ダンタリアン

人が恐れる事は多々あるが、秘密を暴かれる事もその一つだろう。その秘密の中でも、心の中にしまい込んだ秘密を暴かれる程、嫌な物はない。
人が相手ならば、そう易々と暴かれる事はない。心の奥底まで覗く術がないから。しかし俺の相手は、人ばかりではない。だからこそ「ふむ。例の書類をまとめるのにあの者達の邪魔がのぉ。それはそれは、さぞ疲れた事だろう。心中察するぞ」など、本当に心中を察し語り出す悪魔を相手にする事もある。こちらが何も言わずとも勝手に人の心を覗き、そしてそれを哀れみ、さらに俺がそうされた事に嫌悪感を抱いた事まで察しほくそ笑む悪魔。それを見て舌打ちする自分に又、それを覗かれているのかと思うと疲れが貯まる一方だ。
「そう嫌な顔をしないでよ。私との付き合いだって長いんだから、いい加減慣れたらどう?」と、同じ悪魔の別の頭が話しかけてきた。「まぁ、それが無理じゃという事も承知しておるがのぉ。ヒッヒッヒッ」また別の頭が、皮肉を込め俺の心をえぐる。
俺はこの悪魔と会話はしない。何故ならば、口に出す前に相手が読み取ってしまうから。しかも本音を。だから思う。こいつに小粋なトークなどいらないと。「確かに。だからこそ、慣れた相手との会話は詰まらんな。言葉の裏に隠れた真実を見つめながら、言葉と心の対比を楽しむ事が出来ないのだから」自業自得だろうとせせら笑ってやったが、相手は人の歴史を見続けた悪魔。その程度で心乱れる事はない。むしろ「人はいつも同じね。こう切り出せばこう返ってくると、大抵は予測付くわ」と何個目かの頭が言い出した。
「じゃが・・・」と、嗄れた頭が別の頭の言葉を続けた。「絶対的な法則がないのも又、人故か。予測は出来ても必ず当たるとは限らん。我が書にもそのような法則は記されておらぬ」常に手の中にある、全ての知識が詰まっていると言われているダンダリアンの書を掲げながら、奴は語った。「だからこそ、人は面白い。見ていて飽きぬわ」
彼が言うには、俺というサンプルはかなり興味深いらしい。何がどう奴の興味を引いたのか、俺にはサッパリ判らないが、迷惑な話だという事だけはハッキリしている。
サンプルの観察は奴の習慣になっているのか、毎日ではないが定期的に俺の元に来る。そして言いたい事を言って地獄へと戻っていく。質の悪いストーカーか、あるいは大衆紙のカメラマンか。どのみち、人が人の秘密を暴こうとする行為と、奴の行為にさしたる違いはないのでは? そう思った時、奴が持つ数多の頭が僅かばかり不機嫌な顔つきになったのを、俺は見逃さなかった。この時、少しばかり勝利を感じ、そしてそれを読み取った奴がまた、苦渋に顔を歪ませた。それを見た俺はさらなる勝ちを得た気分になり・・・ふむ、どうやら俺も俺なりに、悪魔の心を読み取る術を得てきたようだ。

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