デュエル
マルコシアスvsハルファス

「くっ、ここまでやるとは・・・」人の姿へと化けた狼が歯ぎしりしながら唸る。戦局は、誰の目から見ても彼に不利な状況。そのその悔しさから目蓋に力が入る。その目蓋が覆う瞳には、まだ諦めぬ意志が光となり宿っていた。「よもや勝てるとでも思っていたか? 同士よ。くっくっく・・・この戦、勝敗は始まる前から決まっている」しわがれた声で、一羽の鳩が真っ赤な瞳で人の姿をした狼を見据える。「この戦、勝負は下準備・・・構築の段階で決まるも同然。貴公の腕は認めるが、此度の戦においては我が方の有利は覆らぬ」クルックーとあざけり笑う鳩。戦場における兵力の供給や配置などを請け負う堕天使の実力は、誰しもが認めるところ。それはむろん、そんな鳩を相手にする狼も同様。「だが、この戦いにおける実戦経験は俺の方が遙かに上! 戦場においてこの経験差は圧倒的な戦力! 俺は引かぬ、そして負けぬ!」不利な状況にありながらも、絶えぬ闘志。揺るがぬ気迫。堕天した剣士は相手の瞳よりも赤い情熱を瞳に燃やす。「笑止。戦局の流れの読める先兵に勝機などありはしない。そろそろ終わりにしてやるか・・・」緊迫した空気が場を張り詰める。
「我がターン、ドロー!」積み上げられたカードの山、その頂から一枚のカードを羽根で器用に拾い上げる。「くっくっくっ・・・引き上げたぞ、「コメットシャワー」のカードだ。貴公はこのカードの効果によって、賽の目と同数、カードを山場から引き、同数のカードを捨てなければならない」一見相手に有利と思われる効果だが、しかし狼が燃した人の顔は苦悩に歪んでいる。「だが既に貴公に仕掛けたトラップカード「孔明の罠」によって、貴公は山場から引いた数だけダメージを受ける。現在のライフポイントは500。5が出れば当然、4が出ても貴公の負けは確定となるな・・・さあ、潔く賽を投じるが良い」言われるままにサイコロを振るしかない。意を決し、振られたサイコロが天を見た目は3。「まだあがくか。しかしそれも時間の問題のようだな」鳩の予言を受け流しつつ、狼はデッキからカードを3枚引く。「これでライフポイントは200。次に貴公のターンで1枚引き、100。真綿で首を絞められる感想を是非聞きたいものだな・・・トラップカードを伏せて配置し、我がターン、エンドだ」攻守が移り、狼はまた1枚カードを引く。死が底まで迫っているこの状況、絶望がそこまで来ているこの最中で、剣士はニヤリと口元をつり上げた。「待っていたぞ・・・俺は相棒の組み立ててくれたこのデッキを信じていた。そして今、相棒が俺に力を貸してくれた!」相棒というのが誰なのかは本人のみぞ知るところだが、自信に満ちあふれている彼の表情から、手にしたカードが戦局を一変させるほどのカードであることは間違いない。「これぞ神のカード「レッドアイズタイガー」、相棒が託してくれた切り札だ!」そのカードの実力は、狼とは逆に強張っていく鳩の顔を見るだけでも判るというもの。「レッドアイズタイガーの特殊能力発動! 場にある全てのトラップカードは取り除かれ、効力を失う」これまで苦しめられていたトラップカードが無くなり、首の皮一枚繋がった。「レッドアイズタイガーの攻撃。攻撃力3000で「メルキドのゴーレム」を撃破。貫通能力で貴様のライフポイントも1000削るぞ」卑怯なまでに強いカードの出現に、立場は完全に逆転した。「そして「ブラックシャーマン」を守備位置に置き、ターンエンドだ」激変したこの局面でしかし、堕天の鳩はクルックーと笑う。「この程度で勝ったつもりか? 神のカードを持つのは、貴公だけではないのだ・・・」「なんだと!」死闘が今まさに、繰り広げられている・・・。
「・・・あの子達は何をしているのですか?」らくだに乗った貴婦人が、優雅な物腰で俺に尋ねてきた。「ああ、「アミューズメントキング」っていうカードゲームですよ。なんか「どうしても譲れない」事があるとかで、ああして勝負してるんだとさ」その譲れない物が彼らにとってどれほどの価値があるのか・・・少なくとも俺には、ここまで熱く戦うほどでも、ましてカードゲームで生死をかけているかのような雰囲気を出せるほどの物ではないと思うのだが・・・。「良いですわね、若いって」「まったくです」なんだろう、あのカードゲームで世界征服もその阻止すらも出来るぞって感じは。どこか懐かしく、大人になるとちょっと羨ましくもあるが・・・まあ、馬鹿馬鹿しくもある。「ところで・・・卑しいことを申しますが、こちらのガトーショコラはニスロクさんが作られた物ですの? とても良い香りがします」堕天使の貴婦人も甘い香りには弱いらしく、俺の脇に置かれていたケーキをめざとく見つけていた。「ああ、どうぞ食べてください。「俺は」構いませんから」短い礼を俺に述べた後上品に、しかし手早く最高級のケーキを口に入れていく。まあ確かに、俺はもう食べたから問題ない。ただまあ・・・激しい戦を生み出した一品が貴婦人の口へと運ばれたことを知ったときの彼らがどう思うかは、別の話ってことだろう。「それは・・・配布の対応準備を怠ったために会場を動乱の渦へと巻き込んだ伝説を生み出した・・・」「そうだ。今ではレア中のレアと呼ばれしカード。我のデッキにぬかりなどありはしない」「くっ・・・しかし、いくら貴様でも完全なデッキの構築なんて不可能だ! 俺と相棒の絆は、そんなもので崩されはしない!」熱いなぁあいつら・・・。

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