novel

No.8 真実が生い茂る場所〜Jungle〜(密林地区)

 一番辛く大変なのは、戦場となる現地へと向かった者達。だが、彼らだけが辛いわけではない。
(どうか無事で・・・)
 祈る事しかできない、待つ者。アリシアは不安を研究の忙しさで紛らわそうと勤めるも、不安が研究を進める手を止めてしまう。
(もうこれ以上、私は・・・)
 まぶたを閉じ、流れ出ようとする物を必死にこらえる。震える手で握りしめていた試験管が小刻みに机をコツコツと叩く音が室内に響き、アリシアはまた不安に押しつぶされそうになっている自分に気付く。
「駄目ね・・・私は信じる事も出来ないのかしら・・・」
 溜息をつきながら、自分の弱さと愚かさを嘆く。
 実の両親を母星コーラルで起きた戦争で失い、戦火の中自分を救い出してくれた義父ヒースクリフはラグオルで行方不明。夫であり義父の親友だったドノフは一人の若き剣士を育てる為に、その若者の剣によって逝った。
 皆、戦場で逝った。
 そして今、一人自分の身近にいた者が戦場にいる。
 彼もまた、自分を置いて逝ってしまうのだろうか?
 これ以上、誰も失いたくない。失う不安が、生還する希望を上回っている。どうしようもなく広がり続ける不安と、アリシアは一人で闘っていた。
 待つ者もまた、精神という戦場で戦い続けているのだ。
「Hi、アリシア。どう、研究の方は順調?」
 突然声をかけられるまで、アリシアは客が訪れた事にも室内に入った事にも気付かなかった。それだけ、己の中で繰り広げられている精神の闘いは激しかったのだろう。
「あ・・・ES。いらっしゃい」
 訪れていた親友に驚きながら、どうにか声を絞り出す。
「忙しいところを邪魔しちゃったかしら?」
「・・・ううん、そんな事無いけど」

 自分の中で繰り広げられている不安との闘い。それは自分だけの問題だ。ESに悟られ彼女を巻き込むわけにはいかない。どうにか返事はしたものの、その答えはあまりにもぎこちなかった。
「そ。で、どうなの? 研究の方は」
 アリシアの「問題」を知ってか知らずか、ESは何気ないそぶりでたわいもない話題を振る。
「そうね・・・正直難しいわ。原生生物達の細胞を変化させている要因が、D因子と名付けられた物によって引き起こされている・・・というのはラボでも解明済みだけど、D因子そのものがなんなのか、まだハッキリしないのよ」
 握りしめたままだった試験管を棚に戻しながら、アリシアは出来る限り分かり易く説明を続けた。
「D因子に浸食された細胞を、私達はD細胞と呼んでいるのだけれども・・・これもまた曖昧のままで、なかなか研究が進まないのよ」
 親友の私設研究室を何度も訪れているESは、勝手に近くのコーヒーポットからコーヒーを二人分注ぎ、一つをアリシアに手渡す。それを受け取り礼を軽くすませた後、アリシアは話を続けた。
「今のところ判明しているのは、ルプスの森などにいる可愛そうな動物たちはD因子に細胞を犯されながらも、D細胞にまで変化はしていない状態になっているわ。以前あなたと原生生物たちのデータを取りに行った時、「細胞が遺伝子レベルで、後天的に変化させられている」と言ったのを覚えてる? その原因がD因子なの」
 アリシアがラボを辞め、こうして私設研究室で研究を進める事になった事件。ESと共にラグオルへ降りたあの日を振り返りながら語る。そう昔の話ではないが、二人にとって遠い過去のようにも、つい昨日の事にも感じられる。
「ええ、前に見せて貰ったあなたのレポートと、モームから受け取ったラボのレポートを読んでたから少しは判るわ。確か、その浸食が進みD細胞に変化してしまったのが洞窟にいるアルタード・ビースト達で、全ての細胞がD細胞になっているのが、遺跡にいる亜生命体だったわね? そしてD因子によって狂わされた機械が、坑道のロボット達・・・って、読み取ったけど」
 ESは学者ではない。故に受け取ったレポートの全てを理解できたわけではないが、アリシアやモームのレポートは研究者向けでありながら、直接研究に関わっていない者達にも分かり易いようにまとめられているので要点は理解していた。
 本来レポートという物はこうでなければならないが、研究者はどうしても難しい専門用語を使いたがるし、研究者でない者達は「研究レポート」というだけで懸念してしまうのだから困ったものだ。
「ええ・・・ただ、それから研究が進んで、ちょっと違う見解も出てきたの」
「違う見解?」

