novel

No.7 真実が生い茂る場所〜Jungle〜(中央管理区前)

 十分に身体を休めなければならない。頭で理解していても、寝付けない夜がある。誰しもがこのような経験をする事があるだろう。
 翌日に楽しみにしていたイベントが控えている。現状に悩み続けている。理由は人により様々だが、眠れない事は良い状況とは言えない。
「・・・眠れない?」
 傍らに横たわる女性がZER0に声をかけたのは、寝付けない事への心配だろう。
「・・・不安?」
 問いかけに即答はしなかったが、沈黙が答えとなった。
 長い事ハンターを続けている。それだけに、戦場となる場所が未知の区域だとしてもそれだけで眠れなくなる程不安になる事はない。
「どうかな・・・」
 では何が不安なのか? その答えは本人もよく理解していない。
 ヒースクリフ・フロウウェンから通信が入った。これだけでも衝撃的だというのに、ZER0はこの通信元を調査する任務を請け負った。その任務に対する不安・・・なのだろうか?
 確かに、原因は間違いなく明日から開始されるこの通信に関する現地調査にある。それは間違いない。
 ただ、その調査の何が不安なのか。
「昔さ・・・あなたと出会ったあの日」
 ぽつりと、ZER0に向き直りながら女性がシーツにくるまれたまま語り出した。
「ただラグオルで起きている真実が知りたかった。だけど結局、真実を知るのが怖くなった」
 フリーのジャーナリストとしてラグオルに降りたいとギルドに願い出た彼女、ノル・リネイル。今彼女はZER0の傍らで当時の思い出を振り返っている。
「それでも結局、知りたいって思う気持ちを抑えられなかったわ。ジャーナリストとして真実を伝えるのは控えたけどね」
 当時感じた、底知れぬ恐怖。それを今でも覚えている事をノルは意識していなかったが、無意識にぎゅっと握りしめた己の拳に痛みを感じた事で自覚した。
「・・・あなたの不安はよく判らないけど、あの日私の感じた怖さを、これまでずっと押さえてくれたのは・・・あなだった」
 握りしめた拳をほどき、そっと男の手に重ね、そして優しく包み込む。
「今度は私の番・・・に、なれないかな?」
 彼女の頭の下に敷かれた腕で、ぐいと彼女を引き寄せ、その腕で彼女の髪をそっと撫でる。
「・・・ありがとよ」
 不安の大きさが縮まる事はない。だが不安に対する許容範囲は確実に広がった。それだけで、ZER0には十分だ。
 運命だの宿命だのという言葉は、あまり好きではない。他の誰かに決められる定めなど考えたくはない。
 だが、今回の任務で自分が三英雄全員と関わりを持つ事を、運命や宿命という言葉以外でどう表すべきなのか? そういった考えが嫌いだからこそ、逆に不安に感じているのかもしれない。
 だとしたら、こうして自分を支えてくれる女性が傍らにいる事も、運命や宿命と言えるのではないか?
 彼女を巻き込む事は望まないが、側にいてくれる心強さはありがたい。慕ってくれる女性が側にいる心地よさを、ZER0は眠気に変えていった。

 翌朝。出発を前に、青年は興奮しきっていた。
 それはこれから行われる任務に対する興奮。それも含まれているが、それを上回るカンフル剤が今彼の手にある。
「マジで、い・・・いいんすか? これ・・・」
 ツインブランド。青年アッシュが欲していた、ダブルセイバーの上位武器。
「お前の面倒を見る事になった時、ジッドさんから預かっていた物だ」
 話を聞いているか疑わしいが、カンフル剤を手渡したZER0は歓喜に震える青年に説明を続けた。
「いや・・・厳密に言えば、「俺達の」師匠からジッドさんが預かっていたものなんがだか」
 さすがのアッシュも、師匠という言葉に激しく反応し、声にならない声を漏らしながら唇を振るわせていた。
 自分達の師匠。それは三英雄の一人、ドノフ・バズその人に他ならない。
「生前、もしお前がそれを振り回すだけの実力が伴った時に渡すようにと、ジッドさんに預けていたそうだ。その実力を君が判断してくれないかと頼まれていたんだが・・・」
 聞いてないな。ZER0はそれを認識し溜息をついた。
 実力が伴った時。アッシュにしてみれば、その言葉だけで十分だった。
 確かに強さに憧れ、より強い武器を欲した。ツインブランドは今使っているダブルセイバーと同系統の武器だが、ランク的にはツインブランドの方が高い。それもダブルセイバーより1ランク高いスタッグカットラリという武器より、さらにもう1ランク強い。手にする事が最強の剣士の証とまで言われた、最高の両剣。それを手にした喜びは計り知れない。
 だがそれよりも、アッシュはもっと大きな証を手に入れた。それが何よりも嬉しかった。
 ZER0がこの両剣を渡した。つまりZER0が最高の両剣を使うに相応しいと自分の実力を認めてくれた。それが何より嬉しかった。
「・・・やっぱ、まだ早かったかな」
「だぁ、ダメダメ!もう俺のモンです!」

