メルコム

「金の管理ができん奴は、ろくな者にはならんぞ」という説教を、俺は何度こいつから聞いただろうか? よもや悪魔からこんな説教を受けるとは。「まったく、こっちも暇じゃないんだからなぁ」とぶつぶつ小言を言いながら、時計の短針が30度傾くまで説教を続けている。俗に言う「小一時間」というやつだ。
「金の使い方で、そつの性格ってのは見えてくるものだ」と、この悪魔、地獄の会計官メルコムは言う。「理路整然としている者は、計画的に金を使う。逆に無計画な金の使い方を奴は、ずぼらな性格をしているものだ」
領収書とレシートの束を手早くまとめながら、説教は続く。「お前はあるだけ金を使う。借金はしないだけマシだが、欲望に対して我慢というのを知らんな。女に対してもそうだろう? この前逃げられた女も、それが原因なんじゃないのか?」などと金銭以外のプライベートまで言われては腹も立つが、全くその通りなだけに反論は出来ない。「いやぁ、ニスロクの飯がうまくてねぇ」と、会計士の仲間を引き合いに出してみたが「アイツも贅沢が過ぎるな。まったく、料理の材料に糸目を付けなさすぎるぞ。おかげで今年の予算も赤字だ」と逆に愚痴を増やしただけだった。
ポンと青色の申告書を俺の前に投げよこしながら「よし、これで良いだろう。ふぅ・・・人間界の申告書はまだ楽でいいがな」と一息ついた。俺にしてみれば日本国の税務も至極面倒なのだが、地獄の会計を一手に担うこの公務員には、片手間で難無くこなしてしまうほど単純明快なのだろう。
「で・・・いくら?」極力単刀直入に、俺は尋ねた。凄腕の会計官が、無料で俺の会計までするはずがない。「金はいらん。お前から搾り取れる金なんぞたかがしれているからな」と言いながら、口元を歪める。悪魔めが、何を考えている?「ただお前の仕事を活かして、一筆したためて欲しいものがある」原稿料が依頼料代わりになるらしい。「実はな、フールフールからの集金がまだなんだ。アイツはのらりくらりと嘘ばかりついてなかなか支払いをすませようとしない。変わりに頼む」「ちょっと待て! あの嘘つきをか? ・・・なんだよまったく、それが狙いかよ・・・」軽い目眩にふらつく頭を押さえながら、わざわざ会計官が青色申告書に苦しむ俺の元にやってきたわけを悟った。嵐と稲妻の伯爵は、常に嘘しか言わず、本来は鹿に翼をはやした姿をしているにもかかわらず、人間の俺には天使の姿にしか見えない。そんな相手に、対する代筆をしろと、この悪魔は言っているのだ。たしかに直接言葉で言うよりは、書面の方が効果的なのは判るが・・・。
結局俺は、嘘偽りのない申告書を書く事に悩む以上の悩みを抱える事になる。嘘偽りだらけの相手に対する代筆ほど、頭を抱えたくなる執筆は、今までになかったと後に笑って話せる・・・日が来るのだろうか?

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