novel

No.6 鋼の心

「まぁ、BAZZの保護下にあるというなら、私はかまわないけどね」
 ベッドの中で、ESは報告書に一通り目を通しながら答えた。
「そうですか。その報告書にもある通り、すでにギルドの手続きは済ませてありますので。私達のチーム戦力としてはむしろマイナスとなってしまうことは否めませんが、BAZZさんが面倒を見てくださるそうですし、なにより彼女から伝えられる軍部の情報は魅力的ですから」
 簡単なガウンをまとっただけのMは、コーヒーを入れながら報告書の内容を再度口頭で確認する。
「そうねぇ・・・まぁ普段なら戦力のマイナスなんて気にはしないけど、今は事が事だから・・・実戦部隊と情報部隊の2チームに分けた方がいいかなぁ」
 シーツにくるまりながら、参謀の背中に訪ねる。
「難しいですね。確かにチームを2つに分けた方が効率的ですが・・・人手が足りませんよ。ZER0さんも入れて現在5人ですから・・・状況によってパーティーメンバーを組み直すという方が現実的な策になりますね」
 少し濃いめのコーヒーを手渡しながら、現状を語る。
「んー・・・そうね。臨時のメンバーを増やす事も踏まえながら、今はそれが妥当よねやっぱり」
 香りを楽しみながらコーヒーを一口味わうES。その後で、ミルクとシュガーを加える。これが彼女流のコーヒーの飲み方。
「今は情報収集を兼ねた、ギルドの依頼をこなすことに重点が置かれていますし。あの空洞の先を調査できるようになるまではその方針で行かれるのが良いかと」
 ミルクもシュガーもたっぷりと入れてカフェオレにしたコーヒーを嗜みながら、ベッドに腰掛けたMが提案する。
「よし、とりあえず私とBAZZでチームを分けて、あの先に行ける時にはチーム再編成。新入りはBAZZのチームに、あなたとZER0は状況に応じてどちらかのチームをサポート。そしてチームメンバーを臨時,本採用含めて随時集める。これで行くわ」
 コーヒーをテーブルに置き、ベッドから起きあがる。唯一身につけていたシーツが音もなく彼女の肌から滑り落ちる。
「了承いたしました。メンバーには私の方から伝えておきますわ」
 カフェオレにまた口を付け、手元にあったモバイル端末を開く。現在ギルドが抱えている依頼の一覧を確認しながら、この後ESが受けるにふさわしい物をしてチョイスいく。
「ところでさ、そのDOMINOって娘、かわいいの?」
 ムーンアトマイザーを軽く吹き付け、ハンター用の服に着替えながら訪ねる。ムーンアトマイザーは名の通り香水ではあるが、本来は激死状態の者を回復させるための気付け薬的な役割を果たす物である。それを香水代わりに使用するのは、彼女なりの願掛けのようなもの。
「知りませんよ? 今後BAZZさんに背中を向けられなくなっても」
 いたずらっぽい笑みを浮かべながら舌を出す。
 Mが端末をESに向けて見せる。画面にはES向けの依頼に絞り込んだ一覧が表示されていた。
「ん? こいつ・・・」
 一人の依頼人の名前が、ESの興味を引いた。
「たしか・・・悪徳商人として名の知れた男よね」
 証人の名を指さしながら、画面をMに向けて訪ねる。
「えぇ、そうですね。ですが、あまりにもせせこましい事しかしておりませんから、そういう意味で有名なのだと記憶しております」
 依頼内容は、輸送中に奪われた商品の奪還。とはいえ、依頼人の事を考えると、その商品自体の出所も怪しいものだが。
「・・・・・・面白い情報が手に入りそうね。M、この依頼私が受けるわ。ギルドに報告しておいて」
 ESの指示通りに、端末からギルド本部へ依頼受理の報告を配信する。
 本来ギルドの依頼は、犯罪行為に荷担するようなものは受け付けないという決まりがある。だが、依頼内容だけでは判断が難しいものもあり、依頼者側もそのあたりを巧妙に隠してくるために判断が難しくなる。そのため、犯罪行為的な依頼だった場合の責任は、依頼を受けたハンター側に責任があるとする決まりも存在している。ようはある程度ギルドも黙認しており、事が大きくなった場合は責任を取らないというスタンスを保っているのだ。それだけにハンター側は依頼内容をよく吟味して受ける必要がある。もっとも、本当に大がかりな犯罪ならば、ギルドに依頼するよりは犯罪者組織に依頼するだろうが。
「心配ないと思いますが、一応気を付けてくださいね」
 大丈夫よ。そう言いながら自室を後にした。

