novel

No.9 真実が生い茂る場所〜Jungle〜(高山地区)

「・・・初めて「アレ」に遭遇したのは・・・そうだな。古代船の発掘作業もかなり進んだころだ」
 ラボの中央ルーム。ここはラボチーフ、ナターシャ・ミラローズが席に着き指示を出す場。それと同時に、ここはラボ内の各研究室に繋がるホストコンピュータ「カル・ス」の設置場所でもある。
 そのカル・スが、地表・・・ラグオルのガル・ダ・バル島から受信した音声データを再生していた。
「惑星ラグオルに眠る超古代文明を発掘し、その技術を我々の文明の進歩に云々・・・体のいい理由だ。だが、少なくともオレは・・・そのための計画だと信じた」
 音声を再生するカル・ス。そのカル・スを操作しているエリは、操作する手の震えを止めるべく、しかしそれでも震えの止まらない手を握りしめながら、音声に聞き入っていた。
 声の主は、ヒースクリフ・フロウウェン。既に死んでいたとされていたはずの人物。
 音声データの発見で、生存の可能性が見えてきた。その喜びは、エリにはなかった。
 なにより、彼の語る「真実」が、あまりにも恐ろしい物であったから。
「地表でテラフォームやセントラルドーム建設などの殖民作業が進んでいる中、その地下では発掘作業が秘密裏に進められた。地表の連中は地下でこんなことが行われているとは夢にも思っていなかっただろう」
 夢にも思わなかったのは、地表の連中だけではない。その更に上、宇宙を漂うパイオニア2の人々にとっても、それはあまりにも信じられない話であったはず。
 しかしこの場・・・ここラボの中央ルームの中だけで言えば、知らなかったのはエリただ一人であった。
 ラボに入所したばかりのエリは、ハンターズがラグオルで見てきた「真実」を詳しく知らない。知っていることと言えば、一度だけ「友人」を助ける為に坑道エリアに足を踏み入れたあの時に感じた・・・ラグオルが今危険な地域になっている、という恐怖体験だけ。
 そう、彼女は自分がオペレートしている男、ZER0が他の仲間と共に、ヒースクリフの言う「アレ」に遭遇し戦闘を行ったことがあることも知らないのだ。
 当然だ。パイオニア2総督府は、この「真実」をあえて公表しないことを決めていたのだから。
 それでも、この「真実」を知らなければならない者達には、一部の「真実」は伝えられている。「アレ」と接触した人物は伏せられていたが、おおむねの「真実」をナターシャは書類を通じ知り得ていた。むろん、総督府が伏せた部分に関しても、彼女は彼女の「耳と目」をもって、知り得ていたが。
「長い時間と労力を費やして発掘部隊は、遂に古代宇宙船内部への侵入に成功した。だが、喜んだのもつかの間だった・・・「アレ」 が現われた」
 ヒースクリフの言う「アレ」が何なのか、エリには判らない。判らないが、なにか得体の知れない恐怖を、エリは肌で感じた。理由もなく震える手が、その証明。
 エリとは対照的に、ナターシャは微動だにせず、じっと声に聞き入っていた。
 「アレ」が何物なのか、知っていたから。何も知らないエリよりも冷静でいられるのは当然。
 いや、それだけではない。現に、ナターシャの右、エリの正面で同じく声を聞いているダン補佐官は、生唾を飲み込み真っ青な顔で声を聞いている。彼もナターシャほど正確な情報ではないにせよ、少なくとも「アレ」についての知識はあるはずなのに、だ。
 それだけ、「アレ」は人に生理的嫌悪感を与える存在だと言えようか。
 それでもナターシャは、顔色一つ変えることなく「真実」を聞き入れている。さすがは「氷のナターシャ」と言われるだけの女性と言うことか。
 少なくとも、彼女の表面を見る限りは。
「発掘部隊は全滅。以後、古代船内に入った人間は誰一人として戻ってはこなかった。敵意を持った生命体の存在。確認できたのはそれだけだ」
 出来の悪い、ホラー映画のプロローグ。それほどチープなら笑える。フィクションならば。
 残念なことだが、これは現実なのだ。
