novel

No.35 ハンターの右腕 前編

 闇。
 そうとしか、言い表すことが出来ない。
 自分が何処にいるのか、定かにならない。立っているのか、浮いているのか、それすらも定かでない。
 何も見えない。何も聞こえない。何も臭わない。何も感触がない。
 何も、感じない。
 自分という存在すら、感じられない。
 そもそも、自分とは?
 俺は、誰だ?
 解らない。何も解らない。
 だから、闇。そうとしか、言い表す事が出来ない。
 欲しい。だから、欲しい。
 自分が自分である為の、何か。
 光が欲しい。音が欲しい。香りが欲しい。感触が欲しい。
 自分という存在を示す、何かが欲しい。
 自分がいるという、確証が欲しい。
 何もないから、欲しい。
 欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。
 欲。欲。欲。欲。欲。欲。
 欲。求める事で、何かを求めることで、どうにか自分という存在がある事を認識できる・・・。
「ココニイテハダメ」
 ああ、音だ。音だ。音が聞こえる。
「アナタハ、ココニキテハダメ」
 音が、俺の存在を認めている。ああ、俺は存在するのか。
「アノ娘の為ニモ、アナタハ帰ラナクテハ」
 音は、俺に居場所を与えようというのか?
 何でも良い。俺に、何でも良いから、くれ。
「マダ、私ノ心ガ私デアルカギリ・・・」
 不意に、感触が与えられた。
 この感触で、俺という存在に身体があることを認識できる。そして、何かが俺を支えているということも。
「ウマクこんとろーる出来ナイ・・・デモ・・・」
 音はあまり心地の良い音ではない。苦しいのか?
 そんなことはどうでも良い。もっと、俺に音をくれ。感触をくれ。何か・・・何でも良い。くれ。
「くっ、何とか・・・出られたみたい・・・だけど・・・」
 また不意に、感触が伝わった。
 立っているのか? どうやら、俺は立っているようだ。
 見える。何かが見える。
 見える・・・が・・・よくわからない。
「これが限界? もう身体が・・・動かない・・・」
 気が付いた。俺は何かを持っている。右手に何かを持っている。
 その「何か」が、俺に訴えかける。
 音でもない。文字でもない。それでも、何かが俺に訴えているのが解る。
「ダメッ! 君は・・・くっ・・・君はまだ・・・ダメ、行っちゃ・・・ダメッ!」
 右手の「何か」は、俺に与えてくれるのか?
 「何か」が、小刻みに震えている。
 なら、行かなくちゃ。「何か」が求めるものが、俺がなんなのかを、教えてくれるなら。
 「何か」が欲しいなら、俺も、欲しい。
「戻って! 行っては・・・ダメ・・・」
 音がする方を振り返る。
 真っ赤だ。全身が赤い。
 それだけ、だ。俺にはよくわからない。
 それより、行かないと。
 求める何かがある場所へ・・・。
 欲しいから。行かなくちゃ・・・。

「シノ!・・・バカモノが・・・!」
 怒声が、異文明が残した部屋中に木霊した。
「あ・・・大丈夫・・・です」
 シノと呼ばれた女性型アンドロイドは、胸元を右腕で隠すようにしながら、怒号の主に弁解した。叱られた子供のように。
「大丈夫ではないではないか!」
 ぐいと、アンドロイドの右腕をつかみ持ち上げる。
 隠された胸元には、くっきり深くえぐられた傷痕が、小さな火花を散らしていた。
「・・・お前は旧式で、ここでの戦闘には耐えられん。パイオニア2に戻っておとなしくしていろ」
「ですが・・・!」

 突然の退去命令に、アンドロイドは驚愕し、信じられないと反論した。
「ですが・・・ではない!」
 しかしそれはまた、怒声で却下された。
「これは命令だ。お前の主人としてのな」
 主人の命令は絶対。
「・・・御心のままに」
 主人を持つ旧式アンドロイドであるシノに、逆らう術は無かった。
「・・・いいんですかい?」
 二人の成り行きをずっと見守っていた別の男が、アンドロイドの主人に尋ねた。
「・・・構わんよ。この先、足手まといになっては困るからな」
 それだけを言い残し、主人と男は先へと立ち去った。
 旧式。足手まとい。
 なにか、虚しさを感じていた。
 旧式故に、感情というものが表現出来ず、また自信も深く理解出来ない。それが何か虚しかった。
 アンドロイドは命令のままに、戻ることしか許されていなかった。
 もう自分は、主人に必要とされていないのか?
 その答えも、主人は示してはくれない。
 退去命令が答えならば、自分はどうしたら良いのか?
 命令に従うだけ。出来るのはそれだけだった。

