novel

No.11 荒野に轟く獣の熱狂
〜The frenzy wilds〜(前編)

 天は二物を与えず、とよく言われる。
 人は一つの才能や資質に恵まれはするものの、それ以上多くの秀でた才能を持つ事はない。
 しかし実際には、ごく希にだが二物でも三物でも兼ね備えた者は実在している。そもそも才色兼備といった言葉もあるのだから、二物を与えられた人物がいる事など、皆判っているのだ。天は二物を与えず。これは二物どころか一つの才も発揮出来ない者達が放つ妬みやひがみ、あるいは言い訳なのかもしれない。
「判っていても、悔しい事はあるものね」
 口からこぼれそうになる熱い汁を、慌てて指ですくいながら、アリシアは関心とも妬みともとれる感想を述べた。
「料理を始めたのって、つい最近でしょ?それがどうして・・・」
 こんなにも美味しい物が作れるのか。言いかけた言葉は、口に入れたその料理と共に喉の奥へと流し込んだ。
「ふふん。まあ私くらいになれば、ざっとこんな物よ」
 満面の笑みで、ESが得意げに語る。
 今ESとアリシア、そしてMの三人が一つのテーブルを囲み自分達で作り上げた料理に舌鼓を打っている。しかしその大半はESの手料理で、アリシアとMは手本として少量作ったに止まっている。
 アリシアが口にし驚きの声を上げたのは、ESが作った小龍包(しょうろんぽう)。
 まず唇と歯で優しく出迎えるのは、蒸し上げた小龍包の皮。その皮を出迎えた唇で押さえると、もっちりと柔らかい感触が伝わり、歯を立てればけして薄いわけではない皮があっさりと噛み破かれる。すると中からは、皮によって守られていた濃厚なスープが我先にとあふれ出て来るではないか。
 あふれ出るのはスープだけではない。閉じこめられていた胡椒と香味の効いた香りが、真っ先に鼻へ湯気と共に飛び込んでくる。舌は鶏ガラと豚の脂、そして万能ネギで仕上げられたスープによって占領されていく。
 勢い余ってあふれ出てしまうスープをテーブルにこぼさぬよう受け皿で受け止めながらも口を動かせば、豚挽肉の柔らかい食感の中に隠された、細かく刻んだタケノコの、シャリっとした歯ごたえに心躍らされる。一口でこれだけ楽しませてくれる料理は、そうお目にかかれないだろう。
「教える側より美味しく作るのは、反則なんじゃない?」
 素直に美味しいと言えないのは、教えた側としての、精一杯の抵抗か。
 そもそも、黒の爪牙として名を馳せるハンターが、料理にまで才能を発揮するなど誰が思おうか? 才色兼備とは確かにESの為にある言葉かもしれないが、しかし心のどこかで天は二物を与えないと信じていたのも事実。むしろ料理に手を焼くESを見て「ESにも可愛いところがあるのね」くらいになればまさに通例。それだけに、ESをよく知る親友アリシアも驚きを隠せない。
「・・・あの、私も反則だと思いますよ」
 控えめに、Mもアリシアの意見に同意した。ただし、彼女の見解はアリシアの物と合致しているわけではない。
「少なくとも、今日始めて作った料理ではないのですから」
 そういう事か。Mが口にした言葉の意味を察したアリシアは、苦笑を漏らす。
 確かにESは料理を習い始めたばかりだが、それは今日から始めたというわけではない。つまり事前に料理を習い始めた時から、小龍包の作り方を一通り学んでいたというのが真相だろう。
 悪戯好きのESが、いかにもやりそうな事だ。ESをよく知る親友アリシアももはや苦笑を隠せない。
「まったく。もしかして、こんな事で驚かせる為に私を呼んだの?」
 半分は正解で、残りの半分はとにかく自分の料理をアリシアにも食べて欲しかったから。ESは笑いながらそう説明した。
 しかしよく考えてみれば、アリシアの驚きは的を外しているわけでもないだろう。いつ頃から料理を習い始めたかはともかく、一通り覚えたからといって初心者がここまで美味く小龍包が作れる事は、驚くに値するはずだ。
「まあ、折角ラグオルに来て・・・着陸出来ないまでも食材が豊富に確保出来るようになったんだもの。私だって料理の一つくらい始めたっておかしくはないし、どうせなら驚かせてみたいじゃない?」
 アリシアに簡単な詫びを入れた後で、ESは料理を始めたきっかけを話し始めた。
 パイオニア2では、いや母星コーラルでも、本来食料の問題は常に頭を悩ませる重要課題であった。ただ「生きる上での食事」だけならば、簡単な固形食料一つを日に三度かじるだけですんだ。
