何事にも、基礎というものは大切だ。おろそかにすべきではない。
しかし基礎ばかりでも仕方ない。実践では基礎をベースに「経験」を積み重ね、応用力を付けなければならない。
軍で基礎をしっかりと身に付けてきたDOMINOには、この一歩先の経験が不足している。
「軍ではまず統率のとれた行動を求められるかもしれんが・・・」
彼女の「面倒」を任された元軍人BAZZは、切々と彼女に対し抗議を続けていた。
「ハンターズでは臨機応変さが求められる。少人数で行動する以上、状況を把握し適切な行動をする事が大切だ。むろん自分の考えで、だ」
命令が絶対である軍と違い、全ての責任が自分にのしかかるのがハンターズである。むろん軍にも少人数での行動や個人での行動もあり得るのだが、それでもなお「まずは命令第一」が鉄則である。
軍はもっと大きい組織的な作戦で人を動かす。その為行動自体が少数や個人だとしても、それは大多数が参加する作戦の一端であり、個人の勝手な判断で動く事は出来ない。それが作戦の失敗に繋がる可能性があるからだ。
だがハンターズの仕事は軍ほど大きな作戦になる事はない。その代わり全てが自分の責任で行う必要がある。作戦指令から実行部隊まで、全てを自分がこなさなければならないのだ。
どちらにも善し悪しがあり、人によりどちらの方が肌に合うかも違うだろう。ただDOMINOは軍での命令第一という鉄則をたたき込まれ基礎を身に付けながら、今はハンターズとして個人で判断しなければならないという、矛盾の渦中にいる。肌に合う合わない以前に、彼女はハンターズのやり方になれていないのだ。
「そこで、お前にはハンターズのやり方を学ぶ必要がある。ようは実戦で経験を積み重ねるという事だがな」
BAZZの言う事は判る。だが、DOMINOはあまり乗り気ではなかった。
誇り高き軍人である自分が、どうしてハンターズごときならず者達のやり方を身に付けなければならないのか?
不服だが、拒否はしない。それはBAZZの言う事に納得しているからというよりは、命令に忠実な軍人の気質がDOMINOにあるからなのだろう。
「今回俺は同行しない。替わりに俺が推薦するハンターに同行を頼んだ。彼女と共に、任務を全うしてきて貰うぞ」
もう一つの不服・・・というよりも不安と言うべきか? それはBAZZでもダークサーティーンのメンバーでもない、全く知らないハンターと任務をこなさなければならない事にあった。
軍であっても、所属する部隊だけでなく他の部隊との連携もあり得る為、さして初対面同士で任務をこなす事は珍しい事ではない。しかしその前に「作戦」と「命令」があるために順応しやすいという事もある。
今回のケースは、軍での場合とは全く異なる。不安に感じるのも致し方ないだろう。
「・・・何か質問は?」
質問はない。任務そのものは至ってシンプルな物だ。
ドラゴンを倒し、爪と牙を持ち帰れ。到達までの順路及び方法など、特に定められていない。
だからこそ、DOMINOは戸惑った。
何をして良いのかが判らないのだ。
命令に従う事を基礎としていた彼女にとって、具体的な方法など全く頭に浮かばない。
ハンターズギルドに届く依頼は、基本的にはこのようなごくシンプルな物がほとんど。腕の見せ所はこのシンプルな内容をいかに適切且つ的確に実行するかにかかる。
「・・・まぁ、判らない事は「先輩」に訊くんだな。彼女は先に森エリアでお前を待っている。すぐに任務に取りかかれ」
「・・・Roger!」
少しばかり気迫のないかけ声と敬礼を残して、DOMINOはラグオルへのテレポーターへと急いだ。
「ふぅ・・・基礎が出来ているだけ、荒治療も問題ないとは思うが・・・その基礎がな・・・」
レンジャーとしての基礎に問題はないが、軍人としての基礎はハンターとして問題がある。
そこをどう乗り越えるか?
