novel

No.4 戦いのいしずえ

 ESは滅多に、ダークサーティーンのメンバー以外とチームを組むことはない。
 例外としてZER0の存在があるが、彼の場合は例外中の例外だろう。それを除いた例外と言えば、クライアントが同行を申し出た場合と、クライアント側の要望がある場合だ。
「一人で、ではない。あそこにいるハンターの彼と一緒にな」
 今回のミッションは、その例外をクライアントに言い渡されたところから始まった。
「・・・OK。クライアントであるあんたが言うんならしかたないわね」
 普段なら、気に入らない仕事は受けない主義である。だが、今はラグオルの調査と情報収集を兼ねたミッションをこなしていく必要がある。気乗りせずとも、やらねばならない理由が彼女にはあった。
「お〜い、キリークの旦那。こっちに来てくれ」
 依頼者であるジッドが、ヒューキャストに声をかけた。部屋の隅にもたれかかり腕組みをしこちらを見続けていたハンター、キリークと呼ばれたその男は、クライアントの呼びかけに答え近づいてきた。ただ、視線はずっとESへと向けられていたが。
(あらあら・・・あんな熱い視線を、こんなところで受けるなんてね・・・)
 憧れ,嫉妬,愛情,嫌悪。街では様々な視線を受けることはあるが、キリークの視線に混じる殺気じみたものは珍しい。最も、戦場では一番感じる視線ではあるが。
「ESというのは、お前か。他人と組むのは初めてだぜ・・・」
 ジッドに紹介されたESを、値踏みするように見つめ直す。
 女性としては、男性に見つめられることに様々な感情を抱くだろう。相手が誰で、どんな意味を込めて視線を送るのか・・・それによって感じ方は様々だろうが、背筋が凍りそうな殺気と共に値踏みされながらも、ESはこの視線を「面白い」と受け止めていた。何に対して面白みがあるのか・・・おそらくはES本人も解っていないだろうが。
「キリークの旦那、まぁそう気を悪くしないでくれよ。二人いてくれた方がいいんだ」
 キリークの殺気は、ハンターでもないジッドにすら感じ取れていた。その殺気じみた視線でESを見つめている光景を目撃すれば・・・「気を悪くした」程度以上の何かを感じずにはいられないだろう。だが、彼としては軽くなだめる他、術があるわけでもない。
「気に入らんのは確かだが・・・まぁよかろう」
 視線をやっとクライアントに向け、依頼条件を承諾した。
「あら? 奇遇ね。私もすっごく気に入らないけど・・・クライアントの要請じゃ仕方ないものね」
 気に入らないのは、むしろキリークの態度だった。殺気を帯びた視線ではなく、さも自分の方が優秀だと言わんばかりの高圧な態度が。
「・・・では、依頼内容の確認をさせてもらうぞ・・・・・・」
 二人の陰険なムードにいたたまれなくなったのか、ジッドが強引に話を進め始めた。
「お願いしたいのは、アッシュ・カナンという私のいとこの探索,および状況によって救出。そして彼が持っているデータディスクの回収だ」
 依頼内容は二人ともすでに聞かされている。確認作業はただ退屈なだけ・・・という訳ではないのだろうが、二人はジッドの話も半分、互いに火花を散らせ続けていた。
「アッシュには森の調査を依頼していたのだが・・・公の調査ではないので、君たちに救出しにいってもらいたいのだ。帰還予定時間を大幅に過ぎているだけに、心配なのだよ」
 とにかく、形式的なことはすませてこの場を立ち去りたい。ジッドはもはやそれしか考えられないでいた。それでもきちんとクライアントとしての立場を崩さないのは、この依頼に込める熱意の現れなのかもしれない。
「了解」
 それだけをいうと、即座にギルドを後にしていった。キリークもそれに黙って見習い出ていく。
「・・・やはり、腕が立つという理由だけで人選したのは間違いだったか・・・・・」
 二人が出ていった後、ぽつりと愚痴をこぼしながらも、やっと険悪なムードから解放されたことに、胸をなで下ろしていた。。

