「あなたが・・・あなたが殺したんじゃない!」
病室に響く怒声。
ベッドの上でうなだれる男を、一人の女性が罵倒していた。
「よしなさい、DOMINO」
罵倒する女性を、もう一人の女性がなだめる。
「でも、こいつが、こいつが隊長を!」
だが、興奮した女性は静まるどころかより激しく男を罵倒する。
隊長・・・BAZZを殺した。確かに、それは事実。
「DOMINO、なにもZER0が殺した訳じゃなく、ただ・・・」
ただ、不運が重なっただけ。
運が悪かった。そんな陳腐な言葉で片づけられるほど、この悲劇は簡単ではない。
故に、ESは口ごもった。
「ただ、ただ何ですか! こいつが隊長を殺したのは事実じゃないですか!」
ESの戸惑いは、よりDOMINOの怒りに火を付けるだけに終わった。
涙で歪む視界。ハッキリとあたりが見えない中、DOMINOは誰かに、何かに、叫びつつけた。
「そうだ・・・」
ぽつりと、罵倒され続けた男が口を開く。
「俺が・・・殺したんだよ・・・」
「!!」
決定的な言葉だった。
本人の自白。これほど決定的な言葉は、他にないだろう。
「DOMINO!」
だからこそ、DOMINOにはもう堪えられなかった。
ZER0の言葉を引き金に、彼女は病室を勢いよく出て行った。
「ZER0・・・なにもあんな事を言わなくても・・・」
責める気にはなれないが、言わずにはいられなかった。
本当はなんと言えば良かったのか。そんな答えがあるのならば、教えて欲しい。
「覚えてるんだよ・・・ハッキリと・・・俺は、BAZZも、ゾークも、バーニィも、この手で殺したんだ・・・」
アギトに操られていた。当時のZER0を表現するならば、この言葉が最も分かり易く的確な表現だろう。
だが、そんな中でもZER0は全てのことを覚えていた。
まるで、自主的に行動していたかのように。
「いえ、バーニィは生きています」
ずっと沈黙を守ってきた一人のアンドロイドが、初めて口を開いた。
「重傷を負いましたが、命に別状はありません。只今別室にて療養中です」
的確だが事務的な説明。アンドロイドらしいといえばそうだろう。
「そしてBAZZ様に関して言えば・・・間接的とはいえ、わたくしが殺してしまった様なものだと思われます・・・」
発音はハッキリしている。だが、何処か戸惑いも言葉に乗せられている。
アンドロイドにも感情はある。つまりは戸惑うのも当たり前。機械的にスピーカーから出される音にも、そんな感情は色濃く出てしまう。
「深く斬りつけられていたとはいえ、メインのコンピュータが直接斬られたわけではありませんでした」
アンドロイドは生身ではない。修理がきく便利な身体を持っている。真っ二つに胴を斬られても、脳となるメインコンピュータさえ無事ならば、蘇生は可能なはずだった。
「死因はエネルギーの完全欠如。もしBAZZ様がわたくしの自殺を食い止める為に膨大なエネルギーを消費していなければ、このような結果にはならなかったはず・・・」
人で言うならば、出血多量により死亡したと言い換えられる。
メインコンピュータは常にエネルギーを消費し続ける。もしエネルギーが切れれば、それは破壊されたと同等なのだ。
人の脳が常に血液を必要としているのと同じ。
BAZZは一人のアンドロイドを救う為、大量のエネルギーを使用した。それは大量の輸血をしたようなもの。
直後、BAZZは微量に残ったエネルギーを使い続けながら死闘を繰り返し、最終的にはアギトによって両断された。血の足りぬ人がさらに大量の血を流すことになればどうなるか・・・つまりBAZZの死因はエネルギーの欠如と考えられる。その最終的な決定打となったのが、ZER0に両断されたこと。
「シノさん・・・だっけ? あなたもあまり自分を責めないで。BAZZはあなたを救えたこと、誇りに思っていたはずよ。もちろんZER0、あなたの事もね・・・」
そんな、何処までも人間くさいアンドロイドだった。
だった・・・全てを過去形に考えている自分に、寂しさを感じながら、ESは残されたハンターとアンドロイドを慰める。
「俺が・・・俺がもっとアギトを使いこなしていれば! 俺がアギトの呪いに早く気付いていれば!
「あの日」アギトの事に気付くべきだったんだ・・・だったら俺は・・・俺は・・・」
慰めの言葉も、今のZER0には届かない。
強く、強く握りしめた拳で、自分の足を厚い布団越しに叩きつけながら、ZER0は悔しさと後悔に打ち震え泣いていた。
自分がもっとしっかりしていれば。
自分がもっと強かったなら。
自分がもっと注意深かったなら。
こんな事には、ならなかったはず。
ZER0もシノも、自分の不甲斐なさで周りの人々を死に至らしめた後悔で、押しつぶされている。
そんな二人に、これ以上どんな言葉をかければいいのか?
