novel

No.10 真実が生い茂る場所〜Jungle〜(海岸地区)

 生命の源は、海にある。
 命はまず「原始のスープ」から始まり、そして海という胎内で育ち、やがて大地へと「足」を伸ばしていった。
 生物にとって、海が全ての故郷と言っても過言ではない。
 なとど、よく言われているのは承知していた。だが、それを実感した事はなく、ただ知識として知り得ていたに過ぎない。汚染され変色した母星コーラルの海しか見た事がない者達にとっては。
「・・・」
 絶句する、その状況心情を、ここ惑星ラグオルに来て何度体験した事か。
 あまりに不可思議であまりにおぞましい状況下での絶句。それも経験した。しかし人は、あまりに美しくあまりに素晴らしい状況下に置いても、絶句という何も発する事の出来ない状況心情に追いやられるものだと、何度思い知らされたか。
「これが本物の・・・海・・・か」
 青い海、白い砂浜、照りつける太陽。
 三流広告のような言葉ばかりを頭の中に羅列する事しか、出来なかった。「自然」の美しさを陳腐な言葉でしか表現出来ない歯がゆさもあったが、シンプルな言葉が適切で大切な事もある。本当に美しい物にこそ、装飾などいらないのだ。それが言葉の装飾であったとしても。
 密林地区やネビュラ高地と名付けられた高山地区から見下ろした海の美しさも、コーラル生まれのハンター達を絶句させたが、浜辺から見渡す海の美しさもまた、彼らを黙らせるには十分すぎる程の魅力を放っていた。
 まばゆいばかりに輝く太陽の光を、揺れる海面が乱反射し輝く。その煌びやかで優雅で、そして壮大な美しさを目の当たりにした今なら、海が生命の源だという言葉を実感出来るというものだ。
 刺すような太陽の光を肌で感じ、異臭が混在しない生粋の潮の香りを吸い込み、寄せて返す波の優しげなリズムを直に聴く。まさに「自然」の中に自分達がいる事を実感出来る、この感覚に、興奮を禁じ得ないのは致し方あるまい。
 同じ風景、同じ感触をバーチャルで生み出す事も出来る。事実先日は、「神殿」というバーチャルステージにて採用試験を受けたばかり。あそこでも太陽の光があり潮の香りと波の音があたりに充満していた。より本物に近いと言われていたそれらを、本物を知らない彼らはまさにリアルに再現した物だと関心すらしていた。
 だが、本物はやはり違う。バーチャルは何処まで行っても、所詮はバーチャルでしかない。
 理屈ではない。計算式でもない。
 生命の源。母という名の海を前にして、生命という名の子供は、子供だからこそ判る「何か」を、初めて感じ取っていた。
 こんな素晴らしい世界がある事への感動と、そしてこんな素晴らしい世界を汚してしまった自分達への憎悪が、新たな母を前にしながら心中を駆けめぐっていた。
「・・・失礼ですが、ZER0・・・」
 アンドロイドの自分には判らない感動ではあるが、ZER0達が何に感激し呆然としているのかは理解しているシノ。出来る事ならば邪魔はしたくないが、彼女の思惑とは裏腹に、邪魔せざるを得ない状況になってしまった。
「ああ、判ってる。ったく、水を「差して」くれるぜ」
 舌打ちと愚痴は、シノに向けられたものではない。
「蜂のエネミーだけに、本当に「刺します」ので注意してください」
 現れた邪魔。ここガル・ダ・バル島にて新たに発見されたエネミーの一種、蜂方巨大昆虫「ギー」の大群がゆっくりと来襲していた。
「残されていたデータによりますと、接近し直接針を突き刺しに迫る事もありますが、上空から針を飛ばしてくるといったやっかいな攻撃も行うようです。ちょうど坑道にいたカナディンに近い習性があると思われます」
 冷静なシノの分析を聞きながら、残った四人は邪魔された怒りを巨大昆虫に向け既に準備を整えていた。
「カナディンと同じか・・・シノとバーニィ、それからルピカはあいつらをたたき落とす事に専念してくれ。落ちてきたのを、俺とアッシュで片づける」
 邪魔をされれば、邪魔をした相手に激しい憎悪が生まれる物だ。邪魔された物が大きければ大きい程、その憎悪は倍数を跳ね上げ帰ってくる。
RAFOIE!」
 その怒りは、ルピカの放った爆炎の大きさが皆を代表し物語っていた。
「なんかムカツクのよ、アンタ達…」
 ブンブンと小うるさい羽音を起てていた蜂の羽根が、チリチリと瞬時に焼け焦げた奇妙な臭いを放つ。傷ついた羽では上空に止まっていられなくなったのか、爆炎に巻き込まれた巨大な蜂達が弱々しく落ちてくる。それでもまだ低空で飛んでいられるだけの余力はあるようだが。
 爆炎と罵倒を放ったルピカが、ほんの少し自分の行為に戸惑った。
 自分はいったい、何に腹を立てたのか?