習うより慣れろ。特別な訓練を受けないハンターズにとっては、この教訓が最も基礎となる訓練と言えるだろう。
「BOSS達と一緒では楽すぎて訓練にならんからな」
DOMINOの役目は、ダークサーティーンと共にハンターズサイドが見る「真実」をレオに伝える事。その任務をこなすだけならば、ダークサーティーンの中にいるだけで十分だろう。誰もDOMINOを当てにしていないのだから、彼女は黙って付いてくればいい。
しかしそれでは、レオがわざわざDOMINOをBAZZに託した意味は半分も果たさないだろう。
「アイツは面倒を押しつけるばかりでかなわん」
愚痴りながら、BAZZは初めての弟子をどう教育すべきなのか、今後の訓練メニューを練り上げていた。
「初めまして。あなたがDOMINOさんね? 私はVISE。よろしくね」
親しげなヒューキャシールがパイオニア2からやってきたばかりのレイマールを出迎え、手を差し伸べた。
「あっ・・・よろしく・・・」
思わず頭にまで持ち上げようとした右手を慌てて下ろし、そろそろと差し伸べられた手を軽く握る。
「ふふっ。「元」軍人なんですってね。話はBAZZさんから聞いてるわ」
敬礼の癖を慌てて隠すDOMINOを見つめながら、VISEと名乗ったヒューキャシールは笑った。アンドロイドなのだが人工皮膚を用いている為顔は人のそれと変わらない、自然な笑みを作り上げていた。
「それじゃ早速行きましょうか。ここからだとドラゴンの巣まではちょっと距離あるけど、すぐ着くと思うわ」
何が楽しいのだろうか? 笑顔のまま挨拶をすませるVISEが、DOMINOには信じられなかった。
これから任務に当たるのだ。どうしてもっと真面目になれないのか?
(これだからハンターは・・・)
不真面目でいけない。そうDOMINOは心の中で舌打ちしていた。
不真面目かどうかはさておいて、VISEは優秀なハンターだった。
「入り口に背を向けてね。狼に囲まれないよう気を付けて」
言いながら、パルチザンを構え狼の群れへと突っ込む。
一見無謀な戦い方。しかし冷静に状況を判断しての行動である事を、DOMINOは目の当たりにする。
狼達はゆっくり遠巻きに近づきながら、背中に回り込み飛びかかろうとする習性がある。VISEはまずわざと背中を見せるように敵の群れへと入り込み、背後に敵がまとまるよう誘う。その背後はDOMINOにとっては正面。VISEが素早く振り返れば、まさに挟み打ちの状態。
「ハッ!」
Swish!
手にしたパルチザンを一振り。複数の敵をなぎ斬ることが出来るこのパルチザンを活かすには、まず敵をまとめる事が必要。つまり彼女は、自分の戦闘スタイルを優位にする術を心得ており、それを冷静に忠実に、実行しているのだ。
これがハンターズの戦い方なのだ。DOMINOは改めて実感した。
DOMINOは先に、BAZZやM、ZER0といったハンター達の戦い方を見ている。彼らの戦い方は見事の一語に尽きたが、目の前のVISEも彼らに劣らず素晴らしい奮闘を見せている。BAZZが薦めただけはある。なにより彼女がパルチザンの中でも優秀なガエボルグを易々と扱いこなしいるのがその証拠といえよう。
そしてあの時と同じく、DOMINOはハンドガンで残党を蹴散らす事しか出来ない。
それしか、やるべき事がないのだ。
「ふぅ。まあこんなもんかな」
襲いかかるエネミーをなぎ倒し、VISEは一息ついた。
その顔は、任務を始める前の、あの笑顔。
不真面目なわけではない。彼女にとってこれが普通なのだ。
アンドロイドだから? いや、そうではない。
余裕だから? いや、それも違う。
まずは落ち着く事。心にゆとりを持つという事が何より大切なのだ。そこから生まれるのが、この笑顔。
それに比べて、自分はどうだろうか?
