novel

No.34 博士の密かな欲望

「やぁ、ES君。忙しいところわざわざ悪いねぇ。ウフフ・・・」
 本当に悪いわ。そう悪態をつきたくなるのを押さえながら、ESはギルド内のロビーで待っていたモンタギュー博士と対峙した。
 しかし不機嫌である事を隠そうとはしなかった。
「そんな怖い顔をしないでくれよ。今日の話は、君にも僕にも悪い話じゃないんだから」
 そう言いながら微笑む博士を見ると、ESは余計に腹立たしくなりそうだった。どうもこの道化師の微笑みは、人を小馬鹿にしているとしか思えないから。しかし彼に悪気はない事を知っているだけに、怒るに怒れない。それがまた余計にもどかしい。
「さて、君が怒り出さないうちに依頼の話をしようか」
 ESの心情を見透かしているかのように、余計な一言を加えながら話を進めた。
「えーっと・・・君には僕の事を何処まで話したかな?・・・そうそう。僕が天才であり、政府や軍のお偉いさんに泣きつかれてラグオルを研究しているってくらいは話しているよね。そーだよ。だから君と僕はあいつらには秘密で協力関係を結ぼうじゃないかって話になってたね。ウフフ・・・僕とした事が、うっかりしていたよ」
 ESと博士の関係。それを全て独り言を呟くように自己完結させていく。
「それで、ラグオル調査の一環として、ラグオルの生物を調査しているんだよ。もちろんラグオル地下に出現した機械生命体も、亜生命体もね。しかし・・・」
 ここで天を仰ぐように両手を広げ、まるで舞台役者のように大きなリアクションを起こしてみせる。それは道化の彼にお似合いだ。
「お偉いさん方というのはカタっくるしくていけない。僕ァ嫌いだね。ああいうの」
 ふるふると、首を横に振りながら全身で彼らへの嫌悪を示す。
 元々、彼は政府や軍といった堅苦しい連中を嫌っている。しかし彼ら無しには自分が研究を続けられないのをよく知っているし、自分が天才故にどんな状況にあろうとも監視されるであろう事もよく知っている。だからこそ、嫌いだろうが何であろうが、彼は政府と軍の元で研究を行っている。代わりに莫大な研究資金を要求しながら。
「生物を連れて帰るのもダメ! 直接地表に行くのもダメ! うっぷん溜まりまくりさ!」
 まるで子供のように、腕を組み頬を膨らませる。
 天才という者は、皆こうなのだろうか?
 あまりに子供じみた態度に、ESは苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
「そこでね・・・ウフフ・・・あいつらには秘密なんだけど、ある実験をしたくて君を呼んだんだよ」
 やっと本題か。子供の泣き言も終わり、ここからは大人の、仕事の話。
「僕は見ての通り学者だけど、且つ、 武器工でもありエンジニアでもあってね。まぁだからこそ「天才」なんだけどね。ウフフ・・・」
 見た目ではとても学者などには、むろん武器工にもエンジニアにも見えない道化師は、おどけながら仕事の話を続けた。
「これまでの調査実験データを使って武器を作ってみたんだ。まだまだ試作品だけどさ」
 言いながら、手招きでロビーの隅に待機していたアンドロイドを呼び寄せた。
 見覚えのある女性型アンドロイド。彼女はパタパタと小走りで近づきながら、ESに笑顔を送っていた。
「エヘヘ、どうもESさん・・・この前はありがとうございますぅ」
 アンドロイドとは思えないほど表情豊かに照れ笑いを浮かべる彼女。
「久しぶりね、エルノア。元気そうじゃない」
 つられて、ESも微笑んでしまう。
 直接聞いたわけではないが、どうやらエルノアはモンタギュー博士が創り出したアンドロイドらしい。制作者の道化ぶりを見ていると、どうしてこのような愛くるしいアンドロイドを造れるのか疑問に感じるが、博士の言葉を借りるならば、「天才」だからなのだろう。
 二人の再会を、博士はしばらく見守っていた。普段からにやけている顔が、ほんの少しだけ暖かみのある笑顔になったのは、本人を含め誰も気が付かなかったが。
「ES君には、エルノアを連れてその試作実験をやってもらいたい」
 いつものにやけ面に戻り、博士は説明を再開した。
「単純な話さ! その実験装置をつけてモンスターを倒しまくってもらえばいいんだ。詳しい説明はエルノアから聞いてよ」
