novel

No.co11 信頼
with HUNTER DAYS FACTER(佐々木彩華)

 相棒と呼べる存在は、時として非常に頼りになりありがたいものなのだが、時として厄介になる事もある。
 JOKERは溜息と共に煙草の煙を吐き出しながら、その厄介な方を実感していた。
「いい加減にしろ、クーゲル」
 短くなった煙草の火を灰皿の端で擦り消しながら、相棒・・・と呼びたくはないがよくつるんでいる相手に対し、彼が行っている無意味な行為に対し苦言を吐く。煙草の煙を苦言で代用するかのように。
「お前はレンジャーだろう。だったら、当たる事のない無駄弾を乱射するのは関心出来んな」
 シュガーケースから新しい煙草を口でつまみ上げ、愛用のライターで火を付ける。そしてまた、煙を溜息とほどよく混じり合わせながら吐き出す。
「違うナ、JOKER。ナンパってのは、ピンポイント狙撃じゃむしろ確率が落ちるもんなんダヨ」
 どっちにしても命中率0%の男が何をほざくか。言葉の代わりに、煙で答える。
 本来ならこんな馬鹿馬鹿しい事に付き合う義理はないのだが、JOKERにとってこの場にいる事が重要だった。
 彼らは今、待ち合わせをしている。クーゲルの愚行は、単なる暇つぶしなのだ。人と待ち合わせをしておいてナンパとは関心出来る事ではないのだが、彼のナンパは成功しない事が前提になっている。ナンパの是非はともかく、成功しない事が前提ならば暇つぶしにはなるというもの。
「オ、上玉発見! Hey! そこのお二人サン。俺達と一緒にラグオルで洒落たデートなんてドウ?」
 声を掛けられた二人の女性は、各々苦笑している。いつものパターンだ。ここまでは。
 だが内一人は、こちらに近づいてくる。これは意外な反応。普段なら、嫌がられ避けて通られるか、あるいは完全に無視を決め込み通り過ぎるかのどちらか。近づいてくるなどということはあり得ないのだが・・・。
「待たせて悪かったけど、だからって暇つぶしにナンパっていうのは感心しないわね」
 苦笑混じりの苦言に、JOKERも苦笑しながら待っていた相手に答える。
「すまんな。「アレ」は病気でね、気にしないでくれ」
 くわえた煙草が上に傾く。まるで煙草も彼の一部かのように、表情と共によく動いていた。
「まあ気にはしてないけど。ああいう手合いには慣れてるし」
 そうだろうな。JOKERは目の前の女性を見て、彼女の言葉が正しい事を確信した。目の前の女性は非常に魅力的であり、数多の男達に声を掛けられているだろう事はすぐに判る。むしろ彼女のすぐ後ろで控えている女性の方が慣れていないのだろう。「これだからハンターは」と呟いているところを見ると、男にもハンターという仕事にも慣れていないようだ。
「私はES、彼女はDOMINOよ。よろしくね」
 待っていた相手、ハンターのESが手を差し伸べながら名を名乗る。
「俺はJOKER、アレはクーゲルだ。よろしく頼む」
 JOKERもESにならい、挨拶代わりに名乗る。だが、差し出された手を握る事はしなかった。
 握手は信頼の証だ。これから共に何かを為し得ようとするならば、まずは握手で信頼を築くことは重要となるだろう。だが、だからこそ、JOKERはさりげなく握手を拒んだ。それを悟り、ESもさりげなく差し出した手を引いた。
 容易に人を信用するものではない。一流のハンターなら当然の事だ。同じハンターだからといって、信用出来る証など何処にもない。自分の身は自分で守らなければならないハンターだからこそ、容易に人を、会ったばかりの人を信用などはしないものだ。
 例え相手が、あの「黒の爪牙」だとしてもだ。
「聞いてると思うけど、今回の仕事は軍から依頼された行動エリアの掃討作戦。いつもなら身内だけで片づけてるんだけど、今回は面子が揃わなくてね」
 掃討作戦は、軍やラボの者達が安全にラグオル調査を行えるようにする為の、先発隊だ。これまでにも何度か同様の依頼はハンターズに下されており、最近ではポピュラーな依頼の一つになりつつある。
 簡単に言ってしまえば、軍やラボの者達が調査したいポイントまでの経路の敵を全滅させれば良いだけである。しかし何時また敵が湧いて出るか判らない状況がラグオルでは続いている為に、時間厳守という厳しい制約が課せられている。
 その為どうしてもこの作戦では、手早くすませる為に頭数がいる。故にこうして、見知らぬハンター同士がこの作戦の為に一時的なチームを組む事はよくあるのだ。
「承知している。まあアンタほどのハンターがいるなら、俺達がいなくてもどうにかなりそうだが」
 もちろん皮肉である。黒の爪牙、その二つ名の実力を拝見させて貰うぞと言う意味の。
「なーに堅い事言ってんのヨ。ま、気軽にやろうゼ!」
 けらけらと、軽い男は相棒・・・かと思われるJOKERの肩に手を回しながら、開いた片手を差し伸べた。
「ESさん、そろそろ時間になります」
「そうね。じゃ行きましょうか」

