PuLuRuN〜スライムの章〜
前編

 思春期にある男子が集まれば、話題の半分はあらかた決まっている。
 女の子について。
 その「女の子」がクラスメートであったりアイドルであったり、場合によってはアニメやゲームに登場する女の子かもしれない。方向性は多種多様であろうが、その根本にある物は変わらない。
 それが多感な思春期にある男子という者だ。
「うはっ、でけぇな相変わらず」
 有栖学園高等部一年Y組、通称妖怪クラス。このクラスに在籍する男子は人ならざる者がほとんどを締めているが、しかし思考は同世代の人間と対して変わらない。
 そうなればむろん、複数の男子が一冊の青年コミック誌にむらがり、巻頭を飾るグラビアアイドルについて熱く熱く語る内容など知れたもの。日本各地で同世代の男子が、まず同じような会話を繰り広げている事も安易に予測出来る。
「バスト98だろ? デカイよなぁ」
 雑誌の持ち主である河童の少年がマジマジと見つめるグラビアページ。そこには三人のグラビアアイドルが水着姿で撮影された写真が掲載されていた。
「最近色んな雑誌に出てるよなぁ、そのアイドル」
 クラスで唯一の人間である菅雅弥が、相棒である管狐に味噌団子を与えつつ、横から雑誌をのぞき込み話しかけた。
「そりゃ、キャンペーンガールだしね。集中して雑誌だテレビだって露出していかないと意味無いしね」
 三つの目をグラビアに惹き付けられながら、三つ目小僧が語り出した。
「お、語るねぇカメラ小僧」
「カメコ言うな」

