novel

No.6 霞に響く唸り声
〜Growl,from the digital haze〜

「やったな、バーニィ。まさにビンゴだ」
「さすが俺様。ま、全然嬉しかないけどよ・・・」

 FINALステージ。そこはまるで、ドーム型球場そのもの。半球の天井にはライトがびっしり設置され、球場内を煌々と照らしている。そして観客席の代わりに大型モニターがずらりと並んでいた。
 あの坑道に設置された、ボル・オプトのコントロールルーム。それをそのままドーム球場程の大きさにした、そんな空間。
 だが忘れてはならない。ここは球場などという生やさしい場所ではない。
 ここは闘技場。生死を賭けた闘いを要求される場所。
 これまで宇宙船という名のステージを突破してきた。だからこそ、そのファイナルに相応しいステージは宇宙船のイメージからボル・オプトのようなものを想像した。
 事実、部屋の雰囲気はボル・オプトのそれに近い。だが、大きさが桁違いだ。
 一筋縄ではいかない。それはここに足を踏み入れる前から予測していた。
 宇宙船という闘技場へと挑戦する前、彼らは神殿という闘技場で闘わされていた。その闘技場のラストは、洞窟の主デ・ロル・レをベースに海洋型へとシミュレート進化させたバルバレイであった。その経験から、ここでもこれまでに経験した大型エネミーをベースにした化け物を用意するだろう。そこまでは予測出来た。
 宇宙船ならば、やはりボル・オプトの進化系か? 部屋の雰囲気から、かのボル・オプトを更に巨大にしたエネミーの姿が一瞬頭の中に形成される。
 彼らの予想は大きく当たり、そして大きく外れていた。
 モニター群の中でもひときわ大きなスクリーンに、まるで何かがこちらへと飛び迫る影が映った。
 それは徐々に大きくなり、まさにスクリーンを飛び出さん勢い。
 そして、それは本当に飛び出した。
 神々しくも禍々しい、鱗で覆われた巨体。
 キング・オブ・モンスター。ドラゴンその姿だった。
 ただやはり、このドラゴンも森にいたドラゴンとは異なっていた。
 翼は大きく変形しており、翼と言うよりは腕そのものに近い。その代わりなのか、長い首には翼のような「ヒレ」が付いている。
 このような姿で、飛べるのだろうか? しかし実際、奴はスクリーンから飛び出してきた。
 そもそも、宇宙船の中にこれほど大きな闘技場がある事自体おかしな話で、そして宇宙船の中でドラゴンに襲われるなどあり得ない話な上、そしてそのドラゴンがスクリーンから飛び出すなど信じられない話。
「つまり、何でもありって事かよ」
 ZER0のぼやきが、全てを物語っていた。
「散開しろ! まずは森のドラゴンだと思って当たれ!」
 バルバレイの時もそうだった。特殊な攻撃も多かったが、ベースはやはりデ・ロル・レであった。
 ならば、この異形なドラゴンもベースはドラゴンのはず。となれば、まず警戒しなければならないのはドラゴン特有のブレス。
 Zzzzzt!
