novel

No.11 グラン・スコール号

 ダークサーティーンは、元々ESがMと組むことで自然と生まれたチームである。後にBAZZが加わり、さらにDOMINOを一時入隊させた事で、現在のメンバーは4人となっている。
 だが、ダークサーティーンには様々な協力者が存在しており、彼らを加えると、その数は10を上回る。明確にダークサーティーンに加盟しているのは4人でも、ESを中心として動いているこのチームは、今や様々なプロフェッショナルの協力を得て、大きな組織へとなりつつある。
 そんな協力者の一人は、情報収集に長けていた。
 情報収集は元々Mが担当していたが、彼女はあくまでハンターが専業であり、情報脈もハンターがらみの物がほとんど。地道な「噂の収集」「関係筋への取材」といった事は苦手としていた。
 そんなMの苦手としていた物を生業としていた協力者は、ある「うさんくさい依頼」を聞きつけ、同じくダークサーティーンの協力者であるハンターに話を持ちかけていた。
「でね、ZER0。この依頼なんだけど・・・」
 ハンターギルドの依頼一覧をBEE端末へ表示させ、ジャーナリスト,ノルはハンターであるZER0に一つの依頼を指さした。
「ふむ・・・探索の依頼か・・・げ、内容厳守な上に、参加フリーじゃん。依頼達成独り占めしねぇと報酬もらえないからなぁこの手の依頼は・・・。俺こういうのはあまり好きじゃねぇんだけどなぁ・・・」
 基本的に、ハンターの依頼料は成功報酬という形で支払われ、依頼完了後にカウンターで受け取る形になっている。そのため、依頼の受理から終了までをギルドがきちんと管理しており、報酬も依頼主から依頼申し込みと同時に受け取っているのだ。
 しかし参加人数に関しては、依頼主が管理する事になっている。依頼の内容によっては、大人数で動いてもらった方が良い場合などもあるが、報酬の事を考えると、そうそう何人も雇えないのが普通だ。
 そこで依頼主がよく行う手段に「参加フリー」という物がある。簡単にいってしまえば、依頼人数を制限しない代わりに、成功報酬は依頼を達成した者にしか支払わない、という方法だ。この方法だと、多数のハンターが参加してくれる可能性もあるが、同時にZER0のように、依頼を達成できなかった場合の保証がないために嫌がる者も出てくるのだ。そこでこの手の依頼の場合、成功報酬が通常の依頼よりも多めにされていることが多いのだが。
「報酬なんてこの際いいの。それよりも、この依頼主と依頼内容よ」
 ノルが示した依頼主と依頼内容は、一見すると普通の依頼とさして変わらない物だった。
 依頼主は旅行代理店の関係者。依頼内容は、パイオニア2よりも早くラグオルへと飛び立った遊覧船が爆破事故の為に行方不明になった為、その探索をして欲しい。というもの。
「・・・これがどうかしたか?」
 ZER0の洞察力のなさに、はぁとわざとらしいくらいに大きな溜息をつきながら、やれやれと説明を始めた。
「よく考えなさいよ。いい? なんで一般の旅行代理店が、パイオニア2本船がラグオルに降下する前に、ラグオルへ降下できるのよ。それも爆破前に飛び立ったってことは、ラグオルとのファーストコンタクトよりも前に飛び立ったってことなのよ? どう考えたっておかしいじゃない」
 ノルに指摘されて、ZER0はやっと納得できたようだ。これもまたわざとらしく、握り拳を軽く反対の手のひらにポンと叩きつける仕草をしながら。
「言われてみりゃ確かに・・・」
「言われなくても気付いてよ。ハンターならさ」

 ジャーナリストとして、ノルは人よりも事の裏を感じ取る能力に長けてはいるものの、この程度の事はハンターなら感づいてもおかしくはないだろう。洞察力という点では、事の表しか見ないZER0は、ハンターにしてみればバカ正直すぎる。
「うっさいなぁ・・・で、この依頼をこなして取材しろってか? いっとくけど、こいつは記事にはならねぇぞ」
 ノルがZER0に話を持ちかける時は、大抵彼女の取材がらみの事が多い。実際二人が出会ったきっかけも、取材の為にラグオルに降り立ちたいという依頼があっての事だった。
「わかってるわよ。私だって、秘密厳守の依頼を記事になんかしないわよ。そんなことしたらHONで働けなくなっちゃうし、私はフリーでもモスキートなんてやらないの」