 随分と古い時代から自然環境の破壊が進んだコーラルでは、自然に頼らない食事の研究が進んでおり、今では栄養のバランスと量がしっかりと計算された固形食物を科学の力で生み出す事を造作もなく行っている。
 しかしそれでも、人は食事という「娯楽」を忘れる事はなかった。生きる上では本来必要ではないはずの「味」を、人々は太古の昔から追い続けている。故に自然の枯渇したコーラルでもどうにか天然の食物素材の制作に力を注ぎ続けていた。結果として、今だ「料理」という文化は途絶えていない。
 ひび割れた大地ばかりのコーラルでは、食料素材は簡易に作られる固形食物と比べ遙かに高価な物であった。故に料理は上流階層の者達だけが楽しめる娯楽であった。しかし近年、固形食物を生産する技術を応用し、天然素材に近い素材を作り出す技術が生まれ、料理という娯楽が庶民に再び広まったのである。
 そしてここパイオニア2では、科学の力で生み出された食材だけでなく、ラグオルから天然の食材を入手出来るようになり、さらに食事という娯楽を楽しむ人が増えてきた。
 それは食べるだけでなく、作るという行為も当然のように広まっている。
「流行っていうのはすごいわね。今では食材を切ったり炒めたりなんて、道具一つで出来るんだから」
 初心者のESが料理を上手くこなせたのには、事前の練習だけではないわけがある。それが今ESが口にした道具の存在。
 庶民に料理が広まると、その料理を手助けする道具・・・つまりは科学の力がまた飛躍的な進歩を遂げる。昔は食材を調理するのにありとあらゆる労力を注いでいたが、今ではほとんどを道具に頼る事で行える。
 ここまで進歩した科学力があれば、当然食材を料理に「変換」する事全てを道具に頼る事も可能だ。しかし人は面白いもので、それでは面白味がないのだ。だからこそ、本当に面倒なところは道具に任せ、味付けや火加減など、一手間だけを自分で行う。これが料理の「腕」となって現れる。人によっては一から全てを自分で行う者もおり、例えば彼女達の行きつけの店「喫茶ブレイク」の店長などは食材選びから全てを自ら行い料理の腕を振るっている。
「私がやったのは、味付けと、あと皮を包むくらいだし・・・美味しくなって当たり前なのよね」
 ESは種明かしとばかりに語るが、アリシアはそれを承知している。何故ならば、すぐそばで手伝っていたのだから。しかしすぐそばにいて教えても、必ず上手く導けないのが味付け。料理とは、この味付けで全てを左右すると言っても過言ではない。ESの料理が美味しいのは、彼女の味付けが絶妙であったためだろう。
 味付けは調理師本人の味覚に左右されるところがあるのだが、そういえば時折ESは「喫茶ブレイク」の店長と料理談義を交わしていたなと、アリシアは思い当たった。なるほど、彼女の味付けは「プロの味」を舌で受け継いだたまものだと言えるのか。アリシアはここに来て納得のいく答えを導き出したが、それにしても舌で覚えた味を再び表現するだけの技量があるのは、やはり天の才と言えなくもない。
「ところでES。気になったんだけど・・・」
 美味しくできた料理の種がハッキリしたところで、アリシアはもう一つの疑問を口にした。
「何故小龍包なの?いくら道具があるとはいえ難しい料理よ?同じ挽肉なら、豚と牛の違いがありますけどハンバーグとかから始めた方が良かったと思うんだけど・・・」
 味付けが腕の見せ所という点だけでも、様々な食材の要素が絡み合う小龍包は難しいはず。ハンバーグも料理人によって味は雲伝の差が付くものだが、小龍包よりははるかに易しいはず。
「んー・・・」
 先ほどまで、自らの腕を誇らしげに語っていたESの口が、重くなる。言葉を濁らせ、なかなか質問に答えようとしない。
 そのすぐ脇で、Mがクスクスと手を口に当てながら笑いをこらえている。なにやら面白そうな「訳」がありそうだが、アリシアにその見当はどうしてもつかなかった。

「今晩はハンバーグステーキか」
 メールに目を通していたZER0が、ぽつりと、そして嬉しそうに呟いた。
「かー、いいねぇ。「新妻」から愛のメッセージか? まったく、見せつけてくれるじゃねぇの。新妻が「洋風」ハンバーグで、次の日の朝は愛人シノの「和風」朝食。これで不倫相手に昼食を「中華」で作ってもらったら完璧か?」