 落ちてきたお化け昆虫を親の敵かのごとく斬りつけるZER0やアッシュ、爆炎で弱っているところへ追い打ちをかけるかのごとく炎弾で焼き払うバーニィ。彼らが感激していたところを邪魔され腹を立てているのは理解出来る。
 彼らはヒューマン・・・人間だから。
 ニューマンである自分にとって、海は無条件に感動出来る場所なのか? 試験管から歴史の始まったニューマンも、海を母と呼んで良いのだろうか?
(・・・バカバカしい)
 つまらない事を考えてどうなる。ルピカは思想論の演説を中断した。
 ただ、自分も目の前で怒りを露わにしている彼ら同様、「何か」に心動かされたのも事実。その「何か」が理解出来ない苛立たしさだけはまだ残っていた。
(何をしたって、何を考えたって・・・私はどうせ・・・)
 その思考も、またすぐに中断した。
 抗おうとも、結局何も変わらない。思考も何も、結論は出ているではないか。それが彼女の揺るがない答えだから。
(イライラする・・・ホント、ムカツクわ・・・)
 苛立つ理由は変わっていたが、その苛立ちをぶつける対象に変わりはなかった。

 テネル海岸。パイオニア1のクルーはガル・ダ・バル島の海岸をこう名付けていた。
 この海岸は、いやこの島そのものが、熱帯の気候下にある。最初に訪れた密林を見て既に明らかだったが、この海岸地区においても、熱帯の特徴が如実に表れていた。
 まずは、あの蜂だ。パイオニア1の者達が何らかの手を加えたかは不明だが、属性がネイティブである事から、あの大きさが「自然」なのだろう。
 昆虫の類が巨大なのは、熱帯気候の特徴だという。あそこまで大きいのは異常だが、そもそもラグオルに、特にここの原住民達にコーラルの常識は適応出来ないのは経験で知っている事。あの化け物じみた・・・事実化け物なのだが、蜂の巨大な身体が常識だとしても、やはりルプスの森などでは見かけなかった事から考えて、熱帯地区ならではの巨大さなのだろう。
 また南国の特徴とも言うべき物は他にもいくつかある。
 浅瀬であるにも関わらず沢山泳いでいる魚が、どれもカラフルな色をしている。派手な色彩も熱帯地区の特徴だろう。苔やシダといった原始的な植物はさすがに地味な緑一色だが、こういった植物が多く見られるのもまた特徴。
「これも南国ならではなんっすかね?」
 足先で軽く「それ」を突きながら、アッシュが尋ねた。
「南国と言うよりは、ラグオル特産という方が適切かと」
 アッシュが突いていたそれ・・・まるでムカデのようにゾロゾロと何十もの足を持つトカゲ・・・らしき生物に対し、シノが推測し答えた。
「そいつが巨大化してなくて良かったな。さぞ、気味悪かっただろうよ」
「・・・あまり考えたくないな」

 意地悪く笑いながらバーニィが交えた冗談に、アッシュはしなくても良い想像をし気分を悪くする。
「バカなこと言ってないで、さっさと行くわよあんた達」
 ありったけの「イライラ」をテクニックに変換し、蜂の大群を撃破してもなお、ルピカの機嫌は納まってはいなかった。普段から愛想のない彼女だが、いつにも増して頬を膨らませいる彼女を見て、バーニィがおお怖い怖いと肩をすくめてみせる。
「・・・チームワークが良いんだか悪いんだか」
 溜息をつくリーダーに助言するならば、やはり後者の方だろうと言うべきだろうか。

 うっとうしい蜂の群れだけでなく、密林の食肉植物や高山の猿どもの襲撃という歓迎を受けながら、どうにか歩を先に進めていくZER0達。その歩を、ピタリと止めた。
