novel

No.28 心のかたち

 「気になる」というのは、一種「勘」のような物なのかもしれない。
 今回ZER0が請け負った依頼は、そんな「気になる」という一点のみで引き受けていた。
 他の仲間達は膨大な数の敵を相手にしなければならない大変な任務に当たっているが、そちらを手伝うことなく、この依頼を選んだ。「お前が気になるなら、そっちを優先した方が良さそうだな」という、元相棒の薦めもあり。
 ZER0が気になった点。それは依頼内容の・・・おそらく依頼人が直接記した説明にあった。
「パイオニア1のメール友達、カルスから通信が届いた。カルスは実は生きているの? だったら探しに行きたいっ!」
 パイオニア1の生存者。ほぼ絶望視されている人々の中からメールが届いたとなれば、気になるのは当然だろう。もしまだ生きているならば、これほど貴重な生き証人はいない。
「依頼人の悲痛な願いを考えると・・・不謹慎だとは思うんだけどねぇ・・・」
 しかし不謹慎だとしても、貴重な生き証人であることも事実。そして動機が不謹慎でも、依頼人の願いを聞き届けるハンターの仕事として、何一つ間違いはない。
「まぁ理屈じゃなぁ・・・それだけで割り切れないってのは、俺もまだ二流ってことか?」
 三流と言わないあたりに、本気でそう考えていない自惚れが伺えるのだが。

