ここのところ、MはずっとESの部屋にいた。
チーム全体が動かない限り、Mは連絡等のサポートのためにESの部屋に留まっているというのが理由の一つだが、最近ESがMを帰そうとしないのも理由の一つだ。
MはESにとって大切な仲間であり、親友であり、恋人だ。しかしお互いにプライベートがあり、特にESは「夜」に関してM以外ともつき合いが広いため、Mは夜になると自室に帰っていた。
しかしセントラルドームの爆破事件以来、日に日にMはESの部屋で夜を共に過ごす事が多くなり、今ではMの荷物も全てESの部屋に持ち込んでしまっている。つまり完全な同居状態なのだ。
二人の仲はメンバー以外にも良く知られていた。最もDOMINOやノルのように比較的つきあい始めて日の浅い者たちは、彼女達の「関係」を深くは知らない。しかしそれでも、ESとMが同居状態になったとしても、不思議には思わないだろう。同性同士だけに余計。
しかし当人であるMは、この事であれこれと悩むようになっていた。
ESがMを引き留める理由。本人は口にしないが・・・彼女は今、とても「寂しい」のだ。少なくとも、Mはそう解釈している。
一向に進まない探索。それに伴う謎。そしてブラックペーパーをはじめとした政府や軍への対応。それらがESに責任と不安という重しとなって襲いかかる。だが決して、ESはそれを辛いと口にしない。出来る限り一人で背負い込もうとする。それが余計に彼女に負担をかける事になり・・・不平不満を言わない代わりに、Mを求める事で解消しようとしている。人はそれを「寂しさ」とは言わないだろうか?
Mは思う。これはESの寂しさなのだと。
そしてESのもう一つの寂しさ。それはリコ。
リコはメッセージパックだけを残し、いまだ姿を見せない。その事が余計にESを不安にさせている。
Mはリコの事をよく知らない。
MがESと知り合ったのは、パイオニア1がラグオルへと飛び立った後。つまりリコがESの元を去った後の事だ。
リコの事はESから話をよく聞かされていた。それだけに他人のような気はしない。いや、それだけが他人のように感じない理由ではない。似ているのだ。ESの語るリコと、ESが。
全ての事に優れ、一人で何でもこなしてしまう有能さ。そして困った人を放っておけない優しさ。故に誰にも頼ろうとはせず、誰かを巻き込む事を恐れ、全てを自分で背負い込んでしまう、その性格が。
ただ、リコとESには決定的に違う所がある。
それは、寂しさ。
ESは寂しがり屋だ。もちろん本人はそれを否定するだろうが、Mにはよく判っていた。
リコに置いて行かれた寂しさを知っている彼女は・・・いや、それ以前から彼女はもっと深い寂しさを知っているように感じるが・・・寂しい人を放っておけない優しさを持っている。
ESから貰った鎌・・・ソウルイーターを譲り受けた時に、MはESの優しさに触れた。それ以来、Mはリコの代わりに、ESの側にずっと寄り添っていた。
Mの悩みはここにある。
自分はリコの代用なのだろうか?
リコのいない寂しさを紛らわすために、ESはMを求めているのか?
・・・それはないと、Mは思っている。もちろんESも否定するだろう。だが、無意識のうちにESがMを毎夜求めているように、ESが無意識のうちにMをリコとダブらせていないと否定は出来ない。
本来ならば、ESが抱えている苦悩をどうすれば解消してあげられるのか。そういった事で悩むべきはず。それなのに自分の嫉妬で悩むなんて。その嫌悪感がまた、Mを悩ませていた。
「M、お客さんだよ」
ESの呼びかけで、思考は中断された。つい先ほどまでESの事を思い、悩んでいたためか、呼びかけたESの目を見る事がではない。
「あ、はい。どちら様でしょう・・・」
そそくさと、ESの脇を通り過ぎ扉へと歩き出してしまった。
不自然すぎたかとMは後悔したが、ESはさして気にしていないように見える。
「あら、マァサさん。いらっしゃい。どうされましたか?」
Mを訪ねてきた、マァサと呼ばれた少女は、今にも泣き出しそうな・・・しかし凛とした気品ある態度を崩すことなく、Mを見上げ尋ねた。
「あの・・・ブラントを見かけませんでしたか?」
Mが単独でハンターの仕事を請け負うのは、ESとチームを組んでからこれまで一度もなかった。
「今回は私が残るから。その娘の為にがんばりな」
