novel

No.4 試される闘技場〜Trictrack〜(前編)

 二度目の朝も、さして変わることはなかった。
 違いと言えば、同居人が一人増え、そして夜の「営み」が簡単に出来なくなったことくらい。
 それは若い二人にとってかなり重要なことではあったが、しかしそれを嘆いてばかりはいられない。
「どう? 二人で作ってみたんたけど」
 同居人が一人増えたことを逆に楽しもうと、ノルがシノを誘い朝食を作っていた。彼女にしてみれば同姓の同居人が増えることは生活を楽しくする事にもなるのだから。
 食卓には、朝食にしては贅沢な、しかしくどくないバランスのとれたメニューが並んでいる。
 パイオニア2での食事は、ある程度制限されていた。それは船に積まれた食料に限りがあることが原因の一つだったが、ラグオルに到達してからは・・・ラグオルに降下は出来ないままだが、食料の調達がある程度可能になりつつあった。とはいえ、特定の食材から栄養素などを抽出し、それを全く別の食材に作り替える遺伝子組み換え技術を要した科学食材なのだが。天然の食材など、高官や貴族筋の者でもなければ口に入れることなど出来やしない。
 しかしパイオニア2の住人達にとって科学食材はごく当たり前の食材。むしろ食事という娯楽を楽しむだけ贅沢と言えるだろう。
 食卓に並んだ朝食は、サラダを中心にした女性らしい物と、味噌汁や浅漬けといった俗に「和食」と呼ばれる一風変わった物が並んでいた。
「料理をするのは久しぶりなので・・・お二人の口に合えばよろしいのですが」
 シノが担当したのは後者の和食。元々彼女が仕えていたミヤマ家は、このような食事を好んでいたのだという。
 そんな彼女がZER0の「相棒」となり彼と同居するようになった時、彼女は自ら食事の支度くらいすると言い出していたのだが、ZER0がそれを拒んでいた。「相棒」のシノに食事の支度をさせることが、どことなく抵抗があったから。普通に考えれば「同居人」が食事の世話をしてもおかしくはないのだが、ZER0にしてみれば「女性に食事の世話をさせる」という事に、特別な意味を持っていたらしい。
「いやぁ、なんかちょっとした感動すら感じるぞ」
 全体の量は多くないが、とにかく種類が豊富。今まで「質より量」「おかずは一品あれば十分」という食生活を続けてきたZER0にとって、「栄養バランスを考えている」「おかずが小分けされ沢山種類がある」というのが贅沢に映った。生きる為の糧としか考えていなかった食事も、やはり娯楽になり得るのだということをZER0は実感した。
「わぁ、この味噌スープ美味しい。ライスも美味しいわ・・・ねぇ、今度からこのライスを中心とした和食にする? シノさんこっちの方が得意だし、私もなんか気に入っちゃったしさ」
 それこそ巻頭特集にでもしたい程の勢いで、ノルは随分と和食を気に入ったようだ。彼女がまだフリージャーナリストを続けていたのなら、この後すぐにでも記事の企画書を作り始めただろう。
 美味しそうに食べる二人を、シノは表情にこそ表していないが、嬉しそうに見つめていた。
 彼女はアンドロイド故、食事を取らない。料理する以上味覚を判断する為の「口と舌」は機能の一つとして備えてはいるが、「生きる為の糧」として食事を取る必要がないのだ。糧となるエネルギーは別の形で補充するのが一般的なアンドロイドであり、基本構造が旧式のシノはその典型とも言える。むしろ味覚を判断する機能が備わっている時点で、旧式としては珍しいタイプなのだが。
 余談だが、最近のアンドロイドはより人に近づける為人と同じように食事でエネルギーを補充するタイプも珍しくなくなった。中にはアルコールで酔っぱらってしまうアンドロイドもいるというのだから、技術の進歩というのは目覚ましい物がある。むろん酔うことに何のメリットがあるのかなど、無粋な事を言っては面白くない。
「あの・・・それと、ですね」
 遠慮がちに、食事を終えた二人に「緑茶」というこれまた珍しい飲料を差し出しながら、シノが二人に尋ねた。
「これ・・・似合いますか?」
 シノが訪ねたのは、どうやら彼女が身につけたエプロンの事らしい。
 本来、アンドロイドは服を着ない。それは人が服を着る「衛生」「保温」「ファッション」といった事をする必要がない為である。だがシノはノルとおそろいの、本来なら必要のないエプロンを身につけている。
 普段見る事のない、シノの「ファッション」に違和感や戸惑いがあるのは否めない。だが新鮮でもあり、普段はレンジャーとしての彼女しか見ていないZER0にしてみれば、彼女の「女性」を見る事が出来るのは幸せだった。
 似合ってるよ、そうZER0もノルも口にしようとした矢先、シノが言葉を続けていた。
「この・・・裸エプロン」
「はい?」