「能無しレンジャーはひどいなぁ」
 今回の依頼主、ガロンからの依頼内容はこうだ。
 彼は今回の騒動で、ある1つの商売を思いついた。その商売の元となる商品をラグオルから、ESの目の前にいる「能無しレンジャー」に収集と運搬を依頼したのだが、彼はその途中で商品を奪われたというのだ。その奪われた商品を取りもどして欲しい、というものだ。
「ふふっ、ごめんごめんダッチ。あのガロンが能無しって言うから誰かと思ってね」
 運搬に失敗し首になったレンジャーは、腕がいいとは少々言い難いところがあるものの、ハンターとしての経験は長い。故にESとも多少面識があった。もっとも、ダッチにしてみればあの黒の爪牙を知らないわけがなく、むしろESがダッチのことを知っている方が、彼にとっては名誉なことだ。
「それで、いったいどんなドジやらかしたんだい? マグをあらかた奪われるなんてさ」
 ダッチが運搬していた物、それはマグと呼ばれる防具の一種だった。
 防具とは言え、マグは科学者がフォトン技術の一端として開発した最新鋭の防具である。しかもこの防具は、メイトやフルイドといった回復を目的としたアイテムを媒体に成長をするという、進化する防具なのだ。
「それがさぁ・・・勝手にどっかにいっちまってさ・・・・・・」
「は?」

 失敗をとやかく責め立てるつもりはないものの、「勝手にどこかに行った」では、まるで子供の良いわけだ。大人のハンターの言い訳ではない。
「あ、いや・・・実はよくわからないんだ。今回の仕事ってのが、主を失ったマグを回収して持ち替えるってものだったんだがな」
 マグは最新鋭の防具であると同時に、今だ謎の多い防具として科学者の注目を集めている。そのため、実地試験もかねてハンターに配給されている。今ではマグはハンターの証の1つとなっているのだ。
 そのため、主のいないマグとは、ラグオルで朽ち果てたハンターが残した「遺留品」に他ならない。
「なんか墓荒らししているみたいでさ・・・まぁこんな依頼を受けた俺も俺なんだが・・・あまりいい気分しなかったんだよ。そんなことをぽぉっと考えてたら、アンドロイドが通りかかってな・・・」
「そのまま奪われた・・・って?」
「ん〜・・・というより、マグが勝手にアンドロイドについていったというか・・・ほんと、ぼぉっとしててよくわからないうちに持ってかれちまって・・・」
「・・・だらしないわねぇ」

 年期はそこそこあるとは言え、やはり三流ハンターだ。こんな理由では、依頼主が無能呼ばわりするのも無理はない。
「そう言うなよ・・・正直、気持ちのいい仕事じゃなかったから、これでスッキリしたというか・・・まぁ俺は首になったんだし、後は任せるよ」
 無責任な物言いに聞こえる発言だが、ハンターは仕事に対してきちんと立場をわきまえる。首になった以上、仕事に対して情報の提供は惜しまなくとも余計な口出しはしない。もっとも、この男の場合は口を出せるほどの仕事はしていなかったが・・・。
「それで、マグを連れて行ったアンドロイドの特徴は? ぼぉっとしててもそれくらいは解るでしょ?」
「あぁ、女性型アンドロイドで・・・レイキャシールだな。色はピンク。ヘッドが・・・M型って言うんだっけ? あのメイドがつけているヘッドドレスみたいな形したやつ。アレだったよ」

 女性型アンドロイドは、基本的に奉仕用に開発された物が多い。そのためか、戦闘用であるレイキャシールのデザインも奉仕用のアンドロイドの特徴を受け継いだ物が多い。ヘッドタイプがメイドのような形であるだけでなく、腰にはフリル型のスカートや大きめのリボンのような物までついている。
「そのアンドロイドの所在は解る? 大まかで良いから」
「とりあえずこっちには戻ってないから、ラグオルにいるまんまじゃないか? あれが軍のアンドロイドなら話は別だけど」