ESのこの一言で、Mは7年ぶりとなる単独調査兼護衛を勤める事となった。
Mはフォースだが、「死神」と呼ばれ恐れられるほどに、ソウルイーターの使い手として素晴らしい腕を持っている。
だが、この「死神」の二つ名が、彼女の単独行動を躊躇させていた。
死神の名の由来は、ソウルイーターの使い手である事から来ているのではない。「常に死がまとわりつく」という不名誉な由来がある。
彼女はフォースとしてのテクニックの腕はもちろん、戦闘力もかなりのもので、加えて明瞭な頭脳の持ち主である。そのことで、彼女は難解な依頼も一人で難無くこなす優秀なハンターだ。だが、何故か彼女が請け負う依頼は、依頼人の死亡,尋ね人の死亡,協力者の死亡,犯人の死亡と、必ず誰かの「死」をもって依頼が終わる事ばかりだった。その為に「死神」の二つ名が付き・・・優秀であるにもかかわらず、彼女はギルド内で爪弾きにされていった。
そんなMをESが放っておけなくなり、チームを組もうと誘ったのが、今やハンターの間で知らぬ者無しとまで言われる有能チーム「ダークサーティーン」誕生のきっかけだった。それ以来、Mは「死」に関わる事が極端に少なくなっていた。
「お願い。ブラントを探すのを手伝って!」
これが今回の依頼内容。
マァサはグレイブ家という名門の一人娘で、ブラントはその名家に仕える執事。誰にでも優しい彼は、マァサにとっては父親のような存在であり、また有能なレンジャーでもあった彼は、誰に対しても面倒見が良かった。Mもブラントに面倒を見て貰った一人で、「死神」の名で悩む彼女を慰めてくれた一人でもあった。その縁で、マァサとは姉妹のように仲が良かった。
そんなマァサが、ブラントが突然いなくなったとMの下に駆けつけてきた。失踪の理由はマァサにも心当たりが無いという。
「ブラントか。洞窟にいたぞ。あんなにがっちり装備に身を固めた姿は久しく見なかったな」
たまたま彼を見かけたヒューキャストの情報で、理由はともかくブラントが洞窟にいる事が判明した。そこまで突き詰めた事で、ブラントの探索はM個人の人捜しから、ハンターの仕事へと切り替わってしまった。
その為、Mは躊躇した。
このままハンターの仕事として依頼を引き受ければ、「死神」の名の下に、マァサかブラントが死んでしまうのではないか?
7年前までの悪夢が蘇る。
「死神の名に誇りを持ちなさい。私は7年前にそう伝えたはずよ?」
依頼をESと代わって貰おうと話を持ちかけた時に、ESはそれを拒否し、こうMに伝えた。
そして今、Mはマァサと共に洞窟にいる。
「心ある方がこれを見てくれたのなら、ぜひマァサ・グレイブ様にこの内容を伝えていただきたい」
探査途中で見つけたメッセージパックには、ブラントの声と姿が収録されていた。
ブラントがここに来ていたという証であり、探査方針に間違いがなかった事を告げているが、同時に危険地帯にいるという心配も生まれる。
「私はブラント。グレイブ家の執事を務める者だ。グレイブ家の旦那様と奥様は、それぞれ高名な生物学者と物理学者。政府付けの研究機関に詰められており、なかなか家に戻るヒマもなく・・・不肖ブラントが、一人娘マァサ様のお世話を仰せつかってきた」
メッセージはきちんとマァサに届けられるよう配慮し、身元を明かす事から始まっていた。どんなときにも冷静で沈着な性格、そして執事として主人達を思いやる優しい心遣いがメッセージにも現れていた。
「旦那様方の研究の内容は政府の重大機密らしく、私には詳しいことは判らないが・・・パイオニア1に乗船が決まった際、旦那様は私に こうおっしゃられた。「パイオニア1には我々だけが乗る。おまえとマァサはパイオニア2にも乗るな」と」
この一節は、マァサの心に響いたらしい。ぐっと、両手を握りしめ、唇を噛み何かを我慢している。パイオニア1が旅立つ前、つまりは7年前の出来事。どんな事情があったにせよ、幼いマァサにとっては、両親に捨てられたと思いこんでしまっても無理はない。
ふと、MはマァサにESを重ねてしまった。リコに捨てられたと感じたES。それは今のマァサと同じ心境だったのだろうか・・・。
「なんと冷たいことをおっしゃるのかと憤慨し、その時はあろうことか旦那様に
くってかかってしまったが・・・」
執事である前に、彼はマァサの優しい父親代わりとして、本当の父親に意見したのだ。執事にとってこれほど大胆な行為はない。それほど、ブラントはマァサを思いやっていたのだろう。