 話を聞かないアッシュに怒り、いやあまりに興奮しきっているアッシュをからかいたくなり、ZER0は渡した両剣を取り返すそぶりを見せた。それにアッシュが激しく反応し、場にいた一同の笑いを誘った。
 実力を認めたかどうか。この答えは、実のところZER0の中では曖昧だった。ただ意地悪なZER0も、それを喜びきっている本人に告げるつもりはないが。
 アッシュはまだまだ、手放しで褒められる程にまでは成長していない。だが守らなければならない相手が・・・アッシュ本人にとって不本意であっても・・・ルピカがいる事で、それが暴走気味なアッシュの抑止力になっている。そのバランスが今絶妙なほど良い方向へ向いている。
 この好機を逃す手はない。ツインブランドを渡す事で、ZER0は二つの効果を期待していた。
 一つは、チームとしての戦力アップ。武器の性能が上がる事で、アッシュの戦力が上がる事を期待している。
 もう一つは、アッシュ本人の成長。ツインブランドを渡された事による高揚が、彼をより精進させるきっかけになればと考えていた。
 だが、彼のはしゃぎぶりを見ていると・・・早すぎたかと後悔しはじめているのも事実。ZER0は軽く頭をかかえた。

(・・・宿命なんかね、爺さん)
 浮かれるアッシュを見ながら、バーニィは懐に入れていた剣を握りしめ、思った。
 DBの剣。使う事はないが、お守り代わりに持ち歩いている、高名なレプリカ。バーニィはその剣に付けられた三つ星の家紋、バズ家の家紋を撫でながら宿命という言葉に思いを馳せた。
(すまない、爺さん。俺はあんたの嫁さんの為に、あんたの弟子を地獄に招いちまった)
 自分が招かなくても、彼らは自ら地獄へと、これから向かうガル・ダ・バル島へと出向いただろう。だがそれを判っていても、罪悪感を拭いきれない。
 冷たい微笑みが、氷のナターシャの顔がちらつく。
 あの女が何を望んで、ZER0やアッシュ、シノ、そして自分をガル・ダ・バル島へ、ヒースクリフ・フロウウェンからの通信のあった地へと向かわせたがるのか、真意は分からない。
 だが、何となく推測は出来る。
 ゾークから四刀を受け継ぎ、ドノフから生き様を受け継いだZER0。
 ゾークにずっと仕えていたアンドロイド、シノ。
 ドノフに弟子として可愛がられたアッシュ。
 そして、ゾークを慕いついていたバーニィ。
 皆、三英雄に関わる者達ばかり。そこにナターシャの狙いがあるのは間違いない。
(そして・・・)
 ちらりと、一人つまらなそうにアッシュをふて腐れながら見つめる少女に視線を向けた。
 この少女、ルピカを現地に連れて行くように言いだしたのも、実はナターシャであった。
 バーニィがこの少女を匿っている。その情報を何処で聞きつけたのか、それは不明のまま。しかしそこはあまり問題にしていない。
 何故ナターシャが少女を連れて行くように指示をしたのか、その方が重要である。
(知っているんだろうな・・・)
 ルピカの事を知っている。冷たい微笑みの奥には、沢山の秘密が眠っているに違いない。氷のナターシャと呼ばれるチーフの事を考えるだけで、背筋が凍りそうだ。
(だとすれば、本当のキーはこの娘なのか・・・)
 疑問と疑念ばかりが頭に浮かぶ。それらを全て払いのけ、今は無事任務を果たす事を考えなければならない。
(嬢さん・・・俺はあなたに笑っていて欲しい。それだけなんです)

