ESの目の前には、ソウルイーターを手にしたフォースが立っていた。
普段ならば、さして珍しい事ではない。彼女の恋人兼相棒はフォースでありソウルイーターを愛用しているのだから。
しかし目の前に立つフォースは彼女の恋人でも相棒でもない。更に言うならば、性も異なる。
「この勝負に、どんな意味があるの?」
愛用のダガーを構えながら、ESは尋ねた。
「判りません・・・ただ、試したいんです」
愛用のサイズを構えながら、男は答えた。
男ではあるが、一見ではどちらの性なのか戸惑うほどに整った顔立ちをしていた。顔だけではない。発した声も女性のように透き通っており、体つきも華奢で緑の髪も長く、フォース独特のロングスカートタイプになったハンタースーツを着られては、大方の物が女性と勘違いするだろう。
ただ一点。女性ではそう見受けられない物を、彼は持っていた。
目である。
鋭い目つきの奥にある、燃えるような意志。闘争心と言っても良い。むろん女性でもこれほどの強い意志を目に宿す者はいるが、そうそう見られるものではない。男でも、ここまで熱い意志はそう持ち合わせていないだろう。
この勝負は避けられない。男の目が、それを語っている。
「僕の力が通用するのか。あの「黒い猟犬」と互角の勝負をしたあなたで、試したいんです」
迷惑な話だ。そう思いながらも、男のあまりに真っ直ぐな闘志に、答えないわけにはいかないだろう。
既に舞台は整っているのだから。
「あなたが、「黒の爪牙」の・・・ESさんですよね?」
男が唐突に声を掛けてきたのは、ES達ダークサーティーンの面々が馴染みとしている店、喫茶「Break」の中での事だった。
この店は様々なハンター達が集うが、店の中で話された事や何時誰がここを訪れたのか、店長や従業員はもちろん常連客も外には漏らさない暗黙のルールがある。故にES達がここを馴染みとしているのは、ここの常連客しか知り得ない事なのだ。
そんな中、どうやってこの男がこの店にESがいる事を知ったのか。絶対に情報が漏れないとは言い切れないが、ほんのわずかな漏れをかぎつけてきたのは間違いない。
だとすれば、油断出来る相手ではないだろう。口調は丁寧で、まだ成人もしていないだろう若者という見た目の印象は、とりあえず取り払うべきだ。
「人違いじゃない?」
にも関わらず、ESはイタズラっぽく微笑んだ。からかい半分、探り半分といったところか。
「あなたが戦ったという「黒い猟犬」について、お伺いしたい事があります」
青年はかまわず、質問をぶつけてきた。何をもって青年はESをESと確証しているのか?
いやそれよりも、驚くべきは質問の内容だろう。
黒い猟犬。ブラックペーパーの殺し屋として飼い慣らされている狂犬、キリーク。裏の組織であるブラックペーパーについて知る者も極わずかであり、その組織に属するキリークの事を知る者など、極々わずか。ESですら、「黒い猟犬」の名を最近まで知らなかったのだから。
その「黒い猟犬」を知っている。そしてESが奴と戦った事があるという情報まで握っている。
壁に耳あり、障子に目あり。何時何処であっても、話した事は何処かしら漏れてしまう物だということを実感せずにはいられない。おそらくは常連客の中に彼の仲間が紛れていたか、たまたま訪れた「常連ではない客」が聞いていたのか。どちらにせよ、極めて入手が困難であるはずの情報を握り訪れたこの青年はただ者ではない。
「断るわ。礼儀も知らない坊やにベラベラと話をするほど、私はおしゃべりでもないし軽くもないの。それに私ってこう見えても恥ずかしがり屋だから人見知り激しいのよね」
青年から目を背けたESは、テーブルの上に置かれていたコーヒーカップを口元に近づけた。露出度の高いハンタースーツを着込んだ恥ずかしがり屋は、これで話は終わりだと態度で示した。
「・・・失礼しました。僕はロクショウ。チーム「LORD DUSKL」のリーダーをしています。見ての通り、フォーマーです」
自分の無礼を詫びながらも、しかしロクショウと名乗った青年は引き下がらない。
「詳しい経緯は省きます。僕は姉を殺したと思われる・・・いえ、姉を殺した「黒い猟犬」を追っています。あなたをこうして尋ねたのも、「黒い猟犬」があなたに執着しており、先日剣を交えたと聞き及んだ為です。どうか奴の事を少しでも良いので教えて頂けないでしょうか?」
変わらず丁寧な口調だが、鬼気迫る物がある。姉の敵というのはあながち嘘ではなさそうだ。
「教える事は何もないわね。むしろ私が聞きたいわよ」
目の前で消えた紫の残像。頭の中へと響く痛みに耐えながらも見たあの光景。思い出しながら、奥歯を強く噛みしめる。
