に、今更ながら額に汗が滲み出てきた。疲労の汗ではない。これは冷や汗だ。
「あの、ZER0・・・」
 シノが珍しく、口ごもりながら語りかけてきた。
「すまん、シノ。俺の判断ミスだ。君を余計な危険にさらしてしまったな」
 シノが謝るより先に、ZER0が頭を下げた。別にシノから謝るのを封じるつもりではなく、ZER0自信己の判断ミスをずっと攻めていたのだ。これはその表れ。
 リーダーとして、仲間を危険にさらすのは避けるべきだ。それも己のミスで危険にさらすなど以ての外。ZER0はそんな自分の不甲斐なさを悔やんだ。
「いえ、あの状況で落雷を予測出来るはずもありませんし・・・」
 言いかけて、シノは気付いた。
 シノは自分が窮地に追い込まれ、ZER0に救出された事が気がかりだった。また自分の為にZER0を余計な危険に巻き込んだと、そう感じたから。
 しかし、自ら言いかけたではないか。あれは誰にも予測できなかったことだと。
 誰の責任というものではない。結果として、被害が出てしまっただけの事。それは悲劇だが、それを起こしてしまった原因を無理に感じ謝罪する必要はない。
 先のシノワとの一戦もそうだ。ミスがあったわけではない。
 ただ、二人とも己の力量に不安と不満があった。自分の役目を全うするに足りるだけの力がないと、己を攻めているだけである。
 傲慢なよりは良い。しかし謙虚が必ずしも良いとは限らない。
「とにかく戻ろう。どうみても、ここから塔へも地下へも行けそうにない」
 見渡せば、辺りは海。ここは完全に切り取られた断崖のようだ。
 おそらくは、先ほどの獣を飼う為の「檻」なのだろう、ここは。空を飛べる獣には無意味のように感じるが、長い時間飛行出来る様子もなかった事から、この断崖で十分だったのだろう。
「やっかいな化け物生み出しやがって・・・」
 だがその化け物も、もう居ない。ドラゴンと違い原生生物でないのなら、もう二度とあの化け物と遭遇する事もないだろう。
 しかし何の為に生み出した? その疑問は残ったまま。
 それはまた、後で考えても良い。今は疲れたからだと心を休めるのが先決だ。
「あの、ZER0一つ質問が」
 帰路を確保し帰ろうとしたその時、シノが引き留めた。
「どうしてわたくしを助ける時・・・「あのような方法」を? 直接ムーンアトマイザーの瓶を口に当てても宜しかったのではないかと・・・」
 シノの質問に、ZER0が赤面し慌てた。そうだ、言われてみればその通りだ。
 ZER0は救出した時同様咄嗟に、「直接では中身がこぼれて上手く飲ませられないから」と説明した。事実マウス・トゥ・マウスで水などを人に飲ませるのは、水が口から無駄に溢れたり、また無理矢理押し流す事で食道ではなく気道に水が進入する危険を防ぐ為である。咄嗟とはいえ、ZER0の言い訳は至極当然のように聞こえる。
 しかし、アレは彼が「無意識」で「咄嗟」に行った事だ。それだけ救助に手慣れている・・・という訳ではない。ZER0の「発想」がさせた行為だ。そもそも、気絶した相手に水を飲ませる行為そのものが本来危険なのだ。相手がシノ、つまりアンドロイドだから良かったのであって。「相手がシノだから」起こした咄嗟の行動結果。
 シノが言うには、あの状況でも口に液体が入ればシステム起動のスイッチとなり、液体を体内に入れられるよう設計されているらしい。アンドロイドのマスターなら、それは常識。だからこそ、何故わざわざ口移しをしたのかがシノにとって疑問だったのだ。しかしアンドロイドの「マスター」ではないZER0に、その常識はなかった。
 いや、知識としては知っていた。かつての「相棒」も、アンドロイドだったから。
 では何故? それは、ZER0本人もよく判らない。
 慌て説明釈明したZER0は、さっさとパイオニア2へと戻っていった。
 残されたシノは、もう残っているはずのない唇の感触を確かめるように、そっと指で己の唇をなぞっていた。

「あそこまで巨大な変異生命体がまだ存在していたとはな・・・」
 言葉では驚いてみせたが、どこかまだ冷静なラボチーフ。彼女の言葉に「あそこまで」とある事から、巨大な変異体が存在している可能性は彼女なりに考えていたのだろう。
 大きさが想像以上だった事に驚いているのも又事実だろうが。
「・・・フム。君には引き続き調査を継続してもらわねばならん」
