novel

No.co7 認められる男
with SAN(やっほー)

 男として認められる。
 何をもって「男」とするか、考え方は人それぞれだろう。
 肉体的なたくましさ。精神的な懐の深さ。世を生き抜く器用さ。先見を見通す思慮深さ。
 言い換えるなら、それらは女性から見た男性の魅力。男性から見たプライド。そんな言葉になるだろうか?
「参ったなぁ・・・」
 ここに一人のフォーマーがいる。
 彼も又、一人の男だ。
 男故に、男としてのプライドを、自分なりのプライドを持っている。
「こんな所でBEEが壊れるなんて・・・ついてないな」
 彼、SANはBEEが異常な熱を持ち始めた事に、すぐ気づけなかった。
 それも仕方ないだろう。なぜならば、火傷する程に熱くなったBEEよりも、外気の方が異常なほど熱い。そんな環境下にいるのだから。
 洞窟と呼ばれているエリア。その第一階層。ここは地の割れ目からも溶岩がにじみ出る灼熱地獄。たかが機械の熱暴走など、業火の中にマッチの火を入れるよりも小さな事だ。
「戻るか・・・いや、戻るにしてもなぁ・・・」
 本来ならば、戻ることが適切な対応だろう。
 BEEはハンターにとって必要な道具の一つ。パイオニア2やハンター仲間との連絡を行うだけでなく、現在位置や仲間の位置を確認するマップレーダーも搭載したモバイル。これが壊れることは、連絡が出来ないばかりか位置の確認が出来ない。
 しかしSANは、戻ることをためらった。
「あれだけのたんかを切った後だし・・・戻れるわけないよなぁ・・・」
 今SANがここにいる理由。それが彼から戻るという選択をさせないわけがある。
 彼はまだ未熟だ。フォースとしての技量もそうだが、まだ彼は若い。
 若いが故に、上ばかりを見てしまう。
 早く認められたい。
 向上心といえば聞こえは良いが、彼の場合勇み足といった方が適切だろう。
 その勇み足で、彼は今回の依頼を請け負っていた。
「リリー種の花粉の採取か・・・なに、この程度すぐ出来るさ」
 手練れのハンターなら一人でもこなせるだろう任務。だが、彼には少しばかり荷が重い。
 SAN一人では無理だよ。
 仲間からの一言が、彼の勇み足を加速させていた。
 これくらい俺一人でも出来る!
 言ってしまった言葉に、勇み足は更に加速する。
 加速した勇み足は、彼を洞窟の奥へと向かわせていた。

「はぁ・・・はぁ・・・」
 手を突いて倒れてしまいそうになる身体をどうにか起こし、右手に握ったタリスを構える。丘鮫の群れが手を振り上げ迫ってくる。それをじっと睨みつけながら。
「このっ!」
 フォトンで作られたカードを投げつけ、丘鮫を切りつける。
 GRRROARRRRR!!
 どうにか一匹は地に伏せさせた。
 だが、まだ二匹残っている。
「くっ!」
 振り上げられる鎌状の腕。それを避けるだけの体力が、残っていない。
 Shwak!
 鎌は横一線、なぎ払われた。
 それは振り上げられた鎌ではない。
 その後ろ。鎌を持った丘鮫の後ろから、別の鎌が二匹を斬り倒していた。
「大丈夫ですか?」
 黒衣の死神。鎌を持ったその女性を見た時、SANは自分に地獄から使者が来たのかと思った。
「あっ・・・ああ」
 ただ声を発しただけの返事。身体の疲れと間近に迫っていた恐怖からの解放。そんな状況では、まともな返事も出来なかった。
 いや、それだけではない。
 驚いていた。自分を救ってくれたこの女性を、SANはよく知っていたから。
「お一人でも大丈夫かとは思いましたが、つい手を出してしまいまして申し訳ありません。私はハンターを生業としておりますMという者です」
 助けたわけではない。相手に恩着せるような言葉にならないよう気を配りながら、黒衣のフォマールは自己を紹介した。
 紹介されるまでもなく、SANは知っていた。
 黒の魔術師と呼ばれ尊敬され、死神と呼ばれ嫉妬される。フォースならば誰もが憧れるこの女性は、SANにとってもやはり憧れの対象だった。
「あ、お、俺はSAN・・・です」
 ぎこちない自己紹介に、Mはにこりと微笑み返す。
 そうでなくとも疲労と緊張でバクバクと高鳴る心臓が、その笑顔でまた一気に鼓動を早める。まるで自分の心臓が、あたりに流れるマグマのように熱い。願わくば、高揚した顔の赤みは外気の暑さのせいだと勘違いして欲しい。
「私は知り合いの学者に頼まれ、リリー種の花粉を採取するところでした。SANさんもハンターとしてこちらへ?」
 まずは自分の事から明かし、ものを尋ねるのは礼儀。それをきちんと踏まえた物腰の柔らかい質問。
「あ・・・俺も同じです。花粉を取ってくる依頼を・・・」
 奇遇とはまさにこの事。憧れのMと出会えただけでなく、偶然にも依頼内容まで同じ。
「あらそうでしたか。それでしたら、是非ご一緒させて頂けませんか?一人では何かと心細かったものですから」
 願ってもないこと。飛び上がらんばかりに歓喜する感情を抑えながら、ああと、精一杯気取ってみせた。
 よくよく考えれば、あのMが「心細い」などと思うはずもない。フォースとしては当然だが、接近戦においてもそれを専門とするハンターにも負けない腕を持っているのだから。しかし舞い上がったSANがその事に「今」気付くはずもなかった。

