novel

No.25 オスト博士の研究

「はじめてお目にかける、ZER0君。私が総督府生物遺伝子研究所で研究員をしているモームだ」
 ハンターズギルドでZER0を待ち受けていたのは、白衣を着た三人の男。そのうちの一人が自己紹介と共に手を差し伸べてきた。
「ZER0だ。話はアリシアから聞いてるよ」
 差し出された手を取り握手を交わす。そして後ろに控えていた残り二人の博士とも自己紹介を受けながら握手を交わす。
「アリシア君の事は残念だが、君たちのような有志が付いているならば安心だ。彼女の研究も着々と進んでいるそうだしな」
 モームをZER0達に紹介したアリシアは、元々モームのいる研究所で助手を務めていた。しかしラグオルの原生生物の研究に対する研究所の対応に反発し、独立した経緯がある。しかしアリシアは今でも研究所の博士数人といまだ交流があり、モームもそのうちの一人なのだ。
「施設が大きい事は設備も研究資金も豊富で良いのだがな、いかんせん融通が利かなくて困る。ドクターDのような愚かな思想を抱く者も少なくないしな・・・・・・おっと、君に所内の愚痴を吐いても仕方ないな。すまんすまん」
 苦笑いを浮かべていたZER0の顔を見るや、初対面の相手に詰まらぬ身の上話をしていた事に気が付いたか、慌てて謝罪と共に話題を変えた。
 元々ZER0は博士といった職業に偏見の感情で好感を持っていない。がしかし目の前にいるモームの、どことなく人間くさい彼の慌てぶりに、どことなく好感を抱いた。要するにZER0は、偏見持ちだが人間好きなのだ。
「さて、ZER0君。ここに来てもらったのは他でもない」
 前置きから話をはじめるというのは、気持ちを切り替えるという意味において重要だ。二人は既に博士とハンターという己が職に準じた顔つきになっている。
「君たちがもたらした調査報告書は全て拝見させて貰っているよ。特に坑道に関してだが、坑道に出現する謎の機械群・・・しかも君たちの資料によると無人だということじゃないか。私たちはあそこでパイオニア1の科学者たちが研究を行なっていたと考えている」
 地下に広がる設備の数々。確かに研究以外の目的で使われていたとはとても考えにくいほど、専門的な設備まで揃っていた。実物を見ずとも、資料で推測する事も容易なほどに。
「そしてあの爆発事故のあと、なんらかの理由で施設が誤作動しているのではないか、とね」
 そう考えるのが普通だろう。だがZER0は・・・いや、これはESもBAZZも同意している事だが、ただの誤動作では片づけられない「何か」を感じていた。しかしこの場でそれを言っても始まらない。ZER0はだまって博士の話を聞き続けた。
「そこでだ。君にはオスト博士という方の研究データを探してもらいたい。私たちの考えが正しければ、そこには必ず彼の研究についてのデータがあるはずだ」
「オスト博士?」

 そこで、という接続詞とは裏腹に、突然話が変わった事に戸惑い、オウム返しのように聞き慣れない名前を尋ねた。もっとも博士達にしてみれば自分達の中で話は繋がっているのだろうが、どうにも人という生き物には自分の中の常識を他人にも求めてしまう癖があるようだ。
「オスト博士はフォトン工学に加え、遺伝子工学の権威でもある。いわゆる天才ってやつだな。当代だとパイオニア2のモンタギュー博士と並んで双璧をなす優秀な科学者だねぇ。パイオニア1には総督府の顧問研究者として参加していたはずだ」
 モームに代わり、別の博士が説明を加えた。ここでもモンタギュー博士という聞き慣れない名前が出てきたが、そこには触れないでおいた。この博士にしてみても、やはり親切心から自分の中の常識で有名な博士の名前を用いて分かり易く説明したつもりなのだろう。
「もし端末が見つかれば、このディスクを使うといい」
 そう言いながら、モームは一枚のディスクをZER0に差し出した。
「これは?」
「解析ディスクだ。そのディスクを使えば、ロックを外して研究データを取り出すことができるだろう」