 フリージャーナリストにとっては、記事を買い取ってくれる情報発信会社の専属記者よりも大きな記事を書く必要がある。そのため、専属記者では出来ないようなスキャンダラスな記事を専門に扱うフリージャーナリスト・・・通称モスキート(蚊)と呼ばれる記者が大半だ。だが、ノルはそんなモスキートを嫌って、なおかつフリーでやっていこうとしているのだ。その為今では、情報を右から左に流すだけのような一般的なオンラインニュースよりも、常に最新情報を欲しているハンター達の専門オンラインニュース,ハンターズ・オンライン・ニュース、HONでの活動が主になってきている。もっとも、これはZER0と出会い、ESを紹介され、そこからHONに紹介してもらったからこそなのだが。
「このあまりにもうさんくさい依頼、裏があるのは間違いないわ。ESさん達ダークサーティーンが欲しがっている情報があるかも知れない・・・とは思わない?」
 ダークサーティーンはただのハンターチームだ。だが、今は総督直々に、しかし極秘裏に依頼を受けラグオルを調査している。そのため、あらゆる情報が不可欠なのだ。
 調べれば調べるほど深まる謎。今や調査対象はラグオルだけに止まらず、パイオニア1,軍,母星政府とあまりにも膨大になってしまっている。
 今はどんな情報でも欲しい。ラグオル探索を軍と母星政府によって足止めされた今は、情報収集が主な活動になっている。
「なるほど・・・OK。じゃ俺はこの依頼を受けてくるわ。で、この事はES達には伝えたのか?」
 ZER0はダークサーティーンのメンバーではない。あくまで協力者だ。この手の情報はまずES達へ先に伝えるのが筋だ。
「それがね、みんな別の依頼をこれから受ける所なんだって。Mさんも出動準備していたから、チームみんなで出向くみたいだったよ」
 ダークサーティーンがまだ3人だった時は、ZER0が補充メンバーとしてよくチームに参加していたが、今はDOMINOが加入した為にZER0の協力はさして必要なくなった。だが、今は少しでも多くの情報が欲しいところ。チームを離れて別の情報を収集する事も、立派な協力なのだ。
 もっともZER0にしてみれば、いやメンバーも含めて全員が思っている事だが、根っから協力という意識はなく、ただESの追っかけをやっていたにすぎなかったのだが。それだけに、自分がのけ者にされたような気分になり少し寂しく思えてしまうのだが。
「・・・なにしけた顔してるのよ。いいからとっとと行きなさいって!」
 あからさまにがっかりしたZER0の顔を見て、ノルは思わず怒鳴りつけてしまった。
 ZER0はノルが急に怒り出した理由がわからなかったが、依頼を受けに行くところだったのに変わりはない為、はいはいと言い残しながらさっさと退散していった。
「まったく・・・こんなかわいい娘の前で、他の女性の話題であんな顔するんじゃないわよ・・・ホントにもぉ・・・」
 事の裏を読むという能力は、無ければ無いで苦労する事も多いが、有れば有ったで苦労する事もあるようだ。

 ラグオルには、すでにZER0と同じ依頼を受けたハンター達が何人も降下していた。
「どいつもこいつも・・・暇人だなぁおい・・・」
 自分が依頼の裏を見通す事が出来なかった事を棚に上げ、おそらくは報酬よりも好奇心で依頼を受けた他のハンター達を小馬鹿にした。とはいえ、自分もその好奇心でここに来ているのだから人の事を言える立場ではないのだが。
「よぉ、暇人。お前も例の探索か?」
「・・・・・・お前には言われたくないな、ダッチ」
 ZER0には「情報の収集」という、探査以外の目的があるとはいえ、端から見れば好奇心だけ出来た暇人に映る。それがZER0には面白くないようだが。
「ところでZER0。情報交換でもしねぇか? どうにも今回のヤマ、依頼そのものがおおざっぱすぎてなぁ・・・手がかりがほとんどねぇ。なぁどうだ?」
 情報は探査以外の依頼でも、基本となる重要な事柄だ。情報無くして、依頼達成はあり得ないと言って良い。だが・・・
「おいおい。今降りてきたばかりの俺に、交換できるほどの情報があるわけねぇだろ? 第一・・・」
