novel

No.3 積み上げた過去
〜A longing to ancient time〜(後編)

 ラボが用意した試験用バーチャルルーム「神殿」は、3つのエリアに分かれている。
 一つは先ほどまでいたエリアα。続いて今いるエリアβ。そして最後がエリアFINAL。
 エリアαとβは、構造的に大きな違いはない。朽ち果てた神殿をモチーフにしたフィールドは、人工的に作られた太陽の光に照らされ、神秘的とも言えるシルエットを映し出していた。
 違いと言えば、頭上輝く太陽が少し傾き始めた事と、その太陽が照らすシルエットに新しい姿が加わった事だろう。
「やってくれるね、ラボも。研究項目に「嫌がらせ」ってのもあるんじゃねぇか?」
 新たに加わったシルエットは太い方腕を持ち上げ、その腕をまるでロケット弾のように呻らせながら飛ばしてきた。その様子をちゃかしながらも冷静に見ていたバーニィは、素早く横に退き腕をかわしながら、愛用のバーニングビジットからお返しとばかりに炎弾を発射する。
「ルピカ、あまり張り付くとあの腕に巻き込まれるぜ。つかず離れずってのが、いい女の条件ってもんだ」
「言われなくても、好んであんたの巻き添えなんか。それに身を挺して女の子を守るのが、いい男の条件じゃないの?」
「たはっ。相変わらずきっついお嬢様だこと」

 そばにいるフォニュエール、ルピカに警告を発しながら、バーニィは新たなシルエット、巨人兵ダークベルラを倒すべく再び愛銃を構えた。
 試す為に用意されたフィールドであるここ神殿は、今までの戦場であった惑星ラグオルでは考えられなかった敵の配置がなされている。それが試されているハンター達を苦しめていたのだが、αから舞台をβに移した事で、その試練は難易度を増していた。
 ダークベルラが加わった事が、その難易度向上に一役買っているのは間違いない。しかし、それだけでもない。
「兄弟! その辺の兵隊どもは任せるぜ。どーにも、沢山のレディーに言い寄られるのはそろそろ飽きたんでね」
「俺ほどモテるわけでもねーだろうに。そもそも、こいつらに雌雄の区別なんかあるのか?」

 二振りの刀を握りしめ、軟派師ZER0が群がる兵隊を歓迎する準備を整えた。
 兵隊蟻のようにワラワラと群がる亜生命体。彼らは赤,青,黄の三色に色分けされており、後者に行く程強い。αでは前者である赤と青の亜生命体しか出てこなかったのに対し、ここβでは後者の青と黄の兵隊が群がってくる。つまりαよりも個々のエネミーが強敵になっている。それは直接難易度増加へと繋がるのだ。
「アッシュ、兵隊に囲まれないよう、突っ込むんじゃねぇぞ」
 二つの刃を巧みに振り下ろしながら、近寄る兵隊を両断していくZER0は言い続けている警告を発した。
「わ、判ってますよそれくらい」
 同じく二つの刃をもって兵隊を切り刻むアッシュは、さんざん言われ続けている警告を聞きながら、駆け出そうとした一歩を踏みとどまった。
「俺だって、やれるんだ!」
 駆け出す為の一歩を踏み込む一歩に変えて、アッシュは目の前の亜生命体を袈裟に切り込む。柄の両端から伸びているフォトンの刃が、弧を描きながら交互に敵の体を切り刻んでいく。
「はっ!」
 そして振り下ろした刃を振り上げ、再び兵隊を下から斬りつける。
「せいっ!」
 最後に、振り上がった刃をまた振り下ろし、断末魔の声を上げさせながら亜生命体を黒い靄へと変えていった。
「どうですか先輩、俺だっ・・・」
 BrakkaBrakkaBrakka!!
 振り返り自分の腕前を誇示しようとしたアッシュの横で、二匹の亜生命体が銃弾の餌食となっていた。
「アッシュ、まだ三体程残っています。そちらの始末を」
 長距離からの射撃が可能な最強の機関銃、ヤスミノコフ9000M。その使い手であるシノがアッシュに迫っていた二匹の亜生命体を蹴散らしながら、警告と注文を与えた。
「一体に集中しすぎる。もっと周りの状況を見るよう努めろ!」
 シノの相棒であるZER0が、後輩を一喝しながら手を貸そうと駆け寄った。
「・・・俺だって、やれるんだ・・・」
 誰に言う出もなく、口ごもるように呟きながら、残る三体に向け刃を下ろしていった。

