novel

No.1 暗黙の絆〜Silent palace〜

 ラボが独自にハンターを選抜し、先発隊を結成する。この話で、今ハンターズギルドは持ちきりだった。
 今の調査範囲内では、限界がある。この現実を様々な形で感じていたハンター達にしてみれば、新たな探索ポイントへの挑戦は願うべき事。
 今のままでは、ラグオルの真相に迫れない。
 今のままでは、エネミーから奪える財宝もたかが知れている。
 今のままでは、自分の腕を試せない。
 今のままでは、自分の名を知らしめるには難しい。
 今のままでは、退屈すぎる。
 今のままでは・・・変わらない。判らない。
 様々な「欲望」が、彼らを突き動かしていた。
 故に、ラボには選抜試験を受けようと多くのハンター達からの応募が殺到していた。
「ご足労感謝する、ハンターズの諸君。私はパイオニア2研究施設統括チーフのナターシャ・ミラローズ」
 殺到する応募の中から何組かが、ラボの中枢部に招集されていた。今挨拶をしたラボの最高責任者であり今回の先発隊派遣の「依頼人」となるナターシャの説明を聞く為に。
「ラグオルでの事件、謎の地下遺跡、そして危険な生命体の存在。君達もハンターズならば既に地表で体験済みだろう?」
 当然の事だ。そうでなければ「ここ」に来る事はないだろう。
 選抜試験を受ける。つまりはそれ相応の「腕」を持っていると自負した者でなければ「ここ」に来る事はない。現在調査可能なエリアは全て体験済みだ。
「今回、私が君達に話す内容は総督府からの指令ではない。君たちハンターズに対するパイオニア2ラボからの依頼任務、と考えてもらってけっこう」
 確かにその通り。今回のケースは、ラボが選抜したハンターに依頼するという形になる特殊なものだ。だが本質的には、ラボが優秀なハンターを、本来総督府のお抱えである彼らを自分達の方へと抱き込もうとしているのだ。ラボはラボで独特の権限を持ち始め、総督府への反発を強めているだけに。
 言葉とは便利な物だ。言い方一つでどうにでも印象が変わる。説明を受けているハンターが一人、その事をよくよく知っている為か心の奥底で苦笑していた。
「簡単に説明しよう。今回、我々独自の調査によってラグオル地表の新たなポイントが割り出された。そのきっかけとなったのは、ある人物からの通信だ。しかもその人物とは、パイオニア1クルーの中でも最高クラスの重要人物」
 ナターシャのこの説明に、ハンター達はざわついた。
 パイオニア1。自分達よりも前、それも七年も前からラグオルへと到達し様々な調査や研究・・・そして陰謀を張り巡らしてきた先発隊。彼らはパイオニア2到着と同時に起きた「セントラルドームの爆破事故」をきっかけに、全員との連絡が途絶えていた。今日までラグオルを隅々まで調査してきたハンター達の間では、まったく消息が掴めていない事から全滅したと考えられていた。
 そんなパイオニア1の生き残りがいる。ナターシャの言葉はそれを物語っているのだ。この事実に動揺しないハンターズはいない。
「・・・ただ、腑に落ちない点がひとつある」
 しかしそんな彼らの動揺を前に、動揺を誘った本人はそれを否定し、そしてさらなる動揺を生み出そうとしていた。
「我々が航行中にパイオニア1から受信したログを確認する限りでは、その人物は既に数年前のラグオル地表において死去されたとされている」
 生き残りではない。既に死んだはずの人間からのメッセージ。
 いったい、何が言いたいのか? どういう事なのか?
 ハンター達の間を今度は、混乱という動揺が広がっていく。
「そこで調査を行う必要が出てきたというわけだ」
 当然だろう。このような不可解な事柄をオカルトの一言で片づけるほど、ラボは非科学的ではない。
「・・・ただし、任務はかなりの危険が予測されると同時に重要機密でもある。・・・故に、君達がこれに耐えうる適合性を持っているかどうか。それを調べるための試験を受けてもらうことになる」
 危険よりは機密を重視したいだろうに。ハンターの一人は皆が混乱する中、この演説をさらりと終えようとしている女狐を見据えながら、また心の奥底で苦笑した。
 まず今回の作戦目的を一部明かし、ハンター達の関心を呼び込む。そうやって注目を集めながら作戦を成功させていけば、次第にハンター達も総督府からラボへと信頼を移していくだろう。そうする為の布石を打っているのだ。
 自分とて、事前にあれこれとラボの内情を知らなければ、この女狐に化かされ続けたかもしれない。そう考えると震えが来る。まったくもって、恐ろしい女だ。苦笑し続けていたハンターは、ナターシャがラボのチーフに抜擢されたその神髄を見せられ、そしてまた苦笑を続けていた。
「適合試験の詳細については補佐官から説明があるはず。良い結果を期待しているよ」
 一通りチーフからの説明が終わり、次に彼女が呼び込んだダン補佐官の説明が続いた。
(期待しているよ。君には特にね)
 場を補佐官に委ねた後で、女狐は自分に対し苦笑し続けていた・・・苦笑されていたのを肌で感じていた一人のハンターに目をやりながら、今度は彼女が心の奥底でほくそ笑んでいた。

