アルプ

人にはそれぞれ、「好み」という物が存在する。それは食べ物の好みであったり、芸術作品だったり。それは悪魔にも例外はない。「胸、胸ですよ。女性はやはり、胸に魅力を感じますね」紳士的に丁寧な口調で語られても困るんだが・・・俺は苦笑いしつつも、語り始めた夢魔に質問を投げかけてみた「で、あんたはどの程度の大きさが好みなんだい?」男が女性の胸を語る上ではまず外せない話題。しかしシルクハットを被った猫の紳士は信じられないといった表情を俺に向けた。「君は解っていない。胸の魅力は大きさで語られるような、単純なものではないのだよ」熱弁は更に続く。「宜しいか? ふくよかな胸の魅力と、淑やかな胸の魅力とを同列に並べることがそもそもの間違いなのだ。むろんその中間もしかり。形や張りなども当然ながら、胸を中心とした女性のシルエット、そして女性その人の雰囲気も重要なのだ。つまり、胸の魅力は全体のトータルバランスを見て決められるもの。他と比較すべきではない、総合芸術へ昇華されたものが、女性の胸なのだと私は断言させて貰うよ」総合芸術とか言われてもなぁ・・・後頭部を掻きながら、俺は再び苦笑いを浮かべた。
異性の何処に魅力を感じるか。男であれ女であれ、同性同士でそんな話題で盛り上がることは多々あるだろう。最初は俺も、そんなたわいもない座談のつもりでいた。しかし「好み」に「こだわり」を持つ人にとって、こういった話題は「座談」などでは終わらなくなる。「女性の胸は偉大なのだよ。特に母乳を出せるところなど・・・ああ、なんとも弁舌にし難い素晴らしさか。口に含めた者を幸福感へと誘うあの甘さと言ったら・・・」変態じみた話にさしかかると、もう俺には付いて行けない。だが熱弁は続く。彼にとって、俺が聞いているかどうかは構わないのだろうか?「・・・む、ちゃんと聞いているのかね? 良いか、男たる者女性の胸その魅力は充分に理解しておくべきなのだ。解るか?」解りませんよ。そう言い返したいのを堪えながら、彼の話を聞き流す。熱弁を振るう以上は、やはり聞いて欲しいようだが・・・俺が興味を持っているかどうかは問題にならないらしい。俺も男である以上、女性の胸には非常に興味を持っているが、流石にここまでのこだわりを聞かされると引く。そんな俺の心中なんて、彼は気にも留めないのだろうな。
「一言、私から宜しいかしら?」どうにか彼の口を止める術はないか。そう思案していたところに、ミルクティーのお代わりを運んできたメイド長が口を開いた。「女性の立場から言わせて頂ければ、胸「だけ」を見られ語られるのは気持ちの良いものではありませんよ? そこはもちろん紳士的なあなたならばご理解頂けますわよね?」言葉に詰まった紳士を見て、俺は吹き出すのを堪えるのが大変だった。男のこだわりなんて、向けられる女性を必ずしも喜ばせるような正当なものとは限らない。所詮は好み。老若男女、そこをまず理解すべきなんだろうな。あくまで紳士的な対応でメイド長を褒めちぎるマニアックな夢魔を見ながら、少しばかり俺も気を付けねばと肝に銘じた。

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