 当然だ。まだメッセージも全てを収得していなれければ、本来の目的である「フロウウェンの生死」も確認していないのだから。
「断崖へ移動するのに使用した転送装置内から未知の座標が割り出されたのだよ」
 前置きを挟み、チーフは本題となる報告を口にし始めた。
「断崖周辺にあった装置の転送先座標。そして、君の調査とは別に異常なフォトン反応が「ある座標」から検出されている」
 ラボはラボで別に、調査を進めていたようだ。そもそもZER0達調査隊を乗り込ませる前に、ホストコンピュータカル・スの端末CALを用いて事前調査も行っていた。ただ報告を待つ程ラボも暇ではないのは当然だろう。
「そしてさらには例の通信の発信座標。現在、これら三つの座標はほぼ同じ位置にあることが判明している」
 いくつもの調査結果を基に答えを導き出す。まさにラボらしいやり方だ。
「その座標とは、島の地下・・・つまり「海底」を指しているのだ。これは、海底になんらかの施設があるとみて間違いないだろう」
 フロウウェンのメッセージから、海底にも何らかの施設がある事は既に推測されていた。それをラボは、座標の特定という、ZER0達とは全く異なる角度からのアプローチで特定する。これで推測は確信へと変わった。
「すると・・・当然次はその海底施設って事だな?」
 話の流れからすれば、当然そうなるはずだった。
「残念だがZER0君。そう簡単には行かないようだ」
 表情こそ氷のように凍てついたままだが、口調と声色から言葉の額面通り悔しがっている様子がうかがえる。やはりチーフとしても、一刻も早い調査の「結果」を出したいのだろう。
 その「結果」に何を求めているのか。その点に関してはこれまでの言葉を鵜呑みには出来ないが。
「座標は特定出来たが、進入経路の確保が出来ない。入り口が見つからずテレポータの転送先も座標だけで固定するのは危険な状況だ。現在CALで進入経路を確保出来るか調査中だ。確保出来次第追って連絡をする」
 ここに来て、足止め。真実へと深く深く潜り込もうと身構えていただけに、少なからず気落ちする。しかし一方で、真実を知る恐怖が少し遠のいた安堵感も感じている。なんとも複雑な心境だ。
「おおよそで構わない。後どれくらい掛かりそうだ?」
 ただ連絡を待つだけでは、気の高まりを沈める「ゆとり」が持てない。身体をきちんと休め整える為にも、次の作戦開始時期に見当は付けておきたい。
「入り口ないし進入経路の調査と確保。そしてテレポータの座標を完全固定。その後で事前に行うCALの内部調査と設置。ここまでしなければ君たちを送り出す許可は出せない」
 随分と手間を掛ける。事前に彼女が適合試験を行うなどして調査に向かわせるハンターを篩に掛けるなど、「氷のナターシャ」と呼ばれるにしては随分と慎重ではないか。もっと冷徹な女かと想像していたのだが。
 いや・・・ZER0は彼女の「氷」と呼ばれる冷静さを、理解した。
 確実性が欲しいのだ。失敗によるロスよりも、慎重に行いロスを最小限に抑える。それを彼女が望んでいるのだ。確かに「ハンターへの負担や危険の減少」の為にあれこれと下準備をしているのだが、結果として「確実な成果」へ繋げる為の下準備であるのだ、彼女にとって。
 冷徹ではないが、冷静なのだチーフ・ナターシャは。
 なるほど。突然の抜擢とはいえチーフの座に着くだけの指揮能力も判断能力も備えているという事か。
「そうだな・・・三日。長くとも五日で準備をすませよう」
 チーフが口に下準備をすませるなら、確かにそれだけの時間は必要だろう。ZER0はうなずき了解を示した。
「その間に、こちらは再び調査隊の選抜試験を行う予定だ。君たちとは別に、あのガル・ダ・バル島を色々と調べる必要があるのでね」
 ラボの予定は、今ZER0達に必要な情報ではない。それをわざわざ口にするには、何かある。
「今度は二人一組のチームを結成し、ハンター同士で競わせる試験を行うつもりでね。チーフの私から見てもなかなか「面白い」試験になりそうだよ」
 このタイミングでゆがめられたチーフの口元。氷の微笑とはまさにこの事か。
「どうかね? こちらの準備が整うまでこの試験で汗を流してみては。君たちは既に調査の先発部隊として任に付いてもらっている以上、試験としての意味はないが」
 さて、この申し出をどう受け止めるべきか?
