天狗

「修行が足らん証拠じゃ」と一括された俺は、うるさいなぁと口答えしながら、ボロボロの身体をどうにか動かし、カレーを口に運ぶ。「あんたに言われたくないぞ。世の俗物から逃げて山にこもるあんたに」と俺は反撃したが「全ては修行」と切り返す。「そもそも、お主は全ての「欲」に埋もれすぎる。だからそうやって「負ける」んじゃよ」高すぎる鼻を持ち上げ、ふんと鳴らす。「俺は人間だからな。百八の煩悩にまみれて生きるのが定め。あんたみたいに煩悩を「鼻」に蓄えたり出来ねぇんだよ」と、けけと下卑た笑いを込めて言い放つ。さすがにこの発言に怒ったのか、立ち上がり講義する。「失敬な奴よの」元々赤い顔はそれ以上赤くなることはなかったが、「鼻」を詰られることを一番の侮辱とする彼は相当怒りを感じている様子。「この程度で怒り出すとは、修行が足りないんじゃないか?」さらなる俺のやじりに、怒りは頂点へと上り詰めると思ったが、逆に彼は冷静に「下らん」と吐き捨て座り直した。「お主のようなゲスな男を相手に荒立てるとは、確かに修行が足らんな」遠回しに言ってくれる。
「お主くらいだぞ。この儂にそこまで下らん口を叩くのは」確かに、相当な力を持つこの妖怪を相手に、ここまで軽口を叩く人間もそういないだろうとは自覚している。「無駄だからだよ。あんたの神通力を前にして、嘘を付いても仕方ないし、無駄に脅えても仕方ないしな」修行の結果身に付けた神通力。人はその力の前には無力だ。「開き直りか。だとしても、肝の据わった奴よの」かっかと、高笑いをしながら言い放つ。「褒めてんのかよ、それ」「むろん、褒め言葉だとも」真面目な顔をしてうなずく妖怪。「良くも悪くも、お主は全てに素直すぎる。「欲」にも「言葉」にもな」膝を叩き、更に声高らかに笑い出す。

解説へ
目次へ