 ただ黙々と、襲いかかる敵をなぎ倒していく二人。
 方や愛用のダガーで素早く敵を切り刻むES。そしてもう片方は・・・。
(まさか・・・「あの鎌」を使う奴が他にもいたとはね・・・)
 ソウルイーターという名の鎌を振り回し、骨の髄まで敵を両断していくキリークの姿が、そこにはあった。
 ハンターズの使用する武器は、いくつかの系統に分かれている。ESの愛用しているDARKNESS BLADEはダガーという系統に属し、ZER0の愛用しているアギトはセイバー系に属するといったような具合だ。
 キリークが所持しているソウルイーターは、パルチザン系という部類に属している。だが、その形状からこれらは「シックル系」とも呼ばれ、極めて希・・・レア・・・の武器として知られている。所持していることはもちろん、愛用するものも極めて希なものだ。
 そんなソウルイーターを愛用するハンターが二人もいようとは・・・世間というものは、広いようで狭いのだなと実感する。
 むろん、ソウルイーターのもう一人の所有者は、ESが直接その武器を手渡した愛すべき死神、Mのことである。
「クックックッ・・・」
 不気味な笑い声と共に、キリークがプーマを絶命へと導く。と同時に、ロックされていたエリアの扉が開く。
 森という自然の中であるとはいえ、すでにパイオニア1の乗員が手を加えたエリアである。いくつかの扉で場を区切られており、それらを動かす電力はいまだに健在のようである。手動でロックを解除できるもの以外は、どうやら安全装置が働いているためか、区切られたエリアごとにエネミーを全滅させないと開かないようになっていた。
(おかしい・・・)
 一見未だ正常に機能しているように見えるこの扉に、ESは疑問を抱いていた。
(安全装置が健在なら・・・なぜまたエネミーが入り込んでいる? ここは以前私たちがエネミーを一掃した区域じゃない・・・)
 もし安全装置が正常なら、新たなエネミーが入り込むことはないはず。最初にいたエネミー達が、謎のドーム爆破の影響で凶暴化していたのなら、区域内にいたこともうなずける。だが、新たに派生したこれらのエネミーはどうだ?
(・・・考えてる暇は、ここに来ると全くないわね。いつも)
 キリークの視線が、次の戦場へ向かうぞと無言の威圧を込めて送られてくる。
 ESは黙って、歩を進めた。その後ろを、相変わらず熱い視線を送りながらキリークがついていく。
(まるで敵に背中を見せているような感覚ね・・・落ち着かないったらありゃしない)
 味方であるはずの背後のハンターに、エネミー以上の殺気を感じる。そうなれば、背後を警戒せずにはいられないだろう。隙を見せないように進軍するのは、敵と戦闘するよりも精神を消耗する。

 Shwak!
 Skrritch!
 異なる2つの刃が、各々敵を切り刻んでいく。
「クックックッ・・・」
 一方の刃を持つキリークは、時折不気味な笑い声を漏らしながら戦っている。
 鎌が命を絶つ感触に震え、絶命している敵の姿を見て興奮し、高揚する感情をそのまま笑い声に転化する。それは戦闘を心底楽しむ、無邪気な、いや邪気をはらんだ笑い声。
(誰と戦っているのか、解らなくなるわね)
 腕の立つハンターほど、黙視で敵を確認するだけでなく、敏感な音や場の空気・・・つまり殺気等をも感じ取り、背後に敵がいようとも後れをとることはない。だが、この場には本当の敵が放つ殺気と、本来は味方であるはずの者が放つ殺気が入り乱れている。ESはその2つの殺気を識別しながら戦わなければならなくなるため、下手な三流ハンターよりも神経をすり削りながら戦わなくてはならなかった。
 もちろん、味方の殺気と敵の殺気では、向けられる対象が異なるために、本来は区別しやすい。むしろ味方の殺気まで感じることはない。が、明らかにヒューキャストの殺気は、周りにある者全て・・・敵や味方といったものを超越し、生きとし生けるもの全てに向けられている。そう錯覚してしまうほど、彼の気は周囲に制限無く放たれている。
(こういう時は・・・ZER0みたいに何も考えない脳天気な戦いをしてみたくなるわ)
 ただがむしゃらに戦うだけのハンターの顔が思い浮かぶ。
 Sppffthh!
 巨大な亀が、首を引っ込める前に跳ね飛ばされる。これでこのエリアの敵は全滅し、次への扉がロック解除した。
(近いわね・・・次のエリアにいるみたい)
 マップレーダーを確認しながら、自分たちの位置と目標となるアッシュの位置を確認した。
 ハンター達が持つマップレーダーは、レーダーそのものが発信源の役割も兼ねている。そのため、ハンターは互いの位置をマップレーダーで確認することができる。アッシュもハンターズの一員であるため、このマップレーダーで位置を確認しながら探索することができる。
(仕事としてはかなり楽なものなんだけどな・・・こんなに疲れる依頼になるとはね・・・)
 探索の仕事は、マップで探索物が確認できることは滅多にない。そういう意味では、今回の仕事はマップ確認できるだけ楽なはずだった。しかも目的となるアッシュは、パイオニア2から降下した場所よりさして深い位置にはいなかったのも、仕事をさらに楽にしていた。
 しかし今回の依頼は、同行者が楽をさせてくれなかった。同行者が足手まといになり依頼の難易度が増すことはよくあることだが、そういった類のものではない。
 キリークは間違いなく、ESが出会ったハンターの中では五本の指にはいるほどの強者だ。彼女と比べれば、同等程度の腕前と言っていい。「黒の爪牙」の名が伊達ではないことを考えれば、ハンターズの中でも相当の腕前ということになる。
 そんなハンターが背後から殺気を吹き出しながらついてくる。これほどのプレッシャーを感じながらの依頼が、楽なはずはない。
「近いな・・・」
 ジッドの元から出発して以来、沈黙を保っていたキリークが、初めてESに話しかけた。その声は依頼達成間近を喜ぶと言うよりは、戦闘が終演する落胆の声に近い。
「そうね・・・」
 対してESは、この緊迫感からの解放を喜ぶ声。
 二人とも「依頼達成」に対しての感情はないに等しかった。