 エルノアが手にしていた装置を指さしながら、説明を彼女に託した。
「えっとぉ・・・説明をしますね」
 博士もそうだったが、エルノアの舌っ足らずな話口調も説明向きではない。だが、賢明に解りやすく伝えようとするエルノアの姿勢には思わず笑みがこぼれてしまう。
「試作実験は、古代遺跡で行ないますぅ。既にわたしが実験用の装置を設置してますのでぇ・・・ESさんには武器にこの装置をつけて、そこで敵と戦闘してもらいます」
 ESの了解を得、ニコニコと微笑みながら装置を設置しながら、話を続けた。
「これにはぁ、実戦データ採取と生体フォトン吸収作業、二つの意味があるんですぅ」
 装置には見覚えがあった。以前アリシアの依頼で森の原生生物データを採取した際に用いた装置によく似ているのだ。おそらくベースとなる装置は同じなのだろう。
 よくよく考えれば、そのベース装置を生み出したのもモンタギュー博士なのだろう。アリシアは生物の知識はあっても機械類の知識はない。それは多くの学者も同じであり、おそらくはラボが作り出した装置を用いて研究しているはずだ。パイオニア2のラボ。その中心には当然天才ジャン・カルロ・モンタギューその人がいる。
「なお、設置した部屋は三部屋ですぅ・・・はい、準備できましたぁ」
 終始笑顔を絶やさないエルノアは、その笑顔の上でさらに微笑む。
(こんなに良い娘が・・・どーしてあの毒キノコから生み出させるのか、ホント不思議だわ)
 そんなESの疑問を見透かしたかの様に、博士は自慢話を披露する。
「エルノアは僕の最高傑作さ! 限りなく人間に近い高機能アンドロイドだよ。感情表現の豊かさも折り紙付きだ」
 最近のアンドロイドはかなり高性能で、メンタル面においてもかなり人間に近い物が作られている。実際ESのチームメイトであるBAZZも、人間以上に人間くさい面を見せる事がある。
 しかしそれでも、あまり得意とは言い難いものがある。
 それが感情表現だ。
 感情はあるのだ。しかしその表現、特に顔の表現が得意ではない。
 というのも、元々人間が生み出す顔の表情は数多くの細かい筋肉で形作られ、微妙な違いで無数の感情を表現している。それだけに、顔の表情をアンドロイドで再現するのは非常に難しい。加えて、BAZZの様に元々戦闘用に開発されるアンドロイドは表情そのものを必要ないとされ、無骨なマスクで表情を固められている。つまりアンドロイドに感情表現をさせる研究は難しい上に、研究者が少ないのだ。
 そんな状況下にも関わらず、エルノアの表情は随分と豊かだ。笑顔一つ取っても、これほど愛らしく笑える者は人間でもそう見かけない。ハード面でもソフト面でも、彼の言う通りかなり人間に近いアンドロイドと言えるだろう。
 天才。それを豪語するだけの頭脳を、彼は持っているのだ。
「ウフフ、可愛いもんでさ。最近はキミのことばかり話してたんだぜ。友達ができてうれしいんだろうな」
 さすがに頬を赤らめる表現までは出来ないが、そんな様子がエルノアから伝わってくる。彼女の話をする博士も、どこか嬉しそうだ。
 それよりも、一つ気になる事があった。
「・・・友達?」
 エルノアと会うのはこれで三度目だ。印象深い出会いばかりであり、加えてエルノア自身が非常に個性的なのもあって、好意的に受け止めてはいる。しかしよもやエルノアから友達として紹介されているとは思ってもみなかった。その驚きがそのまま口に出てしまっていた。
「ごっ、ごめんなさいぃ。突然友達だなんて・・・迷惑ですよね?」
 もちろん迷惑だと思ったわけではない。しかしエルノアは恐縮し、慌てて謝罪を始めてしまった。
「あぁあぁ、そういう意味じゃないの。その、ちょっと驚いただけ。まさか友達だと思ってくれているなんて思ってなかったから・・・ゴメンねエルノア」
 ESもつられ、慌てて謝罪した。非常に好感の持てる娘だけに、必至に謝らせてしまった自分が酷く悪い事をした気になって申し訳ない。
 大丈夫よ、友達だからと慰め、落ち着かせた。その後で、コホンと咳払いで場の流れを無理矢理戻す。
「ところでジャン。この依頼受けるのは良いけど・・・」
「判ってるよ。ZER0君・・・だっけ? 正直僕も興味があるんだ。特に亜生命体と同じように消えたくだりとかね・・・ああごめん。少し不謹慎だったかな。ウフフフ・・・」

