novel

No.2 積み上げた過去
〜A longing to ancient time〜(前編)

 目を覚ますと、ベッドに横たわっていた。
 その事は別段珍しいことではない。むしろ日常にあることだ。
 ただ、目を覚ましたそのベッドが、いつもと違う。
 ベッドだけではない。真っ先に視界に入った天井も、その天井のある部屋全体も、全てが見慣れた光景ではない。
 当然だろう。ここは自分の部屋ではないのだから。
「あ、起きた? もうすぐ朝食出来るから、着替えて待っててよ」
 ちょうど起こしに来たのだろうか。この部屋の主が通路から顔だけを覗かせ、声を掛けてきた。
「あ、あぁ」
 目覚めたばかりで少しまだ頭がぼおっとしているのか、気の抜けた、間抜けな返事になってしまう。
「ちゃんと起きてよ? この後ラボの適応試験があるんだから、気合い入れないとね」
 眩しい笑顔がまるで朝日の代役だったかのように、起き抜けの意識をハッキリとさせてくれた。
 朝日は同居人がきちんと起きたのを確認すると、満面の笑顔のまま奥へ、おそらくキッチンへと歩いていった。
「そーだった。俺は「ここ」にしばらく世話になるんだったな」
 いつもの店、喫茶「Break」から「ここ」に来た後、色々と話をした。
 これまでの経緯。今の近況。
 そして、これからのこと。
 彼女は言った。「これからは本気だ」と。
 自分が自分でなかった時・・・ZER0が自分を見失っていた時。彼女・・・ノルは、ZER0の助けになれないことを、悔やんでいたという。その話は、ハッキリと本人からは聞いていなかったが、ESからそれとなく聞いていた。だからこそ、三英雄の一人だったドノフの企てに協力し、そしてそれを最後にZER0の元から離れたいと言いいだした彼女の心境を理解することが出来た。
 理解は出来たが、ZER0は虚しさを感じていた。
 何も出来なかったのは、むしろ自分の方だ。ZER0は好意を寄せてくれたノルに対して、何をしてきただろうか?
 軟派師だから。そんな陳腐な言葉を理由にしたくはない。
 確かに自分は気が多い。数多の女性に惚れやすい。そんな優柔不断な性格を「軟派師」という言葉を隠れ蓑にしてどうしようというのだ?
 答えは見つからない。まだ見つかっていない。
 「また」逃げ出すのか? 自分に言い聞かせる。
 逃げない。もう逃げない。それは別の女性と交わした約束。だが、その約束はZER0の決意でもある。
 ノルは言った。「もう逃げない」と。
 ニューマンは皆、何かしらに対し情熱的になりやすい。それはノルも例外ではない。彼女も又、ニューマンなのだから。
 そんな彼女が、一度惚れてしまった相手を簡単に忘れられるはずはなかった。距離を置いた所で・・・逃げた所で、熱してしまった心が冷めることはなかった。
 だから彼女は宣言したのだ。「もう逃げない」と、「これからは本気だ」と。
 その宣言から、ZER0も逃げるわけにはいかなかった。
 逃げないと約束したのだから。逃げないと決意したのだから。
 お互いに、逃げないと誓った。
 本当の気持ちが何処にあるのか、まだZER0にはよく判らない。
 だからこそ、お互い気持ちだけには正直になろう。それが単なる、身勝手な「欲望」だとしても。
 そして二人は唇で誓い合い、そして二人は身体で誓い合った。
「・・・いかんいかん。そうでなくても、朝は朝で大変なことになっているというに」
 昨晩の「情熱的な約束」を思い返しただけで、心も体も「情熱的」になってしまう。さすがに朝っぱらからそれは不味い。
「先にシャワーでも浴びるか」
 心も体もクールダウンする為にも、ZER0はシャワールームへと向かった。ベッドから起きた、そのままの姿で。

「で、何だよその格好は」
 先ほどのシャワーで冷ました事が、まるで無意味だったかのように、ZER0は熱くしていた。
 身支度を調え、朝食を取る為にテーブルに着いたZER0は、料理を運んできたノルに尋ねた。彼女が今身につけている服装について。
「何って、エプロンでしょ?」
 確かに彼女の言う通り、身に付けているのはエプロンだ。先ほどまでキッチンに立っていたのだから、当然といえば当然の格好だろう。
 ただ、問題があるとすれば・・・。
「裸エプロン。好きでしょ? こういうの」
「そりゃもちろん・・・いや、そういう問題じゃなくてだな・・・」