 ギルドのカウンター前に、そわそわと落ち着きのない様子で立っている少女がいた。いや、少女というのは誤りかもしれない。なぜならば、その女性はニューマンだから。
 ニューマンは成長と寿命がヒューマンほど安定していない。故に身体の成長と実際の年齢が必ずしも一致しないことが多い。幼いままの容姿で40を迎える者もいれば、大人びた躰を持つ9歳の少女もいる。さらに言うならば、120を越えても至って健康な者もあれば、5つで寿命を迎えた幼子もいる。明日の自分がどうなるのか判らない。それがニューマン。
 だからであろうか? ニューマンの多くは性格が一部「過激」だ。明日の我が身を知る術がない彼らは、その日その日を大切に生きている。だからこそ、好きな物事に対して猛烈な熱意を込め、悔いを後に残さないようにしようとする傾向がある。言い換えるならば、「情熱的」なのだ。
 例えば、ESは「大人の関係」に情熱的で、ノルは「好奇心」に情熱的だ。そしてアナは「遊び」に情熱的で、クロエは「姉」に情熱的だ。
 そして目の前の少女・・・のように見受けられるニューマンもまた、情熱的な女性だった。
「お願いします! カルスを助けてください!」
 依頼人である少女は、依頼を引き受けたハンターZER0をせっぱ詰まった第一声で迎えた。
「おっ、落ち着けよ。俺はハンターのZER0。君が依頼人のエリ・パーソンだね?」
 こくこくと、かぶった赤いバンダナが振り落とされんばかりに首を縦に振り答えた。
「あたし、オンラインで知り合った友人のカルスと、この携帯端末でメッセージの交換をしていました」
 左腕に取り付けられた携帯端末「BEE」を指し示しながら、ほんの少しだけ落ち着いた・・・しかしまだ興奮気味に話し始めた。
 BEEは元々総督府がパイオニア1、つまりラグオルとの交信をするために開発,設置した通信機なのだが、今ではハンターズをはじめ多くの人々がモバイルツールとして幅広く活用している。
 機能としてはテキストから音声,映像の配信も可能で、大まかな位置を特定することも可能だ。だが、携帯端末であるためコンパクトであることを重視した造りになっており、それは機能のコンパクト化にも繋がっている。その為データ量が多くなったり距離が離れすぎるとタイムラグも大きくなる欠点もある。故にもっぱら携帯電話のように音声のみのやりとりが主に活用され、エリのように長距離でのやりとりはメールツールとして使われている。
「そのカルスは・・・パイオニア1の乗員だったんだね?」
 再び小刻みに首を縦に振るエリ。
「すっかり仲良くなっちゃって、パイオニア2がラグオルに着いたらぜひ会おうと約束していたんです。なのに「ある時」からぷっつりと、彼からの連絡が途絶えてしまいました」
 ある時とはすなわち、ドームの爆破事故。カルスだけでなく、「あの時」以来、パイオニア1の乗員からは全く連絡が途絶え、懸命な探索にもかかわらず人影は全く見られなかった。
 残した物は、多くの謎とリコのメッセージ。それだけであった
「ウワサでは大事故があってパイオニア1は全滅だとか・・・」
 だがその事実を、多くの人が知らずに過ごしている。総督府が事実の公表を行っていないために。知られれば、混乱を引き起こし収拾のつかぬ事態に陥るのは避けられなくなる。そうならないための処置であり、判断としては正しいと思われるが、何も知らない,知らされない人々にとってはその判断の善し悪しを決められるわけがない。
 その為に不安と不信が募っていく。それはまるで風船のように脹らみ、少しでも刺激されればあっさりと爆発するだろう。
「でも! ついこの間カルスからメッセージが届いたんです! カルスは生きているんです!」
 エリにとってその刺激は、カルスからのメッセージだった。
 鬱積されていた今までの辛さと思いが、ここに来て爆発した。
「カルスを助けてあげたいんです。どうかいっしょにカルスを探すのを手伝ってください。お願いします」
 カルスに会いたい。確かめたい。その「情熱的」な思いが、今のエリを突き動かしている。
 この依頼、ハッキリ言って面倒だろう。
 なぜならば、とてもではないがカルスが生きているとは考えにくい。メッセージも、BEEのタイムラグによる誤配信の可能性が高い。つまりエリにカルスの死亡を認識させるという辛い依頼になる事は目に見えている。しかもニューマンは情熱的で・・・簡単にカルスの死亡を受け入れてくれるとは思えない。
 おそらく、多くのハンターがエリの依頼をそう判断したのだろう。だからこそずいぶん前からギルドの依頼一覧に掲載されていたにもかかわらず、ZER0が依頼交渉するまで誰も手を付けなかったのだろう。
 その事も、実はZER0が「気になった」一つの要因でもある。
「・・・OK。引き受けよう」
 軟派師が、困っている女性を目の前にして放っておくはずもない。依頼を受ける理由なんて、ZER0にしてみればそれだけで十分だった。後の面倒は今考えない。ヒューマンである彼も、ほんの少しニューマン的な思考を持ち合わせていた。いや、単に楽観主義なだけなのだが。
「ただし、本来一般人のラグオル降下は認められていない。それにはそれなりの理由がある。だから・・・「それなりの覚悟」をして欲しい」
 ふと、以前引き受けた依頼を思い出した。
 ラグオルの現状を、真実を知りたいと威勢良く降り立った女性。そして現実という辛さと恐怖を目の当たりにした彼女は、大声で泣き出した。
 おそらくは、エリも・・・・。ZER0もまた、依頼を引き受けたことで「それなりの覚悟」を決めていた。

 出発を前に、エリはカルスにメッセージを送信した。エリのラグオル到達報告と、カルスの無事を確認するために。もちろんZER0は返信など期待していなかった。
 だが、返事はあった。
 エリはそれに歓喜し、ZER0は驚愕した。エリはカルスの無事を信じていたかもしれないが、ZER0はとても信じるなど・・・はじめから死んでいるものと決めつけていただけに、驚きを隠す余裕などありはしなかった。
 パイオニア1の生き残りがいる。これに驚かないハンターはいないだろう。
 しかし楽観は出来なかった。
「エリ?・・・なのか?き…だめだ。・・・にいるんだ」
 音声メールで届けられたメッセージは、回線状況が悪いためか、所々が不鮮明だった。
 BEEの性能はコンパクトながら優れており、そうそう混線などしない。にもかかわらずここまで不鮮明になるのは・・・おそらくカルスが電波状況の悪い場所にいるということだろう。坑道は周囲を沢山の機器類で囲まれている場所だが、それでもBEEは問題なく機能し、タイムラグもほとんど無かった。暴走したエネミー達から今まで身を隠してこられたような場所。よく考えればそのような場所があるとすれば、エネミーのサーチに引っかかることが無い替わりに、電波状況が悪くなるのもうなずける。
「急ごう」
「はいっ!」

