novel

No.5 試される闘技場〜Trictrack〜(後編)

 闘いやすさ、と言う点だけに絞るならば、ここ宇宙船は以前の神殿よりは闘いやすい。
 まずここには、神殿にあったような崩れた外壁などといった障害物が無く、また空間的にも広いところが多い。見通しが良く十分に動き回れる空間を確保出来る事は、戦闘を優位な状況へと導きやすい。
 しかしそれは、自分達だけに限った事ではない。
「くそっ、ちょこまかとうっとうしいなぁ・・・」
 まるで品定めでもするかのようにこちらを睨み続ける狼たち。じりじりと、一定の距離を保ちゆっくりと弧を描きながら背後に回り込もうとする、作られた野生動物を相手に、踏み込めない苛立ちを上乗せしアッシュが愚痴る。
「キッチリ盾になってよね。私の後ろに回り込ませでもしたら、承知しないわよ」
「だったら、テクニックでちゃっちゃと片づけたらどうだよ」

 気に入らないが、守らなければならない相手。その相手からの要求はきつい物があったが、負けじとアッシュも言い返した。
「言われないでも。あんたが盾として死んでも、私は生き残るもの」
 だが言い返したところで、へこむような相手ではない。ルピカという女性がそういう性格だという事くらい、アッシュはこれまでに嫌という程味合わせられてきたのだから。
 広いフィールドを十分に生かし、狼たちはアッシュとルピカを取り囲もうとしていた。逆にアッシュは下手に踏み込みルピカを孤立させる事を恐れ、思うように動けないでいる。また背後から襲われないよう壁を背にしている為、より動きを自ら制限している状況。見通しが良く広いこの場所は、返って有利になるどころか不利にさせられている。
 神殿より地形的に闘いやすいからといって、必ずしも安易に事が運ぶとは限らない。
 第三者的立場ならば、このフィールドにサベージウルフと呼ばれる狼たちを配置した設計者の絶妙なバランス取りを褒め称えるべきだろう。
 もちろん、当事者となったアッシュにしてみれば、設計者は愚痴の対象でしかないのだが。
 Skuk!
 まずは右から飛びかかってきた狼に一撃。
 右の狼を相手にする為右へと移動したアッシュ。当然だが、これで左側にルピカが残される。
 これを逃すな。プログラムで動く狼たちは、この好機を感じ取り動き出す。
RAZONDE!」
 だが脳で動く少女は、自分の状況をきちんと理解している。敵に易々と好機を与える程お人好しでもなければ、アッシュに防備の全てを任せる程間抜けでもない。
 周囲に稲光を走らせ、敵を足止めする。この隙にアッシュが切り開いた右側へと移り、またアッシュを盾にする。
 テクニックはある程度離れた距離からでも攻撃が出来る。またテクニックの中には物理的傷害を無視し効果を発揮する物もある。ならば離れた場所か、あるいは障害物などの陰に隠れテクニックを使用した方が安全。テクニックを自在に操るフォースという役職にあるルピカは、これを良く心得ている。
「盾というのも失礼ね。便利な動く障害物と改めてあげる」
 どっちの方が失礼なんだか。そんな事を問いただす暇は、アッシュにない。怯みはしたが、狼たちはまだ数頭健在なのだから。

