novel

No.26 閉ざされた扉

「十中八九間違いないわ。これ、デ・ロル・レのことね」
 洞窟の奥で待ちかまえていたムカデのような巨大生物。後にデ・ロル・レと名付けられたアルタード・ビーストの形状を苦い戦闘経験と共に思い出しながら、彼女は断言した。
 オスト博士の研究データ・・・モーム博士に依頼され、ZER0が持ち帰った、パイオニア1の天才学者オスト博士が研究していた生体細胞実験の観察記録。このデータについて、ハンターズと博士達がギルド内の会議室で文殊の知恵を絞り出していた。三人寄れば出るとされている文殊の知恵、今はその四倍は人が集まっている。
「ふむ・・・私も君たちの報告書とリコのメッセージを見てそう思ったよ」
 ハンターチームのリーダーが示した答えに、博士団のリーダーが同意した。
「β772・・・相手を化け物に代えちまう、化け物の親玉か・・・そういう場面を俺らは見てねぇけど、リコのメッセージからすると確かにな」
 データにはこうあった。
 オスト博士はパイオニア1にて、ラグオルで捕獲したワーム系亜生命体から細胞を採取。その細胞にβ772と名付け、被検体として実験に取りかかっていた。
 β772は他の生命を取り込む融合特性と、自らの細胞を相手に移す移植特性の二つを持ち合わせ、「あるきっかけ」を境目に、自己増殖特性も身に付け急成長をとげ、後に逃走した・・・とある。
「移植特性によってβ772の細胞を移された生命体は、一律して攻撃的になり、全ての能力において飛躍的な成長を遂げるともある。現在森や洞窟で徘徊している、エネミーとなった動植物はこのβ772によって変化させられたとすれば・・・少なくともエネミーの謎は解決するのだがな」
 モーム博士はそう言いながら、これまで積み重なってきた謎の一部、それもかなり大きな一部が解明するという明るい話を提供している。が、しかし彼の表情は暗い。
「しかしそう断言しきれない部分もあるのです」
 と、モーム博士達とは別の、フリーの研究員であるアリシアは、曇りの晴れぬモームの、その根本を説明しはじめた。
「移植特性から考えて、変化させられた物は洞窟の生命体のようにアルタード属性へと変化すると考えられます。しかし森の動物達はネイティブ属性のまま狂暴化しています。またリコのメッセージによれば、成長したβ772から細胞移植させられた原生生物は変形したとあります。これについても、森の動物達は変化した形跡がありません」
「つまり、少なくとも森の連中についてはβ772って奴の仕業だと断定出来ない部分が多い・・・って事ね」