 扉の向こうでは、負傷した一人のハンターが横たわっていた。
 ESは依頼終了が目前に迫った実感から、安堵のため息を漏らしそうになる。
 だが、それは寸で止まる。
「何か聞こえるな・・・? うなり声・・・?」
「そのようね・・・」

 ここは戦場なのだ。敵はまた存在する。
「だ、誰だ・・・」
 人の気配に気づいてか、アッシュが声をかける。
「あんたら・・・・・・何者かは・・・知らんが・・・気をつけろ・・・やつら・・・そこらへんに・・・まだ、隠れて・・・」
 負傷しているためか、弱々しく警告を発する。
 まずは負傷者の救助が優先される。ESはアッシュにレスタをかけようとした。が・・・。
「来るぞっ! 足手まといは後にしろ!」
 アッシュを初めから無視していたキリークは、依頼のもう一つの目的であるデータディスクを回収していた。と同時に、潜んでいた敵が危惧したとおり襲いかかってきたのだ。
RESTA!」
 キリークの言葉を無視し、まずはアッシュの人命を優先したES。
「いい、私の背中に隠れてな。下手に動くと襲われるよっ!」
 アッシュの前に立ち、向かってくる狼たちを後方へ寄せ付けない。
 殺戮を楽しむかのようなキリークとは違い、自ら盾となりながら戦うES。全く違う戦闘スタイルではあるが、それでも確実に敵を粉砕していく。
「すげぇ・・・」
 ただ二人の戦いを見守ることしかできないアッシュは、感嘆の声を上げながら見つめていた。
 後方を守りながらの戦闘は、当然ただ敵を粉砕するよりも高い技術が必要とされる上に、気配りを要求されられる。故に多大な精神を消耗するのだが
(やっと楽な戦闘ができるわ・・・)
 背後から迫る殺気にさらされながら戦うよりは、遙かに楽な戦い方だ。
 GRAAHH!
 双刃が煌めき、最後の一匹が横たわる。
「・・・・・・・・・ありがとう、助かったよ」
 静まりかえった戦場に、男の言葉がかすかに響く。
「仕事だから助けたまでよ。私たちはジッドに依頼されて、あんたとディスクを回収しに来ただけ」
「別に回収するのは死体でもよかったんだがな・・・」

 言葉とは裏腹に笑顔で語る女性と、言葉通りに感情を込めず語るアンドロイド。
「え・・・ジッドが・・・?」
 救世主が偶然に通りかかったわけではないことを知り、負傷者は悔しそうな表情を浮かべた。
「そういうことか。くそっ、いつまでも半人前扱いか」
 若いハンターは座り込んだまま、悔しそうに拳を地面に叩きつけた。
「悔しがるのは勝手だけど、自分の力量は把握しておきなさい。本当に認められたいならね」
「・・・・・・・・・」