 エプロン「しか」身に付けていないという点。そこが問題だ。
 冗談半分。誘惑半分。ノルがこんな格好をしている訳は、そんなところだろう。
 テンションが高い。終始笑みを絶やさない彼女を見ていれば、誰にでもそれが判るだろう。
 それだけ、昨夜の「誓い」が、誓いへと踏み込めたことが、彼女にとって嬉しかったのだろう。やっと気持ちを真正からぶつけることが出来たことに対する解放感が、今の彼女そのものなのだろう。
 これが彼女の「本気」なのか? 真意はさておき、ZER0の真理は複雑だ。
「いいから着替えてこいよ。目のやり場に困る」
 嬉しいくせにと、イタズラっぽい笑みを浮かべながらも、ノルはZER0の言葉に従った。
 まるで新婚夫婦だな。嬉しいやら困ったやら、ZER0のはき出した溜息には、様々な想いが入り交じっていた。

 DOMINOが手配した「拠点」は、かつてレオが「密約」を交わす為に何度も用いたホテルのラウンジだった。
 ラウンジ、つまり休憩室とはいえ、中枢区域にあるホテルのラウンジは下手なハンターの居住スペースなどよりも豪勢で広く作られている。「拠点」にするにはあまりにも贅沢だといえる。
「すっげぇ〜・・・」
 一人アッシュは、あまりに豪勢なラウンジを終始きょろきょろと落ち着き無く眺めていた。
 ZER0は中枢区域に来慣れてはいないが、このラウンジに来るのは初めてではない。それはバーニィやシノも同様だった。だからこそ、アッシュのような反応はしない。仮に初めて訪れたとしても、アッシュほどあからさまな態度を表に出すことはないだろうが。
 そして別の意味で、三人は彼女のようなあからさまな態度を表には出さない。
「ばっかじゃないの? 一人ではしゃいで。これだから荒くれたハンターズはイヤなのよね」
 本来は中枢区域の住人であるルピカは、豪勢なラウンジも言葉通り普通の休憩室としか感じない。だからこそ、まるで都会に出てきたばかり田舎者のような反応を示すアッシュを、彼女は小馬鹿にした。
 内心、他の三人もアッシュの反応に苦笑していたのは確かだが、彼女ほど嫌みを露骨に示したりはしない。
 それが大人の反応というものだから。
「なっ、おめぇだって今はハンターズだろう!」
「目的を果たす手段の為よ。誰が好きこのんでハンターズなんかに登録するもんですか」