決着が付かなかった事。逃した事。そして、「ネイクロー」に関する情報を聞き出せなかった事。様々な悔しさが、心の奥底からわき出してくる。それをどうにか溜息一つで抑えながら、カップをテーブルに置いた。
「悪かったわね、役に立てなくて。まぁそういうわけだから、可哀想だけどあきらめて頂戴」
ESの言葉に、しかし青年は引かなかった。
「・・・でしたらせめて、僕と戦って貰えませんか?」
ESにとって、フォースは最も戦いにくい相手だ。
ESはハンターだ。故に接近戦を最も得意としている。また彼女が用いる武器は、一般的なセイバーよりも刃の短いダガーやクローなど。より近づかなければ当てる事もままならない。
ところがフォースの用いるテクニックというものは、効果範囲の中であれば、何処にいても当てられる。遠近問わずにだ。遠距離でこちらが手を出せずにいようが、テクニックは的確にこちらを捕捉してくる。
レンジャー相手でも同じ事が言える。レンジャーが用いる銃は遠距離から弾丸を放つのだから。しかしフォースと比べるならばまだレンジャーの方が相手しやすい。テクニックは銃と異なり、「効果範囲であれば」何処でもかまわずダメージを与えられるのだから。
「GRANTS!」
ESを光が包み、そして弾ける。
「痛ぅ・・・たく、厄介だね」
石壁を背に、ロクショウから距離を保っていたESではあったが、光のテクニック、グランツに捉えられていた。
「自分は姿を出さずに、グランツでちくちくってのは・・・どうにも男らしくないねぇ!」
声を張り上げ、聞こえるように愚痴る。むろんロクショウがそれに答える事はない。声を出せば自分が何処にいるのかがばれてしまうのだから。
卑怯。ESから見てロクショウのやり方は、そう表現出来るかも知れない。しかしこれも又立派な作戦なのだ。
ほとんどのフォースは、ハンターやレンジャーのように体力があるわけでもないし、また武器の扱いになれているわけではない。それはハンターなどがそれぞれの武器を専門に扱う変わりにテクニックが不得手であるように、フォースはテクニックを専門とする変わりに武器の扱いが不得手なのだ。
接近戦になれば、確実にフォースが不利。ならばその状況に追い込まれないようにするのもまた、立派な作戦といえる。
ロクショウはこの戦術を、随分と前から練り上げていた。もちろんESに対してではなく、「黒い猟犬」に対して。
黒い猟犬、キリークはハンターだ。そして奴はアンドロイド。恐ろしいまでの破壊力を持った彼を相手に、正面から挑めば確実に返り討ちにされる。ならば自分がフォースでテクニックに長けている利点と、奴がアンドロイドでテクニックがいっさい使えない欠点を活かすのが、最も効率がよく勝率も上がるはず。それを今実践しているのだ。
彼にとって、これは対キリーク戦に向けた模擬戦なのだ。
「JELLEN! ZALURE!」
テクニックによる攻撃力及び防御力の低下。一時的ではあるが、ESは戦力を削られた。
「とことん厄介だね・・・」
逆に攻撃力や防御力を上昇させるテクニックもある。だがESのテクニックでは、ロクショウのテクニックを打ち消すだけの力がない。
しかしほんの少しだけ、ESにも好機がある。
(さっきよりは確実に、近くまで来ているって事ね・・・)
テクニックはそれぞれ効果範囲が異なる。グランツはかなり距離を置いても放つ事が出来るが、攻撃や防御を下げるジェルン,ザルアはグランツほど距離を置いては効果を発揮出来ない。つまり、少なくともジェルンやザルアが届くところにまで近づいているということだ。
とはいえそれでも距離があり、ロクショウが何処に潜んでいるのか「完全には」把握出来ていない。
(左後ろ・・・あのあたりね・・・)
しかしテクニックを発動すれば、声と発動によるフォントの光で、おおよその位置を予測出来る。
むろんこんな事、そうそう普通の者に出来る芸当ではない。勘と経験が豊富なESだからこそ予測できること。
(そのままうずくまってるとは思えないし・・・)
ジェルンとザルアをかけたのは、おそらく万が一接近されたときのための予防線。
徹底的にテクニックで戦うなら、また離れてテクニックを放つだろう。
ならば。ESは一気にあたりを付けたところへと駆け込んでいった。
「ビンゴ!」
予測通り、ロクショウはいた。あたりを付けた場所よりも奥に。
「GRANTS!」
しかしロクショウは冷静に、グランツを放つ。
冷静? いや、わずかばかりロクショウは慌てている。証拠に、グランツという選択は正しいとは言い難い。
「せいやっ!」
Swosh!