 ラグオルへ降下するワープは、本船と軍船の2つにしか存在しない。そのため、ハンターは本船から、軍人は軍船からしか降下,帰還できなくなっている。もし犯人が軍のアンドロイドでないのなら、二人がいる本船のワープを使うしか方法がない。
「奪われたと気がついた時に、俺はすぐにリューカーで戻ったから。仮に向こうが俺より早く戻ってたとしても、ここで見かけるだろうが・・・見なかったからな」
 ワープゲートを使う以外に、リューカーやテレパイプといったテクニックやアイテムを使用した帰還方法もあるが、基本的には本船のワープに直結するため、出入り口は1つに絞られる。
「OK。情報としては十分だわ。もっとも、それでも探索には骨を折りそうだけどねぇ」
 未だラグオルでの活動範囲はそう広くはない。とはいえ、出没するエネミーを倒しながらの人捜しはそれなりの苦労を伴うだろう。
「まぁあんたほどのハンターなら何の問題もないだろうけど・・・というか、あんたほどのハンターがこんな小さな仕事に関わる方が不思議だぜ。・・・もしかして、これってかなりやばい仕事だったのか?」
 墓荒らし的な仕事、という背徳感が余計な心配を生んでしまう。
「なに、ただの暇つぶしよ」
 自分の失敗の穴埋めを暇つぶしといわれては面目もないが、能無しレンジャーとしては安心させてくれる言葉になっていた。

 骨が折れる仕事・・・と思っていたESだったが、以外にもあっさりと見つかった。
「あれ? やっぱりあの子がいない・・・・・・」
 ピンク色でM型のヘッド。ライフルを持っていることからレイキャシールだと判断できる。ダッチの言っていた特徴と全て一致したアンドロイドが、何かを探しているようで、独り言を言いながらうろうろしていた。
「見つけたのはいいけど・・・」
 さて、どうやって問いただすべきか。まさかマグを奪った犯人? と直接問いただす訳にもいかず躊躇していたが、とりあえずは接触しようと近づいた。
「捜し物?」
「!」

 あまり不自然な会話にならないように、言葉を選んだつもりだったが、やはり不意に声をかけられれば誰でも驚くもの。
「・・・びっくりしましたぁ」
 なのだが、どうもアンドロイドの口調からは、驚いたといいながらもさして驚いてるようには見えない。
 アンドロイドであるために表情が変わらないからと言う理由もあるが、話し方がどうも間延びしていて、それが「驚いた」という感情を表現するのにふさわしくないようだ。
「あのぉ・・・すみませんが・・・マグ・・・見ませんでしたか?」
 こちらが質問しようとするよりも先に訪ねられた。それも核心部分のマグについて。
 今度はESが驚く番だった。しかしESはそれを表には出さない。もちろん、それは目の前のアンドロイドのように口調などのためではなく、必死に隠しているためなのだが。
「奇遇ね。私もマグを探しているのよ。奪われたマグを取り戻しにね」
 遠回しに、こちらも核心に迫る。もちろん、これで逃げられる可能性もなくはないが、向こうからマグに関して質問をしてきた以上、下手な駆け引きよりは単刀直入に切り出した方が効果的だろうと判断したためである。
「・・・えぇ!? マグを取り返しにきた?」
 言葉の内容は驚いているのだが、どうにも緊迫感に欠ける。そんな話し方をされているためか、ESも少し力が抜けている。これが相手の心理的作戦だったとしたらたいしたものだが、どうもそのようなことではないようだ。
「いっいえ! あの・・・別に、レンジャーの方から奪ったわけではないんですぅ」
 とりあえず犯人であることは自供した。だが・・・。
「・・・ただ、たくさんのマグが、みんな悲しそうだったのでつい話しかけてしまって・・・それで、あの、ちょっとお話が盛り上がってしまって、そのぅ・・・いつのまにかついてきてしまって・・・わざとじゃないんですぅ! ホントですぅ・・・」
 自供内容がどうにも要領を得ない。「勝手にどこかへ行った」というダッチの言い訳にも匹敵するほど、あまりにも子供じみている。
「・・・それで、あなたについていったマグ達は?」
 とりあえずは話を進めよう。ちょっと軽い頭痛がしてきたESではあったが、本人は至って真面目なようだ。下手に水を差すのは良作ではない。
「みんなマスターのところに行くんだって言い出して・・・いなくなっちゃいました」
 ここでふざけるな、と怒鳴りつけてしまう大人も多いが、ここはこらえて、最後まで話につき合うのが子供(?)と接する基本だ。
「最後に残った子はいっしょにくるって言ってくれたんですけど・・・いなくなっちゃって・・・ごっ、ごめんなさいぃ!」
 なんだか、怒る気力も失せていた。というよりは、あまりにも真剣に・・・口調は間延びしていたが・・・語る彼女を、怒る気にはなれなかった。それに、彼女の言っていることが「子供じみた言い訳」と断定することも出来ないからだ。
 マグと会話する。それが本当に可能かどうかは解らない。科学者が造り出した防具に会話するだけの知能があるのか、そもそも感情がある物なのかどうか・・・科学者達ですら、その未知の能力に手を焼いているのだ。ハンターであるESに判断できるわけもない。
 もっとも、目の前のアンドロイドにも同じ事が言えるが、なぜか彼女には可能なんじゃないのか? と思えてしまう。それは彼女も同じ科学者が生み出した機械だからなのか、それとも間延びした話し方にどことなく神秘性を感じたからなのか・・・。
「・・・まぁいいわ、信じましょう。とりあえずそのはぐれたマグだけでも持って帰れば、クライアントへの対応はどうにでもなるわ」
 元々、乗り気だった仕事ではない。ESにとっては情報収集が主な目的で、報酬はどうでも良いのだ。その肝心な情報も得られそうにないのであれば、「仕事はこなした」という大義名分があれば十分なのだ。
「あ、あのぉ、探すならわたしもいっしょに探しますぅ」
 犯人自らの申し出。本来ならあり得ないシチュエーションに、思わずくすりと笑みをこぼしてしまう。
「お願いするわ。あなたなら私よりはマグに詳しそうだものね。ところで、その迷子の心当たりはある?」
「ただはぐれただけかもしれませんからぁ・・・そんなに遠くには行ってないと思いますぅ」