「こりゃ、総合的な能力を試されそうだな」
 補佐官の説明を総合すると、バーニィのこの一言が全てと言えるだろう。
「ヴァーチャルルームでの適合試験か・・・しかもラグオルにはない新しい舞台を用意したときたもんだ・・・どうする? リーダー」
 ラボからの説明を一通り受けた後で、ZER0をリーダーとした新たなハンターチーム「D−Hz(ディーヘルツ)」はこぢんまりとしたハンターズギルドの一角で簡単なミーティングを行っていた。
 ハンターズギルドはパイオニア2の至る所に窓口がある。それは彼らがいるここ、ラボのあるパイオニア2中枢区画にも存在している。だが、その規模は他の区画に比べあまりにも小さい。
 この中枢区画は、ラボ関係者の他、軍部関係者や母星政府関係者,そして「高貴な血筋」の方々が集まる場所だ。つまり、ハンターズを清く思わぬ者ばかりがここには集っているのだ。ハンターズにとって、ここほど肩身を狭く感じる場所はない。
「まずは・・・この近くでミーティングを行える場所を探す事が先決かもな」
 苦笑混じりに提案したリーダーZER0の意見は、ある意味で優先事項とも言えるが、今はとりあえず後回しにすべきだろう。
「まあ・・・どうにかなるだろ。即席チームとはいえ、それなりのことは出来るだろうし」
 いい加減な話だ。リーダーとしてこのようなまとめで良いものか?
 しかし、あながち間違いではない。
 まずリーダーのZER0と彼の相棒シノ。そしてもう一人の相棒バーニィの三人は、非常に相性が良い。特にシノとバーニィは「別のリーダー」の元で共に何度も戦った経験がある為、何の心配もないだろう。更に言うならば、ここ最近シノはずっとZER0の側に立ち戦っており、バーニィはZER0と初めて会った時から馬が合っていた。つまりこの三人「だけ」ならば問題など何もない。
 問題なのは、残りの二人である。
 内一人アッシュは、ハンターとしての腕はそこそこ・・・いや、最近の彼は若い割りにかなりの腕と言っても良いほどに上達している。だが、彼はすぐに熱くなり、敵の群れへと突っ込む「癖」がある。その癖は特にチームという組織内で活動する事に対して大きな欠点となるだろう。
 もう一人ルピカは、ハンターとして初心者であるという事全てが問題になっている。バーニィが言うには「テクニックに関しては文句の付け所はない」との事だが、しかし実戦経験のない彼女が、そのテクニックを効率よく使いこなせるかは又別の問題だろう。
 それに彼女の場合、もっと大きな問題がある。
「ちょっと、いつまでこんな狭っ苦しい所にいるつもりよ。どうにかなるんなら、もう解散してよね」
 この高飛車な性格が、一番大きい。
 チームプレイは、信頼と協力の上で成り立っている。彼女の場合、信頼も協力もないだろう。一応リーダーであるZER0は半ば脅迫じみた脅しでもって、自分がリーダーである事を知らしめてはいるが、「本番」になってからも大人しく言うことを聞くとは思えない。
 ZER0の「どうにかなる」という判断は、二人の性格的問題をすぐに解決出来ない事へ対する「あきらめ」も含まれているのだ。この場で細かく打ち合わせた所で、二人の性格が良くなるとは思えないのだから。
「なんだよその言い方は。新米の癖に生意気だぞお前」
「ハッ、ばっかじゃないの? あんたみたいな弱っちいハンター風情が、この私に楯突かないでよね」

