novel

No.44 伝承〜夢幻のごとく4号〜

「ふむ・・・思っていたよりは乱雑にはなっていないようだな」
 一人の博士が、研究室を見回し呟いた。
 研究室は様々な実験などを行うため、基本的に乱雑な使われ方はしない。事故を防ぐためにだ。
 整然と機材や薬品が片づけられているのが当たり前の研究室で、その当たり前の光景がほんの少し乱れている人様の研究室に足を踏み入れ、モームは少しだけ驚いていた。
 ジャンカルロ・モンタギューの研究室が思ったよりも荒らされていなかったことに。
「あ、モーム博士」
 研究室が片付いていたのには理由がいくつかある。その一つに、モンタギューの助手が部屋を片づけていたから、というのがあった。
「久しぶりだね、シモンズ君。随分片付いたようだが・・・君一人でここまで?」
 整頓を中断し駆け寄った助手と軽い握手と挨拶を交わしながら、モームは尋ねた。
「いえ、元々そんなに荒らされていなかったんです・・・どうやら博士が、事前に「罠」を置いていったみたいで」
「罠?」

 研究室に罠とは穏やかでない。モームはオウム返しに、人様の助手に尋ねた。
「ええ。「奴ら」が欲しがっている情報を予めすぐ見つかるようにセットしておいて・・・本当に重要なファイルはもっと奥に隠してあったんです」
 そもそも、何故モンタギューの研究室が荒らされていることをモームは前提にしていたのか?
 その答えは、モンタギューがパイオニア2ラボ随一の天才であり、彼が数多くの研究情報、それも軍や政府が知られては不味いと考える様々な情報を握っていたからに他ならない。
 モンタギュー博士は、現在謎の失踪を遂げている。その為、ラボは今混乱している。
 この状況下では、機密が漏れる可能性は十分にある。ならば早急に情報を隠蔽しなければならない。
 それはラボも軍も政府も、同じだ。
「ここにですね・・・ちょっと難しめのセキュリティーでフェイクとなる情報を隠蔽してあったんです。ああ、フェイクといっても、情報は本物ですけどね」
 コンピュータのキーボードを手慣れた手つきで操作し、シモンズは自分の上司ではない博士にディスプレイを指さし説明を続けた。
「それで、本当に肝心な情報はさらにこの奥。ほら、実はここにも隠してあったんですよ。今はもう抜き出したのでここには何もないですけどね」
 いわば二重金庫。金庫の中に見えない扉があり、もう一つの格納スペースをもうける。モンタギューはこれをコンピュータ内で作り上げ、本当に重要な情報を隠していたのだという。
 予想以上に荒らされていなかった理由。その答えはこの二重金庫にある。
 荒らしに来る者達、つまり情報をどうにか隠蔽しようと企む者達・・・それがWORKSなのかブラックペーパーなのかは判らないが、彼らはモンタギューの情報探しに躍起となっただろう。
 そこで見つけた金庫。つまりそれ相応に難解なセキュリティーが掛けられたコンピュータ。これを見つけ出しどうにか中を取り出す。すると、そこにはお目当ての情報が詰まっていた。その情報を持ち出し、あるいは消去し、すぐさま退散した。その奥にさらなる情報が眠っていることに気付かずに。だからそれほど荒らされなかったのだろう。
 それなりに難易度の高いセキュリティーと、それなりに重要な情報。モンタギューの仕掛けた「罠」は、そのバランスが実に絶妙だったのだろう。そうでなければWORKSはまだしもブラックペーパーは欺けない。
「毎度毎度、彼には驚かされるな」
「ええ。僕もこの事にはビックリしましたよ」