「・・・・・・」
ESはその答えを見つけられなかった。
悲劇は繰り返されるのか?
ふと、二人が付き合っていた頃・・・たった二日間恋人だったあの頃。二日目のあの日に起きた悲劇。自分を責め、ESから逃げるように離れていったZER0。
また、私から逃げるの?
もう逃げないって約束したじゃない!
そう叫びたかった。だがもちろん言えるはずもない。
今、そんな言葉でZER0を追い込んでどうする?
優しい励ましの言葉も、叱咤の激励も、時を誤れば言葉の刃物と化す。
今の二人にかける言葉は、無い。
出来ることは、そっと病室を後にするだけだった。
ZER0が殺したわけではない。
彼に殺意があったわけではない。
判ってはいるが、しかし直接手をかけたのはZER0。
だからこそ、本人の口から否定の言葉が聞きたかったのかもしれない。
病室を飛び出したDOMINOは、あふれ出る涙を何度も拭いながら、何とか自分を取り戻そう、落ち着こうと必死になっていた。
考えれば、自分の中のどうしようもない悲しみをぶつけたかっただけなのか。
だとすれば、自分はなんと酷いことを・・・。
後悔しても、もう遅い。
仮に時を取り戻したとしても、過ちを繰り返さない自信など無い。
今ですら、ZER0を目の前にすれば激しく罵るだろう。
悲しみという水面に、心が不安定に浮かび揺れていた。
「おや、DOMINOではないか。久しぶりだな」
そんな揺れるDOMINOに声をかける者がいた。
「・・・・・・サコン少佐・・・」
上司。本来は軍人であるDOMINOにとって、所属するパイオニア2宇宙軍空間機動歩兵第32分隊、通称WORKSの上官に当たる人物だ。
「お久しぶりです、少佐」
慌てて立ち上がり、敬礼と共に上官への挨拶をすませる。
軍人らしい敬礼をする事も、DOMINOにとっては久しぶりのことだった。
ハンターズにいる間は、敬礼は控えろ。
BAZZに咎められ、癖になっていた敬礼を少しずつ直してきた・・・そんな事でまたBAZZを思い出し、悲しみが吹き返してくる。
「うむ。君は確か、レオ隊長の特命でハンターズに潜伏調査をしているところだったな・・・ああ、BAZZ君の事は聞いたよ。実に惜しい男を亡くしたものだ・・・」
白々しい。誰もが、時代がかったこの軍人の台詞を聞けば、そう思うだろう。
何より、サコンはBAZZを軍から追い出した張本人。それを知っているDOMINOにしてみれば、より白々しく聞こえただろう。
だからこそ、DOMINOは見落としていた。白々しい台詞にばかり気を取られた為に。
本来、レオからの特命は極秘のはず。軍での上司とは言え、サコンがそれを知っているはずがない。知っていて、DOMINOが一時除隊扱いになっているという事務的な事だけのはず。
「君もこれから大変だろう。BAZZ君という支え無しに、あのどうしようもないハンターどもの中で調査を続けなければならないのだからな・・・」
どうしようもないハンターども。
サコンの台詞は、軍から見たハンターを表した言葉そのもの。
DOMINOも軍人である。かつては、ハンター達をそう見ていた。
にもかかわらず、彼女はサコンの言葉に小さな怒りを感じていた。
「そうだ・・・調査を打ち切り軍に戻ってきたまえ。実はハンターズに潜伏していた君にしかできない特務があるのだが・・・それを引き受けて欲しいのだよ」
調査のことや特務のことは、正直どうでも良かった。
ただ、揺れるDOMINOの心が、今はハンターズから離れ落ち着きたいと求めていた。
「わたくしは、どうすればよいのでしょう・・・」
一人呟く。
聞く者は一人、同じ病室にいる。だが、答えが返ってくることは期待できない。
互いに心はここに無いのだから。
「主を失ったわたくしは、この先何をすれば・・・」
従属型のアンドロイドであるシノは、主を失い途方に暮れていた。主なくしては、自分の存在価値を見いだせない従属型には、先の見えない今がとても不安でたまらない。
「・・・すまん・・・・・・」
主を失ったその原因を生み出した男。同室にいたZER0は、謝罪することしかできなかった。
「いえ・・・」
ZER0を責めるつもりはなかった。直接主であったゾークに手をかけたのはZER0だとしても、彼に責任があるわけではない。アンドロイド故に、理路整然と状況は理解している。だからこそ、感情的に彼を責めるつもりなど無い。
ただ本当に、何をすればよいのか見つからない。その不安がつい口をついて出たに過ぎない。