 長い事管理された船内で暮らしていると、「自然」という物に対しての認識が鈍くなる。
 そもそも、故郷である母星コーラルは「自然」が枯渇した星であった。太陽の光はあるものの、あらゆる資源を採取し続けた星は汚れきり、天候そのものも「自然」な物とは言い難かった。
 生きていく上で必要な物は、もはや自然から生み出されるのではなく、あらゆる「科学」から作り出されていた。そう、天候すら気象コントロールセンターによって管理されていた。
 そんな環境で生まれ育った彼らは、ごく普通にある「自然」が、慣れ親しんだ「科学」よりも驚異に感じる事がある。もちろん地震や台風と言った自然は科学よりも恐ろしい減少ではあるが、極々当たり前の自然を一度も体験した事がなければ、それは未知の物として認識し恐怖を覚えるのも無理はないかもしれない。
「なっ、なんだ・・・周りがよく見えないぞ・・・」
 ラボチーフであるナターシャに指定された場所、ガル・ダ・バル島。そこに降り立った直後、皆周りの「自然」に驚き動揺していた。その動揺を声に出したのはアッシュ一人だったが、しかし全員がこの「自然」に動揺していたのは同じだった。
 いや、一人だけ動揺していない者がいた。
「大丈夫、これは「霧」です。大気中の水分が凝結し無数の微小な水滴となり、浮遊している「自然」現象ですから、心配はいりません」
 データとして記憶していた解説を口にしながら、シノは皆の不安を取り除こうと試みた。彼女はアンドロイド、それも旧型として長い事生存している為にデータとしてだけでなく実体験もあるのだが、しかし自然の枯渇したコーラルで体験する事も随分と無く、体感したのも本当に久しぶりではあったが。
「霧か・・・そうか霧か・・・」
 シノが言うには、周りをぐるりと取り囲むようにある海と、そして肌寒い程に冷え込んだ気温によって起きた霧だろうとの事。その分析を疑うつもりはないが、しかし初めて体感する自然に、不安が完全に拭い去られるわけではない。ZER0は霧という単語を口にしながら動揺を押さえ込もうと必死になっている。
 霧そのものは、未経験なわけではない。例えばラグオルの先住民が残した遺跡と言う名の宇宙船やラボが用意したヴァーチャルルームの宇宙船には「毒霧」という科学で作られた霧が存在している。その他何らかの形で「霧」という現象を体験してはいるが、そのほとんどが自分達にとって有害な物ばかりだった。
 自然で発生した霧は、それ自体が有害になる事はない。しかし経験という名の記憶が、霧という物に対して警戒するよう身体に植え付けられてる。
 自然というごく当たり前にあるはずの事に、まさに自然に振る舞えない自分が、少し可笑しかった。
「しかし、やっかいだな・・・」
 バーニィが言う通り、この霧自体が無害だとしても、やはり自分達にとってやっかいなのは同じであった。
「まだそんなに濃い霧じゃねぇが、視界が遮られるのは嬉しかないね。特に俺みたいなデリケートなレンジャーにはよ」
 彼がデリケートかはともかく、彼が言うように遠くの敵に標準を合わせ弾丸を撃ち込むレンジャーにしてみれば、視界を遮る霧はやっかい以外の何物でもない。もちろんそれはハンターでもフォースでも同じなのだが、敵を早期認識する事が求められるレンジャーはより痛手を被る事になるだろう。
「まだ近くに敵はいないようだな。とりあえず、エリちゃんの愛しい端末君まで行くとしようか」
 レーダーで敵がいない事を確認し、ZER0は皆を促した。
 促した場所は、降り立った場所よりそう離れていたわけではない。だが霧の為、その場所に何があるのかをよく見る事が出来ないでいた。
「うわぁ・・・高いな・・・」
 近づく事で見えた、塔。その高さは別段見慣れていない程高いわけではないが、遮られていた視界に飛び込んだインパクトと、何より見上げて気付いた薄暗い雷雲という空模様の演出効果が、思わずアッシュに声を上げさせた。
「ご丁寧に、門もでかいな」
 見上げた塔と自分達の間には、塔の高さに釣り合う程に大きな門が侵入者たるZER0達の行方を塞いでいる。
「まずはこいつを開けないとな」
 近くに門番は見あたらない。あるのは、パイオニア2へと帰還する為のテレポータと、どこかへと繋がっているらしい別のテレポータ。そして別の意味でパイオニア2と繋がっている一つの端末だけである。ZER0は端末の方に歩み寄り、通信という門をまず開いた。
「ガル・ダ・バルより通信・・・識別コード確認。アクセス、ハンターチームD−Hz。ZER0さんですね、こちらラボ。はい! エリです」
 可愛らしい声が、霧と雷雲で薄暗くなった場と心に響く。
「ここはガル・ダ・バル島にある施設管理区域。目の前にあるのが「おそらく」施設へのメインゲート」
 バスガイドが行うように、丁寧に観光案内をするエリ。しかしZER0達の正式なオペレータとなった彼女も、いや彼女が所属するパイオニア2ラボも、ハッキリとこの観光地を認識しているわけではない為か、案内には不適切な「おそらく」という言葉が加わってしまう。
「・・・のはずなのですが」
「ん?」