「時を経ずして討伐作戦が発令された・・・オレは一生忘れんだろう。まるで暗闇の深淵から這いずりあがってきたようなあの姿。ひとつの姿を保てていない、と言うよりは、むしろ・・・ひとつひとつの細胞が死と再生を繰り返しているかのようだった」
 ナターシャが最も気になる部分はここだった。
 聞き及んでいた「アレ」の形状が、ヒースクリフの証言とは食い違っていること。
 いやしかし、あり得ることだ。
 様々な情報を整理すると、どうやら「アレ」は、「闇の淵」と呼ばれた「亜空間」の産物・・・らしい。そのあたりの情報内容が、あまりにも三流SFか伝奇ホラーのように曖昧で抽象的すぎる。しかしそれもまた「真実」だとすれば、SFや伝奇ホラーの設定をなぞるように、最初はヒースクリフの言うような形の定まらない形状をしていてもおかしくはないだろう。
 ナターシャは一人、そこまで理論立てを行っていた。
「・・・撃退には成功した・・・が、オレが指揮した軍の討伐部隊もほぼ全滅。そして生き残ったオレはその代償にこの傷を受けた。今でも蠢くこの傷は「生きている」。そしてオレの体を支配しようと侵食し始めている・・・」
 音声はここで終わった。
 震える手をどうにか動かしながら、エリは音声データを発見したZER0達と話し込んでいる。
 音声データの内容について、努めて冷静に推理しようと。
「チーフ・・・やはり「アレ」・・・いえ、ダークファルスに接触していたのは間違いないようですな」
 その一方で、ダン補佐官もナターシャと推理を始めるべく話しかけた。ただ彼の持ちかけた推理は、エリとZER0で買わされている物とはまた違う物であったが。
「そのようだな。気になるのは、接触したヒースクリフ・フロウウェンが受けたと自ら発言している「傷」か・・・このような報告は、同じくダークファルスと接触した「彼ら」からは得られていないと聞いていたが・・・ふむ、結論は急ぎ出すこともないでしょう。引き続き調査の報告を待ち、その上で議論した方が良さそうですね」
 ヒースかどうかはともかく、パイオニア1の人々がダークファルスに接触したのは間違いない。それはメッセージを聞くまでもなく、遺跡までの道のりを自ら掘り進めていた痕跡がきちんと残っていたのだから。そしてダークファルスかその関係する何かと交戦した事も、遺跡に残されたパイオニア1軍部の残骸を見れば明らか。ただそれらは今まで「推測」でしかなかったのだが、こうして当事者より「真実」だったと立証がなされただけに過ぎない。
 立証されたに過ぎないが、それは一つ大きな障壁が崩れたことも意味している。
 推測は何処まで行っても推測で、真実として一歩を踏み出すことが出来ない。しかし真実が立証されれば、その先へと踏み出す一歩は軽くなるだろう。
 その一歩が、地獄へと向かっていても、だ。
「彼らの調査を進めると同時に、データ発信源の解析も急がせなさい、ダン補佐官」
「はっ、了解しました」

 毅然とチーフとして指示を出すナターシャに、戸惑いも狼狽えも見えない。
 これが、氷のナターシャ。良くも悪くもそう呼ばれるチーフを、補佐官は頼もしく感じる。彼女がチーフである限り、総督府のような失態はあり得ないと。
 しかし氷の、その内側をダン補佐官は知らない。
(ヒース・・・)
 何かが、流れ落ちそうになる。それをナターシャは、心の奥底で凍らせ、けして表には出さなかった。

 雄大にそびえ立つ岩群。密林地区とはうって変わり、ここ高山地区は岩壁に囲まれ木々が少ない。岩壁とはいえ、その成分は苔の隙間から見える黄土色から土であることは間違いないのだが、天に向かい悠然と構えるその雄姿が、岩程に強固な印象を訪問者に与えている。
 密林地区同様、ここでもZER0達は新たなる敵に苦戦を強いられていた。
「ちょこまかと鬱陶しい・・・」
 自分達を取り囲むように、ゆっくりと一定の距離を保ちながら歩む猿。
 ウル・ギボン,ゾル・ギボン。収集したデータによると、この猿達はパイオニア1のクルーにこう名付けられていた。
 この猿達、行動特徴は森林地区などにいた狼サベージウルフや猛牛グルグスに近い。同じネイティブ属性を持つエネミーであることを考えると、どうやらラグオルにおける狩猟はこれが「流行」なのだろうか?