 好奇心からか、ESは身を乗り出すように少し身を屈め尋ねた。
「私もモーム博士から伺っただけで、まだハッキリとレポートがまとめられているわけではないのだけれども・・・遺跡の亜生命体には、脳も神経も無いらしいという見解が、今ラボを騒がせているらしいわ」
「どういう事?」

 眉をひそめながら、アリシアの語る非常識な見解の根拠を問いただす。
「どうやら、D細胞・・・いえ、D因子のレベルで・・・本来ならあり得ないはずですが、「意思」を持っているかのように様々な物に対して働きかけているようなの」
 因子に意思がある。そのような非科学的な事を、科学を生業としているアリシアが語る不可思議な状況に、ESはますます二つの眉を近づけた。
「どうやら亜生命体は、細胞レベルで一つ一つが脳であり神経でもある・・・というのが、ラボの中で騒がれているわ。D因子には何か大きな「意思」が刻み込まれていて、それが生命に規制し凶暴化させる。亜生命体の謎はさておいても、この仮説では原生生物の凶暴化やアルタード・ビーストへの変貌も、色々と説明が付けやすくなるのよ」
 大きな意思。
 ESには思い当たる事が一つあった。
 ダークファルス。
 D因子は、かの邪神に大きく関わっているのは間違いない。それは直接邪神と対峙したESだからこそ確信出来る事実。
 その邪神の「意思」を、D因子としてまき散らしていたとすれば・・・研究者達の馬鹿げた仮説も納得出来る。
「・・・どっちにしても、私達にとってやっかいだって事ね」
「ふふ、そうね」

 わざとらしく両手を大きく広げ、ESが簡単にまとめた。
 やっかい。言葉にすると簡単だが、この「壁」は大きい。研究者にとっても、そして直接奴らと死闘を繰り広げるES達ハンターズの面々にとっても。
「ところでES、何か用事があったのでは?」
 密度の濃い「座談」に一区切り付いたところで、来訪の目的を尋ねるアリシア。
「ああ、別にメールでも良かったんだけどね。今晩、ちょっとしたパーティをやるのよ。良かったらアリシアも来ない?」
「パーティ?」

 何か特別な日だったか? アリシアは身近な人々の誕生日や祝い事を思い浮かべてみたが、該当する物は全く思い当たらなかった。
「んー、パーティというか・・・今ちょっと料理を習い始めてね。色々と作り過ぎちゃうから、食べに来ないってだけなんだけどね」
「え・・・ESが料理を!?」

 これはゆゆしき事態だ。あの黒の爪牙が料理を習い始めた。もしノルが現役でジャーナリストを続けていたならば、間違いなくHONのトップニュースになっていただろう。
「・・・失礼ね、そこまで驚かなくても良いでしょ?」
 驚いて見せたアリシアの様子だけで、今どれほど非道い事を考えていたかが親友にはよく判っていた。
「別に他意はないのよ。ただ私も暇だしさ・・・それだけよ」
 おそらく何かきっかけがあったのは間違いないが、さすがにそこまで尋ねる程アリシアも「野暮」ではない。
「判った、判ったわよ。いいわ、今進めてる研究もさっき言った通りなかなか進まない状況だから気分転換もしたかったし」
 少し頬を膨らませたままのESを宥めながら、ディナーの予約を取り付けた。
「折角だから、私も少し早めに伺っていいかしら? 元主婦の腕を伝授してあげるわ」
 どこまでESが料理に対して真剣に学びたいかは別として、折角の「イベント」ならば積極的に参加した方がより楽しめるというものだ。
「そうね。材料はある程度こっちで用意してあるけど、何か足りない物とかあるなら買い足しちゃっても良いし。材料何があるのかはMにでも聞いてちょうだい」
 心強い講師を迎え入れたESは、自分の分のコーヒーカップを片づけ部屋を後にした。
「あのESがねぇ・・・なんだか可笑しいわ。それだけ焦っているのかしら?」
 料理を始めたきっかけを、アリシアなりにあれこれと想像しながら、一人こみ上げる笑い声を漏らす。
「さて、時間までこれを進めますか・・・」
 一度片づけた試験管を再び手に取り、アリシアは研究に没頭した。
 この時、アリシアは気付いていなかった。いや、気付かない方が彼女にとって良いのだが。
 既に彼女の心は、今晩のディナーの事でいっぱいになっている。今晩の事で心が満たされる前に、何で満たされていたのか、彼女は忘れてしまっていたのだ。
 本人が気付かずとも、アリシアには戦友がいる。親友という名の戦友が。