 そして最悪な事に、この二人は大変に仲が悪い。
 ハンターに誇りを持つアッシュと、本来は「高貴な血筋」のお嬢様であるルピカでは、むしろこれが当たり前とも言えるが・・・犬猿の仲とはまさに彼らの事を言うのだろう。
 チームとしてまとめなければならないZER0としては、この犬と猿をどう手懐けるのか。秘策となる「きびだんご」をどう作り与えるのかがチーム「D−Hz」の成否にかかっているようだ。
「そこまでにしておけ、二人とも。ふぅ・・・まあこの場はこれで解散としよう。俺達がラボの試験を受けるのは、明日の十時からだ。その一時間前までにここへ集合する事。以上だ」
 元々自分はチームリーダーとしては向いていないと感じているZER0は、明日始まる試験に対して漠然とした不安だけが残っていた。

「大変な試験になりそうだな」
 直前までのやりとりを知ってか知らずか、男はZER0の船出を厳しく評した。
「まあヴァーチャルルームだからな。派手に暴れても問題ないだけ、むしろ好都合さ」
 もちろん虚勢だ。目の前の男に対し、あまり弱い所を見せられないZER0の、精一杯の強がりだ。もちろん軽いユーモアのつもりでもあり、そして本心でもある。
 ヴァーチャルルームはあくまで仮想の戦場だ。限りなくリアルに再現されるとはいえ、滅多な事では命を落とすまで危険な目には遭わない。むろん命を落とすような危険に陥った時点で試験は失格となるのだが、本当に命を落とさない安心感は、思いきった行動を取りやすくなるのも事実だろう。それがアッシュの暴走に繋がる懸念はあるが、しかしそれも含め、初の指揮取りで大胆な指示を出せる自分に対してはプラス要素になるだろう。
「で、そんな大変な試験を明日に控えたこの俺に、何の用だ? レオ・グラハート殿」
 軍部高官を前にしても、ZER0は態度を改めたりはしない。
 軍人がハンターズを嫌うように、ハンターズである彼も又軍人を嫌っている。更に言うならば、彼は俗に言う「お偉いさん」や「貴族」といった身分の高い者達を嫌う傾向が強い。もちろんその理由はやっかみ妬み以外の何物でもないのだが。
 しかし彼、レオの場合はまた別だ。別の理由で、ZER0は態度を他の「仲間達」同様に変えることなく接している。
「ふむ。君にエールを送る為では、理由にならんか?」
「ならねぇな。俺は野郎の声援じゃ、別段士気が上がる事もねぇ」

 ZER0はこのとぼけた男をいたく気に入っている。そしてレオも又、ZER0を特別視しているのだ。ZER0がレオに対しへりくだらない理由はここにある。
「要するに、情報が欲しいんだろ?」
 単刀直入に、ZER0はレオの用件を自ら切り出した。
「もう少し、ウィットに富んだトークを楽しむ余裕があってもいいと思うがな」
 お気に入りのローズティーを口元に運びながら、軍部高官が会話という行為に対し意見を述べる。
「相手が女ならな」
 すかさず、ZER0は手短に切り返す。もちろんレオを相手に「ウィットに富んだトーク」などをしたくないという事ではない。要はこれが、ZER0流の「ウィットに富んだトーク」なのだ。
「なるほど。ならば、ここからは女性を相手に交渉を進めて貰う事にするか」
 しかしこういったウィットに関して言うならば、レオの方が一枚も二枚も上なのだ。
「入りたまえ」
 机に設置されたインターホンを通じて、レオが誰かを呼び込んだ。
 しばらくして部屋に訪れた女性を見て、最初ZER0は随分といい女を呼びつけたなとほくそ笑んだのだが・・・よくよくその女性の顔を見て、レオの「魂胆」を思い知った。