 否定はするが、額の目を隠し望遠カメラ担いでイベント会場を駆け回っているのは事実。事実だが、この手の者、特に思春期の少年になると「他と一緒にするな」という主張をしてしまいがちになる。
 端から見れば皆一緒。本人以外は皆思っている事だ。
「このアイドルユニットって、「クエストofドラゴン9」のキャンギャルだろ? あれだけ売れてるんだから、別にキャンギャルなんかで宣伝しなくても良いと思うんだけどなぁ」
 素朴な疑問を自身も味噌を軽くなめながら菅がぽろりと漏らした。
 国産RPGの元祖と呼ばれているゲーム、クエストofドラゴン。最新作でも移植作でも、出せば確実にミリオンを超えて売れる超ヒットシリーズ。その最新作である「9」の宣伝の為に結成されたのが、今少年達が熱い眼差しを向けているグラビアアイドル三人によるユニット「PuLuRuN(ぷるるん)」である。
「まあこのユニットの場合、アイドル事務所とのコラボってのもあるんだよ。事務所的には自分とこのアイドルの宣伝に、誰もが注目するゲームと絡められれば儲けものだろ? ゲーム会社だって、アイドル効果で更に売れるならそれに越した事はないわけだし」
 カメコは否定するものの、「アイドルオタク」な一面は披露する。もちろんこれも、彼に言わせれば「一般論」なのだろうが。
「へぇ。じゃあさ、これなんかはどっちのアイデアなの?」
 菅はグラビアアイドルの胸を直接指さした。
 その行動に淫らな考えはない。彼が指さした胸は左胸。水着に目と口が描かれている部分。
「あー、これか。この「スライムの顔」がポイントだからねぇ」
 アイドルオタクがニヤリと口元を緩める。
 スライムとは、ゲームに登場する敵モンスターにしてマスコット的な存在のキャラクター。水着の左胸部分にはそのキャラクターの特徴的な目と口がプリントされている。クリックすると顔つきの大きな画像をご覧になれます
 三人のアイドルはそれぞれ、水色,朱色,銀色の水着を着ている。これはゲームに登場するスライムの種類に合わせた色になっており、むしろユニットの人数はこの色数で決められているとも言える。
「巨乳をスライムに見立てているわけでしょ? 超エロいよねぇ、こーいうのにぐっとくるわけね?」
 いつの間にか、神聖なる男子の談義に女子である文車妖妃の岩波が割って入ってきた。
 女子が入ると話しにくくなる会話もあるというのに、意に介せず聖域に土足で踏み込む女子も時折クラスにはいる。岩波はそんな女子。男女分け隔て無く仲が良いのは良いのだが、それが時折気まずい雰囲気を作る事もあるなど、彼女は知るよしもない。
「で、どっちの「エロい人」が考えるの? こーいうの」
 そして察することなく更に踏み込んでいく岩波。
「こういうのはアイドル事務所側だろうね」
 だがしかし、オタクは我が道を行く。知識を披露出来るのであれば、相手が誰であろうとかまいはしない。
 盛り上がる二人と、取り残される二人。ここに二種類の分類がされた。
「巨乳である事を「ウリ」にしているんだから、そっち方面のアイデアは事務所が常に考えているはずだよ。とは言っても、ゲーム会社の方でも考えていた人がいたかもしれない。この場合可能性は双方にあるだろうねぇ」
 理論的に物を言っているように見せかけ、実はたいしたことを口にしてはいない。それがある意味オタク口調の特徴。
「ふーん。つまり重要なのは、エロいかどうかって事か」
 とどのつまり、そういう事になるのだが、そこに行き着くまでの議論をバカバカしくも熱く語るのが思春期の男子というもの。そこを岩波にも理解して欲しいものだ。無理な話だが。
「やっぱりさぁ、みんなこういう胸の大きい女性がいいわけ?」
 一歩間違えると逆セクハラ。しかしそんな事を気にする岩波ではないし、まったく考えもしないだろう。
「人それぞれだからなぁ、こういうのは」
 腕を組みながら答えた菅の意見は、ごく当たり前だが無難な意見。
 確かに人それぞれ、好みは違う。しかし世間的には大きい方が良いとされているような風潮になっている。だからこそこの手のグラビアアイドルに注目が集まるわけだ。
 それはおそらく、男子だけの会話なら菅も口にしただろう。しかし女性がいる前でそれを口にする程菅は「野暮」ではない。会話に混じる女性の胸がどうであれ、一度そのような事を口にすれば何らかの「女性差別だ」的な反撃を受けるのだから。
 もちろん、そんな事を気にする岩波ではないのは菅も承知してはいるが、こういった時にこそ慎重に発言しておくべきなのも心得ている。
「なんかさー、優等生な答えで面白くないなぁ」
 岩波の反応は「男の気遣い」を全く無視してきた。
「だったら当事者に聞け、当事者に」
 菅は斜め後方を親指で指し示した。指の先には、静かに席に座り読書をしている一人の男子がいた。
「ねぇ武、やっぱり彼女が巨乳だと嬉しいわけ?」
 教室中に響き渡る声で、岩波が鬼の少年、鬼島武に問いかけた。
 デリカシーも何もあったものではない。
「え? あっ、いや、急にそんな事聞かれても・・・それに、その、マニーシャ先輩は彼女ってわけではないし・・・」
 インドからの留学生、ヤクシニーのマニーシャ・カプール。本人の同意をよそに学園中が公認のカップル、その相手である。
 彼女の鬼島に対する熱烈な行為も学園内に知れ渡っているが、彼女が非常に豊かで美しい胸を所有している事も「基礎知識」と言える程に広まっていた。
「あーはいはい。モテる男の余裕ってやつかねぇ」
「黙ってても女の子がよって来る奴は言う事が違うよなぁ」
「ホントはあんな事とかこんな事とか色々やってるくせにさぁ」

 こういう時の、モテない男達の団結力は凄まじい。
「だって、そんな、アレは別に僕がその・・・」
「アレ? へぇ、「アレ」って思い浮かべる事がある訳か」
「そのアレってのに興味があるなぁ俺らは」
「具体的に事細かに。なんなら写真撮らせてくれ」