 ラボが用意した試験は厳しいものだった。
 試験というものは、ある一定の水準を満たしているかどうかを見定めるものだが、この厳しさからラボの要求する「一定の水準」が、ずいぶんと高いところに定められているのが判る。
 そんな高い水準に、はたして自分達のような即席ハンターチームが到達するのだろうか?
「次のエリアが、神殿のFINALエリアです」
 各所に設置されていた端末「CAL」から、エリの声が聞こえる。彼女の話では、少なくともこの即席チームは最終試験にまで到達するだけの水準は満たしたという事になる。
「えーと、設定されたデータによると・・・バルバ・・・あれれ?」
「ん? どうしたのエリちゃん?」

 戸惑うエリの声に不安を感じたZER0が声をかける。
「読めなくなっちゃいました。おかしいな・・・あれ?」
 これから最後の試験を受けようとする身としては、オペレーターの動揺はダイレクトに自分達の動揺を誘ってくる。
 プロのオペレーターならば、実際に何らかのトラブルがあったとしても、それを相手に悟られてはならないだろう。それをまだ新人であるエリに求めるのは酷というものだが、しかし当の受験者達からしてみればたまったものではない。
「もしかして、元々俺達に伝えちゃまずい情報なんじゃないの?」
 この試験、とにかく情報を極力ハンター達に与えない状況で試そうとしている節がある。事実エリが試験の情報を・・・もちろん、彼女にしてみれば好意なのだが・・・こちらに漏らそうとした時、おそらく同室にいるだろうオペレーターの上司に怒られている場面が何度かあった。その事を考えると、彼女が伝えようとした情報もまた、ハンター達に知られてはまずいとラボが考えている物と推測できる。だからこそ、そのデータをエリが閲覧出来ないようにしたのだと。
「あは、あははは・・・そうみたいです」
 端末からしゅんと縮こまった声で、ZER0の推理が正しい事を告げた。
「・・・と、 とにかくですね。今までのモンスターとは比べものにならないのが用意されてるみたいです。充分、気をつけてください!」
 とりあえず持ち直し、エリはD−Hzの面々に警告を促した。
「なに、軽くいなして帰ってくるさ・・・さて、行こうか」
 通信を切り、リーダーは振り返りながらメンバーに声をかける。
「It’sClobberin’Time!(戦闘開始だ!)」