 始まったか。大人三人は目の前で繰り広げられる子供二人の口喧嘩に、慣れ始めていた。まだチームとして結成し初陣にも出ていないというのに。
「そこまでにしておけ」
 溜息混じりに、ZER0は喧嘩の仲裁に入った。
 二人ともZER0には頭が上がらない。不服ながらとりあえず喧嘩を中断する二人。
 今後も、こんなやりとりが続くのだろうなとうんざりしながら、ZER0は頭の中で、まったく別のことも考えていた。
 目的を果たす手段。
 ルピカは、バーニィの薦めで今回の新チームへ加入することとなった。だが、それがどういった目的の為なのか、ルピカ本人も、推薦者バーニィも語ろうとはしない。
 何の目的がある? 悪いようにはしないというバーニィの言葉を信じてはいるが、気にならないはずはない。
「さて、ラボの試験はバーチャルルームの「神殿」と呼ばれるステージで行うが・・・それしか、ラボは情報をよこしてない」
 試験前の作戦会議へと入ったが、会議が開けるほどの情報が手元になかった。
 未知の現場にて、どれほど臨機応変に対応出来るか。それも試験の一部である以上、詳しいことを公表出来ないというのがラボの説明だった。
 それは当然の言い分であり、異議はない。ないのだが、やはり情報が少ないというのは、それだけで不安になる。なにより、どういった指示を出すべきか? チームリーダーとしての経験がほとんど無いZER0にとって、この情報量の少なさはよりプレッシャーとなって押しかかってくる。
「まあ何処であろうと、やることは変わんねぇけどな」
 どちらにせよ、このメンバーで戦闘を行うのは初めてだ。どちらにせよそれだけで、立てられる作戦などたかがしれている。あきらめにも近い開き直りで、ZER0は不安を強引に拭った。
「俺とアッシュが前線。後列に残り三人のオーソドックスなスタイルで挑むが・・・」
 ハンター二人,レンジャー二人,フォース一人。これだけを見れば、非常にバランスの取れたパーティーといえるだろう。故にオーソドックスな陣形を取るのは、至極当然といえる。
「シノはアッシュの、バーニィはルピカの護衛に集中してくれ」
 しかし陣形こそごく当たり前の形を取るものの、内容が少し異なっている。
 アッシュには、熱くなりすぎてパーティーからはみ出し突っ込む「癖」がある。またルピカはハンターズとしてだけでなく、フォースとして戦闘に参加すること自体が初めてのことだ。各々に各々の護衛を付けなければならないだろう。もっともZER0の指示を、自信家である二人は最初「護衛はいらない」と反対したのだが。
「後の細かい指示は、状況を見て出す」
 今の状況では、ZER0にとってここまでが精一杯だった。
 もっと上手い作戦は練られないものか? もっと上手い戦術を準備するべきではないか?
 不安を表に出すわけにはいかない。リーダーとしてその自覚があるだけに、余計心の奥底に追いやった不安が蓄積し、吐き気すら催しそうになる。
 ふと、ZER0は偉大なるリーダーとして腕を振るった女性の言葉を思い出した。
 「戦術」も大事だけど、それより大事なのは「戦略」よ。
 リーダーとしてダークサーティーンをリードしてきた黒の爪牙が、リーダーの心得としてZER0に授けた言葉があった。
 どう戦うかより、どう戦いを有利に導くか。リーダーに求められるのは、机上の空論よりも現場での的確な指示。
 この言葉は、ESがリコから教わった教訓だという。またリコも、この言葉を彼女の師匠とも言える人物、三英雄ヒースクリフ・フロウウェンから授かったらしい。
 巡り巡って、三英雄の教訓はZER0の下へと語り継がれている。
(ま、なるようになるさ)
 けして現場での指示に自信があるわけではない。だが、あれこれと悩んでも仕方のないこと。少なくとも今は。
「よし、とりあえず行ってみるか!」
 チームに、そして自分に気合いを入れる為に、声を張り上げ会議の終了を宣言した。
 ぶっつけ本番。それもまた、自分らしい。
 チームリーダーとしての自分には自信など無いかもしれないが、しかしハンターズのZER0には自信がある。少なくとも今はそれで良い。
「あ、ZER0。言いそびれていたことがあるのですが・・・」
 ラウンジを出てラボのバーチャルルームへと向かおうとしたその時、シノがZER0を呼び止めた。
「ESから伝言を授かっています」
 シノが言うには、急にZER0が「しばらく自室に戻らなくなった」事を知り、自分の替わりに留守を任されていたシノへ伝言を頼んだという。
 彼女のことだ。本番前になって落ち着かなくなっているだろう自分を、からかい半分ながら励ましにでも尋ねてくれていたのだろうか? だとしたら、申し訳なかったなとZER0は思った。しかもノルの部屋に転がり込んでいることを伝えていないのだから余計に。
「そうか・・・ESはなんだって?」
 後ろめたさを感じながらも、とりあえず彼女の伝言を聞こうとシノに尋ねた。
「ゆうべはおたのしみでしたね?・・・だそうです」
 がっくりと膝を折るZER0。
「あっ、あの女狐めが・・・」
 そう、そうだった。ESという女は、そういう奴だった。今更ながら、彼女の嗅覚と勘の鋭さと、そして底意地の悪さを、ZER0は思い知った。