「・・・あからさまに怪しいな」
 周囲の「空気」が一変した為である。
「なんか淀んでるな空気が・・・視界が少し悪くなってきたぞ」
 レンジャーにとって視界は重要なポイント。バーニィはこの状況下でどれほど遠くが見えるのかを確認しながら、アッシュのように愚痴をこぼした。
「ここは海岸にほど近い場所ですが、砂浜からは離れ木々で取り囲まれ空気の流れが悪くなっているようです。淀んでいるのはその為かと」
 さらにシノは手にした銃を指揮棒代わりに、こんもりと盛り上がったいくつかの「塚」を指し続けた。
「あの「塚」から、微量の毒素が吹き出されています。直接大量に吸い込まない限り人体に影響はなさそうですが、ここ一帯の空気の汚れは、間違いなくあの「塚」から噴出している毒素によるものと思われます」
 楽園のように思えた海岸を少し外れれば、地獄のように思える光景に出くわす。これがここ、ラグオルなのだと改めて実感させられる一同。
「で、あれはいったいなんな・・・まあ、俺にもおおよそ推測出来そうだが」
 かすかに聞こえ始めた音。その音が段々近づき、音を立てている本人達を直視することでZER0は「塚」の正体に見当が付いた。
「その推測通りかと。あの「塚」の中から、「卵」らしきシルエットを発見しました」
 つまり、この「塚」は卵を収納する「巣」。ここはその「巣」が密集する地域のようだ。
 蜂にも色々なタイプがあり、当然その巣も様々なタイプがある。ごく一般的なイメージでは気にぶら下がった密集住宅のような巣だと思われるが、さすがに人の子ほどの大きさを保つ蜂となると、その巣を支えられる頑丈な木はそう無いらしい。
「さながら、俺達は不法侵入者ってとこか」
 我が家に土足で上がり込んだ無礼な客人に、住人達がブンブンと怒りを露わにしている。
「シノとバーニィはショットに持ち替えて対応してくれ。蜂の数も半端じゃないが、あの「巣」もやっかいだ。一緒に片づけてくれ」
「おうおう、随分荒っぽいねどうにも。まるで「強盗」じゃない? 俺達」

 おどけながらバーニィは、若き「豪刀」とも呼ばれ始めているリーダーに言い放つ。
 ZER0はその言葉に顔をしかめた。いや、顔をしかめたのはその言葉に対してではない。
「嫌な予感がする・・・って事は、的中するんだろうな・・・」
 半ば諦め気味に、ZER0はこの先の展開を予測した。その予測通りになる事を見越し、出来る限りその予測が「到来」する前に「兵隊蜂」を駆除しようと奮闘した。
「ルピカ、フルイドの確認と補充は今のうちにしておけ。アッシュ、すぐにフルイドを手渡せる準備だけはしておけよ」
 先を見越し、二人に指示を送るリーダー。
「言われなくても。自分の管理くらい自分でするわ、あんた達が屍になっても私は生き残る程度にね」
 嫌味とも本心とも受け取れる返答でルピカがZER0の言葉に応じる。
 確かにルピカなら、誰に言われるでもなく準備はしただろう。ZER0の感じ取った「予感」が無かったとしても、彼女ならばアッシュのようにその場その場で無駄に全力を飛ばさず必要最低限の力で余力を出来る限り残す戦い方をするのだから。
 そういう戦い方が出来るのは、彼女が「生き残る術」を身につけているからに他ならない。実戦経験はハンターとして極端に少ないはずの彼女だが、どうしてか「生き残る術」をしっかりと、それこそベテランのハンター顔負けの術を心得ている。経験から得ていると言うよりは、本能で知り得ていると言うべきなのだろうか?