「おいおい、これってもしかしてよ・・・」
 いつの間にか日は傾き、夕日となってFINALエリアとされた舞台を赤みがかった光で照らしていた。
 そしてその舞台に転送されたZER0達は、流れるように移り変わる景色にまず驚かされ、ZER0は思わず状況に悪態をついた。
 そして実際に流れている事を確認した。
 もちろん流れているのは景色ではなく、自分達の方。
 正確には、自分達の足下・・・筏が川の流れに乗っていたのだ。
「イヤな予感ってのは当たるもんだな、兄弟。来やがったぜ」
 愛用の銃を構え直し、バーニィが警戒する。
 川に流れる筏に乗っての戦闘。ハンターになったばかりのルピカを除けば、全員がこの状況に思い当たるものがある。
 Splassh!
 水しぶきを上げながら、筏の横を泳ぐ何か。その何かに、見覚えがある。
「デ・ロル・レ・・・なのか?」
 見覚えがあるのは、洞窟の奥に住まうムカデのような姿をした強大な化け物。そしてその化け物と戦う舞台も、このような流れる川に浮かぶ筏に乗って行われていた。
 だが、見覚えがあったと思った何かは、洞窟の主ではない。予想を裏切られたアッシュが、デ・ロル・レではないそれを魅入るように眺め呟いた。
「ダル・ラ・リーでもなさそうだな。アッシュ、ひとまず奴から離れろ!」
 堅い殻に囲まれた、長い胴。そしてやはり長い、四本の触手。その触手の付いた頭は、胴体同様堅い殻に守られている。
 身体的な特徴は、まさにデ・ロル・レやダル・ラ・リーに酷似している。ただ、デ・ロル・レ達はどこかムカデに近いイメージのある姿だったのに対し、目の前の化け物はどちらかといえばエビなどに近いイメージがある。
「似てるのが姿だけじゃないとすれば・・・」
 初めて出会う敵に対し、どう対処すべきか?
 まずは相手の攻撃を予測するところから始めるべきだろう。その為には、これまでの経験と知識をフル動員させ推理する必要がある。
 ザッパザッパと川を泳ぐこの化け物がどんな攻撃をするのか? 同じようなタイプであるデ・ロル・レやダル・ラ・リーの攻撃パターンから推測するのが最も可能性が高く推測しやすい。そうZER0は判断した。
「体液を飛ばしてくるかもしれねぇ! 全員回避のタイミングを見計らっておけ!」
 はたして、ZER0の推測は見事的中した。
 巨大なエビは全身を水面の上に持ち上げ、横腹から体液を弾代わりに、散弾銃のように無数発射してきたのだ。
 ここまでは、ZER0の予測通り。
 だが、その数がやたらと多い事と弾同士の間が狭い事までは、予測外だった。いや予測はしていたのだが、ここまで多いとまでは考えられなかった。
「くっそぉ、こりゃかわしきれるって数じゃねぇぞ」
 肩に被弾したZER0が、当てられた肩に手を添えながら呻く。
「ん?」
 その時、ZER0は違和感を覚えた。
 何かが、デ・ロル・レとは違う。
「ZER0。どうやら今のは体液ではなく、フォトン弾だったようです」
 違和感の答えを、彼の相棒がすぐに分析し伝えた。
 体液なら、被弾した肩に粘着物が付着していたはず。肩に手をやった時、手に体液独特のねばっこい感覚がなかったのが、違和感の原因だった。
「何でもありだな、バーチャルってのはよぉ」
 フォトンは謎の多い光物質。謎が多いとはいえ、そのフォトンを生物が体内から吹き出すのは考えにくい。つまり、今の攻撃はバーチャルルームが作り出した幻の怪物だからこそ可能だったという事。
「となると、次の攻撃も予測し難いが・・・シノ、バーニィ! 散弾銃に持ち替えて、仕返ししてやれ! ルピカはテクニックで応戦!」
 敵の攻撃が予測し難いならば、こちらの攻撃を当てる事を考える。デ・ロル・レの時と同じ方法が通用するかどうかは判らないが、同じ体型の怪物が相手なら、有効である可能性は高い。ZER0はそう判断した。
 そしてZER0の戦略は功を奏した。ただし、意外な方向で。
「な、なんだ?!」
 反撃の機会を窺い構えていたアッシュが、声を荒げ驚く。
 アッシュが見た物。それは唐突に筏に乗り上げてきた、青く奇妙な生物の群れ。あのでかい化け物をエビとするならば、差詰めこの青い生物はカブトガニと言ったところか。
「ち、何かやらかす前に片づけてやる」
 このカブトガニの出現は、さすがに予知出来なかった。だが、元々巨大エビめがけ散弾銃をお見舞いしてやろうと構えていたバーニィとシノは、このカブトガニに対しすぐ対応出来た。