 二重金庫の設置そのものは、別段驚くことではない。誰でも考え得るセキュリティーなのだから。
 驚くべき事は、招かれざる来訪者を見事欺いたことと、その為に用意したフェイク用の、しかし本物の情報を大胆に手放したことにある。
「それで・・・シモンズ君。私が持ち帰るべき情報は?」
 おもむろに、モームは本題に入った。
 彼がわざわざモンタギュー博士の研究室を訪れたのは、残されたシモンズを励ましに来たからではない。
「ああ、はいはい。用意できてますよ。ええと・・・まずはこれと・・・それからこれと・・・」
 モンタギューの情報を隠蔽しなければならないのは、モンタギューが協力していた軍だけではない。彼が所属していたラボも同様なのだ。モームはラボの人間として、ラボチーフの命令で情報を受け取りに来ただけなのだ。
 シモンズは情報の詰まったディスクを何枚も持ち出し、それを区分けしていった。
 モンタギューの研究は多岐にわたっていた。専門は生体科学なのだが、武器工も兼業し、アンドロイドの制作にも携わっている。そしてなにより、彼は現在ハンターズが身に付けている「マグ」と呼ばれる進化する防具をもう一人の天才オスト博士と共に生み出したほどの男だ。そんな彼が抱えていた研究資料は膨大になるのは当たり前であろう。
 だが、どうもシモンズが区分けしているのは、その情報を分野別に分けているのではないようだ。
「こちらがラボに持って行って頂く分です。これとほとんど同じ内容の物がこちらで、これは総督府に持って行くよう指示がありました」
 ラボは総督府に依頼され、様々な調査を行い報告している。だがラボと総督府は大変に仲が悪く、必ずしも全ての調査報告がラボより伝わるわけではない。また総督府の命に反し独自に何やら調査や研究を行っていることもあるらしい。
 そんな状況の中、モンタギューはあえて総督府にもデータを渡すよう指示を出した。そこにどんな意図があるのか? 天才の考えることに理解は出来なかったが、モームはそれを了解した。
 モームはラボの人間である。しかしその前に、彼はラグオルで起きている難解な事態を一刻も早く解決したい。そう願っている。上層部で起こっているゴタゴタなどとは縁遠い彼は、一人の博士として総督府に協力的なのだ。それをモンタギューも知っていたのだろう。だからこそ総督府へのデータ流出をモームに託したのだ。
「それとこれはモーム博士へ個人的に渡すよう指示のあったデータです」
 そしてモンタギューは、モームという一人の博士を高く評価していたのだろう。おそらくは最も重要なデータを、モームに預けた。
 β772。デ・ロル・レと名付けられた変異生命体の解析データがモームの手に渡った。それは自分では手に余るとモームからモンタギューに託されたデータ。それがまた、モームの手元へ帰ってきた。細かな解析が行われた状態で。
 天才から見れば、モームはただの一博士に過ぎない。どうしてモームを高く買っていたのかはモーム本人には判らないが、少なくとも今モームは困惑していた。
 解析だけでなく、扱いも手に余るβ772のデータ。これをどう扱うべきか? 託されたことに戸惑うのも無理はないだろう。
「あとこれは、ハンターズのESさんという方に渡して欲しいそうです」
 モンタギューが残したメモを見ながら、他のディスクに比べてコンパクトなBEE用ディスクを取り出し渡した。おそらくこれは個人的な手紙か何かだろう。
「ふむ・・・全て了解した。ところで君は、これからどうするつもりなんだい?」
 モンタギューの助手であったシモンズは、上司である博士を失い、ラボの中で孤立した状態になっている。モームはその事を気遣った。
「はは。実はそこまで博士用意してましてね。博士が残したエネミーウエポンの技術を手土産に、総督府の方へ移ることになりました。まぁ総督府と言うよりはハンターズギルドへ、ですけどね。そこでアンドロイドの修理やエネミーウエポンの開発をするんです」
 聞けば、彼の専攻は機械工学らしい。元々アンドロイドの制作助手としてモンタギューの下にいた彼は、その腕を今度はギルドで発揮するのだろう。
 ふと、モームはあることに気が付いた。
「シモンズ君。君が総督府へ移るのならば・・・このデータは君が届けるべきではないのかね?」
 託された一部のデータ、総督府宛のデータを押し戻して、モームは聞き返した。
「あー、そうでした! そうですよ、たまたまモーム博士が来てくれたから良いものを・・・うわぁ、またやっちゃいました・・・」
 もしここを尋ねたのが、ラボの上層部の人間だったら・・・総督府への情報流出を了解するわけがない。てっきりそれを承知し、自分が来たからこそ渡したのだとばかり思っていたモームも、彼の配慮の足り無さというか、簡単に言ってしまえば「おっちょこちょい」な一面に、ただ呆れるばかり。
 モームはこの青年がこの先もやっていけるのかどうか、他人事ながら非常に不安だった。