 そう考えれば、ZER0が感じ取った「予感」よりも確かな「確信」を、彼女は持っていたと言えるのかもしれない。
「来たわね・・・」
 その「確信」が、姿を現した。大きな大きな羽音と共に。
「やっぱいやがったか・・・」
 昆虫が巣を作る主な目的は、卵の産卵とふ化。その卵を産むのは雌。そして蜂や蟻のような集団生活を営む昆虫は、巣の中核に卵を産み落とす大型の雌がいるものだ。
 これは、巨大昆虫「ギー」も例外ではなかった。
「女王様のお出ましってか・・・貫禄たっぷりでまぁ、素晴らしい事この上ないね」
 驚愕を言葉でごまかすバーニィ。ごまかしながら、改めて状況を再認識しすぐ行動へ移れるよう体制を整える。
 全長だけで、人の二倍はあるだろう巨大蜂。その大きさだけでもバーニィが言う通り圧倒的な貫禄を見せつけている。全身のバランスを見ると、兵隊蜂に比べて腹部のシルエットが大きい事からも、この超巨大蜂がギーの女王であるのは間違いなさそうだ。
「ギ・グーです。見た通り普通のギーよりも強大で強敵。データによれば誘導弾に近い特性を持った「弾」を吐き出すそうなので気を付けてください」
 冷静な警告を受けながら、執拗に付け狙う誘導弾をどうすべきかに頭を悩ませるZER0。
「アッシュとルピカはレンジャー二人と合流し離れろ。遠方からこいつを叩け」
 自分を囮に、仲間から女王蜂を隔離する作戦。危険だが、単純明快で応用が効きやすいメリットをZER0は選んだ。
「女王様ね・・・俺はどっちかってーと、「S」の方が好みなんだが」
 ふと、女王様気質の女性を思い浮かべ、我ながらくだらないジョークだと苦笑を漏らした。
「ZER0、ギ・グーの誘導弾には何らかの毒素が含まれている可能性があります。ソルアトマイザーの準備を」
 ショットで周囲の兵隊蜂を駆除しつつ、シノがZER0を気遣う。
「あいよ。ま、この近距離じゃどのみち誘導されなくとも弾は避けらねーだろうが」
 捨て身が最良の策とはとても言えないが、悩む暇を得るよりは素早く倒してしまおうというのが彼の狙いだ。普段後輩に無茶をするなと怒鳴りつけている彼が、リーダーとして無茶をしでかすのは手本としても望ましくはない。
「盾になるなら、あそこまで身体を張りなさいって事よね。あんたも見習いなさいよ」
 酷使している「盾」代わりのアッシュに、ルピカが間違った解釈で諭す。
 しかし、あながち間違ってもいない。
 敵が宙を飛ぶ特性を持ち得ている以上、近距離での戦闘を得意とするハンターには不利。代わってレンジャーの射撃が有効となる。ならばシノやバーニィを効率よく働かせるならば、敵と距離を取らせるべきだろう。そして距離を取らせる為に接近する囮は、多少の攻撃ならば耐えられる程の体力を持ち得た者、この場合アッシュやルピカよりもZER0が適任となる。更に、危険だが接近する事で、最も殺傷能力に長けているZER0の一太刀を与える事も可能なのだ。効率面だけを考えれば、これは理想の形と言って良い。
 問題は、ZER0が非常に危険だという一点。この問題を、ZER0は深く考えていない。
「アッシュ、おめぇ一応ドノフ爺さんの弟子を名乗ってたな」
 不意に、バーニィがアッシュに声をかけた。
「え? あ、ああ」
 唐突な問いかけに戸惑い、アッシュは少し間の抜けた返事を返した。
「なら、よく見ておけよ。「鬼軍人」と呼ばれていたドノフ爺さんの、その心意気を受け継いだ我らがリーダー様をな」
 あたりの蜂を撃ち落とし、同時にリーダーの援護と女王蜂への攻撃を続けるバーニィ。彼はリーダーの「捨て身」が無謀でない事を知り、それを若輩ハンターに伝えている。
 徹頭徹尾、己にも部下にも厳しかった事から「鬼軍人」の二つ名で呼ばれていたドノフ・バズ。彼は尽きかけた己の命と引き替えに、迷える若き豪刀を救い出し最期を向かえた。
 望めば安らかな最期を迎えられたであろう命を、出会ったばかりの若者の為に投げだす。それは端から見て「無謀」だと言える。だがドノフにしてみれば、これはやけを起こした無謀行為ではなかった。
 バーニィは聞いていた。彼が決意し、ZER0に会わせろと詰め寄ったあの時に。
 使えるならば、己の命でも使ってみせる。先のない爺の魂が、ゾークを打ち倒した若造を立ち直らせるのに役立つなら、何を惜しむ事があろうか?