 すぐに対処出来たとはいえ、やはりとっさの行動。数の多いカブトガニをすべて撃退するのは難しかった。
「きゃっ! もお、ちゃんと片づけなさいよバーニィ!」
 撃ち漏らした一匹が筏をはうように、しかし素早く、ルピカ目掛け突進してきたのだ。その一匹のカブトガニを避けきれず、ルピカは転倒してしまっていた。
「くそっ・・・水中に逃げやがったか・・・」
 カブトガニに気を取られている間、巨大エビの姿を見失っていた。カブトガニを巨大エビが放つ際も、巨大エビは水中にいたのだが、その姿は筏の上からでも確認が出来た。だが、今巨大エビは全く姿を確認する事が出来なくなっている。
「ZER0、敵は真下です!」
 シノの警告と、敵の攻撃はほぼ同時だった。
 Bap!
 信じられない事に、エビの触手が筏を突き抜け襲いかかってきたのだ。
「いくらバーチャルだからって、こりゃ無茶だぜ!」
 さらに信じられないのは、触手によって突き抜かれた筏に穴が開ない事。突き上げられた触手が引っ込められると、そこはまるで何もなかったかのように穴が塞がっているのだ。
「くっ、かわすだけで手一杯かよ・・・」
 仮に水中でなくとも、筏の下、つまり足下のさらに下にいる敵をどう攻撃出来ようか? ZER0達はただひたすら触手をかわすしか手はない。
「また出ました! バーニィも迎撃を!」
 またしても無数のカブトガニが筏に上陸していた。それにシノがすぐさま気づいたものの、触手に気を取られている隙に上陸されていただけに、またしても若干対処が遅れた。
 その若干の遅れが、また一匹の撃ち漏らしという失態を犯してしまった。
「ちょっ、バーニィ! ちゃんとやってよね!」
 そしてまた、その一匹はルピカ目掛け突進してきた。さすがに今回はきちんとかわしきれたが。
「おお、こわ。お嬢様のご機嫌は損ねるもんじゃないねぇ」
 軽口を叩きながら、しかしバーニィは口元をゆがめる事もなく鋭い視線を筏の縁に向けていた。
「次こそはこのバーニィめが、しっかりと退治しますとも・・・っと!」
 続けて現れたカブトガニの大群を、今度はきちんとすべて川に叩き返す事に成功したバーニィは、それでもまだ視線は鋭いまま。
 なぜならば、視線の先にはやっと姿を見せた本来の敵、巨大エビがいたのだから。
「筏の後ろに集まれ!」
 姿を見せた巨大エビを確認したZER0は、全員を筏の後方へと集めた。
 リーダーは考えていた。もしこの巨大エビがデ・ロル・レをモチーフにし作られた怪物ならば、そろそろ予想通りの行動に出るはずだと。
 そして、その予想は的中した。
 Thud!
 巨大エビが、筏に体を乗り上げてきたのだ。
「よし、一気に叩くぞ!」
 筏の後ろにメンバーを集めたのは、巨大エビが乗り上げてきた時の衝撃に巻き込まれない為。そして乗り上げてきた時にすぐさま集中攻撃出来るようにする為でもあった。
「でやっ!」
 これまでほとんど手を出せなかったZER0とアッシュは、ここぞとばかりにフォトンの刃を敵の胴へと集中的に斬りつけていく。
「なっ・・・くそ。もう逃げやがったか」
 もしデ・ロル・レならば、この後触手を誰か一人に集中して突き刺してくるはずだった。その間一人は逃げる事に精一杯となってしまうが、残った者は乗り上げてきた本体を徹底的に攻撃出来るチャンスとなるはずだった。
 だが、この巨大エビはすぐに川へと逃げてしまった。これでは集中して攻撃する事が難しくなる。
「あっ、また出た!」
 悔しがっている暇はない。またしても巨大エビは、カブトガニの大群を先兵として送り込んできたのだ。
「もう、いい加減にしなさいよね!」
 また自分が狙われると考えたルピカが、しつこいストーカーの群れを一掃する為に筏の中央へいったん退き、テクニックを発動させる。
RAFOIE!」
 Psshhooom!
 派手な爆音と共に、爆炎がカブトガニをこんがりと焼き上げていく。
「ふん。しつこいとこういう目に・・・」
 両腕を腰に当てながら、ルピカが嫌みの一つも言ってやろうとしたその時。
 Ker−Splassh!
 再び、巨大エビが筏に乗り上げようと派手な水音をたてながら鎌首をあげていた。
「危ない!」
 咄嗟に、近くにいたアッシュがルピカに飛びつき、巨大エビの体当たりから逃していた。
「・・・ちょ、ちょっとアッシュ! いつまで抱きついてんのよ、このスケベ!」
「なっ、人が助けてやってその態度かよ!」