 親友が説明を引き継ぎ、それに女性研究員はうなずいた。
「たしかに細胞は後天的に変化した形跡がありますが、β772と思われる細胞は見あたりません。かといってβ772に何らかの影響を受けたかも知れないという可能性も否定は出来ないのですが・・・」
 オスト博士のデータによると、β772は微生物ですら自らの影響下に置くことがあるらしい。となれば、様々な連鎖により森のエネミー達が影響を受けた可能性もあり得るのだ。アリシアはその可能性のことを語っている。
「要するに・・・いまだに判らず仕舞いって事かよ・・・だぁちくしょう!」
 手にした資料を紙吹雪のように上空へ投げ、ZER0は座っていた椅子の背に勢いよくもたれかかった。
「しかしこのデータは貴重だな。どうもパイオニア1の研究は、こいつが主だった可能性が高い」
 データの隅々まで記録し、解析を続けていたBAZZがスピーカーを開く。
「天才とまで言われた博士が真っ先に研究へ取りかかっていることが、記録データの日付から推測出来る。日付は今から五年前だが、パイオニア1がラグオルに到着し、ドームと研究施設を建設、後にワーム系亜生命体の捕獲まで二年はかかるだろう。そう計算すればつじつまが合う」
 パイオニア1が母星から旅立ったのは今から七年前。たしかにBAZZの計算によれば、この研究を最優先にしていた様子がわかる。
「そしてこの研究、ドーム爆破直前まで続けられていたことも、やはり登録された日付から判明している。つまりβ772の逃走は爆破事故の数日前ということになるな」
 研究データはβ772の逃走とその危険性を示唆して終わっている。その日付が爆破事故の数日前。
「ちょっとまて。つーことは何か? このβ772って化け物が、あの爆破事故の原因だって?」
 背もたれから跳ね起き、ZER0が疑問をBAZZに浴びせた。
「否定はせんが、その可能性は低いな。ただこのデータに爆発事故の原因かもしれん記述があるのは確かだ」
 そう言いながら、会議室に取り付けてあるスクリーンにデータの一部を投影する。
「ここの記述だ」
 BAZZが指し示した一文には、「突然β772が大きく成長を開始。そのきっかけは、昨日の地下の振動と見られる。新たな特性として自己増殖特性が発覚。細胞が爆発的に増殖している」と記載されていた。
「専門的なことはわからんが、自己増殖特性を起こさせたきっかけとなった地下振動・・・勘でしかないが、どうもこの振動とやらが爆破原因のような気がしてな・・・」
 緻密なデータと高い計算力で答えを導き出すことを得意とするアンドロイドは、「勘」という最もデータ照合とはかけ離れた算出方法で原因の一端に「アタリ」を付けた。
「専門家でも振動と自己増殖特性の関係は計りかねるが・・・振動の大本がβ772にも爆破事故にも関係しているような気がするよ。むろん私も「勘」だがね」
 博士という実験と研究で答えを導き出す専門家ですら、勘で答えを導き出そうとしていた。ハンターにせよ研究員にせよ、「勘」で答えを導き出すことは非常に大切な場合がある。特に行き詰まり進展がないときなどは特に。
「なんにしても・・・データが足りないわね」
 議長が今回の会議を締めくくり、次の行動へと移ろうとしていた。
「再調査してもう一度データの収集を計るわよ。とりあえず坑道のコンピュータまで全員出動ね」
 各員に指示を出しながら立ち上がる。他のハンターもそれにならい、立ち上がり出動準備に取りかかった。
「あぁ待ってくれES君。出来れば私も同行したいのだがね?」
 ハンター達の行動を制し、博士団のリーダーがとんでもない提案をしてきた。
「本気?」
 そうESが聞き返すのも無理はない。ラグオルはハンター達ですらかなり危険な星となっている。しかも坑道は森や洞窟とは比べ物にならないほどに危険だ。そんな所へ一般人を、それも肉体派とはかなりかけ離れた頭脳派の博士を連れて行くなど正気の沙汰ではない。
「むろん本気だ。元々は私の依頼から発した事。それにβ772関連のデータは私が直接行かなければ判別つかんだろ」
 確かに、ESはもとよりコンピュータに慣れたBAZZも専門家ではない以上、どのデータがどういった内容なのか判別出来ないだろう。しかもデータの量は膨大で、全てを持ち帰ってから検証するには多すぎる。博士の申し出はもっともなことなのだが、かといって危険に身をさらすのが得策とは思えない。
「・・・ZER0、護衛よろしく」
「俺かよ! ったく、面倒は全部部外者に押しつけやがって・・・」

 どちらにせよ全員で出動する以上、全員でモーム博士を護衛することになるのだが、その「責任」をなすりつけることで、起こるかもしれない面倒を回避しようとするESの癖は、気に入らない依頼を回避し続けているESならではと言えるかもしれない。