 もしかしたら、今のやりとりでカルスの居場所をエネミーに特定されたかもしれない。その焦りを極力表に出さないよう、ZER0は探索を急いだ。
「あ、また受信です」
 二度目の受信も状況は変わらなかった。不鮮明な音声。しかしハッキリと、その内容は伝わった。
「ここ・・・近づ・・・ては・・・ダメ」
 拒絶のメッセージ。
「何を言っているんでしょう・・・」
 意味を理解しながらも、何故拒絶するのかを理解出来ない。やっと会える。その一途な思いでここまで来た彼女に、拒絶された、という事を理解出来るわけもない。
「もしかして危険な場所にいるんじゃ・・・急ぎましょう」
 確かにエリの言うとおりだろう。だが、導き出した答えはZER0と同じでも、その経緯が違う。エリは拒絶を認めたくない思いで、答えを導き出したに過ぎない。
 非常に危うい。
 ハンターならばまだ、心構えという物がしっかりしている。動揺はしても敵を前に遅れは取らないだろう。
 だがエリはハンターではない。今の彼女の心理状況はヤジロベエのように不安定。不安という重しのみが肥大し、あっさりと土台から転げ落ちてしまうだろう。そんな状況で敵地に乗り込むのは危険だ。
「大丈夫。今までだって生き延びてきたんだろ、君の彼氏は。俺たちが今から行って到達するまでの時間よりももっと長い間ね」
 エリの護衛が任務だ。戦えない彼女を守りながら敵を殲滅するのがZER0の役割。その為には心も守らなければならない。
「あー、いやぁ・・・彼氏ってわけではないんですけどね・・・」
 さりげない一言に、エリはオーバーなほどに反応した。それはZER0の思惑通りだった。
 ハッキリ言って、「彼氏」という単語だけで良かった。その前後の励ましは意味を成していない。
 メールだけの中で、ギルドに依頼しこんな危険地帯にまで足を踏み入れ捜したいと思うだろうか? と考えれば、少なくともエリはカルスのことを非常に好意的な感情で見ていると推測出来る。そしてニューマンは一般的に情熱家が多い。そこをつつけば気持ちを高ぶらせ、不安とは対照的な期待の重しを肥大させることが出来る。そうやって不安とのバランスを保たせよう。それがZER0の狙いだった。
「じゃ行こうか。彼氏が待ってるよ」
 照れるエリを引き連れ、ZER0は再び戦場を駆けていく。
(BAZZ達の作戦区域じゃねぇみてぇだが・・・さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・)
 エリの不安を取り除く替わりに、ZER0はその分を警戒という形で請け負った。

 三度目のメッセージでもまた、二人は驚かされた。
「エリ、私なら平気です。さっきのはほんの冗談。実は事故の後ずっと、地下の坑道に隠れていたんだ。早く会いたい。早くここへ来てくれ」
 もちろんエリはこのメッセージをとても喜んだ。それはそうだろう。無事だと伝えてきたのだから。
「よかった。無事だったようです。もう、人が悪いんだから。カルスって、昔からこうなんですよ」
 だが、ZER0は違った。
(いきなり鮮明になった回線。そして態度急変。音声は同じ人物のようだが・・・)
 カルスという人物については、ZER0よりエリの方がよく知っている。しかしカルスの無事を信じたいエリに、冷静な判断は出来ないだろう。まして危うい心理状態にあるエリを「怪しい」などと言って不安がらせるのも得策ではない。
「冗談が好きで・・・だけどそれが全然イヤミじゃないんです。すごく 頭も切れるし、あたしの悩みも親身に相談に乗ってくれて・・・あっ、ノロケちゃいました?」
「ん?あぁいやそんなこと無いよ。タハハハ」

