novel

No.3 企

「どういう事よ総督っ!」
 パイオニア2における全ての責務を任されているタイレル総督。その彼を目の前にして、机を勢いよく叩きつけるなど普通出来ようものか? しかもESにとっては、ハンターズギルドを通して依頼してきた雇い主でもあるはずだが・・・。
「通達した指令書通りだ・・・」
 興奮しているうえ、雇い主に対して無礼な態度をとるESとは対照的に、ただクールに言葉を返す総督。
「だから、なんでこんな指令を出すのかって訊いてんのよっ!」
 ハンターズギルドに届いた指令通達。そこには「惑星ラグオルの調査に関する禁止事項」という名目が書かれていた。
「軍と母星政府からの強制命令がありまして・・・そこに書かれてあるとおり、セントラルドーム内部と、ドラゴンがいた空洞より奥への探索はするなと・・・」
 必要なこと以外は語ろうとしない総督に代わって、秘書のアイリーンが指令通達までの経緯を語った。
「軍と政府? なんだって連中が口出しを・・・」
 多少感情を抑えつつはあるものの、総督への質問攻めを止めるつもりはない。が、
「指令書以外の事に関して、「公式に」答えられることはない」
 と、総督も態度を変えることはなかった。
「あのねぇ、これだけで納得できるわけないでしょ? もっとちゃんと・・・」
「アイリーン。君はそろそろ休憩時間ではないかな?」

 尋問・・・というにはあまりに一方的だが、質問を続けるESを無視するように、秘書へ言葉を投げかける。
「え!? いえ、まだ休憩までは・・・」
「ちょっと総督! 私の質問に・・・」

 二人が各々話し始めるのをまた止めるように、総督は言葉を続けた。
「どうかね? たまには二人でゆっくりと「談話」でも楽しんできては」
 意外な総督の提案に、二人は一瞬面食らったが・・・
「あっ・・・そうね。アイリーン、最近遊びにも来てくれないし。これから私の部屋に来る?」
「え? これから? いえだってまだ昼間だし・・・」

 顔を赤くしながらあわてふためくアイリーンを見て、ESと総督はくすくすと笑い出してしまった。
「あのねぇ・・・総督も言ってたでしょ? 談話よ談話。何をすると思ってたの?」
「あっ! いや・・・えっと・・・」

 さらに顔を赤くしながら、アイリーンはESに伴われ総督の部屋を出ていった。
「ふぅ・・・まったく、政治的な立場にいると色々面倒だな・・・少しはそれを察して欲しいものだ、彼女にも」
 二人が出ていった後、一人がらんとした部屋でぽつりと呟いていた。