 戦場では今、五人の戦友同士が新たな敵に苦戦していた。
「なっ、こいつエネミーか!?」
 今まで全く反応していなかったレーダーに、突然三つの光が点灯した。
 それは敵が訪れた証。
 レーダーの反応と同時に、目の前に咲いていた・・・いや、埋まっていた奇形の「つぼみ」が、茎かの伸びる蔓をまるで手のように動かし地に着け、身体となる茎と根をずぼっと自ら抜き出してきた。
 花のつぼみに見えた真っ赤なそれは、大きな顔と口。動き出した奇形の植物は、もはや植物のようなエネミーとしか形容出来ない。
「気を付けてください。アルタードの反応があります」
 驚きはしたが、慌てずシノが動き出した植物を分析し、それを報告する。
 よく見れば不格好な赤いつぼみは、仮にただの植物だとしても目立つ。だがここ、「密林地区」と区分されたここでは、その原色に近い赤もむしろカモフラージュになる。名の通り林が密集したここは、見慣れない植物で囲まれていた。真っ赤で大きな花も、目立たないとは言わないが不自然ではない。木の葉を隠すなら森の中と言うが、奇形植物を隠すなら密林の中という事か。
「近づいた者を捉えて捕食する、一種の食虫植物のようです」
 愛用のマシンガンを構えながら、シノが自ら解析した食虫植物に狙いを定める。
「俺たちゃ虫かよ」
 シノにならい、バーニィも愛用の銃を構え愚痴る。
「バーニィ、そいつは止めとけ。ここで火事になっちゃ、そいつらだけでなく俺達も丸焦げだ」
「・・・ちげぇねえ」

 一旦手にした火炎放射、バーニングビジットを仕舞い、別のショットに持ち直す。
「ルピカもフォイエ系のテクニックは控えとけ。引火性は低いが、念のためだ」
 迫る植物を刀で斬りつけながら、ZER0が注意を促す。
「判ってるわよ。そこいらのアホと一緒にしないでよね」
 いつでもテクニックが放てる体制を維持しながら、小娘が切り返す。
「さ、まずは様子見。行け下僕一号」
「誰が下僕だ!」

 ルピカの悪態に対し怒鳴りながら、アッシュは近づく化け物を斬りつけた。
「・・・すげぇ、これ」
 斬りつけただけで判る手応え。実践で始めて使う新しい武器、ツインブランドの威力にアッシュは感心していた。
「いちいち感動してんじゃないわよ。ほら、逃げられちゃったじゃない」
「あ・・・」

 あまりにも凄まじい威力に、次の一手へ踏み出すのを忘れたアッシュ。その隙に、奇声を発しながら背中・・・少なくとも背中に見える部分を見せながら、食虫植物が必死に逃げていく。アッシュはその姿を呆然と見つめていた。
 ルピカはなじるが、逃げる敵をすぐに追いかけないだけ成長している、とも言えなくはない。ただ手に入れたばかりの武器に酔いしれていただけかもしれないが、結果だけで言えば「様子見としては上出来」と言えるかもしれない。
 アッシュが斬りつけた植物だけでなく、ZER0に斬りつけられた植物も、シノに銃弾を撃ち込まれた植物も、同じように各々逃げ出していった。そして一定の距離走り去ったところで、手となる蔦で地面を掘り、そこに足となる根を入れ、まるで何事もなかったかのように納まった。と同時に、レーダーから三点の光が消えた。
「死んだ訳じゃないよな・・・なるほど、こりゃやっかいなのが出てきたな」
 レーダーは生命反応を感知して光の点で報せる仕組みになっている。この「生命反応」は基本的に生物の心臓や機械のモーター等の「鼓動」を感知しており、よって死亡し心臓やモーターが動かなくなった物や、植物のように心臓もモーターも持たない物に対して反応はしない。
 今自分達を襲った食虫植物は「植物」の状態を保っている。だからレーダーは反応しないのだ。近づき動き出した時だけ「動物」となり、レーダーにも反応する。そういう事だろうとZER0は推理した。
「いかが致しますか? このまま放置して先に進みましょうか」
 シノが言うように、植物に戻ったエネミーをわざわざ倒す必要はないだろう。おそらく近づけばまた襲ってくる事が容易に予測出来るだけに、放置しておいた方が得策だと考えられる。
「いや・・・殺っておこう。この先もおそらく同じ奴がいるだろうから、今のうちにこいつに対して「慣れておく」のも悪くない」
「御心のままに」