 何年ぶりの再会だろうか。二人の男がホテルのラウンジで面会していた。
「あの時・・・以来かな。君とこうして向かい合うのは」
 フォトンチェアーにもたれていた身体を起こしながら、ラウンジへとハンターZER0を招いた男、レオは話し始めた。
「・・・だったかな。あんまり昔のことなんで、あんたの顔も忘れかけてたよ」
 昔話に付き合うのは面倒だとばかりに、ZER0は皮肉混じりに返事を返した。
 皮肉でも混ぜなければ、どうにも落ち着かない。ZER0の本音を言うならば、そんなところだろう。
「そうか・・・私はハッキリ覚えているがね。親友を救ってくれた恩人の顔を忘れるほど非情ではないつもりだからな」
 かつて、レオはZER0に依頼したことがある。大規模な作戦中音信が途絶えたアンドロイド小隊を探し出して欲しいと。結果として、アンドロイド小隊は隊長一人を除いて全滅。その隊長であったBAZZも自害しようとしたが、それをZER0が食い止めた。
 BAZZはレオにとって親友だった。その親友を救ってくれたZER0を、忘れるはずがない。
 だが同時に、ZER0はBAZZを殺した張本人である。
 むろん彼が意図して殺害したわけでないことは知っている。知っているからこそ、レオもZER0に対してどう接して良いのか、戸惑いがあった。
「・・・仕事の話をしよう。今までBAZZを通じて依頼していた掃討作戦を、今度は君に依頼したい」
 レオも軍高官という立場に立つ男。わきまえるということを知っている。個人的な感情を出すことなく、依頼の話だけをすればいい。しかしかえって、場の雰囲気は不自然になっていく。
「場所はこのファイルに記載されている。今回は各所で行われている軍調査隊の探索も兼ねてもらうが、時間の制約は付けない。重要なのはこの地域に湧き出るエネミーの討伐だと思って欲しい」
 淡々と、依頼の説明だけを続ける。本来ならばこれが自然だ。そのはずだ。だが、どうしても二人は、息苦しくなっていく場の空気が重かった。
「OK・・・」
 それだけを言うと、テーブルの上に置かれたファイルをサッと取り去り、すぐさま部屋を出て行こうとする。
 もとより、この依頼は乗り気ではない。依頼内容は別としても、レオと顔を合わせるのは極力避けたかった。
 しかし避けて通ってはいられない。
 レオから連絡を受けたとき、彼はたまたま側にいた女性に言われていた。
 逃げるのはよそう、お互いに。と。
「待ちたまえ、ZER0君。実は今回の依頼、君に同行者を付けたい」
 逃げるわけには行かないが、この場から逃げるようにして立ち退きたかったZER0を、レオは呼び止めた。
 嫌な予感がした。同行者という言葉に、ZER0はもう一人のあまり会いたくない人物の顔を思い浮かべていた。
 レオが部屋に呼び入れたその同行者は、やはり思い浮かべたその人だった。
 ただZER0にとっては見慣れない、しかしそれが本来彼女にとってのあるべき姿で、目の前に立っている。
 DOMINO。彼女はハンタースーツではなく軍服で、ZER0の前に立っていた。