 わざわざチーフ自ら口にする誘い。何かあると考えた方が良い。しかし何があるのか?
「そうだな・・・考えておくよ」
 キッパリ断っても仕方がない。かといって不用意に参加を表明してもまずい。ここは無難に答えるべきだろう。
「私からは以上だ。この後ダン補佐官から先ほどの巨大生物の説明があるので聞いて欲しい」
 説明を終えたチーフの席から外れ、一行はダン補佐官の前へと足を運ぶ。
 補佐官は元々、ハンターズを好意的に見ていない。その為だろうか、チーフとは別の意味で表情を変えることなく、補佐官はすぐに本題へと切り出した。
「おそらく・・・あなたが断崖で遭遇した巨大な生物も変異生命体アルタード・ビーストでしょう。これは「CAL」から転送されてきた現地のデータと、ラグオル地下の変異生命体とを照らし合わせてみての結論です」
 シノはスキャンにて巨大生物のフォトンを感知し、アルタード属性があると判断した。しかしラボはもっと確実な情報の元で判断を下している。結果は同じでも、こちらにはきちんとしたデータがある。そう補佐官は言わんとしているのだろう。
「ワーム型変異生命体・・・と我々は呼んでいますが」
 つまり、デ・ロル・レの事。わざわざ小難しく呼ぶのは、科学者集団であるラボだからであろうか?
「変異生命体群が発生した原因は、ラグオル地下で発見された大型甲殻生物の体液注入によるものと分析されていまして、ガル・ダ・バル地表に出現している変異生命体群もほぼ同等の分析結果でした」
 その分析結果に、少し疑問が生じる。
 確かに、洞窟にいたアルタードの化け物達は、デ・ロル・レによって変異させられたのだろう。だが、デ・ロル・レがいない・・・はずの、あの孤島で、どうして「体液注入によるもの」という分析結果が出るのか?
 答えは簡単だ。分析通り体液を注入されたのだろう。
 ただしデ・ロル・レから、ではない。人為的に行われた、としか考えられない。
 むしろ疑問、いや謎なのは、何故人為的に行われたのか、という事だろう。
 その答えは・・・今導き出すには躊躇いがある。そう誰もが心に思った。
「しかし、この巨大な生物はそれらとは若干異なったタイプの変異生命体のようなのです。他の変異生命体からの影響を受けたものではない上に、その大型甲殻生物に匹敵する規模の独自変異を遂げている。これが一体何を意味しているのか・・・」
 疑問を口にしながら、おそらく補佐官も気付いているはずだ。
 その意味に。
 ただ、その答えを導き出すのが怖いのだ。
 パイオニア1への疑念。ほぼ確信に近づいているにもかかわらず、希望の大地ラグオルで行った彼らのおぞましい悪行を、あまり想像はしたくない。
 むろん、悪行は白日の下に晒し出すべきだ。ただ、それを安っぽい正義感だけで行うわけにはいかない。
 暴いた結果どうなるか、そこまで考慮しなければならないのだ。
 全てを知った時、その先にある「結果」。おぞましき悪行にも身の毛がよだつが、それを知った「結果」を考えるだけでも背筋に悪寒が走る。だからこそ、補佐官は言うのだ。「何を意味しているのか」と。
「チーフはどうお考えなのでしょう・・・」
 聞き取れるかどうか微妙な程小声で、補佐官が呟いた。
 信頼を寄せているチーフ。派閥やら研究部署やらの衝突が激しいラボをまとめ上げる手腕に惚れ込んでいた補佐官は、初めて彼女に疑惑の念を抱いた。
「・・・報告は以上だ。一つ捕捉するなら、あの巨大生物には「ガル・グリフォン」という名が与えられていたのが採取して貰ったデータから判明した」
 役目は終わったのだから、とっとと去れ。それを無言の圧力で示し始めたのを感じ、ハンターチーム一同はチーフルームを後にしようとした。
「ああ、待ちたまえZER0君」
 そこに、チーフから声が掛けられる。
「すまんが、この後私の部屋に来てくれないか?」
 突然の誘いに、さすがの軟派師も戸惑った。
「まさか、君程の男が女性の誘いを断る事はあるまい?」
 そう言われては、もう後には引けない。

 「私の部屋」とはいえ、そこは完全なナターシャのプライベートルームではない。個人的な作業をする為の、チーフルーム。
 部屋は必要最低限の機材が置かれているだけで、至ってシンプル。多少装飾品はあるものの、ごてごてと飾り立てないのが彼女の性格を表しているようだ。
「気を利かせてカクテルの一つも作りたいがね。あいにくここにはウォッカしか置いてない」
 自らグラスにウォッカを注ぎ、そこに氷を入れZER0へ手渡す。受け取ったZER0は一口軽く飲み、グラスをテーブルに置いた。
「さて、こうして誘って頂けた以上・・・期待していいのかい?」
 あえて軟派師らしい、浮いた台詞を口にしてみる。さてさて、「氷のナターシャ」はどう反応するのか?
