novel

No.co7 宴会 with 梅宴(UME-Vr.*.*)

 ハンター達が多く通う店「喫茶Break」には、幾つか「暗黙のルール」というのが存在している。「他言無用」などがそんなルールの一つなのだが、それは表だって公表されているルールではない。自然とハンター達の間で交わされるようになった「約束」のようなものだ。
 唯一、「喫茶Break」で表に掲げられたルール。それは「店内の備品破損厳禁」というもの。
 よくよく考えれば、至極当然のことだろう。店内でなくとも、人様の備品を勝手に壊して良いなどというルールは世間の常識からしてあり得ない。
 しかし喫茶Breakは喫茶という名はあるが、もっぱら飲酒目的で来店する客の方が多い。
 人は酒が絡むと、常識を逸脱した行為に出ることが多くなる。そんな行為に「暴れる」というのがあるが、店内で暴れるということは、すなわち備品の破損へと繋がりかねない。そうでなくとも客としてハンター達が多い店、すなわちそれ相応に「腕に自信がある」者達ばかり。ひとたび喧嘩となれば、結果が見えるというものだ。
 備品破損厳禁。これはそのまま「飲酒による乱闘騒ぎ」への抑止力になっているのだ。しかもこの唯一表に出しているルールは店長から店員から徹底した態度をきちんととっている為に、額面通りの効果を現している。おかげで喫茶Breakは、ごく普通に酒を楽しむ者達にとってかなり快適な店となっているのだ。
「・・・物足りねぇ」
 しかし人とはわがままなもので、そんな落ち着いた状況に不満を感じる時もある。
「こう、ぱぁっと騒ぎたいな。たまには」
 別にここでは、騒ぐことに対して特別規制はしていない。しかし騒ぐ以上は「備品を壊さないように注意」など、気を回しながらでは騒ぐに騒ぎきれない。少なくとも、酒を飲むことで注意力が散漫する事をきちんと自覚しているZER0は、そういう無責任な酒の飲み方をしない。
「人生がお祭りの様なお主が、そのような事を言うとは。いささか面白い発言だな」
 隣で淡々と、杯を口に運んでいる彼の「飲み友達」が苦笑混じりにZER0の発言を評した。
「けっ。おめぇみてぇなウワバミには、酒飲んで騒ぎたてぇなんて思いもしねぇだろうがな。えぇ?梅宴(ばいえん)」
 酒の性もあってか、絡むように愚痴るZER0。そんな彼を冷ややかに見つめながら、梅宴と呼ばれたニューマンの女性は杯に「とっくり」から酒をつぎ足しまた口に運ぶ。
「宴は好きだがな。ただお主の言う「騒ぐ」と、私の言う「騒ぐ」では「質」が違うと思うが?」
 にやりと、梅宴は意味ありげに口元をつり上げる。
「言ってくれるね。ま、お前の場合、酒が飲めれば何だって良いんだろ?だとしたら、確かに「質」は違うな」
 けけけと、下卑た笑いで馬鹿にする。
「まるで私が飲むことしか楽しみを知らん様な言いぐさだな」
「事実だろうが」

 ZER0の即答に、さすがの梅宴も目を細めきっと睨みつけた。
「・・・酒を味わうこともなく、ただ酔う為だけに飲む。ふむ、確かに「質」は違うやもしれんな。私はこうして・・・味わって飲むからの」
 くいと杯を傾け、ちらりとZER0を見ながら違いを述べた。
 むろん、それは「嫌み」とも言い換えられるもの。こんどはZER0が梅宴を睨みつける番。
「・・・さぞや、胃の中じゃ上等のカクテルが出来上がってんだろうよ。この酒樽女が」
 軟派師ともあろう者が、女性に対しなんと無礼な。
「酒樽で結構。お主のように容量が小さいと、酒を注ぎ入れてもすぐに「口からあふれてしまう」ようでは、もったいないものな。そうであろう? 酒瓶男」
 しかし当事者である女性は、無礼となるはずの言葉を用いて切り返した。
 見栄を張る者ほど、「小さい」という言葉には敏感なものだ。それが「器」であれなんであれ。
「瓶か樽か、だったら見せてやろうじゃないか」
「・・・面白い。その余興、付き合ってやるぞ」