 今回の作戦は三人で行われることになった。理由として、二人となったダークサーティーンのESとMは別の作戦・・・総督直々の依頼を遂行中であることが上げられる。
 それともう一つ理由があった。それは万が一に備えての配慮。
 もしまたZER0がアギトの呪いやダークフォトンの悪影響を受け暴走してしまった場合を考えてのことだった。同行者に危害が及ぶことを考えれば、無駄に助っ人を呼ぶわけにはいかない。特に普段なら協力を願うウェインズ姉妹やマァサは、ZER0をよく知っているだけに彼の暴走を止めるために手を下すことは出来ないだろう。
 ただし、今側にいるシノは別だ。ZER0は彼に付いてくるシノにその条件として、暴走したときは容赦なく自分を殺せと言い聞かせている。もちろんシノも・・・半分不本意ながら・・・了解している。
 ZER0とシノ。そしてレオから連れて行くよう言い渡されたDOMINOを含めた三人が、今回の作戦を行う最小限の、そして最大限の人数なのだ。
「なんなら・・・今ここで殺してあげましょうか?」
 説明を受けたDOMINOは、右手に握られた銃をZER0に向けながら言った。
 ヤスミノコフ2000H。いつか使いこなせとBAZZから手渡された遺品。
 シノが慌てて、DOMINOに銃口を向け警戒する。
 ヤスミノコフ9000M。これもまた、BAZZの遺品。
 ZER0は黙って、シノに手で制止を促す。銃をおろすようにと。
「・・・その方が俺にとっても楽だと思ったこともあったが・・・悪いな、今簡単に死ぬわけにはいかねぇんだ。少なくとも四刀を使いこなせるようになるまではな」
 受け継いだ物がある。ゾークとドノフ、二人の屍を越えてきたZER0には、生きていかねばならない理由がある。
 逃げない。それはあたかもZER0に課せられた宿命のようなもの。
「そう・・・残念ながら私もね、まだこの銃を使いこなせないのよ」
 自嘲なのか、皮肉なのか。DOMINOは苦笑しながら銃をおろす。
 もとより殺すつもりなどDOMINOにあるはずはない。ただ、彼に対する気持ちの整理が完全に付いたわけでないのも確か。以前のようには接することが出来ないDOMINOの、精一杯のジョークと、ほんの少しの気晴らし。彼女の行動に意味を付けるならば、そんなところだろう。
 DOMINOはおろした銃を懐にしまい込み、替わりに別の銃を取り出した。
「・・・ヴァリスタじゃねぇのか」
 取り出した銃は、以前まで彼女が使っていた銃ではなかった。
「切り替えたいのよ。気持ちをね」
 ヴァリスタもまた、BAZZからもらい受けた銃だった。DOMINOはその銃を持ち替えることが、彼女の言う「気持ちの切り替え」を意味しているのだろう。
 彼女の心境は理解できる。だが、それはそれで少し寂しいとZER0は感じていた。
 お互いに、何時までもBAZZの事を引きずっていられない。しかしだからといって、BAZZを忘れようとするのはやはり寂しい。
「これ、カスタムレイVer.00。レオ隊長から渡された支給品」
 気持ちの切り替えは、なにもBAZZの事だけではなかった。
 支給品を使う。それはつまり、彼女が軍に戻ったことを示していた。よく見れば、他の装備品も同じく支給された物であろうカスタムフレームVer.00とカスタムバリアVer.00に替わっていた。
 ハンタースーツを脱ぎ軍服を着たことだけでなく、全てにおいて彼女は軍人に戻ったのだ。
 その事にもやはり、ZER0は一抹の悲しさを感じた。
「・・・行こうか」
 ZER0が二人の女性に告げると、二人は軽く頷きついて行った。

 三人での作戦は、困難を極めた。
 接近戦を主とするハンターが一人と、遠距離戦を主とするレンジャーが二人。明らかにパーティーバランスとしては悪い。
 だが、それでも見事な奮闘を見せていた。
RESTA!」
 DOMINOが放つテクニック。光の粒子が三人を包み、疲れた肉体を癒す。
 フォースという支援がいない穴を、DOMINOが代役することで埋めていた。
「フリーズトラップ発動させます」
 Boom!!
 Kkkkkkkesh!

 シノは放ったフリーズトラップをすぐさま自ら撃ち抜き、発動させる。刹那、三人を取り囲もうと迫っていた遺跡の兵隊達が凍りつく。
「せいやぁ!」
 Swish!
 すぐさまZER0が異形な氷像をアギトで斬りつける。氷像は両断され、黒い靄へと姿を変える。
 切れ味が鋭くなっている。ZER0はサビの取れたアギトの切れ味に、頼もしく感じながら背筋が少し寒くなった。
 オロチアギト。アギトの正式な名。ZER0を狂気に走らせたこの刀は、いつの間にか自らサビを落としていた。少なくともZER0が覚えている限り、狂気に走る前は錆び付いており、ドノフと対峙したときには落ちていた。
 自分が正気でない間、何があったのだろうか? 自分が何をしでかしてしまったのか記憶はあるのだが、このオロチアギトに関してはまるで記憶がない。その事が余計に薄ら寒い。
 だからだろうか、ZER0は残りの三振りの刀をシノに預けたまま自らは持ち歩いていない。他の刀を所持することで「呪い」が強まることを恐れているのだ。
 少なくとも、このオロチアギトを理解し使いこなすまでは早い。二体目の氷像を切り捨てながら、ZER0は自らの考えを改めて頭で整理していた。
「前左方、巨人兵出現しました」
「ちっ。シノ、DOMINO、援護しながら付いてこい。ここで離れるのは危険だ」
「御心のままに」
「Roger」