 そう年は離れていないであろうハンター。しかも女性に説教されるのは、男としてあまり気持ちのいいものではない。だが、彼女の指摘はもっともなことだと解っている。だからこそさらに悔しい。
「俺はこのデータディスクをクライアントに届ける。お前はその足手まといを連れて行け。それで依頼終了だ」
 アッシュの心情はお構いなしに、ただ依頼を遂行しようとするキリーク。
「・・・あんたにこの坊や預けたら、何するかわからないものね。いいわ、それで終わりにしましょう」
 正直、それは物扱いされているアッシュにしても願ったり叶ったりである。誰もが、キリークとの同行は拒否したいと考えるのが普通だろう。戦闘が終わってもなお殺気を放つこの男と誰が一緒にいたいと思うだろうか?
「ES・・・もっともっと、強くなれ」
 テレパイプでテレポーターを造りながら、キリークは今まで以上の殺気をESに向けていた。まるでこれだけで人を殺せるのではと思いたくないほどの気を。
「オレを満足させるくらいにな。お前には見込みがある。ククッ・・・」
 テレポーターで気の「元」が帰還した後も、からみつくような殺気は場にしばらく残ったままだった。
「ふざけてるわね・・・お前には見込みがある? さも自分の方が強いって言いぐさね」
 震え上がるアッシュとは違い、自分に向けられた殺気よりも見下した言い方が気に入らない。
 しかしそんな中で、彼女はキリークと最初に出会った時に感じていた感情を、再び芽生えさせていた。
 面白い。
 彼女もまた、キリークほど露骨でないだけで、彼と同種の存在なのか?
 真偽はともかく、この時ESは再び彼と出会う予感がしていた。
 ただ・・・次は間違いなく、刃を交えることになろうという予感ではあるが・・・。

「ちくしょう・・・くやしいな」
 リューカーで造り出したテレポーターでパイオニア2へ帰還した後、依頼報告とアッシュを連れ届けるために、彼をギルドまで連れて行っていた。
「いい加減にしな。悔しがるのは勝手だけど、何度も何度も同じ事を聞かされる身にもなってみなさい」
 たまりかねたESが、アッシュに注意する。このやりとりも何度目かのことだった。
「・・・・・・・・・すまない、助けてもらっておいて・・・だけどやっぱりな」
 注意されながらも、まだ愚痴を続けようとするアッシュ。
「あのね、坊や。悔しい悔しいと言うだけなら、ハンターなんかやめな。坊やの腕じゃ、一生悔しい思いをするだけよ」
 たまらずESは足を止め、アッシュを罵倒した。
 初めて、キッとESをにらみ返すことでESに抗議したアッシュ。
「もっとも・・・その前に死ぬわね。あんたは」
 その目を冷ややかに見つめながら、ESは断言した。その言葉に対して、さらに目で抗議をするアッシュ。その瞳には、怒りの炎が宿っていた。
 だが、口で抗議することはなかった。いや、できなかった。それはアッシュにも解っていたからだ。ESの指摘が正しいということを。
 解ってはいる。だが認めたくない。そんな心の葛藤が、いつしか彼の怒りを含んだ瞳から、一筋の水滴を零れさせていた。
「そう・・・それでいい」
 意外な言葉に、いつの間にか涙を流していた自分に気がつく。あわててそれを拭うと、今度は恥ずかしさからESに顔を向けられなくなっていた。
「いいかい、坊や。ただ愚痴るだけなら誰でもできる。本当に悔しいんなら、自分と戦いな」
 ぽん、と背中を向けたアッシュの肩を叩きながら、言葉を続ける。
「口先でごまかすな。悔しさを受け入れて戦え。ハンターならとことん自分の未熟と戦うんだよ」
 ぽんぽん、と再び肩を叩いてギルドへと再び歩き出す。
 アッシュはその背中を追いかけていった