 音が出るのではと思う程にウンウンと首を大きく振るバーニィ。
「・・・未亡人と同棲してる奴に言われたくはないな」
 アギトの一撃よりも深い深い一言が、バーニィの胸を貫いた。
「だいたい、ノルは新妻じゃねぇし、シノを愛人呼ばわりするな。お前だって、アリシアとの同居を「未亡人と同棲」なんて言われたくはないだろ」
 らしくない。些細な事に茶々を入れからかうのは珍しくないどころか日常茶飯事ではあるが、相手に無意味な不快感を与えるような事はそう言わない男だったはず。もちろんあえて意味を持たせ相手を不快にさせる事もあるだろうが、今の場合それは該当しない。
「・・・無理にテンション上げないとならねぇほど、緊張してるってわけでもねぇだろ」
 ガル・ダ・バル島中央管理区。今この区域の出発点であった場所、制御塔前の大きな門、その前にいる。
 三カ所に設置された門の開閉スイッチを切断し、これから門を開き中へと進入しようとしている。確かに、緊張しても仕方のない場面ではある。事実横ではアッシュが手の方が痛くなる程にツインブランドを握りしめ、それをルピカがからかっている。
 だが、それ相応に戦場を駆け抜けてきたバーニィが、緊張はすれど、不用意な発言をしてまでもテンションを高めないとならないほど追い込まれているとは思えない。
「気になるか、フロウウェンのメッセージが」
 返事はない。だが、それが答えとなった。
 バーニィが今ここにいる目的は、ヒースクリフ・フロウウェンの消息、その真偽。そして彼がここで何を行おうとしていたのか、その真実を知るため。バーニィがフロウウェンの情報にこだわるには、一つ理由があった。
 残されたフロウウェンの義娘、アリシアの為。
 義父の死亡報告を受け入れられずにパイオニア2へ乗り込み、真偽を確かめようと旅立った義娘は、ラグオルに残された義父のメッセージを聞いて、初めて死亡という現実を受け入れていた。にも関わらず、そのメッセージと死亡報告が偽造された物だったと、本人が別にメッセージを残していた。
 これだけでも、アリシアにとって衝撃的な事はない。だが、これ以上の衝撃が次々と明るみに出てきた。
 D因子に身体をむしばまれたフロウウェンは、オスト博士の手によって「実験体」にされていた。
 義父が実験の為にメスを入れられる。この事実を義娘はどう受け止めるだろうか? しかも彼女は動物学者。無益な実験はけして行わないが、生きた動物にメスを入れる感触を直接手が知っているだけに、衝撃の度合いは想像を遙かに超えるだろう。
 そしておそらく、この先・・・巨大な門の先には、もっとアリシアを苦しめる衝撃的な真実が待ちかまえている。さて、それを本当に白日の下に全てさらけ出してしまって良いのだろうか? バーニィは悩んでいた。
 しかしそれでも、アリシアは「真実」を知りたがるだろう。そしてそれを伝えるのは、バーニィの役目。彼女が望む事だと判っていても、彼女が苦しむのを見たくはないし、苦しむと判っていて伝えるのは忍びない。
 いや、迷い戸惑ってどうする。バーニィは一人気を吐いた。
 彼女が望むならば、その全てを伝えよう。苦しむなら、全力で支えよう。そう、誓ったではないか。バーニィはどうにか気持ちを鼓舞させ、戸惑いでどうにかなっていたテンションを安定させた。
「・・・兄弟。門を開ける前に一つ、謝っておきたい事があってな・・・」
 先ほどの失言、の事ではない。
 今回のガル・ダ・バル島探査を始める前から、適性試験を受ける前から抱いていた、後ろめたさ。それを今暴露してしまおう。アリシアに対する覚悟を決めた事で、もう一つの問題へも覚悟を決めていた。
「あのラボチーフになんか頼まれてたって事か? なら気にすんなよ」
 驚いた。いつかはばれると思っていたが、こうもあっさりと知られていたとは。しかもこちらは散々悩んでいた事を軽く「気にするな」などと返されては、次の言葉が喉の奥から出て来なくなる。
「おいおい、俺を舐めるなよ? この程度の事、俺が気付かないとでも思ったか?」
 思っていた。いや、けしてバカにしているのではなく、ZER0は軟派師と呼ばれながらも、変なところで義理堅い面を持っているから。生きていく上で人を疑う事は当然のように行ってきた男だが、一度仲間として迎え入れると、そう簡単に仲間を疑わない。そんな男なのだ。
 では、ZER0はバーニィを仲間だとは思っていなかったのか?