「DOMINOさん。出来ればシフタとデバンドをお願い出来るかな? 私アンドロイドだからテクニック使えないのよね」
自分の事ばかりで、周りが見えていない。アンドロイドと共にしているならば、テクニックは自分が受け持つのが常。それを失念している。
「・・・すみません」
レンジャーとして支援は当然行うべき事。しかし軍という団体の中では、自分がテクニックを使う事はまず無い。
自分が何をすべきなのか。命令ではなく、それを自分で判断し行動しなければならない難しさを、DOMINOは痛感していた。
「ああ、いいのいいの。そんなにかしこまらないでよ。えっと、ハンターとしては初心者なんでしょ?
だったらこれから慣れていけばいいのよ」
落ち込んだDOMINOを励まそうと、VISEは慌ててフォローを入れる。
「私もそんな、大したハンターじゃないし。結構熱くなって周りが見えなくなる事もしばしばあるのよね。あははは」
笑いながら、先へ行こうと身振りで促す。
「私もね、ハンターズやる前は一人で便利屋なんて事やってたのよ。まぁやってる事はハンターズと大して変わらなかったけど、ハンターズはパーティ組んで仕事する事もあるでしょ。他の人と組んで仕事するってのに慣れなくてねぇ」
歩きながら、彼女は自分の身の上話を始めていた。
「そんな時にね。私に声を掛けてくれた人がいたの」
なんとなく、話の展開を予想しつつも黙って聞いていたDOMINOは、その予測を少し裏切られる。
「あの「軟派師」よ。いやまさか、アンドロイドの私にまで声を掛けるとは思わなかったわぁ」
あはははと笑うVISEとは対照的に、あの人かと少しばかりうんざりしながら続きを聞いていた。
「その時にBAZZさんとも知り合ってね。ハンターのイロハを教えて貰ったわ。といってもね、結局「習うより慣れろ」って感じで、何回か依頼に付き合ってくれただけなんだけどさ」
ただそれだけでも、得る物は多かったと彼女は締めくくった。
「DOMINOさんも、片意地張らずに色んな人と仕事をすれば慣れるわよ。あまり難しく考えても仕方ないしね」
振り返り、軽くウインク。人当たりの良いこの女性は、こうやってハンターズにとけ込んでいったのだろう。
さて、では自分もこうやってとけ込めるのだろうか?
そもそもハンターズにとけ込む事を、自分は望んでいるのだろうか?
結局難しい顔を崩すことなく、DOMINOは一人悩みながらも先へと進んでいった。
ドラゴンについては、事前に調べ、聞かされていた。
しかし見ると聞くとでは、違いすぎるものがある。
「おっ・・・大きい・・・」
首が痛み出すほど見上げなければ全貌を見る事が出来ない。それほどまでに大きい。聞いてはいたが、これほどまでとは予想していなかった。
「前に立たないでね。私が接近して斬りつけるから、援護お願い」
言うが早くも、VISEはドラゴンの足下へと駆けていた。
援護。その言葉に、DOMINOは混乱した。
射撃による援護なのか、テクニックによる援護なのか。テクニックにしても、攻撃なのか回復なのか補助なのか・・・。
援護という言葉には、様々な意味がある。そのどれを指しているのかが、DOMINOには判らなかった。
自分で判断しなければならない。誰も彼女に命令は下さないのだから。
「えっと・・・」
まずは周りを見渡す。ドラゴンが巣としている空洞は広い。ここならば十分に距離をとれる。しかしあまり距離をとっては、ドラゴンの足下にいるVISEと離れすぎてフォローが出来なくなる。
まずはドラゴンとの距離をどうとるか。DOMINOはこの課題をまずクリアしなければならない。
とりあえず、DOMINOはテクニックがVISEに届く範囲を視野に入れて、ハンドガンを撃ちながら移動した。テクニックが届く範囲ならば射撃による援護も可能だ。どちらかではなくどちらも出来る場所をまずは選ぶ。
次に射撃とテクニックのどちらを重視するか。これを解決しなければならない。
(そういえば・・・熱くなりやすいって言ってたっけ・・・)
さりげない会話から、不意にVISEが自ら語った正確面を思い出した。
熱くなると回復も忘れ攻撃し続ける事もあり得る。彼女ほどの実力者がそんな愚かしい事をするとは思えないが、むしろ熱くなる人ならば回復に気を使わせないのも「援護」の一つだ。
となれば、「援護」の主な内容は回復。それに伴いテクニックでの支援だろう。
「SHIFTA! DEBAND!」
アンドロイドである彼女にまずはシフタとデバンドの支援テクニック。その上で彼女を気遣いながらハンドガンで牽制。
敵の正面に立たぬよう脇へと移動しながら、常にVISEを視野に入れる。
ガエボルグで身体の大きいドラゴンを斬りつける彼女に、まだ負傷の様子はない。負傷しているのはドラゴンのみ。
GRAAAAAAAHHHHHH!!!