 敵を知り、己を知らば、百戦危うしからず。手間をかけてでも、敵の特徴を具体的に把握するのは、後々を更に生き延びる為に必要な事だ。そして敵を知るならば、実践が一番の近道である事を百戦錬磨に近づきつつあるZER0は良く心得ていた。

「先ほどの植物は、「メリルリア」と名付けられたアルタード・ビーストのようですね」
 密林地区に飛ばされた端末CALの一つを発見したZER0達は、そこからパイオニア2と連絡を取り情報をまとめていた。
「先ほどガル・ダ・バル島の端末より収集してもらったデータによりますと・・・「実験コードレベルβ、被検体:原生生物」とあったものです」
 オペレータであるエリはさらりと情報を読み上げたが、そこに引っかかる物を感じた。
「おいおい、ちょっと待てよ。被検体? 実験コードってなんだよ・・・」
 思わずZER0が声を荒げ尋ねた。
「・・・つまりは、そーいうことだろ。兄弟」
 戸惑うオペレータに代わり、バーニィが諭すように答えた。
 わざわざセントラルドームから離れた孤島に、パイオニア2にも知らされていなかった・・・少なくとも総督府も知らなかった施設が建設されていた。それだけで、何かあると考えるのが自然だ。
 セントラルドームの下、洞窟にいたアルタード・ビースト達はデ・ロル・レと名付けられた同じアルタード・ビーストによって姿を変えられた物達だとされている。そして元凶であるデ・ロル・レは「どこかで」パイオニア1の者達によって生み出されたのではないか? と推測されていたが・・・。
「・・・続きを頼む、エリちゃん」
 初めから予測していた事だ。とは言え、その予測が事実として徐々に露見していく過程は、やはり衝撃が強い。
「はい・・・植物型の変異生命体であるメリルリア、メリルタス。この2種はガル・ダ・バル各地においてかなりの数確認されてます。さらには、「雌雄が存在しそのうち雄の固体が体内に毒素を持つ」そうです」
 CALの端末に行き着くまでに、確かに何度も同じエネミーに出くわしている。その中に、つぼみが赤ではなく黄緑の物がいた。そいつがおそらく雄のメリルタスなのだろう。確かにメリルタスはメリルリアのように逃げる代わりに毒素をまき散らすやっかいな習性を持っていた。
「さらに、この上位種にあたる物も密林地区で発見されてます」
 エリの報告に、全員がうんざりとした表情を浮かべた。
「メリカロルと呼称しますが、かなりの巨体なので地中に根を張っていますけど、移動しているところも偵察端末によって確認。注意してください」
「まあ注意はするけどな・・・」

 その巨大植物に注意したところで、出会えば戦闘は避けられないだろう。そう考えれば注意も何もと言いたいところだが、心配し気を使ってくれているオペレータにそれを愚痴るのも大人げない。
「ともかく、先に進むか」
 注意すると言うよりは、この先強敵が待ちかまえていると心構えできる。それだけでも少しは違うかもしれない。気合いを入れ直し、ZER0達は歩を進めた。

 密林が密林である為の条件はいくつかある。
 隙間無く植物が生い茂る為には、それだけの植物を育てる環境・・・つまり、日の光と広大な大地と豊富な水源が必要不可欠。故に熱帯の気候が適している。
 ここ密林地区・・・いや、ガ・ダ・バル島はまさに、熱帯の島そのものだ。
「まるで洞窟の第二階層みてぇに湿気の多いところだとは思ったが・・・」
 思い起こせば、この密林地区に来る手前、島に降り立った直後あたりは霧に包まれていた。それだけこの島は湿度の高い土地だという事の表れだろう。
「見事に浮いてるな・・・」
「浮いてますね・・・」