 照りつける太陽が眩しい。
 バーチャルとはいえ、一つ一つが本物に限りなく近い。太陽ですら、その光共々きちんと再現されている。そしてその光を乱反射し輝く湖面もまた、限りなく本物に近いバーチャル。
 ラボはこのバーチャルフィールドを「神殿」と名付けていた。
 偽りの太陽光が照らし出すフィールドには、確かに神殿の名称にふさわしい建造物がそこここに建ち並んでいた。
 ただしその神殿は全て、朽ち果てていた。
「なんともノスタルジーじゃないの」
 バーニィが漏らした感想が、おそらく設計者の意図なのだろう。得てして、物を作ることに携わる者達は、自分なりのこだわり、言い換えれば「芸術」を求めてしまうものだ。このバーチャルフィールド「神殿」の設計者は、朽ち果てた神殿、そこを戦場とすることに何らかの「美学」を表現したかったのだろう。
 神殿の門。試験という実戦が始まるスタートライン。その前に、人の頭ほどの大きさはある機械が浮いていた。どうやら何かの端末らしい。
「VRテストフィールド・・・神殿αエリアより通信・・・アクセス、ハンターチームD−Hz」
 ZER0がその端末に触れると、そこからメッセージが聞こえてきた。
「あーあー。ゴホン! もしもし? 聞こえます?」
 どうやらこれは、通信端末のようだ。若い女性の声、それも少しばかり緊張した声が尋ねてきた。
「はじめましてハンターチームD−HZの皆さん。こちらラボ。最新鋭VRフィールドへようこそ!」
 声はラボからの通信であることを告げている。もっとも、ここがラボの用意したバーチャルルームなのだから当然なのだが。
(・・・どっかで聞いた声だよなぁ?)
 女性に限定してのことだが、声や顔,名前は出来うる限り記憶している軟派師は、端末から聞こえる「声」に覚えがあった。
 その答えは、声の主が自ら名を明かしたことで判明する。
「私、これからあなた方のサポートを担当するオペレータのエリ・パーソンと言います。よろしくお願いします!」
「あっ、エリちゃんか!」

 心当たりある名前に、思わず叫んでしまったZER0。他のメンバーもそうだが、名を呼ばれたオペレータも突然叫ぶZER0に絶句した。
「ああ、わりぃ。俺だよ俺、ZER0。覚えてるかな、前に・・・」
「あーっ、ZER0さん! って、どうして? えっと・・・あ、ホントだ、チームリーダーZER0さんになってますね!」

 突然の展開に、取り残される四人。だが、当の二人は盛り上がっている。
「お久しぶりです。でもほん・・・あっ、すみません。はい、気を付けます・・・」
 どうやら、彼女の絶叫に近い歓喜はオペレータ室に響いたらしい。しきりに謝っている声を聞く限り、どうやら同室の上司にでも怒られたようだ。
「はは、まあ積もる話は後にしよう。とりあえず案内をよろしく、オペレータさん」
 後ろで取り残してしまった四人の視線も痛いことだし。ZER0は本来の目的である案内をエリに求めた。
「あ、はい。えっと、ZER0さんの目の前にいるコが、こちらも最新鋭の通信端末。名前は「CAL」と言います」
 CAL? カル?
 その端末の名前に、またZER0は引っかかるものを感じだが、こちらはあまり気にとめなかった。女性に絡む話ではなさそうだからというのがその理由になるだろうか。
「どうです? カッコイイでしょ? デザインとか。フォルムとか・・・素敵・・・」
 相変わらずだな。彼女の性格・・・特に彼女が「メカフェチ」であることを知っているZER0は、知っているからこそ、苦笑を浮かべた。
 知っているとは言え、ZER0は彼女のことをさして深く知っている訳ではない。ただ依頼人とその依頼を受けたハンター、そういう関係であったに過ぎない。
 ただ、彼女のメカフェチっぷりはZER0に強烈なインパクトを与えていたため、そう忘れられなかったのだ。
 いや、忘れるはずもなかったと言うべきか。彼女の依頼により見守ることになったあの悲劇。忘れられるはずもない。
「あー、エリちゃん? 「そういう話」も後でたっぷり聞くから、オペレートよろしくね」
「!・・・ゴホン! え、えーとですね・・・」