 まず獲物を取り囲み、隙をつき背中目掛け飛びつく。これが今ラグオルのトレンドのようだ。
「気を付けろよ。データによれば、狼達よりもやっかいなようだからな」
 注意を促すZER0。彼の言う通り、奴らはトレンドの中でも最先端を行っているらしいのだ。
「炎弾,吹雪,雷・・・一通りの攻撃だけでなく、中には即死性のある「息」を吐き出す物もいるので注意してください」
 シノの警告が、今の最先端。この猿どもはただ取り囲むだけの狼達と違い、遠方からもやっかいな攻撃を仕掛けてくる。
 狼や猛牛は、飛びかかって来たところをかわし、隙をつき攻撃することで撃退出来た。いわば「待機」が最良の作となっていた。しかしこの猿は飛びかかるだけでなく、待ちかまえるこちらを的に様々な攻撃を仕掛けてくる。つまり「待機」はむしろ危険な作となってしまうのだ。
 かといってこちらから斬り掛かれば、隙を見せたこちらの背中目掛け別の猿が飛びついてくる。同じほ乳類でも、食肉目や偶蹄目よりは、やはり霊長類の方が「知恵」に優れているようだ。
「けっ、まるで熊公の小型版だな。力任せのあいつらの方が、まだ対処も楽だったのによ」
 愚痴りながら、愛用の火炎放射器バーニングビジットを構えるバーニィ。しかしその銃口を何処に向けるべきか戸惑う。
「ルピカ、ギフォイエで威嚇してくれ。怯んだ隙に俺が突っ込む。シノとバーニィは援護を、アッシュは飛びかかってくる奴を片づけろ」
 五人がまとまっては的になりやすいが、しかし分断するのも得策ではない。ZER0はあえて敵の「流行」に乗っかる形で戦略を組み立てた。
GIFOIE!」
 ルピカのテクニックが、まさに火蓋を切る形となった。
 弧を描きながら周囲を回り広がる炎。保った距離から攻撃を繰り出そうとしていた猿が戸惑いを見せた。自分達と同じように、相手も長距離から攻撃してくるという推測は、同じ霊長目でも低脳の猿には難しかった様子。
 回る炎の中心部から、別の炎が猿に目掛け飛び込んできた。バーニングビジットの放った弾丸だ。
 驚きながらも、しかし黙って焼かれる程まで低脳ではないようだ。猿は甲高い鳴き声を上げながら炎から逃れ、今度は自分達が口から炎の弾を吐き出し報復に応じる。
 猿とは違い、十分な空間を維持していないバーニィではあったが、真っ直ぐ飛んでくる火の玉を避けるのに支障はない。弾の行く先に味方がいないことを確認し、バーニィは一歩横へ退くと同時に二発目の炎を吹き出した。
 思っていたよりは、敵の「弾」は速くない。対処が遅れない限り避けるのは難しくないだろう。
GIFOIE!」
 二発目の炎が周囲に舞う。ルピカのテクニックが功を奏しているのか、猿達はなかなか飛び込めない様子。
 それは狙い通りだが、しかし有利になったとは言い難い。
「あぶね! チクショウ、来るならキッチリ飛び込んで来いよ!」
 毒々しい色に染まった即死性の「息」をかわしながら、アッシュが毒づいた。苛ついているのはなにも猿だけではなく、アッシュも同様だった。
 飛び込めない猿は、変わりに遠方から炎や息を吐き続けていた。それに対し直接切り込んでいるZER0を除いた三人は、銃やテクニックで応戦している。しかしアッシュだけは、今何も出来ずにいた。