 予想通り、異形ドラゴンはブレスを吐き出し襲いかかった。
 だが、そのブレスは炎ではない。
「雷のブレスかよ。ったく、本当に何でもやりやがる」
 あらかじめ距離を保っていた為に、ブレスを浴びる事は誰一人としてなかった。だが炎が雷に変わった事だけでも、少しだが動揺させられる。
「なあ、兄弟。お前おとぎ話得意か?」
「は? なんだよ突然」

 バーニィの唐突な質問の意図が判らず、ZER0は間の抜けた返事を返す。
「いや、なんかこいつ覚えがあるんだよ。なんだっけな・・・こんなドラゴンが出てくる話があったんだよ・・・」
 ショットに持ち替えたバーニィが散弾を異形ドラゴンに向けまき散らしながら、記憶の糸を必至にたぐり寄せている。
「・・・いたな・・・ちくしょう、俺も思い出しそうで出てこねぇぞ・・・」
 ゆっくりと考えられるだけの暇も隙もない状況では、記憶という脳内の中をまさぐるだけで手一杯。出かかった記憶が出し切れないもどかしさが、二人を苛つかせるに止まっていた。
「ゴルドラゴンです。母星コーラルに伝わるドラゴン伝説の中でも、最強の部類に含まれるドラゴンです」
 バーニィと同じく散弾をまき散らしながら、シノが蓄積されたデータベースの中から該当するデータを引き出して語った。
「あー!」
「それそれ、いたなそんなの」

 ポンと手を打ちもどかしさから解放された事を喜びたい・・・ところだが、それを言い当てられた当人が許してはくれない。
 シノの話は、あくまで伝説の話。そもそもドラゴンなどといったモンスターが実在するはずなど無く、彼らはおとぎ話の住人だった。
 しかしラグオルには、ドラゴンが実在していた。それは多くのハンターが目撃している。
 おそらくこの闘技場を設定したプログラマーは、伝説だったはずのドラゴンの存在に喚起し、実在したドラゴンをベースに最強のドラゴン、ゴルドラゴンを生み出そうと考えたのだろう。
 その結果が、こうして目の前に存在している。
「雷龍とも呼ばれたドラゴンですが、一説には雷だけでなく炎も氷も吐き出す恐るべき存在とされています」
 伝説として語られた話。実在しないモンスターの伝承だが、それを実体化されたのだ。シノのデータは大いに活用出来るはず。
「どちらにせよブレスに違いはないか。最強だろうがドラゴンはドラゴン。とりあえず従来通りの対処で様子を見るしかないな」
 姿をゴルドラゴンにしただけ。そんな安易な再現をするはずはけしてない。ここまでに設置された、絶妙でいやらしい難題の数々を考えれば、それは間違いない。
 だが、プログラマーはそれをどうやって表現するつもりなのか?
「ちくしょう、飛びやがった」
 舌打ちをしながら、アッシュが悔しそうに上空を見上げる。視線の先には、ライトの光を覆うゴルドラゴンの影。
 接近戦を主な攻撃とするハンターは、上空に飛び退いたゴルドラゴンには手も足も出ない。手持ちのハンドガンでは、弾が届かないのだから。
「アッシュ、ルピカ、そこを離れろ!」
 ZER0の叫びがドーム内に響く。
 見上げていたアッシュは、眩しい程に煌々と輝くドームのライトに目を細めていた。そうやって視界を狭められたアッシュは、ドラゴンがすぐさま着地しようと降りてきた事に気付くのが遅れた。
 だが、ZER0の叫びに身体がすぐさま反応した。
 Grroaan!
「なっ、うわぁ!」
 もし森のドラゴンなら、直接踏みつぶされない限り避けるのはそう難しい事ではなかった。
 だが、このゴルドラゴンは従来のドラゴンとは違っていた。
 着地した地点を中心とした一帯で、突然床に刻まれた六角形の模様が垂直に飛び出してきた。
 強烈な地響き。おそらくゴルドラゴンの「最強」を表現する方法として、この地響き表現をプログラマーが思いつき実行したのだろう。
 忘れてはならなかったのだ。このフィールドそのものが、仕組まれた「敵地」である事を。
 たとえ反則的な表現方法だとしても、それを不当と訴える事は出来ない。何故ならば、ここは審判が作り出したフィールドなのだから。
「情けないわね。そんなんで私を守れるの?」