 あまりにも不可思議で予測不可能なシノの言葉に、二人は間抜けな返事しか返せなかった。
 アンドロイドは服を着ない。むろん下着類も含め。つまりアンドロイドは常に裸の状態だとも言えるのだが、それを裸と認識する者はいない。
「・・・もしかし・・・なくてもそうね。ESさんに言われた?」
「はい。ZER0は裸エプロンが好きだからと。あの・・・どこかおかしかったでしょうか?」

 真顔で聞かれても。そう思いながら、どう答えるべきなのか二人は悩んだ。
 ノルは油断していた。なにもZER0が好むシチュエーションを理解しているのは自分だけではないと。いやむしろ、自分以上に理解している者がいて、シノはその者の先兵だという事を忘れてはならなかったのだ。シノが突然エプロンを貸してくれと言い出したのを、もっと疑うべきだったのだ。
 本当に、この先仲良くやっていけるのかどうか。不安を感じずにはいられないノルであった。

 この先に待つ展開について、不安を感じる女性がここにもいた。
「もう私が口を出す事ではないのでしょうが・・・それで良いのですか?」
 朝早く、男が出かけてしまう前に話だけでもと駆けつけた女性。彼女は自ら口出ししないと言いながらも、しかし何か一言でも言葉をかけずにはいられなかった。
「大丈夫ですよ、嬢さん。これ以上嬢さんに迷惑をかけやしませんよ」
 愛用の銃を手入れし終えた男は女性に言葉をかけながら立ち上がり、部屋を出ようと足を踏み出した。
「迷惑なんて・・・ただ私は、心配なだけです。これ以上、私は誰かが死に向かうのを送り出すだけなんて・・・耐えられませんから」
 女性の言葉に、男は足を止めた。
 彼女が今、どれだけ辛い思いをしているのか。それを男もよく判っていたから。
 同じ人達を、男も女性と共に送り出しただけの立場だったから。
 パイオニア1に乗り込む男を、暴走した若者を食い止めようとした男を、有望な若者を救おうとした男を、二人は黙って見送っただけだった。
 彼らを攻める気にはなれないが、しかし残された者達の悲しみが癒えるわけではない。
 そして女性は心配していた。
 次はこの男が・・・と。
「なに、まだラボの採用試験の段階ですからね。死にはしませんよ」
 振り返り似顔を見せた男。しかしその笑顔にはやはり無理がある。
「死にはしませんよ。嬢さんを置いて逝きやしませんよ・・・」
 今はまだ、死ぬ事はないだろう。だが、その先に待ち受けるラボの「目的」を考えれば、断定は出来ない。
 彼は知っているから。ラボが・・・ナターシャ女史が何を企んでいるのかを。
 男はそれきり押し黙り、そのまま部屋を出て行った。
 また、見送る事しかできない。その無念さ、その悲しさを、あと何回耐えれば良いのだろうか?
 扉が閉まる音が虚しく響く室内に、今度はアリシアのすすり泣く声が悲しく響いた。