程なくして、耐えきれなくなったドラゴンが叫ぶ。
大きな翼を羽ばたかせ、宙へと逃避。こうなるとガエボルグはとどかない。
「DOMINOさん!」
言われるまでもなく、DOMINOはハンドガンを上空へ向け、弾丸を放つ。
BANG!BANG!BANG!!
放たれた弾丸の何発かは、ドラゴンに新しい傷を付ける。だが、残りはドラゴンにとどくことなく弾という役割を果たし終え光の粒へと変わってしまった。ハンドガンでもとどかないほど、高く舞い上がっているのだ。
ならばとライフルに持ち替えようとしたが、その必要はなくなった。
ドラゴンが自ら、身体ごと急速に迫ってきた。
「くっ!」
事前に聞いていて良かった。DOMINOは地中に潜るという奇行をしでかすドラゴンの体当たりから身をかわす事に成功した。
だがこれで安心は出来ない。
地中に潜ったドラゴンはモグラのように地面を盛り上げながら迫ってくる。
二人はなんなくこれをかわし、息切れしてドラゴンが再び地上に出るのを辛抱強く待った。
そしてドラゴンはまた姿を現した。
「SHIFTA! DEBAND!」
舞い降りるドラゴンへとVISEが向かう前に、DOMINOはシフタとデバンドをかけ直す。効果が切れてから慌てるより、このタイミングでかけ直す方が効率が良い。
DOMINOは支援のタイミングを自ら考え行っていた。さすがに考えをいちいちまとめなければ行動出来ないでいたが、何をすべきかは把握しつつある。
つまりこれが、慣れというものだろう。
VISEはDOMINOが成長しつつある事を、テクニックの光を浴びる事で実感していた。
「お疲れ様。さすがに二人だけだと手こずるわね」
時間はかかったものの、見事ドラゴンを打ち倒し、二人は爪と牙を持ってパイオニア2へと戻ってきた。
「・・・お疲れ様でした」
本当に疲れた。DOMINOは心底そう感じている。
命令され動く方が、こんな疲れ方をしないですむだろう。気疲れという物に戸惑いながら、DOMINOはぐったりとした身体をどうにか持ち直し挨拶を返した。
「はは、やっていくうちに慣れるわよ。そのうちこの仕事が好きになるって」
慣れる事に異論はないが、好きになれるかどうかは別だろう。
ハンターズにとけ込む事を、まだ拒絶しているDOMINOは、慣れていく事にも少し場から戸惑いを覚えた。
慣れてしまっては、軍に戻れなくなるかもしれない。
善し悪し以前に、今のDOMINOにはそれが怖かった。
「よぉ、VISEちゃん久しぶり。どうよ、この再会を祝してちょっとそこの喫・・・」
Bap!
「ま、「こういうの」にも慣れてくと思うし」
肘を引いたまま、VISEは軽く笑いかけた。
腹を押さえながらうずくまる軟派師を見ながら、DOMINOはこういう事になれるのもどうかと、やはりハンターズにとけ込むのは危険ではないかと疑問を持ち始めていた。
co2話あとがきへ | |
目次へ | |
総目次へ |