 今回の依頼は秘密厳守である。こういう依頼の場合、例え互いに同じ仕事をしていたとしても、情報交換は御法度だ。ZER0はそれを指摘しようとしたのだが
「なんだよ、使えねぇなぁ・・・」
 と、指摘する前にダッチから詰られた。
「お前なぁ・・・じゃあ、テメェは何か情報もってたのか? 交換ってからには当然あるんだろうなぁ?」
 それが交渉の大前提なのだが
「・・・・・・・・・それは言えねぇなぁ。貴重な情報を明かすわけにはいかねぇだろ」
「初めから情報なんか持って無かっただろ、お前」

 調子のいい交渉は、あっけなく決裂した。
「まぁいい。もうちょっと楽な仕事だと踏んだんだがなぁ・・・他当たるか」
 そう言いながら立ち去るレンジャーを見送り、ハンターは頭をかきながら渋い顔をしていた。
 困難な依頼だとは予想していたが、ダッチの様子から予想以上に困難な依頼である事が伺われた。
「わかっちゃいるが・・・地道に行くしかないか」
 小さな手がかりから、地道に捜査を進めていく。これは探索の基本だ。しかしそれを実行する事は、結構骨のいる作業だ。ダッチのように楽をしたがる気持ちもわからなくはない。
 頭をかいていた手を止め、渋くなった顔をさらに歪めながら、もう一度情報を頭の中で整理してみた。
 ZER0の手元にある小さな手がかりは、依頼者からのほんの僅かな情報。それしかない。
 つまり、整理のしようがないのだ。
「旅行代理店の遊覧船か・・・まぁそれが旅客機だったかは別として、手がかりは小型船って事だけか・・・」
 森には、あちこちに・・・というほどたくさんあるわけではないのだが、小型船の残骸が無惨な姿をさらして数隻転がっている。これらの残骸のほとんどは、パイオニア1に搭乗していた物だろうが、そんな中に混じって、今回の遊覧船があるのかも知れない。むろん、それを見分ける手だてはない。
「1つ1つ調べていくしかないか・・・めんどくせぇなぁ・・・」
 しかし、他に手がかりがあるわけでもない。他のハンターが既に調査済みであろうが、それを確かめる術もあるわけではない。
「・・・奥の方から見ていくか」
 勘。
 ある意味一番不確定な物を頼りに、あまり他のハンターが立ち寄りそうにない場所を思い出しながら探査を開始した。
 この勘が・・・いや、運と言うべきなのだろうか? ZER0の数奇な人生をさらに彩る人物との対面へと導くこととなる。

 まだ誰も手を付けていないとふんだ場所には、先客・・・見慣れぬショットを背に抱えたレイマーがいた。
 ちょうど周囲の調査を終えたところだったのだろうか?
「よぉ兄弟。あんたも探索か・・・お互い大変だな」
 初対面であるはずの男に気安く声をかけられたものの、ハンター同士は割と気さくに挨拶をしあう者が多いためか、さして気にもとめずに挨拶を返す。
「そんなところだ。ちょっと取りかかるのが遅れてな、誰も来てなさそうな場所を選んだつもりだったが・・・どうやら当てが外れたな」
 森の中とはいえ、人工的に区切られた小さなスペース同士を扉や道で繋いでいるために、それなりに「通り道」的なルートが存在している。だがやはりここは森であり、無理な伐採によるスペースを作ってはおらず、極力自然を生かした区切り方をしている。その為、「通り道」に属さないスペースもいくつかあり、行き止まりになっているような場所もある。
 そこでZER0は、比較的誰も立ち寄りそうにないような「通り道」から外れた奥の袋小路となった場所を選んだつもりだったのだが・・・。
「まいったな・・・やっぱ勘だけじゃ当てにならねぇな」
 一人愚痴るZER0。先客の様子から、ここには何もなかったことは見て取れる。実際、周囲には何もなかった。
 落胆しているZER0を見ていたレイマーが、フッと軽く笑いながら、
「ところであんた、グランスコール号が地表に落ちたって話、信じられるかい?」
 と唐突に、探索の根本を覆すような質問をぶつけてきた。挨拶同様に軽い調子で。
 少し間違えれば、嫌みにも批判にもとられる、あまり良い質問内容とは言えないだろう。だがZER0は、この男からそのような嫌気は感じなかった。それはこの男の持つ屈託のない雰囲気がそうさせているのだろうか?