「・・・なんてな。まあ種を明かせば、これのおかげだ」
 ZER0は先ほど届いたばかりのメールを、バーニィに見せた。
 メールはノルからの物。追伸には「今夜はハンバーグステーキだからね」と、先ほどバーニィがからかった内容が記載されていたが、これが本題ではない。
 ノルのメールには、彼女がラボ内で掴んだ情報が書かれている。あまりの量に、どのような事がどれほど書かれているか一目では判らないが、かつてはフリーのジャーナリストとして活躍していた彼女の事だ。信憑性の高い、しかもかなり深部に関わるような「記事」が書かれているのだろう。
「最初はまあ、エリちゃんが新人ながらオペレータへいきなり抜擢された事が引っかかってな、それを調べて貰っていたんだが・・・そしたら、色々ラボチーフの事が見えてきてよ」
 言われて、バーニィもエリの事が気になったが、今それを尋ねる雰囲気でもなければ、そこまでして人のプライベートに手を出すつもりもない。ここはそのまま聞き流した。
「どうも、チーフはこのガル・ダ・バル島で起きた事を、既にある程度知っているようだな・・・ま、あの「氷のナターシャ」じゃそれも想像出来るけど」
 それはバーニィも同意だった。だからこそ、彼女はバーニィを使いわざわざZER0をこの探索に引き込むよう誘ってきたのだから。
「でまあ、お前を勧誘して俺を引き込むよう働きかけたらしい・・・ってのも、ノルの調べで知ったよ。まあだからって、別にどうってこともねぇだろ?」
 バカバカしい、とばかりに苦笑するZER0。
「だいたい、俺だって間接的にタイレル総督のスパイやってんだぜ? ついでにいや、軍の高官であるレオへも情報を漏洩している。その片棒を、俺はお前に担がせてるんだ。お互い様だろ?」
 ついでに言えば、とZER0が追加し語るところによると、どうもナターシャはタイレルやレオへ情報が漏洩するのは黙認しているらしい。わざわざZER0を探索に引き込むのだから、彼の交友関係も調べ上げているだろう。それでもZER0を引き込んだ真意は判らないが。
「なあバーニィ。思うところが違っても、利害が一致してんならなんの問題もないだろ。そもそもお前を先に誘ったのは俺だ。なんも悩む事ねーだろ」
 それでも、黙っている事が後ろめたい。そう考える男だろう事はZZER0も重々承知していた。バーニィも又、義理堅い男だから。
「・・・はっ、別に気にしちゃいねぇよ兄弟」
 こういう男だった。初めてであった時から、どこか馬があったこの男は、こういう男だった。バーニィは改めてZER0という男を認知していた。
「ついでだ、隠している訳じゃないが伝えてない事を一つ」
 ちらりと、横で懲りずに口げんかを繰り広げている二人の男女を見る。
「ルピカの事だが・・・俺は正直、彼女の事は何も知らん。だが、ナターシャはどうも何かを知っているようだがな」
 何処まで真実を掴んでいるのか。氷のナターシャが氷壁の奥に何を隠しているのか、それは見当も付かない。
「ただ、ルピカを救出しに行ったあの依頼・・・あの依頼はゾークさんに頼まれて行っていた。その時は深く考えていなかったんだが、ルピカを救出した後も彼女を匿ったゾークさんは何度か彼女と接触し、そして坑道や遺跡で掴んだ情報と彼女の「何か」を総合して、ゾークさんは「何か」を確信したらしいんだが・・・」
 濁す言葉では、何を言いたいのか判らない。おそらくバーニィも、何を言いたいのか自分でもハッキリしていない様子。
 ただ、最期だけはハッキリと断言した。
「あの時もしかしたら、ゾークさんはかつての親友であるヒースクリフ・フロウウェンの死亡が虚偽の物だって事を確信していたんじゃないか? いや、俺もつい最近までこんな事思いもしなかったんだが・・・」
 真実のメッセージを聞いたからこそ、今更ながら推測出来た。バーニィの名推理が的中しているかなど定かではないが、少なくとも真実みを帯びているのだけは確か。
「・・・ちょっと待てよバーニィ。坑道や遺跡の情報からってんなら判るけどよ、どうして・・・」
「ちょっと、いつまで話し込んでるのよ! いいかげんこのバカでっかい門開けて、とっとと行くわよ!」

 怒りの矛先をアッシュからリーダーに向けたルピカ。彼女を見ながら、リーダーは言いかけた思考を脳裏で繰り返した。
 どうして、ルピカの情報を絡めて判断したのか?
 そもそも、ゾークはルピカの何を知っていた? ルピカが先行してラグオルに降り立とうとして事故にあった事など、どこから情報を仕入れた?
 ゾークは、ルピカの「何」を知っていたのか?