 こういう時の、モテない男達のイジメはしつこい。
 困る美少年と絡むいじめっ子。それを端から見て楽しむ少女。
 そんな状況に終止符を打ったのは、ニヤニヤと楽しんでいた少女に届いた一通のメール、その着信音だった。

 グラビアアイドルユニットPuLuRuN。そのリーダーである牧村カンナ。メールによって呼び出された岩村と菅、そして鬼島の三人は、眼前にそのアイドルを迎えていた。
 厳密に言えば、牧村カンナと全く同じ顔立ちにプロポーションを持った、全く別の何か。
 何か。それは人ですらなかった。
「あの、神田さん・・・この娘は?」
 しばらく沈黙しか術の無かった三人であったが、菅が呼び出した当人である退魔師の神田にようやっと開けた口で尋ねた。
「うむ。その娘がメールで話した「電脳霊」の娘じゃ」
 電脳霊。聞き慣れない言葉と、「霊」という言葉にはあまりにもかけ離れて見えるアイドルの姿をした娘に、男二人は戸惑った。
 シルエットはアイドル牧村カンナと瓜二つ。だがその全身は人の「肉」で構成されていなかった。
 強いて言えばゼリー。水色のゼリー。微かに動くだけでプルプルと全身が揺れる様は、まさにゼリーとしか形容しがたかった。
 霊と言えば人の形を取り、見た目は本物の人間そっくりか、あるいはぼやけて見えたり透けて見えたりするもの、というイメージが一般的だろう。そのイメージから考えるに、この「電脳霊」と呼ばれた娘は霊には見えない。
「そもそも、霊は大きく分けて二通りの産まれ方をする」
 神田は二人の為に、霊の基本から講義を始めた。
 霊は何らかの「意思」が具現化した存在である。その「意思」の集まり方が大きく分けて二通り。
 一つは「幽霊」に多く見られるパターンで、一個人の恨み辛み、あるいは哀れみ悲しみ。「この世」に踏みとどまりたい大きな「意思」が霊となって誕生するケース。
「もう一つが私みたいに、個人だったり複数だったりの意思が集まって出来るパターンね。この場合幽霊とは違って、意思を放った人間自体が死んでたりとかはしてないの」
 神田から言葉を引き継ぎ、自身も文車妖妃という霊である岩波が解説を代わる。
 文車妖妃は恋文などに込められた意思が具現化した霊。九十九神(付喪神)の一種に数えられているが、物に霊が宿る他の九十九神と違い、文車妖妃は元となった手紙に取り憑くのではなく、単独で霊として形成されている。そんな文車妖妃のようなケースがもう一つのパターン。
「電脳霊・・・ってか、「電脳」って言葉じゃ解りづらいよね。今風に言えば「ネットゴースト」かな?」
 人の「意思」は、それを放つ何らかの対象が必要だ。例えば「愚痴」という負の意思にしても、愚痴を言いたくなる何らかの行いをしてきた相手が必要だ。むろんそれが己自身だという事もある。そもそも意思とは何かをしようとする思いなのだから、対象が必要だ。
 文車妖妃なら、手紙を受け取った人物と、その人物が捨てた手紙そのものがその対象になる。しかし岩波の場合は誕生に至る経緯が今までの文車妖妃とは異なっている。
「私の場合は、女子高生のたわいもないメールのやりとりから産まれてるじゃない? ああいったメールなんかでも、それなりに「意思」が込められてるんだけど、あれって出す方も受け取る方も軽くやりとりしてるから、メールに宿った意思が分散しやすいのよね。それにアッサリ消されちゃうしさ」
 紙による手紙に比べ気軽な反面、電子メールは全てに置いて扱いが軽い。そんなメールに込められた軽い意思がネット上で集まり産まれたのが岩波だ。
「私みたいな産まれ方をする霊を、ネットから産まれる「ネットゴースト」「電脳霊」って区別してるわけよ」
 つまり岩波は、文車妖妃であり電脳でもあるという事になる。
 ここまでは聞かされる側にあった二人も、岩波が生まれた経緯は知っていた。しかし彼女を文車妖妃として認識はしていても電脳霊ということでは認識していなかった。
 解説によって電脳霊の事は理解出来た二人。しかしそれでも、腑に落ちない点もある。
「電脳霊の事は解りました。しかし・・・」
「どう見ても霊って姿じゃないぞ?」