 信用されていないのは、なにもES達だけではない。虚しく差し出されたままの手がそれを物語っている。
 もっとも信用されていないのは、彼の腕と言うより、軟派な性格の方だろうが。

 チームを組む以上は、統率の取れた行動が重要となる。
 だが、彼らにそれはなかった。
 それもそうだろう。信用もなく、統率などありはしない。
 だがそれで、問題が発生する事はなかった。
「クーゲル、あの円盤!」
「あいヨ!」
「DOMINO、人型をまとめて足止めお願い」
「Roger!」

 二人一組。それが二組。それで一チーム。
 ハンターとレンジャーの組み合わせで、それぞれが敵を打破していく。チームとしてまとまりはないかもしれないが、しかし敵を素早く倒していくならば、むしろこの方が効率が良い。むろんそこまで意識しているわけではないが。
 しかもこの状況。互いの腕がそれ相応に高くなければ出来ぬ事だろう。
(さすがは黒の爪牙か)
 自分の腕に自信があるのは当然として、やはり噂に聞くだけの、いやそれ以上の腕を持っている。JOKERはこの状況で作戦を遂行出来る相手の力量に感心していた。
(しかし解せんな・・・)
 煙草の先を下に傾けながら、JOKERは一つ疑問を感じていた。
 あれほどの腕を持ちながら、なぜあのレンジャーが相方なのか?
 黒の爪牙、その実力は大したものだ。凄腕のハンターならば何人も目にしてきたが、彼女ほどの腕前を持つ者など、そうはいない。自分が知る中で最も腕の高い「銀髪の悪魔」と並び比べられるほどだろう。それは間違いない。
 だからこそ尚更、彼女にはもっと腕の良い者が相方になっていてもおかしくはないはずだ。それがJOKERの考えだった。
 DOMINOの実力はけして悪くない。だがESと比べれば見劣りするのも間違いない。自分が連れ回しているクーゲルよりも劣る彼女を、どうして彼女は連れているのだろうか?
 背中をまかせるには、信用出来る相手でなければならない。それがJOKERの信念だ。とてもではないが、DOMINOの腕はESが背中をまかせるほど信用出来る腕ではないと思われる。
 むしろ、ESはDOMINOがサポートしやすい位置へと導いているようにも見える。サポートしなければならない者が逆にサポートされているのだ。そこまでして彼女を連れ回す訳が他にあるのか?
「よし、ここは片付いたわね。次行くわよ」
 考えている暇など無い。そうでなくともこの作戦は時間厳守。それに人の事をとやかく詮索しても仕方ない。JOKERは愛用の大剣を抱え直し、後に続いた。