「随分と張り切っていたのにな。なんだ、今朝はつまらなそうな顔をしているな」
 甥がつまらなそうな顔をする事など、叔父であるジッドにしてみれば別段珍しい事ではないのだが、「やっとハンターらしい活躍が出来る!」と張り切っていた昨日に比べれば、あまりにも落差のある顔つきは気になるというもの。
「・・・別に、何でもないよ」
 もちろんそんな事はない。つまらない事があるからこそ、そういった顔つきになっているのだ。
 チームを組んでの危険な任務。まだ採用試験を受けている段階ではあるが、その試験すら若い彼・・・アッシュにとっては胸高鳴らせる、待ち望んだ時。
 ただ一点、気にならない事がある。それが待ち望んでいた興奮を上回る程に不満なのだ。
 チームリーダーから言い渡された、護衛。これが気に入らない。
 本来ならむしろ、誰かを守る、それも女性を守るというシチュエーションは彼の望むところだった。待望の任務に花を添える格好の指令であるはずだった。
 問題は、その「守るべき女性」にある。
 ルピカ。彼女とはどうしても、自分とは馬が合わない。それ「だけ」が不満なのだ。
「何が気に入らなんのかは知らんが、何でも思い通りになる事なんぞ、無いという事くらいいい加減理解しておけ」
 長い付き合いだ。あらかた彼の不満など予測出来る。
「判ってるよ」
 もちろん、彼の返事も。
「さ、そろそろ時間だろ? 早く行っておかないとZER0君にどやされるぞ」
「判ってるって。じゃ、行ってくる」

 こうして甥を見送るのも何度目だろうか? 彼のコーチでありマネージャーでもある叔父ジッドは、不意にそんな事を考え始めた
「・・・あいつがどこへ向かおうとしているのか判っていながら・・・判っていながら、そこへ向かわせるように仕向けるとは、随分と非道い叔父だな」
 誰もいなくなった部屋で一人ジッドが、コーチでもマネージャーでもない、もう一つの顔で、ジッドがぽつりと呟いた。

「ああ、そうだノル。一つ聞きたい事があるんだが?」
 ラボに向かう途中、ZER0は唐突にノルへ声をかけた。
「あのさ、オペレータ担当のエリって娘、知ってるか?」
「エリ? ええ、彼女とは同期だから。親しいって程親しくはないけど、彼女明るいし、何度か話くらいした事あるけど・・・」

 ノルはラボの大規模な人為募集に応募し、ラボ入りを果たしている。エリもノルと同じくその時の募集に応じて入所したらしい。
 何故ZER0が突然そのような事を聞いてきたのか。ナンパの手伝いならお断りだと軽く冗談を返したが、むろんそんなくだらない用件でない事は承知している。
「なぁ、変な頼みでわりぃけど・・・エリに近づいて、彼女がどうしてラボに来たのか、そしてオペレータになれたのか、聞き出してくれないか?」
 エリに会えた偶然は、素直に驚いた。だが日を改めよく考えてみると、一つ気になる点が浮上してきた。
 ノルも言っていたように、彼女はラボに来たばかりの新人だ。元々オペレータとして必要な技術や資格を持ち合わせていたとはいえ、いきなりオペレータに、それもラボが慎重に事を運んでいるハンター採用試験のオペレータに抜擢する事などあり得るだろうか?
 あの女チーフを見ていると、この出会いが偶然とは思えなくなってきていた。
「なに、私にスパイをやらせようっていうの?」
 まさにその通りである。
 そもそもノルと同居を決めたのも、お互いに情報交換をしようという「建前」があっての事。あまり気分の良い事ではないだろうが、ノルに頼むのが一番適切だとZER0は判断した。
 それは彼女が一番ノルに近いから、というのもある。しかしもう一つ、適任だと判断する材料があった。
「ふふぅーん・・・面白そうね。ちょっと三流紙の記者みたいでちょっと嫌だけど、ジャーナリストだった血が騒ぐわねぇ」
 彼女は今でも、立派なジャーナリストだとZER0は思う。
「じゃ、頼むよ。あんま深入りしなくて良いから。彼女の心情優先で頼むわ」
「任せて。どこぞの軟派師より女心は理解してるしね」

 ノルの場合、ジャーナリズムのなんたるかという信念がしっかりしている。ZER0の為に有益な情報を得ようと奮起するだろうが、その為に誰かを傷つけるような真似はけしてしないだろう。
 情報戦という目に見えない戦いも強いられる今回の依頼。ノルはZER0にとって六人目のD−Hzメンバーであり、頼もしい仲間だ。
 そして三人は、それぞれの「持ち場」へと別れていった。