 こうして、「宴」は始まった。

 騒ぎというのは、一つのエンターテイメントかもしれない。内容の善し悪しにかかわらず、「騒ぎ」となればそれを見ようと野次馬が集まり出すのが常だ。
 今、喫茶Break店内はそんな野次馬が集まり、「騒ぎ」という「宴」状態になっている。
 あの酒豪梅宴に無謀な挑戦状を叩きつけた奴がいる。噂を聞きつけ、わざわざやってきた奴もいるほどいるほど、店内は人であふれかえっている。
「ハンデをやろう」
 梅宴は自分の酒豪ぶりを自覚してか、提案をした。
「お主も含め、三人をリレー形式で相手にしてやろう。酒の種類も、その都度そちらが決めてかまわん。まあそれでも、ちと物足りぬがな」
 ルールは彼女の提案を受け入れ、このように決まった。
 普通の酒飲み競争は、どちらかが酔いつぶれるまで酒を飲み続けるのが普通。だがZER0側は三人のリレー・・・つまりまずトップランナーが酔いつぶれたら次の走者に変わり、次が酔いつぶれたら最後のランナーに変わる。この方法で梅宴は一人で相手をしようというのだ。
 さて、ここで選手の選抜だが・・・ZER0は悩んだ。
 勝つ為には当然、酒に強い奴を選ぶ必要がある。しかし・・・。
「よし、トップはアッシュ。お前行け」
「えーっ! お、俺ですかぁ?!」

 ただの野次馬のつもりで来ていたアッシュは、ZER0の指名と周りの喝采に押され、カウンターに座らざるを得ない状況に追い込まれた。
 折角の宴だ。楽しんだ方が良い。ZER0も観客も、アッシュという名のピエロを前座に据えるのをにやにやと笑いながら楽しんだ。
「最初だからな・・・よし、まずは「ラッピーの千鳥足」から行くか」
 この「ラッピーの千鳥足」は口当たりが爽やかで、女性に人気のあるカクテルだ。だがこのカクテル、「あの逃げ足の速いラッピーですら千鳥足になる」という意味が込められており、爽やかな味に反してアルコール度数はかなり高い。そんな事から「ラッピーキラー」という別名もあるほどだ。
 カクテルは「たしなむ程度」に飲むのが普通。がぶ飲みするものではない。だからこそ、小さなグラスに注がれるものなのだが・・・。
「じょ・・・なにもジョッキでなくったって・・・」
 ウエイトレスが運んできたのは、ジョッキ、それも普通はビールなどを注ぐ大きなジョッキだ。ZER0は別にジョッキで注文はしていないが、気を利かせた店長であるJasmineが酒飲み対決ならばとジョッキにしたのだろう。
 いや、それは違う。間違いなくこの女店長、楽しんでいる。アッシュがわたわたとしている様をくすくすと見ているのがその証拠。
「それじゃ・・・始め!」
 野次馬の中から、いつの間にか審判役を買って出た一人のハンターが、号令を掛ける。と同時に、二人はジョッキを持ち上げ「ラッピーの千鳥足」をぐいぐいと飲み干す。
 Thud!
 梅宴がジョッキをカウンターに置いたと同時に、大きな音が店内に木霊した。
「はうにゃあ・・・」
 それはジョッキを置いた音ではない。アッシュがひっくり返った音だ。
 あっさりと潰れたアッシュに、会場はブーイングの嵐。もちろん誰もがこの展開を予想していたが、もう少し楽しませてくれるものと期待もしいた。それだけに、ただ普通に酔いつぶれ倒れたアッシュに不満なのだ。
「情けない・・・さて、次は誰が相手となる?」
 梅宴の催促に、ZER0はまた悩み始めた。
 さすがに、余興はここまでだ。次は本気で勝つ為の相手を選ぶ必要があるだろう。
「よし・・・バーニィ、いっとけ」
「かー、来たね兄弟。よっしゃ、ここは男を見せてやろうじゃないの!」