 機械の操作はどちらかといえば不慣れなZER0だが、ハンターとして基本的な操作は一通りできる。解析ディスクがあれば、問題なくデータを取り出せるだろう。
「要するに、そのオスト博士とやらの研究データを持ち帰れば良いんだな? OK、引き受けた。ただ・・・」
「判っておるよ。持ち帰った研究データとその解析結果は、君たちにも譲渡する事を約束しよう。君たちには、洞窟に徘徊するアルタード・ビーストのデータを手回しして貰った恩義もあるしの」

 元々モーム博士とは、アリシアから彼に洞窟の変異生物のデータをゆだねて良いかと頼まれた事から始まっている。直接会うのははじめてだったが、データのやりとりはアリシアを通じて頻繁に行われていたのだ。
「よろしく頼む。それと質問なんだが・・・そのオスト博士って奴のデータは、総督府や母星政府には無いのか?」
 あったとしても、それを公表するとは思えないが・・・念のために尋ねてみた。
「なんとなんと! オスト博士に関するデータがパイオニア2では抹消されている! あんなに優秀な科学者がラグオルで何をしていたのか。謎は深まるばかりなり」
 また別の博士が興奮気味に返答した。母星政府はともかく、総督府はデータを所有していないらしい。ならば彼らが欲しがるのも納得がいく。
「そうか・・・OK。それじゃ行って来るぜ」
 今回の依頼を引き受けるに当たり、ZER0は後ろ髪を引かれる思いもあった。というのも、実はこの依頼と平行して、掃討作戦をM達が、それもESやBAZZ抜きで決行している最中なのだ。彼女達を心配しつつも母星政府や軍との情報戦を有利にするためにもと一人でこの依頼を引き受ける事になったのだが・・・その判断が正しかった事をZER0は博士達の話で確信した。もっとも、この後彼はこの依頼を「一人で」受けた事に対する運命を感じる事となるのだが・・・。

 一度戦った相手、しかも攻撃パターンが全く同じ相手なら、ZER0程の実力者が後れを取る事はない。しかしだからといって楽勝というわけでもない。
「面倒くせぇな・・・」
 特にZER0を手こずらせたのは、カナディンだった。
 偵察機を改造したカナディンは、攻撃力という意味に置いては坑道のエネミー最弱だ。だがステルス機能を搭載しているためレーダーに写りにくく、しかも接近武器では届かない宙域を浮遊しているためにすぐさま攻撃出来ない。そして素早い動きはハンドガンの扱いになれていないZER0にとって照準を合わせるだけでも一苦労。気が付けば背後に回られ、電撃を食らわせられる。その攻撃自体はさして高いダメージを受けるものではないが、蓄積すれば大きな痛手となる。
「今までBAZZやMに頼りすぎてたな・・・」
 単独での作戦も今までこなしてはいたが、それは刀一本でも切り抜けられるほどに相手と彼に実力の差があったに他ならない。パターン化しているとはいえ、敵は様々な攻撃や行動をしてくるようになり、刀一本では事足りなくなっているのだ。
GIZONDE!・・・フルイドが切れる前に片づけねぇとやばいな」
 しかしそこは一流のハンター。備えに憂いはない。慣れていないとはいえ一通りの武器は使いこなし、一通りのテクニックも身につけている。
「ったく、面倒くせぇ」
 ようするに、ZER0はいちいち相手毎に戦法を変える手間が「面倒」なだけなのだ。
 そんな面倒くさがりの彼に、またちょっとした面倒が降りかかった。
「お前、運が悪いな・・・」
 通路の先で、見慣れぬハンターがパルチザンを構え立っていた。
 いや、ZER0は彼を、少なくとも一度は見かけている。しかしそれを思い出す事はなかった。
「ここらへんを通ったやつは、黙らせとけって言われてるんだよ」
 あの時も、こうして有無を言わさず襲いかかってきた。そして・・・。
 Zan!
 あっさりと、一刀のもとに返り討ちにしたのだ。
「ちッ・・・お前・・・あんまり深入りすると・・・死ぬぞ」
 気絶こそしなかったものの、男はもはや戦う意志を失っていた。三文台詞を吐き捨てながらいずこかへと消えていった。
「なんなんだ? ありゃ・・・」
 あまりにもあっけのない幕引きに、以前もあの男が記憶に残る事がなかったのだ。
 それがZER0にとって、ちょっとした、しかし重大な事に気づけなかったという落ち度へと繋がる。
 立ち塞がった男。彼とは、アナに扮したクロエを追いかけている最中に出会っている。
 それはつまり、彼がブラックペーパーの一員だということ。その彼がどうして行く手を阻んだのか? その疑問を得る事もなく、ZER0は先へと歩を進めた。