 そもそもこのバーチャルルームの宇宙船は、軍用にパイオニア2貨物エリア内での戦闘をシミュレートする為設計されていた。これをハンター用に構築し直したとはいえ、大筋から構築し直しているわけではない。
 その為、フィールドとしては馴染みある場所といえる。もちろん彼らハンターズが軍用貨物エリア内に馴染みがあるわけではないが、パイオニア2という船団の一エリアという意味では、ラグオルの土で出来た地表より鉄で出来た床の方が馴染みあるのだ。
「なにか? パイオニア2はカニの運送もしてたってのか?」
 その鉄で出来た床から、突如巨大なカニが飛び出してきた。床に傷一つ付けることなく。
「ったく。いくらバーチャルでもよ、あまりに不自然すぎやしねぇか? おい」
 予期せぬお化けガニの襲撃に毒づきながらも、ZER0は周囲の状況を見ながら対処を考えていた。
 パンアームズ。ラグオルでは洞窟内にてその姿を見る事が出来るアルタードビースト。地中に潜みながら獲物が近づくのを待ち、突然地中から飛び出し襲いかかる巨大ガニ。そんな化け物ガニがどうやって船内の床下に潜めるのか。そして鉄の床から飛び出せるのか。冷静に考えればいくつも問いただしたいところはあるのだが、全てはバーチャルの一言で片づけられるだろう。
 これは試験。予測を超える状況でも冷静に対処できるかどうかを試されている。つまり問われているのはこちらなのだ。
「カニは自然に割れるまでほっとけ。まずは足つきをバラバラにするぞ」
 この化けガニの驚異は、厚い甲羅にある。鎧とも言えるこの甲羅が邪魔をし、思ったように傷を負わせる事が出来ない為やっかいな相手なのだ。反面、動きが鈍いため安易に近づかなければ危害を加えられる事は少ない。
 だがこのカニは自ら身体を二分し、ミギウムとヒドゥームという二匹の化け物へと姿を変える事がある。こうなると甲羅の装甲が意味を果たさなくなり刃を通しやすくなののだが、動きが素早くなりむこうから強烈な爪の一突きを行ってくる危険も伴う。
 ZER0はまず、時間の掛かるカニを後回しにし、迫るギルチックを先に片づける事を指示した。カニは分裂した時からでも遅くないと判断しての指示だ。
 この指示に、シノもバーニィも素直に従った。彼を信頼している事はもちろんだが、自分達もリーダーの決断に同意出来たから。彼らは経験でカニの対策を心得ている。
 だからこそ、経験から来る対策が仇になるとは思いもしなかった。
「ZER0、分裂したミギウムとヒドゥームの装甲がパンアームズの装甲より上がっています!」
 シノの報告に、一瞬耳を疑った。
 考えられない事だ。そもそもが突然変異という形で化け物になったアルタード・ビーストとはいえ、そう性質が変わるとは思えない。
 だが・・・思い当たる事はある。ZER0はそれをすぐに思いつき、そして理解した。
 ここはバーチャルルームなのだという事に。
「シノ、ひとまず凍らせろ。俺がザルアで防御力を下げる。バーニィ、足つきの後処理任せた」
「御心のままに」
「任せとけ」

 指示が出る前から既にフリーズトラップを握りしめていたシノがそれを放り投げ、すかさずマシンガンで撃ち抜く。
 甲高い音共に、分裂したカニと巻き込まれたロボットが凍てつく。
 次いでZER0がテクニックで防御力を下げ、そして自慢の刀で切り刻んでいく。
「確かに堅てぇな。ち、これなら身をほじるより茹でて出汁にした方が良さそうだな」
 人の背丈程あるお化けガニを茹でる鍋があるなら、食いではありそうだが。
 予想外の状況でも、的確に対処出来るか。
 おそらくパンアームズのデータをいじったの設計者の意図はそんなところにあるのだろう。そして見事ZER0は、その難題にすぐさま対応出来た。
 一つ一つは細かいが、ハンターの力量を計る試験としてよく出来ている。このカニにしても、戸惑うことですぐに次の行動へと移行出来なければ状況をより厳しくしてしまうところだ。
 一つ問題をクリアしたZER0。しかし、まだ試験は続いている。
 あと何問残されているのか? ペーパーテストなら先は見えるが、残念ながら今ZER0達は机の前に座っているわけではない。
「・・・バーチャルじゃ出汁も取れねぇか」
 鉄の床に倒れ、沈み消えていく巨大ガニを見下ろしながら、苦笑混じりにZER0がぼやいた。