 ラストというのは、盛り上がるものだ。
 小説にしてもゲームにしても、最後には「ボス」だとか「大量の敵」だとか、盛り上げる「要素」が待っている。
 そんなものは、仮想の世界だけで十分だ。自分が第三者だからこそ盛り上がりを期待するのだから。
 現実に待ち受けるラストは、穏やかなものを望みたい。
「ちっ、バランゾかヨ。しかも三体も・・・」
 しかし現実も又、ラストというのは盛り上がってしまうものなのだ。意に反して。
 作戦区域の最終ポイントで、四人は三体の自立砲台に囲まれた。
 一体はJOKER達に、二体はES達に近い位置にいる。
 となれば、そのままJOKER達が一体を、ES達が二体を相手にすべきだろう。
 その事に、JOKERは不安に感じていた。
 自分達ですら、バランゾを同時に二体相手にするのは辛い。ESはまだしも、あのレンジャーが耐えられるかどうか・・・。
 他人の心配などしていられない。自分達も目の前の砲台を仕留めなければならないのだから。それに今更、交われなどと言えるはずもない。
 ならば、まずはこの一体を倒す事に集中するのみ。
「まずは一体だ。必ず仕留めろ」
「まかせなっテ!」

 背中をまかせたレンジャーに声を掛け、一気に間を詰める。バランゾは大量のミサイルを乱射する自立砲台。遠くにいては不利なだけだ。大剣を叩きつける為にもまずは近づく事が必要。
 Shwipp!
 数多のミサイルがJOKER目掛け降り注がんと迫る。それをかわしながら、相手の懐まで迫る。自分がミサイルを避けると、後ろにいるクーゲルへと向かうだろうが、奴ならばそれをかわす事など安易。でなければ背中は預けられない。
「ハッ!」
 一太刀、そしてもう一太刀。
「せいっ!」
 力を込め、三度目となる一太刀。確実に相手の装甲を削っている。
 敵もただ黙ってやられるだけではない。またミサイルを吹き出さんと体制を整えようとしている。
 すかさず敵の後ろへと回り込む。砲台は彼に照準を合わせているのか、JOKERに向き直ろうと反転する。
「がら空きだゼ!」
 すると当然、クーゲルに背を向ける事になる。この好機を逃すことなく、背中へと銃弾を大量に浴びせる。まるでバランゾがミサイルを大量にばらまく、それを真似るかのように。
「どうやら、死神がお出迎えだ」
 ガラガラと剥がれた装甲を落としていく砲台に対し、弔いを口にしながらJOKERは斬りつけていった。
 まずは一体。彼が口にしたとおり、確実に仕留めた。
 次の二体目。ES達が相手にしているであろうバランゾはまだ残っているはず。助太刀せねば。
 Boom!
 だが、その必要はなかった。
「ふぅ・・・さすがに二体同時は辛いわ」
 ちょうどバランゾが粉々に砕け散っていた。腕が立つとは言え、あのバランゾを二体同時に相手に、しかもこんな短時間で片づけるとは。自分も一体を相手にかなり早いペースで倒したという自負はあるが、二体となれば倍、いやもっと時間がかかったはず。さすがは黒の爪牙といったところか。
 いや、もっと注目すべき事がある。その事にJOKERは気付かされた。
 よく見ると、彼女達は自分達よりだいぶ離れて立っている。最初バランゾが現れた時よりもだいぶ。
 まずはバランゾに近づく事。その為に互いの距離が離れるのは当然なのだが、今彼女達がいる場所は、最初にバランゾが現れた場所よりももっと奥にいる。
 つまり、彼女達は奥へとバランゾを誘導していたのが判る。
 何の為に? そこに気付いたと同時に、JOKERは自分の愚かさにも気付いた。
 バランゾのミサイルは、所かまわずばらまかれる。自分は避けきっても、後方の仲間がミサイルに巻き込まれる可能性があり得る。それはJOKERも判っていた事で、だからこそクーゲルなら避けるだろうと安心してバランゾに集中した。
 だが、更にその後ろにまで気を配っていたか?
 クーゲルの後ろには、DOMINOがいる。そこまで考えていなかった。