 語ったドノフの瞳に、バーニィはまさに「鬼」を見た。
 親友が残した、豪刀を受け継ぐ者。会いもしていないZER0の為に、ゾークが関わっていたからといってここまで「命」をかけられるものか? 「鬼」だからこそ、それが出来たのだとバーニィは悟っていた。
(最良の「策」に払う犠牲を、惜しみなく請け負える覚悟・・・か。鬼だよな、ホント)
 肉を切らせて骨を断つ。言葉こそ聞くものの、それを実践出来る「覚悟」は、そう持てるものではない。その「覚悟」をもって命を賭け、そして「覚悟」を受け継がせた。
 今、「覚悟」をもってZER0は女王蜂と対峙している。
「はっ!」
 覚悟をもって立ち塞がったとはいえ、当然黙って盾になる気は毛頭無い。両の手に持った刀で腹に詰まった卵ごとかっさばかんと振り下ろした。
 奇声を上げのけぞり、苦しむ女王蜂。だが、怯みはしない。
「ぐっ、来た・・・」
 報復せんと、女王蜂は毒素で作られた「弾」をZER0目掛け三発連続で放ち続けた。
 原理は定かではないが、シノの話ではこの弾には敵を追尾する特徴があるらしい。だがZER0が接近していた為に追尾が上手く機能しなかったらしい。どうには二発は避け切れた。
 ただ、接近していたが為に最初の一発はまともに食らってしまったが。
「お返しが三倍ってルールは、男から女にってのが常識だぜ・・・」
 ふらつく頭を押さえながら、くだらないジョークを飛ばす。
 急速に視界が狭くなり、足下がふらつき方向感覚を失っている。原因は自分が言い放ったくだらないジョークの為ではなさそうだ。
 混乱。どうやら毒素の主成分は、脳神経を麻痺させ視界や三半規管に悪影響を与える「混乱」と呼ばれる異常状態に追い込む成分のようだ。
 ふらつきながらも、準備していた真っ赤な香水ソルアトマイザーを振りまき、霧状になったその香水を吸い込む。中和剤の効果をもたらすこの香水の力で、混乱状態に陥った脳をすぐさま叩き起こした。
 叩き起こしたばかりの脳がすぐさま確認した女王蜂の姿は、まるで虫取り網に捕まったかのように、ネット状の粘膜を周囲に張り巡らせていた。
「攻撃を中断してください! あの状況では攻撃が効かないだけでなく、攻撃した相手に強力な「仕返し」を仕向ける罠にもなっています!」
 シノの警告は、少し遅かった。
 すぐさま中断しようにも、放ってしまった弾丸は止められない。バーニィが邪魔な兵隊蜂を打ち落とす目的でばらまいた散弾銃の弾が一発、女王蜂にも向かっていた。
 シノの言う通り、その弾は粘膜の網に掛かり女王の身体まで届くことなく防がれてしまった。と同時に、女王蜂は大きな腹部の先をまるでバズーカの照準を合わせるかのようにバーニィに向ける。
 Bom!