 偶然も、回を重ねれば偶然ではなくなるという。
 三度目の出会いが、まだ偶然の延長なのか、それとも必然へと変わっているのか、出会った二人にそれを判断する事は出来ない、いやすることを考えもしないだろう。
「あれは・・・あの時の?」
 部屋に入ったZER0が見たのは、一人コンピュータに向かい何かを操作しているハニュエール。引き締まりながらもけして筋肉質に見えない脚。少し大きめの尻と、ほんの少し露出し程良くくびれた腰。そしてやはり少しだけ背中の開いた上着。服装こそ標準のハンタースーツだが、プロポーションの一つ一つが、まるで裸よりもセクシーに映る。
 ZER0はこの背中越しの美女を二人知っている。一人はES。だが目の前でほんの少しお尻を突き出しながら少し屈み気味の姿勢でコンピュータに苦戦している美女は、ESと一部違うところがあった。
 それは髪。色も違うが、短く切りまとめられた髪は、うなじから首筋にかけての悩ましいラインをくっきりと際だたせ、ESとは違う色気を醸し出していた。
「やぁ・・・また会ったね」
 ずっと見とれていたい衝動と、軟派師ともあろう者がどう声をかけて良いかに戸惑い、すこし間抜けな台詞しか思いつかなかった。
「びっくりした!・・・おどかさないでよ」
 どんな台詞でも、不意に声をかけられれば驚くものだ。そういう意味では、間抜けな台詞はカモフラージュ出来たと言える。もちろんそんな意図などあったわけでもないが。
「あら、キミか。奇遇ね・・・って、ここまで来るとそんな気もしないけど。今日はぶつかってこないの?」
「勘弁してくれよ。アレだってわざとじゃねぇんだって」

 ZER0はこの美女と、町中でぶつかるというアクシデントで出会っている。それも二度。どちらの時も簡単な謝罪の言葉しか交わしていないのだが、なぜかこうして気軽に、まるで旧友のように親しげに話をしている。その事にZER0は別段驚きはなかった。おそらくはこの女性が容姿だけでなく雰囲気までESに似ているのが、自分の気をゆるませている原因だろうと考えたから。そして女性も・・・ESと性格まで似ているのなら・・・誰に対しても気さくに接する性格がこの親しげな態度に表れているのだろう。
「どころでキミは何しに?・・・って、ハンターなら分かり切った事か」
「そういう事。そういう君も・・・ハンターなら分かり切った事だな」

 こんなところへ観光に来るハンターは普通いない。何らかの目的がなければ来るべき場所ではないのだ。
 ハンターがこのような場所に来る理由。それは依頼か、エネミーの落とす「景品」の収集のどちらか。コンピュータをしきりに調べていたのならば、彼女の目的は自ずと前者である事は判る。
「そうだキミ、協力しない?」
「協力?」
「そうそう。協力」

 互いに何らかの依頼を受けているのは間違いないだろうが、その目的まで合致しているとは限らない。にも関わらず、まるでピクニックにでも誘うように、彼女は軽くZER0を誘った。
「協力ったって、何をだよ」
「共同戦線。もちろん坑道を調べる間だけよ」

