novel

No.co1 
withルウェイン(澄香)

 ESは救命依頼を断った事がない。
 黒の爪牙として高名だからこそ許されるのだろうが、ESは依頼をえり好みする事が多い。気分が乗らない,依頼人が気に入らない等の理由で断った事など数多。しかし気分が乗らなくても依頼人が気に入らなくとも、救命依頼だけは断らない。
 ESが救命依頼を断らないという事を知る者は少なく、またどうして断らないのかその理由まで知る者は極々わずか。
 今回の依頼は、そんな極々わずかに存在する「理解者」から頼まれていた。
 ラグオル地表に降りたまま戻らない博士を捜してきて欲しい。親友アリシアからの依頼だった。
「護衛も付けずに降りるなんてね・・・どうして博士って名が付く連中はこうも無謀なんだか・・・」
 研究に没頭するスペシャリスト。とでも言えば聞こえは良いだろう。だがその実、己の研究以外には無頓着すぎる者が多い。
 その博士は一度地表へ無断で降下しハンターに救助された経緯があるという。しかし懲りずにまた降りてしまったらしい。博士にしてみれば自分の研究の為にどうしても降りたかったのだろうが、危険から身を守るということに無頓着であるが故に護衛も付けなければ、周りの人間に無頓着であるが故に心配されたり迷惑を掛けている事に気付かない。
 自分のしたい事、つまり研究をする事以外何も考えていないのだ。
「よく博士なんて仕事を続けてられるわよね。まぁ支えられているって事にも気付いてないんでしょうねぇ」
 アリシアとその博士は、さほど仲が良いわけでもないらしい。ただ彼女の研究とその博士の研究には類似点が存在する為、情報交換は頻繁に行っていたらしい。その情報交換も主に博士の助手が相手だったらしく、博士と直接話をした事はほとんど無いとの事。
 今回の依頼は、たまたま博士の助手を訪ねた時に又失踪したと聞かされた事が発端になっている。慌てふためく助手を見てアリシアが「腕利きのハンターを知っている」と、ESの依頼へと繋がったのだ。
 ここまでの経緯を考えると、助手の気苦労に同情を寄せたくもなる。
「ラッピーの群れに紛れている可能性が高い・・・か。見つけ易いんだか見つけ辛いんだか」
 救命対象である者、ガルス博士がまとめたラッピー生息地図を頼りに、ESはラッピーの群れを追っていた。

 ふかふかのモコモコのプリンプリン。そんな枕が暴れ出した。
「ん〜?」
 その事に気付き頭を持ち上げた時、枕・・・にされていたラッピーが逃げ出した。
 人間の子供ほどに大きな図体をした鳥形生物、ラッピー。
 ラッピーは敵に襲われ瀕死状態になると、死んだかのように横たわりピクリとも動かなくなる。元々ラッピーは母星コーラルにも生息しており、この習性は有名である為「ラッピー寝入り」という言葉が生まれるほどだ。
 その習性を利用して、少女はラッピーを枕に横たわるのを趣味にしていた。むろんラッピーにしてみればはた迷惑な話だ。
「あー、いっちゃった・・・ん〜、よく寝た」
 気の抜けた声と共に、軽く背伸び。
「ん〜・・・どうしよっかな」
 これといって目的はない。少女はラグオルという危険地域に足を踏み入れているという緊張感がないままぼけっと座り込み、夕焼けで赤く染まりつつある空を見上げていた。ラッピーを枕にして寝入るほどなのだから緊張感がないのも当然といえば当然だが、しかし目的もなくふらふらと出歩けるほど、ラグオルは気軽に行ける場所ではない。
 目的があったとすれば、ラッピーを枕にする事ぐらいだろうか?
「ん?」
 人の気配に、少女は振り向いた。
「・・・随分とのんびりしてるわね、あなた」
 何時狂暴化した原生生物が襲ってくるか判らない。そんな状況下でぼーっと空を見上げながら座り込んでいる少女に、ESは呆れながら声を掛けた。
「んー・・・空はいいよね」
 脈略もなく唐突に放たれた言葉に、ESは一瞬戸惑った。
「広い空っていいなって。だから空を見てたの」
 のんびりしていた理由、という事なのだろう。
「・・・そうね。少なくとも、人工的な空や薄汚れた空よりは数倍良いわ。ここの空は」
 パイオニア2で見た空は、館内に映し出された人工的な空。
 母星コーラルで見た空は、人が汚しきった大気を通してくすんだ色をした空。
 ここラグオルの空は、何者にも汚されない、本当に自然と呼べる空。
 ハンターズの多くが、この空にまず驚いた。そして心惹かれた。少女もその一人なのだろうと、ESは結論づけた。
「ところであなた、このーあたりでラッピーの群れ・・・」
「あ、パンサーテイルだ。珍しい」