 喝采に迎えられ、バーニィが腕まくりしながらカウンターに座る。
 この勝負、どう考えても梅宴に分がある。先ほどのアッシュと飲んだジョッキ入りラッピーの千鳥足では、彼女にとって飲んだ内に入らない。バーニィが先に潰れるのは明らかだ。つまりこれは、次の最終走者であるZER0へ上手くバトンを繋ぐ為の「生け贄」なのだ。
 むろん、バーニィはそれを承知している。逆に言えば、それを承知で二番手を引き受けてくれる男は、バーニィしかいなかったと言うべきか。
 楽しんだ方の勝ち。ZER0を兄弟と呼ぶこの男もやはり、お祭り男なのだ。
「酒を変えよう。そうだな・・・「ヒルデトゥールのよだれ」なんかどうだ?」
「おいおい、きっついの選ぶなぁ」

 きつい酒だけに、店内の野次馬は沸いた。
 「ヒルデトゥールのよだれ」は見た目の色が濃く、どぎつい印象を与える酒。そしてなにより、これもアルコール度数が高い。しかも慣れない者がこれを飲むと、悪酔いで死んでしまうのではないか?とすら言われている。メギドを吐きハンター達を恐怖に陥れるヒルデトゥールのよだれ。ネーミングからして、この酒に対する評価が判るというものだろう。
 なみなみとジョッキに注がれたヒルデトゥールのよだれが運ばれると、店内は更にヒートアップ。歓声と拍手が店の外にまで響く。
「よし、行くぜ・・・始め!」
 審判役となったハンターの号令と共に、二人はジョッキを口に運び、一気に喉へと流し込む。
 喉が、胃が、焼けるように熱くなる。それだけで意識が飛びそうになるのを必死にこらえ、二人はジョッキを置いた。
 おーっと、二人の奮闘に観客は声を上げる。そして運ばれる二杯目。
「うっしゃあ!」
 気合いと共に、ジョッキを持ち上げるバーニィ。対して、梅宴は先ほどと何も変わる様子もなく、淡々とジョッキを持ち上げる。
 次いで三杯目。そして四杯目・・・空になるジョッキの数が増えるたびに、店内に響く歓声はどんどん盛り上がっていく。だが・・・。
「すまねぇ・・・ここま・・・」
 Thud!
 とうとう、バーニィが崩れ落ちた。
 ジョッキであのヒルデトゥールのよだれを五杯。大健闘と言うべきだろう。観客達からバーニィに対して、惜しみない拍手が送られていた。
「さてと・・・いよいよ本丸のご登場か?」
 それにしてもすごいのが梅宴。大の男が卒倒する中、彼女は至って普通に、次の挑戦者がカウンターに座るよう誘っている。
「俺は・・・バーニィの屍を越えてみせる!」
 まだ死んでもいない屍に、ZER0は勝利を誓う。だがそんな誓いに観客は沸き、声援が飛び交う。
「酒は・・・「ミルリリーの溜息」でどうだ!」
 ZER0の選択に、観客はどよめいた。そして梅宴も、少しばかり眉をしかめる。
 この「ミルリリーの溜息」もまた、アルコール度数の高い酒で、メギドを遠距離から放つミルリリーのように危険な酒だ。
 ただこの酒は、もう一つ特徴がある。それはこの酒、フローズンカクテルと呼ばれる、氷を用いてシャーベット状に固めたカクテルなのだ。
 ZER0は考えていた。普通の酒飲み対決ならば、梅宴に勝てるわけがない。ならば酒以外の要素でどうにかならないか? そこで考えたのがこのフローズンカクテルを用いた作戦。
 よくかき氷を急いで食べると、頭が痛くなったりしないだろうか? ZER0はこの副作用でどうにか梅宴をやっつけようと企んだのだ。
 遠くにいればメギド。近づけば麻痺攻撃。アルコールとかき氷による副作用というダブル攻撃で頭痛を引き起こすこのミルリリーの溜息は、名の通りミルリリーのようないやらしい側面を持ったカクテルなのだ。
 大きなガラスの器に山盛りされたミルリリーの溜息。ウエイトレスによって運び込まれ、それがカウンターに置かれる。両者ともスプーンを手に、審判の声を待つ。
「始め!」
 合図と共に、二人は「酒」を一気にかっ食らう。
「くぅ、さすがに・・・」
 酒は強い梅宴も、たまらず手で頭を押さえ痛みに耐える。
 ZER0の作戦は見事に成功したと言えよう。だが・・・。
「きっつぅ・・・」
 当たり前の話だが、ZER0だってかき氷による頭痛は襲ってくる。どうにか梅宴を同じ土俵に持ち込むことは出来ても、自分だって無傷ではいられないのだ。
 苦しみながらも、両者はどうにか一杯を平らげた。そして運び込まれた二杯目に手を付ける。
「ぬぅおぉ!」
 本来なら、少しずつ溶けていくのを軽く唇を濡らすように飲む。そういうお洒落なカクテルを、まるでカレーライスのようにがつがつと勢いよく食べる様は、あまりにも無様。だが観客はそんな二人の食いっぷりに歓喜し、盛り上がる一方。
「ここで負けては梅宴の名が泣く・・・」
 意地でカクテルをすくい、根性で口に運ぶ。二人の戦いは壮絶を極めた。
「うっく・・・まずい・・・」
 四杯目にさしかかったところで、ZER0が最大のピンチを迎えた。
 食べているミルリリーの溜息は、かき氷ではない。これはカクテル、お酒なのだ。しかもアルコール度数の高い。
 かき氷による頭痛に加え、アルコール特有のむかつきが、胃から襲ってくる。このダブル攻撃は相乗効果を生み、気持ち悪さ・・・言うなれば「吐き気」を誘う。
 戻したら負け。酒飲み対決において、これは当然のルール。酒に潰れ倒れなくても、こちらで負けてしまう恐れがある。
 ZER0の手が止まった。気持ち悪さと戦いながら、どうにかスプーンをカクテルに突き刺すものの、それを口に運べない。
 ちらりと梅宴を見る。彼女も又苦しんではいるが、彼女はアルコールに対するむかつきがないだけかなり有利。作戦は成功したが、自分がその作戦に潰されそうだ。
「・・・ダメだ、くそぉ!」
 最後まで戦い抜くのも戦士としての誇りだが、死に際を無様に散らすのを嫌うのもまた、戦士としての誇り。ZER0は口元に手を添えながら、「戻して良い場所」へと駆け込んだ。
 つまりこの瞬間、勝者は決まった。
「あっぱれな戦いと褒めてやるぞ、ZER0」
 梅宴が握ったスプーンを高々と掲げ、観客の拍手喝采に答えた。