 手にした両剣ツインブランドでは、遠方の敵を斬りつけられない。腰に常備しているハンドガンに持ち替えれば攻撃も出来るが、飛び込んできた猿に対処する為には、このまま両剣を持ち待機する方が懸命だ。
 待機することこそが、ZER0の組み立てたプランの一部。そう考えれば「何もしていない」という訳ではないのだが、しかしただ敵の攻撃をかわすだけの現状は、アッシュを苛つかせるだけだった。
「かぁ、ムカツク! いいからこっちに来い猿公!」
「うるさいわね。あんたが猿みたいにキーキー騒ぐんじゃないわよ」

 たしなめられるアッシュは、もはや猿並みと言うべきか。
 Zzzzam!
 苛ついたアッシュの油断か、いや警戒していたとしても、猿の放った雷は避けようがなかったであろう。炎の「弾」と違い、追尾能力の高い雷の一撃は避けること自体ほぼ不可能に近い。
「しまった!」
 そして雷はその特性上、時折機械類を「感電」させる。アッシュが手にしていたツインブランドから伸びていた、青いフォトンの光が一瞬にして消え失せた。雷によってツインブランドの機能が一時停止状態になっている。
 猿が感電を狙っていたとは思えない。さすがにそこまでの「知恵」は無いはずだ。しかし今、敵の一角が混乱していることは「本能」で察している。この機を逃すほど低脳ではないのが霊長類。アッシュが待ち望んでいた、そして今は望んでいない猿の特攻が迫る。
ANTI!」
 アッシュの「異常」を瞬時に察し、ルピカが異常を回復するテクニック、アンティを唱えた。
 感電が直りツインブランドが正常に機能した。それを理解したアッシュはすぐさま、敵の異常が回復したことを理解出来ていない猿目掛け斬りつけた。
 Swish!
 待ち望んでいた甲斐もあり、アッシュは見事迫る猿を地べたに這いつくばらせることに成功した。
「上空から何か迫ってきます! 散開してください!」
 アッシュの活躍を褒め称える間もなく、シノが警告を発する。その言葉に皆が反応し、各々その場を飛び退いた。
 Thud!
 先ほどまで自分達がいたそこに、巨体が降り落ち姿を現していた。
「ギブルスです。先ほどのように高く舞い上がり落下することで攻撃してくるようです」
 立て直しながら引き出したデータを口にするシノ。既に銃口は落ちてきたギブルスに向けられている。
「ボス猿の登場ってわけかい。にゃろ、派手な登場しやがって」
 バーニィも既に体制を立て直し、炎弾を巨大なボス猿に向け放っていた。
 ボス猿は真っ先に自分を攻撃してきたバーニィを標的に選んだのか、炎弾を避けるには大きすぎる跳躍で迫った。炎弾が呼び水になるとはなんたる皮肉か。
「ちっ、くそっ!」
 すぐにその場を離れたバーニィは、重量感たっぷりの地鳴りを後方に聞きながら小さく舌打ちする。
「飛ばれるとやっかいだな・・・シノ、援護を頼む」
「御心のままに」

 着地してすぐには動けないのか、悠然と立ち構えるボス猿にZER0は真っ向から斬り掛かった。遠方から下手に刺激し飛ばれるよりは、接近戦に持ち込んだ方が得策だと判断した為である。
 しかし敵も「さる」もの。ただ巨体を呻らせているだけではない。
「こいつ、ガードしやがった」
