novel

No.co6 訓練
with Coin.B.R(CBR)

 ハンターになる為に、特別な資格はいらない。ハンターズギルドへ登録するだけで、すぐにハンターになれる。
 しかし、そこからは全て自己責任が付きまとう。ギルドは仕事の紹介はしても、面倒も責任も持たない。経費の面倒はもちろん、全てにおける保険はいっさい無い。己の腕だけが頼りなのだ。
 それだけに、ギルドに登録するのはそれなりの自信を持った者ばかり。もちろん中には自分の腕を過大評価し痛い目を見る者もいるが。
 では、腕に自信のない者はどうするのか? ハッキリ言えばハンターになぞならなければ良い話。だがそれでも、ハンターになりたがる者は多い。
 そんな者達の為に、用意された施設がある。
「俺にハンターズ養成校の臨時講師をやれと?」
 驚くBAZZが口にしたその施設こそ、ハンターになる者達が必要としている物なのだ。
「はい。ここ最近でハンターになりたがる人が急増しているのはご存じでしょうが、同時に死亡報告も多くなっています。そこで総督府のシミュレーション施設を使った、ハンターズ養成校をパイオニア2内でも開校する事になりました」
 総督の秘書であるアイリーンが、事務的な口調でBAZZに伝える。
「それは判るが、どうして俺に臨時講師などの役目が回る。俺はギルドに登録したハンターズだが、ギルドという組織の役人でもなければ総督府のアンドロイドでもないんだぞ?」
 養成するには、当然講師がいる。必要だからと養成校を開校しても、教える講師がいなければ話にならない。アイリーンの言うハンターズ養成校にはきちんとした講師がおり、彼らの立場はギルドや総督府の役員という立場にある。
「ですから「臨時」としてお願いしたいのです。一人でも多くの「無謀な初心者」を作らない為にも、総督府やギルドとしては養成校に入って頂きたいのです。どうしても若い彼らは、無名の役人から教わっても、といった態度を取る者が多いので・・・」
 講師は基本的に、ハンターを引退した老兵や、ハンターとしてより安定した収入のある役人を選んだ元ハンターズの者といった現役を退いた者達が多い。教わる側としてはそういった講師陣に不満があるようだ。何も技術を持ち合わせていないくせに、人の経歴を見て尊敬の度合いを測るのは、若さ故の生意気さ、とでも言うのだろうか。
「臨時講師として、かの「機神」が教壇に立つ。現役ハンターから見た経験談は、彼らの耳に届きやすいですし、何より・・・」
「宣伝になる、か。なるほどな」

 納得はしたが、正直乗り気ではない。そうでなくとも、BAZZは今現役として、ラグオルの調査で頭を痛めている真っ最中だ。さらに一人弟子を抱えてしまっている。そんな状況で養成校の講師を、臨時とはいえ請け負うのは、やはり重荷だ。
「一日でかまいません。BAZZさん以外にも様々なハンターズに声を掛けていますし、「顔を出した」という事実だけでも・・・その・・・宣伝になりますし・・・」
 宣伝目的ばかりではないが、一日だけの臨時講師ではそちらの方が効果としては大きい。宣伝に使われることなど、誰でも清くは思わないだろう事を察しているだけに、アイリーンはすまなそうに言葉を濁してしまう。
「・・・判った。一日だけならどうにかなるだろう」
 そんなアイリーンを困らせても仕方ないと、BAZZは依頼を引き受けることを決めた。
「ああ、その代わりBOSSに伝言を頼みたい」
 交換条件として、BAZZはESへの簡単な伝言をアイリーンに託す。
「自分が面倒だからといって、人にそれを押しつけるのはあまり良いことではないぞ、とな」
 乾いた笑いを出すことしか、アイリーンに出来ることはなかった。

