novel

No.0 序章・流転の坩堝〜The whole new world〜

 事態は、刻々と変化している。
 時の流れとは、まさにその変化という流転の中にある。
 そしてパイオニア2は、そんな流転を、まるで坩堝に閉じこめたかのように激変していった。
 そもそもパイオニア2は、人が住める環境でなくなった惑星コーラルから離れ、第二の故郷となるべきはずだったラグオルへと移民する為に出港した移民船。
 だが、故郷となるはずだったラグオルも又、人が住めるような環境下にはなかった。
 ダークファルス。
 何時、何処から、どのようにしてラグオルに封印されたのか・・・かの邪神については謎が多い。
 判っている事。それはこのダークファルスが復活した事で、ラグオルは狂暴なエネミーが徘徊する惑星になってしまった事。
 そしてかの邪神を復活させたのは、惑星コーラルを破滅へと追いやった、欲望に踊る愚かな者達。
 自業自得。もし神という第三者がいるのであれば、愚かな人間達をこう評価するかもしれない。
 だが、愚かな人間もいれば、ただただ悲劇に巻き込まれただけの人間もいる。
 そして愚かな人間は、自分の愚かさに気付くことなく、また同じ悲劇を繰り返そうとする。自分に直接痛みが伝わらない限り、彼らは繰り返すだろう。
 果たして愚かな行為なのか? それは後にならなければ見えてこない。だが、少なくとも愚かにもダークファルスを目覚めさせるよう指示をした母星政府は、パイオニア2に対し指示を出していた。
 一つは、パイオニア2ラボのチーフをすげ替える事。
 名目上は、前任のチーフにパイオニア2ラボの中心人物であったモンタギュー博士失踪の責任を取らせるといったもの。しかし今回チーフに抜擢されたナターシャ・ミラローズが、これまでラボに関わった事もない人物であり、元々は母星政府直属の人間であった事などから、様々な「噂」が飛び交っている。チーフになった彼女自身、謎の多い人物である事なども噂に拍車を掛けた。
 そしてもう一つは、総督府の権限を一部ラボに移す事。
 具体的には、今後のラグオル調査の指揮は全てラボが行うというものだった。これは一向に進まないラグオル調査の原因は、総督府の指揮不足であるという事と、調査し研究できる期間がラボしかない為に、ラボが直接指揮を執った方が効率が良いという為である。
 一理ある。確かにラボが直接指揮を執った方が、効率が良いのは確かだ。しかし調査が進まなかった原因は、本当に総督府にあるのか?
 全てを知る者は、違うと答えるだろう。母星政府や軍,そしてラボも、総督府に協力的ではなかった。それが原因なのだから。そんな中でも、総督府が指揮を執り、ハンター達が活躍し、どうにか原因の主だったところへ踏み込めたのだから、たいしたものだと褒めるべきだろう。
 だが、総督府に対する世間の評価は、「無能者集団」であった。
 総督府最高責任者、コリン・タイレル総督は、ダークファルスに関する一連の事件を公表しなかった。それは無用なパニックを避ける為にあえて沈黙しようという総督の判断があってこそ。しかし真相が伝わらない事とラグオルへいつまで経っても降りられない不満が、総督府へぶつけられた。「無能者」と。
 そこに来て、今回のラボチーフ交代劇だ。パイオニア2の人々は、チーフ、ナターシャに期待を寄せていた。彼女に関する様々な噂話と共に。

「どうなっちゃうんすかねぇ」
 若きハンターがぼやく。流転していく状況の中で、自分はどうすべきなのかを考えあぐねている。
 ラグオルという名の新天地。ここを少しでも早く人の住める惑星にする為、ハンター達はこの大地に降り立ち、エネミーを刈り続けている。今軽い話を交わしたこの二人のヒューマーも、そんなハンターズの一員だ。
 いや、ただラグオルの未来の為だけで、エネミーを駆除しているわけではない。
 ハンターズギルドに登録しているハンター達は、ギルドを通して依頼される任務をこなし、報酬を受け取るという「仕事」をしている。善意でエネミー駆除をしているわけではない。更に言うならば、エネミー達は何故か通貨「メセタ」や各種アイテムを持ち歩いているため、それを狙って狩りを続けているハンターもいる。パイオニア1にあった物を勝手に持ち出しているのだろうが、エネミーはその妙な習性が自分達の命取りになっているわけだが。
 さて、実はこの二人も、善意だけでエネミーを狩っているわけではない。
「愚痴はいいから、お前はその前につっこむ癖をどうにかする事を先に解決しろ。ほれ、指定した箇所からまたはみ出しているぞ」
「あっ!」