そのブラントの優しさは、マァサの心に届いているだろうか? 涙を必死にこらえる姿は、心が伝わった事を示しているとMは感じ取っていた。
「・・・怪物が追ってきたようだ。続き・・・また別の・・・」
メッセージは途中で終わってしまった。姿は映されていなかったが、どうやらエネミーが彼を襲おうとしていたようだ。それは彼の慌てた声でも良く伝わった。
「・・・やっぱりブラントはここに・・・」
ブラントを心配するマァサをなだめながら、Mは次のメッセージを探し始めた。
メッセージパックは次々と見つかった。
そのメッセージを聞く度に、ブラントの身を心配する心ばかりが募る。
しかしそればかりでは無かった。マァサにとっては両親の本当の真心が、Mにとっては驚愕の事実が語られていたからだ。
「そのとき、旦那様は何も言わず、自分の端末をちらりと見せてくださった」
二つ目のメッセージは、前置き無く始まっていた。
「詳しくは理解できなかったが、遺伝子操作の研究をされているようだった。旦那様は多くは語らなかったが・・・私は背中に寒いものが走るのを感じた。この「パイオニア計画」にはただの移民計画ではない、とんでもない秘密が隠されているのではないか!?」
「・・・遺伝子操作の研究?・・・ブラント・・・いったいなにを言っているの・・・?」
もちろん、マァサは両親が科学者である事を知っている。だが、どうやらその詳しい内容はブラントからも聞いていなかったようだ。突然語り出した両親の話に戸惑いながらも、しかしマァサはその真意を一生懸命に考え、そして悩んでいるようだ。
Mもまた、考え悩み始めていた。
ただの移民計画ではない。
うすうすは感じていたが、やはりパイオニア1は政府と軍の「何か」を託されて飛び立ったらしい。
謎は謎のままであり、そこはMの悩むところではある。だがその謎がどのような謎であるのか、その方向性だけは確実に見えてきた。
そして二人の悩みは、次のメッセージでまたブラントの身を案ずる気持ちへと切り替わった。
「マァサお嬢様はしかし、ご両親に一刻も早く会いたがった。だから 旦那様の忠告を無視し、我々はパイオニア2に乗ることにしたのだ。だが、常に不安は消えなかった。この先
一体何が待ち受けているのか。旦那様の研究とは一体何なのか」
親を思う気持ちに、何の罪もない。それは至極当然の感情。しかしその感情が、両親の本当の気持ちを裏切り、ブラントを追い込んでいた。それをブラントの口から聞く事となったマァサの心中は、Mには到底計り知れない。
「惑星ラグオルに着いたとき、私は矢も楯もたまらず、しまい込んだ武具を取り出した。パイオニア1に行き、旦那様に真相を聞きたい。そして、本当にここが危険ならば、なんとかマァサお嬢様だけはどんなことをしても守らなければ。私はマァサお嬢様に何も告げず、惑星ラグオルへの転送装置に忍び込んだ」
ただ黙って、ブラントの語る真実に耳を傾けていた。
気丈にも、マァサは泣き出すことなく耐えていた。その姿に、Mの方が泣き出しそうになるほど、強く心を打たれていた。
そして不安はまた募る。
そして、悲しみもまた、次のメッセージで募っていく事となった。
「しかし、惑星ラグオルに降りた私が見たものは、想像を超える惨状だった。完成なったというセントラルドームの無惨な姿。徘徊する謎の怪物たち。パイオニア1の人間など誰ひとり見かけない。旦那様や奥様はどうしてしまったのか。もし亡くなったとしたら、どんなにか
マァサお嬢様が悲しむだろう・・・」
マァサは名家の娘であるが、政府の者でもなく軍の者でもなく、ましてハンターの者でもない。一般人だ。故にセントラルドームが爆破した事は知っていても、ラグオルの無惨な現状を知らない。
知らないからこそ、両親の無事を信じられた。
洞窟をMと駆け抜けている間に見た、無数の怪物達。彼女はここがそういう特別な場所だと信じたかったが、それは地表にもあふれ出ている事を知らされ、絶望した。
ブラントは、よもやマァサがこのメッセージを聞く事となるとは思わなかっただろう。だからこそ、ハンターにとっては当たり前である事実を淡々と語っていた。そうでなければ、このような残酷な真実をどうして心優しいブラントがマァサに語って聞かせる事になると思えるか?