 ESの腰でふりふりと左右に揺れるマグ、パンサーテイルに興味を示した少女が指さしながらはしゃぐ。
 いや、はしゃいでいるのだろうか? 言葉こそそう受け取れるのだが、あまり表情は変わっていない。喜怒哀楽を表に出すのが苦手なのだろうか?
「ええ。大切なお友達から貰ったの」
「ふぅ〜ん。いいなぁ」

 質問を遮断されたESは少しばかり苛立ったが、かといって大人げなく無視することなく少女の言葉に軽く応えた。
「それでね、このあたりに・・・」
「ああ、あなたあのES? 黒の爪牙と呼ばれてるあのES?」

 どうやらこの少女、まず自分の興味を優先する質らしい。感情を表す事が苦手な割りには感情に正直でマイペースなのだろう。
「・・・ええ、そうよ」
 有名人も色々と辛いものがある。知っているというだけで指さし何やら話しかけられる事はこれまでに何度もあった。その度適当に「大人の対応」であしらってきた。ここでキレるわけにはいかない。
「それでちょっといいかな?」
 そろそろ少女という言葉から脱しようとしている。そんな年齢の女性に、ESはもっと幼い少女を相手にするように少し屈みながら優しく問いかける。
「このあたりでラッピー・・・」
「ねぇ、あのリコと付き合っていたってほん・・・」

 Bap!
「人の話を聞きなさい!」
 結局大人げない対応をしてしまった事を、握りしめたESの拳と頭を押さえる少女の手が物語っていた。

「リコと付き合っていたって本当?」
 ガルス博士を捜す為にはまずラッピーの群れを探す必要がある。そのラッピーの群れに心当たりがあるから連れて行けという少女の申し出に、ESは渋々承知した。少しでも手がかりがあるのなら、その情報をまず活用する。探索の基本だ。
「・・・昔ね」
 リコと恋人同士だった。その噂はES本人が広めたもの。自分の身の上を隠す為の偽装小作として広めた噂ではあったのだが、この突拍子もないスキャンダルは確かに偽装工作して抜群の効果を発揮している。だが同時に、このように興味本位であれこれとかぎまわろうとする者も現れるようになってしまった。
 ESにとって、これは一番うざったい。だが答えないわけにはいかない。
 ラッピーの居場所を教える代わりに質問に答えて欲しい。それが少女の交換条件だったから。
「ねぇ、リコってどんな人?」
「噂通りの英雄よ。私から特に言うことなんて無いわね」

 質問もどうせ、たいした物ではないだろう。大衆紙が書き立てるような、著名人の話を興味本位で聞きたいだけなのだろう。そういう相手を何度もしてきたESにとっては慣れた物だ。
 次に来る質問は「それじゃよく判らない」とごね、詳しく聞きたがるだろう。そうふんでいた。そうやって小出しにして質問を間延びさせれば、そのうち目的のラッピーに出会えるだろう。こういう輩は百を聞いても百一を知りたがる。きりがないのは目に見えているのなら、言いたくない事を聞かれないようわざと小出しにするのが妥当だ。
「リコって・・・まだ生きていると思う?」
 足が止まった。
 よもやこうもストレートに、一番嫌な事を聞かれるとは思わなかった。
「それを聞いて・・・どうしたいの?」
 静かに、尋ね返す。
 言葉には当然怒りが込められる。いや、殺意といった方が近いかもしれない。
「生きてるなら、会ってみたいなと思って」
 だが少女はそんなESの様子を意に介さず、しれっと答えた。
「・・・そう」
 この娘にとって、リコの生死など大衆紙の記事の様な物なのだ。ただ興味があるだけ。そう思えば、少しは怒りが静まっていく。
「・・・ごめんなさい。気に・・・してますよね、やっぱり」
 そうではなかった。少女は感情を表に出すのが苦手。それだけだった。少女はESが怒り出した事を悟り、素直に謝罪してきた。
「私が六歳の時に・・・リコに救われた「らしい」んです」
 ぽつりと、少女は語り出した。表情こそさして変わらないが、
「私、教祖様やってたんです」
「は?」

