novel

No.13 洞見せし者(前編)

 何事に置いても、最初の一歩を踏み出すのは勇気がいるものだ。
 その一歩の先には、未知との遭遇が待っているのだ。緊張して当然だろう。
 初めて会う人に声をかける。初めて訪れた店に入る。初めての仕事を任される。
 その先の展望を期待、あるいは予測できるものの、悪い結果になりやしないかと身構えるものだ。
 最悪の事態を想定することは、万全の体制を整えようとする「警戒心」を強くするために、良い緊張となるだろう。
 だが・・・踏み入れる先が、何の予測も立たない未開の地であった場合はどうだろう?
 しかも、自分達に襲いかかって来るであろう怪物達がいる、という事だけ予測できたとしたら?
 もはやそこには、「恐怖」しか残らないのかもしれない。
 それでも最初の一歩を踏み出さなければならない。この勇気に、誰も敬意を示さないとしても。
「すぅ・・・ふぅ・・・・・・」
 百戦錬磨。幾多もの「最初の一歩」を経験し、鍛えられてきたハンターですら、やはり今でも一歩を踏み出すのに緊張する。
 自分の中に沸き起こる恐怖を封印する呪文のように、大きく息を吸い、そして恐怖をも同時にとばかりに、大きく息を吐く
「・・・・・・準備はいいかい?」
 出来る限り、自分の中の恐怖を悟られないよう「最初の一歩」を共にする仲間に尋ねた。
「へへっ! やってやろうじゃねぇの!」
 ある者は、気合いと強がりで恐怖をねじ伏せる。
「このアライヴアクゥーにかけて、皆に武運を」
 ある者は、祈りと祝福で恐怖を沈める。
「センサー系統オールグリーン。いつでも行けるぞ」
 ある者は、準備と確信で恐怖を払いのける。
「よし、行くよ!」
 そして束ねる者は、皆の信頼を武器に、皆の信用を盾に、恐怖という戦場へ一歩踏み出した。

 空洞・・・いや、もはや洞窟と言うべきであろう。そこはとても天然とは思えぬほどの広さを保っていた。
 幅や奥行きに至っては、簡単な市場が開けるであろうほどの広さがあり、そして高さに至っては、翼竜が大きな翼を広げ優雅に飛び回れるれほど・・・。
「ちっ! あのドラゴンの子供か? こんなところで対空策を講じるとはな」
 以前の失敗を踏まえ、愛刀の他にハンドガンを用意していたZER0は、武器を持ち替え慣れない射撃を試みていた。
「ZER0、あのドラゴンは俺に任せておけ。お前は地上の連中を頼む」
「あいよ!」

 再び武器を持ち替え、二人に迫る異形の怪物達へと向かっていく。
 走り出すZER0の後方を飛び交う翼竜に照準を定め、フォトン弾を放つ。頭上をかすめ飛ぶ弾丸は、翼竜の悲鳴へと代わる。
「でりゃ!」
 化け物の右腕が、まさにBAZZの背中へと振り下ろされるよりも早く、錆び付いた刃が一閃。敵を両断した。
「フォローが遅い!」
「頭かすったぞおい!」