 振り下ろされた刃を、巨大な猿は太い腕を盾代わりに最小限の被害に止めている。
 そして反撃。残った腕をハンマーのように振り下ろす。
 続けざまにガードした腕も同様に振り下ろし、更にもう一度、最初の腕で叩きつける。
 三連攻撃。土埃を上げへ込んだ地面が、一連の三連撃の威力を物語っていた。
「デルセイバーじゃあるまいしよ。なんて野郎だ」
 難を逃れたZER0が、三連撃もガードもこなす遺跡の剣士を思い出し身震いする。
 しかし身震いするだけの成果は上げている。ZER0に気を取られていたボス猿は、シノの銃弾にまで気が回っていなかったようだ。キッチリとマシンガンの弾は大きすぎる的に全弾命中している。
「兄弟、今の調子で頼むぜ」
「調子の良いことを・・・」

 バーニィの「軽い」激励を受けながら、この危険な囮役を再び買って出る。
 時に腕を振り下ろし、時に自信を上空から降らせ、ボス猿は執拗にZER0を付け狙った。巨大すぎる相手にZER0はなかなか愛刀を振り下ろせなかったが、しかしそれで良い。
 自分の刀に代わり、シノとバーニィの銃弾がボス猿の命を削っている。
 Thud!
 ついに、登場した時と同じような轟音と共に、ボス猿ギブルスは前へと突っ伏した。
「ハァハァ・・・ったく、これでネイティブかよ。アルタードの間違いじゃねぇのか?」
 自然に生きているには大きすぎる。この巨体を見れば、人によって作り出された物だと疑いたくもなる。だがこの星には、これ以上に大きい生物、ドラゴンすら住み着いているのだ。このような猿がいたとしても不思議ではない。
「ともかく、先を急ぐか。次はどんなデカイのが出てくるのやら」
 溜息をつきながら、ZER0は歩を進めた。
「それにしても、やるようになったじゃないか」
 先を進むZER0立ちから少し離れ、バーニィはルピカに声をかけた。
「あそこでアンティか。良い判断だったぜ」
 以前の彼女ならば、アンティの発想も行動も出なかっただろう。
 自分の保身が第一。味方であってもテクニック温存の為にレスタやアンティなどで助けることなどしない。それが一人で生きてきたルピカの「生きる術」だった。
 そのルピカがアンティを、それも犬猿の仲であるアッシュに対して使ったのだからたいした進歩だ。
「そうね・・・あそこで「壊れて」もらっても困るし」
 本人も成長は認めた。だが、それはバーニィが期待する物ではなかった。
「あんたが言うように、「道具」を上手く使いこなす判断も出来るようになってきたわ」
 しれっと、ルピカは言い放った。
「おいおい、道具かよ。アッシュも浮かばれねぇな」
 きついジョークに苦笑いを浮かべるバーニィだったが、ルピカは至って真面目に言葉を続けた。
「所詮、自分以外はみんな「道具」よ。あの「盾」だけでなく、あんたや偉そうなリーダーさんもね」
 睨み付けるルピカの視線に、バーニィは言葉を失った。
「あんただってそうなんでしょ? 自分の為に私やあいつらをここに連れ込んだ。「道具」でないならなんだって言うの? 仲間? まさかね・・・そんな陳腐なこと、言える義理も立場もないくせに」
 普段から辛口ではあったが、これほど攻撃的で、これほど痛々しく、そしてこれほど「実感」のこもった言葉があっただろうか?