「君が・・・ゾークの代理人だね?」
 シノをパイオニア2で待っていたのは、一件のメッセージ。
 レオという、シノの主人と面識のある男からのメッセージ。
 そのメッセージは、至急シノの主人、ゾークに会いたいという者がいるので会って欲しいという伝言だった。
「はい。シノと申します」
 ゾークは政府に睨まれている。むろん悪事を働いているわけではなく、むしろ悪事を根絶やしにする為に戦い続けているのだが、それを疎ましく思う者が政府にいる。その為、極力人目を避け、闇に紛れるよう生活している。
 人目を避け闇に紛れれば、表の者達と連絡を付け難くなる。そこでシノがゾークに代わり、連絡を請け負っている。
「俺はハンターズギルドに籍を置き、ダークサーティーンというハンターチームに参加しているBAZZという者だ」
 BAZZと名乗ったアンドロイドが右手を差し出した。シノはただ普通に、その右手を握る。互いがアンドロイドだけに、握手という行為に意味があるのかと疑いたくなる程、事務的な行為。
「早速だが、俺はゾークに会って四刀について話を伺いたいのだが・・・取り次いで貰えないだろうか? むろん、興味本位で話を聞きたいわけではない。訳あって、早急に話を聞きたいのだが・・・」
 レオの紹介ならば、くだらない用件でないことはシノにも判る。なにやら深刻な問題を抱えて尋ねてきたことも。
「あいにくですか・・・今ゾークに会うことは叶いません」
 しかし、肝心のゾークは作戦を決行中だ。会わせようにも、今は無理だ。
「・・・こちらも急いでいる。どうにかならないか?」
 作戦決行中だと言えば、おそらくは納得して貰えるだろう。だが、それを口にすることは出来ない。無用な情報を相手に与えることは、小さな事でも出来る限り押さえなければならない。闇に生きるならばこそ、それは徹底すべき事。
「・・・判った。仕方あるまい」
 首を横に振るシノの様子で、納得するしかない。BAZZも軍で、ギルドで、色々と「事情」というものを経験しているだけに、これ以上シノを問いつめても結果は変わらない事を理解していた。
「しかし困ったな・・・これでアギトの手がかりが途絶えたか・・・」
「アギト・・・ですか?」
「ああ。仲間がアギト絡みと思われる事に巻き込まれてな・・・いやすまん。無理に聞くつもりはない」

 シノに四刀の事を聞くのも一つの手だろう。だが、おそらく彼女はゾークの許し無く語ることはないだろう。
 レオから聞いていた。連絡の窓口となっているシノは、旧式のアンドロイドで、主人を持つ従属型のアンドロイドだと。
 BAZZも含め、現在のアンドロイドは自立型が主流である。これはアンドロイドの人権を尊重するという世論の流れと自立プログラムの確立から、アンドロイドも一個人として扱うようにという法改正が成された為である。
 しかし元々アンドロイドを開発した目的が、兵器や奉仕活動などであった為に、旧式は従属型が一般的だった。旧式は命令に従うことを絶対とするため、自立プログラムは導入されない。つまり、「自分から考えて行動する」という事は「命令の範囲内」を越えることはないのだ。
 ないはずなのだが・・・。
「・・・もしよろしければ、わたくしがゾークの下までご案内致しましょうか?」
 シノから、意外な申し出がなされた。

「お前も知っての通り、シノは我がミヤマ家に三代続いて仕えたアンドロイドでな・・・」
 道中、両の手に一本ずつ刀を持った男、ゾークが語り出した。
「初代が四刀の一振りを受け継いでからとの事だ。当時としては、最新鋭のアンドロイドだったらしいがな」
 古代遺跡。ゾークはここに政府やパイオニア1がひた隠しにした「何か」があると睨み、軍が本格的な参入を開始する前に突き止めようと侵入していた。
「よく仕えてくれた。だが、そろそろ彼女にも平穏が必要だろう。アンドロイドとは言え、彼女は長く生きた」
 その途中でシノを帰した事。その理由を、傍らにいるレンジャーに語っていた。
「つまり・・・シノはもう用済みだって事ですか?」
 ゾークの語りに、同意しかねるとレンジャーは質問の言葉に織り交ぜながら尋ねた。
「そうではない。旧式とはいえ、あれだけ優れたアンドロイドは最新式でもそういないだうろ。だからこそ、もう彼女は「自由」になるべきではないか・・・そう、思ってな」
 壁や床に至るまで、隅々まで部屋を調べながらも、ゾークの講釈さながらの弁明は続いた。
「俺ももう、そう長くはない。しかも俺には子供がいない。四代目を継がせる後継者がいないんだよ」
 レンジャーはじっと、その講釈に聞き入っている。
「ミヤマ家がどうなろうと、そんな事は良い。この四刀も、初代のようにふさわしき者の下へ自然と渡っていくだろう。だがシノは、従属型のシノはどうなる?」
 いつの間にか探索の手は休まり、講釈には熱がこもり始めた。
「主人を失う前に、あいつには自由になって欲しいのだよ。自立した一人の女性としてな・・・」
 物心付く頃から、ゾークの側にはシノがいた。正式にシノがゾークを主とする前から。
 時に姉のように、時に妹のように、時に娘のように。ずっと側にいた女性を自分が縛り続けている事に、主は疑問を持ち続けていた。その疑問に対する答えを、迫る死期によって見いだしていた。