「あったまいてぇ・・・」
「当ったり前でしょ・・・まったく、バカな事するわね」

 翌日、自室で横になるZER0をノルが介抱していた。もちろん病状は、二日酔いである。
「あの梅宴さんに勝てるわけないじゃない。勝ったらそれこそ、HONのトップニュースよ」
 呆れ溜息をつくノル。そんな彼女を見て、ZER0はハハと乾いた笑いを漏らす。
「ああそうだ・・・喫茶Breakに酒代を払わねぇとなぁ・・・けっこう飲んだからなぁ、高くつくぞこりゃ」
 その額を軽く計算しただけで、また乾いた笑いがZER0の口から漏れ零れた。
「その心配はないみたい。なんでも、梅宴さんが全額払ったってさ」
 ノルから漏らされた意外な「情報」に、寝ていたZER0は上半身を起こし驚いた。
「あんたとの勝負の後、気分が良いからって来ていた客みんなにお酒を振る舞って騒ぎ続けたらしいわよ。その時、勝負で飲んだ分もみんな払ったって。おかげで妹の梅鈴(ばいりん)ちゃんにたっぷりお説教されたらしいけど」
 あいつらしいなと、三度目の笑いが口から漏れた。
 相変わらず宴の好きな奴だ。まだ痛む頭を押さえながら、豪快な酒飲みを評していた。

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