「依頼人がそう言っているのなら、信じるしかねぇだろ?」
 もちろん、本気でそう思っているわけではない。いや、正確にはノルに指摘されるまでは本気でそう思っていたかも知れないが、今のZER0はこの依頼の信憑性に関しては疑いを持っている。
 ギルドに寄せられる依頼が、全て真実を語っているとは限らない。ギルドが禁止している依頼事項を隠すために依頼を偽装するといったことはもちろん、何らかの事情があって全てを明かさないといった依頼もよく存在する。むろん今回のように秘密事項が多い依頼なら、依頼そのものを疑ってかかるのが当然だろう。もっともZER0は、その疑いすら持たなかったのだが・・・。
「・・・・・・はっはっはっは! おいおいおい」
 あまりにもZER0が真面目に返答したのが相当おかしかったらしく、レンジャーは森中を響かせんばかりに大笑いをした。
「あんた、面白い奴だな。正気でいってんのかい?」
 さすがにこの言葉は、ZER0を不快にさせた。ノルに小馬鹿にされたことも頭にフィードバックし、無意識に感情を表に出してしまう。眉間にしわを寄せるといった形で。
「・・・いや、すまん。失礼した」
 さすがにZER0の反応を見て悪く思ったのか、詫びの言葉を口にした。ものの、口元のゆがみはまだ残っており、苦笑混じりの鼻息も漏れていたが。
「あんた、オレと一緒に探索せんか? いいこと教えてやるぜ」
 その「いいこと」という情報が彼なりの詫びなのか? どちらにせよ、唐突な申し出に戸惑いは隠せない。その戸惑いは、眉間によっていた眉を片方つり上げるといった無意識の動作が表していた。
「な! 行こうや!」
 どうやら、このレンジャーはZER0を一方的にいたく気に入ったようだ。ZER0の返答を一流のジョークだと思ったのか、それともあまりにもバカ正直なハンターだと思ったのか。真相は定かではないが、これがこのレンジャーの「ノリ」なのだろう。
「・・・まぁ俺はかまわねぇけど」
 今度はZER0が苦笑する番だった。この「ノリ」だけでその場その場を乗り切るやり口は、ZER0がもっとも好むパターン。
 馬が合う。波長がある。気が合う。
 いろんな言い回しがあるだろうが、どうやら二人は、同じタイプの人間らしい。
「よっしゃ! なら行こうぜ兄弟」
 バンッ! と大きな音が出るほど勢いよく肩を叩き、レイマーは先を歩み出した。
 苦笑しながらも、だがどこか嬉しそうに、ZER0は彼の後を追った。

「面白いのを使ってるな」
 コンビを組んでから最初の戦闘を終え一息ついたところ、レイマーの武器に興味を示したZER0が何となく問いかけた。
「あぁ、これか? フレイムビジットって奴だ。まぁ使いづらい武器だからな。レア以前に俺以外使う奴ぁそういないな」
 通常のフォトン弾の代わりに炎の弾を発射するフレイムビジット。ショット系に属する銃だが、形状が通常のショットとは異なるうえ弾は1発のみ発射。その弾も速度がやたらと遅い。いわゆる「レア」と呼ばれる、極めて珍しい武器であるためコレクターの間では重宝がられるのだが、実戦向きでない為、利用者はレイマー本人が言うように、彼以外にはそう見かけることはないであろう。
 いや、厳密に言えば、彼ほど使いこなせるレンジャーは他にいない、と言うべきだろう。珍しい武器であるため、見せびらかす事を目的として使用する者もたまにいるのだ。だが、あまりにも使い難い武器であるため、ほとんどの物は使用を諦めるのだ。
「知り合いに凄腕のレンジャーが1人いるが、お前はあいつの真逆を行くな」
 ZER0の良く知るレンジャーもショット系の武器を愛用している。だが彼は、状況を冷静に分析して武器を使い分ける。1つの武器に執着はしないのだ。もちろん、執着するしないは個々の判断であり、フレイムビジットに執着することはけして悪くはない。むしろレアと呼ばれる癖のある武器を使いこなすことで、他の武器では考えられない戦術がとれることもあり得るのだ。そういう意味で、どちらも凄腕のレンジャーと呼べるだろう。
「褒め言葉として受けとっとくぜ。そういうあんたも、珍しいの使ってるじゃないか」