 鬼島と菅が、話題の中心となっているゼリーのような女の子に目をやった。
 二人の男子に見つめられ、ゼリーの女性はにっこりと微笑んでいる。作りがアイドルと同じだけに、肌色ではなくともその笑顔はとても魅力的だ。
「お主ら、人の話をちゃんと聞いておったのか? 姿はこの際関係ない。産まれた経緯から、彼女は電脳霊なのじゃ」
 出来の悪い学生に若干苛つきながら、再び神田が教鞭を振るう。
「彼女は「いんたぁねっと」の「掲示板」とやらの書き込みから産まれておる」
 ネット知識に乏しい彼女だけでは上手く説明出来ない部分も多い上、誕生経緯がかなり複雑だったのも説明を困難にしていたが、神田はネット知識豊富な岩波の助けを借りながら、どうにか三人にゼリー娘の誕生経緯を聞かせ始めた。
 神田の話によると、ゼリー娘の誕生に関わった「意思」は二つ働いている。
 一つは、昨今話題を独占しているグラビアアイドルユニット「PuLuRuN」の話題。ユニットを組む以前から人気の高かった三人だけに、ユニットを組んだ事は大きなニュースとなった。それはちょうど、菅達が教室であれだこれだと騒いでいたそれと、まさに同じである。内容も彼らの会話とほぼ同等のものから、もっと次元の高い経済効果などの話題から、逆に次元の低い卑猥な物にいたるまで、ありとあらゆる話がネットの様々な場所で書き込まれていた。
 もう一つは、PuLuRuNがキャンペーンの為に着ている水着、そのモデルである「スライム」について。
 スライムはゲームのマスコット的な存在。その為あらゆる関連グッズが既に発売されており、その評判はかなり高い。ネットではスライムの愛らしさに対する熱い思いが色々と書き込まれていた。
「この二つある意思が融合し、彼女が産まれたようなのだ」
 アイドルをどうにかしたいという、男にはありがちな妄想で、しかし現実味を帯びない為にただ書き散らすだけで終わる意思。
 スライムを可愛がりたいという、ペットを愛でるような感覚で、しかしやはりゲーム上のモンスターだけにただ書き散らすだけで終わる意思。
 普通ならば融合するはずのない二つの意思が、ネットという環境に集合し、さらにキャンペーンガールとしてユニットを組んだという関連性も手伝い、ゼリー娘・・・いや「スライム娘」を誕生させたのだ。
「私には「いんたぁねっと」なんてもの、縁遠く関係ないと思っておったのだがな・・・電脳霊は様々な形で誕生し、近年その数を増やしておる」
 その実例として岩波がいる。神田の言葉に説得力がある事は三人とも納得出来た。
「それにしても、「複合体」が誕生するなんてなぁ」
 実物を目の前にしてもなかなか信じがたい。菅の一言は鬼島の代弁でもあった。
 しかし自身も電脳霊である岩波の見解は違った。
「ネットだから可能なのよ。本来ならあり得ない意思の集合も、「掲示板」という一つの場所が提供される事で成り立つのよ。それに書き散らすだけだから意思が貯まりやすくなってるのもあるわね」
 今までなら、霊になるのはよほど強い意志でなければならなかった。しかしネットは、個々の弱い意志が貯まりやすく、また個々が弱いからこそ混じりやすいのだろうと岩波は推測した。神田はその意見に賛同している。
「それにな、そもそも実在する一個人そのものが、さも二人目のように具現化されるような事はないのだが、スライムという別の存在を借り、「一個人ではないが限りなく近い存在」という形で誕生するケースは考えられなくもない」
 アイドルをどうにかしたいという、弱いが非常に数の多い意思が、スライムを愛でたいという、やはり弱いが数の多い意思を取り込む。そして産まれたスライム娘は、これまでにはなかった形だが、これからは多くなるだろうと神田は言う。
「それで・・・俺達を呼んだのはなぜですか? 神田さん」
 スライム娘の経緯は理解出来たが、それと自分達がまだ結びつかない。菅は原点に戻る質問をぶつけた。
「ネットだアイドルだと、私はこの方面については疎くてな。彼女が産まれた経緯は彼女の「霊波」をたどり、どうにか彼女を形成する「意思」の実態と派生場所を突き止める事で知る事が出来た。だが私に出来るのはここまで。お主らを呼んだのは、ここから先を手伝って貰う為じゃ」
 突き止める時も、スライム娘が生まれ落ち騒ぎになった場所に神田が駆けつけた際、当事者から事情を聞きながら行ったから出来た事だとも付け加えた。
「そういえば、彼女は何処にいたんですか?」
「秋葉原にある大型電気店じゃ。開店準備中だったのが幸いして、調査もそうだが処理と口止めがすんなり行えて助かった」