 面倒は確かにあった。
 モーム博士が、この目でβ772と思われるデ・ロル・レを見てみたいと言い出したのだ。
「いくらなんでも俺一人でデ・ロル・レの所まで連れて行って、あまつさえ倒せってのは無理だぜ」
 ZER0の主張は最もだ。一度戦い行動パターンを把握しているとはいえ、五人でも苦戦した相手を一人で倒せるとはとても思えない。しかも博士一人をかばいながら、だ。
「私の事は心配せんでいい。このスーツはフォトン属性を含めたいっさいの生命反応を遮断することが出来る。要するに「死んだふり」が出来る特殊な物でな」
 一昔前にあった宇宙服のような、フルヘルメットのハンタースーツを身につけたモーム博士は、得意げに研究施設が開発したスーツを自慢した。
「・・・とりあえずハンターズ全員でコンピュータまで移動。後にリューカーでパイプを形成し、博士達にコンピュータまで移動していただきましょう。そしてZER0さんを除く全員が解析に取りかかり、ZER0さんはコンピュータデータから得られるであろう「β772の逃走経路」の検証を元に追跡。場合によりメンバーの招集・・・というのはいかがでしょうか?」
 Mの提案はほぼそのまま採用となった。違う点は一つ。ZER0にDOMINOが加わったことだ。元々Mもその形が理想だとは考えたが、DOMINOはZER0を嫌っている節があり、ZER0と二人っきりの作戦になることを嫌うだろう事を見越しての提案だった。しかしDOMINOが自らZER0に同行することを申し出たのだ。
「私もコンピュータは苦手な部類ですから。でしたらZER0さんに同行した方が腕の振るいようもありますし」
 私情を挟むほど、DOMINOは未熟ではないと言うことか? それもあるのだが、理由は別の所にあるらしい。
「少し試したいこともあってね。隊長の前だと出来ないから・・・」
 それが理由だと、ZER0に耳打ちで伝えた。その様子を、他のメンバーは「何らかの心情の変化」と受け止め見守っていた。この「何らか」という部分に関して、他のメンバーは各々が別々に思い当たる事柄があったのだが、当の本人達二人だけは、その変化に全く気が付いていない。
「あいつ、意識しない方が軟派師の本領発揮するのよね・・・」
 思い当たる事柄の一つ、ESは複雑な表情・・・どちらかといえば面白くないといった感情を表情に投影しながら、ぽつりと呟いた。

「β772は坑道の排水ダクトを経路して逃走したとあったな・・・この構造図によると、ポンプか何かで排水を押し上げ、地下水道へと流していたらしい。おそらく「あそこ」の事だろうが、一応排水ダクトを辿ってみてくれ」
 坑道のコンピュータにたどり着いた一行は、まずβ772の逃走経路を調べ上げ、それをZER0に伝えた。
「了解。じゃ行ってくるぜ。何かあったら連絡くれ」
「刀と銃にかけて、お二人に武運を。お気をつけて」

 黒魔術師に見送られ、ヒューマーとレイマールは追跡を開始した。そして見送りの姿が見えなくなりすぐ、DOMINOが口を開いた。
「それでさ・・・訊きたいことがあるんだけど・・・」
 これが彼女の、同行する最も大きな理由だろう。普段からZER0を快く思っていないDOMINOは、自らZER0を尋ね質問をすることなどあり得ない。こういう機会でもなければ。
「ん?・・・なんだよ突然」
 それはZER0も判っている。だからこそ唐突なDOMINOの問いかけに戸惑った。
「隊長達のこと・・・」
「あぁ・・・なるほどそういうことか。BAZZの前で出来ねぇっての、そういうことか」
「いえ、それはそれで別に・・・」

 自分のことではないのが判ったためか、妙な緊張が解けたZER0。だがDOMINOはZER0の解けた緊張分、余計に緊張を増したように、さらに身を固め、ついに歩みを止めてしまった。
「なんだよ。本人達に聞けねぇから俺なんだろ? だったら緊張しねぇで話してみろよ」
「うん・・・」

 余裕の出たZER0とは違い、DOMINOはどうにも歯切れが悪い。それほど訊き難いことなのだろうか? それとも・・・。
「・・・襲うぞ」
「はい?」
「あぁ、緊張してるのは俺に惚れてるからなんだろうなぁ・・・だったら今襲ってもなぁんの問題ないだろう・・・って勘違いした事にして襲うぞ」
「だっ、誰が惚れるかあんたなんかにっ!!」

 興奮と、ほんの少しの恥じらいが、DOMINOの顔を真っ赤に染め、抗議という罵声を大声で張り上げさせた。
「ははっ、いつもの調子でたじゃん。で、話って?」
「あっ・・・」

 はめられた。ZER0にしてやられた事をこの時確信したが、緊張が取れたのも事実。また違った感情で顔を真っ赤にしながら、しかしいつもの調子で調査の再開と共に話をはじめた。
「隊長が軍を辞めた理由です。ZER0さんはご存じですか?」
「知らないこともないが・・・」