 宣伝効果は抜群だった。
 あの「機神」が臨時とはいえ講師を務める。その噂はたちまち広まり、ハンターを目指す者だけでなく、駆け出しのハンターまでもが「復習」とばかりに校の門を叩くほどだった。
 実はBAZZだけでなく、あの三英雄と呼ばれた老兵までもが講師役を買って出たらしいという噂もあったようで、それならばこの騒ぎようも納得出来るとBAZZは納得した。
 なにせこの機神様。自分がどれほど高名なのかを、把握も自覚もしていないのだ。人にどう評価されようとも、自分は自分だと貫く彼らしいといえばそうだろう。
「えっと・・・コイン、コイン・ブルー・レインです。よ、よろしくお願いします」
 緊張でガチガチになっているヒューマールが、不自然な会釈と共に名を名乗った。
「レイキャストのBAZZだ。今回は臨時で短い時間しか見てやれないが、よろしく頼む」
 BAZZの講義を受けたいと希望する者は非常に多かった。しかもBAZZはどうせならば実践形式でワンツーマンの指導をしたいと言い出したが為に、彼の講義は確率のかなり低い抽選に当選した「幸運な者」数名だけとなっていた。
 そんな「幸運な者」の一人である女性ハンターに、BAZZは挨拶の言葉と右手を差し出す。
「あ・・・はい、お願いします」
 ごしごしと一度右手をハンタースーツで拭き取り、大きな鉄製の手を握りしめる。
「ところで、コイン。俺はレンジャーでハンターの接近戦に関しては詳しくないが? もしかするとあの三英雄殿の講義と間違えたか?」
 一通りの武器を使いこなし、ハンター引退直前まではザンバという大剣を使っていた三英雄の老兵。間違いなく、彼の方がハンターとして専門でありBAZZには専門外のはず。
「い、いえ。私から受講を希望しました・・・あの・・・」
 背負っていた大剣を握りしめ、フォトンの光を宿す。光は金色に煌々と輝き始めた。
「カールという軍人をご存じありませんか?この剣を使っていたのですが・・・」
 カールという名と、差し出された剣から、BAZZは蓄積されているデータから該当する情報を検索し始める。人で言えば「記憶をたぐる」というところだ。
「ああ、カール殿か。レイン・・・そうか、君はカール殿のご令嬢か」
 記憶というデータバンクには、軍の治安維持部隊で隊長を務める男が該当情報としてピックアップされていた。
「はい!ああ良かった。ご存じでしたか・・・」
 どうやらこの少女。講義よりはBAZZに会うことが目的だったようだ。
「父から、BAZZさんの事は聞かされていました。是非一度お会いしたいと思いまして・・・お会い出来て光栄です」
 にこりと微笑む少女の顔には、なるほど、カールの面影があるとBAZZは確信した。
「さて、挨拶はこれまでとして実践講義に移ろう。何せ後が支えていて時間がないのでな」
 素手のまま、BAZZは少し腰を落とし構えた。
「その剣を使って、全力で斬りかかってこい」
 レンジャーとして、コインに大剣の扱いを教えることは出来ない。それはコインも承知しており、せめてハンドガンの撃ち方でも教授して貰おうと思っていた。それだけに、BAZZが何をするつもりなのかが見えず、戸惑う。
「気にせず打ち込め。心配せずとも、そう簡単に直撃されはせん」
 そこまで言われては、躊躇もしていられない。コインは迷わず踏み込み、剣を横一線振り払った。
 Ka−Chunk!
 攻撃が来ることが解るのならば、それをさばくことも容易だろう。確かにその通りなのだが、それでも迫る大剣を恐れず綺麗にさばき、相手の勢いを利用して体勢を崩させ、さらには右手の拳を相手の腹に当てる寸で止める。こんな芸当はそうそう出来るものではない。
「大剣はまとめて敵をなぎ払うには良い武器だ。だがその分振りも大きく、外した後の隙も大きい。特に大剣で複数を相手にするならば、たった一匹の討ち漏らしでも、こうやって危険を招くことになりかねん」
 身をもって体験させ、身をもって知らせる。BAZZの持論であり、これが彼の教育方法。だからこそワンツーマンでの講義を彼は提案していたのだ。
「当たり前の話だが、攻撃は最大の防御。まずは当てることが大切だ。しかしそればかりに捕らわれては、いざという時の防御がおろそかになり、そのいざという時が最後となる場合もあり得る。戦場とはそういう場所だ」
 BAZZは右手に武器を持っていない。もしこれが素手ではなく、しかも訓練でなかったら・・・そう考えるだけで、コインは背中に冷たいものを感じずにはいられなかった。
「大剣での攻撃がいかにリスクを負うものなのか。あと10分も付き合ってやれんが、それを体感し、いざという時にどう対処すればいいか。自分なりに考えてみろ」
 再び身構える両者。
 学ぶ者は、どうしてもすぐに答えを求める。しかしきちんとした答えが決まっている学問とは違い、戦場に明確な答えなどない。結局は手探りでそれをどうにか探さなくてはならないのだ。

「まぁ、それはそれは。良い経験をされましたね」
 本当にわずかばかりの講義だったが、コインは心身共に疲れ果て、自室のベッドでぐったりと横たわっていた。そんな娘を、彼女の母でありハンターチーム「アタッカーズ」のチームメイトでもあるコースが見守っている。
「話には聞いてたけど・・・むちゃくちゃ厳しかったぁ」
 父の語る「機神」は、話通りに勇ましく、そして厳しかった。生きる伝説となりつつある彼の雄姿をも「体感」したコインはこう評した。
「コインが羨ましいわぁ。「神」に直接お会い出来るなんて。ああ神よ、わたくしめは何時あなた様にお会い出来るのでしょうか・・・」
「いや、「神」違いだって・・・」

 信心深く祈りを捧げる、宗教家でもある母につっこむ娘。どうにも現実離れした感覚を持つ母の言葉に、つっこみながらまた疲れを感じた。
 疲れを感じながらも、あれこれとコインの脳裏には様々な光景という記憶と戦術という思考が交互に駆けめぐる。
「・・・ちょっと、みんなの所に行ってくるね」
 疲れている身体を起こし、身支度を調える。
 なんだか落ち着かなかった。
 BAZZとの講義という実践。本当に短い講義だったが、その中から、何かが見えそう。そんなあやふやな感覚が、コインを落ち着かせない。
 見えそうで見えない、自分なりの対処法。それを今どうしても確認したい。
 父の剣を手に部屋を出る娘の背中が少しばかり大きく見えたのは、母親としての錯覚だけではないだろう。コースは娘がまた成長し始めた事を、「神」に感謝した。

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