 ZER0達が受け持つ今回の持ち場は、ラボが用意した第二ステージ。
「VRテストフィールド・・・宇宙船αエリアより通信・・・アクセス、ハンターチームD−Hz・・・ZER0さんですね! はい、こちらラボ。オペレータエリです」
 第一ステージとなった神殿エリア同様、ここにも通信端末CALが設置されており、そしてエリがオペレータとして語りかけてきた。
 ほんの少し前、ZER0は彼女の身辺を調査するようノルに頼んでいる。彼女自身と言うより彼女をオペレータに据え置いた事情に関してではあるが、やはりどこか後ろめたさは拭えない。
「ここは宇宙船αエリア。いよいよ適合試験第2フィールドです」
 そんなZER0の心情など知る事もなく、エリはテキパキと、そしてどこか楽しげに案内を進める。
「このフィールドをクリアすれば適合試験は終了! さあ、気合を入れて頑張っていきましょう!」
 言われるまでもない事だが、しかし女神に言われて悪い気はしない。
「うし、行くぞお前ら!」
 柄を握る手がしっとりと汗ばむ。試される為に用意された闘技場は、試す為にとてつもなく「意地悪な」設定をされている。試験とはいえ、いや試験だからこそ、緊張感を持って踏み出さなければならない。
「It’sClobberin’Time!(戦闘開始だ!)」
 ZER0の号令で、五人の試験者が戦場へと赴いた。

 今回の試験場宇宙船は、エリによる事前説明によると、元々は軍の為に開発された訓練用のバーチャルルームという事らしい。
 パイオニア2の倉庫用宇宙船に何者かが侵入し、それを排除するというシミュレート内容で設計されたらしいが、軍は出来上がったこのバーチャルルームプログラムを最終的には採用しなかったらしい。何故採用しなかったのかは新米のエリに判るわけもないが、しかし元々ラボと軍の仲が悪い事を考えれば、何となく想像は出来る。
 今ZER0達が奮闘しているこの宇宙船ステージは、今回の採用試験用に「ちょっと」手を加え、軍人向けよりも難しくしたらしい。エリが言うには「神殿と違い、可愛い子達が沢山は位置されているみたいです」との事だが・・・。
「どこが可愛いってんだかね・・・バーニィ、そっちの足付きを任せた! シノは俺と足無しを殲滅するぞ!」
 エリが言うように、神殿にはいなかったエネミーが配置されていた。そのエネミーとは、マシン系のエネミー。メカフェチの彼女にしてみれば可愛いかもしれないが、相手をするハンター達から見て同感はとても出来やしない。
「ギルチックにギルチッチか・・・可愛いのは名前だけだな」
 エリに言わせれば、スマートなフォルムが格好いいらしいが・・・とてもそんな気にはなれない。
 本来は労働用だったギルチック、通称足有り。本来は医療用だったギルチッチ、通称足無し。どちらも戦闘能力を持たないロボットだった。しかしダークファルスの影響を受けた管理AIボル・オプトが、これらを戦闘用に改造し量産し続けている。そのメカをこの試験に反映させているのだ。
 ギルチックとの戦闘は、「コツ」を掴めば難しくない。彼らは元が労働用だけに、力はあるが衝撃に対して体制を保つ術を持っていない。集団で襲いかかられても、どうにか衝撃を当て転ばせる事が出来れば無傷のまま勝利する事も難しくないのだ。
 問題はギルチッチの方だ。医療用だったこれらは、極力院内にけたたましいメカ独特の歩行音を出さないよう、足を付けず宙に浮かせている。その為、ギルチックのように転ばせる事が出来ない。むしろどんな衝撃にも耐えられるよう設計されている為、攻撃を受けても怯まず迫ってくるのがやっかい。
 故に、ギルチッチは接近戦を主とするハンターにはやっかい以外の何者でもない。こちらの攻撃を無かったかのように迫り、そして強力なストレートを左右二連打浴びせてくる。警戒し離れれば、腕に取り付けられたレーザーを狙い撃つのだから更にやっかい。
「ZER0、フリーズトラップ行きます」
 だが、今は個人戦ではない。ZER0もただ闇雲に突っ込むような馬鹿な真似をする程未熟でもない。
 Kkkkkkkesh!
 シノが投げ上げた凍結機雷を自らすぐに打ち抜き、ZER0に迫ろうとしていた足無し達を凍り付かせた。
「OK、シノ」
 そしてすかさず、二人は凍ったまま反撃出来ない哀れなロボット達を削っていく。
 そして氷像が息を吹き返す前に・・・いや、ロボットに「息」などないが・・・ZER0は足無し達の後ろへとすぐさま反撃を受けぬよう回り込む。
 ついにギルチッチは氷の呪縛から抜け出した。しかしその時はもう勝負あった。もう彼らには、力無く崩れ去りバラバラになる他すべき事は残されていなかった。
「先輩、デルセイバーです!」
「くっ、ついでに狼どもまで来やがった。まったく、軍の連中がラボに突き返した気持ち判るね、俺は」