 ZER0の質問は当然の疑問だろう。しかし彼女はそれをさも決まっているかのように、誘う時同様軽く答えた。
「ここで会ったのもなにかの縁だし。いい考えじゃない! 協力すればラクでしょ? それとも・・・女から誘われるのには慣れてない? 軟派師さん?」
 悪戯っぽく微笑む彼女の視線と口元に、男ならば思わず頬を赤く染めてしまうだろう。それは当然ZER0も例外ではない。
「まぁ・・・俺も一人じゃ面倒な事多いしな。前にぶつかった時の詫びもあるし」
 こんな美人と共にいられるのだ。断るどころかこちらから願い出てもおかしくはない申し出だ。しかしそこは男としての、軟派師としてのプライドがあるのか、素直に了解せずしかたなく・・・といった雰囲気をわざと作り、申し出を受け入れた。
「OK、決まり決まり!」
 言葉こそはしゃぐような喜び方をしているが、ZER0の思惑を全て見透かしているような、そんな悩ましい視線をZER0に送りながら微笑む。
(こりゃかなわねぇな・・・)
 天性の小悪魔。おそらくは意識して男を誘惑してはいないのだろうが・・・いやいや、どこか自分に小悪魔的才能を持っている事を自覚しながら、彼女は常に男を手玉に取っているのだろう。ニューマンの年齢は見た目では判らないが、おそらく「この手」の経験は軟派師以上に積んでいるようにも思える。それもまた彼女の魅力。カリスマと言い換えても良い。
(まぁ別に問題ないか)
 問題はないだろう。だがこうして二人が互いの「縁」を深めた事は、後々の「偶然」と「必然」を呼び起こす事になるのだが・・・今の二人にそれを知るよしも考える余地もない。

 出会ったのは三度目だが、共に戦うのははじめてである。
 一流のハンターならば、たとえはじめて組む相手でも、それなりのコンビネーションはやってのけるものだ。二人とも腕は確かであり、即席のコンビでも一通りの事はやってのけるだけの知識も経験も豊富だ。
 しかし、それはあくまで己の役割に準じることで機能するコンビネーションであり、互いの性格や戦略,癖や技量をふまえる事は出来ない。
 だが、二人のコンビネーションはそういった「領域」にまで踏み込んだ見事なコンビとなっている。
(似てるな・・・)
 それは偏に、ZER0が彼女に合わせ易いからに他ならない。
「ハッ!」
 右手の甲から延びる、深紅に染まった二本の爪が、気合いと共に人型ロボットを切り裂き、押し倒す。
ZONDE!」
 倒したロボットを深追いせず、サーチレーザーで自分に照準を合わせた偵察機に向け雷を落とす。ふらついて降下した偵察機を、待ちかまえていたZER0が刀で両断。その間に起きあがってきた人型に再度爪が襲いかかる。人型は再度倒れるだけでなく、今度は身をバラバラと当たりに飛び散らせた。
「やるねぇ、キミ。ここまで息ピッタリ合うなんて思ってもなかったよ。相性良いのかな? 私達」
「かもな・・・」

 相性が良いのではない。ZER0は彼女の戦い方が黒の爪牙・・・ESに似ていたから合わせ易かったのだ。
 ESは普段ダガー系の武器を好んで使う。それは爪牙の「牙」の事であり、ESは「爪」、つまりクロー系の武器も使う。ただしESがその武器を持ち出す事は滅多になく、どうしても左腕、盾を使うほどに相手の攻撃が激しい時のみ使う。故にZER0はクローを使うESと共に戦った経験は無いのだが、しかし武器が変わっても本人の戦い方・・・「癖」のようなものが変わる事はない。その「癖」が、ESと彼女と非常によく似ていたのだ。
「ところでそれ、アギトだよね? 珍しいの使ってるんだ」
 ZER0の持つ刀は、ハンターの間で一般的に使われているセイバーとは異なり、フォトンを使用していない実刀だ。今では実刀よりフォトン使用の武器の方が圧倒的に使いやすいため、ZER0の用に好んで使う者は珍しいのだ。
「まぁ贋作だけどな。そういう君も珍しい爪使ってるな。なんだそれ?」
 一方、クロー系の武器もまた使用者がそういない珍しい武器である。それはこの武器も非常に扱いにくい武器である事もあるのだが、あまりにもバリエーションがない武器である事が原因の一つとなっている。もちろん使い手がいないためにバリエーションが少なくなったとも言えるが、そこはまさに鶏と卵のどちらが先かと言った論争に近い物となってしまうだろう。
 一通りの武器を目にし、知識として知り得ているZER0も、真っ赤なクローははじめて見た。クロー系の武器は基本となるフォトンクローと、その発展系であるサイレンスクローの二種類くらいしかない。その二つは方や緑,方や青い色のフォトンであり、赤い色はしていないのだ。
「これ? ネイクローっていうの。かなり珍しい武器よ。なにせこの世に二つしかないほど貴重なんだから」
「へぇ、そいつはすごいな」