 両手にそれぞれ刀を握りしめているヒューマー・・・ZER0は、刀先でダブルセイバーを手にした若者・・・アッシュの足下を指した。
「ダブルセイバーの扱いは随分形になってきた。それは褒めてやるけどな、そればかりに気を取られるなと言っているだろう」
「すみません、先輩・・・」

 二人はエネミーを狩る事で実戦を兼ねた実地訓練を行っていた。
 ZER0はアッシュという若者を頼むと、恩人に託されている。恩人の遺言をきちんと果たすべく、こうして稽古を付けているのだが・・・。
(確かに筋は良いんだけどなぁ・・・たく、これじゃ俺の訓練が出来やしねぇ)
 指導しているZER0も、手にしている「オロチアギト」と「サンゲ」の扱いに、まだ慣れきってはいない。いや、他の者が見れば見事なものなのだが、彼が目指す「豪刀」は、もっともっと高いところにある。
「とりあえず、今日はこの辺にしとくか。シノのメンテももう終わる頃だろう」
「はい」

 倒したエネミーから「戦利品」をかき集め、帰り支度を始める。
「ところで先輩・・・」
「ん?」

 戦利品を集めながら、若きハンターが問う。
「さっきの話なんですけど・・・どうなっちゃうんですかね?俺達」
「そうだな・・・」

 ラボがラグオル調査の主導権を握る。
 このニュースは、ハンター達を動揺させている。
 元々ハンターズギルドは、総督府の直轄にある組織だ。その為さきの「セントラルドーム爆破事件」に関して、ハンターズを中心に調査が行われていた。その調査はいまだ続いているのだが、その指揮を総督府ではなくラボが握る事になったのだ。ラボがハンターズギルドをどう扱うつもりなのか?そこに不満と不安が募る。
 ハンターズ達は、「噂」で事の真相をそれなりに把握している。だからこそハンター達の間では総督府を「無能」呼ばわりする事はない。むしろ元々傭兵稼業を生業としていたならず者だった自分達をまとめ、真っ当な仕事を与えてくれる総督府には感謝している。
 しかし世間は、総督府と共にハンターズへの風当たりも強い。
 厳密に言うと一般庶民は「何でも屋ハンターズ」に対して特別毛嫌いはしていない。むしろ身近な存在として受け入れてくれている。だが上流階級の人間や軍や母星政府に携わる人間にしてみれば、ハンターズギルドはまだまだならず者集団なのだ。そしてそれは、ラボも同じ。
 ラボに調査実権が移された事は、ハンター達にとっては死活問題に発展しかねないのだ。ラボがハンターズへのラグオル降下許可を取り下げる可能性があるだけに。
「どうもこうも、俺達は俺達の出来る事をやるだけだ」
 あれこれと悩んでも仕方ない。というより、あれこれ悩むのが嫌いなZER0は、楽観的に考えていた。どうにかなると。
「そうっすかねぇ・・・」
 だがアッシュは、漠然的な不安に対して悲観的だった。
「いいから、お前は自分の腕を磨く事を考えてろ。まともに依頼をこなせるくらいにな」
「ひどいなぁ。俺だってもう、一人でやれますよ」