 今度はZER0が歯切れ悪くなる番だった。
「いえ、話しにくいことだったら別に・・・」
 つられて、DOMINOもまた先ほどの状態に逆戻りしそうになる。それはZER0にとってあまり好ましいことではなかった。
「それは軍人として、ハンターに転職したBAZZの真意がわからないから訊きたいのか?」
「え!?」

 ZER0にはDOMINOがレオからの密偵であり、軍人であることは秘密にしていた。だがZER0はその事を尋ねてきた。これを驚かずにはいられないだろう。
「・・・知っていたんですか? 私がWORKS所属の軍人だということを」
「たった今ね。そうか、やっぱりWORKS所属か。レオ絡みだってのは間違いないと思ったけど・・・」

 またしてもはめられた。そして簡単な誘導尋問に引っかかるほど動揺した自分を恥じた。その苦渋をそのまま表情として表れていた。
「そう渋い顔するなって。BAZZが連れてきたって所で薄々そうじゃねぇかなぁって思ってたんだよ。あいつは俺の軍人嫌いを知ってるからな。最初は隠そうとするだろう。もっともあいつ自身、すぐばれると思ってたろうけど」
 なにもDOMINOの失態だけが理由ではないと、失意の女性軍人をなだめる。
「BAZZとは長いんだよ。あいつが軍を辞めてハンターになってからダークサーティーンに入るまで、俺らはずっとコンビを組んでたんだ」
 またしても驚かされた。てっきりZER0がESを追いかけている内にBAZZと知り合ったと思っていたからだ。DOMINOの反応はZER0にとって予想通りだったのか、少し間を開けてから話を続けた。
「あいつが軍を辞めた理由・・・詳しくは聞いてないが、あいつは所属していたWORKS内でアンドロイド小隊の隊長を務めていたんだが・・・その小隊が母星での作戦中に全滅。BAZZを残して皆スクラップになっちまったらしい」
 そこまではDOMINOも知っている。軍の中で伝説となっているだけ、そこまではZER0よりも詳しいくらいに。
「その全滅の理由・・・あいつはそれを自分のせいだと言っていた。しかしどうやら、サコンって奴に裏で色々とやられていたらしい」
「サコン少佐がですか?!」

 驚きの連続。それしかDOMINOに残された反応はもはや無いのかというほどに。
「そいつがどんな奴かは・・・どうやらお前の方が詳しそうだな。なんでもそいつは隊の一人になんらかしらの「細工」をしたらしく、それが原因で暴走、そして全滅・・・BAZZはそれを見抜けなかった自分の責任だと、軍を辞めたらしい。実際にはそのサコンって奴に隠蔽工作までされたことと、アンドロイドを道具としてしか見ていない軍に嫌気が差したってのが真意だと・・・これは俺の、長年つき合った「元相棒」としての「勘」だけどな」
 またしても、自分の知らない軍の腐敗を聞かされ・・・落胆した。
 軍人としての誇り。それを支えに、彼女は嫌悪していたハンターズの中でも健気に己の勤めを果たしてきた。しかしそこで知る事実は、軍という腐った土壌と、ハンターズという暖かい家。
 何を信じればいいのか? 揺らぐ気持ちを確かな物にしたい。だからBAZZがハンターになった理由が知りたかった。例え揺らぎが収まったところが・・・ハンターズだったとしても・・・不確かな気持ちを静めたかった。だからこそ、ZER0の話は非常に興味深かったはず。だがやはりショックは隠しきれず・・・まだ揺らいでいた。
「・・・でもよ、あいつ俺が軍の悪口言うと「軍はお前が言うほど腐ってはいない」っていいやがって、絶対軍を悪くいわねぇんだよな。俺は単純だから、大きな枠で白黒をつけたがるけど、あいつは理論立てて、何処が白で何処が黒で・・・あ、いや、「灰色」って色を白黒の「濃度」別に判断してるって感じだな。とにかくあいつはサコンや軍の上層部に嫌気が差したことは間違いないんだろうけど、だからって軍を嫌ったわけじゃねぇんだろうな」
 DOMINOの落胆を悟ってか、それともDOMINOの真意を悟ってか。ZER0は彼なりの、BAZZの気持ちを代弁した。それがフォローになるかどうかは判らないが、自分が知る、そして信じる「真実」を伝えた。
「そうですか・・・」
 結局、まだ揺らいでいる。しかしこの揺らぎを無理に沈める必要はないのかもしれない。そう思えるようになっただけで、DOMINOは気が楽になることが出来、そして不確かながら前進出来たなと実感出来た。
「ところでZER0さんは・・・」
 そんな気の余裕からか、DOMINOは話題を変え座談を楽しもうとした。しかし思わぬ邪魔が入った。
「あら、ZER0じゃない。何? 再調査ってところ?」
 不意に、ESが・・・いや、ESに非常によく似た別人が声をかけてきた。髪型と色が全く違う事が、ESではない別人だと判断出来た唯一の材料。むしろその違いがなければ双子のようにそっくりな目の前の女性をESと見間違えただろう。
「よぉ、スゥ。まぁそんなところだ。お前も再調査か?」
「えぇ、そんなところ。色々大変ね、お互い」