 もう一つ、ここが非常に湿度の高い場所である事の表れ。それを眺めながら、ZER0とアッシュが呟いた。
「クラゲか・・・なんだっけ? こいつらは湿度の高い大気中を泳ぐんだっけか? まったく、この惑星は信じられねぇ光景で俺達を楽しませてくれるな」
 クラゲが宙を泳ぐのも、この星では常識。物珍しげに言ったバーニィではあったが、それは見慣れた洞窟以外で見かけたからこそ。既に「クラゲが宙を泳ぐ」事も、ハンター達の中では常識になりつつあった。
 それとはまた反対に、本来なら常識的な事も彼らハンターズには・・・いやパイオニア2の人々にとって日常では体験出来ないが故に常識にならない事もある。
 その、彼らにとって日常には無い光景を、クラゲが浮かんでいた場所よりテレポータをくぐり抜けた先で目の当たりにした。
「・・・」
 言葉を失う。まさに、彼らは今それほどにまでに驚き、感動していた。
「こ・・・これがラグオルか・・・」
 青く澄み切った空と、同じく青く輝く海。双方が何処までも何処までも続き、水平線で交わる。どうにか絞り出した言葉には、自分達が望んだ本当の姿、惑星ラグオルを初めて見た感動で満たされていた。
 これまでにもセントラルドーム付近の森林地区、ルプスの森と名付けられた森で、自然に触れた事はある。またバーチャルではあるが、美しい「過去の」風景として似たような映像も見た事はある。しかしこれらでは感じる事の出来なかった、吹き抜ける少し強めの風と照りつける太陽の光が、森にもバーチャルにもない「感覚」を身体に染みこませていく。
 ここはまだ、密林地区。ただその一角に、島全土を見渡せるポイントがあった。今まであった木々が切り取られたかのようにそこには無く、代わりに足下には緩やかな小川があった。小川を流れる水の先は絶壁になっており、水は滝となって海へと流れている。ZER0達はそのポイントで、これまで感じた事のない感動を噛みしめていた。
 これが、あこがれの地ラグオル。
 腐敗しきった母星を捨て、求めた第二の故郷。
 何が心を振るわせるのか、自分自身の事ながら理解出来ない。ただただ、この素晴らしき光景に魅入っている自分に驚かされる。
「・・・それでも、現実は厳しいな」
 ふと小川の角に視線を移すと、もう見慣れ始めた「つぼみ」が見えた。
 これが現実。たった今目に焼き付けた光景を心の奥へと大切にしまい込み、ZER0は刀の柄を強く握りしめた。