 口だけは相変わらずだな。アッシュの言いぐさに苦笑いを浮かべながら、帰路へと足を踏み入れた。

 パイオニア2でアッシュと別れたZER0は、相棒である女性アンドロイドの元へと向かっていた。
「無事メンテナンスと塗装を終えました。ZER0」
 ギルド内の工房で待っていたシノは、服や髪の色を変えていた。以前の黒を基調とした服装から、赤と薄紫を艶やかに着飾る、そんな服装へと。
 シノは昔「豪刀」と呼ばれた男、ゾークに仕えていた。だが主人を失う事で彼女は形式上「自由の身」になっているのだが、ゾークの持っていた「四刀」の後見人でもあったため、四刀を受け継いだZER0の「相棒」として彼の側にいる。ZER0としてはゾークの願いでもある「シノの自立」を勧めたいところなのだが、急に自立しろと言うのも無理な話だと判断し、少しずつ「自立」出来るよう手助けをしている。
 今回のメンテナンスと外装の変更は、自立への一歩ということでZER0が勧めていた事だった。気持ちの切り替えにはやはり、こういう身近なところからやるべきだろうというESの提案を受けて。
「いいねぇ。なかなか可愛いよ、シノ」
「ありがとう、ZER0」

 旧式で従属型のシノは、あまり表情や感情を表に出さない。いや、出すのが苦手なのだ。ZER0の元に来る以前から、メンテナンスによって感情表現も出来るようあれこれと改造は続けられていたらしいが、心に相当するメインシステムだけは手を付けられない。つまり元々感情表現が出来なかったシノは、感情を出す事をプログラムされていない。だから苦手なのだ。
 それでも、笑うようになった。目の前のシノが少しだけ照れたような気がしたのは、ZER0の勘違いだろうか?
「あっ、そうでした・・・ええっと・・・」
 唐突に、シノは何かを思い出したようだ。そして・・・。
「あなた色に染まりました」
「・・・は?」

 そして唐突に、意味のわからぬ事を口にしたシノ。
「あれ? 違いましたか? ええと「シノは、あなた色に染まりました」でしたか・・・」
 何を言わんとしているのかは、何となく把握できた。が、仮に「思い当たる通り」だとしても、ほぼ棒読みの、まるで初めて台本を見て読み上げたかのような台詞に、色気はなさすぎる。
「・・・誰に言えって言われた?」
「ESに。こう言えば、ZER0が喜ぶと言われたのですが・・・」

 あの女・・・。ZER0は大げさなほどにがくりと肩を落とし、うなだれた。
「あの・・・嬉しくはないのですか? ZER0」
 何がいけなかったのか、そして何故この言葉がZER0を喜ばせるものなのかをいまいち把握できていないシノは、戸惑いながら尋ねた。
「いや、とりあえず気持ちは嬉しいよ、シノ」
 自分を喜ばせようとしてくれたシノの気持ちは嬉しいが、くだらない事を吹き込んだ黒い女狐をどうしてくれようかと思い悩む。
「そのESですが、わたくしと一緒に自室へ来て欲しいと伝言を頼まれましたが・・・すぐに向かいますか?」
 そうしようと、まずあの女をどう言い責めてやろうかと考えながら返事をした。

 まずは開口一発、シノにつまらない事を吹き込むなと説教。それを嬉しいくせにと部屋主が笑い飛ばしたところから話は始まった。
「アッシュはどうなの? 少しはマシになった?」
 相変わらずだと、溜息混じりに返事をしながら、ESの同居人であるMからコーヒーカップを受け取るZER0。
「それでもまあ、あの小生意気なアッシュも、あんたにだけは従順になったわよねぇ。ZER0って、体育会系だったっけ?」
「俺は自分に甘くて他人に厳しいからな」

 それはダメだろうと、軽くESにつっこまれる。
 ZER0はまず、アッシュに自分の事を「先輩」と呼ぶようにするところから始めていた。ドノフから任されたアッシュは、素質はあるのだがとにかく格好を付けたがる。その為反抗的な態度を取ったりZER0の指導をまともに聞かなかったりした事も度々あったらしい。
「あれだけ徹底的に「身体に教えてやった」からな。まあ、どうにもアイツは力で優劣を見せつけてやらないと素直にならんからなぁ」
 あの時は「呪い」が再発したようだったと、側で見ていたシノが言うほどの「徹底ぶり」だった。それはアッシュが瀕死で病院へかつぎ込まれた事が物語っている。
「ま、「身体に教える」だなんて・・・ZER0にも「そのけ」が・・・」
「おめぇと一緒にするな! おめぇと!!」