 まるでトゲ付き鉄球。そう形容するのが望ましい「弾」を、女王蜂はバーニィ目掛け放った。すぐさま危険な状態である事を察した四人は散開し、鉄球の直撃を免れた。
「くそっ、なんて「卵」産みやがる・・・」
 卵のように腹部から放たれた鉄球弾は、「爆発」という子供へと孵った。四人とも巻き込まれる事はなかったが、あまりにも信じがたい攻撃に、驚きを隠せない。
「おいおい、いい男はこっちにいるんだぜ女王様。浮気すると手厳しいよ、俺は」
 バーニィ達も危機的状況であったが、その状況は今、女王蜂に置かれている。
 あれだけの卵を産み落とした直後だからか、女王蜂は今隙だらけ。それをZER0の前に晒しているのだ。
「手切れ金だ、とっときな!」
 昆虫独特の黒ずんだ血にまみれ、女王蜂は地に落ちた。

 先ほどの女王蜂「ギ・グー」もそうだが、ここガル・ダ・バル島にて新たに目撃されたエネミーは、同じくガル・ダ・バル島に残っていた謎の施設から得たデータによって名前や特徴が明らかにされつつある。
 ただ気になるのは、このデータ全てが「実験コードレベル」という名目で区分されていた事。
「ラボの推測としては・・・」
 研究機関との接点になっているオペレータが、ラボを代表しラボの見解を語る。
「先ほどのギーや、高山のウル・ギボンなどといったネイティブ属性のエネミーを「α」、密林のメリルリアなどアルタード属性のエネミーを「β」としている事から、属性別に整理していたと考えていますが・・・」
 そこまでなら、ラボでなくとも気付く子供レベルの話。
「ただの区別ではなく、「実験コードレベル」というところが気になりますね」
 当然、核心はそこにある。
「さらに、データには「被検体」という項目もありますから・・・おそらく島にある施設は「そういう研究」がなされたいた場所だったのではないかと・・・」
 あまり考えたくはない事実。つまりパイオニア1ラボはエネミーの研究を行っていたという事だ。
 しかしこの事実、エリはともかくZER0達にとって衝撃的な事実ではない。洞窟にいたアルタード属性を持つムカデの化け物、デ・ロル・レの存在を知っているだけに。公にはなっていないが、あの化け物がパイオニア1ラボによって生み出されていた事実を知っているZER0にしてみれば、その裏付けになった方が衝撃という意味において大きい。
「更に私から付け加えるなら」
 言葉尻を濁らせるエリに代わり、シノが言葉を受け継ぎ続ける。
「実験コード「レベル」という区分方法をしている事から、区分は属性ではなく実験過程の「進行度」を意味していると思われます」
 坦々と推測を披露するシノ。適切で正確故に、混じりけのない事実と「恐怖」がそこにある。
「そうですね・・・先ほど発見されたフロウウェンさんのメッセージでも「島全体が巨大なラボ」と言っていましたし・・・」
 ギ・グーを倒した直後に発見されたメッセージを思い返し、エリは考え込み始めた。
 そう、ZER0達は四つ目のメッセージを発見していた。
 いつの間にこんな施設を作ったのか・・・
 フロウウェンのメッセージは、当時感じた驚愕を伝える事から始まった。
「セントラルドームから遠く離れたこの島にオレは移送されてきた。地上と海底。島全体が巨大なラボのようなものだ」
 エリの言っていたメッセージは、この部分だ。
「海底か・・・この下にも、なんかあるって事かよ・・・」
 少なくとも、最初に目指していた大きな門の先、そびえ立つ塔に何かがあるとは思っていた。しかしよもや下・・・海底にまで何かがあるとは思いつきもしないでいた。
「実は、この言葉ってラボ独自で行った現地調査とも符号するところがあるんです。そしてそれはカルの推測とも一致している・・・今は詳しい説明を避けますが、はっきりしたことが判明し次第お伝えするつもりです。ちょっと待っててくださいね」