 ZER0はアギトと呼ばれる刀を愛用している。特性こそ普通のセイバー系と代わらないが、刃全体がフォトンで出来ているセイバー系とは異なり、実刃をそのまま利用するアギトは、非常に珍しく、そして扱い難い「レア」の1つだ。
「俺の知り合いにもな、あんたと同じく刀を使いこなす奴がいるが・・・残念だが、そいつと比べるとあんたはまだまだだな。でもまぁ、良い筋してるぜ、兄弟」
 フレイムビジットに比べれば、刀を愛用するハンターは少なくはないと言える。これといった短所がない武器であることがその理由だが、武器が「レア」であり数が少ないことと、この刀を使いこなせるほどの「攻撃力」を持つハンターは、それなりの実力者でなければそういないからだ。
 「攻撃力」とは、筋力といった直接的な能力のことだけでなく、武器の威力やマグを装備した際のサポート能力の他、本人の「技術力」といったものも含めて「攻撃力」と呼ばれている。武器を使いこなすには、この技術力とマグのサポートの総合能力が高くなければならない。攻撃力の低い者は、高い攻撃力・・・つまり技術を要する武器を使いこなすことが出来ないのだ。逆を言えば、アギトを使いこなせるZER0は、それだけの攻撃力=技術を持っているということが言えるのだ。
 余談だが、この「攻撃力」に含まれる技術力は接近戦用武器の技術であり、銃を扱う技術は「命中度」,フォース専用の技術は「精神力」に織り込まれている。
「・・・褒め言葉だと思うが、ちょっと引っかかるな」
 レイマーは褒めたつもりでも、誰かよりは下だと言われれば、苦笑せざるを得ないだろう。
「あぁそういや・・・いいことってなんだ?」
「いいこと? ああ、あの約束か」
 唐突に、ZER0はレイマーとの約束を思い出しそれを口にした。よくよく考えれば、コンビを組む時にその約束を果たしてもらってもかまわなかったのだが、流れがそれを忘れさせていた。レイマーにしても口約束ですませるつもりでは無かったのだが、場の「ノリ」がそれを忘れさせていた。
「・・・オレは口は軽い方じゃないんだが、まぁいいか」
 そう言う割には、口が堅いという雰囲気を持ち合わせているようには思えないが・・・と思ったが、ZER0はそれを口にすることはなかった。
「・・・秘密だぞ。この依頼はな、ちょっとした裏があるんだよ」
 わざと声を潜め、さも重要な情報を流すぞという雰囲気を作る。どうにもこの男、単純にノリで場の雰囲気を作り楽しむのが好きなだけなようだ。
「グラン・スコール号の話は、半分くらいは本当だ。ただな、あれは遊覧船じゃねえ・・・軍部の要人が乗った極秘船だったんだよ」
 この情報は、ほぼZER0の・・・いや、ノルの予想通りだ。この依頼は、ダークサーティーンが欲する「軍」に関わる情報が眠っている。予想はより現実味を帯びてきた。
「まぁ、なにがあったかは知らんが・・・さる筋の、別の依頼も受けててな。そっちの方は確かな筋なんがだ・・・どうもグラン・スコール号がラグオルに不時着したのは確からしい」
 依頼人がわざわざ探査隊をハンターズギルドを通して派遣するほどだ。何かはあるのは確実だと踏んでいたが、これでさらに信憑性が増したと言える。
 むろん、この情報の信憑性を疑う事も考えなければならない。だが元々バカ正直なZER0が、レイマーの情報を疑うことは考えないだろう。なにより、ZER0はこの男をいたく気に入っている。たった数刻のつき合いであるにもかかわらず、レイマーとの信頼関係はかなり厚くなっていた。
 これまでの情報は、ある種ノルの予想を裏付ける物だった。だが・・・予想外の情報が、男の口からもたらされた。
「で、生き残りがいるって話なんだよ」
「なんだと!?」

 レイマーはさも当たり前のように、話の流れのままさらりととんでもない情報を口にした。さすがにZER0も声を上げて流れを止めてしまうほど驚くべき情報。
「生存者だと! ちょっとまて、それって確かなのか?」
 生存者が存在し、仮に発見できれば・・・ラグオルの大爆破を体験した最初の生き証人となるはずだ。総督府も軍も政府も、そしてダークサーティーンもが一番に欲している情報を握る人物・・・それが存在しているというのだ。
「さっきも言ったが「さる筋」の確かな情報だ。悪いが、これ以上はいえねぇ」
