ヴィーヴル

欲しい「モノ」を手に入れる時、人はそれ相応の努力をするものだ。しかし、出来るならば努力無しで手に入れたい。浅はかだが人は皆楽をしたがる。「一瞬にして、膨大な魔力を得る方法をご存じ?」吐息のように甘い囁きが、耳のすぐ傍から聞こえてくる。「このガーネットを手にすれば、あなたはたちまち、かのソロモン王に匹敵する魔力を手に出来るのですよ?」細く長い指が、額に埋め込まれた真っ赤な宝石を指している。「さあ、手を伸ばせばすぐそこに。あなたに莫大な力がもたらされてよ?」宝石と同じ色を携えた瞳で、淑女が誘惑する。「魔力だけではございません。この私自身すらも、あなたの望むままに・・・」力と女。男として最も手に入れたい「モノ」が二つ、すぐそこにある。後は手を伸ばすだけ。
「・・・ありがたい話だけどね、遠慮させて貰うよ」伸ばしたい手をぐっと握りしめ堪えながら、俺は申し出を丁重に断った。「何故?」彼女の疑問は当然だろう。何の苦もなく手に入るモノを拒む理由があるだろうか?「数多の英雄が、あなた達の持つその宝石を欲し挑んだと聞く。しかし手に入れられた者は極々僅か。それほどの「モノ」を、あっさりと手にしてしまう事が怖いのですよ」人は「モノ」を手に入れる時にそれ相応の努力を費やす。それが金銭であれ時間であれ。そうして努力という「対価」を支払い手に入れた「モノ」だからこそ、そこに価値が生まれる。対価の支払い無くして手に入れた「モノ」に、価値などあるのだろうか?「魔力はまだしも、マドモアゼル。あなたを手にするならば、それ相応の「対価」を支払わなければ失礼な気がしてね。せめてあなたに見合うだけの男になってから、改めて私から申し込ませてはくれないか」少し彼女から離れ、うやうやしく、深々と、貴族式に頭を下げた。「まあまあ。言葉と姿勢は紳士的ですが、愛しい人よ」軽く握られた手を口元に当てながら、淑女は尋ねる。「本音は?」「・・・手を伸ばしたところで噛みつかれるのは勘弁願いたい」二人はこれまでの芝居がかった態度を崩し、大いに笑った。
「しかしね、先ほど言った事も本音なんだよ」紳士らしからぬ崩した口調で、俺は拒んだ理由を語り続けた。「努力無く手にした力は、絶対に持て余す。魔力であれ財力であれ、なんだってね。もちろん、俺には過ぎる程に美しいあなたもね」紳士と言うには少々軟派は発言だが、淑女にはまんざらでもなかったようだ。「・・・ピクシーすらまともに扱えない俺が、偉大なる龍族のあなたを手に入れたら、振り回されるのがオチですよ」つまりは、自分の「男」としての力が至らないのを暴露しているも同然の言葉。吐き出した自分に泣けてくる。「そう悲観される事もないのに。私が自ら、この命と同等に大切な宝石を差し出したその意味を、ご理解頂きたかったわ」しばらくして、俺は彼女の語った言葉の意味を理解した。かといって、今更「では下さい」とは言えず、頭をかかえるだけ。女性の語る一言一言に隠された意味を読み取れないようでは、男としてまだまだだと痛感していた。やはりもっと男を磨かねば、彼女を手に入れても釣り合いが取れそうにない。

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