 元労働用ロボットを蹴散らしたばかりのアッシュとバーニィが、新手の出現に声を上げた。
 この宇宙船、なにも相手はエリのお気に入りばかりではない。
 亜生命体の剣士、デルセイバー。そして森の住人、サベージウルフ。ラグオルの地表ではあり得ない、異なる属性を持つ者達の競演が、このバーチャルルームではあり得る。
GIFOIE! ちゃっちゃと片づけてよね。テクニック使うのだってもったいないんだから」
 身の回りを火の弾がぐるぐると弧を描くように回り飛ぶ。ルピカは火弾を放ち新手に対し牽制した。
 それはチームの為ではなく、己のみ保身する為に。
「ったく、いい加減にしろよな、お前」
 この身勝手な態度が気に入らないアッシュは、背後にいるルピカに愚痴る。
「黙ってなさいよ。あんたは私を命がけで守ってればいいの。それが隊長様の命令でしょ?」
 だが、口の悪さならルピカの方が何枚も上手。
「・・・判ってるよ!」
 アッシュにこれ以上、言い返す術はない。
「ルピカ、その分お前もキッチリ働けよ」
「・・・判ってるわよ!」

 だがそんなルピカも、ZER0には何も言い返せない。アッシュがルピカを守る代わりに、「チームの為に」テクニックを惜しみなく使う事を義務づけられた彼女は、ZER0の言葉に逆らえないのだ。
JELLENZALURE! さ、やる事はやったわ。早く殺っちゃいなさいよ」
「お前に言われなくても殺るさ!」

 ZER0に毒づけないルピカは、常に標的がアッシュになっている。的にされたアッシュにしてみれば更に不快度が増す迷惑行為でしかないが、これもまたガードとしての仕事・・・と割り切れる程アッシュは大人になれるわけがない。
 これほど仲の悪い二人を、常に近づけさせたZER0の指示はやはり誤りなのだろうか?
 いや、ZER0の指示は彼が考えた効果を発揮している。
「ちっ、うろうろとうっとうしい・・・おいルピカ、あんたが背中から襲われないよう、壁際まで行け」
「私に指図しないでよね、あんたが」

 口では反抗したが、ルピカは言われるままに壁際へと移動した。
 そしてアッシュは、壁と挟むようルピカの前に立ち、ガードする。
 完全に、守る事を前提とした布陣。今までのアッシュなら考えられない行為だ。
 アッシュの腕は、一般のハンターに比べれば随分と良い。しかも若さ故か、ここ最近の成長は目覚ましいものがある。だが彼がハンターとして一流になりきれない原因があった。それは戦闘に興奮し、すぐ敵のまっただ中へと突っ込んでしまう「癖」にあった。
 今、アッシュはその悪い癖が出ていない。それは「ルピカを警護する」という絶対的な指令を守る為、出るに出られない為だ。
 ZER0の狙いはここにあった。
 アッシュは「誰かを守る」というシチュエーションに酔いしれ憧れるところがあった。それは相手がルピカでも同じ事。これはただ憧れているだけでなく、助ける事を第一と考える、彼の優しい性格にもよるところがある。
 性格的に興奮しやすい欠点を、本能的に誰かを守ろうとする長所で補った、ZER0の作戦が上手くいったのだ。
 だが、この作戦には欠点もある。
「バーニィ、ショットに持ち替えて狼どもを近づけないようにしてくれ。シノ、援護を頼む」
 アッシュがルピカに張り付く事により、接近戦力が低下する事だ。この状況では、ZER0が接近戦の全てを請け負う必要が出てしまうのだ。
 もちろん、ZER0一人で全てを任されても、彼の腕なら問題はない。
 問題なのは総合力よりも、頭数が一つになるという事にある。
「! ZER0、ギャランゾです! 前後に一体ずつ反応有り!」
 シノの警報と共に、けたたましい音が部屋中に響く。
 その音は、歩行型重砲台ギャランゾが自ら奏でる行進曲。
「シノ、一台をトラップで足止めしてくれ! バーニィ、速攻でもう片方行くぞ!」
「御心のままに」
「任せろ兄弟!」