「元々・・・ハンターズにラグオル調査を依頼したのは、総督府の・・・いえ、総督の独断だったのよ」
 ESの部屋で、アイリーンは「談話」として語り始めた。総督の前ではなく、あくまでプライベートな会話のためか、先ほどまでとは違ううち解けた口調になっている。もっとも、普段の彼女ならもっと肩の力が抜けた話し方をするのだが、内容が内容だけに、いかに親友の前でも、力が入ってしまうのは致し方ないだろう。
「表向き、『爆破原因の早急な解明を目的とし、パイオニア2の降下を速やかに行うための緊急処置』として、軍への協力という形でハンターズに依頼したんだけど・・・実際は軍の調査とは別に、ハンターズにも調査させることが目的だったの」
 アイリーンが語る事実は、当然極秘裏な情報だ。公的にはもちろん、私的にも漏らして良いことではない。
 だがアイリーンは、いや総督府は、これを「談話」としてESにだけ話をしているのだ。タイレルとESが、総督とハンターという立場以上に親密だからこそ、できる話なのである。加えて、ESとアイリーンはもっと深い仲であるのだから・・・。
「軍ね・・・リコの話からして、なにかあるとは思ってたけど・・・いったい連中は何をたくらんでるの? しかも今回の強制命令。母星政府まで巻き込んで・・・」
 軍が怪しい行動をとっている。
 リコのメッセージパックに残されたメッセージから、ESはそれを感じ取っていた。むろん、メッセージパックは残してきたままであるため、多くのハンターズにメッセージは伝わっている。つまり、軍への不信感は、最低でもハンターズの中では大きくなっていた。
 今でもメッセージパックは残っている。軍としては回収してしまいたいところだろうが、これを回収してしまっては、さらに軍への不信感が強まるだけである。加えて、英雄「レッド・リング・リコ」のメッセージを軍が回収したなどと一般庶民に伝わっては・・・。ハンターズとは元々犬猿の仲だ。だが一般庶民は違う。彼らまでに不信感を持たせてしまっては、さすがに「権力を誇示している」軍だとしても立場が弱くなるのは間違いないだろう。
「母星政府を巻き込んで・・・というよりは、元々軍は母星政府直属の部隊と言っていいわね。彼らが何を企んでいるのかは、総督府でも把握してないの。だけど、何かを企んでいるのは間違いないかと思う」
「何か・・・ね。つまり、総督府はハンターズを通じて、母星政府と軍の企みを探ろうって腹な訳か」
 総督府の手駒として使われるのは、正直面白くない。だが、タイレル個人の頼みだと思えば、そう悪い気はしない。
 パイオニア2には、「2つの政府」があると言われている。
 1つは総督府。これは正当にパイオニア2を統率している政府だ。そしてもう1つが本星10カ国同盟政府。パイオニア2総督府もこの同盟政府の一部ではあるのだが、開かれた政治を行うタイレル総督に、何故か反発し、監視の意味も込めてパイオニア2で独自の発言権をもった「外務省」的な役人,高官を搭乗させている。むろん、表向きは総督府への連絡と援助,そしてパイオニア1に搭乗していた母星政府関係者と軍をサポートするという事になっているが。
「なるほど・・・あの時わざわざ呼び出したのは、そういう訳か・・・」
 タイレルがハンターズへ依頼を通達するよりも前に、ESを個人的に呼び出したのは・・・何も娘のことだけではなかったのだ。不器用なタイレルらしい行動ではある。
 2つの政府は、ラグオルを巡って争いを始めたのだ。セントラルドームの爆破をスタートの銃砲にして。
 母星政府には、軍という調査機関を兼ねた戦力が存在している。軍は母星政府同様、総督府の直下には存在しない、あくまで母星政府直下の軍隊なのだ。総督府には保安部は存在するものの、それは警察機構のようなもので、軍事力には乏しい。そこで軍に対抗するための機関として、ハンターズギルドを頼ったのだ。ESを個人的に呼び出したのは、軍と対等に渡り合える人物として、確実に確保しておきたかったのだ。
「おそらくですが・・・セントラルドーム内部の調査を、軍は今後も許可しないでしょう。ですが、軍の人手が足りない事実は変わりません。彼らとしても、いつまでもパイオニア2を止めておくのは望まないでしょうから・・・」
「空洞奥への調査は許可が下りる・・・ってことか」
 激戦となったドラゴンとの死闘を思い出しながら・・・あの時、少し無理してでもドーム内の調査を進めていればと、後悔もしていた。
「リコの事は気がかりだけど・・・仕方ないわね。まぁ、あいつの事だ。爆破に巻き込まれてなかったんだから、どっかで生きてるでしょう」
 焦っても事態は進展しない。それは解っている。とはいえ、口に出して言ってはみたものの、二人とも気が気でないのは確かなのだ。
「じゃあ、私はそろそろ戻るわね」
 場の雰囲気に耐えられなくなったのか、少し逃げるようにしてアイリーンは退室しようとした。
「そう・・・こっちも調査内容は事細かく伝えるから、「談話」もまたお願いね」
 普段なら、ベッドでのスキンシップをすませるまでは帰さないESも、やはり場の雰囲気から誘えなかっただろう。珍しく素直にアイリーンを帰した。
「ええ。公私的問わず、ESにはすぐに連絡を入れるわ・・・それじゃ」
 扉の開閉音を残して、部屋はただただ静まりかえっていた。
「・・・・・・リコ・・・辛抱強いあんただから、ちょっとは我慢してよね・・・・・・・・・」
 ただ、自分はどこまで辛抱できるだろうか? 軽く目を押さえた指を濡らしながら、ESはハンターズギルドへと向かった。