 その電気店は、休日にはアイドルの握手会なども行っている店。場所が場所だけに、大きく頷いた三人であった。
「話を戻そう。産まれたばかりの彼女を「退散」させる事は簡単じゃが、邪気のない彼女を退散させるのは私の意に反する。そこで、私は彼女を引き取ろうと思うのだが・・・なにぶん私は彼女が産まれた根本であるネットやアイドルを理解し切れておらん。その点をお主らにフォローして貰おうと思ってな」
 神田は普段、この手のケースは「妖精学者」である天道寺に依頼し協力を仰いでいる。しかし今回の場合、天道寺よりも知識的には岩波達の方が適任だろうと、彼女達を呼んだのだという。
 引き取る事を決めた神田ではあったが、彼女に今後の生活をどう送らせるべきか。そこに神田は悩んだ。悩んだ末、まず彼女がどのようにしたいのか、そして何が出来るのか。それをしばし考えて貰う事にしたという。その為には、彼女の事を理解出来るだろう者の協力が必要だった。
「岩波は判るけど、俺と鬼島は?」
 岩波は自信が電脳霊でありネット事情に詳しい。彼女以外に適任者はいないだろう。しかし菅と鬼島は人並みにネット知識は持ち合わせているものの、菅は呼ばれる程力になれるとは思えなかった。
「アイドル方面担当? 神田さんと顔見知りで一番アイドルに詳しそうなのって雅弥くらいしかいなさそうだし」
 岩波の推理に神田は頷いた。
 詳しいという程、菅もアイドルをそれほど知っているわけではないが、しかしごく一般的な青年としてごく一般的にアイドルが好きで、ごく一般的な知識を持っている。むしろ知識だけならネットに転がっている情報を素速く集められる岩波の方が持っているのだが、男性視点での感情論になると岩波には理解出来なくなる。そこで白羽の矢が立ったのが菅というわけらしい。
「だとしたら、あの、僕は?」
 残った鬼島が、自分を指差しながら訪ねた。
「巨乳担当?」
「どーいう担当なんですか、それ」

 巨乳を所持しているのではなく、扱いになれているという意味・・・だろうが、確かにその担当は意味が判らない。
「この娘が菅を気に入るかどうか判らなかったのでな。美形保険だ」
「いや、それもなんか・・・」