「キリークはとっくに報酬を受け取って帰ったよ。あんたより先にね」
 ギルドで待っていたジッドは、アッシュの無事を喜びながらも、クライアントとしての責務を果たしている。
「ふうっ・・・・・・あんなアンドロイドは初めてだ。殺気すら感じたよ」
 そして依頼した別の相手を、愚痴るように評価した。
「あんなのに依頼するあんたが悪い」
 気持ちはわかるが、同情はしない。むしろ、ずっと一緒に仕事させられたESとしては、特別報酬を別途もらいたい気分だ。
「それはそうだが・・・」
 ジッドはアッシュを思いやるが故に、「腕が立つ」という理由でキリークに仕事を頼んでいたのだ。もしもう一人のハンターがESでなければどうなっていただろうか?
 いや、むしろESだからこそ、あの殺気を放っていたのかもしれない。
 自分と同等かそれ以上の者に対してのみ、あの殺気を放っていたのかもしれない。そう考えれば、見下したようなキリークの発言は、挑発の意味が込められてのことだったのかもしれない。
「まさに戦うために作られたかのようだな」
 ジッドがぽつりと感想を漏らす。
 アンドロイドは何かの目的で制作されるものだ。
 それが軍事用なのか家庭用なのか、目的は様々だが、「感情」という「命」がアンドロイドに採用されるようになってからは、単純な兵器としての製造は中止された。あまりにも危険なうえに、「感情」を軽んじてはならないという倫理面からだ。
 とはいえ、何に対しても闇というものは存在し、違法なアンドロイドの制作は今もなお続けられている。
 殺戮を楽しむという感情をプログラムされたアンドロイド・・・存在してはならないはずのアンドロイドは、キリークという名で確かに存在していたのだ。
 だがしかし、キリークもハンターズの一員のはずである。でなければジッドが彼に依頼できるはずはない。ハンターズに登録されている以上、違法なアンドロイドではないはずだが・・・。
「・・・まぁいいわ。とりあえずこれで任務完了ね」
 あれこれ考えても仕方がない。とりあえずは報酬を受け取って仕事を終えるだけなのだ。今は。
「あぁ、ごくろうさん。報酬はすでにギルドに納めてあるから、カウンターで受け取っていってくれ」
 ギルドのカウンターで褒賞を受け取れば任務は全てが終わる。ESはカウンターへと足を向けた。
「ESっ・・・さん・・・」
 ずっとESとジッドのやりとりを横で黙って聞いていたアッシュが、若干遠慮がちに、そして使い慣れない謙譲語で呼び止めた。
「ありがとう・・・オレも強くなるよ。そして、いつか借りは返す!」
 アッシュの決意を聞き、少しだけ口元をつり上げたESは、何も言わず背中越しに手だけで返事を返した。
「あんたの背中に守られるんじゃなく・・・せめてあんたの背中は守れるくらいに強くなってみせるさ・・・」
 口先だけのハンターからの卒業。それをESの背中に誓った。

「・・・おかしいですわね。キリークという名で登録されたハンターは見あたりませんわよ?」
 自室に戻ったESは、帰るなり部屋で待っていたMに事の経緯を説明し、キリークというハンターがギルドに登録されているかを調べさせた。
「そう・・・・・・」
 やはり。ESは自分の考えが正しかったのを確認した。
 キリークというハンターはギルドに登録されていない。かといって、ジッドが違法な形で依頼をしていた・・・とも思えない。なぜなら、そこまでするなら、あえてギルドに登録されたESにも依頼するのが不自然だからだ。キリークがギルドの一員であるかのように細工し、ジッドの依頼を受けたという方がこの場合自然だ。
 では何故、キリークはそこまでしてジッドの依頼を受けようとしたのか・・・。
「ギルドのデータを見る限り、ESさんが事前に依頼を端末から受け取り承諾して、クライアントに会うまでの間に・・・定員2名が確定したことになっています。つまり・・・そのキリークという者が、この間に不正な方法で依頼を受けたことになりますわね」
 確かに、とESは思い出していた。
 依頼表には定員2名と書かれてあり、依頼を受ける際には空きは2名。つまり、まだ誰も依頼を受けていない状態だったはずだった事を。ジッドに会う時には、すでにキリークがその場にいたので勘違いしていたが・・・。
「探りを入れられた・・・かな」
 ESはリコに続くほどの有名なハンターである。姿は知らずとも、「黒の爪牙」の名はハンターの中で知らぬ者はそういない。しかも、ラグオルの調査を真っ先に始め、ドラゴンまでの区域の報告を初めにしたのも彼女である。様々な方面から、様々な意味合いで注目されて当然なのだ。
「軍・・・でしょうか?」
 今考えられるのは、まるでES達ハンターの調査を邪魔するように、強引な指令通達をした母星政府と軍。彼らが最も邪魔と思うであろうESを監視するのは、至極当然ともいえる。
「・・・断定するのは早いわ。それに、今考えても仕方ないしね」
 ギルドと総督府という後ろ盾があるとはいえ、ESとその仲間達は、軍と母星政府に睨まれることとなった。個人対組織という状況では、じたばたしても仕方がない。今は状況を少しずつ把握することが大切なのだ。
「・・・それよりM。一人で留守番は寂しくなかった?」
 唐突な質問に、ちょっととまどいながらも、ESの言葉に隠された甘い刺激を感じ取っていた。
「そうですね・・・寂しかったですわ。この心、癒していただけます?」
 部屋の明かりが絞られ、部屋には服が肌からすり抜ける音がかすかに響いた。
 戦士には急速が必要だ。これからさらなる動乱に飲み込まれていく二人にとってはなおさらだ。
 今はただ、戦場の冷たさから肌の温もりで暖め直し、次に備える事が大事なのかもしれない。

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