 ZER0達の活躍を、モニター越しで熱く見守る女性がいた。
「すごいなぁ・・・さすがZER0さん」
 彼らのオペレートを担当している、エリ嬢である。
 彼女は間近で一度、彼の奮闘ぶりを見守っていた事がある。ただその時は別の心配事ばかりが気になっていた為、あまりしっかりとは見ていなかった。
 改めて彼の闘いを見つめる彼女の手は、熱く握られていた。
「すごいすごい、あそこを突破しちゃうなんて・・・あっ、CALくんまで辿り着いたみたい」
 モニター上でZER0がさわっている端末の映像を見、そして自分の眼前にあるオペレーター用コンピューターのベルが鳴った事でエリはあわてて通信スイッチを入れた。
「VRテストフィールド、宇宙船βエリアより通信・・・アクセス、ハンターチームD−Hz」
 モニターを見ていたので誰からの通信かなど判りきってはいたが、口に出し現状をきちんと確認するのもオペレーターの勤めである。
「ZER0さんですね! こちらラボ。はい! エリです」
 先ほどまでZER0達の闘いぶりを見ていた為か、自然と声が高ぶってしまう。
「調子はどうですか? もう少し頑張れば適合試験は終了のはずです」
 本来教えてはならないはずの、試験に関する内容を喋ってしまうエリ。ラボの人間として、彼女はプロ意識がなさすぎる。ラボに採用されて間もないとはいえ、やはり感心できることではない。
 しかし彼女にしてみれば、ラボの人間である以上に、ZER0を応援する一人の女性なのだろう。攻められるべきだが、攻める気にはなれない。
「ラボのほうでも新ポイントの情報分析がかなり進んでいます。発信された座標が特定できてわかったようなんですが、かなりの大きな規模の施設が存在しているみたいです。でも・・・それだけ危険レベルも高いってことですよね」
 そもそもこの試験は、ラボがパイオニア1のクルーだった人物からの通信を受け発覚した、新たなポイントの調査に適したハンターを選別する為のもの。その情報をエリは、もうZER0達がこの調査を担当する、つまり試験に合格するものと思いこんで話し始めている。
「・・・っとと。あまりしゃべりすぎないように! でした。また怒られちゃうかな・・・」
 そして彼女自身が言うように、この話は今ZER0達にして良い話ではない。
 通信機越しに聞こえるZER0の苦笑に、顔が高揚していくのが判る。
「・・・えーと。それはともかくとして、あともう少しです! 頑張ってくださいね」
 場をごまかしつつ、エリはZER0にエールを送り通信が切れるのを確認した。
 オペレーターとして、彼女は心構えがまだなっていない。しかしオペレーターとして重要な役割の一つに関して言えば、彼女は天性の才を持ち合わせているのかもしれない。
 オペレートする相手を和ませ緊張をほぐすという、重要な役割に関しては。

 リアルとバーチャルでは、決定的に違う物がいくつかある。
 それはどんなにバーチャルがリアルに近づこうが、埋められない溝。
 バーチャルは所詮、全てが人の手で作られた擬似世界。リアルという現実世界にある「自然」がないのだ。
「くそっ、こんなところで・・・」
 ZER0達が踏み込んだ小部屋には、明かりがいっさい無かった。
 一寸先は闇、とはまさにこのこと。見えるのは、各々が持つ武器に宿るフォトンの光のみ。
「・・・光源のスイッチがこの部屋にはないようです、ZER0。どうやら、この状況で戦えという事なのでしょう」
 暗闇の中で戦う。この状況は何も今初めて経験するわけではない。現にラグオルでは、何度かこういった状況に遭遇している。
 ただしその場合、どこかに部屋を照らすライトをつけるスイッチが存在していた。
 シノは真っ先にそのスイッチをセンサーで探したが、発見出来なかった。
 これもまた、ラボが用意した難問の一つという事だ。
「・・・どうやら、足つきがいるらしいな」
 ガシャッガシャッと鳴る足音が、その証。視覚で確認出来ないのならば、他の感覚で判断する他無い。まずは聴覚で敵の存在を確認した。
「ルピカ、ギフォイエを放て」
 存在は確認出来たが、正確な位置が掴めない。ZER0はそれを確認する為ルピカにテクニックを要求した。
GIFOIE!」
 ZER0がどうやって確認するつもりなのか、ルピカにはよく判らなかったが、ここで逆らっても仕方ない。ルピカは素直に言われたテクニックを放った。
 ルピカを中心に、二つ火の玉がぐるぐると周りを回り、少しずつ離れていく。
 ガシャッと音が鳴る。そして間を開けまた同様の音が鳴る。
「そこか。ルピカとアッシュはそこを動くな。ルピカは定期的にギフォイエを放て」
 音が鳴った方向と、音が鳴った時間。ZER0達は聴覚と計算で敵の位置を割り出した。
 ギフォイエは少しずつ術者から離れていく。この特性を利用し、ギフォイエが放たれてから音が鳴るまでの間で距離が測れる。後は音が鳴った方向を照らし合わせ位置を掴む。
 シノはまだしも、ZER0やバーニィは明確な計算を頭の中でしているわけではない。だが培った「経験」という「感覚」で、おおよその見当を付ける。経験の浅いルピカやアッシュでは掴めない感覚だ。
 ただいつもなら、もっと別の感覚で把握する事も出来るのだが・・・。
「ZER0、後ろ!」
 突然、シノが警告の声を発する。
「なっ!」
 振り返ると、ぼんやりと人影。そして人影の両脇に輝く小さな紫の立体。
 カオスソーサラー。そう気付いた時はもう遅かった。
 Zzzzzat!
「っう!」
 浮かぶ立体から放たれた雷が、ZER0を直撃した。
 亜生命体の魔導師、カオスソーサラー。突然現れテクニックを放ち消えるやっかいな敵。
 やっかいではあるが、普段のZER0ならそう簡単に背後をとられる事はない。例え暗闇の中だとしても。
「バーチャルはこれだから・・・」
 気配がない。これが一番やっかいな敵であった。
 例えば殺気。例えば存在感。人は言葉では表現しきれない感覚で「気配」を感じ取れる。ZER0やバーニィほどの腕ともなれば、この「気配」だけで敵の存在を感じ取れるようになる。
 だが、作られた世界であるここバーチャルの住人達には「気配」がない。生命の息吹とでも言うべきか、そういったごく「自然」にあるはずの物が、彼らには無いのだ。
 視覚だけが奪われた感覚ではなかったのだ。
「兄弟、足つきはこっちで片づける。魔導師に集中してくれ」
 ショットに持ち替えたバーニィがリーダーに託す。
「やっかいな事を頼んでくれるぜ」
 愚痴りながらも刀を構え、じっと耳を澄ませる。
 バーニィのショット音。シノのトラップ音。ルピカのテクニック音。アッシュのガード音。
 そして・・・。
 かすかに聞こえた、マントがなびく音。
「そこかっ!」
 ZAN!
 一刀両断。見事、ZER0は再び背後に現れた魔導師を振り向きざま切り伏せた。
「神経使うぜ、まったく」
 道楽主義のZER0にとって、これほどいやらしい試験もない。