 地響きと共に揺れ落ちるように開く巨大な門。その地響きを聞きながら、ZER0は新たに、しかし以前からあったはずの謎に思いを馳せていた。

 門の向こうは、門の手前同様霧が視界を妨げていた。
「霧が濃い上に、今は夜か・・・」
 ここガル・ダ・バル島に降り立った時も、辺りに日の光はなかった。それは雷雲が日の光を遮っていただけでなく、時間的にまだ日が完全に昇りきっていない事もあった。
 しかし今は、降りた時と状況が少し違う。日の光が届かないのは、日が昇りきっていないからではなく、日が沈んでしまったためなのだ。変わらないのは、非常にやっかいな状況だという事。
「あの塔に気象コントロールを行う設備はないようですが、しかし雷雲と霧はあの塔が関係しているようです」
 ZER0の独り言を聞いてか、シノが現状起きている「自然現象」について解説を始めた。
「詳しくはここからでは何とも言えませんが、何らかの理由であの塔の小異には強力な電磁波とフォトンが渦巻いています。人体や私のようなアンドロイドに影響はないようですが、「自然」にはなんらかの影響を与えてしまっているようです」
 つまり、任意ではないが人工的にこの霧と雷雲は作られている、と言う事らしい。
「少なくとも霧に関しては間違いないようですが・・・」
 的確な答えを常にはじき出すシノが、珍しく口ごもった。
(雷雲は別な何かも関与している? しかしいったい何が・・・)
 気になる事があるのか? というZER0の問いには、確証がないのでとはぐらかしたシノ。当面あの雷雲が自分達に害をなすと考えられない事から、今あの雷雲を作り上げている原因を検証しても仕方がない。シノはそう判断し、思考を周囲のサーチへと切り替えた。
「奥にウル・ギボンやギーの群れを確認。それと、レーダーには映っておりませんが、メリルリアの存在を「目視」で確認致しました」
 密林、高山、海岸と巡ってきた三カ所のブロック。そこの住人達が一堂に会している。それぞれやっかいな相手だっただけに出来れば再開は遠慮したかっただろうが、ガル・ダ・バル島の住人は客のもてなしに熱心なようだ。
「・・・にしても、間抜けだねあの姿は」
 バーニィが苦笑しながら目視で確認出来るメリルリアを見ながら呟いた。
「ジャングルならまだしも、鉄床の上にバカでっかい赤い花が三輪。これだけ霧が濃くてもしっかり見えらぁ」
 擬態とは、環境に合わせて姿を変え、周囲にとけ込む事で姿を目撃されにくくする事。確かにメリルリアの擬態は密林において見事に調和しとけ込んでいた。しかし密林からつみ取られコンクリートの上に植えられた真っ赤な花は、擬態どころか存在をそこにありありと示す結果となっている。
「接近して開花させるぞ。フォーメーションは従来通りだが、視界が悪い。少し間を詰めとけ」
 すぐ隣の仲間は確認出来るが、少し離れるとぼやけて見える。派手なハンタースーツであるルピカや目立つメリルリアは色で分かり易いが、この先にいるというウル・ギボンは薄暗さも手伝い確認しにくいだろう。そう判断したバーニィは、殺傷よりも的中の方に確実性を求めショット系の武器を手にする。
 逆に、シノは愛用のマシンガン、ヤスミノコフ9000Mで殺傷の確実性を選んだ。
 確実に位置を確認するならハンタースーツに装備されたレーダーに頼る方が確実だが、激しい戦闘をそのレーダーを見ながら行う事は難しい。しかしシノはアンドロイド。内蔵されたスコープが捉える映像で視界が悪くなるなら、同じく内蔵されたレーダーやあらゆる感知機能で対応した方が確実になる。今シノの視界には、実像の中にレーダーマップが映し出される、まるでゲームの画面かのような映像が見えている。
「よし行くぜ・・・Attack!」
 かけ声と共に、上り坂になっている入り口を駆け上がる。敵の接近に気付き、下ろしていた根を足に変え立ち上がる真っ赤な花。
 鉄床の中に、根が下ろせたのか? と一瞬疑問も感じたが、それを検討する暇はもう無い。したところで無駄な事もわきまえている。ここラグオルには、もう常識では考えられない事が嫌という程起きているのだから。
 なにより、疑問を解決するより切り刻んでしまう方が早かった。
 つぼみのような顔、いや顔のようなつぼみと言うべきか? ともかく、頭部と思われる部位を振り回すお化け花の攻撃は、当たれば強烈な一撃となる。
 しかしそれは、当たればの話。
 間合いギリギリのところでかわし、振り回した頭部がこちらを確認する前に刀を振り下ろす。奇っ怪な声で鳴くお化け花は逃げようと後ろを振り向くが、それを許すまじとマシンガンの弾丸が背中に数多の傷を生み出していく。
「このまま内部へ一気に行くぞ!」
 枯れた三輪の花を置き去りに、ZER0達は先へと歩を進める。
 内部と言っても、また塔はずっと先。踏み込んだそこは、まだ塔へ続く通路。周囲を簡単なフェンスで取り囲み、落下防止をしている程度の簡易的な通路。その通路にはご丁寧に、「トラップです」と主張するかのようなレーザーフェンスがいくつか設置されている。ゆっくりと弧を描くそのフェンスは、普通ならば絶対に引っかかる事はないだろう。
 だが、この通路は普通ではない。
「来ます、ギーとウル・ギボンです」
 シノの警告を待っていたかのように、次第に羽音が近づいてくるのが判る。そして甲高い鳴き声と共に、猿どもが腕を振り下ろしながら飛びかかってきた。
「あのフェンスは、触れると床下に仕掛けられたピラータイプの狙撃銃器が出現する仕組みになっています」
 報告を聞かずともおおよそ見当は付いていたが、付いたところでかわりはあまり無い。このフェンスを避けながら蜂と猿の猛攻をかいくぐり、さらには討ち取れ。これはかなりの難題だ。
 そもそも、このような罠。ここまであからさまに設置するものなのだろうか?