 思考の沼に捕らわれ黙っていたZER0を、エリは自分のノロケ話に飽きていると勘違いしたらしい。それはそれで助かったが、女性に気を使わせては軟派師の名が廃る。
「よほど彼のことが好きなんだねぇって思ってさ。どんな色男なんだか、会うのが楽しみかな」
 ZER0の言葉に、エリはほんの少し沈んだ表情を浮かべた。ZER0は自分の台詞に不備があったと悟り、慌てて取り繕おうとしたが、それよりも早くエリが語り出した。
「実はまだ、会ったことないんですよね」
 考えれば、エリはパイオニア2の、カルスはパイオニア1の乗員だ。パイオニア1が母星コーラルを飛び立ったのが七年前。つまり最低でも七年は会う機会がないはずなのだから・・・会ったことがないというのは十分あり得る話だった。
 うかつだった。「メールでの付き合い」だった事を考えれば、プラトニックな恋愛である事に気付くべきだったのだ。
「初めて会うの、嬉しいような怖いような・・・そんな気持ちです」
 カルスを捜したいと熱望したエリ。その理由はこんな所にもあったのかもしれない。にこりと微笑む彼女は、怖いというよりは嬉しそうだ。
「・・・あ、あの、すみません。余談ばかりしていないで先を急ぎましょう・・・」
 照れを隠すように、エリはZER0をせかした。その様子に、ZER0はホット胸をなで下ろした。が・・・。
(問題は・・・カルスってのが何者かって事だよな・・・)
 どういった経緯でエリと知り合ったのかは判らない。だが明らかにカルスは、最低でも三度目のカルスは、エリを誘っている。危険な坑道の奥へと。その真意が測れぬまま、ZER0は恋する乙女を戦場へと案内していく。

 ZER0の懸念は、やはり現実となった。
「そのまま行くと、坑道への入口がある。そこから入ってきてくれ」
 四度目のメッセージを警戒しながら、それでも従うしかなかった。案の定、指定した場所ではシノワビートが二体待ちかまえていた。
「下がって!」
 待ちかまえていたのは忍者だけではない。ZER0もまた、こうなることを予測し構えていた。それだけに迅速な対応が取れた。
「せいやぁっ!」
 Swish!
 天井から降り立った忍者が再び動き出す前に、まずは一太刀。
ZONDE!」
 Zzim!
 そしてもう一体が飛び込んでくる前に落雷で足止め。これで二体は標的をZER0に合わせてくるだろう。ひとまず忍者からそう離れなければ、エリに向かっていくことはないはず。
 しかしそれは、同時に二体を相手にしなければならないことにもなる。
 付かず離れず。微妙な距離を保ちながら、一太刀一太刀を確実に決めていく。
 Blooie!
 程なくして、どうにか侍は忍者を打倒することに成功した。
「ふぅ・・・もう大丈夫だよ」
 振り返り、隠れていたお姫様に声をかける。おずおずとあたりを見回し、自分で本当に安全かを確認しながらZER0にトテトテと近づいていった。
「それにしても・・・鮮やでしたね」
「そう? ハハハ、まぁね」

 褒められて、嬉しくない者はいないだろう。ZER0は満更でもないといった感じで、少し照れながら笑った。
「両腕での連続攻撃。あの腕に取り付けられたブレードも綺麗ですしねぇ・・・あとあの跳躍力、すごいです。でも歩く姿がちょっと不格好かなぁ・・・」
「はい?」