 ZER0がダークサーティーン,ひいては総督府という「筋」があるように、この男にもなんらかの「筋」との繋がりがあるのだろう。
 これ以上の追求は出来ない。したところで、おそらくは何も語らないだろう。雰囲気はさておき、本人が言う「口は軽い方じゃない」というのは伊達ではない。そう、ZER0は感じ取っていた。
「まぁ、オレがこんなうさんくさい、どこからともわからんような依頼を受けてるのも、そっちの依頼をカモフラージュするためのもんなのさ」
 あえてさらりと話を締めくくる。だが、その言葉にはこれ以上の追求を許さない意思をも盛り込んでいた。
「・・・行こうか」
 その揺るぎない意思を感じ取ってか、ZER0は一言だけ言うと、探索を再開した。
(考えるのは苦手なんだがな・・・)
 そう思いながらも、様々な可能性や状況を思い描いては消えていく。ただ、足だけは確実に真実への歩みを止めることはなかった。

 ただ黙々と、二人は真実へと近づいていった。
 レイマーからの「いいこと」を聞いてから、ZER0はいろんな考えが頭をよぎっては消えていく。その繰り返しだった。
 だがそれでも、エネミーを討ち漏らすことはなかった。レイマーとのコンビネーションも見事だった。知り合ったばかりとは思えないほど息のあった攻防は、長年のコンビではないかと見紛うほど。
 それでもZER0の頭では・・・いろんな考えがよぎっては消えていった。
「・・・オレが探しているのは、あるお嬢さんだ」
 唐突に、レイマーが口を開いた。
 押し黙った場の雰囲気に絶えきれなくなったのか、それともZER0の思考を読みとってか、男は彼の言える範囲の情報を提供し始めた。
 根負けした、と言えばそういうことになるだろうか。ZER0にその意識はなかったにせよ。
「さる高貴な血筋のな」
 高貴な血筋、というだけで、どことなく嫌な感情がわいてきた。
 理由はない。ただ、ZER0は「軍」や「政府」といったハンターにとってあまりよい関係でない機関はもちろん、「貴族」「金持ち」「天才」といった、恵まれた環境にある者を清く思っていない。もちろんただの嫉妬だ。それは本人もわかっている。「生理的に嫌い」といえばわかりやすいか。
「体内に何か埋め込まれているらしい。それで生死や居場所がわかるんだとよ」
 言いながら、レイマーは何かの端末を取り出し、ZER0に示した。
 レイマーは爆破事故前にパイオニア2から飛び立った小型船の乗務員が生存していると言い切った。その確たる自信は、この端末の存在にあったのだ。
「その探査装置を借りているんだが、よほど近づかないと位置が特定できないようだ」
 探査装置は生存者を必死に捜していた。微弱な電波と生命を。
「なるほどな・・・つまりは、こいつがそのお嬢さんの「生きている証」って訳かい」
 その「生きる証」は、生きていることを示す叫び声となって、定期的で軽い音を発していた。。
「・・・しかしまぁ、人の趣味にどうこう言うつもりはないが」
 探査装置を仕舞い込みながら、複雑な表情で一言添えた。
「やんごとなき人の考えることは、よくわからんな・・・」
 苦笑しながら、ZER0もそれに同意した。
 体内に緊急のための装置を組み込む。
 そうしなければならない環境。それを施す親。そういった「趣味」は、常人の理解を超えるばかりか、背筋に寒気すら感じる。これでまた、ZER0の偏見めいた嫌悪感がより深くなった。
「とりあえず、端末がお嬢さんを見つけるまで歩き回るしかねぇな。行こうぜ相棒」
 幾分か考えがまとめられた分、ZER0頭と顔に余裕が出来てきた。
「いや待て。探査装置に反応が出た・・・」
 先ほどよりも発信音の定期的な感覚が狭まっている。どうやら生存者をキャッチできたようだ。
「ふむ、探査装置にはこの奥の方に反応があるが・・・」
 彼が示した奥は、ワープ装置を通じて向かう、ちょっとした丘の向こう。
「どうも、随分と賑やかな歓迎も待っているようだな」
 見上げるとそこには、巨大な生きた巣が3体ほどと、その巣を大量に飛び回る羽虫の群が、ブンブンと歓迎の歌を奏でている。
「まいったな。俺今日タキシードを用意してなかったんだが・・・遠慮して良いか?」