 ハンター同士が気軽に声を掛け合うのは、極々普通のことだ。スゥと呼ばれた女性とZER0が親しげに会話するのは別段おかしいことではない。
 それにしては、親しすぎる。
 二人の雰囲気から、どうやら随分と親しい・・・少なくとも自分よりはZER0と長いつき合いがあるのだろう事をDOMINOは感じていた。
「それじゃ、デートの邪魔しちゃ悪いからこれで」
「あぁ。次はお前とデート出来るといいんだけどな」
「そういう事は、他に女性がいる前でしちゃダメよ? じゃあね」

 ひらひらと手を振りながら、しなやかに、踊るように、そして色っぽく、ハニュエールは離れていった。
「・・・で、俺がどうしたって?」
 しばらく別れた女性に見とれていたZER0が、振り向き話題の続きを話そうとした。
「何でもありません! 調査急ぎますよ!」
 何に腹を立てたのか、自分にもよく判っていない。むしろ大声を出した自分に驚いている。
「これだからハンターは・・・」
 口癖になったこの台詞も、ハンターというよりはZER0個人を指していることに、やはり気が付いていない様子だった。

「やっぱりまだ無理か・・・」
 BAZZの前では試せない事。それを実戦で実行し終え、DOMINOはぽつりともらした。
「ヤスミノコフ2000Hか。それ、相当難しい銃なんだろ?」
「えぇ。フォトンを擬似的に実弾変化させてあるので、反動がものすごいんです」

 BAZZの前では試せない理由。それはこの銃がBAZZから譲り受けた物だから。この銃が使えるほどの腕前になれと、DOMINOに今の射撃スタイルを薦めた後に渡された銃。だからこそDOMINOはこの銃を使いこなそうと必死に練習してきたのだが、さすがにBAZZの前ではまだ披露出来ない。おそらく「実戦で確信の持てない武器を使うな」と一喝される事が判っているから。だからこうして、BAZZのいない内に実戦での成果を試したかったのだ。
「片手だから余計にぶれるんですよね。かといって両手にしてはスタイルを変えた意味が無くなりますし」
 ちょっとしたジレンマ。しかしそれが明暗を分けているのは確か。
「手首から腕にかけて、鍛えるしかないかな。あまり腕太くなりたくないけど・・・」
 レンジャーである前に、やはりDOMINOも一人の女性。少しはスタイルというものを気にしているようだ。
「技術でカバー出来ないのか? とりあえず今使っているハンドガンのランクを上げて、少しずつ技術を上げていくってのは?」
「うーん・・・」

 ZER0の言うことはもっともだ。それはDOMINOも判っているのだが、問題が一つある。
「今使っているハンドガンがレイガンなんですよ。これ以上のハンドガンはヴァリスタかブレイバスになってしまうので・・・」
「あぁ、「レア」か・・・まぁヴァリスタならまだ手にはいるだろうけど、値が張るからなぁ・・・」