 考えられる理由として、一つは侵入者に対する警告なのだろう。分かり易く示す事で、確かに警告の意味は確実に示される。
 もう一つの目的は、心理的圧迫。
「くそっ、これじゃ動けないじゃないか・・・」
 アッシュが誰へともなく愚痴をこぼす。見える罠は心理的に侵入者へプレッシャーをかけ、「下手に動けない」と心理に訴えてくる。
「元々あんたは盾なんだから、動かなくて良いのよ」
 ルピカの言い分は酷いが、少なからず的は射ている。
 そもそも、フェンスの有無にかかわらず派手に動き回る事はないはず。以前のアッシュなら考え無しに動き回ったかもしれないが、ルピカの盾・・・もとい、護衛役に徹底している今のアッシュならば、無駄に動くことなく敵を払いのけるだろう。だが「フェンスが邪魔だ」「フェンスに触れてはならない」という無言の圧力がのしかかる事で、「動けない」と勝手に思わせてしまう。これが「見える罠」の効果だ。
「でも邪魔よね・・・ちょっとシノ! ピラーが出る場所を正確に教えなさい」
 ルピカに指示され、シノは蜂を撃ち落としながらピラーの出現位置を正確に計測し、それを「口答で」ルピカに伝えた。
「なるほど、思ったより少ないわ」
 言うが早いか、ルピカは突然駆け出した。そして何を考えてか、フェンスにわざと触れた。
「なっ! なにバカやっ・・・」
RAZONDE!」
 ルピカの周囲に稲妻が走る。その稲妻はフェンスに触れた警告音に合わせたかのように放たれ、頭を出し始めたばかりのピラーを次々と貫いていった。
「これで良し」
 罠を恐れるくらいなら、たたき壊した方が良い。荒っぽいが、しかし確実に被害を回避する方法だろう。
 ルピカの突拍子な行為に、さてリーダーとしてどうするべきか?
 勝手な事をするなと、怒鳴るか。それとも良くやったと、褒めるか。
(・・・ま、何も言わないってのが正解っぽいな)
 いつもの口論を繰り返しながら、それでも周囲の敵を倒していく二人。それを見ながら、リーダーは考えた。
 一人の勝手な行動が、よかれと思ってした事だとしても被害を招いては意味がない。今の場合、一撃でピラーを全て倒せたから良いものの、耐久性がもっと高ければこちらの被害も回避出来なかっただろう。その点をリーダーとして注意すべきだが、ルピカの事だ、馬耳東風と聞き流すのは明白。もちろん、褒めればむしろひねくれるのも見越している。となれば何も言わないのが正解だろう。
(とりあえず、成長したってことで良しとするか)
 保身だけしか考えないルピカだからこそ、周囲の迷惑を無視し思いつきを実行した。邪魔な物を排除し「自分が」動きやすい用にするため。今の行為はけしてチームのために行った事ではない。
 だが、それでもリーダーは彼女にチームの一員としての意識が、無自覚ながら芽生えているのではと感じた。
 初めて、ルピカがチームメンバーを頼った。
 ルピカの事だ、「使える「物」を使ったまで」と言い放つだろうが、間違いなく彼女はシノの分析能力を頼った。これまで全て自分だけの力で解決しようとしていた思考が、ここにきて少し変化が見られた。
(期待しすぎじゃねー事を願うよ)
 あくまで、変化と見えるのはZER0の感覚であり感情。本当にルピカが心を開き始めているかは定かでない。それでも、今は期待出来るようになっただけ良しとする事にした。
「よし、とっとと先へ進むぞ」
 罠ごと敵を粉砕し、セキュリティーロックの解除した扉をくぐる一行。通路とはいえ一定の間隔で区切られているため、感覚的には部屋のようなもの。しかしここに天井はなく、不気味な雷雲が頭上にまだ見えている。当然、濃い霧も健在。
 踏み込んだ通路の一角に、敵の姿も罠も見られない。だが、先にあるセキュリティロックは赤く点灯している。
「スイッチか? しかしどこに・・・シノ、スイッチを探してくれ」
 言われるまでもなく、シノはスイッチを探していた。
 が、見あたらない。
 どこにスイッチが? 注意深く周囲を探知し始めた、その時だった。
 Thud!