 新たに出現した巨人は、遠方から巨大な腕をまるでバズーカのように飛ばし攻撃してくる。すぐにでも接近し、対処しなければ危険だ。しかし今三人は群がる兵隊相手に苦戦している。ここで三人がバラバラになるのも得策ではない。そこでシノがヤスミノコフ9000Mの長い射程距離を活かし牽制しつつ、じわじわと接近し巨人と兵隊を同時に相手しようというのだ。
 ハッキリ言って、かなり無謀な作戦だ。
 だが、ZER0の戦闘技術とシノの的確な射撃、そしてDOMINOの臨機応変な対応がこの作戦を可能にしていた。
(もっと上手いやり方があったかね・・・)
 可能ではあるが、やはりきつい。普段戦術や戦略など考えないZER0は、かつての相棒や愛しいチームリーダーの有能さを改めて痛感した。
 今までは人の作戦に従うか、一人で切り抜けることが多かった。故に人を率いる術を身に付けていなくともどうにかなった。
(一人じゃないってのも、色々だな)
 巨人相手に奮闘している新しいパートナーをちらりと見ながら、ZER0は思いを巡らせた。
 ゾークから託されたものは四刀だけではない。彼の願いを聞き届ける為にも、頼もしいパートナーをどう導くのか。これは難解な課題だ。
(お前が命がけで助けた相手だしな・・・まぁ見てろって)
 根拠のない自信に呆れているかな。そんなこともふと思いながら、草葉の陰から見ているだろう元相棒に語りかけた。

 予想通り、掃討には時間がかかった。あまり効率の良い戦略が取れなかったこともあるが、予想以上に敵が多かったのも原因の一つだった。
 だがそれでも、無事任務は完了した。
「ふぅ・・・任務終了っと。DOMINO、レオにお前から完了報告頼むな」
 出来ればまた顔を合わせるのはゴメンだ。逃げるつもりはないのだが、避けられるならそれにこしたことはない。
「あ、あのさZER0・・・」
 本来ならば、DOMINOもあまり長いことZER0といては気まずいはずだ。すぐにでも報告があるからと戻るかと思っていた。だが、彼女は逆に帰り支度を始めたZER0を呼び止めた。
「あ、ん?」
 予測もしなかったことに、ZER0は戸惑い間抜けな返事を返し、振り返る。
 その時だった。
「なっ!」
 二つの影が、ZER0とDOMINOの間に割って入った。
 Swosh!
「くっ!」
 一つの影は、すぐさまZER0を斬りつけようと襲いかかってきた。とっさのことに、ZER0も飛び退き攻撃をかわすのが精一杯だった。
 しかしそれが今度は、シノと離れる結果を生んだ。
「二人とも動かないでね。そのまま、ちょっと成り行きを見守ってて欲しいのよ」
 もう一つの影が、ZER0と話された二人の女性に声を掛けながら真っ赤なソードを突き付けた。
 それだけで、二人は動けなかった。
 ソードを突き付けてきた相手。全身が真っ赤に塗装された女性型アンドロイド・・・ヒューキャシールと呼ばれるハンタータイプのアンドロイドは、優しげな声とは裏腹に、尋常ではない殺気を放っていた。
 接近された状態では、銃を構えようとしたところで切り捨てられる。奥歯を強く噛みしめながら、DOMINOは従うしかない状況に追いやられたことを悔やんだ。
「・・・あなたは・・・」
「シノ、今は何も訊かないでね」