 話がおかしい。ZER0は間抜けな返答を思わず口にしてしまった。
「あぁごめんなさい。どうも私、ああいうメカに弱いもので・・・テヘヘ」
 どうやら、ZER0の事を褒めていたのではないらしい。少し照れた自分が恥ずかしいのもあるが、護衛している自分が全く眼中になかったことは少なからずショックである。
「メカとか好きなの?」
 そんなショックを隠すように、そしてエリの熱い語りに興味を持ち、軽く尋ねてみた。
「ええ。メカと言うか、機械全般。ロボットやアンドロイドはもちろん、こういうモバイルも大型コンピュータも好きなんですよ」
 瞳を輝かせながら、ZER0の質問に答えるエリ。指し示したモバイル、BEEを見ながら思い出したように話を続けた。
「元々、BEEでパイオニア1と連絡付けられるかなぁなんて色々いじっているときに偶然繋がったのがカルスで・・・それが初めての出会いだったんですよ。彼、何でもパイオニア1でコンピュータ関係の仕事をしているらしくって、その話で盛り上がって・・・アハハ、やっぱり変ですかね?」
 照れ笑いを浮かべながらも、エリは幸せそうだった。無機質な機械だらけのこの坑道には不釣り合いなほどに。
「いやぁ、趣味なんて人それぞれだし。俺なんかこういう珍しい武器が好きでね、そういうサークルにも参加してたりしてるし・・・そーそー、俺のダチ、そいつは銃器関係のマニアだったりするしさ。まぁ色々だよ」
 本人が好きで、人に迷惑をかけないのならば、何を趣味にするかなど人がとやかく言うことではない。ZER0は自分の話を微笑みながら聞いているエリを見てそう感じていた。
「アンドロイドだとどういうのが好きなの?」
 不意に、銃器マニアである「奴」の話をしたことで興味が湧いた。エリに機神と呼ばれる奴を会わせたらどうなるのか? そんな興味も含めて。
「そうですねぇ・・・無骨ながっしりした体型はアンドロイドらしいって感じで好きですけど、でもやっぱり細身のフォルムがかっこいいかなぁって思いますね」
(ハハ、ふられてやんの)

 出会いもしていない二人。それでもなんとなく、機神がエリの好みではないのが可笑しかった。

「きちゃだめだ。帰れ、エリ」
 通信はまた、エリを拒絶した。
「・・・どういうこと?」
 エリが混乱するのも当然だろう。正直、ZER0も混乱していた。
(音声は鮮明だな・・・少なくとも、カルスはここからそう遠くない場所にいるな)
 言葉数が少ないところは、最初の頃の通信とも共通している。エリを誘う通信は、不自然なほど流暢だった。
(こっちが本物のカルスか・・・)
 カルスをよく知らないZER0ではあるが、エリが愛する男なら、エリを気遣う事はあってもこんな危険地帯に誘う方がおかしい。そう判断出来る。
「エリ、急ごう」
 混乱し、また気持ちのバランスを崩しかけているエリをせかす。深く考える時間を与え不安にさせるよりは、せかし考える時間を無くした方が良い。
「・・・はい」
 エリがZER0の思惑を知ったかは判らないが、少なくとも、早くカルスに会いたい気持ちは変わらないだろう。エリはZER0の後を追い急いだ。