 二人は互いに協力関係を結んでいる。とはいえ立場が立場なだけに、密約と言うべきだが。
 その為、博士からの依頼は基本的に断る事は難しい。代わりに、博士もESの頼みを一方的に拒絶できない。
 ESとしてはすぐにでもZER0を探しに行きたいのだが、博士から依頼があった為にそれを遂行できない。しかし代わりに、ESは博士にZER0が消えた原因の解明を依頼していた。もっとも、博士からしてみれば厄介な頼み事と言うよりは、新しい研究対象への興味が上回っているようだが。
 正直、それはESにとってあまり面白い事ではない。なにかZER0を実験用のモルモットのように差し出したような後ろめたさを感じるから。しかし全く原因が掴めない以上、博士を頼り少しでも情報を得られれば御の字だ。そう自分の心に言い聞かせる。そしてそんな自分の偽善にまた胸を痛める。
「そう怖い顔しないでよ。それにこの実験、たぶんZER0君を捜す手がかりにも繋がると思うよ」
 亜生命体が消える時同様にZER0は姿を消したという。ならば、たしかに何らかの繋がりはあるかもしれない。
 ここは天才とやらの頭脳に期待するしかない。それしか、今の彼女に出来る事がないのならば。

「おい、そこのハンター。そのアンドロイドを連れて何処へ行く?」
 ギルドを出たところで、軍の人間に声をかけられた。どうやら、モンタギュー博士を「警護」という名目で監視している軍人だろう。
 ギルド内はギルドの性質上、メンバーと依頼者以外の立ち入りを禁じている。それは依頼者のプライバシーを守るという観点で敷かれた規則であるが、政府や軍の介入を許さないという表れでもある。そのため、警護とはいえ軍人であるこの男は中に入る事が許されず、こうして博士が何かを企んでいるのではとやきもきしながら門の前で出てくるのを待つ事しかできないのだ。
 ESは軍人の高圧的な質問に答えることなく、ただ睨み返した。
「うっ・・・黒の、爪牙・・・」
 それ以上、彼は何も言えなかった。
 自分が声をかけたハンターが何者なのか? 軍人はウェーブのかかった黒髪と黒い肌、そして威圧する視線で理解した。
「・・・ちっ!」
 立ち去るESの背に、舌打ちが聞こえた。
 屈指のハンター、黒の爪牙ことES。
 彼女を前にしては、狐軍人が借りている権力という虎の威など役には立たない。下手に噛みつけば、どんな仕打ちがあるかなど安易に予測できる。それを恐れ、監視しているモンタギュー博士の愛娘をみすみす逃すのは得策ではないが、所詮狐には悔しさを舌打ちで紛らわす事しかできないのだ。
「いいんですかぁ?」
 軍人から少し離れたところで、エルノアが声をかけた。
「いいのよ。かまってもしょうがないし」
 事実その通りだろう。睨まれただけで怯む程度の小者など、何も出来やしない。なら相手にするだけ時間の無駄というもの。
「そうですかぁ。折角声をかけてくださったのにぃ」
 折角ねぇ。苦笑をかみ殺しながら、隣に並び歩くアンドロイドの「人の」良さに少し呆れ、少し疑問が生じた。
「エルノアって、私の他にどんな友達がいるの?」
 明らかに、エルノアは世間慣れしていない。擦れていない性格からその事はうかがい知る事は出来たが、今のやりとりで彼女にとって「声をかけて貰える」という事がかなり特別な事になっているのがハッキリした。
「えっとぉ・・・研究所にいるマグのみなさんくらいしか・・・博士やシモンズさんはお友達ではないですしぃ・・・」
「あぁごめんエルノア・・・」

 シュンとするエルノアを見て、またESは罪悪感に包まれあわてて謝罪した。
 なるほど。だから「初めてのお友達」が出来た事を、生みの親である博士に熱く語っていたのか。自分の事を語られるむずがゆさと共に、嬉々と語るエルノアの姿が目に浮かぶ。
「でもオネエサマがいるんですよぉ! とっても優しいオネエサマが!」
 アンドロイドに血の繋がりなどはない。だがプロトタイプや同系統の前機などを「兄」「姉」と呼ぶアンドロイドは多い。エルノアのように特注で創られた者は特にその傾向が強い。
 エルノアの機嫌が直った事と、エルノアとその姉に興味があった事もあり、はしゃぐように語るエルノアの話に相づちを打ちながら聞き入っていた。
(姉・・・か・・・)
 その一方で、姉という存在に対し少しばかり感傷的になった。
 おそらくは既に死去しているだろう自分の姉達。会った事もないが、もし生存していたのならば・・・。肉親を持たない彼女にしてみれば、姉のいるアンドロイドは少しばかりうらやましかった。