 飛びついた勢いで倒れ込んだ二人は、安堵する間もなく口論を始めていた。
 アッシュにしてみれば、ルピカを助けたいと行動を起こしたわけではない。むしろアッシュにとってルピカは天敵なのだから。
 ただ、彼の中にある「誰かを守りたい」と思う気持ちが、たまたま反射的に体を動かしたのだろう。まさに「咄嗟」の行動と言える。
(なるほどな・・・)
 その様子を、巨大エビを斬りつけながらも見ていたZER0は、一つの考えが浮かんだ。
(っと、今はそんな事を考えてる場合じゃねぇか)
 再び川へ逃れた巨大エビを憎々しげに睨み付けながら、ZER0は次の行動を予測する為に考えを巡らせていた。
(ここは洞窟の中じゃねぇし、飛んで岩を落とすなんて事はしないだろう・・・)
 参考となるデ・ロル・レの行動パターンを考慮しながら、巨大エビの行動をシミュレートしていく。
(となると、残る攻撃は・・・ちっ、あれが残ってやがるか)
 逃れた巨大エビが筏の後方へと泳いで行くのを見ながら、やっかいな攻撃を思い出していた。
「あいつが鎌首あげてきたら気をつけろよ! 口からレーザーみてぇのを出して来るぞ!」
 ZER0の予測はまた的中した。だが、的中しながらも、予想を超える攻撃をしてきたのもまた同じだった。
 Zzzzzat!
「くっ・・・ダル・ラ・リーのよりも速い・・・」
 強力なレーザーは間髪入れぬ速さではき出されていく。横に逃れようにも、すぐに捕捉されてしまい、シノは避けきれずまともにレーザーを浴びてしまった。
RESTA! 大丈夫かシノ!」
 すぐさまZER0が駆け寄り回復のテクニックでシノを救う。
「シノ、ヤスミノコフに持ち替えて首根っこあたりを集中的に狙ってくれ。あのあたりなら、さっき俺が徹底的に斬りつけたから甲羅が剥がれ易いはずだ」
「御心のままに」