 扉の先では、カルスが待っていた。
 二人とも出会ったことのないカルス。どのような容姿を持つ者かは知らなかった。
 しかし目の前のカルスは、予測すら出来ぬ姿を二人にさらしていた。
「・・・エリ・・・よかった、無事で」
 声は紛れもなく、カルス本人の物だった。その声だけが、目の前の「物」をカルス本人だと認める材料。
「これが、カルス・・・? カルスが・・・機械・・・!」
 エリは大型コンピュータに向かい、語りかけた。そして語りかけられたコンピュータは、その声に答えるように身体に埋め込まれているランプをいくつも点滅させた。
「エリ・・・オンラインでの君とのおしゃべりは本当に楽しかった。こんな姿、見られたくはなかったけど・・・いつまでもウソをついているのはイヤだったし・・・なにより・・・君に会いたかった・・・会って話がしたかった・・・パイオニア2がラグオルに着いたら・・・会ってすべてを明かそうと思った」
 機械が生み出す音声は、熱い想いを語っている。その「心」は、間違いなくカルス本人だった。それは彼の語る熱意でZER0にも伝わった。
「そんなときだ。あの大事故が起きたのは。詳しいことはワタシにも判らない。ただ確かなことは・・・そのときから、何者かにハッキングを受け始めたのだ。見えないものに身体を浸食されていく・・・自分が自分でなくなっていく・・・そんな感覚だ・・・」
 心が震えている。正確無比な機械が、音声を震わせている。それは確かに、カルスに心があり、その心が恐怖している証。
「解る・・・自分でないモノが、何か有機体の肉体を欲していること・・・パイオニア1のメカを改造し、意のままに操り、パイオニア2からの調査隊を手に掛けていること・・・エリには・・・来て欲しくなかった。もしかしたら自分でない自分がエリを殺してしまうかもしれない。でも、自分でない自分がエリを呼んでしまうのだ」
 二人のカルス。その謎が本人の口から解明さた。しかしそんな事実は今の二人の耳には届いていないかもしれない。ZER0は「あの大事故」の裏側をほんの少し垣間見られたことに少なからず興奮と動揺を覚え、エリは愛する人が機械だった衝撃と、その人が今なお苦しんでいる姿に心を痛めていたから。
「でも・・・よかった、エリが無事で・・・最後に、エリに会えて・・・」
 泣いていた。
 涙も流さない。何か変わったところも見ては取れない。それでもカルスは泣いていた。それが二人にはよく判った。理屈ではない。心で。
「最後・・・? 最後ってどういうことよ、カルス?」
 カルスの言葉が信じられない。折角会えたのに最後とは? 衝撃的な出会い同様、エリはまた大きな衝撃で彼の言葉を受け、そして尋ねた。
「ワタシはハッキングに懸命に抵抗した。しかし・・・ネットワークも断絶し、オートリカバーも、もう限界だ・・・最終的には、システムをダウンするしかないという結論に達した・・・もうすぐシステムは落ちる・・・ワタシは「いなくなる」のだ・・・」
 これがカルスの、最後の言葉となった。
 別れの言葉はなかった。
 彼にその余裕がなかったのか? それとも・・・。
「待って! 待ってよ、カルス!」
 カルスの想いはどうかは判らないが、少なくともエリには未練があった。
 衝撃が強すぎ、混乱も収まってはいない。
「どうしよう。どうすればいいの? あなたがいなくなるなんて、そんな・・・」
 それでも、エリはハッキリと、心に一つの想いを抱いていた。
 このままお別れなんて絶対にイヤっ!
「そうだ。なんとかバックアップを取っておければ・・・!」
 エリに出来ること。それは自分の得意分野。
 BEEから接続コードを引っ張り出し、素早くカルスに繋ぐ。そして手早く端末を操作し、データをBEEに転送する。
「カルス・・・」
 悲痛な想いが、言葉に込められていた。
 バックアップを取ったところで、どうにか出来るかは判らない。そもそも携帯端末であるBEEには、カルスの全てを残しておけるほどのデータ領域があるとは思えない。
 それでも、エリは自分が出来ることをやる。それしかできないから。
 そして、終わった。
 カルスは大型コンピュータから「いなくなり」、BEEには「何かの」データがバックアップされた。
「カルス・・・」
 ほんの数分の出来事だった。しかしそれは、エリにとって、そしてカルスにとって、とてもとても長い時間のようにも感じられた。
 結果、どうなったのか。その答えは誰にもわからない。
 ZER0に出来ることは、放心したエリが心を取りもどすまで、見守ることだけだった。