感情に流されず状況を理解しながらも、不安という感情に流され、図らずもZER0を責めてしまっていた。
「・・・他の四刀はどうするんだ?」
主を失ったのはシノだけではなかった。
サンゲ,ヤシャ,カムイ。
ゾークが所持していた四刀の内三振り。この刀達もまた、主を失っていた。
ただなんとなく、自分を苦しめた四刀の行く末が気になった。そんなちょっとした好奇心と、黙っていると重圧に押しつぶされそうになる心をほんの少し開放する為に、ZER0は尋ねた。
「今は四刀の後見人に当てられていたわたくしが保管しておりますが・・・」
この時、シノは一つのことに気が付いた。
「後継者が現れるまでは、わたくしが保管いたします。すでに候補者はいらっしゃるのですが、その方が「受け継ぐ覚悟」をお決めになるかどうか・・・」
じっと、シノは見据えた。その候補者を。
四刀の後継者。それはつまり、自分の新しい主になる事も意味している。
道が見えた。シノの視線には、そんな期待が入り交じっていた。
「・・・そういうことか」
何となく気付いていた。
自分が四刀を受け継ぐ候補者に、いつの間にか祭り上げられていることに。
アギトを所持していたこと。ゾークを倒したこと。全ては意図したことではなかったが、それが候補者に祭り上げられた要因なのだろう。ZER0は自嘲しながら、己の運命という皮肉を理解していた。
「・・・覚悟って何だよ? また呪われて、無意味に人を斬り殺していく覚悟か?」
理解したからといって、受け入れられるものか?
覚悟という便利な言葉に怒りを覚えながら、ZER0は吠えた。
今度は誰の屍を越えて行けというのか?
そこまでして、受け継がねばならぬものなのか?
頭をよぎった、一人の女性。
側にいれば、次は彼女を殺してしまうのか?
もう、沢山だ。
親友をこの手で斬り殺してしまった彼にとって、今は孤独が唯一の癒しなのかもしれない。
軍への復隊はさておき、今はハンターズを離れたかった。
そんな彼女に、作戦の内容を良く吟味するゆとりなど無かった。
「この作戦は、我々WORKSにとって悲願なのだよ。つまりは、レオ隊長の悲願でもある。それだけ重要な作戦なのだ」
サコンの言葉に偽りがあるかどうかなど、どうでも良かったのかもしれない。
何かしていないと、自分がどうにかなってしまいそうだ。
だからこそ、レオの為というサコンの言葉にただすがりたかったのかもしれない。
これはレオ隊長の為。自分は軍人なんだ。
何度も自分に言い聞かせながら、DOMINOはラボの中を突き進んでいた。
「あら、えーっと・・・ESさんのお友達ですよね? こんにちわぁ」
「あっ・・・と、こんにちは・・・エルノアさん・・・」
潜伏し作戦を実行する。この任務に、DOMINOは最適だった。
なぜならば、潜伏する先はラボ。しかもモンタギュー博士の研究室だから。
モンタギュー博士はESと共同戦線を張っている。そのため、ESがリーダーを務めるダークサーティーンに所属しているDOMINOは、怪しまれずに研究室に入り込むことが出来る。
事実、モンタギュー博士の造り出したアンドロイド、エルノアはなんの警戒心も持たずにDOMINOに挨拶してきた。
「博士にご用ですかぁ? 博士なら、今お出かけ中ですけど・・・」
好都合。というよりは、出かけている事を承知で来ている。
「そう・・・なら、少し待たせて貰って良いかな?」
「どうぞぉ。あ、今お茶をお持ちしますねぇ」
パタパタと、エルノアは接客の為に場を離れた。
チャンスは今しかない。
気付かれぬよう、DOMINOは研究室の奥へと急いだ。
そこで待ち受けているはずの、一人の試作型アンドロイドを連れ出せ。
これが、作戦の全容。
「この娘が・・・」
一つの大きなカプセル。研究室の奥には、アンドロイド収納兼医療用カプセルが斜めに立てかけられていた。
「あなたは・・・ワタシをここから連れでしてくれるの?」
不意に、カプセルの中から声がする。
中には、一人のアンドロイドが横たわっていた。
「声が聞こえるの・・・淵から、ワタシを呼ぶ声が・・・行かないと・・・連れ出してくれるんでしょ?」
意味はわからない。が、少なくともこのアンドロイドも出る事を望んでいる。ならば、作戦はより楽になる。連れ出す対象が積極的なのだから。
だからこそ、今自分がしている事がどんな事になるのかなど、考えもしなかった。
悲劇は、こうしてまた幕を開けた。
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