 エルノアをタイプ別に分けるならば、レイキャシールというタイプになる。女性型アンドロイドレンジャーの事だ。
 アンドロイドは特有の演算能力を活かし的確な射撃が行える為、レンジャー向きである。もちろんその精密な命中精度を活かしハンターとして活躍するアンドロイドもいるが。
 さすがはあの天才博士が創ったアンドロイドだ。エルノアはレンジャーとして随分と優秀だ。のんびりとした性格が邪魔をするかと思いきや、手際も精度も申し分ない。
 しかし戦闘を目的として創られたわけではないのだろう。ほんの少し、対応が遅れる。いや、けして遅くはないのだが、普段戦闘を共にするアンドロイドと比べるとやはり遅い。もっとも、機神と呼ばれる彼と比較するのは酷な話だが。
 その欠点を、生みの親であるモンタギュー博士も承知していたのだろう。だからこそ、一見彼女には不釣り合いに見える大型火器を渡し与えたようだ。
「えぇい!」
 Blooie!
 気の抜けるかけ声とは裏腹に、巨大で真っ赤なフォトン弾がエルノアの火器から放たれる。
 弾は大気を歪ませながら、真っ直ぐに飛んでいく。軌道近くにいる敵全てを巻き込みながら。
 フォトンランチャー。現存するフォトン銃の中では最も巨大な大砲。彼女の持つ大砲は、その中でも特に火力のあるレッドスコルピオと呼ばれる逸品だ。
 大砲は放たれるフォトン弾の大きさに特徴がある。この弾はその大きさ故に多少の障害では威力が衰える事はなく、軌道上にある全てのものに打撃を与え飛んでいく。しかもフォトンには質量がほとんど無い事もあり、巨大な発射口から放射する勢いを殺さない。故に射程も長い。
 しかし当然だが欠点もある。フォトン弾同様銃身も巨大で扱いにくい上に、反動が非常に大きい。さらに肩に担ぎながら照準を合わせなければならない為に、射撃を専門とするレンジャーでも手練れしか扱えない。
 それを考えると、エルノアはフォトンランチャーの中でもさらに扱いにくいレッドスコルピオを扱うだけの実力があるという事になる。実力をレッドスコルピオに変換し、反応の遅さを弾の威力でカバーしているのだ。戦闘用でないとはいえさすがは天才の生み出したアンドロイド。支援としてこれほど心強いアンドロイドもそういないだろう。
「この区域はデータ収集終わりました。次に行きましょうかぁ?」
 とはいえ、やはりエルノアはエルノアだ。緊迫した戦闘の直後だというのに、マイペースでのんびりした口調は変わらない。しかしそれも気が抜けるというよりはリラックス出来る心地よさがある。
「そうね。行きましょうか」
 次のデータ収集区域を目指し、二人は歩き始めた。

「あの・・・わたし、お役にたてましたか?」
 三カ所全てのデータ収集が終了したところで、エルノアが尋ねてきた。
「もちろん。助かったわ、エルノア」
 エヘヘと、照れ笑いを浮かべるエルノア。
(本当に惜しいわよねぇ・・・これでアンドロイドじゃなかったら・・・)
 そんな彼女を見て、邪な考えが頭をよぎる。
(・・・ZER0でも放っておかないでしょうね)
 そしてそんな邪な考えを抱くであろう仲間を、ふと思い出してしまった。
「ところで、このデータってなんなの?」
 一瞬よぎる不安。それを表に出してはまたエルノアが余計な心配をする。ごまかす意味もあり、ESはとっさに話題を切り替えた。
「え? これ・・・ですかぁ? 博士の話ではぁ、フォトンを変化させる・・・とか? 私もよくわからないんですぅ・・・すっ、すみません!」
 また恐縮してしまったエルノアをまぁまぁとなだめるES。なんだかこのやりとりも慣れてきた。そんな事を感じていた。
「ただ、ラグオルの生物のほとんどがある同一のフォトンに侵されてる・・・って言ってました」
 以前アリシアは、森の原生生物が遺伝子レベルで後天的な変化の影響を受けていると分析していた。その分析と合わせると、変化はなんらかの同一種フォトンによるものだということになる。
 フォトンの影響? ESはそこに引っかかった。
 学者でない彼女は詳しくは知らないが、少なくともフォトンが自分達の生活に欠かせない存在になっている事と、どんな物にも付随し存在するエネルギー体である事。そして活用しながらも多くの学者が頭を悩ませ研究し続けられている未知のエネルギー体である事。この三点は知っている。
 しかし、フォトンが生物に何らかの影響を与えるといった話は聞いたことがない。
「・・・まぁ、博士に聞けば判るか」
 難しいことを考えるのは、専門家に任せるのが筋だ。ESは帰路を生み出しながら、一人結論づけた。