 バンバンとテーブルを叩き講義するZER0。ESの横では、Mがハハと乾いた笑い声を上げていた。
「さてと、座談はこれぐらいにして・・・そうね、まずあんたがアッシュと下に降りてる間に、ラボが公布した話からしましょうか」
 ラボからの公布。おそらくは全ハンターが気に掛け注目していた発表。ZER0も思わず身を乗り出して話に耳を傾けた。
「思ったよりもあっさりしてたわ。まずセントラルドーム周辺の「森地区」から「遺跡地区」にかけては、従来通りだそうよ。まあ当然でしょうけどね」
 つまり、これまで通りハンターズはラグオルに降り調査なり狩りなりをする事が出来ると言うことだ。
 よく考えれば、既にラボは遺跡地区までの調査をそれなりに終えているし、また既にハンター達には知られてしまっている。今更規制をかければ、反発を受けるのは必至。無用な反発は避けるべきだと判断してもおかしくはないだろう。
「ただ、ラボはラボで、自分達直轄の調査隊を結成すると言い出したわ。それもハンターズから抜擢するってさ・・・やってくれるわ、あの女狐」
「ん?・・・どういう事だ?」

 調査隊を結成するという話は解る。ラボはあくまでも科学研究所。直接エネミー達を相手に出来るような者は一人もいない。そこでハンター達の助けを借りるというのは、あり得る話だ。ラボは軍との仲が悪いのは有名な為、軍人よりハンターに頼るというのもよく解る。
 だが、それをESが「やってくれる」と、そう評価した意図がZER0には見えてこない。
「ラボは「総督府は無駄にハンター達を降下させ、多くの死者を出した。この反省を踏まえ、ラボではより効率的で効果的な調査を行う為、優秀なハンターのみで形成された調査隊を形成する」って言い出したのよ」
 総督府への非難と皮肉が込められているのは解るが、しかしもっともな言い分ではある。
「ラボはごく一部のハンターだけで調査をし、情報の機密性を高めようとしているのよ。これが総督府ならいいけど・・・」
「なるほど、ラボがってのに問題ありか・・・」

 ラボは今や、独立機関として強い権力を持っている。しかも母星政府となにやら「黒い糸」で繋がっているのも確かで・・・チーフに抜擢されたナターシャは元々母星政府の人間。セントラルドームの一件では総督府にイニシアチブを取られ、母星政府の「企み」をいくつも暴露されてしまったが、ラボ主導にした事で今後はそうさせまいとしているのだろう。
 総督府直下のハンターズギルドをそのまま用いては、何処からか情報は漏れやすい。ならば少数精鋭をコントロールして情報漏れを防ぐ。確かに「より効率的で効果的な調査」になるというわけだ。
「で、その「優秀なハンター」ってのは、どうやって決めるつもりなんだ?」
 名の通ったハンターは多い。そして「名が通っている」と自惚れしているハンターも多い。もしラボが一方的に選抜しては、色々と非難を浴びるだろう。何故あの人ではないのか,何故自分ではないのか、と。
 付け加えるなら、ESが懸念している「ラボの閉鎖的なやり方」を指摘し非難する者もいるだろう。それだけに、選抜は慎重に行う必要があるはずだ。
「VR(バーチャルルーム)を使った仮想空間での適合試験を行うそうよ。無難だけど、上手いわね」
 確かに、これならば誰にも文句は言われないだろう。「腕」を試される以上、不合格に文句は言えない。また参加自由なら、閉鎖的だと責められる事もない。
「つまり・・・その試験にダークサーティーンも参加するから・・・って事か?」
「違うのよ、ZER0。残念だけど、私達は参加「出来ない」のよね」