 レオが欲する情報とは、当然ラボが行おうとしている調査に関する事だ。
 しかしこの情報、チーフがハンター達に説明した通り、重要機密である。そうそう簡単に右から左へと流せる物ではない。
 だが、元々ZER0はラボに対し潜入調査をするつもりでいる。それはレオの依頼ではなく、ダークサーティーンのリーダーESの、ひいては総督府の為に行うスパイ活動。レオは「そのついでに」こちらにも情報を提供してくれないかと持ちかけてきたのだ。
「もちろん、タダで情報を提供してと言うつもりはないわ。私達に出来る限りのバックアップは行うし、中枢区画で活動しやすいよう拠点の提供も手配するわ」
 レオが呼び出した女性が、熱心に説明し、そして熱心に誘う。
「・・・ったく。相変わらず策士だな、あんたは」
 ZER0は女性ではなく、この女性を呼んだ軍部高官を睨みつけながら言い放った。
「適材適所という言葉があるだろう? 俺はそれを忠実に実行したまでだ」
 ニヤリと口元をつり上げる、その余裕の笑みがZER0を余計に悔しがらせる。
「判ったよ。その話、受けた。こっちにリスクはねぇし、提案はありがたいし・・・」
 ちらりと、ZER0の了解の言葉を笑顔で聞いている女性に目をやり、続けた。
「お前の頼みじゃ、断れねぇしな」
「ありがとう、ZER0。TEAM 00(チームダブルオー)を代表して、お礼を言わせて貰うわ」

 更に女性は満面に笑みを浮かべ、ZER0の手を取り握手を交わし、喜んだ。
 初めてあった時は、睨みこそすれ、こんな笑顔を見せた事もなかったのにな。一時期「ハンター仲間」として共に戦った戦友を、今は軍人である彼女を、少し照れながら見つめていた。
「それにしても・・・髪、伸ばしたんだな。DOMINO」
 出会った頃には短かった髪は、今ではもう少しで腰に届くという程に伸ばされている。
「ええ。なんとなく伸ばしてみたんだけど・・・に、似合うかな?」
 最初彼女がこの部屋に訪れた時。ZER0はすぐにその女性がDOMINOだとは気付かなかった。それは彼女が髪を伸ばしていた為に随分と印象が変わっていた事にある。
 いや、変わったのは髪だけではない。
 どこかハンターに対して、特にZER0に対して刺々しかった態度が、随分と丸くなっている。それでも少しつり目がちな瞳は相変わらず凛と輝いており、気が強い性格そのものが変わった様子は見あたらない。それでも、随分と印象が変わったと感じられる。
 女性らしくなった。元々DOMINOは魅力的な女性だったが、より一層、DOMINOは女性らしく美しくなった。内面から来るその魅力を、ZER0は感じ取っていた。
「まあ・・・似合ってる・・・よ、うん。似合ってる」
 軟派師として、目の前の女性を口説くように褒めるのは造作のない事、そのはずであった。だがかつての仲間であり、以前よりもストレートに接してくるようになったDOMINOに対して、どこか照れがある。それはZER0の言葉を詰まらせた。
 あの軟派師が言いよどむ。ZER0の性格をよく知るDOMINOだけに、それがある種最高の褒め言葉になっているのを知っていた。だからこそ、またDOMINOは笑みを満面に浮かべるのだった。
「あー、んん。取り込み中悪いんだがな、二人とも」
 わざとらしい咳払いと共に、蚊帳の外にいたレオが見つめ合い顔を赤らめている二人に声を掛けた。当の二人は、レオの横槍で我に返る。そしてDOMINOがZER0の承諾を聞いてからずっと手を取り握手をしたままだった事を思いだし、慌てて手を離し、そして顔を真っ赤にさせた。
「積もる話も多いだろうから、もう少し話をさせてやりたい所なんだがな。それは次の機会にしてくれたまえ」
 言葉こそ真面目だが、ニヤニヤしたその顔付きはけして真面目とは言えない。
「DOMINO。すまんが「商談」もまとまった所で・・・ZER0達の拠点確保と情報線確保の確認を急いでくれ」
 どのような顔付きで言われようとも、命令は命令。DOMINOは敬礼と共に命令を承諾し、部屋を出て行った。
「・・・色々あったようだが、変わってないな」
 久しぶりに敬礼する彼女を懐かしく思いながらも、真面目な性格は変わっていない事に、なにか妙な安心感がZER0にはあった。
「立派になってくれたものだ。今ではTEAM 00をとりまとめる立場に就いて貰っているよ」
 TEAM 00はレオが極秘に結成した諜報部隊だ。大きく歪んでしまったWORKSに代わり、彼の信じる理念の為に動いている。DOMINOはそんなTEAM 00の隊員として、レオの元で活動を続けている。
「君と同じだ。TEAM 00の面子は、皆一癖も二癖もある者達ばかりでな。それを彼女は、良くまとめている」
 レオが個別個別呼び寄せたメンバーは、彼の目にとまるだけの才能を持っている。だがそれだけに、あれこれと問題も多かったらしい。それをあのDOMINOがリーダーとなりまとめ上げている。レオは簡単な彼女の経緯をZER0に語った。
「そうか・・・苦労してんだな、あいつも」
 君にエールを送る為。レオはZER0を呼び出した理由を最初こう語っていた。その言葉は、あながち間違いではなかったようだ。