 ZER0の呼びかけで我に返ったエリは、咳払いで場を誤魔化し、説明を始めた。
「VRフィールド各所に配置されているこの端末にアクセスすれば、いつでもフィールド情報などのサポートを得ることが可能です。見つけたらアクセスしてみてください。ただし、戦闘中はアクセスできない場合が多いと思います。端末の緑色のライトが光っていればアクセスできるはずです」
 オペレータらしく、ハキハキと、しかし事務的な説明がなされた。彼女の場合、照れ隠しというか、事務に徹し先ほどの失態を誤魔化したいという真理もあるのだろうが。
「それと・・・このVR適合試験はハンターズとしての皆さんの能力をテストするためのものですが、同時に実地調査のための訓練にもなっているんです。VR空間だからといってモノもダメージも現実と同じように蓄積されますから・・・油断してはダメですよ?」
 既に受けた説明だが、確認の為も含めオペレータからアナウンスされる。もう先ほどのお茶目なやりとりも忘れ去られ、ハンター達に緊張が走り始める。
「・・・あっ、ごめんなさい!」
 突然、またエリが端末の向こうで謝りだした。
「はい、はい・・・すみません。以後、気をつけます」
 どうやら、また上司に怒られたらしい。走り始めた緊張は、一気になごんでしまった。
「ったく なによ・・・あ・・・余計なこと言うなって怒られちゃいました。てへへ、新人はツライです」
 オペレータとして、この緊張感の無さは少し問題だろう。だが今のZER0達には、彼女の少しだけ気の抜けた明るさはむしろ救いになっていた。偽りの太陽が照らす明るさよりも。
「とにかく! 気をつけてください。きっと今までのラグオルのようにはいかないはず。健闘、祈ってます!」
 少しばかり慌ただしい通信を終え、ZER0は振り返った。
「さて・・・なんかちいとばかり気が抜けたが・・・」
 堅くなったままより何倍もマシだ。打算のないオペレータの明るさに救われた一行は、口元に笑みを浮かべ、しかし目つきだけは真剣に、扉の向こうへとむき直す。
「It’sClobberin’Time!(戦闘開始だ!)」