 不意に、「何か」が音を立てた。
 しかし、その「何か」が見あたらない。
 いや、いる。「何か」がそこにいる!
「なっ!」
 視界がぼやけている。しかしそれは霧のためではない。
 歪んでいる。的確に表現するなら視界が歪んでいると言うべきか。まるで揺らめく湖面を見るように、前方の景色だけが歪んで見える。
 それは、そこに「何か」がいる、その証。
 Swosh!
 ほとんど「勘」だった。ZER0は咄嗟に後方へと跳ねるように飛び退いた。まるで空を切るような唸りが、元いた場所に鳴り響く。
 瞬時に、ZER0はその元いた場所へと切り返すように踏み込み、刀を振り下ろした。
 見えない「何か」を斬るように。
 いる。手応えが、それを確信した。
 その確信が正しかった事を証明するかのように、見えない「何か」が姿を現した。
「新手のシノワか!」
 軍部が戦力として起用している、人型戦闘ロボットシノワ。緑に塗られた装甲が、少なくとも生物ではない事を示しているが、初めて見るタイプのロボットだ。
「レーダーに反応無し。完全なステルスタイプのシノワです」
 視界の悪い状況であるがゆえに、敵の認知を的確にするためレーダーに頼ったシノ。そのが仇となってしまった事を彼女は悔やんだ。
 敵をいち早く察知し、仲間に報せる。それが自分の役目のはず。それが行えなかった事で、彼女は自分を責めた。
(旧式であるばかりに・・・)
 シノは生み出されてからかなりの歳月を生きてきた。その為最新式のアンドロイドと比べどうしても機能面で劣る部分が多い。ボディパーツなど取り替えられるところは最新式の物に替えてはいるが、肝心の中心部、人間なら「脳」にあたる部分だけは取り替えがきかない。この中心部が旧式ならば、ボディなどが最新式でも、全ての機能を最大限には活用出来ない。アンドロイドらしく言うなら、処理能力の差が出てしまうのだ。
 シノの場合、多数の機能を同時に扱える数が少なく、また一つに集中すると他が疎かに成りやすい。
 例えば今回の場合、視界として実像をきちんと捉えながらレーダーマップを視界の中に表示していた。普通なら、少なくともごく最近のアンドロイドなら、このような「手間」はいらない。実像とレーダーマップを、同時に、しかも別々に処理すればいいのだから。
 シノは旧式のため、「映像」という形で二つの「画面」を一つにまとめ、そして一つの画像として処理していた。つまり、人間がテレビゲームで一つの画面に複数の画面を映しだしているような状況と似ている。
 複数が同時に見えていても、その複数を同時には処理出来ない。レーダーマップを集中してみていては、実像への集中力が低下する。人間に近い感覚だが、シノはアンドロイドながらそれほどに「旧式」なのだ。
(だからゾークに・・・)
 ふと、思い出してしまった。思い出すべきではない事を。
 お前は旧式で、ここでの戦闘には耐えられん。
 いつも側にいたゾークから、言い放たれた言葉。
 あの時、無理をしてでもついて行けば、ゾークを死なせずにすんだだろうか?
 あの時、無理をしてでもついて行けば、ゾークの為に死ねたのだろうか?
 従属型「だった」シノは、今でも悔やみ続けている。出来る限り思い出さないよう勤めてきたが、ふと沸き上がるように思い返してしまった。
 自分は捨てられた。旧式故に捨てられた。
 ゾークにその意思が無かった事など百も承知だが、どうしても感情が捨てられたという考えへと導いてしまう。
 わたくしはまた、捨てられるの?
「見えてるうちにぶっ壊すぞ!」
 ZER0の言葉が、旧式の中心部へと響く。
 そうだ。今は悔やむ時ではない。悔やむ事なら後からでも出来る。
 今は、助けられた命を少しでも長らえる為に、闘うのみ。
 Swish!
 Braat Braat Braat!

 二振りの刃と無数の銃弾が、緑の塗装を剥がしていく。
 しかしはげた塗装の奥から金属部が見える事はなかった。
 見える前に、全てが見えなくなった。
「チッ、何処に消えやがった・・・」
 ただ消えただけなら、その場にいるはず。坑道にいた従来型のシノワなら、そうだった。
 だが、どうやら同じ場所には居ないらしい。レーダーで追跡出来ないが、唯一の手がかりであった「歪み」が、元の場所には見受けられない。
 Boom!