 ZER0に指摘されるよりも早く、ゴルドラゴンの動向を見ていたルピカは上手く避難していた。もちろんルピカもこの突拍子もない地響きを予測出来ていたわけではないが、少なくともアッシュのようにぼぉっと上空を見つめていただけではない、という事だ。
「守って欲しかったら、回復くらい言われないでもしてくれよ」
 テクニックポイントがもったいないと愚痴られながら傷を癒して貰うアッシュ。情けない姿だが、しかし彼の犠牲もあってこのゴルドラゴンというモンスターの全容が少しずつ見えてきたのも確か。
「となると、この床の下を潜るくらいの非常識は当然ありだろうな」
 実在するドラゴンも、地の底へと潜るとんでもない行動をしでかす性質がある。当然そのドラゴンをモデルにしたこの作られしドラゴンもまた、同じ事をするだろう。
 床が地面などよりももっと堅い材質だとしても。
 パンアームズも鉄の床から飛び出してきたのだ。なんでもありのバーチャルならばやりかねない。
 果たして、ドラゴンはまた上空へと飛び出した後、身体を槍のように細く丸め、床の下へと潜っていった。
床の盛り上がりをよく見て警戒体制をとれ!」
 実在したドラゴンは地中を泳ぐように突き進み、地面を掘り起こしていく。その荒技に巻き込まれないようにするのが、ドラゴン対策の重要な鍵。先ほどの地響きを考えれば、掘り起こす幅はかなり広いだろう。警戒し上手くかわさなければならない。
 しかし、その必要はなかった。
「そんな!」
 地中へと潜ったゴルドラゴンをセンサーで感知していたシノが、突然驚きの声を上げた。
 ゴルドラゴンは地中を突き進むことなく、すぐにまた飛び出してきた。その姿を見て、シノの悲鳴が何であったかを、全員が知る事となった。
「・・・くそ、忘れてたぜ。こいつが何故最強って呼ばれていたのか・・・」
 どんな状況でも、冷静に分析する。それはリーダーに求められる資質の一つ。
 ゴルドラゴンを再現した敵だと判った時点で、ゴルドラゴンに関する情報をすぐさま整理する必要があったのだ。慌ただしくあれこれと思考している暇がないような状況でも。
 ただ、仮にZER0がすぐにゴルドラゴンの最強伝説を思い出していたとしても、この状況が覆る事はなかっただろうが。
 三匹に増えたゴルドラゴンが地中から飛び出すのを憎々しげに見つめながら、ZER0はゴルドラゴンが如何に恐ろしい存在として語られていたのかを無理矢理思い出させられた。
「シノ、どれが「本物」かスキャンしてくれ!」
 伝説上、ゴルドラゴンは二匹の「分身」を作りだし、あたかも本物のように襲わせる事が出来たとされていた。ただしあくまで分身であり、本物が倒されれば分身も消える。つまりゴルドラゴンそのものが三匹に増えた訳ではないのだから、本物を見つけ出し倒せばよい。
 それも伝説上の話を信じれば、だが。
「・・・ダメです。三匹共が「本物」として実体化されています」
 根本から、ゴルドラゴンはプログラマーにより作られたモンスターである。アンドロイドによるスキャンという「ずる」を、プログラマーという神は許さなかった。
 もちろん、その行為がZER0達にしてみれば「ずるい」のだが。
「自分で判断しろってか・・・ったく、やっかいもいいとこだぜ」
 三匹からそれぞれ異なるブレスが、まるで隙間無く吐き出される。それをどうにか見切りかわしながら、ZER0は三匹のゴルドラゴンを見つめ、「当たり」を付けた。
「いいか、「今飛んでいる奴」だけに集中して攻撃しろ!」
 よく見れば、三匹の内一匹だけ、飛びながらブレスを吐く物がいた。一匹だけ異なった行動を取ったからといって本物とは限らないが、しかし闇雲に攻撃するのも、考えすぎて手をこまねくのも問題だ。ならば「勘」に頼るのも又、策の一つ。
 勘と運「だけ」は目を見張る程素晴らしいものがある。かつての親友やかつての恋人に、そう評価されていたのを思い出し苦笑しながら、ZER0は己の「勘」を信じた。
 たとえそれが「勘」などという不確かな要素でも、リーダーの揺るぎない信念は、チームの信念をも揺るぎない物にする。敵が三匹に増えた事で動揺していたチームメイトが、ZER0の指示一言でそれを取り払い、集中して事に当たる事が出来るようになる。
 リーダーの心情がそのままチームへと影響してしまう、指示という一言。これほど力強い言葉はなく、そしてこれほどもろい言葉はない。