 刀を握りしめ直しながら、同行者に同意を求めた。
「気にするな。ここはカジュアルな服装大歓迎なんだよ。持ち物検査の必要もないさ」
 肩から提げた大きな荷物をしっかりと持ち直しながら、会場へと繋がるワープ装置へと足を踏み入れた。
「ずいぶんとまぁ、派手なクラッカーを用意して行くなぁおい」
 握ったチケットを確認しながら、相棒の後へと続いていった。

「参ったな・・・さすがお嬢様だ。屈強なボディーガードを従えてるぜ」
 生存者は発見した。だが、その回りは狂暴なエネミーが取り囲んでいた。
「冗談言ってる場合か。女性に狼ってのは歓迎できる組み合わせじゃねぇだろ」
 腰を落とし銃を構える。群がる狼達からか弱い女性を引き離すために、トリガーを引いた。
「お前らじゃ、送り狼ってのは早すぎるぜ!」
 火の弾に驚いて四散した狼を、一体ずつ着実に仕留めていく。
 フレイムビジットの炎は、森に住む原生動物達にかなり有効だった。元来炎は、あらゆる生命にとって恐怖の対象となる。野生の動物ほど、火を恐れるものだ。つまりはそれだけで、フレイムビジットは原生生物たちに有効な手だてとなり得るのだ。
「これで終わりだ!」
 閃光が走り、鮮血が吹き荒れる。断末魔の叫び声が、一人の生命が救われたことを告げた。
「ひどい傷だな・・・こいつらにやられずに生きていたのが不思議だぜ」
 横たわった少女は、所々に様々な傷を受けていた。見るのも痛々しいそれらの傷は、しかしどれも最近つけられたような物ばかりだった。
 見たところ、少女はフォニュエールのようだ。おそらくは、自力でレスタをかけながら生きながらえていたのだろう。しかし度重なる襲撃にテクニックポイントも底をつき、空腹による体力低下も手伝って、今まさに力つきようとしていたようだ。
「やられるのも時間の問題だったかもな・・・まぁなんにせよ、間に合って良かったぜ」
 依頼達成。情報源の確保。事務的に言えば、そういうことになる。ZER0としても、探索途中では少女の安否よりはそういった事が頭にあったことは否めない。だが、少女を目の前にした今は、やはり少女の無事がもっとも喜ばしい。現金な考え方かも知れないが、横たわる少女を目の前にしてやっと、命を救う探索であったことを実感させられる。
「おう、あんた。ありがとうよ」
 安堵感漂う雰囲気の中、レイマーが礼を述べた。
「オレはこの娘を連れて行くから、先に行って、あの依頼人に報告しといてくれ」
 その礼は、イニシアチブをとるための先兵だったのかも知れない。レイマーは有無を言わさず自分に有利な方へ話の流れを作っていった。
 この少女をどうするか? その議論を始める前に、自分が保護することを宣言したのだ。
「心配すんな。ちゃんと連れて行くよ」
 ZER0に異論を唱えさせないようくぎを差す。どうやら、交渉事に関しては、彼はZER0より1枚も2枚も上手なようだ。
「・・・OK、わかったよ。ちゃんとクライアントまで無事に頼むぜ」
 元々、少女を発見できたのはレイマーの功績あっての事である。ある意味、ZER0はそれに便乗しただけだ。ZER0に権利が無いとも言えるのだ。ここは情報をある程度確保できただけでも儲け物と考える必要があるだろう。
「ちょっとその前に、この娘を捜しているもう一方の依頼人と相談せにゃならんがな」
 その「もう一方の依頼人」が気にはなるが、あまり心配はしていなかった。確信はないが、ZER0はレイマーを信頼していたから。
「オレは一緒に戦った奴は裏切らねえよ」
 それは彼にしてみても同じだった。別れ際に、レイマーは約束を口にした。
 裏切らない。
 それはハンター同士にとって、結束の約束。信頼の証と言えるだろう。

 パイオニア2へ帰還したZER0は、真っ直ぐ依頼人の元へととやってきた。
 少女の救出は、既にレンジャーがBEEで連絡済みだったらしく、依頼終了の確認事項はスムーズに進んだ。
「ありがとう! まさか生存者を発見できるとは思っていなかったよ」
 ただ依頼人の口振りから、どうにも解せない疑問がわき上がった。
 生存者は確かに、あの爆発では期待できなかったかも知れない。だが・・・本当に思っていなかったのだろうか?