 しかし、シノは別のことで動けなかった。動けないと言うよりは、判断が出来ないと言うべきか。
 目の前にいるアンドロイドは、初めて出会ったはずだ。しかし声に聞き覚えがある。その声の主は人間だったはず。同一人物の訳はないのだが・・・。
 明らかなのは、向こうはこちらを知っているようだ。でなければ、いきなり名指しされることはないはず。
「ラスト一匹か・・・おもしれぇ、相手してやるぜ」
 ZER0に襲いかかった影の正体は、遺跡の剣士だった。
 ただし、普通の剣士とは異なる部分を持ち合わせている。
 全身が武器のような姿になっている剣士は、右腕が剣、左腕が盾のような形状になっており、それを巧みに使いこなす。だが目の前の剣士は、左腕も剣の形を成していた。
 Swosh! Swosh! Swosh!!
 普通の剣士も、まるで熟練のハンターのように巧みな攻撃を繰り出すが、この特異な剣士も又凄まじい攻撃で斬りつけてくる。
 いや、これは他の剣士と比べ物にならない。
 他の剣士もそれなりに巧みな攻撃を仕掛けてくるが、ある程度パターンがあった。ZER0ほどのハンターならばそのパターンを見極め対処するのは容易だった。
 ところがこの剣士は、両腕の腕をただ交互に繰り出す単純な物でない。状況で腕を使い分け、見事な二刀流を演じている。
 攻撃をかわし受け流すだけで精一杯。左右から繰り出される攻撃に、ZER0は刀一本でどうにか防ぐことしかできなかった。
「そんな・・・まさかそんな・・・」
 シノは気付いた。あの剣士が繰り出す見事な技に見覚えがあることに。
「シノ」
 何かを言いかけたシノを、ヒューキャシールが一言で制した。
 このアンドロイドにしても、あの遺跡の剣士にしても・・・シノにとって理解しがたい事ばかりが目の前で起こっている。感情表現に乏しいながらも、DOMINOはシノの狼狽ぶりが手に取るように伝わり、今ただならぬ事が起こっていることを理解した。
 そしてZER0も気付いた。
 これほど見事な二刀流。知る限りでは今のハンターズにこれほどの使い手はいない。
 いるとすれば、過去自分が倒し、もうこの世にはいないはずのあの男だけ。
 ゾーク。
 かの豪刀が、遺跡の剣士となって蘇ったというのか?
「形勢逆転ってとこか・・・」
 もし仮に、目の前の剣士がゾークの生まれ変わりだとすれば、以前の戦いとは立場が逆になったと言える。
 ZER0はアギトに心を奪われ、疲れも躊躇もなかった。対してゾークは急速に強まった愛刀の呪いに苦しみながらの戦いだった。
 今ZER0は、オロチアギトの呪いを制御しながら戦っている。対して剣士にそんな苦しみはない。
「再戦か・・・復讐か・・・どっちにしても・・・わりぃけど、負けられねぇんだよ・・・」
 息切れ切れになりながらも、啖呵を切る。
 Swosh!
 とは言ったものの、そうそう簡単に勝たせてはくれそうにない。むしろ既に崖っぷちに立たされたも同然といえる。
 片方の攻撃を刀で受ければ、もう片方から斬りつけられる。こちらが攻撃する隙を与え無いどころか、防ぎきるだけで精一杯なのだ。
 両手に持っていた刀を片手に持ち直し、左腕に装備されているフォトンの盾を上手く活用しながらどうにか乗り切る。しかしこれでは攻撃できない現状は変わらないどころか、しっかりと両手で刀を握っていない分、威力が半減している。
 この状況を打破しなければ。
 そこで、ZER0は賭に出た。
「シノ! 刀を一本よこしてくれ!」
 敵と同じく、自分も二刀流で勝負する。これは大きな賭だった。
 まずZER0は二刀流になれていない。付け焼き刃の二刀流が通用するとはとても思えないが、現状を打破するためにも試してみる価値はあるとZER0は睨んだ。
 シノは刀を一つ手に持つと、目の前の真っ赤なアンドロイドを伺った。果たして、この助っ人をこのアンドロイドが許すのか?
 意外にも、アンドロイドは軽く首を振り、刀を渡すことを了解したのだ。
 何を考えているのか? アンドロイドの企みは差し計れないが、とにかく今はZER0の窮地を救うことが先決。三振りの刀の中から一つ、カムイを取りだしZER0に向かい投げてよこした。
 投げられたカムイを上手く受け取れるか? 敵の出方を伺いながらZER0は目でカムイと剣士を追った。
 だが、ZER0の心配はあっさりと解消された。
 剣士は、ZER0がカムイを受け取り構え直すまで動きを止めたのだ。
 何を考えているのか? 真っ赤なアンドロイドにしても異形の剣士にしても、その真意が見えない。
 見えないが、判っていることは一つある。
「待たせたな・・・行くぜ!」
 この剣士を倒すこと。それだけは確かに果たさねばならないことだ。
 Swish!
 再開された戦い。ZER0は慣れない二刀流ながらも奮闘した。
 左手に握られたカムイは、アギトとの相性が良い。使いながらZER0はそれを感じていた。
 カムイは刀身が普通の刀より短い。それは単体で用いるよりは、初めから二刀流に適したように作られた証とも言える。
 ゾークはサンゲとヤシャを主に使っていたという。それはこの二振りが互いに二刀流として用いるのに適当だったからだと、シノから聞いたことがある。そしてカムイをあまり用いなかったのは、サンゲともヤシャとも相性が合わなかったからだとも聞いている。アギトは単体としても優れた刀であることを考えると、カムイはアギトのために作られた刀なのかもしれない。事実、カムイはアギトが作られた二年後に作られている。
 思った以上に、ZER0は二振りの刀を使いこなせていた。だが、賭に出た代償はなにも不慣れなことだけではない。
(くっ・・・やっぱきついぜ・・・)
 カムイもまた、四刀。当然呪われている。
 カムイを手にしたことで、ZER0を襲う呪いはいっそう増した。それに耐えながらの攻防はやはり辛い。
 持って行かれそうになる意識をどうにか奮い立たせ、必死に攻撃を繰り返す。
「負けねぇよ。この呪いにも、あんたにもな!」
 刀を握る手に、いっそう力がこもる。

 Swish!
 Swosh!