 リリー種は、花粉に毒素を持つ危険な植物だ。近づく者に花粉を吹き付け弱らせ、捕食する肉食植物。
 本来なら、花粉は同種を増やす為の大切な「子種」であり、そこに毒素を含むなどあり得ない。
 しかしリリー種は異常なのだ。β772、通称デ・ロル・レによって特異変化をさせられたアルタード・ビーストとなったリリー種は、種という子孫を残すことを考えていない。
 それでもリリー種は洞窟内で増えている。その謎を解明する為にも、ラボでは花粉の研究を進めようとしていた。そんな経緯でラボはハンターズギルドに花粉採取の依頼を出していた。
「リリー種は現在4種確認されているようで、出来れば4種共に花粉を採取したいそうなのですが・・・内2種がなかなか見つからない貴重な種なのだそうです。そこで出来る限りの人手を集め、花粉をかき集めているそうですよ」
 奥へと歩を進める中、Mは今回の依頼について語った。
「なるほど・・・」
 どうして同じ依頼を二人が別々に受けていたのか?その疑問が明らかになりSANは納得した。偶然にしてはできすぎていると思っていたが、今多くのハンターが同じ依頼を受けているならば、二人が出会う偶然もという当選確率も少しばかりは上がっていたということか。
「あ、いましたね・・・あらこれは・・・」
 偶然というのは重なるものなのか。二人の前には、貴重なリリー種の1種がいた。
「ミルリリーですね・・・気を付けてください。あいつはナルリリーよりも遠くから毒素を吐き出すそうですから」
 忠告ありがとうございますと、Mは礼を述べながら、どう対処するかを相談し始めた。
 リリー種の毒素は、大きく分けて三種類存在する。
 一つはその名の通り毒。もう一つは身体を痺れさせる麻痺。残りが一番厄介な、即死性のある毒素。
 目の前にいるナルリリーと、その中に一輪だけ混じっているミルリリーは、この即死性のある毒素を吐き出し、近づき襲いかかる者には麻痺性の毒素を散らす。
 遠くにいても、即死性の毒素を吐き出してくる。近づけば毒素を吐き出さなくなるのだが、変わりに麻痺を起こす花粉をまき散らす。もし麻痺させられてしまったら、別のリリーが吐き出す即死性毒素にやられてしまう危険がある。
 本来ならば、毒素が届かないギリギリの位置から、テクニックを用いて倒すのが定番の手だ。
 しかし問題なのはミルリリー。ミルリリーはレンジャーが用いるライフルのように、かなり遠くからでも毒素を届かせることが出来る為、テクニックを放つ時に生じる隙をこのミルリリーに突かれてはたまらない。しかもこの毒素が即死性のある物ならば尚更。
「私がおとりとなってリリーの気を背けますから、SANさんはテクニックとタリスでリリーを摘み取って頂けますか?」
 Mの作戦は多少危険だが有効な手だろう。リリーは毒素を吐き出す際に、一度花をすぼめ、仰け反り、そして吐き出すといった大きな動作を行う。その為止まっている相手ならばまだしも、動き回る相手に対してはそうそう当てられないという欠点を持っている。おとりとはいえ注意しながら動き回りさえすれば、どうにか回避し続けられるだろう。
「いや、俺が行きます。こんな危険なこと、女性には任せられませんよ」
 フェミニスト的な発言。これを女性差別と憤慨する女性もいるが、女性を危険な目に合わせられない,女性を守るのが勤めだと考える彼にとって、この発言は女性差別でもない。
 これが男のプライドだ。そう、彼は信じている。
「・・・判りました。ではお願いいたします」
 正直、Mは不安だった。
 おとりになることを申し出たこの若者は、まだハンターズとして未熟なところがあると見受けていた。おそらく自分の方が上手く立ち回れるだろう。だが、それを言い出して彼のプライドを傷つけるわけにはいかない。
 心を傷つける。Mにとって、それが一番怖い。だからこそ彼の申し出を受け入れた。
「では・・・行きます!」
 駆け出したSANに気付き、リリーたちが一斉に花びらを開き振り向いた。
RAFOIE!」
 Mが爆炎をリリー達に向け放つ。
(花粉を吐き出させる隙を少しでも与えなければ・・・)
 炎に焼かれるリリー達は仰け反り、もがく。とても毒素を吐き出せる状態ではない。
 だがしかし、爆炎の球体から逃れた花もあった。
 一番奥にいた、ミルリリーだ。
(こいつをMさんに気付かせるわけには!)
 Mからは随分遠くにいるが、ミルリリーならば毒素をMにまで飛ばすことが出来る。花を焼くことに集中しているMに向けて飛ばせてはならないと、SANは不気味な色をした花に接近した。
 が、それよりも早く、リリーはつぼみを仰け反らせ花粉を放つ体制を整えてた。
 それを避けることは簡単だ。すぐさまSANは自分とリリーの直線上から外れる。
 しかし問題は、その直線上。
 線の上には、Mもいた。SANはすぐにでも早く近づかなければと焦りすぎ、自分の後ろにMがいることを失念していた。
「しまった!」
 なんの為のおとりだ。自分の失態を悔やんだが、既にリリーは花粉を吐き出していた。
 幸運にも、花粉はMのすぐ脇を通り過ぎていた。ほんの少しだけ、Mは直線から外れていたのだ。
「このっ!」
 自分の失態とミルリリーの無礼に怒りを込め、フォトンのカードをぶつける。
 怯む花に、隙を与えない。続けざまに二枚目のカード。そして三度目には三枚のカードを一度に投げ当てた。
 GYAAAAH!
 奇声を発し、花はぱたりとしおれ倒れた。
「ご苦労様です。こちらの方も片付きましたわ」
 他の花を見事枯れさせたMが、ねぎらいの言葉をかける。
「あ、あの・・・」
「さぁ、早速花粉を採取してしまいましょう」