 唐突な告白に、さすがのESも間の抜けた返事をしてしまった。
 少女はそれを気にしていないのか、それとも慣れているのか、そのまま話し続けた。
「新興宗教を両親が始めて、私を教祖様にしたんです。私、テクニックの力が普通の人よりもあるから」
 言いながら何もない空間にラフォイエを放つ。
 爆炎が広がる。
 球型に広がる炎は、熟練のフォースが放つラフォイエよりも大きいのがESにも判る。
「それだけなんですけどね。でもこれのおかげで、信者は増える一方だったみたい」
 人は自分にない力に対し、様々な感情を持つ。
 恐怖か、尊敬か。
 両極端などちらかを、人は抱くだろう。
 そしてその力が大きければ大きいほど、感情の度合いも大きくなる。
 おそらく少女の両親はこの力に目を付け、人々に力を見せつけ「尊敬」の方へと誘導し、信者を増やしたのだろう。
「でも私、別に何も出来ないよ。いつも同じ部屋に座らされて、なんかみんなが私に向かって頭を下げているのを見てるだけ」
 力にはそれぞれの意味がある。例えば筋力に優れた物は運動方面に関して優秀だろう。
 しかしだからといって偉いわけでも、他の事に優れているわけでもない。
 そのはずなのだが、秀でた能力を持つ者に人は「全てが秀でている」と勘違いしやすい。
 秀でたテクニックの能力を持つ少女を、信者は賢明に崇めたのだろう。
 それで少女が何かをするわけではない。しかしそれでも、「何かをしてくれる」と信じ祈っただろう。そんな光景が目に浮かぶ。
「そしたら、いつの間にか誰もいなくなってた。なんかお父さんもお母さんも、捕まったんだって聞かされた」
 所詮は仮初めの教祖。ただ座っているだけの少女を崇めたところで何かが起こるわけはない。
 しかしそこは彼女の両親が巧みな話術で騙し続けたのだろう。
 そう、騙し続けた。つまり詐欺行為。捕まった理由はおそらく詐欺罪。
「なんでも、この事にリコが絡んでるって聞いた。だから会ってみたいなって思ったの」
 教祖から一変し普通の少女に戻った彼女は、環境も一変しただろう。
「・・・リコに文句の一つでも言いたいの?」
 皮肉混じりに、問いかけた。
「ん〜、そうじゃなくて、ありがとうって言いたい」
 淡々と、少女は先ほどと変わらぬ様子で答えた。
 ただほんの少しだけ寂しそうな、そしてほんの少しだけ嬉しそうな、そんな声色が混じっているようにESは感じた。
「・・・思い出した。ルウェイン・・・ね?あなた」
 感情を表すのが苦手な少女も、さすがに驚いて見せた。
 それはそうだろう。突然自分の名前を言い当てられれば誰だって驚く。
「どうして?」
 リコならまだしも、ESが何故自分の名を知っているのか。それが不思議だった。
「リコから聞いた。物心付いたばかりの女の子を教祖に仕立て上げて荒稼ぎしていた詐欺夫婦がいたって。気にしてたのよ、リコがあなたの事」
 初耳だった。リコが絡んだ捕り物劇だとは知っていたが、リコが自分の事を気に掛けていた事など全く知らなかった。
「あんな小さな女の子をずっと閉じこめてたなんて、酷すぎるって。両親の愛を知らないまま、ちゃんと生きていてくれるのかって・・・まったく、リコは人の事ばかり心配するのよね」
 そうやって、自分も救われたんだっけ。お節介やきの学者ハンターを、ESは優しく苦笑しながら語った。
「さすがに特異な事件だったから、私も覚えてるわ。ふぅん、そうか。あなたがね・・・」
 何処か覇気のない受け答え。表情が表に出ない顔。全ては幼少時代の経験からなのか。ESは少しばかり同情を寄せようとしたが、その考えをすぐに振り払った。
 生い立ちの不幸を同情される事ほど辛いものはない。ESはそれをよく判っていたから。
「まぁ、お礼は自分で言うべきね」
 うんと返事をしたまま、少女・・・ルウェインは黙ってしまった。
 リコは生きていると思うか? ルウェインの質問は、そのまま彼女の不安を示していたのだろう。
 じっと、赤く染まった空をルウェインは見上げながら歩いていた。
 この空のように、広い世界へと連れ出してくれたリコ。
 彼女へお礼を言う日は来るのだろうか?

「まったく・・・手間かけさせるわ」
 溜息をつきながら、ESは首の後ろに手を当てながらぼやいた。
「お疲れ様。やっぱり・・・大変でした?」
 そんな親友の様子を見て、アリシアはねぎらいの言葉を掛けながら尋ねた。
「すっかりとけ込んでたわ、あの博士。パッと見ただけじゃ区別つかないのよね」
 博士が自ら開発した着ぐるみ。はく製の技術をそのまま着ぐるみに応用したという事なのだが、この技術はかなり精度が高い。しかも中に入っていた博士はラッピーの動作一つ一つをかなり忠実に再現できるだけの技術も持ち合わせていた。なにせ本物のラッピー達に紛れてもそのラッピー達が騙されたくらいなのだ。そう簡単には見分けが付かなかっただろう事はアリシアにも予測できる。
「で・・・この研究は何の役に立つの?」
「いや、私に訊かれても・・・」

 専門外とか、そういう次元の話ではない。アリシアだって返答に困るのは当たり前。
「報酬はギルドに支払ったから。ごめんなさいね、いつも少ない報酬で・・・」
 いいのいいのと、ESは手をひらひらと振りながら答えた。
「ちょっと面白い娘に会えたし、ね」
 パイオニア2からラグオルを眺めながら、ぽつりと呟いた。
 リコが気にかけていた少女。リコを気にかけていた少女。
 あの少女がお礼を言う日が来るといいな。
 リコを探すという目的に、少しばかり違う理由が加わっていた。

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