 神殿というノスタルジーな設計を、芸術的な見地だけなら素晴らしいと言えた。
 だが、そんなものはあくまで装飾だ。
 実戦という地獄に放り込まれたハンター達は、試験の為に用意した「エネミー」の種類と配置に、設計者の悪意すら感じていた。
「亜生命体と花、それに蚊トンボまでたぁ・・・やってくれる」
 もしここがラグオルならば、あり得ない組み合わせ。それもバーチャルならば可能なのだ。
 ラグオルは大きく分けて四つのエリアに区分し考えられている。それは地域的な特徴もさることながら、そこに住まう「エネミー」の特徴が同じ為でもあった。森ならばネイティブ、洞窟ならばアルタードといった、エネミーの持つ「属性」が同一だったのだ。
 ここバーチャルフィールドのエネミーは、ラグオルで徘徊していた物達をモデルに、そのまま再現している。だが、ラグオルではあり得なかった「異なる属性を持つエネミー」を配置しているのだ。
 属性が違う事は、ハンター達に大きな「差」を生み出す。
 彼らが持つ武器はフォトンと呼ばれる光に似た物質を活用している。このフォトンには科学的な証明はまだ不完全ながら、異なる属性を帯びていることが判っている。そして帯びた属性もフォトンによって強弱が異なる。
 このフォトンの属性とエネミーの属性が合致すると、本来よりも大きなダメージを与えることが出来る。その為ハンター達はラグオルに降りる前、自分が侵入するエリアのエネミーに合わせ武器を選ぶのが習慣になっていた。
 その習慣を、ここVR神殿は覆したのだ。エネミーの属性がバラバラになっているということで。
「バーニィとルピカは蚊トンボを、アッシュは花を摘み取れ!」
 しかしだからといって、やることは変わらない。
 殲滅。
 確かに属性による有利を得られないのは痛いが、それは不利になったというわけではないのだ。エネミーの特徴まで変わっているわけではない。少なくとも見た目で判断するならば。
 モスマントとその巣となるモネストはレンジャーに処理させるが効率良い。飛び回るモスマントは、ハンターの持つ接近戦用武器では叩き落とし難い。レンジャーの銃器こそ、最適だ。それをバーニィにまかせ、同時にバーニィが援護すべきルピカにも頼む。
 そしてポイゾナスリリーだ。遠方から毒を吐き付けるこの花には、アッシュをあてがった。花は厄介だが、植物故に動かない。動かない相手ならば、アッシュが下手な深追いをすることもないだろう。
 ただ問題は、そのアッシュに群がるディメニアン。
 亜生命体の兵隊達は、蟻がアメ玉に群がるかのごとく、アッシュを取り囲もうと迫り来る。花に集中しているアッシュにとってこれは危険だ。
 しかし、そこはアッシュの護衛を任せたシノが解決する。アッシュに近づこうとする兵隊蟻をヤスミノコフ9000Mで足止め、いや撃退している。まるでアッシュという囮を活かすかのごとく。むろん兵隊蟻駆除にはZER0も加わっている。
 なかなかどうして、ZER0は「戦略」をしっかりと整えている。
(問題があるとすれば・・・)
 ちらりと、ZER0はルピカを見る。
 ルピカのテクニックは、凄まじいものがあった。フォースの持てる最大級のテクニックレベル。どうやら彼女の扱うテクニックは、どれもがその最高点に達しているようだった。いや、もしかするとその最高点を超えているかもしれない。少なくとも、ZER0は自分が知る凄腕のフォース、黒魔術師のテクニックよりも威力があるように感じていた。
 バーニィから事前に、彼女のテクニックは最高級であることは保証すると聞いていたが、確かにその言葉通りだろう。それだけでなく、エネミーに対する恐怖心やテクニックの使いどころといった、ハンターズとしての心構えも問題ない。戦闘に関しては初心者だとも聞いて心配していたのだが、むしろ手慣れたように淡々と戦闘をこなしている。
 よくよく考えると、彼女と初めてあった時・・・グラン・スコール号の生存者探索の時、彼女はボロボロになりながらもどうにか生き残っていた。それもたった一人で。パイオニア2の誰よりも早くラグオルに降り立ちながら、すぐには駆けつけられなかった調査隊・・・自分達が発見するまでの長い長い間をたった一人で。つまりは、それだけ彼女はサバイバルに関して「タフ」だと言えるのだ。こうした戦闘になれているのも、当然と言える。
 だが、問題は別にある。
 彼女は「一人で」生き残る術は心得ている。だが、チームで生き残る・・・チームの中で活動することに慣れていない。いや、チームで動こうという意志がない。
 どうにか、ルピカはZER0の指示は受け入れている。今も飛び交う蚊トンボを焼き払い、巣となるモネストを潰した所だ。だが、その後彼女は何もしない。
 攻撃テクニックで敵を倒すことも重要だが、テクニックで援護するのもチームという中にあるフォースならば重要な役割だ。例えば、今ZER0達が相手をしているディメニアンに対し、攻撃テクニックで援護するか、またはジェルンやザルアといった敵の能力を下げるテクニックで援護するといったサポートが求められる。
 ところが、ルピカは敵が自分に襲いかかろうとしない限り、手も出さなければ援護もしない。
 ルピカは、「自分だけが」生き残る為にのみ、テクニックを使っている。仲間の為に自分の精神をすり減らしてテクニックを使うより、そのような無駄なことにテクニックを使わず、温存した方が「自分にとって」有利だと、考えているのだろう。
 そもそも、彼女はZER0達を「仲間」だと、認識していないのだろう。
「・・・なに、文句ある?」
 一通り戦闘を終えた後で、ルピカは言った。自分は言われたことならば為し得た。文句を言われる筋合いはない。言葉一つと視線で、ZER0に食ってかかるように。
「あるに決まってるだろ! ジェルンだとかザルアだとか、フォースならサポートくらいしっかりヤレよ!」
「あんたに訊いてない。ZER0に訊いてるのよ」

 ZER0の代わりに吠えたアッシュ。その遠吠えをうざったいとばかり相手にしないルピカ。
「この、フォースならもっと・・・」
「よせ、アッシュ」

 怒髪天をつく勢いで捲し立てるアッシュを、ZER0は制した。怒りはそう収まらないが、渋々アッシュは言葉を引き込める。
「・・・文句はないが、問題はあるな」
 静かに、そして率直にZER0は答えた。
「ま・・・問題は追々改善するさ。バーニィ、ルピカの手が空くようなら、お前から指示を出してやってくれ」
「あいよ」

 今ここで、問題点を上げ改善を迫っても解決にはならない。むしろ拗れるだけだろう。
 意識の改善。そこから始めなければならない問題なのだから。
(長い戦いになるな・・・)
 まだ試験は始まったばかりだ。確かに、戦いはこれから。
 しかし、ZER0が戦うべき相手は、試験の為に配置されたエネミーだけではない。
 むしろ奴らの相手をしていた方が楽だ。先を急ぎながら、ZER0は後ろからついてくるルピカを思い、考えていた。

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