 その不適切さは、さらに続いた。
「おかしいですね、閉まってるみたい」
 普通に考えれば、空いたままの門では役に立たない。そう考えればおかしくはないのだが、しかしそれをお茶目に言われても困る。
「いやま、閉まっているのは良いんだが、どうやって開けるんだ?」
 おいおいと突っ込みたい気持ちを抑えながら、ZER0は担当オペレータに対し親切に尋ねた。
「えーと、あ。カルが推測してくれるみたいです」
 そのカルを使って推測するよう入力するのがエリの仕事なのだが、まるでメインコンピュータのカルが自発的に推測を行ってくれるかのような言い回しになるのは、メカフェチであるエリらしいところだろうか。
「・・・OK、出ました。彼によるとですね。「このゲートロックは現在、島全域にセキュリティモードが働いているため」で・・・「この封鎖を解くには、この管理区から移動可能な各エリアに存在するだろうセキュリティロックスイッチ、これを全て解除してくる必要がある」・・・とのことです」
 つまり、玄関の鍵は全く別の場所に隠してあるという事のようだ。
「そのスイッチの場所は?」
「森林地区,高山地区,海岸地区と分けられた三つのブロックに一つずつあるようです。門を見て左側にあるテレポータから、各ブロックへと行けるようになっている、との事です」

 左に視線を移した先に、先ほど確認した行き先不明だったテレポータがある。
「三つか・・・頑丈な門の割に用心深い事で」
 霧の中から門が現れた時から、ある程度は覚悟していたが、しかし具体的に「手間」の数字が示されると、より面倒だと感じさせられる。
「・・・ん? なんだアレは?」
 霧でよく見えなかったが、テレポータ付近を注意深く見る事で発見した、何か。それは今エリと繋がっている通信端末とは別の、何らかの端末であった。
「あ、それがこのガル・ダ・バル島全域に点在する端末なんです。おそらく島のメインコンピュータに繋がった端末だと思うのですが、カルからではその端末を調べられなくて・・・発見次第、ZER0さん達で調べていって貰えますか?」
 これが自分達を島に派遣したラボの目的である。
 今ZER0がカルの端末に触れているように、ラボは既に島のあちこちに端末を飛ばし調査していた。ところが端末だけでは調べきれない事や、何より「何らかの妨害」があって端末そのものが破壊されたり、一部地域に進入出来ない障害が発生しているらしい。先ほどカルが推測した通りなら、島全体にセキュリティーが行き届いているのが端末のみの調査を困難にしているのだろう。
 ZER0達はその傷害をこじ開ける事が求められているのだ。
「シノ、その端末とこの端末を繋いでデータを読み取れるか試してくれ」
「御心のままに」