「実を言うとね。君の武器につけた装置は地下の変異体とやらのデータを元に作ったんだよ!」
 説明を求め返ってきた第一声が、これであった。
 地下の変異体。おそらくは洞窟のアルタードビースト達のことだろう。
 そうか・・・ESには思い当たる節があった。
 洞窟でデータ収集。そう。エルノアと二度目に出会った場所は洞窟だった。しかも彼女は、博士に頼まれ「何か」をしているところだった。その「何か」の結果。その一部が、この装置というわけだ。
「なるほどね・・・」
 無意識に手をあごに当て、頭の中を整理していた。
「驚いた?」
 その様子を見て、博士はまるで種明かしをした子供のようにはしゃぎ聞き返した。
「そうね・・・驚いたわ。色々な意味でね」
 彼の天才ぶりは、既に驚きを通り越し妙な納得を与えていた。驚いたのは装置の内容よりも、装置を完成させるまでの過程。
 少し、手際が良すぎやしないか?
 おそらく、彼もラグオルのことは詳しく理解していないはずだ。だからこそ、こうしてデータの採取を依頼するのだ。それは間違いない。しかしその割に、データ採取までの過程が効率良すぎる。
 天才だから? 手慣れているから? たしかにそういう理由も考えられる。
 しかし、どうにも腑に落ちない。
 何かが引っかかる。漠然としたこの疑問に、何故かESは確信を持ってこう結論を出した。
 この道化師、何かを知っている。と。
「ラグオル一帯は、どうやらフォトンが異常でね」
 ESの心中を感づいたのか、それとも自慢話の延長か。企みを抱くピエロは演説を続けた。
「機械や生命体を侵触している異常なフォトンエネルギー。それを解明するのが、今回の事件を速やかに解決する鍵になるだろうね」
 確かに博士の言う通りだろう。
 セントラルドームを襲った爆破原因と原生生物の異常や突然変異。そして坑道を築いたパイオニア1の真意と地下に眠る異文明の遺産。全ては全く繋がりがないようで、細い糸で結びついている。その糸を明確にする為には、ラグオルで起きている現状を知ることが大切だ。
 その鍵が、フォトン異常の解明。
「それとね、僕には別の興味があってさ」
 好奇心旺盛なピエロは、ラグオルでの大事件を「興味の一つ」としか考えていないようだ。
「この異常フォトンをうまく武器に応用できたら・・・そりゃあスゴイものになると思ってさ。以前君の仲間に、坑道にいたロボット達の部品を持ち帰ってもらったろ? あれもこの為の準備なのさ」
 準備にぬかりなし。ますます、ESは自分の出した結論に確信を持ち始めていった。
「ああ、この研究は、たぶんZER0君を捜す手がかりにもなるはずさ」
 思わぬ所でZER0の名が出た。驚くESを見てニヤリと不敵な笑みを浮かべ、彼はその根拠を語る。
「僕は怨念とか、そういうオカルト的な話は嫌いなんだけど・・・四刀と呼ばれる刀。あれの強さには興味があるんだ」
 四刀は時の政府を恨んだ四人の刀鍛冶が生み出した妖刀と呼ばれている。その為、刀には怨念が込められており、その怨念が絶大なる強さを引き起こしていると語られている。
「仮にだ。当時の刀鍛冶が無意識のうちにフォトン技術を用いて刀を制作していたとしたら? つまり僕はあの刀にはフォトンという怨念が宿っていると仮説を立てている」
 大胆な仮説だ。フォトン技術は不明な点が多く、やっと近年未解明ながら利用する手だてを生み出したばかりの技術。それを大昔に、無意識のうちに刀へ練り込むことが出来る物なのか?
「そしてZER0君が持つアギトが、君たちが言うように本物だったとしよう。そこにラグオルのフォトン異常だ。どうだい? 何か見えてこないかい?」
 なぞなぞ好きのピエロは、また不敵な笑みをESに投げかけた。とてつもなく大胆な仮説と共に。