 神田の示した「答え」にも、鬼島は納得が出来なかった。ついでに言えば、菅もあまり良い気はしない。
「許せ。なにぶん、彼女は口がきけないのでな。どうしてもコミュニケーションを取れる相手を出来る限り用意しておきたかったのだよ」
 言われて三人は気付いた。話の中心にいながら、スライム娘は一言も言葉を発していなかった事に。
 彼女はただただ、微笑むだけだった。
「原因は判らん。その原因を調べ、出来るのなら話せるようにしてやりたいのも課題の一つだな」
 言葉を話せないだけで、理解力はあるとのこと。つまり言葉を伝える事は出来ても言葉によってこちらに伝える術がない彼女は、ボディランゲージで意思を伝えられる相手がどうしても必要なのだという。
「そんな訳だ。三人とも、悪いが彼女の相手を頼む」
 伝えるべき事は全て伝えたと、神田は立ち上がり場を後にしようとしていた。
「あれ、神田さんは出かけるんですか?」
 このまま残されるのが少し不安なのか、菅は神田を呼び止めた。
「うむ。今回のスライム騒動が彼女一人なら良いのだがな。なんでも、その、なんたらというアイドルは三人おるのだろう? 残り二人も誕生して騒ぎになる可能性もあるのでな。しばらく秋葉原を巡回する事にした。天道寺殿には既に現地の調査をして貰っておるしの」
 今回は運良く早期対処が出来た為に最低限の騒ぎで事なきを得た。しかしこれは運が良かっただけであり、もし次に二人目三人目が現れるとしたら、今度こそ騒ぎに成りかねない。それを出来る限り防ぐ為には、現場の見回りは欠かせない。
「では留守を頼む。それと、その娘の相手をするのは今日だけの話ではないぞ。しばらくは出来る限り毎日通ってくれ」
 言う事だけを言い残し、神田は部屋を後にした。
「さてと・・・どうする?」
「どうするって言われてもなぁ・・・」

 残された三人は、一斉にスライム娘へ注目した。怯えるわけでもなく、スライム娘はにっこりと微笑んでいる。
 どんなときでも笑顔。ある意味、アイドルらしい対応といえるだろう。
「とりあえず、名前を決めるか? 名前、まだ決まってないよね?」
 菅の問いかけに、スライム娘は笑顔のまま大きく頷いた。
「名前ねぇ・・・スラ子? スラ美? スラリン?」
 岩波が提示する安直すぎる名前の羅列に、流石のスライム娘も悲しげな表情を作り否定した。
 どうやら話せない分、表情を大きく変える事で意思を示す術にはたけている様子。
「んー・・・なら、アンナは? ほら、元が牧村カンナへの妄想なら、彼女から一字変えた名前を貰うってのは」
 菅の提示をどうやら大変気に入ったらしい。それは誰の目にも明らかだった。
 アンナと名付けられたスライム娘が、菅にぎゅっと抱きついてきたのだから。
「あっ、いや、ちょっと待って・・・」
 流石に菅は慌てた。女の子に抱きつかれるなんて経験はおそらく初めてで、しかも相手は巨乳の美女。押しつけられる柔らかい胸の感触に戸惑わない青少年はいないだろう。
 菅は胸同様柔らかな感触の肩を掴み引きはがそうとする。アンナは抱きつくのこそ止めたが、しかし腕は菅の首に回されたままで、じっと菅の顔をのぞき込んでいる。
「うん、決まりだね。とりあえず「美形保険」は必要なさそうね」
 ニヤニヤしながら岩波は宣言し、そしておもむろに携帯を取りだし、本人の許可無くパチリと写真を一枚収めた。
「これで雅弥君にも僕の気持ちを判って貰えそうだ」
 珍しく鬼島まで意地悪な発言をする。
「ちょっ、いや、ちょっと待ってくれよ。あのさ、これはちょっと色々と・・・」
 赤面しながら慌てる菅は、自分の考えをまとめるのもまま成らず、口にする言葉もいまいち定まらない。
 そんな様子をアンナは、ただ微笑み間近で見つめるだけであった。

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