 命じられるままに、シノは坦々と二つの端末を操作していく。
「アクセス出来ましたが・・・おかしなデータを発見しました」
「おかしなデータ?」

 正確に分析をこなすシノが、曖昧な表現をしたことが引っかかる。
「はい。一つは研究データです。この端末ではメインへダイレクトに繋げないようになっているようで、研究データの一部だけがどうにか引き出せるに止まっているようです」
 それはシノの予測範囲内の事だろう。この程度なら、彼女が「おかしい」と表現する事はないはず。
「問題なのは、もう一つのデータ・・・音声メッセージログデータのようなのですが、どうやら完全な物ではないようです」
 先の研究データのように、一部だけが引き出せる状況というのは考えられる。しかし音声データのような物が不完全な状態というのがシノに「おかしい」と言わしめた要因。
「どうやら、元々長い音声データになっていた物を、分断「されて」保存してあるようなのです。引き出したデータはその冒頭部分にあるようです」
 文書データならば、項目毎にファイルを分ける事はある。しかし音声データの場合、あまり細かくファイルを分ける物ではない。更に言えば、シノの言い方をそのままに考えれば目的があって分断「された」データのようだ。確かに、これは少し「おかしい」データと言えるだろう。
「発信記録は?」
「今調べています・・・時間は、ちょうどパイオニア2に到達する直前あたり。発信者は・・・」

 シノが言葉を止めた。
 的確な発言の多いシノだけに、彼女が言葉を止めた事が、妙な緊迫感を生み出す。
 そしてその緊迫感は、全員に衝撃となって跳ね返った。
「ヒースクリフ・フロウウェンです・・・」
 判っていた事だ。フロウウェンの名は、この調査を進めればどこかでぶち当たるのは。むしろぶち当たる為に調査をしているような物だから。
 だが、思っていたよりも早かった。まさか調査を始めたばかりのこの時に、もう彼の名に当たるとは。むしろ糸口が早期に発見出来た事を喜ぶべきなのだが、それでも一同は、衝撃がまず上回った。
「・・・音声データを再生してくれ」
「・・・御心のままに」

