ユニコーン&バイコーン

蹄を鳴らし鼻息荒く、時には角を打ち鳴らしながら口論を続ける二人。ま、「ここ」ではこんな光景は日常茶飯事だから、俺はいつものように家憑きメイドが入れてくれた紅茶を飲みながら、朝まで続きそうな生討論を眺めていた。「ハッ、今時そんなヤツいるかよ」歯を見せながらもヒヒンと鼻で笑い、二本の角を小刻みに振るわせている一方。「時代が時代なら、そんなヤツもいたろうよ。だがな、世は混沌。隣人を疑いながら生きているこの昨今じゃあ、親すら信用ならねぇ。そんな時代に、純情なんてのは人の心に微塵も残っちゃいない」あまりにも極論だが、しかし完全に否定できないのがまた人として情け無い。だが二本角の極論に真っ向から対立する者がいる。その者は人ではないが、人以上に「純情」な人がいることを信じている。「人の心が世間に蝕まれているのは事実だ。だがな、蝕まれるとはつまり、蝕む純情があってこそだ」一本角を大きく振るい、ブルルと熱弁する一方。「時代は変わっても、変わらぬ良き環境もまだ残っている。蝕まれず、染まらず、良き環境に守られ純情に育つ者は必ずいるのだ」まあ、それも一理あるが……なんというか、完全に否定は出来ないけれど肯定もし辛いというか、ある種の理想論かなぁ……間違っているとは言わないが。
二人の話は性善説や宗教論にも聞こえるが、しかしその大元を考えるとなんとも……。「故に、純情な乙女は間違いなくいる!」「ケッ、夢語ってろ。そんな女なんてな、もう絶滅してんだよ」「何故そう頑なに否定する。流石に我もその絶対数が極小だということは……寂しいことだが、理解している。だが皆無ということもあるまい」「皆無だね。ぜってぇいねぇ。お前の理論は「宇宙は広いからどこかに宇宙人は必ずいる」って言ってる、ロマンチストの戯言と同じだ」宇宙人の存在を、幻獣と呼ばれるお前が語るな、と突っ込みたいのを紅茶を口に含めて我慢した。「ロマンチストの何が悪い! 否定からは何も生まれぬ。お前はただそうやってあざけり笑うだけで、何も生み出してはおるまい」「いーや、そんなことはないね。俺は汚れた乙女が大好物なんでな。まあ、お前を笑ってるのは確かだけどよ」なんていうか……アイドル論を語る中学生かお前らは。
「知ってるか? 今この国で売られている少女向けの漫画。かなぁりエロエロだぜぇ。同年代の男が読む少年誌の方がよっぽど健全だぜ。今や、乙女の方が不純。処女膜はあっても中身の腐った女子ばっかりだぜ、フヒヒヒ」「一部を見て全てを語るとは、愚かな。その漫画を万人が見ているわけでもあるまい。かのような書物に惑わされず、清らかに心を静め、勉学に励む乙女もいる」「ったく、お前の話を聞いてると蹄がかゆくなる。なんだ? お前の好みは眼が根っこ委員長タイプか? いい趣味してるじゃねぇか。そんな委員長がスク水着ると巨乳になったりしてな!」「何故そうすぐに浅ましい妄想をするか。身体的特徴と純情とは無縁であろう」「んなこたぁねぇよ。エロい身体してりゃ、周りがほっとかねえって。つか、俺がほっとかねぇ。すぐさま俺様の……」「貴様は! そうやって純情な乙女を堕落させているのか、なんという愚行を……」「あー、なんだ。つまりお前らは……」話が平行線のまま、いつものように罵倒へと発展し室内で暴れられても困る。俺が双方を納得させる、素晴らしい結論を導き出しこの話に終止符を打とうと語り出した。「要するに、お前らはロリコンだって事だろ?」「「断じて違う!」」……間違ってはないと思うがなぁ。刹那の間だけは意見を同じくした二人は、また不毛な論争を繰り広げ始める。結局どんな女が好みだって話だろうに……どうして男ってのは、こういう下らない話で熱くなれるんだろうねぇ……諸々思い当たる節を痛感しつつ、俺は蹄の音鳴り響く室内で、静かに紅茶を嗜んでいた。

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