 いっこうに怯まない巨大エビに対し、ZER0は戦略を変更した。
 一点突破。
 巨大な敵。広い敵地。大多数の群れ。
 自分達より何かが「大きい」相手を攻める場合に用いる有効手段。それをZER0は持ち出したのだ。
「バーニィとルピカは青いのを迎撃すると同時にシノの補佐を。アッシュはフォトン弾やらからルピカを守れ」
「ちょっ、どうして俺がこんな奴を!」

 ZER0の戦略には大筋同意していたアッシュだったが、最後の命令には不服を隠すことなく言い放った。
「誰かを守るのもハンターの役目だ。文句は後で聞いてやるから従え!」
「・・・了解!」

 不服だが、ZER0の命令に背くつもりもない。渋々ながら了解する他アッシュに道はなかった。
「ちゃんと守んなさいよ、スケベハンター」
「こっ、てめぇ・・・」

 自分がアッシュより大切にされていると思ったのか、すこし気をよくしたルピカがいつもの調子で軽口を叩く。
「ルピカ。守ってもらう以上、それなりの働きをしろよ。テクニックの出し惜しみは厳禁だ」
「・・・判ってるわよ」

 だが、ZER0に釘を刺されそのいい気分もすぐに尽きた。ルピカもまた、渋々と了解するしかない。
「フォトン弾来ます!」
 シノの警告で、一同は巨大エビに集中した。
 アッシュは命令通りルピカを守る為に、そして命令したZER0はシノを守る為に、それぞれの前へと立つ。
「・・・俺を守ってくれる奴はいないのか。悲しいけど、これが現実って奴かい?」
 愚痴りながらも、散弾銃を構えるバーニィ。彼の場合フォトン弾に被弾したとしてもそれが致命傷にはならないうえ、被弾するギリギリまで集中力途切れることなく攻撃出来るだろうとZER0は考えていたし、バーニィ本人もそのつもりだった。
 そして事実、ZER0の戦略は見事効果を示した。
 バーニィはきちんと持ちこたえ、ルピカもテクニックで巨大エビに大打撃を与える事が出来た。そしてシノの集中砲火により見事甲羅を一部剥がす事に成功している。
「よし。青いのと下からの触手に気をつけながら、次のチャンスを待つぞ!」
 しばらくはまた逃げの一手で切り抜けるしかない。そう考えての指示だったが・・・。
 Thud!
 予測に反し、巨大エビはすぐさま体を乗り上げてきた。
「よっしゃ、今だ!」
 予測に反したとはいえ、このチャンスをみすみす逃す愚行などするはずもない。殻がはげ落ちた一点を集中的に斬りつけるZER0とアッシュ。
 Ker−Splassh!
 巨大な水しぶきを上げ水の中へと倒れ込むエビの怪物。
 THONNNNK!!
 そして甲高い断末魔が響き、とどめを刺した事を実感する。
「ふぅ・・・長かったな」
 随分と時間がかかった。
 初めての強敵を相手にしたならば、時間がかかるのも無理はない。
 確かにその通りなのだが、ZER0は長くかかったこの時間を気にしていた。
(判断ミスか・・・もっと早い段階で一点集中の指示を出していれば、こんなに時間はかからなかっただろうに・・・)
 巨大な相手には一点突破。それは戦術としては基本中の基本だったはず。それを失念し戦略に生かせなかったのは、やはり判断ミスと言わざるを得ない。
 結果としては、無事巨大エビを倒す事に成功している。だが、時間をかければそれだけ危険度が増すのも事実。そうでなくとも、敵の攻撃はさけきれないものが多く、またあえて体を盾にして仲間を守る戦法までやっていた。長引けばかなり危なくなっていたのも確かなのだ。
「お疲れさまでした、ZER0さん! 神殿エリアにおける全てのVRテストはこれで完了です」
 しかし、無事試験を突破したのもまた事実で、第三者から見れば見事に巨大エビを打ち倒したのも事実なのだ。それを通信端末CALから聞こえるエリの声が証明していた。
「ありがとよ、エリちゃん。ところで、あのお化けエビは何だったんだ?」
 エリが結局伝えられなかった情報。見事打ち負かした敵の正体が気にかかっていた。
「えーと・・・データによればですね」
 先ほどは閲覧を拒否されたデータを呼び出し、エリが読み上げる。
「ラグオル地下下水道で生息が確認された甲殻生物デ・ロル・レ。これは生物の遺伝子を操作し異常に進化させる能力を持つことが判明。現在ラグオル地下におけるアルタードビースト出現の原因と考えられている」
 基本的な情報で、すでにZER0や他のハンター達も知り得ている情報だが、詳しく知らないエリはこの基礎部分を読み飛ばすことなく伝えてきた。
「そのデ・ロル・レが海洋上に逃亡した場合を想定し進化シミュレーションした結果が、この「バルバレイ」である・・・だそうです」
 予測は当たっていた。やはりデ・ロル・レをモチーフにしていたのだ。
 デ・ロル・レは後にダル・ラ・リーへと進化しているのも確認されている。ならばさらにそこから進化しても不思議ではない。むろん喜ぶべき事ではないが。ラボがさらなる進化を想定した研究も進めていたというのもまた、不思議ではなく、どこかうすら気味悪い気分にさせられる。
「なるほどね。にしてもよ、むちゃくちゃだぜ。進化したって、フォトン弾はき出したり筏に穴空かなかったりってのはねぇだろうよぉ」
 エリに言っても仕方ない事なのは重々承知しているが、思わず愚痴が口をついて出てしまった。
「それはそうかもしれませんけど・・・」
 自分に文句を言われているわけでない事など、エリも承知しているのだが、何故か彼女はさも自分が責められたかのようにしょげていた。
「でもでも、これってすごいことなんです!」
 そして自分の事かのように、弁解を始めた。
「このラボの最新鋭のバーチャルルームシステムって、ある高度なAIを積んでるんですが・・・このAIが導入されてからというもの、ラグオルの調査分析も格段に進んで!」
 話しながら徐々に興奮し始めるエリ。
「今まで不透明だったラグオル地表の状況や生態系も把握できたし! さらに高度なシミュレーション結果までVRシステム上に反映できるなんて! やっぱり素敵・・・」
 そして最後には、うっとりと、まるで恋人を語り惚気るかのように放心するエリ。
「・・・またかよ・・・」
 苦笑しつつ、このメカフェチ少女の愛らしい姿を想像してしまうZER0。おそらくぼぉっと夢見るような瞳で、素敵なAI様を見つめている事だろう。
「あー、エリちゃーん。そろそろ、戻ってきてくれー」
 恋する乙女、その夢をさますのは忍びないが、このまま放置される身としてはたまったものではない。
「・・・ハッ! なななんでもありません! ごめんなさい! なんでもないです!」
 我に返り、必死に謝るエリの声を聞いては、苦笑いを隠す方としても必死になってしまう。
「・・・今の・・・忘れてください」
 それは無理な相談だ。とは思ったZER0だったが、判った判ったとエリをたしなめた。
「では、チーフがお待ちかねですのでこちらに戻ってきてください」
 エリとの通信を終えると同時に、バーチャルルームを抜ける為の転送装置が作動した。
「さて、帰るとするか」
 転送装置へと歩き出そうとしたZER0は、そこで一つ「重要な事」を思い出した。
「ああそうだ。アッシュ、お前今後もルピカの護衛に回れ」
「はっ? 先輩、何ですって?」