 今回は「運」良く、吉と出たようだ。
「はやいとこくたばってくれよ、頼むから」
 無茶な願いを敵に頼みながら、バーニィは何度も散弾銃から弾を吐き出した。
 ゴルドラゴンは三匹に増えた事で、お互いが邪魔になり一匹の時程動き回れなくなっている。それだけ狙いを定めやすいのだが、しかし三匹から放たれる息と、そして強烈な地響きをかいくぐりながらでは難しい。
「またかよ!」
 飛び上がったゴルドラゴンを睨み付けながら、アッシュはすぐに避難を始めた。
 ハンターである彼には色々とこだわりがあるのだが、その中でも愛用のダブルセイバーには強いこだわりがある。その為戦闘スタイルを変えダブルセイバー以外の武器を用いるのには抵抗があるのだが、さすがに今はハンドガンに持ち替えている。接近しすぎては、地響きを回避出来る場所までの退却が間に合わない為に。
「猿並みには学習するのね。偉い偉い」
「無駄口叩いてないで、フォイエの一発も出してろよ!」

 彼にとって戦闘スタイルを変えるのは一大決心。褒めろとは言わないが、嫌みを言われる筋合いはないはずなのだが。
「このヤスミノコフ9000Mに死角はありません」
 地響きによる衝撃が届かないギリギリの所を検索し、その位置から射程距離の長いマシンガンの狙いを定めるシノ。
 けたたましい音を響かせながら、何発も何発も銃弾を撃ち込んでいく。それでも威風堂々たる偉容が怯む様子など全く見せない。
 しかし、確実に効いている。実感無くともそれを信じていなければ挫けてしまいそうになる。
 弱った様子を見せないのは、バーチャルで作られた物だからなのか? 試験者を苦しめる準備は万全でも、試験者に有益となり得るリアリティーは再現されていない。
 所詮は仮初め。
 制作者がどんなにこだわろうと、それは制作者のイメージという限られた範囲の中だけの世界。伝説の王者が苦しむ姿など、想像すらした事もなければそんな状況を考えた事もないのだろう。
 しかし試験に合格という終演が用意されているのならば、この作られし王者が朽ちる時は必ずある。
 程なくして、その時は訪れた。
 GRRRRROARRRRR!!
 不意に、二匹の雷龍が姿を消した。消える前兆など全く見せず、まるでモニターの画像をリモコンで消すかのように。
 そして残った一匹・・・ZER0が本体だと「勘」で当たりを付けたゴルドラゴンが、上空で輝く作られた光に向け咆吼し、そして巨体を大きく横転させた。
 散り際はさすがに、制作者のイメージにもあったのだろう。王者の最後として見事な演出であった。
「ふぅ・・・無茶苦茶な採用試験だったぜ」
 ZER0の一言が、これまでの全てを物語っていた。

 エリは一人、興奮していた。
 まずは、あの伝承上のゴルドラゴンを再現して見せたラボの最新鋭AIシステム。この高度な演算能力が作り出すシミュレーション能力の素晴らしさに興奮していた。どんなにプログラマーが豊富なイメージと腕を持っていたとしても、それを実現するには高度な能力を持ったAIシステムが不可欠。エリは生み出す事を提案したプログラマーというゴルドラゴンの父よりも、実際に生み出したAIシステムという母に、より感激していた。
 そもそもエリは、この最新鋭AIに「引かれて」ラボへやってきた経緯がある。それだけに、このAIシステムに対する思い入れは格別なのもがある。
 そしてエリを今興奮させている要因はもう一つ。そのゴルドラゴンを打ち倒し、見事ラボの適合試験をZER0達が通過した事。
 先ほどまで、ZER0達はラボチーフであるナターシャに合格を正式に伝えられ、本番となるラグオルの新ポイント調査について細かく説明を受けていた。エリには詳しい事は判らないが、オペレータとしてこの調査が非常に困難な物であることは承知していた。
 その困難な調査をするZER0達のオペレートを、エリが引き続き担当する事もこの時正式に決まった。この事も、今エリを興奮させている。
 そもそもこの採用試験。現地調査パートナーの選出という意味合いもあった。つまりエリもこの採用試験で、試される立場であったのだ。