 何かしら活動する際は、基盤固めが重要になってくる。ラボに、そしてラボが置かれている中枢区域に不慣れなZER0としては、明日の試験もそうだが、その先にあるラボでの行動基盤を固める事は非常に重要な事だ。
 レオとの交渉は、その基盤固めの一環。レオから呼び出されなくとも、結局ZER0は彼の元を訪れていただろう。
 そしてもう一人、ラボでの協力者となってくれるであろう人物の元に、ZER0は立ち寄っていた。
「パイオニア1ラボも随分と大規模に怪しいことやってたようだが、それはここパイオニア2ラボとて変わりはない」
 白衣を着た博士が一人、マグカップ片手に語る。
「ラボというのはどこもそうだが、政府から研究資金が出てる以上かなり癒着も激しい。そうだな、実際に裏世界の組織ともつながりが深いのもまた事実」
 くだらない、ドロドロとした上層部の癒着になど興味はない。自分は研究に没頭出来ればそれで良いのだがと愚痴を付け加えながら、博士は手に持ったマグカップを口元へと運ぶ。
「だが、金がなければ研究も出来ない、か。判っちゃいるが、釈然としねぇな。こういう話は」
「同感だ」

 苦笑混じりに、二人の男は理不尽な世の中の仕組みに溜息をつく。
「で、モーム博士。あのナターシャって新チーフはどうなんだい?」
 ラボの研究員であり、そしてZER0達ハンターズに協力的な博士、モームに対し、ZER0は新たに着任されたチーフに関する噂を率直に聞いた。
「ふむ、謎の多い女性でな。元々は母星政府の役人だったようだが・・・詳しい事はなにも」
 少しばかり大げさに顔を横に振りながら、モームは答えた。
「ただ、かなりやり手なのは間違いない。研究者というのは私も含め、皆わがままでな。研究室同士のいざこざが絶えないものなんだが・・・」
 空になったマグカップに新たにコーヒーを注ぐ為、ポットまで歩き出しながら、博士の講義は続いた。
「それをキッチリまとめてしまったよ。かなりの短期間でな。それも、ラボの立場と総督府への不満を利用して。そうやって、総督府や軍に対抗出来るまでの発言権を握るのだから・・・恐ろしい女だよ」
 本来は味方であるはずの、同施設の一職員にまで「恐ろしい」と言わしめた女、ナターシャ・ミラローズ。実際に彼女の話しぶりを聞いたZER0は、モームの言葉がけして大げさではないことを肌で感じていた。
「こんなラボの片隅にある研究室の一博士では、君達の力にどれだけなれるかは判らんが、何か動きがあったら知らせよう」
 ZER0のスパイ行為に対し協力を申し出る博士。そのような背徳的行為が許されるのだろうか? モラルはさておき、博士にとっては上層部の「ドロドロしたやりとり」に釈然としない物を感じる一人であり、そんな上層部よりも、目の前のハンターの方がよほど信頼の置ける男だ。博士の協力行為に理由を付けるなら、これだけで充分だろう。
「すまねぇ、よろしく頼むわ」
「なに、私もスキャンダルというのに興味はあるのでな。特にそれが身内の施設なら尚更だ」