 ゾークの下へと案内する。シノはそう申し出た。
 シノが言うには、シノはミヤマ家に仕えると共に、四刀の後見人でもあるらしい。故に、アギトの所在は主ゾークと共に探し続けていた。
 そのアギトが絡む事柄ならば、早急にゾークと引き合わせる必要がある。シノはそう判断した。
 アギトは、先の退去命令よりも重要な事柄。「命令の範囲内」で「自分から考えて」下した判断と言えるだろう。
「わたくしはBAZZ様が羨ましい」
 ゾークを追う途中で出くわしたエネミー。その一団を一掃した後で、シノはBAZZにしげしげと語った。
「そうか?」
 正直、羨ましく思われる事は常であった。機神と呼ばれるほどの戦闘能力を持つBAZZは、そう設計された事を憧れ半分妬み半分で他のアンドロイドに羨ましいと言われ続けている。
「ええ。強力なエネミーをこうもあっさりと片づけてしまわれるなんて・・・わたくしにこれだけの力があれば、ゾークの側を離れる事もなかったのに・・・」
 ただ、シノは少し違っていた。強くありたいと願うのは、他のアンドロイドと同じだろうが、その理由が違っている。
「せめて、わたくしが旧式でなければ・・・ゾークに捨てられる事も無いでしょうに」
 今のアンドロイドは、自立型が多い。言い換えれば、最新型が多いとも言える。
 アンドロイドは非常に優秀だ。しかし古くなれば最新型にはかなわなくなってゆく。従属型の古いタイプは、最新型の性能に追いつけなくなり、捨てられる。だから従属型は珍しくなっているのだ。
 旧式は捨てられる。それが従属型のアンドロイドにとって、どれほどの屈辱か? 自立型のBAZZでも、同じアンドロイドとして察する事は出来る。
「俺はゾークという男をよくしらんが・・・」
 慰めるつもりではない。ただ、BAZZはアンドロイドとして、一言言いたかった。
「捨てるつもりなら、わざわざ帰れなどと命令はしないだろう。捨てるつもりなら、壊れるまで放っておくだろう」
 捨てられるという事がどういう事か。かつて部隊ごと捨てられたBAZZには、それが痛いほどによく判っている。
「・・・判っています。ですが・・・」
 ゾークがどれほど自分を大切にしてくれているか。それはシノにも判っている。
「主人の側にいられないのならば、捨てられたも同然です」
 従属型故の苦悩。そこまで、BAZZは察する事は出来なかった。
「ゾークは、わたくしに自立して欲しいと願っているようです。口にはしませんが、わたくしには判ります」
 長く仕えた主の事。従者として、主の一挙一動で全てを理解するのは当然と、努めてきた。それだけにゾークの考えが手に取るように判るのだろう。
「おそらくは、わたくしを次の主へ継がせるあてが無いことを悔やみ、路頭に迷う前に自立して欲しいと、そう願っているのでしょうが・・・」
 きゅっと、両手を胸の前で握りしめ、うつむく。
「ゾークのお側に居たい。そう願うことは、主人の期待を裏切ることなのでしょうか?」
 いつか訪れる時。
 その時を考え自立を願うゾークと、その時までは側にいたいと願うシノ。
 互いの心は深く結びつきながらも、すれ違ってしまっている。
 そんな二人の心を救う手だてはあるのだろうか?
「・・・まずは、ゾークの下へ急ごう」
 今言えることは、これだけだった。
「・・・そうですね」
 うなずき気を取り直したシノは、ゾークの足取りを探す為内蔵のセンサーで探索を開始した。
「わたくしのセンサーは、ゾークの四刀をパルスを使って探知できるよう登録してあります」
 シノが言うには、元々四刀には、独特の波形が存在しているという。理屈は解らないが、どうやらそれが四刀の謎に繋がるらしいが、解明はされていないとのこと。
「ただ感知するには、対象にある程度接近する必要がありますが・・・このフロアにはとくに反応がありません。別のフロアに急ぎましょう」
 一刻も早くゾークの下へ。焦るように先へ駆け出すシノ。
「シノ、ちょっと待ってくれ」
 それをBAZZが制止した。
「こいつを使ってみるか?」
 手にしていた二丁の銃を、シノに渡した。
「・・・ヤスミノコフ9000M・・・ですね?」
 光物質に近いフォトンを強引に圧縮し、実弾に限りなく近いフォトン弾として使用しているアンティークモデル。それがヤスミノコフシリーズ。強引なフォトン圧縮は武器として強力な物に仕上げている反面、発射時の反動が大きすぎる為非常に扱いにくい銃としても知られている。
 BAZZはこの中でも特にマシンガンタイプの9000Mを愛用しているのだが、その愛用品をシノに手渡したのだ。
「こんな貴重な品・・・何故わたくしに?」
 少なくとも、使ってみるかなどと言って気軽に渡す品ではない。シノが疑問に思うのは当然だろう。
「ゾークと合流するまでな。君の腕なら、強力な反動をいなすことも出来るだろう」
 代わりの武器、ファイナルインパクトを準備しながら自分の考えを伝える。
「君は俺なんかよりも、長く生きている。それだけ経験も豊富だろう。それに君はマシンガンを愛用しているようだし。ならば、技術でそいつを扱いきるのは難しくないはず」
 ショットの感触を確かめるように構え直し、準備完了とばかりに歩き出した。
「アンドロイドの性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを・・・ゾークに見せてやったらどうだ?」
 もしBAZZの顔が表情を生み出すことが出来たのであれば、おそらく満面の笑みをシノに向けていただろう。