「お前にしては珍しいな」
 一人、カウンターで酒をあおるハンターに、アンドロイドが声をかけた。
 依頼終了の報告だけを入れ、部屋に戻らないハンター。そんな彼を心配した同居人から連絡を受けたアンドロイドは、長いつき合いから彼に何かがあったことを悟り、そして彼の行動パターンをたぐる。
 そして行き着いた店に、やはり彼はいた。
「・・・俺の隣に女がいないことがか?」
「それはいつものことだろう」

 普段の軽口が戻ってきたことで内心少しはホッとしたが、それでも気落ちしている様子はありありとわかる。アンドロイドはハンターの隣に座り、話を続けた。
「こっちの依頼は滞りなく完了した」
 バーテンダーがアンドロイドの前にも、ハンターと同じ酒の入ったグラスを置く。アンドロイドは酒を飲まないが、演出の小道具としてアンドロイドはいつも酒を注文する。
「なぁ・・・」
 グラスを両手で握りしめ、琥珀色の海に漂う、随分と小さくなった流氷を見つめ続けながら、一仕事終えたハンターは同僚に語りかけた。
「お前らの「心」ってのは・・・バックアップとかコピーとか出来る物なんか?」
 唐突な質問。何故そのようなことを尋ねるのかは判らないが、アンドロイドは彼なりの言葉で、その質問に答える。
「理論上は可能だ。ただの「データ」だからな。しかし・・・」
 飲むことのないグラスを握り、アンドロイドは続けた。
「完全に同じ物をコピーすることは、何故か出来ないらしい。本人にも技術者にも理解出来ない、不可思議な波形のような・・・そんなデータがあるらしい。それが理解されない限りは無理なようだな。製造する時にはそんなデータはないはずだが・・・おかしな話だ」
 しばしの沈黙。
 その静寂を破ったのは、またアンドロイドだった。
「だが・・・バックアップは時折成功するらしい。いくつかある事例で共通しているのは、「バックアップの対象が完全消滅する直後」だそうだ。要するに、同一の「心」が同時期に二つ存在する瞬間がないというのが成功例の共通部分らしい」
「・・・そうか・・・」

 手にしたグラスの中身を一気に開け、タンと軽くテーブルを鳴らした。
「バックアップは可能か・・・」
 結局、エリはマニアであっても専門家ではない。移したデータをどうすればよいのか、彼女にも判らない。成否すら判断出来ない。
 アンドロイドが語ったこの話は・・・彼女に希望の光を与えることが出来るだろう。
 しかし・・・迷った。
 中途半端な希望は、後に深い絶望を生み出すきっかけになるやもしれない。もしそうなったら・・・それが怖い。
「・・・・・・「ゼロは何もない無の事じゃない。進むことしか知らないスタート地点だ」・・・それが登録名の由来だったな」
 元相棒の昔話を、本人を前に語る。
「何があったかはしらんが、お前は自分の考えを人に押しつける図々しい奴じゃなかったか? それとも、人には押しつけても自分は遠慮か? まぁそれも図々しいお前らしいがな」
「・・・・・・ぬかせ」

 アンドロイドの憎まれ口を、ハンターは軽くいなしながら、席を立つ。
「たまにはおごれ・・・ちょっといってくら」
「やはり図々しいな、お前は」

 愚痴りながら、少しだけ自分を取りもどしたハンターを見送った。
 進むしかない。例え先が絶望でも、立ち止まっていてもどうせ絶望するだけなら、まだ進む方が良い。今より状況が悪くなるなんて考えるな。「ゼロ」から後ろはないんだから。
 エリは受け入れるだろうか? それは判らないが・・・少なくとも、自分の名に恥じぬ事を、自分に出来る事を、今はするだけだ。進むだけだ。
 決意を胸に、ZER0は店を後にした。
「まったく・・・よもや俺があいつに言われた言葉を、そっくり返すとはな・・・」
 カラカラと、小道具を片手で回しながら氷の音を愉しむ。ハンターになった時,ダークサーティーンに入隊した時。その時の元相棒の言葉と共に、機神は過去のデータを洗い出しながら。

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