 笑いながら、二人はある種背徳的ながら「サッパリした」情報提供の約束を交わした。ラボ関係者とはいえ、モームはあくまで一研究員。むしろ深くまで潜り込もうとするZER0の方が、今後ラボの実情を知っていくことになるかもしれない。だがそれでも、ZER0にとってモームという基盤は非常にありがたい存在になるだろう。
「おっと、そうだ。スキャンダルといえば、君宛に伝言を預かっていた・・・これだ」
 博士は一枚のメモをZER0に渡した。
 そのメモには一人の女性の名前が書かれており、時刻と場所が指定されていた。

「「プフィスライムの雫」を一つ。それと、こちらの女性に「ラッピーの千鳥足」を」
「随分ときついお酒をおごるのね。なに、軟派師の常套手段?」

 いつもの店、喫茶「Break」。そのカウンターに座って待っていた女性に声を掛けるより先に、まずバーテンダーにカクテルを注文したZER0。
「この程度でどうこうなる「タマ」じゃねぇくせに」
「酷い言いぐさね。それが感動の再会を果たす相手に言う台詞?」

 言葉とは裏腹に、横に座るZER0を笑顔で迎える女性。
「久しぶりね、ZER0。噂は聞いてるわよ。それこそ色々とね」
「さすがは元ジャーナリスト様だな、ノル。そうか、俺の武勇伝はラボにまで響き渡っているのか」

 全部女絡みだけよと、おごりのカクテルをバーテンダーから受け取りながらノルは捕捉した。
「しかし・・・ラボの職員になっていたとはな」
 ノルはフリーのジャーナリストだった。だが「思うことあって」彼女は契約していたHON(ハンターオンラインニュース)を辞め、ハンターズから遠退いていった。それきり、ZER0は連絡を取ろうとしていなかったのだが・・・よもやラボの職員になっていたとは、さすがにZER0も想像出来ない事だった。
「最近ラボで、大規模な人員募集があって、民間人からもけっこうな人数が採用されたのよ。私もその募集で採用されたの」
 ノルは思うこと・・・しばらくZER0から離れる事を思い立った時、まずはハンターズギルドから遠い環境に身を置くことを考えていた。そんな時、ラボの人員募集の話がノルの耳に届いた。それはまるで神の啓示のような魅力。ラボならばハンターズギルドから随分と遠い環境だ。ならばと募集に応じたのだと、彼女は語った。
「だけどまさかね・・・あんたの方から、ラボに近づいてくるとは思ってもみなかった」
 何処か自嘲気味に笑いながら、度の強いカクテルをゆっくり味わう。
「・・・直接知らせてくれても良かっただろうに」
 再会の約束は、第三者であるモーム博士を通して交わされた。ノルはZER0と直接連絡を取ることが出来たにもかかわらず。
「ちょっとモーム博士に用事があってね。そのついで。あんたなら、博士の下に立ち寄ると思ってさ」
 それが嘘なのを、ZER0は知っている。モームの口ぶりから、わざわざノルがモームの下に出向いたのを気付いていたから。
 何となく、抵抗がある。直接連絡を取らなかったのはそんな理由だろう。
 ただ何となく、ZER0はそれが少し寂しく、そして少し理解出来ていた。
「私ね・・・」
 少し重くなった場の雰囲気。その中、ノルは少し重くなった口を開いた。
「少しの間だったけど・・・なんとなく、自分の事、整理出来たわ」
 彼女の言う「自分の事」が、「自分」にも関わることを、ZER0は認識している。だからか、彼女の言う「整理出来た」という意味を深く聞き出すことにためらいを感じた。自分に関わることだとはいえ、どうして彼女の心を深く掘り下げようとするなど出来ようか?
「さて、こーいう話はこれでお終い!」
 言葉に張りを持たせ、重くなった空気を取り払う。
 これ以上は、語ることも聞くことも不要だろう。気持ちの整理がついたと言うならば、どのように整理を付けたにせよ、ZER0は受け入れるだけだと覚悟していた。
「で、ラボの調査隊採用試験受けるんだって?」
「まあな。明日その試験がある」