 感嘆の声を上げるZER0。この時、彼はまた貴重な情報を見逃す事になった。もっとも、彼はこのネイクローに関して何も知らないのだから仕方がない。
 二つあるネイクロー。その内のもう一つを持つ人物がESだと彼が知っていたら・・・運命という名の悪戯は、はたして幸運をもたらすのか? 不幸を招くのか?

「実はね・・・ちょっと心細かったのよ」
 そんな台詞を不意に、それも少し甘えるように言われれば、男ならば期待に満ちた勘違いをするだろう。ZER0もそういう下世話な男の一人だったが、勘違いをする前に期待を裏切られる台詞が続いた。
「仲間ともはぐれちゃってさ、なんだか人気もないし。こんなにも生命を感じないっていうのはやっぱりいい気がしないものね」
「そうだな・・・」

 坑道として、そして研究施設として作られたこの一帯は、全く生命を感じる事がなかった。エネミーが全て機械だということもあるが、床も天井も壁も、全てが鉄で覆われていたことも生命力を感じない原因となっていた。
 思えば、パイオニア2という鉄のゆりかごで生活している以上、床も天井も壁も鉄で覆われた部屋に常日頃いるのだから、こことあまり変わらないと言えばそうだろう。しかしパイオニア2には活気という名の生活感があり、それは生命を感じる心のゆとりになっていた。
「上の階にいたあの気持ちの悪い生きものでもまだいたほうがましだったかも」
 本来歓迎出来る事ではないが、ここまで命の息吹を感じ取れないと、望まない彼らでも歓迎してしまいそうになる気持ちはよく判る。ZER0はそういう感情に無頓着ではないが、それでも彼女ほどではない。少し寂しがり屋なのかも。美女の内面をほんの少しかいま見られたようで、ほんの少し嬉しかった。
「・・・・・・ねぇ。ところでさ」
「え? あ、うん。何?」

 そんな事を考えていたからか、それとも少しにやけた顔を見られたのが恥ずかしかったのか、問いかけに対して慌てふためくZER0。
「結局キミ、 どこへ向かってるの?」
 どう返答すればよいのか、ZER0は迷った。
 今回の依頼、守秘義務は言い渡されていない。しかし内容からして、あまり口外すべき事ではないのは確かだ。今協力関係にあるとはいえ、彼女の目的も知らない以上、不用意に話をすべきではない。だからといって「言えません」とバカ正直に言うのも格好が悪い。
 ではどう答えるべきか?
「ふうん・・・だんまりか。つれないのね」
 結局、悩み迷った時間が、そのまま返答になってしまった。しかしこれはこれで、一流のハンターとしての返答だろう。
「・・・すまねぇ」
 しかし「つれない」などと言われてしまっては、こちらに非があるようでいたたまれない。それが彼に謝罪の言葉を言わせた。
「くすっ。いいのよ」
 彼女も一流のハンターだ。ZER0の立場を理解しているだろう。判っていて質問したのだ。つまりはちょっとした悪戯。そんな悪戯っぽいところがまた男心をくすぐるのだから、本当に男という生き物はどうしようもない。
「・・・っと、ここだ」
 照れ隠しも含め、ZER0は目的の場所にたどり着いた事を告げた。
「すぐにすむから、ちょっと待っててくれ」
 そう言いながら、ZER0は部屋の奥にあるコンピュータへと近づき操作をはじめた。
『メインコンピュータ・・・アクセス不能。サブコンピュータ・・・アクセス。オスト・ハイル検索・・・ガイトウ アリ。コード?』
 不慣れとはいえ、基本的な操作くらいは手短にこなす。一通りの操作を行い、モーム博士から預かったディスクをコンピュータに差し込み、また操作を行う。
『識別完了。データヲ転送シマス・・・施設概要転送・・・被検体?772生造データ・・・遺跡発掘記録送信・・・被検体?772暴走記録送信・・・データ転送完了』
 意味はわからないが、これで無事オスト博士のデータ収集が完了した事は理解出来る。ディスクを取り出し、一息つく。
「なかなかあざやかな手並みよね・・・ほんと驚いたわ」
 後ろで待っていた女性が、ZER0の手並みを褒め称える。額面通りに言葉を捉えるのならばそうなるだろう。しかし彼女の言葉には、賞賛の気持ちが含まれているようには感じ取れない。
「キミもオスト博士のことを調べてたなんて・・・偶然ね。・・・そう。そうなの。わたしもオスト博士の調査でここまで降りてきているの」
 驚いたのは手並みではない。自分と同じ目的だった事なのだ。
 度重なり合う偶然。それは出会いばかりではなかった。
 さすがに二人とも、この偶然の連鎖に必然を感じ始めていた。
「キミ・・・さ・・・・・・いや、余計な詮索はやめとくわ」
 だから互いに、互いを詮索する事を思いとどまった。
 どこかで、互いを知りすぎる事への躊躇があった。
 しかしここまでの偶然が必然ならば、いつか知る時が来る。ならばその時までは・・・。
「とりあえず目的は同じなんだから、協力しましょ。今のところは」
「あぁ・・・」