 一旅行代理店が、客の安否を真剣に考えるわけはない。と言えばそうだろう。だが、それにしてもあまり驚いた様子はない。
 そもそも、依頼人が旅行代理店の者だと言うこと自体が怪しい。
 レイマーが少女を探索するための端末を所持していたことから、レイマーの言う「さる筋」は、少女の関係者筋である可能性が高い。となれば、逆にこの依頼人はその筋ではないことだけは明らかになる。
 そこまでだった。ZER0が考えられる範囲は。
 ともかくこの件をダークサーティーンに報告し、Mにでも推理を立ててもらった方が早そうだ。今は終了報告を手早くすませてしまった方が良い。
 そう思いながら手続きを薦めている途中、あることに気が付いた。
「確認するが、発見者は君とバーニィだけだね?」
「・・・バーニィ?」

 聞き慣れない名前に、思わずオウム返ししてしまう。
「ああ、バーニィか。あの生存者を連れてきたレンジャーだよ」
 そういえば・・・ここで初めてZER0は気が付いた。
 自分達が自己紹介もしていなかったことを。
 出会いから別れまで、時間にして2,3時間ほどの短い間のつき合いでしかなかった。だが二人とも、あまりにも意気投合していたため、初対面であったことを忘れていたのだ。
 間抜けな話だが、不思議とその事実に違和感は感じなかった。
「通り名らしいが、得体が知れん男だ」
 確かに得体が知れん男だ。だがZER0にしてみれば、それを口にした依頼人の方が得体が知れない。
 そしてなにより、依頼人の口振りからして、バーニィに発見されたことをあまりよく思っていないようだ。
「・・・生存者の少女は私が責任を持って預かるから安心したまえ」
 それは、この依頼人の事務的な答えではっきりした。どうやら、バーニィから少女に関してなにやら取引があったようだ。もしかしたら、少女自体、この依頼人には引き渡されていないかも知れない。どちらにせよ、依頼人は少女が発見されたことすら秘密にしたいのか、発見者が二人だけであり、このことは口外しないように堅く注意を受けた。
 だが・・・それは徒労であった。
 すでにパイオニア2では「ラグオルで少女が救出された」という噂が飛び交っていたからだ。
 どうやら、バーニィか、あるいはバーニィのバックにいた「その筋」の手の者が噂を広めたらしい。
 何の為に? 理由はわからない。ただ、これであの少女の存在が極秘裏に処理されることは出来なくなったという事だけは、ZER0にでも容易に予測できたが・・・。
「さてと・・・これからが面倒くせぇんだよなぁ・・・」
 ZER0の本来の目的は、ダークサーティーンへの情報提供だ。収穫は微々たるもので、ただ謎を深めてしまっただけかも知れない。しかし小さな情報を集めていくことが、真実への近道なのだ・・・と、ZER0はノルに言い聞かされていた。
 そのノルに手伝ってもらいながら、これから情報整理を兼ねた報告書を作らなければならない。そういった事務処理が苦手なZER0にとっては、現場で暴れるよりよほど骨の折れる作業なのだ。
 かったるい、そう思いながら自室へ帰ろうとした矢先だった。
 不意にZER0のBEEが着信を知らせた。
 連絡はESから。
 内容は・・・「あの」空洞への緊急招集。
 きびすを返し、ZER0は転送装置へと急いだ。

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