 犯人を捜すよりも骨が折れそうな仕事になりそうだが、何故かさして大変でも無いような気になっていた。ちょっとしたピクニック気分。どうもこのアンドロイドと一緒にいると、そういう気分になってくるから不思議だ。
「あっ、わたしエルノアです。エルノア・カミュエル。アンドロイドですぅ」
 アンドロイドであることは見れば解るのだが、そんなところまで律儀に自己紹介をする彼女は、やはり見ているだけで微笑ましくなってくる。
「ESよ。見ての通りハニュエール」
 思わず、ESまでもつられて似たような自己紹介をしてしまう。そんな自分がちょっとおかしかった。

「・・・あのぅ・・・マグを勝手に放しちゃって・・・その・・・怒ってます?」
 ESは無口ではないが、おしゃべりでもない。マグの探索という仕事をしている今は、無理に会話をしようとしないのは至極当然といえる。
 だが、二人で探索を始めてから一言も言葉を発しないESを、エルノアは怒っていると勘違いしたのだろう。遠慮がちに訪ねてきた。
「ん? 別に怒ってないわよ」
 ESにしてみれば、依頼を受けたからマグを探しているのであって、マグが無くなったとしても別段どうということはない。ただ、探索の結果見つからなかったという証拠は必要であるため、はぐれたというマグを探しているにすぎないのだ。
「あぅ・・・ごっ、ごめんなさいぃ!」
「だから怒ってないって・・・」