 背中合わせに文句を言い、互いの武器は次の敵へと向けられていた。
「せいやっ!」
 Shwak Shwakk!
 騒がしい二人とは対照的に、少し離れた場所で激戦を繰り広げていたESとMは、気迫で創られた「声」と「音」だけが響き渡っていた。
RABARTA!」
 Chinnnng!
 甲高い音と共に、Mの周囲が冷気に包まれる。その低温がまさに「刺すような寒さ」となり、周囲の敵を傷つけていった。中にはその冷気に当てられ凍り付く物もいる。
「はっ!」
 Shwak Shwakk!
 凍り付き足止めに成功した敵を無視し、ESは怯まずじりじりと迫りつつある敵を選び、双刃をたたき込む。
 GRRROARRRRR!!
 凍り付いていた怪物が息を吹き返す頃には、頭数は激減していた。
RAFOIE!」
 Ka−Blooie!!
 そして残った物は、凍り付くような冷気から解放されたとたんに、焼けるような爆音と爆風に巻き込まれた。
「ふぅ・・・そっちも片づいたようね」
 振り返ると、翼竜が断末魔の悲鳴を上げながらアクロバティックに無事着を失敗していた。
「全く何なんだよここは・・・地上もひどかったが、よもや地下までこんな連中がうようよしているとはなぁ」
 愚痴担当であるZER0が、皆を代表して不満を漏らす。
 だが、予測はしていた。
 この洞窟の手前、最初の巨大空洞には、伝説とされていたドラゴンが住み着いていた。故に、奥にも数多の怪物が生息しているであろう事を予測するのは非常に安易だった。
 ただ一点、彼らの予測よりは、それほど深刻な事態に至らなかった。4人を手こずらせたドラゴンがこの奥にも存在するのでは? という危惧は回避されたのだから。
「・・・・・・まいったな」
 先住民の亡骸を敬意は示さず、しかし丁重に調べていたBAZZが、珍しく弱気なことをスピーカーから漏らした。
「どうかした?」
 不測の事態が起きたのは間違いない。現場監督は調査員に質問を投げかけた。
「フォトン属性が地上の物とは違う・・・いや、これは予測すべきだったな・・・」
 口元に手を当てながら、不測の事態を検証し直し、答えを導き出す。
「順を追って説明する。まず、こいつらは地上の連中と違い、パイオニア1からのデータに適合する物はいっさい無い」
 つまりは、未知の生物と言うことになる・・・が
「しかし、この洞窟が一部、あからさまに人の手が加えられている所のがある以上、パイオニア1の連中はこの生物のことを知っていたと思われる」
 洞窟の奥にはオートドアが設置されているのが見て取れる。4人の常識に照らし合わせれば、あのようなオートドアが自然のものとは思えない。しかも地上にあった物と同じくセーフティロックがかかっているのか、場にいるエネミーを全滅させて初めてロックが解除されるといった構造まで同じだ。
「するってぇとつまり・・・パイオニア1の連中はこいつらのことを隠してたってことか?」
 質問係に、首を縦に振る。
「あくまで推測だが、これは軍や母星政府も承知していただろう。化け物がいることが明白となった以上、データの公開を渋ることはできんはず。データは後から入手できるだろう。しかし問題はそこではない」
 BAZZが本題へと切り出した。
「フォトン属性が地上のエネミーとは全く異質だ。地上のエネミーどもは「ネイティブ」属性だったが、こいつらは「アルタード」属性だ」
 フォトン科学は様々な物に活用されているため、ある種のエネルギー体として認知されている。しかし、元々フォトンは全ての物質に既存し存在している。まだフォトンの存在を知られていない時代なら、「オーラ」「霊気」といった言葉で表現されていた。それほど本来は身近な物なのである。
「ちょっと待ってください。それはつまり・・・彼らが科学的に生み出されたエネミーだと言うことですか?」
 属性は主に4つの区分に分かれている。自然な物に付随する「ネイティブ」,加工品や科学的産物に付随する「アルタード」,鉱物や機械類に付随する「マシーン」,そしてこのどれにも当てはまらない謎の属性「ダーク」がある。
「原生生物であった地上の動物達がネイティブ属性なのは当然だが、少なくともこいつらは「自然」ではないということだ・・・それが人の手による物かどうかは、今のところ判断しかねる」
 またしてもわき上がった謎。三人は各々この事態に当惑しながらも、必死に整理していた。
 そして思考を苦手とする一人は、BAZZの解説もそこそこに、あたりを探索していた。
「どうやら、リコも気が付いてたみてぇだな」
 探索の末に見つけた物。それはメッセージパックだった。
「すごい…! ラグオルの地下にこんな洞窟があったなんて…!」
 メッセージは、驚愕の、動揺ともとれる歓喜の声から始まった。
「見たことも聞いたこともない生物。この星でこれまで、存在を知られていない生物。原生生物の亜種というか、突然変異したもののようにも思える」
 BAZZの推理は当たっていた。少なくとも、リコのように政府と無関係だった者たちは、地下のアルタード・ビーストの存在を知らなかったようだ。
「政府が ラグオル生態系の情報を隠蔽していたってこと? だとしたらなぜ、そんなことを?」
 そしてやはり、この事実を政府が隠していたという推理までBAZZと一致した。
「突然変異ね・・・にわかには信じられない、と言いたいけれど、今までのことを考えるとなんとも言えないわね」
 これまでにも、幾多もの謎が、幾多もの常識を否定してきた。安易な推測が出来ないことは、骨身にしみてよくわかっていた。再び出会えたリコの虚像を前に、嬉しくはあるが・・・今は湧き上がった新たな謎だけが頭と心を駆けめぐっていた。
「どうするBOSS。アリシアから機材を借りて、データサンプルを採取し詳しく調査してもらうか?」
 謎を解明へと導くには、データ収集は欠かせない。あれこれと推測を立てるよりは、データという真実の方が遙かに有力なのだ。
「いえ、今はいいわ。政府が隠しているデータもあるだろうから、今は出来る限り深部を探査することを優先する。ただ、アリシアとレオには連絡を入れて、こちらのデータも転送しておいて」
「Roger」