グランツは発動までに時間がかかる。ESは自分の周りに集まる光が肌を傷つける前に、ロクショウの懐へと駆け込み、ダガーで相手を傷つける。
「うっ!」
加えて、テクニック発動時は効果が現れるまで身動きが出来ない。つまりESの攻撃に対して防御も回避も出来ない。
Zam!
「くうっ!」
遅れて、光が弾けESを襲う。
この隙に、ロクショウはすぐさま交代し距離を置く。
自分へと既にかけていた攻撃と防御の上昇テクニック。そして先ほどESにかけた攻撃と防御の低下テクニック。これによって開いていた攻防の差を、一気に縮めていた。綺麗に決まっていたダガーの連打も、決定打にはなっていなかった。
だからこそ、体勢を崩すことなく逃れられた。これがもし、テクニックをかける前だとしたら・・・ロクショウとしては、それをあまり考えたくはないだろう。
胸をなで下ろしたい気持ちだろうが、なで下ろす腕は前へと突き出された。
「FOIE!」
手のひらより、炎の弾がはじけ飛ぶ。
一直線に飛ぶ炎の弾は、既に体制を立て直し迫ってきたESへと向かっていく。
それをギリギリの所でかわすESの接近速度は衰えない。
「ZONDE!」
それを予測し、今度は避ける事も出来ない雷をESの頭上へと落とす。
うまくいけば、これで相手の武器系統をショック状態にして攻撃不能へと追いやれる。それがかなわぬとも、勢いを殺す事は出来よう。
だが、ESの勢いは止まらない。
Ka−chinng!!
襲い来るダガーを、サイズで受け止める。ソウルイーターを愛用しているのは伊達ではない。
「しまった!」
しかしそれでも、たった一撃で弾かれた。低下した攻撃力でこの勢い。
ダガーは両手に一つずつ持つ二刀流の武器。サイズを弾いたのとは反対の手に持っていたダガーが、のど元を襲う。
テクニックで攻防の差は埋められようとも、絶対的に埋められないものがある。
経験。
のど元寸前で止められたダガーを恐る恐る見つめながら、ロクショウはその差を感じていた。
「Checkmate(勝負あり)」
ESの宣言と同時に、周りにあった石壁が消え失せ、だだっ広いバーチャルルームへと変わっていった。
「一つの事ばかり追いかけてるとね、周りが見えなくなるものよ」
がっくりとうなだれるロクショウに、ESは語りかけた。
「良い戦術だったわ。対キリークだけでなく、ハンター相手ならそこそこ通用するでしょうね」
実際、自分も相当苦しめられていた。
もしあの時、雷の威力をまともに食らっていたら、こうも早く決着は付かなかっただろう。ハンタースーツにショック防止のキュア/ショックと、雷のダメージを和らげるレジスト/ストームを差し込んでいたからこそ、防がれた攻撃だった。
「戦術も大事だけど、それより大事なのは戦略よ」
かつて自分がたたき込まれた教訓を、若きフォースへと伝える。
「どう戦うかよりも、どう戦いを有利に導くかが重要。見て、知って、分析し、判断する。あなたもチームのリーダーやっているなら、判っていたはずよね」
事前に練り上げていた作戦を忠実に実行したロクショウの「戦術」は確かに見事だった。しかしロクショウの戦術を予測分析し、間合いを一気に詰める前に雷対策を整えたESの「戦略」が功を奏したのだ。
「何時かあなたの目の前にキリークが現れたとしても、そのキリークはあなたが思い描いていたキリークかしら?
猟犬だってね、狩りを続けていればちょっとは賢く、そして強くなるものよ。そうでなくても、あなたの知るキリークは、噂の領域を出ていないのだからね」
言われなくても判っていた。そんな事。だからこそ、ESを相手に自分の「腕」を試したかったのだ。
「・・・私はキリークじゃないし、あなたの脳裏にあるキリークも本物じゃない。あらかじめ戦術を整えるのは大事だけどね、いざという時に役立つのは臨機応変な戦略。良く覚えておきなさい」
判っている。そんな事は判っている。悔しさが、ESの言葉を素直に受け入れようとしない。
かたくなな心は、そうそうほぐれる事はない。
時間を掛けて、ゆっくりとほぐすしかない。その手助けとなるのは、悔しさから生み出された雫なのだろうか。
だとすれば、この青年が立ち上がった時、数刻前の自分よりも遙かに強くなっているだろう。
co5話あとがきへ | |
目次へ | |
総目次へ |