ウェパル

人は汚されるのを嫌うが、汚すことには無頓着になる。矛盾しているようで、真理。言い換えれば、わがままなのだ。「好きなように道楽しておいて、このざまだ。楽しませて貰ったこの場へ感謝するならいざ知らず、荒らして帰るなど言語道断」腰に手を当て怒りの感情を隠さずに愚痴る。流石に俺も、この場を見せられては同意せざるを得ない。俺達は今、シーズンを終えた海岸に来ている。人気はなくなったが、その代わりだと言わんばかりに、あちこちにゴミが散乱している。弁当のはし、花火の燃えかす、まだ中身のあるサンオイル・・・中には割れた瓶など、明らかに自分達にも危険だと思われる物まで散乱している。それらを持ち帰ることなく、邪魔だから、いらないからと放置していく人間達。同じ人間としてこの光景はとても恥ずかしく、そして堕天使同様怒りがこみ上げてくるのを感じていた。
「昔を語るのはあまり好きではないが……」と前置きしながら、溜息混じりに堕天使が呟く。「人は我ら悪魔や神からの「天罰」を恐れるが故に供物を納め、場を清め、機嫌を取っておったものだ。我らを信じるかどうかは勝手だが、お前達は「恐れ」の対象がなければここまで好き勝手にのさばるものなのだな」耳が痛い。そして返す言葉が無く情けない。子供は叱る大人がいれば行儀も正しくするだろうが、叱る者のいない大人は、さてどうなのだろうか? 答えは、もう目の前に提示されている。「海が荒れれば反省もする・・・とも思えんな」それも同意だ。なにより、こうして海岸を汚していく人間達は、よそから来た者がほとんど。海が荒れても自分達には関係ないと、同じ事を繰り返すだろう。自分が汚れないなら他を汚しても気にとめない。そんな者達が世に跋扈(ばっこ)しているのが現実。
「しかし……」堕天使は水かきの付いた指で遠くを指さし、僅かに微笑む。「しばしは、海を荒らさずにすみそうだな」遠くに見えたのは人の集団。手には各々ゴミ袋を持っている。どうやら清掃活動をしている一団のようだ。汚す人がいる一方で、それを良しとしない人達もまだ、世に沢山いてくれているのもまた現実か。ゴミは捨てられているが、人はまだ捨てたものではないようだ。
「だがな、お主らの視野は狭い。もっと世界の海に目を向けてみよ」水平線の更に向こうを見つめながら、堕天使は警告する。「お主らの見えぬ遠い遠い海で、溶けぬはずの「氷」が溶けている。間違いなく、お主らの所業によってな」地球温暖化。人類が起こし、そして未だに続けられている愚行。騒がれながらも、この愚行は続いている。このままで行けば、今警告したこの堕天使からだけでなく、世界の神々から天罰が下るだろう。あの清掃活動をしている人達のように、努力を続けている人達も沢山いるのは確かだが、それを愚行が上回れば焼け石に水。人は海からの驚異が直前に迫らなければ理解できない愚か者なのだろうか・・・。「我が「この星」に召還され嵐を津波をと懇願されぬよう、気をつけることだな」そうならないための何か。一つ一つ、俺達は改めなければならないのだろう。

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