「そういうことか・・・やってくれる・・・」
 パイオニア1の置き土産。軍の残骸。それを調べていたゾークが、一人愚痴るように呟いた。
「何か、判ったんですか?」
 ゾークに付き添っていたレンジャーが尋ねた。手伝う為に行動を共にしたり情報を集めてきたりと協力しているが、レンジャーには彼が何を追い、何を探っているのか・・・詳細はよく知らない。知らされていない。
「判ったか・・・判らないことばかりだがな。ただ一つ、言えることがある」
 謎かけのような言葉。おそらくゾークにとっても言葉通りなのだろうが、レンジャーには何を言わんとしているのか見当が付かない。
「・・・パイオニア2は一刻も早く、このラグオルから離れるべきだ」
 何を根拠としての発言なのか。ただ、ゾークの顔色が青ざめている事から、レンジャーにも言葉の意味が酷く深刻な物だと言うことは理解できた。
「すぐに戻り、総督にでも伝えますか?」
 それほどに危険な状態ならば、すぐにでも戻り知らせるべきだ。
「いや、何の確証も無しでは、総督を納得させられまい。決定的な証拠を見つけな・・・」
 RumbleRumbleRumble・・・
 地面が揺れた。巨大な地響きと共に。
「地震・・・だと?」
 地下とは言え、ここは惑星ラグオル。地震という自然現象があっても不思議ではない。
「・・・ですかね。なんか、やけに不自然な・・・なんて、ずっと船の中にいて、地震の感覚を忘れちまったかな」
 レンジャーはおどけてみせたが、ゾークにも不自然な、どこか違和感のある感覚を覚えていた。
「・・・先を急ごう、バーニィ」
 名を呼ばれたレンジャーは、愛用の巨大な銃を担ぎ直し、後に続いた。
(刀がざわめく・・・何か、何かあるのか? この先に・・・)
 三振りの刀が、小刻みに震えている。何かに喜ぶような、何かに脅えるような、何かに共鳴するような・・・長いこと刀を腰に差してきたゾークだが、こんなことは初めてだった。
(不味いな・・・「また」頭が痛み出しおったか・・・四刀の「負」が、今になって・・・)
 後ろを付いて走るバーニィに気取られないよう、ゾークは必至に頭痛と闘っていた。

 手にした「何か」が、震えているのが判る。
 喜んでいるのか? 脅えているのか? よく判らないが・・・求めているようだ。
 求めているなら、俺も行かないと。
 手に入れないと。
 欲しいんだ。
 何でも良い。
 欲しいんだ。
 欲しい・・・。

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