 それでもエルノアは怒っていると思いこんでいる。別にエルノアがどう思っていようが、ESとしては一向にかまわないはずなのだが、なにか小さな子供を泣かせてしまったような気まずさ、そんな感情がESの胸の内に広がっていた。
「・・・ところでさ、あなたはどうしてマグと会話できるの?」
 ここは無理にでも会話をして、気を紛らわせた方が得策だ。そう考えたESは、疑問に思っていたことを単刀直入に訪ねた。もっとも、ESとしては本気で会話をしていたとはあまり信じていないのだが。
「???・・・どうしてでしょう? あのぉ、わたしはよくわからないんです・・・」
 ESとしては、科学者によって作られた防具とどうして会話が成り立つのか、という意味で訪ねていた。だが、エルノアにとっては至極当然のように会話をしているため、会話が成り立つこと自体が当たり前になっている。「あなたはどうして他人と会話が出来るの?」と訪ねられているようなものと同じだといえる。
「でも・・・あまり気付かないかもしれませんけど・・・ちゃあんとマグにも意思はあるんです!」
 質問の意図を理解したのか、エルノアはマグそのものについて語り出した。
「ハンターが装備した時、マグはちゃあんとその人をマスターとして認識するんですぅ」
 事実、ハンターが初めてマグを装備した段階で、マグはその時ハンターが着ていた服の色に同化する。これはマグがハンターをマスターと認めた証ではないか、と言われている。
「回復してくれたり、攻撃を防いでくれたりする頭のいいマグもいるんですよぉ」
 マグが防具として優秀な点は、防具としての強度だけでなく、育て方によっては装備者の潜在下に眠っている攻撃力や精神力等まで上昇させる点と、自己判断で様々な恩恵をマスターに与える点にある。エルノアが言っているのは後者であり、これは個体差によって恩恵も異なる。そのためか、マグの育て方によって生じるこの個体差を楽しむ、ブリーダー的なハンターも存在するほどだ。
「だから、やっぱりマグもマスターを失ったときは悲しいんです・・・!」
 マグが何故認識したマスターを保護しようとするのか。それは餌となるアイテムをくれる大事な存在であるから、つまりマスターに寄生して育つためだと言われている。エルノアのような、感情があるからという学説もないわけではないが、一般的ではない。
「なるほどね・・・」
 理解したわけではないが、そう答えることしかESには出来なかった。ただ、場つなぎのためにふった会話ではあったが、エルノアの一生懸命な説明に、少なからず感心と理解はしていた。マグではなくエルノアに対して。
「そういえば、どうしてESさんはマグを連れていないのですか?」
 ハンターの証とも言うべきマグを、ESは装備していなかった。理由は、単に育てるのが面倒なためであるのと、マグを装備しても、もはやESほどの者になれば潜在的に眠る力もなく、攻撃力などが上昇することもないためだ。
「そうねぇ・・・」
 とはいえ、ここでバカ正直に理由を話せば、エルノアは悲しむだろう。そうなれば折角話をそらせて会話を始めた意味が無くなる。
「・・・気に入ったマグがいないから・・・かな? マグだって、好かれてもいないのにマスターだって認めたくないでしょう」
 エルノアに会わせて言葉を選んだものの、これはこれでESの本心だ。
「そんなぁ。ESさんはやさしいから、きっとマグは喜びますよぉ」
 何を根拠に優しいと評したのかはさておき、エルノアとしてはマグを大事にしてくれそうな人がマグを連れていないことが悲しいのだろう。
「ま、そのうち気に入ったマグが見つかって、マグも私を気に入ってくれたら考えるわ」
 曖昧だが、マグを持つことを約束するES。こうでも言わないと、またエルノアが落ち込みそうだからだ。
「そうだっ! 是非ESさんにマグを紹介させてくださいっ! きっとESさんが気に入るいい子を紹介しますからぁ!」
 ESの遠回しな言い訳を理解したのかしないのか、エルノアは唐突に提案をした。こうなっては、ESも
「・・・そうね、お願いするわ」
 と、言うしかない。
「ええ、是非!」
 だが、エルノアのうれしそうな態度を見ていると、悪い気はしない。
(これでアンドロイドでなかったら・・・ベッドに連れて行ったのになぁ)
 子供のように無邪気に喜ぶエルノアとは対照的に、汚れた大人は邪な考えがふと頭をよぎっていた。