 もしアッシュが前線に参加していたなら、片方をアッシュに任せ、片方をZER0が破壊すれば良い。だが前線にアッシュがいないこの状況では、前後から挟むよう近づく二台を一人で相手しなければならない。
 二台が同じ方向に並んでいるならば、まだ対処も出来る。だが前後から迫られては一人で同時に対処は出来ない。まず片方をフリーズトラップで足止めし「お預け」状態に持ち込み、その間にもう片方の対処に乗り出す。そしてそれが終わり次第引き返し、足止めしてあるもう片方へと駆けつける。
 作戦としては、問題ない。だが所詮頭の中で描いた戦略図。現実はそう甘くない。
「! アッシュ、ルピカ、逃げて!」
 たとえZER0の攻撃が強力でも、たとえバーニィの援護が的確でも、装甲も厚く絶対的な質量が大きいギャランゾをすぐに解体するなど出来やしない。時間稼ぎの為にシノは残っている片方のギャランゾにフリーズトラップを途切れることなく仕掛け続けたが、トラップの解除と設置から発動までの一瞬の隙をつかれ、大量のミサイルを発射されてしまった。
 ギャランゾのミサイルは追尾能力がある。そのミサイルはどうやらルピカに照準を定めたようだ。
「ちょっ、やだ!」
 叫んでも、ミサイルが軌道を変える事はない。
 他の四人ならば、どうにかミサイルの追尾を逃れ、被弾することなく対処出来るだろう。だがルピカはテクニックの腕こそ一流だが、ハンターズとしては新米もいいところ。テクニックの効かないミサイルを相手に、どう逃れるべきか彼女はなにも知らなければ思いつきもしない。
 ただ恐怖に足を震わせ、身動き出来なくなるだけ。
「ちくしょう!」
 ルピカを守らなければ。アッシュは咄嗟に彼女を押しのけ、ミサイルとの間に立った。
 Booooooom!
「ぐわぁっ!」
 どうにか盾で身を守り、直撃は免れた。だが大量のミサイルが発した爆風が、アッシュを遠く後方・・・ちょうど押しのけられ倒れ込んだルピカの真横にまで吹き飛ばした。
「良くやったアッシュ!」
 同時に、片方の処理を終えたZER0が駆けつけた。
 一瞬の隙をつかれたが、シノの新たなフリーズトラップは既に効果を発揮し、バカでかい氷像を作り出していた。こうなれば、もはや終演まで時間の問題。
「まったく・・・アッシュ、もうちょっとスマートに助けられないの? 腰打っちゃったじゃないの」
 腰に手を当てながら立ち上がったルピカは、早速アッシュに毒づいた。
「なっ、お前いい加減に・・・」
 アッシュの言葉を遮るように、暖かい光が彼を包んだ。
 レスタ。回復のテクニックを、ルピカが唱えていたのだ。
「イタタタタ・・・レスタって傷は治せても、痛みをすぐには和らげないのよね」
 遠回しに、アッシュの為にレスタを唱えたのではないとルピカは弁明した。
 それが本心なのか、それともただの照れ隠しなのか。彼女の性格を考えると、何とも言い切れない。
 ZER0がアッシュをルピカにべったり付けさせた訳は、なにもアッシュの癖を強制的に直す為だけではない。
 本能的に誰かを守ってしまうアッシュを見て、ルピカの心が少しでも開かれれば・・・それは作戦とか戦術とかではなく、ZER0の賭であり希望でもあった。
 この賭が功を奏するかは、かなりの時間をかける必要があるだろう。成功するにしても失敗するにしても。
 幸い、時間はたっぷりある。少なくとも、この試験は始まったばかりで先は長く、そしてその先に待つ「本番」も、もっと長い時間をかけて遂行される事になるだろう。
 時間がある。つまり辛い試練もそれだけ多い事になるのだが。

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