 どれほどの時が経っただろうか?
 二人の侍は、長いこと攻防を繰り返し戦い続けていた。
 ZER0は少しずつ、慣れ始めていた。
 呪いと、二刀流での戦いに。
 その為か、少しだけ心に余裕が生まれた。そしてその余裕で気付いた事がある。
 剣士は最初の頃ほどに激しい攻撃を繰り出していないことに。
 疲れてきたのか? いや、どうもこの亜生命体に疲れなどあるとは思えない。
 では何故?
 もとより、この剣士も、シノとDOMINOの前に立ち塞がるアンドロイドも、不可解なことが多すぎる。
 もしや? ZER0は一つの結論が頭をよぎった。
 この剣士がゾークの生まれ変わりだとしたら? そのあり得ない予測と、かつてドノフと戦ったときの記憶が、よぎった結論を導き出していた。
(三英雄ってのは・・・お人好しの集団か?)
 何度も何度も、刀を撃ち込む。
 何度も何度も、敵の攻撃を受ける。
 そうすることで、少しずつ二刀流を体得していることを実感できる。そして呪いへの抵抗を心が覚えていっている事も。
 心技体。
 心と技を、この戦いで随分と鍛えられ身に付けている。
 これは稽古だ。
 もし自分の馬鹿げた結論が正しければ、そういう事になる。
「まったく、あんた達は俺に何をさせたいんだ?」
 初めて顔を合わせたドノフは、命をかけてZER0を閉じこもった殻から救い出した。
 そしてZER0に殺されたゾークは、こうして再び現れ鍛え直している。
 どうしてそこまでして、自分に肩入れするのか?
 自分はそこまでされるほどの男なのか?
 軟派師と呼ばれ女性を追いかける軟弱なハンターに、何を期待している?
 目の前の剣士は、何も言わずただただ攻防を繰り返した。
「・・・まぁいいさ」
 答えが返ってくることなど、期待はしていなかった。
 そのうち、答えも見えてくるだろう。
 その為にも死ねない。その為にも逃げられない。
 新たにのしかかる宿命という名の重圧を、ZER0は苦笑しながら受け入れた。
「いい加減疲れたから、これで終わりにするぜ!」

 隙を付き、剣士を蹴り飛ばした。
 予測の付かぬ攻撃だった為か、それともZER0の終了宣言を受け入れた為か、剣士はまともに蹴りを食らい、後ろへよろめいた。
 すぐさま、ZER0は飛び退き、間を取る。
「はあぁぁぁぁ!」
 右手に握られたオロチアギトを高々と掲げる。
 あの時、アギトに操られていた時、何度か放った技。
 無意識のうちに出していた技を、自在に使いこなせるようになれば・・・。ZER0はこの修行を、その技を自らの意志で繰り出すことで終わらせようとした。
「せいっ!」
 勢いよくオロチアギトを振り下ろすと、そこに真空・・・かまいたちが生まれた。
 かまいたちはそのまま、まるで衝撃波のように剣士へと向かう。
 Zan!
 渾身の一振りから生まれたかまいたちによって、剣士は両断された。
 そして何も残さぬかのように、黒い靄へと姿を変え、消えた。
「はぁはぁ・・・むちゃくちゃ体力使うな・・・これ・・・」
 がくりと膝を落とし、どうにか手にした刀を杖代わりに、倒れ込むのを防いでいる。
「ありがとよ・・・まぁ、四刀もシノも、任せとけって・・・」
 結局のところ、本当にあの遺跡の剣士がゾークの生まれ変わりだったのか。その答えはわからぬままだった。
 その答えを知る必要は、もう無いだろう。
 大きく肩で息をするZER0は、全身が汗だくになっていた。顔からはその汗がポタポタと垂れていく。
 その汗には、ほんの少しだけ別の何かが紛れていた。
 瞳からあふれたそれを汗でごまかせるのは、素直でない、少し照れ屋なZER0にはちょうど良かったのかもしれない。