 逆に、ESは自分の後ろにいるDOMINOと、更にその後ろにいるクーゲルにまで気を配っていた。だからこそ、まずは奥へとバランゾをおびき寄せ、ミサイルがクーゲルに当たらない距離を保ったのだ。同時に、バランゾが奥へ行く事でDOMINOも奥へとついて行く。するとJOKER達が相手にしているバランゾの流れ弾にDOMINOが巻き込まれる可能性が無くなる。
 ここまで気を配る必要があるのか?
 あるのだ。彼女はチームリーダーなのだから。
 今回の作戦、実質二人一組のチームが二チーム混在する形になっていると考えていた。しかし同じ場所にいる以上、互いに影響が出る事は十分にあり得る。ならばやはり、一つのチームとして行動しなければ、どうしてもバランスが取れなくなっていくだろう。
 それをESはJOKER達に感じさせなかった。つまりは、それだけ気を配って戦い、敵をおびき寄せ、さも平然とやってのけたという事だ。
「助かったわ。あんた達がいなかったら、こんなに早く終わらなかったでしょうね」
 ねぎらいの言葉がJOKERにかけられる。確かにその通りかもしれないが、まざまざと、黒の爪牙、その人の実力を見せつけられた後では皮肉に聞こえてしまう。
「なあ。アンタ、誰かに背中を任せる事なんてあるのか?」
 だからか、皮肉混じりに聞いてみた。聞いてみたかった。
 背中を気にせず戦える事は、効率面だけでなく精神面で重要な事だ。これだけ気を配りながらの戦いを続けるESに、そんな猶予を感じる時があるのだろうか? 素朴な疑問だった。
「さあ? いちいち気にしないわね」
 そうだろうな。彼女が安心して背中を預ける相手など、そういるはずもない。それだけの実力者が何人もいるはず無いのだから。JOKERはそう思っていたが、ESが続けて放つ言葉に、また考えを覆された。
「仲間がいれば、「背中」だけ気にしてもしょうがないし。なんでも任せて任されて、でしょ? 少なくとも一緒にチームを組むなら」
 JOKERはまた、自分の愚かさに気付かされた。
 背中を任せる事にばかり気を取られていた。背中を預けられる相手にしてみても、「預けて貰える安心」が無ければやっていられないだろう。
 背中を任せるのは、守って貰う事ではない。それこそ「信頼」という繋がりがなければ任せられないし任せて貰えない。その事をしばらく失念していた。
 初めから、ESは背中を任せ、そして背中を任されていたのだ。DOMINOだけでなく、JOKER達にも。
「いいレンジャーじゃない、彼。ま、性格面はどうだか知らないけど」
 ちらりとESが見た先では、話題になったレンジャーがいた。ちょうどDOMINOを口説いていたのか、思い切りの良いパンチを貰っているところだった。
 その様子を見ながら、JOKERは煙草の先を上へ傾け軽く笑った。クーゲルの具行に対して、そして自分の甘えに対して。
 自分は一人でも切り抜けていける。それだけの実力があると自負している。確かにJOKERにはそれだけの腕がある。だがかえってそれが、天狗になっている自分を生んでいたのかも知れない。
 信頼出来る仲間には安心して背中を任せる。それが彼の、そう簡単に人を信用しない彼なりの、信頼という貴重な証の表現だった。だが、「背中を任せる」という一方的な、自分を高見に立てる癖が付いていたようだ。行動にも思考にも。
 クーゲルは信頼している。性格はさておき、腕は確かだ。だから背中を預けていた。それは彼に対する正当な評価だと思っていたが、その評価は自分を棚上げしてのものだと気付く。
 そういえば、自分が知るあの気さくな「銀髪の悪魔」も、人に背中を預ける事が多いと、JOKERは今更ながら思い返した。ESほど気を使うタイプではないが、あの気さくさが彼女の魅力であり、だからこそ彼女に背中を預け、そして彼女の背中を預かっているのではないか。
「参ったね」
 今回の依頼、報酬はかなり大きい物になった。JOKERはそれを実感していた。形としては見えない報酬を苦々と噛みしめながら。
「ま、なんにしても任務達成だな」
 JOKERは依頼をこなした事を確認するかのように、右手を差し出した。その手をESは笑顔と共に、強く握り替えしていた。

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