 自分の失態を謝ろうとしたが、Mが言葉でそれを遮った。
 怒っているわけではない。気にしていないと態度で示しただけなのだ。それが判るだけに、SANは少しばかりやるせなかったが、プライドを保たせようとするMの気遣いに感謝もしていた。
「あら?これは・・・」
 花粉を取る為にしおれたミルリリーに近づいたMは、側に真っ赤なコンテナが落ちていることに気付いた。
「デモリッシュコメット・・・ですね。これは貴重な武器ですよ」
 SANがコンテナの中身を手に取り、武器を見定めた。
「そうですか。でしたらどうぞ、SANさんがお持ちになって下さい」
「え?でもこれ・・・」

 貴重な武器をあっさりと譲るMに、SANは戸惑った。
「私には扱えそうにありませんし、SANさんが持ち替えれば「皆さんも」お喜びになりますよ」
 結局Mの強い薦めで、SANはデモリッシュコメットと依頼品であった花粉を持ち替えることになったが・・・。
(・・・ん?皆さん?)
 さりげない一言に、SANは何か引っかかるものを感じていた。

「そういうことか・・・」
 パイオニア2に戻り、SANは事の真相に気が付いた。
 全ては偶然ではない。その事に気付いたのだ。
 SANのBEEは洞窟に行った後で壊れてしまった。それはつまり、SAN「から」連絡出来ないだけでなく、SAN「へ」連絡出来ない事にもなる。
 勢いで依頼を受け行ってしまったSANを心配した仲間達が連絡を取ろうとした時、音信不通になっていることに気付いた。これは不味いと急遽救援に向かおうとしたが、元々SANが依頼を受けることになった経緯を考えると、自分達が直接行くわけにはいかない。そこで考えたのが、第三者に救援を頼むことだったらしい。
 仲間達はこの事を隠していたが、Mの一言が気になって、自分の依頼をもう一度調べてみた。すると花粉の採取は自分だけが受けた依頼であり、多くのハンターが受けているというMの証言が嘘だったと気付いた。そしてみつけた、自分に対する緊急依頼。
 思えばMのあの一言も、口を滑らせたのではなく、わざと口にしたのだろう。
 自分を気遣ってくれる仲間がいるのだと、彼女はそれを伝えたかったのだろう。
「やられた・・・」
 見事なまでに、騙された。悪い気はしないが、Mの徹底した気遣いにただ舌を巻くばかり。
 憧れの人を前にして、もっとしっかりとした自分を見せたかったな。後悔しているわけではないが、残念に思う。
 せめて次に会えた時には、成長した自分を見て貰いたい。一人の「男」として、認めて欲しい。彼はそう願った。

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