「かぁ〜っ! これだから軍だの政府だの、悪巧みしかしねぇ連中はよぉ・・・」
 ESからの報告を受けて、まず愚痴をこぼす役はZER0と決まっていた。チーム会議にメンバーでないZER0が混じっていようと、もはやいちいち異議を唱えるものはいない。すでにチームメンバーとして迎え入れられているようなものなのだが、「チームメンバーではない」というスタンスが大切・・・らしい。彼らにとっては。
「偏見だけでものを言うな」
 苦言を呈するのもBAZZの役目となっている。そして
「しかし、総督府と母星政府で主導権争いですか・・・しかもラグオルで何らかの企みを働かせていたとは・・・ある程度予測はしておりましたけど、強制命令まで出してくるとはさすがに・・・」
 話を元に戻すのが参謀Mの役割。
「とりあえず、今はセントラルドームの『森』を再調査・・・と言いたいけど、それじゃ面白くないからね。各自総督府から再度指示があるまではギルドの依頼をこなしてて」
 最終的にリーダーがまとめる。という流れはいつも通り、ただ、ESの下した決断には、他のメンバーには予想外だった。
「おいおい、いいのかよ。少しでも調査して細かいデータ収集した方がいいんじゃねぇのか?」
 てっきり再調査の指示が来ると思っていた3人にとっては、意外だった。
「まぁ、あの森を調査してるのは、私たちだけじゃないからね。100人といるハンターが調査している以上、私たちまでやることはない。それに・・・」
 言いながら、端末からギルドに寄せられた依頼の一覧を表示する。そこには、未だ担当が決まっていない依頼がずらりと並んでいた。
「ラグオルに降下できない不安は、トラブルを生むきっかけになっているのよ。すでにこれだけの依頼がギルドに寄せられてるわ。さらに・・・」
 言いながら、端末を操作し依頼内容を絞り込む。
「これが全部ラグオルがらみの依頼。本来ラグオルにはハンターズの他に軍関係の人間だけしか降下許可は下りていない。にも関わらずこれだけの依頼があるのよ」
 全体の数から言えば、10%にしか満たない依頼数。だが、全体の数が多い。とても同業のハンターからの依頼や軍関係者からの依頼だけとは思えない。
「これは・・・予想外だな。まぁ2,3件はあると思っていたが・・・」
 情報収集に長けているBAZZですら、予測できなかったのだ。もっとも、情報が足りなさすぎたこともあったのだが。
「母星政府と軍の企み・・・だけが関係しているとは思えませんわね、この数。他にもラグオルで何らかの企みがいくつも交錯しているみたい・・・」
 Mの感想が、まさに今のラグオルそのものだった。企みが交錯する惑星。それがラグオル。
「総督府としては・・・いや、別に総督府としてというより、個人的にだけど・・・この『企み』全てを把握しておきたいの。まぁ限界はあるだろうけどさ・・・できる限りね」
 全てを知ろうとするのは、人の欲である。ESは今、ラグオルに対する知識欲の権化となろうとしているのだ。それはまるで、リコへの埋められない愛欲の代償にするかのように。
「ハンターとして依頼をこなしつつ、情報収集も兼ねろって事か・・・おもしれぇ」
 これだから、ESの追っかけはやめられない。ZER0は常に面白いことに巻き込んでくれるESとダークサーティーンズを愛していた。
「了解。なら俺は・・・古巣がらみの依頼をこなしてみるか」
 言いながら再度依頼をチェック。いくつかピックアップを始めていた。
「私は・・・あえて依頼はこなさずに待機してますわ」
 Mはあまり個人では動かない。それは「死神」の名を恐れる依頼者が少なからず存在するためである。今の彼女はESと行動を共にすることで依頼をこなすことが多い。ESが一人で依頼をこなす時は、常に「彼女の」部屋で待機し、チームの連絡役をかって出ていた。
「みんな頼むわよ。常に連絡をMに入れるのを忘れないように。それじゃ解散」
「皆に武運がありますように」

 二人の女神が締めの言葉を口にしたところで、会議は終了した。
「さて、私は・・・この依頼からこなしてこうかな」
 ギルドの受付に向かいながら、依頼内容を確認していた。
「依頼者はジッド・・・救出と回収か・・・まぁ最初の依頼としてはこれでいいかな」
 手探り状態から始める、情報収集を兼ねた依頼遂行。
 最初だからとほぼ無作為に選んだこの依頼が・・・「黒」の称号を持つ二人を引き合わせることになる。

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