「いかにも・・・って場所だな、おい」
 密林の中、木々に囲まれながらも開けた場所へ足を踏み入れたところで、バーニィが口を開いた。
「だな・・・エリちゃんの言っていた「上位種」ってのが居ておかしくな・・・いって言うより、いたな」
 見渡した先に、巨大な花が悠然と鎮座していた。
 背丈は人の倍程。胴回りは手を広げた大人が三,四人で取り囲める程だろうか。確かに姿はメリルリアのそれを大きくしたような物。ただつぼみではなく、花は満開に咲いていた。そして花の中心には、雄しべや雌しべの代わりには虫類のような尖った「顔」がある。
「エリちゃんの話では、あれも動き回るらしいからな。俺が突っ込むからシノとバーニィは援護を頼む。アッシュとルピカはあれの出方を見て対応してくれ」
 データは既にあったが、データだけで戦える程甘くはない。相手の出方を予測は出来るが確実な物はないのを懸念し、ZER0はまず身一つで様子を見る事を決めた。
「よし・・・Attack!」
 シノとバーニィによる銃弾援護を受けながら、ZER0が一気に間を詰めた。
 近づくと、その巨大さがよりハッキリと判る。これまでに戦ったドラゴンなどと比べればまだ小さいが、普通のエネミーや自分達と比べれば随分と大きい。ドラゴンなどを「ボス」と呼ぶハンターも増えてきたが、その言葉を借りるならば「中ボス」とでも表現すべきだろうか?
 ZER0が二本の刀を振り回す事へ対抗するかのように、上位種メリカロルは両腕の役割を果たしているツルを、まるでハサミのように挟み込もうと大きく欲に振り回した。そのツルはそれこそハサミのように鋭利な刃の形状になっている。洞窟に生息する巨大カマキリの両腕にだいぶ近い。
 どうにか敵の攻撃をかわすZER0だったが、両横からツルによって迫られては、後方へ逃れるしか術がない。そうなれば自分の刀が届く範囲から出てしまう。
「ったく」
 毒づいたZER0をあざ笑うかのように、奇声を上げ嘶く植物。
 そして追い打ちとばかりに、嘶いたその口から何かを吐き出した。
「っとぉ! そうか、アルタードの植物だもんな・・・」
 吐き出した何か。おそらくそれは、毒性の強い花粉だろう。
 思い起こせば、なにも凶悪な植物と対峙するのは初めてではない。洞窟に根を張るリリー種がいたではないか。
 あの奇形の百合は遠方から毒素を含んだ花粉を吐き付ける特性を持っていたが、歩き回る事はなかった。しかし同じアルタードの属性を持った植物ならば、同様にこの巨大なラフレシアも花粉を吐き出すのは何ら不思議ではない。それが例え、常識を逸脱した化け物だとしても。
 PiPiPiPi・・・
 突然、まるで何かをカウントするかのような音がし始めた。見れば巨大ラフレシアは花を閉じ何かをしでかそうと身構えているように見える。
「ZER0、逃げてください!」
 シノの悲痛な叫びが、ZER0を咄嗟にその場から飛び退かせた。と同時に、メリカロルの周囲に紫の靄・・・間違いなく毒素を含んだ何かを吹き出していた。
「即死性を持つ強い毒素が感知されました。気を付けてください」
「身体がデカイと、何もかもスケールがでかくなるな」

 背中に冷たい物を感じながら、さてどう腐らせようかと思案する。
 ZER0が飛び退いた事で、敵との間合いが広がった。その間をどう詰めようかと行動を起こすよりも早く、相手が動いた。
 そう、まさに動いた。
「ちっ、来やがったか!」
 ZER0が苦戦している間も、遠方より銃弾を浴びせ続けていたバーニィ。その銃弾をやっかいと感じたのか、メリカロルはバーニィに向かって突進してきたのだ。
 ツルも似ていたが、その突進もあの洞窟にいた巨大カマキリに似ている。
 巨体が唸りながら迫れば、さすがにすぐ気付く。バーニィはすぐさま場を退き、難を逃れた。
「アッシュ、背後から斬りつけろ! シノはフリーズトラップ発動!」
 置いて行かれたZER0が、声を張り上げ指示を出す。
「了解!」
「御心のままに」

 待機していたアッシュがここぞとばかりに迫り斬りつける。そしてシノが機雷を投げつけそれを銃で撃ち抜いた。
 見事なまでに巨大な氷像が、そこに完成した。
「よっしゃ!」
 手にしたばかりの武器で切り刻む快感。それも相手は強大だが動かないままとくれば、これほど斬り甲斐のある物もないだろう。アッシュはここぞとばかりにツインブランドを振り回した。
BARTA!」
 後方からは、氷がまるで生きているかのように地を這い氷像を更に冷やしていく。
「そろそろ効果が切れます。気を付けてください」
 シノの警告が発せられてから少し後、巨大なラフレシアが規制と共に動き出した。
「悪いが、このまま枯れてもらうぜ」
 既に間を詰めていたZER0が、二本の刀で斬りつける。
 それが止めとなったか、大きく奇声を発しのけぞったラフレシアは、茎をぐにゃりと曲げ大きく前へと倒れ込んだ。
「ふぅ・・・やっかいなモンこしらえてくれるぜ・・・」
 動かなくなった巨大植物を見下ろしながら、ZER0は自分の言葉に事実を思い出した。
 実験コードレベルβ、被検体:原生生物。
 これは、人が作り出した化け物なのだ。
 これほどにまでおぞましい生物が自然にいたとしても不気味だが、人が作り上げた化け物となると・・・また違う寒気を感じてしまう。
 こんな化け物を作り上げ、いったいパイオニア1のクルーはなにをするつもりだったのか?
 その答えを見つける意味も含め、ZER0達は真実の扉を開く鍵を一つ、解除していた。

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