 ZER0達の活躍を、モニター越しで冷たく見守る女性がいた。
「さすがと言うべきかな、ZER0・・・若き豪刀」
 彼らに適応試験を与えた張本人、ナターシャチーフである。
 冷たい視線とは、少し語弊があるかもしれない。的確に言うなら、冷静な視線と言うべきだろう。
 彼女はけして、ZER0に敵意を持つわけでも見下しているわけでもない。そして見守っているわけでも過大評価しているわけでもない。ただ冷静に、現状を見つめているだけだ。
 氷のナターシャ。彼女の視線を冷たく感じるのは、冷静すぎる、まるで機械のように感情を挟まない、しかし機械以上に的確な判断を下すその姿勢から感じてしまうからなのだろう。
「期待しているよ。君たちがこの採用試験を突破する事をね」
 その期待すら、彼女にとっては計算の一つにすぎない。

「次のエリアが宇宙船のFINALエリア。いよいよ最終エリアです」
 オペレーターのエリが、事務的に・・・徹底出来ず、少し興奮気味に端末を通じZER0へと語りかけている。
「えーと、設定されたデータはですね・・・」
 そしてオペレーターに徹底出来ず、また情報を漏洩賞としてしまう。
「・・・あれ?・・・もう!・・・あ。ごめんなさい。また読めなくなっちゃいました」
 そしてまた、同じ事が繰り返される。
「・・・たぶんなんですけど。上がデータベース自体になんらかの手を加えてるんだと思います。あとで調べておきますね。・・・別に不正するわけじゃないんだし。細かいなぁもう・・・」
 そしてまた、エリに反省の色はない。
 彼女の考える「不正」とラボの考える「不正」にずれがあるのは判るが、ラボのオペレーターである以上、エリはラボに合わせるべきなのだが・・・彼女にしてみれば善意なのだから、善意を受ける側としては気持ちだけありがたく受け取るべきだろう。
「でも! ZER0さん達ならきっと大丈夫。私応援してますから!」
 オペレーターという名のチアガールから声援が届けられ、通信は切れた。
「さて、聞いての通りだ。おそらく神殿同様、「ボス」を配置しているだろうが・・・底意地の悪りぃラボの事だ。それはそれは素敵なラストを用意してるだろうさ」
 採用試験の最後を飾るに相応しいラスト。間違いなく厳しい闘いになる。
「さて、どんなのが出てくるやら。なぁシノ、得意の「解析」じゃ、どんなんだと判断する?」
 バーニィが興味半分実用半分に訪ねた。
「ここは宇宙船ですから・・・順当に考えれば、坑道にいたボル・オプトのようなエネミーだと予測出来ます。ですが・・・」
 少し考え、シノは自分の推理を語る。
「これまでの経緯からして、順当通りには行かないでしょう」
 彼女の意見に、全員深くうなずきながら賛同した。
「ま、ラボの事だ。船内にドラゴンを出すくらいとんでもねぇ事やりそうだしな」
 船内という限られたスペースに、巨大なドラゴンがいる。そんなバーニィの「冗談」に、皆笑っていた。
 心のどこかで、それもあり得ると不安を抱きながら。

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