 レアと呼ばれる武具は、手に入れにくい物ばかりだ。その理由は様々だが、数が少ないのは確か。店のショーウインドウに並ぶ事もあるが、その値はとても高額で、普通のハンターが手の出せる物ではない。
「またBAZZにおねだりしてみれば?・・・って、お前の性格じゃそれも無理か」
 現在DOMINOが使用している武器は全て、BAZZから買い与えられた物ばかりだ。それだけに、これ以上の、しかもレアをねだるなど出来るはずもない。
「とりあえず、その事は後にするか・・・ついちまったぜ」
 目の前には、坑道より上へと繋がるテレポーターがあった。
「・・・・・・あぁ、ES。やっぱ「あそこ」にたどり着いたぜ・・・あぁ、とりあえず全員こっちに来てくれ・・・うん、とりあえずこっちに集まってから。OK、了解」
 BEEを使い連絡を取ったZER0は、通信を切り、パイオニア2経由でやってくるES達の為にパイプを造り出す。
「さてと・・・β772の正体、突き止めますか」

 デ・ロル・レは一匹ではなかった。
 ES達の死闘後も、デ・ロル・レの目撃報告が・・・ハンターの死亡報告と共に・・・相次いだため、それは発覚した。
 実のところ、洞窟の入り口,ドーム近くの空洞で出会ったドラゴンも、一匹ではなかった。もちろんこれも、発見と死亡報告と共に発覚した事実。
 ドラゴンが一匹ではない事は、驚きはあっても不思議ではなかった。なぜならば、ドラゴンという種があるとすれば、不自然ではないからだ。属性がネイティブだっただけに、この可能性は極めて高い。
 だが、デ・ロル・レの場合はどうだろうか?
 もしβ772がデ・ロル・レと同一の生物だとすれば、ここに矛盾が生じる。
 逃走したβ772は一匹。つまり、デ・ロル・レも一匹でなければおかしいのだ。
「可能性として考えられるのは二つ」
 モーム博士は、博士らしく、自説をハンターズに披露する。
「一つは、デ・ロル・レは倒されても死んでいない可能性。実際、君たちも含め、デ・ロル・レは最終的に水中に倒れ込み、その死体を確認していないからな」
 この場合、やはりデ・ロル・レは一匹だけという結論になる。そのかわり、このデ・ロル・レには驚異的な生命力があるという事実も付随される。
「もう一つは、デ・ロル・レが増殖した可能性。β772のデータには、自己増殖特性があるとされている。ならば微生物に見られる自己分裂による増殖もあり得ると考えられる」
 先の自己再生説も自己増殖特性による仮説。つまりこの自己増殖という特性が、デ・ロル・レ=β772の最大の特徴であり・・・。
「やっかいな特徴よね、どっちにしても」
 そしてやっかいな事がもう一つ。
「M・・・今回は辞退しても良いわよ?」
「いえ、大丈夫です・・・慣れましたから」

 デ・ロル・レは巨大なムカデのような容姿を持っているが、空や水を泳ぐ姿はのたうち回るミミズのよう。その姿が、ミミズを極端に嫌うMに精神的なダメージを与え、以前の戦闘ではパニックを起こしてしまったのだ。
「あれはムカデです。ミミズじゃないんです・・・大丈夫です」
 自分に言い聞かせながら、呼吸を整え、常に冷静であろうと努力する。
「作戦は以前と同じ。あいつが筏に上陸するまではレンジャーの二人を主力として、上陸後は私とZER0を主力として攻撃。Mはテクニックのサポートを。ただし今回はモーム博士という「生きた死体」がいるから、あいつの触手攻撃が誤って博士に刺さらないよう、触手から逃げる際は博士に近づかないように。博士も懸命に「死んだふり」お願いね」
「苦労かけるが、よろしく頼む」

 スーツに仕込まれた生命反応遮断装置をONにする。レーダーの反応が消えるわけではないが、多くの捕食生物は視覚に頼らず生命反応を感知して捉えようとする。デ・ロル・レがそのタイプの生物ならば、この「死んだふり」はかなり効果的と言える。
「もし襲われるようなら・・・全力で逃げてね。見たいって言い出したのは自分なんだから、それくらい自分で責任取ってよね」
「・・・努力しよう」

 自分の理論では大丈夫だと確信を持っているが、いざ現場に出向くとその理論は恐怖で打ち崩される。いかに博士という職業は机上の理論だけで結論を出しているのか、思い知らされる。
「だからこそこの目で見たいなどと思い立ったのだがな・・・それもまた、机上でしか事を考えない甘さか」
 自分よりも年下の・・・アンドロイドのBAZZは除くが・・・ハンター達に、現実の厳しさを教えられるとは。知識とは経験も含め、なんと奥深いものか。
「それじゃ行くよ」
 リーダーが号令をかけ、皆武器を手にテレポーターへと足を踏み入れる。