言葉が出ない。
それは激しいショックを受けたマァサももちろんだが、なんと声をかけて良いか悩むMとて同じだった。
ただ彼女は、放心状態となった彼女を、さらなる絶望へと導くしかできなかった。
そう。次の・・・最後のメッセージは、マァサにさらなる絶望を知らせていたのだ。
「久しい戦闘で私もかなり手傷を負った。もう これ以上、旦那様を探すことはできぬ。それどころか、お嬢様の元へも帰れぬかもしれん。ああ、もうダメだ。怪物に取り囲まれた。ヤツらが・・・迫ってくる」
疲労し狼狽し、誰の目から見ても、メッセージパックから映し出される姿と声は、ブラントが最後の時を迎えようとしているのが見て取れる。
「私も、もうだいぶ長いこと生きた。生涯に悔いはないが、お嬢様のことだけは心配だ。両親から隔たれ、いつも寂しい思いをされていたマァサお嬢様・・・これでまた私までもいなくなってしまったら・・・」
執事は最後まで、心優しい執事であった。
そして執事らしく、彼は主人の為に語り続けた。
「マァサお嬢様・・・別の船で行かれたので誤解されていたようですが・・・旦那様と奥様は、お嬢様のことをそれはそれは愛してらっしゃいました」
こらえていた涙が、四つの瞳からあふれ出る。
「お願いだ・・・このメッセージを見ている方・・・パイオニア2にいるマァサお嬢様のことを頼む・・・マァサお嬢様・・・強く生きてくだされ・・・ブラントはいつもそばにおりますよ・・・さようなら・・・」
「・・・ブラント・・・」
マァサは瞳から零れる悲しみを、押さえる術を失っていた。再生が終わり抱えられたメッセージパックは、その悲しみを受けながらキラキラと輝いていた。
また・・・。
Mはまた、死を招いたと自分を責めた。
やはり自分は死神だ。死を運ぶ悪魔なのだ。
いや、それは違う。悲しみで震える手で握りしめていた鎌が、そうMに語りかけた。そう感じた。
「マァサさん・・・ブラントさんは誇り高い方でしたわ。そしてあなたのご両親もまた、素晴らしい方達でした。最後まであなたのことを想っていた。そうでしょう?」
優しくマァサの肩に手をかけ、Mは語る。
「今度は、あなたがブラントさんの想いへ応える番だと私は思うの。生きて。気高く、強く」
「Mさん・・・」
優しく、何処までも優しく、Mはマァサを暖かく包み込んだ。
これ以上言葉で語らない。ただ包容する事で、その言葉の重みと暖かさを伝え続けた。
暖かい。人肌の温もりをマァサは感じ取っていた。
ハンタースーツの上からは、けして人肌の温もりを感じる事はない。それでもマァサはMの、Mはマァサの、温もりを感じている。それは人の心の温もりなのかも知れない。心で感じる温もりなのかも知れない。
「Mさん・・・ありがとう。わたしパイオニア2に戻ります・・・よろしくお願いします」
涙が枯れたわけではない。もしかしたら、また一人になった時に、彼女は泣き出してしまうかもしれない。
しかし、今はその時ではない。少なくとも、ブラントはそれを望まない。ならば強くならなければ。
彼女はしっかりと一人で立ち上がり、そして依頼の終了を告げた。
Mは黙ってうなずき、帰路を造り出していた。
死神は豊穣の神なのだと、ESは言っていた。
死神はけして死を望む悪魔ではない。実った稲穂を収穫するように、人生を全うした魂をくみ取り、その魂を残された人々に明日の糧として分け与える存在なのだと。
死に直面する事は悲しい事。だが、それを乗り越えられるように手助けをするのが、真に死を司る神、死神なのだと。
多くの人達の死を見届ける度に、悲しむ人々を暖かく見守り、導いてきたあなたは真の死神。その証に、誰も死に対して責めはしなかった。ただ客観的に見ていたものたちが騒ぎ立てたに過ぎない。
死を糧とし、次の世代に実りを与える。
死神の名に誇りを持ちなさい。
手にした鎌を見つめながら、MはESの言葉を思い出していた。
「マァサもこれから大変ね・・・まぁ資金面は心配ないでしょうけど」
ESの部屋、いや今は二人の部屋に戻ったMは、ESに報告をしているところだった。
「そうですね。心配はないと思います」
資金面ではなく、彼女はマァサの心を想い、そう答えた。
両親と執事をいっぺんに失った悲しみは、あまりにも大きい。その傷は簡単に癒される物ではないだろう。
だが、彼女はブラントの死から強さを学んだ。Mはそれを確信していた。
そして彼女は、この悲しみを糧に、強さだけでなく優しさも手に入れる事だろう。
マァサは大きな悲しみと大きな寂しさを知った。それは今も彼女の心を包み離れない。
しかし、悲しみや寂しさを知っている人は、人の悲しさや寂しさをより理解できる、心の優しさも手に入れられる。
Mはそれを知っていた。悲しみと寂しさを糧に優しさを手に入れた女性をよく知っているから。
「M・・・」
なにも言わず、ESは優しく、でも少し強引に、Mをベッドへと導いた。
それもまた、彼女の優しさ。
自分は、彼女がこれから対面するかも知れない「悲しさ」と「寂しさ」を見届けよう。それはリコの代理ではない、自分にしかできない事だから。
仲間として、親友として、恋人として。
そして、死神として。
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