「そうか・・・ともかくご苦労だった。「多少」トラブルもあったようだが、任務は無事に終えられたな」
 部下からの報告を受け、レオは言葉で作戦の終了を告げた。
「結局、君達の前に現れたそのヒューキャシールは何者なのか判らないままか?」
 上司の問いかけに、戸惑い申し訳なさそうにはいと答えるDOMINO。
 ZER0が剣士を倒した直後、何も言わず立ち去った彼女に対しても、剣士同様何も判らないままだった。素性だけでなく、目的も。
「ZER0の話では・・・アギトによって「何処か」に連れ去られた時救い出してくれた人がいたらしいのですが、その人に似ていると話していました。ただ、確証はないそうです」
 ZER0も全てを覚えているわけではない。誰かと戦った記憶は覚えているが、その他は曖昧なのだという。ただあの「赤い影」には見覚えがあると、そう語っていた。
「それとシノ女史も何かに気付いたようですが・・・彼女はその事を話したがらないので何とも・・・」
 確証もなく、あまりにおかしな点が多すぎるからと、シノは自ら気付いたことを口外しなかった。理由はおそらくそれだけではないだろうが、かといって問いつめるわけにもいかなかったと説明を加える。
「ふむ・・・気にはなるが、現状ではどうしようもないな。まぁこの件はこれまでとしよう」
 パタンと、渡された報告書を閉じながら、レオは今回の任務に関する話を終えさせた。
「ところでDOMINO君。ZER0君にはあの話はしたのかね?」
 話題は変わっても、DOMINOにとっては恐縮する話題が続いていた。
「いえ・・・話を切り出そうとしましたら、その、謎の乱入者が現れたもので・・・そのまま・・・すみませんレオ隊長・・・」
「いや、かまわんよ。仕方ないだろう」

 おそらくは乱入者がいなくとも、話を切り出せたかは疑問だ。むしろDOMINOに無理な事を頼んだ自分にも責任はある。部下の謝罪を申し訳なく受け止めた。
「それに、彼は協力こそしてくれるだろうが・・・もとより、彼は組織を嫌うからな」
 口で軽く笑いながら、自分の浅はかな考えに心で自嘲した。
「いえ、機会あれば誘ってみます。彼は我々の、新たな出発に必要な人物だと、私も思います」
 真剣な眼差しを向けながら、DOMINOは熱く語った。
 再出発。レオは新たな組織を、WORKSに変わる組織を作り出そうとしていた。
 同じ失敗は繰り返さない。若きレオが生み出した怨念を打ち破る為にも、少数精鋭からな秘密裏な部隊を結成しようと企んでいた。
 TEAM 00(チーム・ダブルオー)。かつてレオの父親が結成していた軍部独自の技術部隊。その名を新たな部隊に付けることで、父親に恥じることのない、怨念に捕らわれぬ理想を改めて追い求めようと決心していた。
 その部隊に、是非ZER0をと言い出したのはDOMINOだった。
 レオもZER0がいてくれれば心強い。なにより、BAZZの志を理解している彼はチームの要にも成り得る。だがやはり、彼を誘い入れるのは難しい。
「そこまでして彼にこだわる理由は・・・何かね? DOMINO君」
 判っていながら、イタズラっぽく訊いてみるレオ。
「いえ・・・彼は戦力として申し分ない男だと思うからで・・・別に個人的な感情があるわけでは・・・」
 言いかけてハッとした。自分のZER0に対する感情に。
 本当は既に、許しているではないか。BAZZを殺したZER0は、もう彼女の心にはいない。
 異形の剣士を相手にしていたZER0。彼の姿をずっと見守ることで、気付かされていた。
 彼もまた、戦っているのだという事に。
 むしろ一番辛いのはZER0本人のはずだ。その事をいつの間にか理解し気持ちの整理を付けていた自分に、自分が一番驚いていた。
 ただかえって、別の感情が気持ちの整理をまた乱していることにも気付いていた。
「レオ隊長、一つお願いがあります」
 改めて真剣に、真っ直ぐレオを見つめ願い出た。
「一度だけ、後一度だけ、ハンターズに戻ることをお許し下さい」
 無意識に「戻る」という言葉を使った彼女に、レオは彼女をハンターズに送り込んだ事が正解だったと確信した。
 辛いことも多かったが、ハンターズは、BAZZは、彼女を強くしてくれた。
「行ってきたまえ。そしてZER0君やES君と共に、ラグオルの行く末を、遺跡の最深部を見てきたまえ」
 このままでは終われない。少なくとも、ハンターとしての自分にけりを付けなければ、TEAM 00に参加できない。
 レオの了解を得たDOMINOは、すぐさま部屋を飛び出し駆けていった。

44話あとがきへ 44話あとがきへ
目次へ 目次へ
トップページへ トップページへ