 依頼を終え、ESはZER0の部屋へとやってきた。
 モンタギュー博士の仮説。それは可能性の一つにしか過ぎないが、妙な説得力があった。
 仮にフォトン異常の影響を受けたとしよう。そうすると、もう一つの疑問も自然と解明してしまうのだ。
 頭痛。
 この難題で厄介な原因もまた、異常フォトンの影響ではないか? 原生生物たちが狂暴化したように、ZER0や自分にも何か影響を与えているのか?
 では、あの声も・・・リコの声もフォトンの影響か? ZER0が聞いた「ヤレ」という声も?
 仮説は、あくまで仮の説だ。立証するには証拠がいる。それを求め、ZER0の部屋まで来てみたのだ。
「あっ、ESさん・・・」
 部屋で待っていたのは証拠ではなく、一人の女性だった。
「ノル・・・」
 ベッドに腰掛けうつむいていた女性に、名以外かける言葉が見つからなかった。ZER0を想い、故に傷つき落胆している彼女に対して。
「戻って来ちゃいました・・・あいつには、もう来るなって言われてたのに」
 天井を見上げながら、自嘲気味に笑った。
 あの日、ZER0は突然の頭痛に襲われ、無意識のうちにノルを襲った。それを機に、ZER0は同居していたノルとウェインズ姉妹を追い出した。これ以上、危険な目に遭わせない為に。
 それはZER0の優しさだったのかもしれない。しかし、ノルにとってそれは優しさとはならなかった。
「判ってるんです。私には何も出来ないことが。私では・・・あいつの支えになれないことが。だから出て行ったんです。傷つくのが怖かったらじゃなく・・・いえ、傷つくの怖かったのかな。心が傷つくのが」
 独白は自分に向けたものなのか、ESに向けたものなのか。ただ淡々と、彼女は語った。
 支えられなかった事実。彼の狂気だけでなく、失踪からも、自分は彼を救い出すことが出来ないのを判っていた。判っていたからこそ、無力な自分が腹立たしかった。
 そして気付いた。本気で彼を愛していたことを。
 しかし、彼が愛しているのは自分でないことにも気付き、そして自分以上に彼を愛している人がいることに気付いてしまった。
 その現実からも逃れたかったのかもしれない。部屋を出て行くように。
「ねぇESさん・・・」
 不意に、ノルは潤ませた瞳をESに向けて尋ねた。
「ZER0と、つき合ってたこと、ありますよね?」
 唐突な質問だったが、戸惑うことはなかった。
「・・・ジャーナリストの勘?」
「あはは・・・そんな所です」

 普段なら、冗談じゃないと一笑しただろう。しかし真剣に悩み、傷ついた彼女の前で、嘘は付けない。
「たった二日だけね」
 簡素だが、正直な答え。それだけでノルには充分だった。
「・・・・・・」
 沈黙。二人とも、次に何を言うべきか、その言葉が見つからなかった。
 短くも長い沈黙。その静寂を破ったのは、意外な第三者だった。
 PiPi
 ESの元に届いたBEEからの通信。発信主はBAZZだった。
「どうしたの? え? うん・・・わかった。すぐに向かうわ」
 通信端末をしまいながら、ESは慌ただしく準備を始めた。
「BAZZが遺跡で動けなくなったみたい。連れ帰る為に行ってくるわね」
 簡単に事情を説明し、部屋を出て行こうとする。
「ESさんっ!」
 そんな彼女を、ノルは叫ぶように呼び止めた。
「・・・ZER0の事、よろしくお願いします」
 立ち上がり、深々とお辞儀する。
「・・・ええ。任せておいて」
 ノルから「全て」を任されたESは、少し寂しく、少し優しく、微笑んだ。
 ドアが閉まる音と共に、ベッドに腰掛ける軽い音が部屋に響く。
 しばらくは、静寂が部屋を包んでいた。
 しばらくして、嗚咽の声が部屋を包む。
 しばらく、この部屋の主への想いを、主の香り残るベッドにぶつけた。
 ベッドには、彼女の想いが染み渡っていった。

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