 データファイルを整理し、BEEを通じてメールを出す。返信は後に届くだろうが、それを待っている暇はない。調査隊は「次の一歩」を踏み出していた。

 洞窟内は、異常な熱気に包まれていた。
 本来洞窟とは、日の光が届かないために薄暗く、そして薄寒いものだ。だかここは、おそらくパイオニア1のものたちが設置していたであろう照明が煌々と光を照らしていたため非常に明るい。しかしその照明だけが光の源ではなかった。
「あっづぃー!」
 もう一つの光源、そして熱気の大本。それは洞窟内をゆっくりと流れているマグマであった。
「おいおい、滝じゃねぇんだからよー・・・んな大量に流れてくるんじゃねぇよ・・・」
 ZER0の指摘通り、マグマがまるで滝のようにドロドロと流れ出ていた。しかもそのマグマは、地面のひび割れからもうっすらとわき出てさえいる。
「騒がしいわね・・・余計熱くなるでしょうが」
 あまりの暑さに、ESも声を荒げてしまう。
 マグマは鉱物が熱で焼けた固まりだ。その温度は厳密にははっきりしていない。なぜならば、あまりの高温のため、測定しようにも近づけず、測定器そのものが熱でやられてしまうからだ。憶測で言えば、800℃を越えていると言っても大げさではないだろう。
 そんなマグマが、脇を流れているのだ。立っているだけで気力も体力も奪われてしまいそうになる。
 しかし幸いなことに、ハンタースーツは極地での活動を視野に入れているため、ある程度の耐熱装備が施されている。アンドロイドに至っては、熱暴走を含めたトラブルから身を守るために、体内に冷却装置を施している。しかしそれでも・・・この暑さはたまったものではない。
「まるでサウナスーツを着たまま動き回ってるみたいね・・・ダイエットにはもってこいだけど」
 軽口を叩いてでもいないと、精神的に参ってしまう。それほどハンタースーツの耐熱装備がうまく機能していない。いや、機能しているからこそ、まだ動き回ることが出来ると言って良い。
「あまりここで運動はしたくないんだけどなぁ・・・」
 そうは言っていられなくなった。目の前からは、巨大なカマキリが近づいてきた。
「どうしてこんなところ平気でいられるのよ・・・あいつらは」
 自分も突然変異したい。そんなバカな考えが頭をよぎる。
 GYAAAAH!
 お構いなしに、カマキリはES達へと走り寄った。
「おっと!」
 遠くからの突進であったため、避けるのはそう難しくなかった。だが、ここでは1歩動くだけでかなりの体力を奪われる。ちょっとした動きですら重労働になりかねない。
「散開して側面から集中攻撃!」
 号令と共に全員が側面へと移動しようとした。だが、あまりの暑さに体力を奪われていたためか、Mが出遅れた。
「きゃっ!」
 カマキリはそれを見逃さなかった。口からまるで蜘蛛のように糸を吐きつけ、Mの足と地面を糸で絡め自由を奪う。そして巨大な鎌となっている右腕を大きく振り上げ、一気に振り下ろす。
 Ka−tink!
 甲高い音と共に、鎌はESのフォトン性の盾によって防がれた。フォトンのエフェクトという残像を少しちらつかせただけで、役目を終えた盾はすぐに姿を消した。
「大丈夫!」
 振り返ることなく、背中にいる恋人へと声をかける。
「ええ」
 からみついた糸をもぎ取り、すぐさま起きあがる。
 Mが体制を整えた時には、既に戦いは終わっていた。側面へと回り込んだBAZZとZER0の攻撃に耐えられなくなったカマキリは、一声大きく嘶くと共に崩れ落ちた。
「うわっ!」
 思わずZER0が飛び退いた。カマキリの死骸から大量の幼虫が散り散りになって逃げていったことに驚いたためだ。それはまさに「蜘蛛の子を散らす」光景そのものだ。
「姿こそカマキリのようですが、蜘蛛の一種かも知れませんね」
 自らの危機に鼓動を早めながらも、冷静に分析を始めた。まるで分析をすることで冷静さを取りもどそうとするかのように。
「ようするに、ここでは母星の常識は通用しないということだ」
 精密機械がはじき出した答えに、くすりと笑い同意した。