 どうやらZER0達とは違い、ラボは海底に何かがある事を先に察知していたようだ。その推測がメッセージによって確信へと代わった事で、今慌ただしく動き始めたところらしい。ちょっと待つ事無く、今すぐにでも現状知り得た範囲で報せて欲しいところだが、下手な情報に踊らされるよりはハッキリとしてから聞いた方が無難であろう。
「そりより・・・」
 珍しく、アッシュがこういった小難しい話に口を挟んできた。
「俺、あれが気になるんだけど・・・グレイブ夫妻って・・・」
 彼書きにしているメッセージは、今話題に上った言葉の後に語られた言葉の事。
「さらにパイオニア1ラボの主だった博士連中が雁首揃えてオレを待っていた。オスト博士を初め・・・フォトン工学の権威グレイブ博士夫妻・・・これも計画のうちだったと言うわけだ」
 グレイブ博士夫妻は、夫婦そろい天才的な博士として有名で、グレイブ家と言えば名家である事でも知られている。それだけ一般に知られた話題の夫婦だからアッシュが気になった訳ではない。
「ZER0先輩・・・このこと、マァサに伝えるべきなのかな・・・」
 アッシュにとってグレイブ博士夫妻は、親しいハンター仲間の両親。何故自分を置いて先にラグオルへと旅立ってしまったのか、その真相を知る為にパイオニア2へと乗り込んだ少女に、真実を伝えるべきか青年は悩んでいた。
「・・・その件はMに任せよう。彼女なら、最良の判断で彼女に伝えてくれるだろう」
 ZER0の言葉に納得しうなずくアッシュだったが、どこか釈然としない想いもあった。直に聞いた自分が彼女に伝えるべきなのではないのか、辛い立場を一人の女性になすり付けているのではないのか。そんな気持ちのしこりが少しばかり胸に残っている。
「やがて、オレの身体を研究材料とした実験が始まった。詳しい内容についてはわからんが、その研究は多方面に渡っていたようであったし、その研究成果自体もオストの様子から察するに悪くはないようだった」
 メッセージはまだ続きが残っていた。二つの問題だけでなく、ZER0にはまだ気になる事がメッセージに残っていた。
「そんな中・・・あの古代船から再び大量の亜生命体が発生したという話を耳にした・・・まだ、死んではいなかったのだ・・・今考えれば・・・死、という我々の概念をあの生命体に適用すること自体が間違っていたのかもしれん。だからこそ古代人たちは宇宙船ごと、この星の奥深くに「アレ」を封じ込めた・・・未知のフォトン・・・永遠の生命体・・・そう考えると、あの高名な博士連中が躍起になるのにも納得が行く・・・」
 ダークファルス。千年に一度蘇るあの邪神が死にきっていなかったからこそ、自分達が相対したのだから。メッセージでフロウウェンが驚く程、この事にZER0は驚きはしなかった。
 ただ、オスト博士やグレイブ夫妻が躍起になる研究とは・・・。
(実験コードレベル・・・か)
 議題は振り出しに戻る。
 セントラルドームの周辺や地下で見かけたエネミー達は、ダークファルスの影響を受けた、あるいはダークファルスが産み落としたエネミー達がほとんどであった。例外は洞窟エリアのアルタード属性のエネミー達だが、奴らもダークファルスの影響を受けていたのは間違いない。
 では、この島にいるエネミー達は?
 間違いなく、人の手によって生み出されている。だからこその「実験コード」であり「被検体」なのだから。
(目的は・・・海の底に隠されてるって事かよ)
 母なる海に囲まれた海底施設。そこで行われた実験とは・・・母を裏切る「親不孝」だったのだろうか? それとも、新たな生命を誕生させ、海に代わり母にでもなろうとしたのだろうか?
 何も語らない母に代わり、息子たるZER0は「真実」へとまた歩を進めていく。

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