 調査班の正式オペレーターに選ばれた事で、エリはラボのチーフルームにある最新AIシステム「カル・ス」のメイン端末を直接操作する事が出来るようになった。実はこの事が、一番エリを興奮させている。
 ラボの最新鋭である「カル・ス」だが、実はこのAI、パイオニア2ラボが制作した物ではない。
 かつて、パイオニア1には三つのAIが存在していた。
 一つは、ダークファルスの影響によって暴走し続けているボル・オプト。
 一つは、存在だけは知られているが現在行方の判明していないオル・ガ
 そして最後の一つが、このカル・スなのである。
 カル・スはAIとして、感情を持たされていた。その感情は一人の心として確立しており、一人の女性とメール交換をやりとりする程にまで発達していた。
 そのメール交換の相手が、エリであった。
 パイオニア2がラグオルの衛生軌道上に到達し、起きてしまったあの爆破事故。文通相手のカルスがカル・スという名のAIだと知らされていなかったエリはカルスの身を案じ、どうにか彼を助け出せないかとハンターズギルドの門を叩いた事がある。その時彼女の願いに応じたのがZER0だった。
 ZER0と共にラグオルへと降り立った彼女は、カルスがAIだと言う事実を知らされ、そして目の前でまさにそのAIカル・スが消えゆく様を見届けていた。
 後に、カル・スの本体はパイオニア2ラボの手によってパイオニア2へと運ばれ、こうして最新鋭AIシステムとして復活を果たした。
 そのカル・スが、形を変えながらも再び自分の目の前にいる。
 もう文通相手カルスはいない。しかしカル・スはこうして目の前にいる。複雑な心境だが、メカフェチでもある彼女はやはり、カル・スの復活とカル・スのメイン端末に触れられる喜びが今は勝っていた。
「気持ちは判るがな。オペレータ、エリ・パーソン」
 チーフルームに、凛とした声が響く。
「ニヤニヤと笑いながら端末に頬摺りするのは止めたまえ。見ていて心地の良い物ではないぞ」
 部屋主であるナターシャにとがめられ、エリは擦り寄せていた頬を真っ赤に染めながら謝罪した。

「そう・・・これでエリって娘も、少しは救われたのかもね」
 エリとカル・スの関係をZER0から聞かされていたESは、カクテルを片手に感傷的な言葉を口にした。
 エリの事をずっと心配していた、隣に座るZER0をなだめる意味も含め。
「・・・嬉しそうに語ってくれたよ、カル・スの事。あそこまで笑顔になられちゃ、理不尽すぎる適合試験をあれこれ罵倒出来なくなっちまうぜ」
 苦笑気味に、しかし笑顔で、ZER0はグラスの氷をカラカラと鳴らしながら答えた。
「それよりも・・・」
 グラスを回す手を止め、ZER0が溜息をつく。
「まさかね、私もヒースの名が出てくるとは思わなかったわ・・・」
 ZER0の代わりに、彼がついた溜息の中身をESが語った。
 ヒースクリフ・フロウウェン。その名をチーフから聞かされたZER0達は、全員驚愕した。
 パイオニア1陸軍副司令官であり、三英雄の一人として名を馳せた白髭公。彼はセントラルドーム爆破事故よりも前に死んでいたとされていただけに、誰もが驚きを隠せなかった。
 セントラルドームよりも南に離れた孤島。そこから放たれた通信の送り主が、フロウウェンの物だと言う。もちろんラボもフロウウェンであるはずがないと疑ったらしいが、声紋分析の結果、間違いなく彼の物だと結論を出していた。
 フロウウェンが通信を行った孤島・・・ガル・ダ・バル島と名付けたその島の調査と、そしてフロウウェンとパイオニア1乗員の生死確認をして欲しい。それがラボに与えられた依頼内容であった。
 ガル・ダ・バル島に何があるのか? もちろんそれは非常に気になる。だがしかし、二人にとってはヒースクリフ・フロウウェンがこの件に絡んでいた事に動揺し、そしてよりこちらに強い関心を寄せていた。
 ESにとってヒースは、義母リコの師匠的存在であり、親友アリシアの義父でもある。戦における師匠はリコなのだが、そのリコはヒースに強い影響を受けており、ES自身も直接彼から指導を受けた事がある。世間が崇拝する三英雄としてよりも、ESにとって身近な人物なのだ。
 方やZER0は、白髭公との直接的な繋がりはない。だが、三英雄の一人ゾークから四刀を引き継ぎ、三英雄の一人ドノフから生き様を引き継いだ彼にしてみれば、無縁とは言い切れない。