「ベッドルームなら隣の部屋だが、もう少し気分を盛り上げてからでも良かろう?」
 思わぬ返答に、ZER0の方が目を丸くした。それを見たナターシャは、冗談だと口を開け笑った。
 そう、あのナターシャがハッキリと笑った。その事にZER0はまた驚いた。
「そこまで驚く事も無かろう。「氷」などと呼ばれても私とて人間なのだからな」
 言葉ほど機嫌を損ねていないナターシャは、しばらく笑い続けた後でウォッカを口に含み、そしてグラスをテーブルに置いた。
「・・・では、本題に入ろうか」
 そこには、「氷のナターシャ」がいた。
「君の「愛しいスパイ」から情報を得ていると思うが、今回君を調査隊に抜擢したのには色々訳がある」
 全てはナターシャの手の内か。いくら「愛しいスパイ」殿が元ジャーナリストだとはいえ、そう簡単にラボの内情を深部まで掘り出せる物ではない。彼女は泳がされていたようだ。
「その訳はそれこそ「色々」あるのだが・・・ハッキリと言える事は、私は君に期待しているという事だ」
 それはそうだろう。だからこそわざわざバーニィを使ってまで「確実に」調査に参加させようと画策したのだから。
 黙っていても、ZER0はラボの調査隊募集に応じるつもりでいた。それはおそらくナターシャも承知していただろう。だがそれでも、バーニィに話を持ちかけより確実にZER0の参加を促す。事を着実に進める為に手間を惜しまない性格は、こんなところにも出ていると言えるだろう。
 そして、ZER0をこうして部屋に招いたのも、これからの事を「確実」に進めたいが為の、念押し。真意はそんなところだろうとZER0はふんでいた。
「これまでも期待通りにしてきたつもりだけどね。何か不満でも?」
 あるとすれば、情報の漏洩か。調査過程で知り得た情報は、他に漏らしてはならない。これは今回に限らずハンターの仕事として基本的な事だ。しかし今回の場合、ZER0は「情報の漏洩」を仕事として行っている。ラボにとって規約違反だが、ZER0にとって情報漏洩は仕事の一環。
「いや、むしろ期待以上の働きに驚いてる程だよ」
 まさか正面切って情報漏洩に釘を刺す事もないか。ある種当たり障りのない返答に、ZER0は苦笑した。
「褒めて貰えて光栄だよ」
 苦笑を言葉でごまかしながら、ZER0はグラスを手に取り一口付けた。
「そう、忘れる前に渡しておこう。口答でいくつか説明はしたが、今回の調査で入手した情報をこのチップにまとめてある。今後の調査の為にも再度目を通しておいて欲しい」
 そう切り出したナターシャは、テーブルの上にデータチップを「三枚」置いた。
 三枚? その意図が判らず困惑したZER0は、グラスを置きかけた手を止めてしまった。
 ほどなくして、ZER0はナターシャが言わんとしている真意に気付き、また苦笑した。
 ZER0はこう考えていた。ナターシャは何故自分を「情報漏洩の恐れ」もかえりみずに調査隊に組み込みたがっていたのか。この疑問そのものが間違っていたのだ。そう、ナターシャの言う「色々な訳」に、「情報漏洩」も含まれていたのだ。
「・・・総督とは仲が悪いと聞いていたんだがね」
 言葉だけならば、脈絡のない質問。だが二人には脈絡はきちんと存在している。
「確かに、そりが合わないのは事実だ。奴が行ったセントラルドーム調査から始まった潜入調査のやり方も、私から言わせればお粗末なものだ」
 表情ではなく態度で、「奴」の話をし出したナターシャの機嫌は悪くなっている。再びウォッカに口を付けたナターシャは、タンと軽く、しかしわざと音を鳴らすようにグラスを置いた。
「だが・・・奴の政治的カリスマは認めている。気にくわないが、今だパイオニア2が正常でいられるのは、奴の手腕に寄るところであると言わざるを得ないだろうな」
 それを認めるのも気に入らないが。言葉にはしないが態度でそれをありありと示している。
「・・・必要なのだよ。「総督府」ではなく「奴」にな」
 何が?など野暮に聞き返す事はしない。必要な「物」は、既にZER0の手が握りしめている。