 唐突な命令に、アッシュは耳を疑い聞き返した。
「これからも、さっきみたいにルピカを守れって言ったんだ。なに、先輩ハンターが新米を守るのも当然の義務だろ」
 常識だろ? ZER0はさもそれが当たり前だとばかりに言ってのけた。
「ちょっ、そりゃそうですけど、なにもこんな奴の護衛なんか・・・」
「それはこっちの台詞よ。バーニィならまだしも、どーしてこんな役立たずに守られなきゃならないのよ」

 天敵同士が、珍しく意見を合わせた。もちろん天敵が故に意見があったのだろうが。
「これはリーダー命令だ。ああ、一応バーニィを補佐役に付けてやるから心配するな」
 あくまで決定事項だと流すZER0。そして二人のお目付役にバーニィを指名する。
「おいおいおいおい、そりゃまたキッツイお役目だな兄弟。子供二人のおもりは俺一人じゃ辛すぎだぜ。保母さんは好きだが保父にはなれねぇよ」
 指名されたバーニィもたまったものではない。水と油の仲である二人をどう面倒みろと? そんな答えなどすぐ出るはずもないのだから。
「おいバーニィ、誰が子供だよ!」
「ちょっとバーニィ、誰が子供なのよ!」

 実は二人とも気が合うんじゃないか? そう感じさせる程見事なハーモニーで二人は保護者の失言を責め立てた。
「・・・随分と、大胆な事をされましたね」
 三人の言い争いを見つめながら、シノが相棒に訪ねた。
「俺もそう思うけどな。まぁ、これで「二人共」壁を乗り越えてくれればいいんだが・・・」
 あまりに激しく言い争う二人を見て、今更自分の作戦に自信が持てなくなってきたZER0ではあったが、もう言い出した以上引く事は出来ない。
「どうにかなるだろ。なに、俺がどうにかリーダーなんてのやってられるくらいなんだしな」
 自分を卑下しながら、ZER0は苦笑の声を漏らしていた。