 公平なはずの試験に、ESとMが参加できないというのはどういう事なのか? ZER0は眉をしかめながら尋ねる。
「あのチーフが問題でね・・・ナターシャ・ミラローズ。彼女、「うちのおじいちゃん」とものすごぉく仲が悪いのよねぇ・・・」
 皮肉混じりにESが「おじいちゃん」と呼んだ人物。コリン・タイレル。総督府の最高責任者だ。
「総督がまだ母星政府のお役人だった時代にね・・・色々あったのよ。あの女狐、総督だけでなく、リコも、そして私にも色々と嫌みな奴でさあ・・・」
 ESは総督の娘であるリコの養女であった。つまりESから見て総督は義理の祖父になる。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。タイレル総督が憎いなら、ESまで憎いと思っても当然だろう。
 それだけではない。ダークサーティーンは総督府にかなり近いハンターチームだ。それ故に、ダークサーティーンをラボ調査隊に加えるはずがない。間違いなく総督府に情報が流れるのが目に見えているのだから。
「そうか・・・じゃどうするよ? このまま指をくわえて見てるってのはしゃくだしなぁ・・・」
 にやりといやらしい笑いを顔に浮かべながら、ESはZER0の両肩を両手で叩いた。
「いやぁ、あんたをダークサーティーンに入隊させないでいたのが、こんな所で役に立つとはねぇ」
「・・・そういう事か」

 ZER0はずっと、ダークサーティーンを補佐してきた。それこそチームメイトと同様のように。だが、正式なチームメイトではない。つまり、ZER0は個人でラボの試験を受けられる立場にあるという事だ。

「それで、チームメイトはどうするつもりですか?」
 ZER0はダークサーティーンの、そして総督府の「スパイ」としてラボの調査隊に潜り込む事を頼まれた。真相を追求したいZER0としてはそれこそやぶさかではない。だが問題がある。
「俺とお前と・・・あと誰にするか、か・・・」
 少数精鋭を目指すラボは、おそらく4〜6名ほどのチームを考えるだろう。試験に合格しやすくする為にも、出来る限り仲間を揃えるべきだろう。
「アナとクロエは・・・難しいな。あいつらの腕は正直欲しいが・・・」
「彼女達の事を考えると、厳しいですね」

 普通に試験を受け、依頼をこなすなら問題はない。しかし今回の場合、ラボの調査隊という特殊な状況故に、あれこれとラボに拘束される事は必至だろう。自由を好むあの姉妹を拘束するのは忍びない。
 もちろん、ZER0が声を掛ければ喜んで首を縦に振るだろう。だが、いやだからこそ、ZER0は声をかける事は出来ない。
「後から追いかけてきそうだけどな。まあそうなったらそうなったで、助けて貰うさ」
 間違いなく、あいつらは自分達から拘束されに来るだろう。だったら初めから・・・とも思うが、まずは先に自分達が様子を見てからでも遅くはないだろう。
「マァサ様はどうですか?」
 フォースである彼女の力は、確かに欲しい。だが・・・。
「あの娘はまだ・・・なぁ」
 彼女は幼い。それが気になっていた。
 幼いとはいえ、彼女は非常に頼もしい存在だ。まだフォースとして十分な力を身に付けているとは言い難いが、気高く、強く育っている。Mの指導のおかげもあるが、彼女はフォースとして頼れる存在へと成長している。
 だが、幼い故に心がまだ清い。清すぎる。
 元々両親が高名な科学者夫妻であり、お嬢様として蝶よ花よと育てられている。それだけに、世間という薄汚れた場所にすらなれていないところがある。そんな彼女に、もっと汚れた・・・ドロドロとした抗争劇を見せるのはためらいがある。
 彼女も又、ウェインズ姉妹同様・・・というよりウェインズ姉妹に連れられるように追いかけてくる事も考えられる。だがやはり、出来る限り汚れた世界を見せないようにしたい。
「アッシュはどうしますか?」
「・・・心配だが・・・そろそろステップアップの時期か。ちょいとばかり・・・いや、かなりステップの幅が大きすぎる気もするがな」

 アッシュの腕は確かに申し分ない。だが、チームプレイとなると問題が多くなる。
 熱くなりすぎて敵の群れへと突っ込みやすい彼の「癖」を直すには、そろそろ荒治療へと切り替える必要があるとZER0は感じていた。だがこれはあまりに荒すぎやしないか? 心配ではあるが、良い機会であるのも確か。ここは試してみて、どうしても問題があるなら外す事も考慮すればいい。ZER0はそう考えた。
「そうなりますと、あとは・・・」
 シノが最も有力な候補者の名を口にしようとした、その時だった。
「いよぉ、兄弟。どうよ、元気でやってるか? おー、シノ、可愛くなったなぁ」
 自らの腕をZER0の首に回し、力一杯に胸元へと寄せる。
「たあっ、おいバーニィ! 挨拶なら、ちったぁ手加減しろ!」
「ちょうど良いところに、バーニィ。あなたの話をする所でした」