 歩き出したルピカに、バーニィは何も言い返せなかった。ルピカの言葉よりも、自分自身をバーニィは責め続けていた。

「・・・「D型因子」・・・この傷を指してオストは言った」
 発見された三番目のメッセージ。ZER0達は黙って、際される言葉に耳を傾けていた。
「未知の生命体。その発見に奴は狂喜していた。そしてオレにこう聞いてきた。「故郷を失いつつある我々の未来のため、君の身体を政府に提供する気はないか?」と」
 坦々と語るパイオニア1陸軍副司令官。その言葉が、徐々に歪み始めた。「真実」としてはあってはならぬ「真実」へと。
「老い先も短いこの身体が人々の未来のためになるならばなにも思い残すことはない。そう考え、オレは幾つかの条件と引き換えに政府の申し出を受けた。オストはそれを聞くと喜び勇んで言った。「君はこれから政府公認の実験体となることを認めなくてはならない」・・・つまり、これから何が起こったとしても何も言うことはできない。死んだ人間になれということだ」
 「事実」と思われていた一つが、「真実」によって打ち崩されていった。
 死んだ人間になれ。
 つまり、死んだと伝えられていたヒースクリフ・フロウウェンの死は、偽造されたものだと言うことか?
 この島を調査する際、フロウウェンが生きているかもしれないと、調査に彼の生死確認も含まれてはいた。だが、ほとんどの者が生きているとは考えていなかった。それだけに、このメッセージの語る「真実」はあまりにも衝撃的だ。
 その衝撃は、まだまだ止まらない。
「・・・「死亡の発表や本星に残してきた娘や友人へのメッセージの送信は全て政府が済ませる」と奴は言った」
「ちょっと待ってくれよ、じゃああのメッセージは・・・」
 森林地区で発見された、ヒースクリフ・フロウウェンの遺言。
 遺言は、死亡報告と共に義娘のアリシアと友人であったドノフの元に届いた。
 だが、娘は義父の死亡を信じ切れずに、その遺言を破棄したという。
 後に森林地区で発見されたメッセージを聞かされ、やっと義父の死を受け入れた。そう、バーニィは本人から聞かされていた。
 そのメッセージが、偽装の物だった。これを、どうアリシアに伝えるべきなのか?
 悩むバーニィを尻目に、悩ませた張本人の言葉は続く。
「提案を受け入れたとは言え心残りもあった・・・この老いぼれを「師」と呼びこんな未開の地にまでついてきてくれた、あの利発な娘。オレの死を知らされた時あの娘はどう思うだろう・・・」
「・・・嬢さんだって、あんたの嬢さんだってどれだけ・・・」
 ヒースを師と慕いついて行った娘。英雄レッド・リング・リコ。彼女を心配するヒースの気持ちも判るが、同じように義父を慕っていた義娘に触れない事に、バーニィは苛立ちを覚えた。
 それは彼が、リコよりもアリシアに想いが強いからに他ならない。それだけでなく、リコがヒースの側を離れず、アリシアが離れなければならなかったか、その訳を彼が知っていることもあるのだが。
「だが、そんな感傷もつかの間だった。オレは死んだことと世間には発表され、ある場所に移送された。それが全ての過ちの始まりだったのかもしれぬ。今惑星ラグオルを覆う現実は言わば、オレのこの決断が生み出してしまったようなものかもしれないのだ・・・」
 この謎めいた言葉で、三つ目のメッセージは終わった。
 本当に注目すべきは、この最後に彼が語った「ある場所に移送された」「それが全ての過ち」というメッセージ。この言葉に込められた意味がなんなのか? そこを推察していかなければならないだろう。
 だが一人、バーニィはメッセージの主に怒り、拳を強く握りしめていた。
 あなたの義娘は、どれだけあなたを心配し心を痛め、そしてパイオニア2に乗る決意をしたのか。それをどれだけあなたは判っていたのか・・・。
「・・・行こう、バーニィ。次は海岸地区だ」
 肩に手を置き、ZER0が促す。
 黙ってうなずき、バーニィはテレポータへと足を向けた。
 所詮、自分以外はみんな「道具」。
 ルピカの言葉が蘇った。
(道具だとしても、俺は嬢さんの為なら・・・)
 そう自分に言い聞かせはしたものの、声にも涙にもならない叫びが、ただ頭と心を何度も駆けめぐるだけだった。

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