 予想通り、地下水道にはβ772と思われる巨大なワーム系生物が住み着いていた。
 だが、それはデ・ロル・レでは無かった。
「進化したのか?!」
 確かに、姿はデ・ロル・レのそれに似ている。いや、ほぼ同じと言って良い。だが、頭に当たる部分にあった頭蓋骨を思わせる模様がなく、変わりに一つ目を思わせる大きな赤い模様があった。くちばしも上下に開くものではなく、左右に開く、より昆虫に近い形に。一見では判別出来ない違い。緊迫した状況下では尚更。だがBAZZはハッキリと、目の前のムカデがデ・ロル・レでないことを確信した。
「あいつはデ・ロル・レじゃない! 気を付けてかかれ!!」
 BAZZに指摘され、全員が違いに気が付いた。一瞬の事だが、違うと言うことが判明するしないでは大きな差が生まれる。気構えの差は、そのまま結果に出る。それが生死を分けるハンターの世界。
「It’sClobberin’Time!(めった打ちにしてやるぜ!)」
 ファイナルインパクトを手に、以前の緊迫を思い出しつつ、新たな敵に挑む。
「・・・DEBAND! SHIFTA!
 そう簡単に恐怖は克服出来るものではない。やはりMは嫌悪するミミズのイメージを完全に振り払う事は出来なかった。それがサポートをほんの少し遅らせた。少しの違いが後々に大きな違いとなり、場合には命取りとなる。しかしその遅れを仲間がサポートする。
JELLEN!」
ZALURE!」
 仲間達が、Mに変わって敵を弱体化させる。Mより効果は落ちるものの、Mが立ち直るまでの代行としては十分。
「特徴はデ・ロル・レと変わらん。徹底的にぶち込め!」
「Roger!」

 Boooooom!!
 ファイナルインパクトとランチャーの銃弾がまき散らされ、筏の横を泳ぐムカデの脇腹にいくつも着弾する。
 だが、ムカデも黙ってはいない。
 お返しとばかりに、ムカデも体液を銃弾に見立て、あたりにまき散らした。
「ちっ! 数が多い!」
 この攻撃はデ・ロル・レも行った物。予測は出来た。だが、弾の数が尋常でないほどに多い。
 ESとZER0はそれでもかわし切るだろう。寝そべっている博士も問題ない。だがMとDOMINOは技術不足。そしてBAZZは体積の大きさが邪魔をしてかわし切れそうにない。
「ならば!」
 BAZZはMとDOMINOの前に出て、二人の盾となった。
「隊長!」
「この程度造作もない。それより自分の役割を全うしろ!」
「らっ、Roger!」

 手間以前にダメージの問題があるだろうが、BAZZはこれを手間だと言い切った。そこには機神としてのプライドと威厳があった。
「よし、乗ってきやがった!」
 筏に上半身・・・何処までが半身か、ムカデのようなこのエネミーでは判りかねるが・・・身を乗せ、触手による攻撃へと切り替えてきた。
 そしてその触手の矛先は、BAZZ。
 先ほどの様子を見ていたのだろうか? ムカデはBAZZを一番の強敵と判断したようだ。
 Ka−Chunk!
 だが、BAZZはあえてその場を動かず、触手を盾で回避する。
 デ・ロル・レよりも素早く、そして攻撃と攻撃の合間が短くなったため、さすがに無傷ではすまない。
 しかし自分が動き回るように避ける事で、博士や他の仲間に危害が及ぶ可能性があるならば、甘んじて攻撃を受けよう。それがBAZZの狙いだった。
 Ka−Chunk!
 触手は直撃こそしないが、BAZZの体に大きな衝撃を与えているのは確か。しかしそれでも、BAZZは微動だにしない。
 機神の名は、伊達ではない。
 Ker−Splassh!!
 程なくして、ESとZER0の直接攻撃が功を奏したのか、ムカデは苦しみもがき、水の中へと身を投げる。
 だが、これで終わりではない。
 RumbleRumble
「来たよ!」
 程なくして、地響きのような音と共に、ムカデは宙を舞うように、そして文字通り宙を飛び迫ってきた。
 ZzamZzam
 身体を天井にこすりつけ、落石を起こす。と同時に、地下水道に設置されていた電気系統をショートさせ、証明を落とした。
「奴に主砲は撃たせん! DOMINO、俺の後ろに立ち銃を構えろ! 奴が口を開くと同時に一斉射撃だ!」
「Roger!」