「待てZER0!」
 進軍を続ける一行の先頭を走っていたZER0は、BAZZの制止によってその足を止めた
「ん? なんだよ。体が重すぎて付いてこれねぇか?」
 軽いジョークを飛ばしたZER0に向かって、BAZZは銃口を向けた。
「お、おい。ジョーダンだってよ・・・」
 ZER0の言い訳を聞く耳持たず、BAZZは引き金を引いた。
 Thboom!
 弾丸はまたしてもZER0の頭上をかすめ、「何か」に着弾し爆破した。
 元々、ハンターが使う武器は仲間同士が傷つかないよう処置が施されており、ハンターが着ているスーツなどがフォトンの薄い膜を作り、武器のフォトンを無効のまま貫通させる。貫通した武器フォトンはその効力を失っておらず、威力そのままに目標へ打撃を与えられる。つまりは、仮にBAZZの銃弾がZER0の頭に当たったとしても、その弾はそのまま頭を通過し、ZER0は無傷のままになるはずである。わかってはいても、やはり銃口を向けられれば良い気持ちはしないだろう。
 BAZZとしては冗談に銃弾で答える事を、ZER0相手ならやりかねないが、真意は別にあった。それは爆破した「何か」の破片が物語っていた。
「感知型機雷だ。空中に設置した機雷が近づく者を感知し、真下に埋まった地雷を引き上げ爆破。俺の使うトラップの設置型と言った方がわかりやすいか」
 説明をしながら、通路の先にあった他の機雷を次々に打ち落としていく。
「だったら説明してから撃ちやがれ!」
「問題ないだろう。どうせお前に影響はない。俺としては、トラップに引っかかってからでも良かったんだがな」

 相変わらず騒がしい男性陣に対して、女性陣は冷静だった。
「先ほども重感知型のドアロックがありましたわね。しかも同時に踏まなければ作動しない厳重な物でしたし・・・」
「わかりやすいプレス型のトラップもあったね。天然の洞窟を利用した造りにはなってるけど、蓋を開ければ進入防止策がわんさか・・・ってわけね」

 洞窟としてかなり広いために、人の手を加える方が困難だったのだろう。空洞と空洞の間を人工的に掘り繋ぐ以外に、空間的な改装は施されていない。その代わりに、先ほどのトラップの他、ドアロックを解除するスイッチをわざと遠くに設置するといった初歩的な物から、二人のが言っていたような手の込んだ物までと、様々なセーフティーが侵入者四人を邪魔していた。
「つまり、この先にはそれだけ重要な物があるって事か・・・見てやろうじゃない、この目でね」
 厳重にするにはそれなりの理由がある。その「理由」がなんなのか。それを洞見しなければならない。謎を解くために。そして・・・リコと出会うために。

 目の前には、さらなる下層へと繋がっていると思われる転送装置があった。
 意を決して、新たな「最初の一歩」を踏み出そうとしたところだった。BAZZのBEEが着信を知らせたのは。
「DOMINOか。例の奴は手に入れてきたか?」
 DOMINOはBAZZに頼まれ、使いを任されていた。連絡があったということは、その使いが終了したことを意味する。
『はい。レオ隊長からヤスミノコフを各種受け取りました。それと連絡いただいたエネミーのデータですが、それもレオ隊長から受け取っております』
 報告に満足したBAZZは、彼女をこちらへ導くため、Mにリューカーでテレポーターを出すよう頼んだ。
「さすが、元WORKS隊長。仕事は早くて確かね」
「情報戦は奴の得意分野だ」

 DOMINOからの報告を聞いていたESが、レオの的確な仕事ぶりを褒め称えた。洞窟行きが急遽決まったこともあり、事前に情報を集めることは出来なかった。それをレオがフォローしてくれたのだが、この短時間でエネミーの情報をそろえることは、そう出来ることではない。なにせ軍や母星政府が隠していた情報だ。それを引き出すことが簡単なわけがない。
(だからこそ、味方だとしても油断はできんのだが・・・)
 レオとBAZZでは立場が違う。BAZZはチームのために死力を尽くしているが、レオはレオの「野望」の為に協力しているに過ぎない。加えてレオの性格を良く知っているだけに、BAZZはESほどレオを褒める気にはなれないでいた。
(あいつが俺たちをどの程度の「駒」と考えているのか・・・)
 どうであれ、今は旧友と共同戦線に立っているのだ。「今の」友の為にも、出来る限りの連携をしていかなければならないだろう。
「ただ今戻りました!」
 BAZZに向かって敬礼をするDOMINOを見て、緊迫した思考を中断せざるを得なかった。
「はっはっはっ、軍人じゃねぇんだから、敬礼はねぇだろ」
 レオという元軍人の元から帰還したから敬礼をした。彼女なりのジョークだと思いこんだZER0は彼女を高笑いで向かえた。唯一DOMINOが軍から派遣された人物であるということを知らないZER0の鈍感さに、皆が胸をなで下ろす。
「さて、メンバーもそろったところで・・・第2ラウンドを始めるわよ!」
 転送装置へ一歩、それぞれが踏み込んだ。

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