 話は本題へ、いやここまでもある意味本題ではあったが、重要なもう一つの本題へと移していった。
「ただの調査隊でもなければ、あんたも暇つぶしで試験を受けるんじゃないんでしょ?」
 さすがは元ジャーナリスト。好奇心だけは衰えていないようだ。
「ラボのことなら、お前の方が詳しいんじゃないのか?」
 中枢区域に足を踏み入れたのが初めてだったZER0より、職員として働いているノルの方が詳しいのが普通だ。ZER0の言うことはもっともだろう。
「そりゃ、私はラボの職員になったからね。でもだからといって、ラボ内の情報なんて、ほとんど聞こえてこないわ」
 つまらなそうに愚痴を吐き出す。
 モーム博士もそうだったように、関係者だからといって、必ずしも情報に精通しているとは限らない。
「それでも、一般市民のままでいるよりは、情報を集めやすいと思うけどね」
 ノルがラボの募集に応じた理由は、なにもZER0から離れたかっただけではない。一般市民はもとより、ハンターズギルドにいても掴めない情報を得る為。やはり彼女の本質は、ジャーナリストなのだ。
「まだ情報は集められてないけど、でもラボ内の人脈は着実に広げつつあるわ。これでも努力してるのよ?」
 えっへんと、わざとらしく胸を張り威張るノル。
「変わってないな、お前も」
 カクテルを口に含みながら、ZER0は苦笑した。
 全てを知りたい。ジャーナリストとしてラグオルの全貌を暴こうと無茶をして降下しようとしたあの日。初めてノルと出会った日。あの時より、ノルも変わっていない。
「それで、さらなる情報を得る為に、俺からもリークしようって事か?」
「そういうこと。もちろん情報交換はギブ・アンド・テイク。こっちの情報も惜しまないから」

 今日はやけに、情報交換の約束ばかりをしてきたな。三人目となる契約者の提案に、ZER0はまた苦笑した。
 これまでに培ってきた、人脈という絆。新たなスタートを切るZER0の、チームD−Hzの基盤は、思いの外強固になっているようだ。
「ところでZER0。中枢区域までハンターズ区域から通うつもり?」
 パイオニア2は幾つもの船をワープホールで繋いでいる。わざわざ宇宙空間を通る必要がないとはいえ、区域間によっては通うのに面倒な場合も多い。特に中枢区域とハンターズの居住区域は、「要望が多い」為、少しばかり通いにくくなっている。
「拠点をDOMINOが用意してくれるらしいが・・・居住はまた別だろうからな。まあ自宅からって事になるだろ?」
 唐突な話題変更。その意図が判らないながらも、ZER0は素直に答えた。
 ZER0の答えに、何故かノルは笑みを浮かべた。どこか照れているような笑みを。
「あのさ・・・良い「ホテル」を知ってるのよ。そこからなら、中枢区域に通うの、すごく便利よ?」
 つまり、一時的な居住を提供すると申し出ているのだ。
「ついでだから、すぐにでもそこへ行こうか。積もる話も、情報交換もあるし。ね?」
 せかすように席を立ち、そしてZER0も席を立つよう薦める。
 突然の提案に多少戸惑いながら、しかし断る理由もない為ZER0も席を立つ。そもそも、女性から「ホテル」に誘われて尻込みするようでは軟派師の名折れだ。
「あ、先に「合い鍵」を渡しておくね」
 合い鍵? ホテルで合い鍵とはどういう意味なのか?
 ふと、ZER0は思い出した。過去ハンターズギルド区域に通う為に、他人の家に転がり込んだ女性のことを。
「じゃ、じゃあ、行きましょうか」
 気持ちに整理を付けたというノル。その答えが、この合い鍵なのだろう。
 飛び上がらんほどに嬉しい。男冥利に尽きるとはまさにこの事なのだが・・・。
(さて、こりゃまたどうなっていくんだか・・・)
 よくよく考えれば、色々と面倒なことに発展しかねない。
 ノル,ES,シノ,DOMINO・・・ZER0の周りには、様々な「絆」で結ばれた女性達がいる。
 彼女達が今後どういった関係へと発展していくのか。その先を考えるのは、嬉しい反面、少し怖い。
(まあ、なるようになるさ)
 軟派師たる者、先のことを考えては今を楽しめない。
 今はノルの、整理のついた気持ちに応えてやるべきだ。
 調子に乗るなとノルが肩に回してきたZER0の手を叩きながら、二人はしばらく一緒に暮らすことになる「ホテル」へと向かった。

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