 ZER0に咎められたにもかかわらず、腕で頭を挟みぐりぐりと振り回すバーニィ。そんな猛攻からどうにか抜け出したZER0は、乱暴な義兄弟にいい加減にしろと怒鳴る。
「で、話ってなんだよ」
 しかしバーニィ本人はしれっとしたもの。何事もなかったかのようにシノの話を聞き出した。
「ラボの調査団の事だ。事情あってダークサーティーンは動けねぇから、面子を探していたんだよ」
 シノに変わり、ZER0が説明する。
「そうか・・・いや、渡りに船って奴だな。ちょうど俺も探していたんだよ、面子をな」
 バーニィは間違いなく協力してくれるだろうと期待していた。彼自身もメンバーを捜していたようだが、ならば尚更問題はない。
「ただちょいと・・・俺の「条件」ってのを聞いてくれないか?」
 条件提示までは予測していなかっただけに、二人は少し驚いていた。
 その条件が、二人にとって「良い」方へ転がるのか「悪い」方へと転がるのか・・・今判断出来ないのは当然としても、後々に渡ってもなかなか判断出来ないものとなっていく。

「ねぇバーニィ。使えるの? この男・・・」
 バーニィの言う「条件」に初めてあった時は、少なくとも「悪い」印象しかなかった。
「それはこっちの台詞なんだがな。お嬢さん」
 初対面の相手に対してあまりに無礼な言葉。ZER0出なくても、頭に来て当然だろう。
 ただ、ZER0にとっては厳密に言うと初対面ではない。
「一応、こいつも君にとっては命の恩人なんだがね。ルピカ」
 そう、彼女は以前バーニィと共に命を救った・・・「さる高貴な血筋」のお嬢様だ。
「ふぅん・・・まあ良いわ。仲間にして「あげる」から、きっちり働いてよね」
「おいバーニィ。これはどういう冗談だ?」

 バーニィの条件・・・というより「依頼」とも言える内容は、この少女、ルピカも一緒に仲間として迎え入れて欲しいというものだった。
「まあきっつい冗談なのは充分承知しているんだがな・・・頼む兄弟。俺だけじゃ手に余ってな」
 それはそうだろう。横暴な少女の態度を見ていれば誰にでもその程度は理解出来る。
 理解出来ないのは、この少女を何故ラボの調査隊に加えたがっているのか? その点である。
 バーニィとシノ。二人はゾークの元で「裏」からあれこれと政府の「闇」を暴こうと奮起していた。だがゾークの死後、シノはZER0について行く為に「表」へと舞台を移し、バーニィはそのままゾークの意志を受け継いで「裏」で暗躍し続けていた。
 そんなバーニィがまだゾークが生きていた頃からルピカに何やら関わっていた事は解っている。ZER0自身もその一端に関わった事があるのだから。
 だからこそ、何故ルピカを?という質問に対し、今は話せないと答えられても、漠然とゾークが調べていた「何か」に絡む事だろうとは予測が付く。
「これもゾークの意志なんだ・・・ZER0、引き受けてくれ」
 これはZER0にとって殺し文句だ。ゾークの「別の」意志を受け継いでいるZER0がこれを無視出来るはずはない。
「・・・一つ、条件がある」
 バーニィの条件に対して、ZER0も一つ条件を提示した。
「今回のチームは、俺が指揮を執る」
「当然。異論はないぜ」