 突然、ZER0を中心に爆炎が巻き起こった。
「くっ!」
 ラフォイエ。ロボットである新手のシノワがテクニックを使うはずはないが、テクニックに近い攻撃を行う事は可能だろう。
「やっかいな事してくれるぜ・・・」
 接近戦を主としていた従来型のシノワは、近づくだけにやられたとしてもやり返す事がまだ出来た。しかしこうして遠方からテクニックのごとく爆炎を起こされてはたまらない。しかも姿が見えないと来れば・・・これほどに手強い相手はそういない。
 何か手がかりはないのか? シノは懸命に思考を巡らせた。
 ショットに持ち替え乱射するか? いや、確かに広範囲に攻撃を行うショットなら、相手に攻撃を当てる事は可能だ。だが、見当違いな方向へ乱射すれば、背中から近づかれまともに攻撃を食らうおそれがある。そうでなくともショットは重く、一度弾を放てば次を撃つのにどうしても時間が掛かる。余計に危険だ。
 今の爆炎で、チームに被害が出た。爆炎の中心にいたZER0はもちろん、ルピカの盾となったアッシュ、そして不意を突かれたバーニィが傷を負っている。テクニックやアイテムで即座に回復した為傷の心配はないが、その為に今すぐには動けない。
 この場をすぐに対処出来るのは、シノと、後一人・・・。
「ルピカさん、ラゾンデを!」
「私に命令しないでよね!
RAZONDE!」
 ルピカの稲妻が周囲を駆けめぐる。
 微かに、稲妻が「何か」をかすめた音。間違いなく金属質の音。
「そこっ!」
 虚空に向かい、マシンガンの弾丸が飛ぶ。
 むろん、真に虚空であるわけではない。そう見えるだけ。
 なにも見えなかった場所から、突然姿を現したシノワ。現れた姿はまさに「蜂の巣」のように穴を身体に無数刻みつけ、膝を折り曲げ前へと倒れ込んだ。
「ヒュウ・・・やるねぇ、シノ」
 チームのピンチを見事切り抜けた戦友に、バーニィが口笛で称える。
「目標沈黙。奥のセキュリティロックがオープンした事から、この区域にはもう敵はいない模様です」
 ドアの上部に点灯していたランプが赤から青に変わったのを確認し、シノはバーニィの「ひやかし」に答えることなく、自分の仕事を全うしている。
「ZER0・・・すみません、敵の確認が遅れました。私のミスです」
 謝罪するシノに、ZER0は何を言い出すのかと一瞬驚いたが、すぐに顔をほころばせ言った。
「なに言ってんだよ。何時お前に索敵の「責任」を押しつけた?」
 ZER0の言葉に、今度はシノが一瞬驚いた。
「まあ、お前の索敵能力に頼るところは多いが、それをお前の任務だ責任だなんて言った覚えはないぞ? むろん他の事も全てな」
 ZER0は索敵だけに止まらずありとあらゆる「解析」を頼む事が多い。それはシノにとって「命令」であり、命令である以上そこに任務と責任が生じると考えている。にも関わらず、命令を下すZER0は自分に責任がないという。どういうことか?
「さっきルピカにラゾンデを頼んだな。あれは命令か? まあルピカは命令するなって言ったけどよ」
 言われて気付かされた。ZER0の言わんとしている事に。
「ま、気にするな。俺がお前に頼りすぎてるところも多いからな、それに答えようとしてくれるのはありがたいけど・・・あまり気負うなよ。そもそも、ステルス付きのシノワならしゃないだ、お前のミスじゃない」
 不意に、ZER0の手がシノの頭部に乗せられる。
「各々がやれる事をやる。それがチームってもんだろ? それに俺は・・・お前のご主人様じゃねえ、相棒だ」
 ZER0に四人目の主人となってくれと願い出た時、彼は拒絶した。その代わり相棒としてなら構わないと、彼は側にいる事を承諾してくれた。
 しかし、シノにとって主人と相棒の違いはない。言葉が違うだけで、実質シノにとって今の主人は、ZER0なのだ。
 そう、考えていた。
 それをZER0はまた、否定した。
 もしかして・・・シノは不吉な考えが思考回路を駆けめぐった。
 また、捨てられるのだろうか?
「出来る事だけでいいんだ。俺は頼むだけで命令はしない。けどよ・・・」
 乗せた手で軽く、まるで子供にするかのよう頭を撫でながら言葉を続けた。
「頼りにしてるぜ、相棒」
 頼りはするが、命令はしない。頼りはするが、責任を感じる必要はない。
 どこか矛盾している気がする。だが、それでいいのだとも、何故か感じる。
 よく判らない。まだ、シノにはよく判らない。
 ただ感じるのは、自分はまだ捨てられないという安心感。
 それと、得も言われぬ「温もり」だけだった。

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