 よくよく考えてみれば、ZER0率いるハンターチームD−Hzとしても、フロウウェンと無縁ではない。
 ZER0の相棒であるシノは元々ゾークに仕えていたアンドロイドであり、そしてバーニィもゾークを慕っていた。ルピカはよく判らないが、ゾークと何らかの繋がりがあったようだ。
 そしてアッシュは、ドノフの弟子である。そう何度も彼に剣を教えたわけではないようだが、短い期間ながらドノフはアッシュを弟子として厳しく指導していたという。
 全員が、三英雄に様々な形で接していた。かのヒースクリフ・フロウウェンと直接的な結び付きはなくとも、今回の調査に何か因縁めいた物を感じずにはいられない。
(そういえば・・・氷の女狐、あの女も無縁じゃないのよね・・・)
 一人の女性を思い浮かべながら、ESは苦笑した。
 手にしたカクテルを一気に飲み干しながら、あれこれ思案するES。飲み干したカクテルに、味を感じる事もない程に。

「かつての上官を調査する気分というのは、どんなもんなんだい?」
 男の冷やかしに眉をつり上げる事もなく、ナターシャ・ミラローズは答える。
「仕事に私情を挟む事はないわ」
 氷の異名を持つ彼女は、感情を全く出すことなく男に向き直った。
「そういう君はどうなのだね? 仲間を騙してまで、かの白髭公を調べようとする心境というものは」
 男は苦笑した。突けば倍にして叩かれる事など承知していたはずなのに、皮肉混じりに一言余計な事を言ってしまう自分の性格に。
「騙す・・・ね。まあ黙ってる事に代わりはないが、騙しているつもりはないさ」
 言葉にも自分にも嘘を付きながら、男はまた苦笑した。
 罪悪感はある。だが、これも仕方のない事だと割り切っている。
 どうしても彼は、ヒースクリフ・フロウウェンという男に関する情報が欲しかった。それはかつて憧れ慕っていた人の親友でもあり、そしてなにより、彼の義娘にとって有益な情報になる可能性を秘めているから。
 いや、むしろ逆かもしれない。より彼女を悲しませてしまう可能性だってある。ならなおさら、まず知る必要があると男は考えていた。
「だいたい、誘ったのはあんただろ。フロウウェンさんの事を知りたくないか?・・・ってね」
 別に罪をナターシャになすり付けるつもりはない。ただ、反射的に言い返しただけだ。
「君には感謝しているよ。若き豪刀を連れてきてくれたのだからな」
 男はナターシャからフロウウェンの情報を得る代わりに、ZER0を今回の調査隊募集に応じるよう働きかけると同時に、彼と共に自身も参加するよう要請されていた。
 何故ナターシャがここまでZER0にこだわるのか。男はそれを知らされていない。だが都合良くZER0からチーム参加を呼びかけられる形で、ナターシャの企みに荷担する事となった。
 おかげで、男は直接フロウウェンの行方を調査する事が出来る。
 そもそも今回の適合試験は、選考が目的ではない。ZER0の実力を計る事が目的であった。つまりZER0が応じる事を見越しての公募であり、故にかなり厳しいテスト内容に設定してあった。事実、ZER0達D−Hz以外のチームのほとんどが試験に失敗しており、ごく僅かにいる成功したチームは、ラボの準備を理由にD−Hzより調査開始を後回しにされている。
 男が直接ラボの調査に参加する為には、どうしてもZER0の協力が必要だったのだ。
「けして悪い話ではないはずだ。お互い、不利益もなければ不正もないのだからな」
 確かにその通りである。だがあの氷の女狐に「裏」が無いとはとても思えない。
 思えないながらも、男はZER0を生け贄に情報を欲した。あの人の為に。
 それが罪悪感というしこりとして心に残り、そのしこりをナターシャが突きコントロールする。自分でも判っている事だが、踊らされる者は結局踊る事しかできない。
「今後の調査、あの若き豪刀と共に期待しているよ。バーニィ君」
 だが、ただただ踊るつもりはない。
 バーニィは右手を軽く振る事で了解を示しながら、この罪が結果としてあの人の為になる事を願った。

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