 即答だった。ZER0の出す条件はおおよそ見当が付いていた。そしてこの後の展開も。
「かまいませんね? ルピカお嬢様」
 気味の悪いほど低姿勢に、ZER0はルピカに頭を下げながら尋ねた。
「えっ! うっ・・・ふん。まあいいわよ。その代わりちゃんと私の・・・」
 Bap!
 乾いた音が、部屋中に木霊した。
「だったら、まずはその生意気な口をどうにかしろ」
 平手打ちを一発。ZER0はルピカの頬に打っていた。
「ちょっ、なっ、何するのよ!」
 驚き、抗議の声を上げるルピカを、ZER0は問答無用と胸ぐらを掴み引き上げた。
「いいか、これはお遊戯じゃねぇ。死にたくなかったら四の五の言わずに俺の言うことを聞け。言っとくが、誰もテメェの為に盾になんざならねぇからな。バーニィはどうか知らんが、俺はお前が死のうが、別に困る事はない」
 睨みつけ、言いたい事を一方的に言い聞かせたZER0はそこでやっと手を離し、ルピカを自由にする。
「ラボへの手続きはこっちでやっとく。細かい事は明日喫茶「Break」で打ち合わせよう。じゃあな、バーニィ。「後は」任せた」
 そしてまた一方的に言い放つと、ZER0はシノを伴い部屋を出て行った。
「・・・なっ・・・なんなのよあいつ! ちょっとバーニィ! どういう事なのよ!」
 しばらくしてから、部屋は大音量で響くルピカの罵声と、バーニィの時折微かに聞こえるなだめる声に包まれていった。
(「後は」任せるってなぁ・・・これはきっついぜ・・・)

「あっはっはっはっ! そりゃすごいね。あんたが女の子の顔をひっぱたくとは。よほど生意気だったんだろうねぇその娘」
 一通りZER0の「武勇伝」を喫茶「Break」で聞いたESは、豪快に笑い飛ばしていた。
「笑ってくれるのは良いがな、俺はこれからが憂鬱だぜ」
 溜息をつき、吐き出したその溜息の分グラスに入ったバーボンを口に含む。
 大変なのはこれからだ。あのじゃじゃ馬をどう乗りこなすのか? 軟派師としての技量が試されるのだから。
「それに勢いとはいえ・・・まあ状況からして仕方ないが・・・俺がリーダーねぇ」
 自分はリーダーに向いていない。
 さすがに状況判断はそれなりに出来ると自負しているが、適切な指示を出せる自信がない。自分一人や相棒と二人ならまだしも、五人という「チーム」を引き連れていくだけの技量と度量が自分にあるのだろうか?
 そもそも、責任を背負うのは好きではない。誰かを「守る」事はあっても、「預かる」事をしてこなかった。チームメイトの命を預かり、導き、成功を勝ち得る。自分にそれが出来るのか?
「・・・簡単な事じゃないけどね。でも、あんたなら大丈夫だって。賭けても良いわ」
 チームリーダーとして、常に最前線で戦い続けた黒の爪牙が、新たに生まれたリーダーにエールを送る。
 ZER0には人を惹き付けるだけの魅力がある。それをよく知っているESだけに、自ら惹かれているESだけに、彼がリーダーに向いているのを良く理解していた。ただ本人に自覚がないだけで。
「ほう、じゃあ何を賭ける?」
 少し意地悪そうに、口元をつり上げながら尋ねた。
 ESがなんと言おうと、自分が彼女に要求するものは決まっている。それを提示し、拒絶され、冗談で終わらせる。いつもの事だ。
「そうね・・・私の身体・・・っていうのはどう?」
 冗談を先に言われた。
「・・・冗談だろ?」
 予測していなかった答えに、ZER0は戸惑い、つまらない事を聞き返してしまった。これでは間抜けなやりとりで終わってしまう。
「初のチームリーダー。そして間違いなく厳しい試験と、ラボの要求する依頼の達成。私の身体じゃとても釣り合わない低レベルな任務だろうけど、まあ良いんじゃない? 全部片づけられたら、「抱かせてあげる」わよ」
 微笑むワルキューレ。男を戦場へと導く戦乙女は、なんとも大胆な「賭け」で魂を奮い立たせるのか。
「・・・OK。こりゃ、命の張り甲斐があるってもんだな」
 Click!
 互いが手にしていたグラスを軽くぶつけ、それを契約成立の握手とした。

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