「ああ、そのチップに入力し忘れた事が一つ」
 思い出したかのように、ナターシャは「情報」を口頭で伝えた。
「なりを潜めていた「奴」が動き出した。警戒を怠らないように・・・この情報を「口答」で「入力」しておいて欲しい」
 ZER0には何を意味しているのかは判らないが、どうやら三つある内の二つを手にするそれぞれの者達には重要な情報のようだ。

「すごかったんですよ! あんな大きい怪物を倒せるなんてすごいです! もう、モニターで見ててドキドキしちゃいました」
 エリが「友人」に先ほどまでの興奮をそのままに伝える。
「へぇ、すごかったんだね。私も見てみたかったなぁ」
 喫茶ブレイク。多くのハンター達が集うこの場所で、エリは「偶然」に職場で知り合った友人に出会い、話に花を咲かせてた。
「ホントにすごかったんですよ! あ、でもこれ以上は本人達から直接聞いた方がいいかもしれませんね。ノルさんはZER0さんのお知り合いですし」
 自分が話すと、うかつに余計な事まで話しそうだ。そう思ったのか、エリは興奮さめやらぬが話を切り上げた。
 いや、そもそも「ラボの同僚」で「当事者の知り合い」だとしても、調査の模様を少しでも口にしてはならないはずなのだが、エリはその事に気付いていない。
(やりやすいから助かるけど・・・なんだから悪い気がするわ)
 けして悪気はないのだが、エリは興奮しやすく口が滑りやすい。それを利用しエリの身辺を色々と本人から聞き出していたノル。
 最初は簡単な挨拶から接しじっくりと情報を引き出そうとしていたノルだったのだが、あっさりと友達になり、そしてこのようにうち解けてしまっている。ZER0から頼まれ始めたエリの身辺調査だったが、調査を抜きにしてノルはエリを今では本当の友人として接している。それだけに、友人を利用するのはやはり気がとがめる。
「ところでエリちゃん。今日もこの後残業なの?」
 気がとがめるが、しかし情報の収集を止めるわけにはいかない。何より、好奇心が抑えられない。
(とことんジャーナリストだわ・・・私って)
 と言うよりは、噂好きのおばさんという領域に入っている気もするが。
「ええ。ZER0さん達が回収したデータはあらかたまとまったのですが、今度は次のポイントへ向かう為の調査を。ほとんどはカル君が自分で全部やっちゃうので、私は側にいるだけなんだけどね」
 ノルがエリの事で知った事は様々あるが、中でも印象的なのは、彼女が「カル君」の話をすると非常に幸せそうな顔をする事。
 カル君とは、カル・スというメインコンピュータの事である。それをノルが知ったのは、実はエリからカル君の話を聞き始めてからだいぶ後の事であった。あまりにも自然に語る為、てっきり同僚に「カル」という恋人がいるものだと思いこんでいた。この事をZER0に話した時、初めてカル君がカル・スというコンピュータである事を知らされた。そして「恋人」のようにという認識は間違っていない事も、ZER0から知らされた。
「なぁんか、「側にいるだけ」がやけに嬉しそうねぇ」
 うりうり、と肘でエリを突くノル。えへへ、と照れ笑いを浮かべるエリ。
 可愛い。この笑顔がたまらなく可愛い。
 ノルは思った。エリがメカフェチで良かったと。少なくともZER0に「男」として関心が無くて良かったと。
「そういえば、ノルさんはここでZER0さんと待ち合わせですか?」
 エリも負けじと、冷やかしてやろうかと切り返したが、答えはエリの予測とは異なった。
「違うのよ。ここの店長にレシピを貰ったところなの」
 ノルがエリに見せたレシピには、「ハンバーグステーキ」と書かれていた。
「ここの店長はフライパンを使った料理が得意でね。すごいわよ彼女のフライパンさばきは。料理はもちろん、叩いてエネミーをやっつけたり、投げつけて無銭飲食犯をとっちめたり」
 それはフライパンさばきと言わないのでは・・・そう思ったが、ハンター家業もこなす店長がフライパンを振り回す姿が安易に想像出来るだけに、突っ込むのを止めてしまうエリ。