 モニターの前では、一人の女性が苦笑の声を漏らしていた。
「・・・どうかなされましたか? チーフ」
 その様子に気づいたダン補佐官が、上司であるチーフに声をかけた。
「何でもない、ダン補佐官。ただこうもあっさりと、「神殿」を突破するハンターが現れるとは思ってみなかっただけだよ」
 苦笑の原因を簡単に説明したチーフは、すでにいつものようなクールフェイスに戻っていた。
「確かに、その通りですな。しかし、次の「宇宙船」はどうでしょうか? 自分は、ハンター風情にあれを突破出来るなどととうてい思えないのですがね」
 ふんと鼻を鳴らし、自分の予測を語る補佐官。そんな彼を、ナターシャはちらみと見つめ、質問を浴びせた。
「では、誰なら切り抜けられると思う? ダン補佐官」
 その問いに対し、補佐官はすぐに返答出来なかった。
 先ほど彼も言ったように、ハンターでは突破出来ないと考えている。
 だが、かといって軍の連中でも無理だと判断していた。なぜならば、軍の連中はハンターよりも「使えない」と彼自身考えているから。
 では他に誰がいる? その答えが導き出せない。
「ダン補佐官。過大評価は危険だが、過小評価はもっと危険ですよ? 確かに神殿を突破された事に驚いていますが、それはこの短期間で突破された事に驚いただけの事。むしろこの事実からも、彼らを侮ってはならないという教訓を得るべきでしょう」
 冷静な判断に、補佐官は感心と尊敬の念を寄せ、その通りですねと頭を下げた。
(そう、侮ってはならない・・・)
 ナターシャは自分の言葉で、自分を戒めた。
(どこまで泳がせるのか、その見極めが肝心。上手に泳いでちょうだいね? 若き豪刀・・・)
 モニター越し一人の男を見つめながら、ナターシャは苦笑する。声を漏らさずに。

「お疲れ様。色々と訊きたい事もあるけど・・・まずはこれを訊かせてちょうだい」
 自分の部屋・・・となったノルの部屋へと帰ってきたZER0は、部屋主であるノルの出迎えを受けながら、早速質問された。
「何故、シノさんも一緒なの?」
 乾いた笑いでごまかすZER0に代わり、当のシノが答える。
「私はZER0の相棒ですから。ZER0がこちらを拠点とするならば、私もついて行きます」
 さも当然と、むしろ何が問題なのかまったく理解出来ないと、シノはそんな様子で答えた。
「それはハンターという仕事の上ででしょ? プライベートは別だし、ちゃんとZER0が元いた部屋だってあるんだし」
 不快感を出来る限り押さえながら、それでもノルはシノの訪問を拒絶した。
「しかし、私は四刀の後見人でもあります。ZER0が四刀を所持する以上、常に側を離れないよう勤める必要もありますから」
 シノの言う事はもっともで、それはノルも承知している。だが、それと感情はまた別。折角二人きりの生活をスタートさせたばかりだというのに、こうもすぐに邪魔者が介入してきてはたまったものではない。
「でもね、シノさ・・・」
「ESの勧めもありましたし、彼女はノル様ならばご理解頂けると言っておられたのですが・・・やはりご迷惑ですか?」

 やられた。
 ノルはもう、白旗を揚げるしか手は残されていない。
 そもそも、本当にそこまで離れられないのであれば、ZER0がノルの部屋へとなだれ込む事を聞かされた時、つまり初日から付いて来たはずである。
 シノが言うように、ESの勧めがあって今回の「押しかけ」を決行したのだろう。
 おそらく、ZER0がいないZER0の部屋をESが訪れた際に、あれこれとシノに「悪知恵」を授けたと考えられる。
 そうそう、二人きりにさせてたまるか。
 これはESの、女としての挑戦状に他ならない。シノは矢文として、挑戦状を運ぶ役割だけでなく、ノルに一矢報いる矢となっていた。
「ふぅ・・・そこまで言われちゃね。いいわ、これからは三人で暮らしましょうか」
 言葉は優しく、笑顔を見せ、しかし足は力強く踏み込んでいた。
 ZER0の足を。
(絶対負けないんだから!)
 決意と共に力が入る足。程なくして、悲鳴が部屋中に木霊する事となる。

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