 聞く必要がある。調査をする上で聞く必要がある。
 いや、是が非にも聞きたいはずだ。己の中にある好奇心が、そう叫んでいる。
 しかし、何かが躊躇させる。
 聞いてしまえば、もう後戻りが出来ない。それを本能で察したから。一瞬躊躇した理由を強引に理屈付けするなら、そんなところだろう。
 何に対して、後戻り出来ないと? 調査か? 違う。何か、何かとてつもない事に巻き込まれる。本能がそれを察していたのだと気付いくとしたら、それは全ての事が済んだ後だろう。
 少なくとも今、ZER0達は待ち受ける「何か」へと向かう為に、端末から聞こえる音声に耳を傾けていた。
「・・・これを誰が聞くことになるのかはわからんが・・・この惑星ラグオルの真実の姿の記録としてこれをここに残す。オレの名はフロウウェン。パイオニア1陸軍副司令官、ヒースクリフ・フロウウェンだ」
 声に聞き覚えがあるのはシノだけだ。しかし全員が、何故かは判らぬがこの声がフロウウェン本人の物だと確信していた。
「我々の目的である惑星ラグオル殖民の進行状況は悪くはなかった。コーラル本星環境の悪化。新天地の必要性から発令されたこのパイオニア計画。惑星に到着した我々は生存可能かどうかを調査し居住環境を築いた・・・」
 パイオニア1。自分達が乗ってきたパイオニア2よりも七年も先行しラグオルに降り立った、フロウウェン達を乗せたパイオニア1の目的を、復習するかのように語られている。
「だが、この選定された惑星が間違っていたのかもしれぬ・・・いや、最初からそう仕組まれていたのだろう」
 心当たりがある。少なくとも、あの遺跡と名付けられた異形な宇宙船を直に見てきたZER0達には、流される音声データが言わんとしている事が伝わった。
「ラグオル・・・この星に眠る「アレ」は我々の手で扱える範疇を遥かに超えたものだ。堀りおこすべきではなかったのだ。この呪わしき過去の遺産は・・・」
 音声はここで途絶えた。
 彼の言う「アレ」。それを掘り起こしたという言葉。これだけでも、ZER0には思い当たる事が一つあった。そしてそれは、おそらく間違いないと確信していた。
 ダークファルス。
 ES達と調査を進めていた時から・・・遺跡にパイオニア1軍部の物と思われる数多の残骸を目にした時から、既に予測はしていた。
 パイオニア1のクルーは、既に遺跡への道を掘り起こし進入していた。それが証明されたのだ。
 喜ぶべきなのか? 自分達の推測が的中した事を。
 とてもではないが、ZER0はそんな気分にはなれない。それは強く噛みしめた唇と握りしめた拳が細かく震えている事からも判る。
「メッセージログの転送確認しました。こちらでの解析も終了しています・・・声紋データの照合も通りました。このメッセージログはフロウウェンさん本人が記録したものです」
 事情を深く知らないエリですら、いや深く知らないからこそ、このメッセージは彼女にとって衝撃的だったのだろう。明るさが取り柄である彼女の声が沈んでいる。どうにか自分の仕事をこなす事で、彼女は冷静さを取り戻そうと必死になっている。
「これが記録されたのは私たちパイオニア2がラグオル軌道上に到着する前。つまり、あの爆発の前ということになります・・・逆に言えば、爆発以前に記録されたものですから、これだけで彼が生きているという証拠にはなりませんよね・・・」
 ヒースクリフ・フロウウェンは生きているのか? 今回の調査ではその事も調べる必要があるが、正直現場にいる者達はその可能性を絶望視している。凶暴なエネミーが徘徊するこの環境下では、とてもではないが生きていけるはずがない。そう考えているから。
「大丈夫。相手は俺達よりももっともっとつえぇ三英雄だぜ? 生きているさ。そう俺達が信じてやらねぇと、調査のしがいもねぇだろ?」
 心にもない事を良くもぬけぬけと。ZER0はエリを励ます為とはいえ、自分の口からここまで言葉がするすると出てくる事に驚いていた。
(軟派師も役に立つじゃねぇか)
 褒められる二つ名ではないが、今は自分に向けられたその名を誇りに思う。
「うし、これで調査の方向性が見えたな。まずは三つのブロックへと向かい、三つのセキュリティロックを外す事。そして端末を発見し、かの白髭公が残した音声データの残りを回収する事。まずはこの二つだ。抜かるなよお前ら!」
 はっぱをかけ、皆を奮い立たせるリーダー。これがどれだけ役に立つかは判らないが、言い出さずにはいられなかった。
「じゃ、まずは密林地区へとやらに行くか。じゃ、エリちゃん。行ってくら」
 未知の領域へ、まるで遊びに行くかのように軽く言い出すZER0。しかし内心は不安と興奮が入り乱れている。むしろそれを隠し通す為の言葉。
「あっ、ZER0さん・・・」
 調査を始めるZER0を、担当オペレータが呼び止めた。
「・・・セキュリティモードが島全域で働いていると仮定すると・・・島各地での危険レベルはかなり高いと想定されます。気をつけてください・・・」
 呼びかけに対し、ZER0はエリが見ているだろう端末のモニターカメラに向かって軽く手をあげ、そのままテレポータへと歩いていった。
(変わってないな・・・ZER0さん)
 エリは以前にも、ZER0に励まされた事がある。
 無謀にもメールで知り合った友人・・・カルスを助け出したいとラグオルへ降りたあの日。助け出せるかどうかも判らない、そんな不安を抱えた自分に、ZER0は冗談をまじえながら励ましてくれていた。あの時はカルスの事で頭がいっぱいになっていた為、ZER0の優しさに気付く事もなかったが、今ならあの時の優しさと、そして今の優しさを感じる事が出来る。
「・・・まだお礼も言ってなかったね。後でちゃんと、お礼言わなきゃ・・・ね、カルス」
 手元にあるメインコンピュータの操作パネルを優しく撫でながら、エリはテレポータへと消えていくZER0達をじっとモニター越しに見送っていた。

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