 はぐれマグは、意外な場所で見つかった。
「よかったぁ・・・」
 エルノアがマグに駆け寄る。そこは、パイオニア2と経由するワープがある場所。つまり、ESはエルノアと出会う前に、すでにはぐれマグと遭遇していた可能性があるのだ。もっとも、茂みに隠れていたマグを発見するのは困難であり、エルノアがいたから気がついたと言えるのだが。
「・・・・・・・・・そっか・・・」
 エルノアははぐれマグとなにやら話をしているようだ。二人・・・という表現が正しいかは判らないが・・・ともかくマグとアンドロイドは言葉を発せずに会話をしているため、見た目ではただエルノアがマグを見つめているようにしか見えない。だが、時折マグが横に揺れたり回ったりといった動きをしていることから、きちんと会話はなされているようだ。
「この子、前のマスターと、お別れしてきたんですって」
 会話の内容が解らないESに、エルノアが簡単に説明をする。
「・・・もうお別れは済んだみたいですね。新しいマスターの所に行くと言ってますぅ」
 両手の平にマグを乗せたエルノアが、ハイとESに差し出すようにマグを手渡した。
「それにしても、変わった形のマグね」
 片手でマグを受け取ったESは、しげしげとそのマグを見ながら評した。
「パンサーテイルという、特殊変異したマグですぅ。普通に育てるだけではこの子みたいにはならないんですよぉ」
 名の通り、そのマグは猫科動物の尻尾のような形をしていた。
「ふぅん・・・」
 物珍しいのか、ESはしばらくマグを見つめ続けていた。すると、マグがピコピコと、まさに尻尾を振るように動き出した。
「うふふ、恥ずかしいんですってぇ、その子。ESさんに見つめられて」
「はっ、恥ずかしい・・・の」
 マグに恥ずかしいという感情があるのかどうか解らないが、エルノアが言うと何故か信憑性がある。言われたESも少し気恥ずかしくなってきた。
「何かいい匂いがすると言ってますよ? その子」
 匂いまで解るの。ESは内心そう思いながらも、その匂いの元がなんなのか心当たりがあった。
「ムーンアトマイザーの匂いかな?」
 ESは香水代わりにムーンアトマイザーを使用している。マグにしてみれば、ムーンアトマイザーも餌となるものだけに「いい匂い」なのだろう。
「それだけでは無いみたいですけどぉ・・・ESさんからいい匂いがすると言ってますぅ」
「・・・・・・ねぇ、この子雄?」
 一歩間違えればセクハラともとれる発言に、ちょっとESも呆れてしまった。
「え? マグに性別はありませんけどぉ・・・」
 もっとも、エルノアもマグも、そんな意識は毛頭無かったのだが。
「まぁいいわ。とりあえずこの子をクライアントに引き渡して任務完了ね」
 任務はマグの探索ではなく、あくまでマグの奪還と運搬だ。1つだけとはいえ、このマグをクライアントまで運ぶ任務がESには残っている。
「あのぉ・・・その子、ESさんが気に入っちゃったみたいなんですけどぉ・・・」
「え?」
 エルノアが、唐突にESに申し出る。
「出来れば、ESさんがマスターになって上げてくれませんか? ESさんもその子を気に入ってたみたいですしぃ」
 ESがマグを見つめていたのは、単に珍しいからだけであって、気に入ったわけではないのだが、エルノアには気に入ったと見えたのだろう。
「・・・これも仕事だから。「まずは」クライアントまで届けないとね」
「そう・・・ですよねぇ。ごめんなさいぃ、またわがまま言っちゃってぇ・・・」
 しょんぼりとしたエルノアを見るのは、少々心苦しい。そしてそんなエルノアを見たからだろうか、心なしかマグまでしょんぼりとしているように見えてしまう。
「とりあえず一緒に来て。大丈夫、怒られたりはしないから」

「なっ!・・・たったの1個? みんな逃げたぁ!」
 クライアントのガロンが驚愕し、たまらず声を上げる。
 無理もない。彼としては「タダでマグを手に入れて売りさばき、大儲け」という計画だったにもかかわらず、手に入れたマグはたった1つなのだ。ギルドに支払った依頼料を差し引くと、赤字になることは目に見えている。
「お、おいっ! あんたがマグを奪って逃がしたりしなければこんな事には・・・」
 エルノアにくってかかろうとしたガロンを、ESは手で制した。
「待ちなさい、ガロン。そもそも、今回の依頼はあなたの契約違反で無効になるところなのよ。罰せられないだけありがたいと思いなさい」
 ESの意外な発言に、ガロンもエルノアもきょとんとしてしまった。
「まず、あなたの依頼は『輸送中に奪われたマグの奪還と再輸送』だったわね?」
「あっ? あぁ。その通りだ。事実そうだろう。あのマグは拾った物とは言え私のマグだ。それをこいつが奪うから・・・」