 今のところは。
 いつかは・・・そんな時も来るかも知れない。しかしそこまで考える必要はない。
 今のところは、協力者なのだから。
「じゃあ、 あたしのほうもデータとらせてもらうわね」
 雰囲気を一転させるように、彼女は明るい調子でZER0に話しかけ、コンピュータに向かった。
「なぁ・・・」
「ん?」

 作業中のところを背中越しに語りかける。すこし遠慮がちに。
「名前、教えてくれよ」
 それくらいはいいだろ? 今だ先ほどまでの雰囲気を引きずっていたZER0は、ほんの少しためらいながら尋ねた。
「あぁ、そういえば教えてなかったね。優秀なハンターとしてはおいそれと名前は教えないものなんだけどなぁ・・・でもあなたなら良いわ」
 一方彼女の方は、すでに以前までの陰気など振り払ったかのように、以前のように明るく、そして悪戯っぽく、振り向きながら答えた。
「スゥよ。「これからも」よろしくね、軟派師ZER0さん」
 右手を差し出しながら、自分の名を協力者へと告げた。
「優秀なハンターとしてはおいそれと右手を差し出すもんじゃねぇと思うけどな」
 そう言いながらZER0も右手を差し出し、差し出された右手を堅く握り合った。
「さて・・・依頼は終わったけど・・・まだ他にも資料が残ってるかもしれないわね。それに、はぐれた仲間も探さないといけないし・・・一緒に行動するのもここまでね」
 依頼の終了。それは協力関係の解除をも意味していた。
 ただ、今の握手が、これからも協力関係にある。そんな約束のような気がしてならない。たとえどんな立場であっても。
 それはZER0の甘い考えでしかない。現実はもっと厳しい。それは本人も重々承知している。それでも、そう信じたい。それがZER0の人間好きな甘さであり魅力である。
「じゃあな、スゥ。色々楽しかったよ。今度はゆっくりデートでもしようぜ」
「軟派師においそれと着いていくほど、安くないわよ私」

 パイオニア2への帰路を作りながら、軽い会話を交わす。
「・・・そーいや、俺の名前ははじめから知ってたな?」
「悪名高き軟派師を知らない女性が、パイオニア2にいて?」

 それで納得出来てしまうのは、良き事か悪しき事か。ただ言えるのは、やはりこの事もZER0に本来持たせるべきであった疑問を得られる機会を失う事になっていた。
「・・・あの娘の近くにいるんだもの。知らないわけないでしょ?」
 光に包まれ帰っていった男に、彼が抱く事もなかった疑問へと返答していた。

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