「そういえば、昨日ここでESさんに会ったんですけどね」
 ESの名が出た事で、何か嫌な予感がノルの脳裏を横切った。
「あの方も、そういえばレシピを貰ってました。確か・・・「小龍包」だったかな?」
 考える事は同じか。ノルはがっくりと肩の力が抜けた。

 モニターに映し出され耐えて像を、二人の軍人が凝視していた。
「この肩に描かれたエンブレム・・・間違いなくパイオニア1陸軍の物ですね」
 その内の一人、女性の軍人がモニターに映し出された斧をモチーフにしたエンブレムから目をそらさずに、もう一人の男性に声を掛けた。
 映像の基となる資料は、女性があるハンターから手渡された情報チップ。そこから映し出されているのは、新型のシノワ・・・シノワ・ベリルである。
「既に判りきっていた事ではあったがな・・・こう事実として突きつけられると、また思う事もあるな」
 愛用のティーカップに注いだローズティを一口含みながら、軍人の男・・・レオは考え深げに話した。
「パイオニア1は、ラグオルで大規模な兵器開発を行っていた。これはもはや確定した事実だろう」
 安住の地を手に入れる為。その為に出向したはずのパイオニア1は、安住とはほど遠い事を目的としていたのだ。レオは軍人であるがやはり衝撃的な事実である事に代わりはない。さて、この事実を民間人が知ったら・・・想定するだけのパニック以上に何かが起こりそうで、これ以上は想像する気力もない。
「問題は、兵器開発をする目的だ。DOMINO君、君はどう考える?」
 側にいた女性、DOMINOにレオは意見を求めた。
「母星の・・・10カ国同盟の為ですか? しかし10カ国のどの国かは・・・」
 そもそも、パイオニア計画は10カ国同盟が協議し行った計画。つまりは10カ国が・・・少なくとも内高い権力を持った5カ国がそれぞれに資金や人員などを派遣し行っている。故に「どれか1カ国」が独占して軍事開発を指示したとは考えにくい。
「普通なら、そう考えるだろうな・・・」
 だが、レオは全く違う予測を立てていた。
「先の暴走で発覚した、MOTHER計画。そして真っ先に遺跡へと掘り進めた計画性・・・集められた科学者と軍人の数。なにか、なにかが引っかかる・・・」
 確証は持てないが、一連の計画性に「同盟国」という微妙な立場同志でなしえる計画ではないと、レオは感じている。一国、あるいは一組織、もしくは・・・一名。同盟国を騙し資金と人材を集め、「何か」をしでかそうと企む一つの意思を、レオは感じていた。
「レオ隊長。一つ伝え忘れましたが・・・」
 チップの中身に気を取られ、報告義務を失念した事を詫びながら、DOMINOは伝言を口にする。
「ZER0を経由し「氷」からの伝言です。「なりを潜めていた「奴」が動き出した」との事です」
 伝言の意味は、伝えたZER0にも口にしたDOMINOにも判らない。だが、レオには思うところがあるようだ。
「そうか・・・」
 ふと、レオは思わぬ所から一つの仮説を思い浮かべた。
 全ては「奴」の企みだとすれば? だとすれば、僅かだがつじつまは合う。
「・・・ドル・グリセンめ・・・」
 静かに、だがハッキリと、レオは拳に力を込める事で怒りを露わにしていた。

 喫茶ブレイクから再びラボに戻ったエリは、足取り軽くメインコンピュータ「カル・ス」の操作パネル・・・今では自分の持ち場であり、恋人との甘い一時を過ごす場へと向かっていた。
「ただいま、カル君。さぁて、ZER0さん達の為に調査を・・・あれ?」
 席に着く成り気付いたのは、一通のメールが届いている事だった。それもラボ宛でもチーフ宛でもなく、自分に宛てられたメールを。
「誰だろう・・・」
 メールを開けたエリは、そのメールによって否応なしにまた運命の歯車へと巻き込まれていく。
 エリにとって、始まりも終わりも、一通のメールから。
 それは、今回も例外ではない。

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