 またエルノアにくってかかろうとしたガロンだったが、キッとESに睨まれ黙ってしまう。
「確かに、マグは主を失った時点で誰の物でもないわ。墓暴きのような行為でも、死者の傍らに落ちているマグを拾って自分の物にすることに正当性はあるし、それは総督府も認めている」
 遠回しにガロンを避難しながらも、正当性を認める発言。エルノアがまたしょんぼりしているのをちらりと見ながら、言葉を続けた。
「でもね、総督府のラグオル特別法案にはこうあるわ。『ラグオルに四散する物に関して、明らかにパイオニア1,およびパイオニア2から持ち込まれたと思われる物は、それを拾得したハンターの物とすることを認める』と・・・つまり、マグはマグを集めたダッチの物となるわ」
「ちょっ、ちょっとまて。そりゃ確かに拾ったのはあの能無しだが、依頼したのは・・・」

 ガロンが言い終わるのを待たずに、ESはさらに続けた。
「そのダッチは、あなたの依頼で集めた以上、マグをあなたに届ける必要は確かにあるわ。一時的に彼の物だったとしてもね。でも、ダッチはあなたに解雇されたことで、マグをあなたに渡す責任は無くなっているわ。つまりあなたは、ダッチの解雇と同時にマグの所有権を失っていることになる」
「そっ、そんな・・・」
「加えて、そんな状態なのに『自分の物』としてマグを取りもどすことをギルドに依頼している。これは一歩間違えれば犯罪行為をギルドに依頼したに等しいのよ。おわかり?」
「ちょっとまて、それはいくら何でもむちゃくちゃだ!」

 もちろん、ESの言っていることはガロンの言う通りむちゃくちゃなへりくつにも等しい。だが、こういう事は気迫と勢いで言いくるめてしまった方の勝ちだ。ESはそういうことも心得ている。もちろんこういったことも含めて、彼女は一流のハンターなのだ。
「まぁ、そこは単純なミスとして目をつぶってあげるわ。ギルドに報告しないでおいてあげるから。ありがたく思いなさい」
「・・・・・・・・・」
 つまり、このまま依頼遂行としてギルドの手続きは済ませる、という意味だ。
 これで、エルノアが後から「マグを逃がした犯人」としてガロンから訴えられることを防ぐことが出来たわけだが、ESの狙いはもう1つあった。
「そしてこのマグは、最終的に拾ったエルノアの物になるからそのつもりで」
 マグの所有権をエルノアの物とする。これが2つ目の狙い。
「なっ!・・・ふざけるなっ! いくらなんでもそれは横暴だっ!」
 そう思うのが当たり前だ。だが・・・
「えぇ、もちろん横暴だと思うなら訴えても良いわよ。ちゃんとギルドと総督府を通してね」
「・・・・・・・・・」

 こう切り返されてはぐうの音も出ない。ESの言い分が正しいわけではないが、法廷で争うとなれば、ガロンの墓暴き的な商法が世間に知れる。仮に勝ったとしても、商人としての信用を失いかねない。対してESは、元々の知名度も手伝い「悪徳商人と戦う正義のヒロイン」と見られるだろう。勝っても負けても、ESに損はいっさい無い。
「沈黙は理解していただいたと解釈するわよ?」
「・・・・・・勝手にしろっ!」

 顔を真っ赤にし怒りの形相を崩さないまま、ガロンはドカドカとわざとらしく足音を立てながらギルドを後にした。
「ふぅ・・・ちょっといじめすぎたかな。ま、あの手の商人には良い薬か」
 もちろん、そんな道徳的なことでガロンを責め立てたわけではないが。
「あのぉ・・・ありがとうございますぅ・・・・・・この子を助けてくれたみたいで・・・」
 エルノアにとっては、自分が不利な状況に立たされていたという自覚はなかっただろう。もちろん、エルノアの目の前でESが何を言いくるめていたのかはよくわかっていないが、マグを悪徳商人の手から救い出したのだと言うことだけは何となく理解している。
「いいのよ。ギルドとしても、あの手のクライアントが増えるのも困るしね」
 とはいうものの、ギルドとしては全ての責任をハンターになすりつけるため、仲介料さえ入ればどんなクライアントでもかまわないのだが・・・。
「さて・・・それじゃエルノア。約束通り、お勧めのマグを紹介してもらえるかな?」
「え?・・・あっ、はいっ! ちょうどESさんにお似合いの子がいるんですよぉっ!」
 言うまでもないことだが、後日、ESの腰に尻尾のようなマグがうれしそうに装備されているのを、何人ものハンターが目撃することになる。

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