 BAZZの作戦を理解し、DOMINOが定位置に付く。ESとZER0もハンドガンを構え、そしてMはすぐに回復出来るようテクニックの準備を整える。
 Splassh!
 予想通り、ムカデは筏の正面で鎌首を上げ、口を開きビームのような攻撃を仕掛けようとした。
「撃て!」
 ヤスミノコフ9000Mとレイガン、そして二丁のハンドガンの銃弾が口の中へと吸い込まれるように撃ち込まれていく。
 THONNNNK!!
 Ker−Splassh!!
 口からビームが放たれる事はなく、変わりに絶叫が木霊した。大きな水しぶきと共に。
「ふぅ・・・終わったな」
「ご苦労さまでした。今回は大活躍でしたわね」

 死神が機神の肩に手をやり、にっこりと微笑んだ。
「それにしても・・・これはどういう事?」
 死んだふりから起きあがった博士に、リーダーが代表して尋ねた。
「細胞を持ち帰って調べんと何ともいえんが・・・どうやら私の説が二つとも的中した可能性が強いな」
「つまり・・・進化しつつ、仲間も増やしてるって事?」

 認めたくはない推測を、博士は黙ってうなずく事で肯定した。
「とんでもない化け物を生み出してくれたわね・・・」
 死んだかどうか判らない、デ・ロル・レから進化したムカデを憎々しげに見つめるように、後方を睨みつけた。
「・・・どうだろう。この研究、もう一人の天才の手にゆだねてみては?」
 モーム博士の申し出にハンター達は戸惑った。尋ねられても、自分達には判断出来る材料が無いからだ。
「あぁ、すまん。パイオニア1にオスト博士がいたように、パイオニア2にはモンタギュー博士という天才がおってな。正直、この研究は私の手には余る。そこでモンタギュー博士に研究を引き継いで貰えれば・・・と思ったのだがな」
 ハンター達が何の事を言っていたのかわかっていなかった事を理解し、具体的に提案内容を説明した。
「そのモンタギュー博士って・・・信用出来る?」
 専門的な事は判らない。だが、だからこそ、ESにとってはこれが一番重要だった。
「・・・なんともいえんな。性格的には「変わり者」として懸念すらされているからな。しかしその頭脳は当代一として尊敬されとるのは確かだ。とりあえず一度面会の機会を設けよう」
 会って損はないだろう。とりあえずはモーム博士の提案を受け入れ、早々にパイオニア2へと引き上げる事にした。むろん進化したムカデの残した「肉片」の採取を忘れずに。
「ところでDOMINO。ハンドガンはまだレイガンだったか?」
 帰り際、BAZZは部下の武器について尋ねてきた。
「はい。今はレイガンを使用しています」
 手にしていた銃を上官にみせ、報告する。
「ふむ・・・そろそろヴァリスタでもいけるだろう。確か俺のコレクションに命中修正の良い奴があったな。他の銃も代え時だろう。後で俺の部屋に来い」
「あっ・・・ありがとうございます!」

 隊長からの思わぬ好意に、DOMINOは飛び上がらんばかりに喜んでいた。
「ほぉ、部下をそういう手で部屋に呼ぶか・・・なるほどねぇ」
「黙れ軟派師」

 DOMINOの前でちゃらけて見せたZER0。そんなZER0に、元相棒は小声で礼を述べた。
「すまんな、気を使わせて。確かにDOMINOが自分から言い出す事はありえんし、俺もそういう事にはどうも疎くてな」
「いいってことよ。つーか女への気遣いは軟派師として基本だ」

 その気遣いが軟派師としてのものでは無いことを、元相棒はよく知っていた。

26話あとがきへ 26話あとがきへ
目次へ 目次へ
トップページへ トップページへ